あるとき、魔術師は王に文句を言った。
「ギルガメッシュ……首は止めてくれると助かるんだけど」
訂正。文句と言うには少し遠回しに言った。
ズボンは履いたが上半身裸のままのリンドウは、鏡の前に立っていた。
その体には、腹部や胸の辺りのみならず、腕に至るまで赤い痕が散らばっている。
その中で示したのは、首だった。
「何か問題があるのか」
「服で隠れないんだよ」
リンドウが普段着ている服では、首まで覆うことができないものばかり。
証明するように、途中で止めていた着替えを再開し、上を着る。
すると証言通り、見事に首にある痕が見えることとなっていた。
身体中に痕をつけるのはもうこの際置いておくが、それならそれで首くらい省いてもらってもいいはずだ。
そう思って、言ったのだが。
痕をつけた当人ギルガメッシュは、未だベッドの上で裸のまま、首を傾げる。金色の髪が、さらりと流れた。
「問題なかろう」
「いやあるだろ」
「そのままでおればよい」
簡単に言うけど。
リンドウは、羞恥心がないわけではなかった。
人並みの常識も持ち合わせるし、どちらかと言うと、普段の生活においての集団であれば合わせる方だ。
だから、だ。
カルデアにいる全員がこの痕が何か分からなければいいが、そんなことがあるはずもない。
これを晒していることは、つまりそういうことがあったと実際にあってもなくても連想させるものである。
自分はそこまでオープンではない。
「……タートルネック……と言うかもう、カルデアの制服毎日着ておけば、カバーされるし不自然さもなくなるで一石二鳥なのか……」
タートルネックを取るか、カルデアの制服を取るか。
そもそも普段首までない服を着ていると、そういった服を着ると首が窮屈に感じる。
かといってチョーカーは不自然だよな。
……とかぶつぶつ言いながら、考えていると、突然、頭を引き寄せられた。
熱い息が首にかかり――
「――い、たっ」
何だ。
痛みの走った首を押さえ、そっちを見た。
いつの間にそこにいたのか、ギルガメッシュと至近距離で顔を合わせる。
「いきなり、何、」
はっとして、前にある鏡を見る。
――歯形。
予感的中。見事なまでの歯形が、くっきりと首についていた。
この王、あろうことか噛んできた。
おまけに首の上の方、ぎりぎりの位置。これ、隠れるのか?
「ギルガメッシュ……」
何のつもりだと訴えの目を向けると、ギルガメッシュは愉快そうに笑っていた。
「見せてやれば良かろう。我のものだからな」
声をあげて笑い、ベッドの方に戻っていき、衣服を身につけ始めた。
一方のリンドウは、また鏡を見て、思案して、「ぎりぎり……」と呟いた。
だから、そんな趣味はないのに。
困ったものだな、と思って、何気なくギルガメッシュの方を見る。
こっちの気も知らずに……。
…………………………。
にわかに、リンドウはギルガメッシュの方に歩いていった。
着替えは早く、九割方終わっている王の近くに行くと、当然気がつく彼はこちらを見る。
リンドウはにっこり笑って、ちょっと屈んでくれないかと頼んだ。今ばかりは背の高さが憎い。
ギルガメッシュは優しくも体をこちらに傾けてくれ、背伸びするとちょうど、耳元にも口が届くくらいになる。
さて、どこにするか。
内緒話をするように、顔を寄せた。金色の髪が、伸ばした手を擽ってくる。
お返しだ。
一思いに噛んでやった。
わずかに、果たしてお返しとはいえこの人に傷をつけてもいいのだろうかと思ったが、お返しだ。
一思いにと言えど、噛む瞬間にちょっとした勇気が必要だったための勢いだけで、離してみると、うっすらついているだけだった。
身につけているものの関係上、正面を噛んだから、髪にも隠れないし、衣服ではもちろんこの服装では隠れようもない。
これで気にする気持ちが分かるだろうと、満足して体を離した。
「……」
ギルガメッシュは無言だった。
無言で、鏡の元へ言って、確かめている。
さすがに心配になってきた。
やっぱり綺麗な体だし、王様だし、止めておいた方が良かったかな、とか。
「ほう」
その一言で、どんなことを思っているのかなんて読み取りようがない。
……でも、なんでそんなに余裕で笑ってんのかな。
「仕返しのつもりか」
「いや、うん、まあそうなんだけど」
戻ってきて、身支度の仕上げをしているギルガメッシュはいささか機嫌が良さそうに見え、口元の笑みが消えない。
「…………ちょっと待って、なんでそのまま普通に出ていこうとしてんの……!?」
動作を追うことしばらく、嫌な予感が当たった。
ギルガメッシュは普通に、部屋を出ていこうとしたのである。
首に明らかな痕も隠さず、堂々と、だ。
「何かおかしいか」
「首、もうちょっとこう、隠そうとするものじゃないの?」
「は、我が隠すだと?」
そう言われて気がついた。
この王が、恥ずかしがったり、何かを隠そうとしたりする「普通」から大きくかけ離れていること。
「消えるまで楽しむことにしよう」
魔術師は、王が出ていくのを見送ることしかできず、また、その日彼が普通に歩いている光景を見るたびに自分が恥ずかしくなるはめになった。
本当に、敵わない。