魔術師と王様   作:からくさ

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人理修復完了、サーヴァントが退去しなければならない日。




望みを

 

 

 

 

 

 

 人理の修復は完了した。喜ぶべき日だ。

 

 そして、次々と、サーヴァントたちは還っていく。

 

「また会える日、待ってるからな」

 

「次はランサークラスで?」

 

「おう、頼むぜ!」

 

 槍欲しいって言ってたもんな。

 

 一人、また一人と還る英霊たちに別れの挨拶をしていく。とても、お世話になった。

 

「で、マーリンはずっといるけど還らないの?」

 

 サーヴァントたちが去っていく中、側に立ち続けているマーリンを見上げる。

 

 軽くサーヴァントたちに挨拶をしたりしているマーリンはにこりと笑う。

 

「だって、私はどうせ塔に戻るだけだからね」

 

 せっかくこんな機会に恵まれたのに、すぐに戻るのはもったいないということらしい。

 

 その辺りはまあ個人の勝手なので、何も言わないことにした。

 

「それより、キミがそうまでして全員を見送る気なのは感服する」

 

「……ただ、ずるしてるだけだよ」

 

 完璧な仮面を作るために、こうしている。

 

 

 

 その後も次々とサーヴァントたちは還ってゆき、とうとう彼が来た。

 今日も仕事をしていたらしい彼に、マーリンが話しかける。

 

「ギルガメッシュ王、最後の最後まで仕事をするなんて、本当に仕事人間だね」

 

「一度引き受けた仕事だ。最後までするのは当然のことだ」

 

 さすがだなぁ、と思いながら、リンドウはギルガメッシュに近づいていく。

 

「ギルガメッシュ、こうして別れるのは二回目だね」

 

「……」

 

「今回もお世話になりました。カルデア自体、助かっただろうね」

 

「……」

 

「あと、これ、返しとく」

 

 あらかじめ取っておいた耳飾りを、差し出した。

 

 なぜかずっと無言の王は、差し出された手のひらを見下ろし、しかしそれを受け取ろうとはしなかった。

 

 視線を上げ、じっとリンドウを見る。

 

 笑顔を浮かべるリンドウは、内心冷や汗をかく。大丈夫、大丈夫だ。大じょ──

 

「本体はどこに居る」

 

 一言。耳飾りを無視し、別れの言葉を無視しての一言。

 

「……ちょっと言ってる意味が」

 

「我の眼が誤魔化せるとでも思ったか。分身だということくらい分かるわ」

 

 ギルガメッシュは、その場を去った。

 

 ばれた。

 

「うーん、おしい。リンドウの分身も私のものと張るくらいとても良く出来ていたんだけどね。やっぱり後一歩──」

 

 マーリンが言っていることは途中で聞くことを止めた。

 

 

 

 

 

 

 分身だということを言い当て、踵を返した姿に、もしかしてと思って、まずいとも思って、だけどその場から動かなかった。

 

 この場から離れようとうろうろしていた方が見つかる可能性が高いし、まずこんなところ早々見つけられない。

 

 ……という考えは、五分で打ち砕かれる。

 

 魔術で分身を作り、リンドウは自らは私室でも普段出入りする部屋のどこでもないただ物置の、隅にいた。

 

 声を洩らさず、息を殺して──ときおり息が乱れるのは仕方のないことだったが、気配を消して動かず静かにしていた。

 

 だが、分身を通して見た後ろ姿の五分後、彼はこの場を見つけたのだ。

 

「よりにもよって、物置の隅とはな」

 

 入り口が開く音、誰かが入ってきた気配。近づく気配、立ち止まる気配……極め付きが、前で言われたこの言葉だった。

 

 ……何だって、五分でここにたどり着けるのか。

 

 膝を抱えて、顔を埋めて座ったまま、途方に暮れるに近い気分になる。

 

 目に感じる熱がますます熱くなり、目尻から流れ、顔をつける衣服に染みてくる。

 

「リンドウ、ふざけるのは大概にせよ」

 

「…………ふざけてない」

 

「分身に見送らせるとは、不敬も甚だしい」

 

「…………それはごめん」

 

 その辺りはちょっと考えた。

 

 いくら崩れそうでも、最後くらい踏ん張って自分で見送れと自分でも思った。

 

 現実、そうはいかなかったのだ。

 

「顔を上げろ」

 

「……それは、無理」

 

 起きたときから涙が流れていて、止まらない。

 

 昨夜寝るときは、明日は、明日だけはと気合いを入れていたのに、何ということか。

 

 涙は止まらず、実は朝から本体では誰とも会っていない。

 

 とてもではないが、彼の別れに本体で行ける状態ではなかったのだ。

 

 二回目の別れを前にすると、辛すぎた。別れの場にも立っていないのに、心が引き裂かれるようだった。

 無理だ。

 

「上げろと言っておるのだ」

 

「……無理」

 

「上げろ」

 

「……むり」

 

「リンドウ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が生まれ、あっという間に満ちる。

 

 けれど前にいると思われる存在は立ち去らず、そこにいる。

 

 

 どうすればいいのか分からない。

 

 確かに最後には会っておきたかった。

 

 ここにいるまま彼が去ってしまわなくて、安堵している自分がいる。

 

 かといって、顔をあげる勇気はない。顔を見てしまったが最後、どうなるだろう。

 

「──!」

 

 突如、ぐいっと顔を上げさせられた。

 

 目の前には、顔。ギルガメッシュがいた。

 

 ぼろり、と涙が零れる様子を感じた。

 

「泣いておるな」

 

 泣いている。

 

 みっともない顔を見せたくないのに、強制的に顔は上げさせられたまま動かせない。捕まっている。

 

「泣くなら我の前で泣けと何度言えば分かる」

「…………ギルガメッシュに、見られたくなかった。それに──」

 

 自分がどうしようもなくなるから。押さえきれなくなるのではないかと。

 

 今こうしていることも耐えられず、手から逃れ、荒く涙を拭く。目を擦る。

 

 勢いのままに、前を見る。

 

「分身で見送ろうとしてごめん。ちゃんと別れは自分で言うべきだった」

 

 けじめはつけなければ、と足に力を入れ、立ち上がる。

 

 

 刹那、どん、と壁に押しつけられた。

 

「ギルガメ──」

 

「だから次など待っておれんのだ!」

 

 無意識に、息を飲んだ。

 

 声の大きさにではない。

 

 こちらを射ぬく赤い瞳が鮮やかに、それは鮮やかに。怒りに染まっていた。

 

「なぜ、いつまで経っても肝心の望みを言わぬ!」

 

「────」

 

「恐れを抱き、誤魔化しを口にし、望みは口に出さず、仕舞い込む!」

 

「────」

 

「終いには我が去るときになって、分身で送る行いに出るとはな!」

 

「……それについて、ずっと怒ってんの……?」

 

「たわけ! 違うわ! 話を聞いておったか!」

 

 正直、かなり怒っていることくらいしか捉えられていなかった。

 

 何しろ、接されたことのない剣幕だ。言葉が叩きつけられるように激しくて、気圧されていた。

 

「いいか!」

 

「はい」

 

「もう一度だけ聞く! これが最後だと思え!」

 

「はい」

 

 なに。

 

「今日泣く理由は何だ! 我と別れることが辛いか? それはとうに知っておるわ! ならば、何を望む!」

 

「……のぞむ……?」

 

「以前の聖杯に我との再会を願ったな。今回それで満足か。違うだろう。泣いておるのは、違うからだろう。──言え!」

 

 何を望む、何を願う。

 

 

 揺れる。瞳が揺れる。

 

 心が揺れる。

 

 固めた決意が脆くも揺れる。

 

 

 

 端が、崩れる。

 

 

 

 

 

 

 

「い、なく、ならないで」

 

 自らの体を壁に押しつける手に、触れる。

 

 気圧され、一時滞っていた涙がまた溢れ出し、流れ、伝い落ちる。

 

 震える唇を御せなくなると、言葉も共に落ちていく。

 

「一人に、しないで、一緒にいて。寂しい、空っぽになった気持ちになって、どうしていいか分からなくなる。ギルガメッシュがいなくなったあと、……悲しくて、どうしようもなくなる。──もう別れは嫌だ」

 

 お願いだ。

 

 好きな人、愛しい人。二度と会えないかもしれない。

 

 側からいなくならないでほしい。還らないでほしい。

 

 別れは、嫌だ。苦しい、辛い。

 

 また奇跡を願って生きていくしかないのか。今回再会できたことだって奇跡に近いというのに。

 

 

 お願いだ、と最後は声にならずに呟いて、リンドウは口を閉じた。

 

 

 

 このわがままな望みを聞いて、彼は。

 

「よく言った」

 

「………………へ」

 

「ならばそうしよう」

 

「え」

 

 何言ってんの。

 

 ギルガメッシュは荒い手つきと優しい手つきの合間の手つきで流れる涙を拭い、満足そうに笑みを描いた。

 

「そう、しようって……出来ない、だろ」

 

「ばかもの」

 

「ばか?」

 

「その無駄に大量にある魔力を今使わずしてどうする」

 

 大量にある魔力、とは。

 

 自分が指し示されている。

 

「良かったな。その望みを言っても、そこらの魔術師では叶えられなかっただろうよ。リンドウ、我一人の現界くらい出来るだろう」

 

「俺、が?」

 

 聖杯を使わず、カルデアのシステムも使わず、この世に現界させろと。

 

 カルデアに召喚されたサーヴァントは、カルデアからの魔力提供を受け一時的な受肉を果たしている。

 

 さらにマスターが負担する現界のための魔力も最小限に抑えるようにされており……。

 

「我を繋ぎ留めるがよい。赦す」

 

「……簡単に、言うなぁ」

 

「出来なければ来るべき別れとする。最後の機会と思え、リンドウ」

 

 言葉のわりに、少しも出来ないとは思っていないような口調の王は、さきほどまで震えていた魔術師の唇に触れんばかりに顔を寄せてこう囁いた。

 

「我だけのもの(マスター)となる権利をやろう」

 

 そうして王は、キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





とりあえず、ここで終わりかなという感じです。
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