召喚が成功した当初は、理想では数時間以内、長くても数日以内にマスターとサーヴァントという関係はなくなる予定だった。
まず、召喚に及んだ場所は、家だった。
今回のために用意した一軒家は、最低限の家具のみで、生活感はまだない。というか、家具もろくにない。
ソファーは欲しいなと、居間にはソファーがぽつんと一つあり、あとは前の住人が置いていったらしいテーブルと椅子があるくらいか。
居間は完全に空間をもて余していた。
そんな寂しい居間で、触媒も用意せず、日程の余裕なく現地に着いたばかりのリンドウは召喚に入った。
行う提案を思えば、話が分かる英霊が召喚されれば良かったのだ。
そう、それだけで。
結果、召喚陣に現れたのは――。
(……なんか、判断に迷うの来たなぁ……)
金色の髪、赤色の目。
召喚の光が収まってもなお、見えない光を放っているとでも思わせる美貌を持った男が立っていた。
顔立ちの整いようはさておき、それがにこやかな雰囲気を持っていればこれは穏便にいけそうだとか思ったのだが……。
その目付きは柔らかいとは言い難く、表情も同じく。
服装は現代とはほど遠い……のは、サーヴァントだからほとんど当たり前か。
早速自己紹介及び、提案をしながら、そんなことを思っていた。
果たしてこの英霊は呆れるだろうか、失望するだろうか、どんな反応をするのだろうか。
リンドウが口を閉じると、その英霊は口を開いた。
「この我を前にして、正気か?」
声を発すると、威圧感も強めだった。
リンドウが語った内容は以下の通りである。
まず、自分は今回の聖杯戦争を争う気がないこと。
失礼なことだが、あなたを召喚したのは最低限の責務を果たすためであり、他の者との再契約を提案する。
この二点。
「正気です。えーと、……」
どう呼ぶべきか迷い、クラス名で呼ぶことも考えたが、止めた。
何しろ狙ったのではないため、名前は分からない。
こちらが名乗ってそのまま話に入ったこともあって名前不明状態だった。
しかしまあ、必要もないだろう。
「俺は他のマスターがどんな人物なのか把握しています。今から顔と基本情報を言うので、好みの人がいれば言ってください。即刻そのマスターのサーヴァントを倒し、再契約への段取りを整えます」
ちょっと離れたところにあるテーブルをずるずる引っ張ってきて、リンドウは用意していたものを並べた。
今回の聖杯戦争に参加しているマスターの顔写真と、簡単な情報が載った紙だった。
どんな人物か分からなければ、選びようがない。これで不十分だと言うのなら、実際に会わせるしかない。
とりあえず、順に説明していく。
「――以上です。すでに一名のマスターは脱落しているので、この人たちの中からになります」
説明し終えて反応を窺うと、名前は分からない英霊は眉を寄せていた。
「情報が乏しい」
「情報が乏しい?」
「我が来てやったのにも関わらず、聖杯戦争に参加せぬ愚かさはこの際どうでも良い」
「はい」
「だが他との再契約を提案するのであれば、候補の情報を前もって集めておき、より詳しいものを我に差し出すべきであろう」
「その通りです、はい」
でも、この地に来たばかりにしては集めた方だと思うとかいうのは、このサーヴァントには関係がないだろう。
駄目出しされた。
理想としては、トントン拍子に話が進んで、数時間以内に再契約の段取りが済んでいる予定だった。
しかし差し出した他のマスター情報が十分でなかったらしく、気にくわない様子のサーヴァントのため、物件紹介さながらの下見を行っていくことになった。
これは自らの準備不足と、勝手なので、別に面倒だとは思わなかった。妥当だ。
そこから数日、そのサーヴァントと共に (現物を見に行くためらしかった。実際に見てもらった方がリンドウとしても助かった) こっそり他のマスター巡りをした。
その間に、世間話のような感じで話をすることが何度かあった。
内容は、リンドウについてだった。
話題になるにはおかしなことではない。サーヴァントにとっては突拍子もない提案をしたのだ。
リンドウも聞かれるのであれば、特にこだわりはない。話した。
きっかけは、こうだった。
会話は特になく、時々マスター候補を遠目にして、リンドウが情報を補足し喋るだけで、あちらからは話しかけられなかった。
心証が悪かったのだろう。
そのサーヴァントの方から、ふいに、話しかけられた。
「貴様であれば、サーヴァントがおれば聖杯を望めるだろう」
ここまでにリンドウが魔術を使う様子を見て、思ったのだろう。そう言われた。
「我であればなおさらな。なぜ聖杯を望まぬ」
一人のマスターが、建物内に籠っていて、中に入らなければ実物は見られそうにない。
魔術を張り巡らせ、厳重に防護しているそれを気がつかれないようにと無効にしている途中のことだ。
リンドウは、一瞬手を止め、サーヴァントを見上げた。
「俺に、聞いてます?」
「他に誰がおる」
「俺が見える範囲では誰もいませんね」
こうやって話しかけられたのは初めてだったので、ぽかんとしてしまった。
どうも尋ねられていることは間違いないらしく、けれど時間を食うわけにも行かないので作業を再開させながら、答える。
「聖杯に望むことがないからです。聖杯が必要ないから、俺は聖杯を望まない」
「聖杯を望まぬ者がなぜマスターとなる。さては、巻き込まれたか」
「巻き込まれたっていうのは、間違いではないかもしれませんね」
――俺は、聖杯戦争のシステムに取り込まれているようなんです
と、リンドウは言った。
「あ、解除できました。入りましょう」
中に入っても、どうせトラップはまだまだあるのだろうが、仕方ない。
「聖杯戦争のシステムに取り込まれているとは、どういうことだ」
「そうとしか言えないんです。……話が長くなってもいいのであれば、時間潰しに話しますけど、大丈夫ですか?」
サーヴァントは、頷いた。
また一つトラップを解除しながら、リンドウは話し始めることにする。
「俺は、とある聖杯に呪われました」
昔々のことである。
魔術師リンドウは呪われた。聖杯を用いるという、最大の呪いにかけられた。
その呪いの内容が、最悪だった。完全には死ねない呪い。
詳しく言うと、死んでもまた生まれ、死んで、生まれ、死んで生まれるを繰り返す。
記憶は引き続き、容姿は同じく。親もなく、生まれる。
当然リンドウは解呪を試みた。しかし如何なる魔術師にも解けなかった。
当たり前だ。この身の呪いは、強大な力を持つ聖杯によりかけられたものだ。人間に解けるはずがない。
リンドウは生き続けることになった。いや、単に不老不死で生き続けるより地獄の所業かもしれない。
一旦死ぬのに、また生まれるのだから。
死ぬのに、また戻される。
親がいなくなり、師がいなくなり、兄弟がいなくなった時代が過ぎても過ぎても戻される。
魂が巡っているとでも言うのだろうか。長く積み重ねた研鑽も、力も、積もりに積もって普通の魔術師ではあり得ない力を持つようになった。
しかし幸か不幸か、呪いを解ける機会が与えられていた。権利が、と言うべきだろうか。
リンドウは、世界で起きる聖杯戦争、その全てへの参加資格を持つことになっていた。
資格と言えば聞こえはいいが、義務でもあった。これもまた地獄だった。
聖杯は聖杯と言っても、異なる聖杯が存在する。そして宿す力も様々だ。
「俺は聖杯を望んでいないわけではないんです。だけど、今回の聖杯は望まない。望んだって仕方ないからです」
かつて、聖杯を二度得たことがある。
一度目、呪いを無くしてくれるように願った。無理だった。そのときの聖杯の力では、解けないと言われた。
二度目、同じく。
どうやら、不幸にも自分に呪いをかけた聖杯は聖杯の中でもそれなりの力を有していたらしい。
並大抵の聖杯では、呪いを解けないことが分かった。
そこからだった。
リンドウが今回のようなことをし始めたのは。
これから何度参加することになるか分からない聖杯戦争。いちいち真面目に戦うなど、やっていられない。
半ば、やさぐれていた感は否めない。
だが、一番叶えたい望み以外に殺し合いをしてまで叶えたい望みなんてなかった。意味が感じられなかった。
――戦線離脱することにした
マスターとしてサーヴァントは召喚する。
しかしサーヴァントも望みがあって現界すると聞いたことがある。
召喚した以上は、と思い付いた手段が他のサーヴァントを殺し、他のマスターとの再契約を整えることだった。
そのあとは家にでも籠ってのんびりとして、聖杯戦争が終わるのを待つだけ。そんなことを何度も何度もした。
「今回の聖杯は、その呪いを解く力のない聖杯だと言うのか」
「そうです。もう、何回も参加していると分かってくるようになってしまって。自分勝手なことに巻き込んで、本当にすみません」
話の区切りで、マスター候補が見える場所までやっと来られた。
また別の機会に、話しかけられた。
「どれほど前に呪いをかけられた」
「……えー、もう覚えていません。それなりに昔です」
「親しい者は今、おらぬのか」
「いませんね。作ることも止めました」
何度も、何度も見送るうちに、止めた。見送るくらいなら止めた。
誰とも親しくならない。深く関わらない。誰とも一緒にいない。
「それは、諦めているからか」
呪いを解くことをか、それとも呪いによってそうなってしまうことをか。
どちらにせよ、リンドウは笑った。
「『終わらないものはない』俺の師匠が言っていました。俺の呪いにも、終わりがある。俺は、諦めてはいないですよ」
そこはご心配なく、と笑った。
そうやって、会話することが増えながら、やっと全てのマスターを見終えることができた。
途中、一組と戦わざるを得なくなり、減ったが、こうなっては一組二組はそうなってもおかしくはなかった。
とにかく、万を辞してリンドウは再度、尋ねたのである。
「どのマスターが良いですか?」
「どれもそれほど変わりがない」
数日経って、こんな答えが返って来ようとは。
殺風景な部屋が似合わないサーヴァントは、テーブルを離れてソファーの方へ行ってしまった。
どういうことだ。
リンドウはぽかん、としていたが、考え込んだ。
どれもそれほど変わりがない、とは。つまり。つまり……誰でもいいということだろうか。
ちらりとサーヴァントを見てみれば、何を考えているのかは分からない横顔。
(じゃあ、手っ取り早く、誰か連れて来てみるか)
リンドウは勝手にそう考え、「ちょっと出かけてきます」と言うや、出て行った。
誰でもいいと言うのであれば、一番倒しやすそうなサーヴァントと契約しているマスターにしてみよう。
リンドウは一人家を出て、目的のマスターがいるであろう場所を探した。
運良く、拠点にはおらず外にいたため、より手こずらずに済むようだと思った。
リンドウは、強い力を持った魔術師である。
それゆえに、十分に準備しておけば、サーヴァントと戦うことも可能な魔術師であった。
奇襲が上手くいけば、それこそ倒すことすらも。
サーヴァントを倒し、拘りがないのであれば本当に助かったなと思った。
今回の中で一番倒しやすそうなサーヴァントを選んだとはいえ、宝具を使われてはリンドウとて危ない。
過去にはそうやって生を終えたこともあった。
さておき、上手くいった。
残ったマスターは、聖杯戦争に向いていなさそうなマスターだった。腰が抜けかけていた。
近づくリンドウに「来るな!!」と叫ぶそのマスターに、リンドウは最大限の無害そうな笑顔を浮かべて落ち着かせた。
何もしないと手を上げ、数メートル残して立ち止まれば、ちょっとして相手のマスターは静かになった。
そこで、提案を持ちかけた。
信じがたい顔をし、疑わしそうな反応は慣れたものだ。
でもどうせ、断ることなどないとリンドウは分かっている。
だって、もうサーヴァントはいない。疑わしい話であっても、死ぬ運命に直行するよりは何だっていい話になるだろう。
嘘であっても、死ぬ運命は変わらない。逆らう選択肢はそもそもないに等しい。
「じゃあ、決定ですね」
笑って、家に連れて戻ろうと手を差し伸べた。相手のマスターも、恐る恐る手を伸ばしてきた。
その手を、リンドウが取る直前のことであった。目の前の人間が、ただの血の海と化した。
輝く剣が、突き刺さっていた。それが、前にいた者を飛散させた。
――異なるサーヴァントが来たか。
やっと手に入れた新しいマスターを失ったことと、またサーヴァントを相手にするには厳しいという考えが駆け巡り、リンドウは緊張した。
しかし、その場に現れたのは、どうも見たことがある姿で――。
「……あんた、何してんの……?」
「『あんた』とは何だ。不敬だな」
「え、ああ、すみません」
いやそうじゃなくて。
新たなサーヴァントが現れたかと思えば、いたのは家にいるはずの自分が召喚したサーヴァントだった。
いつからいたのか、堂々と歩いてくる。
「貴様こそ、何をしておる」
「何って、どれもそれほど変わりがないって言われたので、誰でもいいのかなと思って、マスターを連れて行こうと……」
もう、いないけど。
というか、今のこのタイミングではこのサーヴァントの仕業であることに間違いない。
「連れて行こうとしたのに、なんで殺したんですか……」
俺の努力も一緒に消え去ったとかいうのは、喉の奥に消しておいて。
心の底からの疑問を投げかけた。気にくわなかったとかか。
「誰が新しい者が欲しいと言った」
「…………え?」
すぐ前に来たサーヴァントに見下ろされ、そんなことを言われたのだが、とっさには理解できなかった。
今何て?
「いらぬ」
「いらないって何が、ですか」
「別の者などいらぬ。貴様で十分だ」
「十分って何が……?」
サーヴァントの手が伸ばされ、触れて驚いた。
触れたのが、初めてだと気がついたのだ。手は、ものの数秒で離され、赤いものがついていた。
さっき絶命したマスターの血が飛んでいたらしいと知る。
「他の者は等しく愚鈍、一番ましであるのは貴様だ。貴様が聖杯を望む望まぬは関係ない。我が来たのだ。せいぜい責務を果たせ」
「え」
尊大に言われたのは、つまり、他のマスターとの再契約は受け付けないといったことで。
リンドウは、なぜか、意思を無視されマスターを継続することになった。
ついでに数日経って、名前も分かったりして。
どうりで高貴な空気を感じるわけな、伝説的な王様だったことも判明して。
とんでもない英霊を召喚してしまったと驚いたのは、少し前のこと。
責務を果たせと言ったわりに、王様は他のマスターを狩りに行けとか強要はしてこなかった。
あちらから来させれば良いとか何とか言って、簡単に言うと、何だか不思議な共同生活みたいな日々が出来上がって。
他のマスター候補を観察しに行く用事もない日々は、もちろんのんびりしていた。
その中に、サーヴァントとはいえ誰かがいることがリンドウには不思議な心地がしてならなかった。
しかし久しぶりに人といるからか温かくもあった。
この地に来る前、定期的に来る引きこもり期で、随分引きこもっていたことも、影響していたのだろうか。
話すことも久しぶりで、何だかんだ王様は話を聞いてくれて、何か、この生活に引き込まれそうになるような感覚を抱いて戸惑った。
同時に、この王がサーヴァントであり、他の人よりもっと一時的にいる人に過ぎないことにも気がついた。
人を惹き付けるものを持っているのか、容易に引き寄せられていたリンドウは、ちょっと距離を正さねばと考えた。
このあと、聖杯戦争が終わったときのことを考えなければ。
そうやって、他のマスターの襲撃もありつつ、それ以外の時間は出来る限り別の部屋に籠っていたり、会話も少な目にして、近づくことも控えめにしていたら。
ある日、王は何を思ったのか、腕を掴んで引き留めてきたと思えば、キス、してきたのである。