少しずつですが、段々と明るみになっていく彼のこと。
今回も少しだけわかるかもしれません。
「・・・それで?説明してくれるよね?」
彼は椅子に座りなおしてアタシに告げた。
もう少し掻きまわし・・・困らせてからでも良かったのだけど
怒られるのも嫌なので、素直に答えることにした。
「いやね~。本当は伝えても良かったんだけどさ~。
サプライズの方が楽しいじゃん?」
本当は驚く顔が見たかっただけ。
“君の色んな表情が見たいんだよ”とは素直に言えない。
「北上教官、以前に僕が誘った時は“断った”よね?まだ教官を辞めれないって。」
・・・そうなのだ。本当にアタシもこんなことになると思っていなかった。
たまたま“新しい教官”が増えて、たまたま“前線に戻された”だけなのだ。
それならば、と彼のいる鎮守府に異動を希望した。
「だってぇ~・・・教官を続ける予定だったんだけどね~?事情が変わってきてさ~。」
詳しくは伝えない。
アタシにも意地やプライドが少しはあるのだ。
一度断っておきながら、調子がいいと感じるかもしれないが
前線に出るなら彼の元以外で戦う気なんて、さらさら無かった。
どのように言葉を続けるか考えていると、大淀が遮った。
「提督、お話しの途中で申し訳ありません。マルハチマルマル、着任の時間となりましたので
秘書艦を務めるものが、もうそろそろ執務室へ来られます。如何致しますか?」
これはチャンスだと思う。
真面目な彼は断らないはず。
いつか追及されるかもしれないが、何度でも躱してやると一人誓った。
すぐに扉がノックされる。
相変わらず人見知りな彼は少し緊張しているようだった。
“そういうところは変わらないな”と思い、アタシの頬は緩んだ。
「はいはーい!白露型駆逐艦3番艦の“村雨”だよ。提督、よろしくね!」
駆逐艦 村雨。
駆逐艦はあまり好きではないけれど、その中でもマシな分類に入ると思う。
纏わりついてくるような子でもないし、姉妹の中でもお姉さんをしていそうな性格。
ただし、駆逐艦とは思えない胸部装甲。密かに“負けた・・・”と思っていた。
彼へ目を向けると、その胸部装甲を見ていた。
瞬間的に頭へ血が上ったアタシは、彼の足を勢いよく踏み抜いた。
「ていとくぅ~?女の子は視線に敏感なんだよ~?あまり見過ぎないほうがいいと思うな~。」
アタシは凄くいい笑顔をしていたと思う。
村雨へ目を向けると、彼女は小悪魔のような微笑みを浮かべていた。
「ははぁーん。さては、村雨に見惚れちゃいました?で・し・た・らー
村雨の・・・ちょっといいとこ、見てみたいー?・・・うふふっ」
ある部分を強調するような姿勢になる村雨。
女のアタシでも見てしまうから、気持ちはわからなくはない。
でも、やっぱり面白くないアタシは踏んでいる足に力を込めた。
「こ、こら。村雨。はしたないから辞めなさい。婦女子が簡単に見せるものではありません。」
アタシの思いが通じたのが、彼が村雨を窘める。
少し時間がかかったことを、問い詰めたいという気持ちは少なからずあるけど
ぶり返す話でもないか、と思い直し、漸くアタシは足を退けることにした。
彼と村雨は自己紹介を進めているようだったが、アタシの耳には入っていなかった。
“貴方も大きいほうが好きですか?”
“小さいアタシはダメですか?”
頭の中で、浮かんではすぐに消えていく言葉。
弱虫なアタシは、口に出すなんてことは絶対に出来ない。
どうしようもない思いに苛まされながら、アタシは大きくため息を吐いた。
「そういえば、秘書艦ってなに?何するの?」
・・・聞こえてきた彼の言葉にアタシは絶句する。
どういうことだろう、アタシに喧嘩を売ってるのだろうか。
大淀は呆れながらも、彼へ突っ込む。
「提督は何も習ってないのでしょうか・・・?」
そう思われても仕方ないかもしれないが、そこは間違いだ。
アタシは責任をもって叩き込んでいるはずだ。
「村雨も、ちょっとあり得ないって思うなー。」
駆逐艦に呆れられる提督。
いい気味だと思う反面、アタシの風評被害にもつながることに気付いた。
「あのねぇ~。提督は3年間何を学んだのかな?アタシの授業とか聞いてなかったの~?」
教えたはずだ。と強く念を込める。
何も知らない二人に、アタシ達教官が何も教えていないと思われることは心外だった。
・・・それよりも提督自身が“無能”だと思われることが嫌だと気付く。
「面目ないです・・・。関係なさそうな授業はあまり聞いていませんでした・・・。」
彼は素直に謝っていた。
悪いことは悪いとすぐに認めれることは、彼の美点だと思う。
真面目な人柄だけど、授業中でも稀に話を聞いていない時があった。
窓から空を眺めるようにボーっとしていたのだ。
当時は特に気にも留めていなかったが、真面目な彼が“話すら聞いていなかった”事実がおかしいと気付く。
上の空になっていても、話は聞いてくれていると思っていた。
ただ、忘れているだけかもしれないけど、全く頭に入っていなかったのか。
一度気にすると、頭の中でぐるぐると回っているようだった。
アタシが一人考え事に耽っていると、何時の間にか話が終えていた。
「舞鶴鎮守府の現状は、駆逐艦 2名、重雷装巡洋艦 1名の合計3名です。
私、大淀は基本的に出撃致しません。ですので、戦力としては3名ですね。」
彼が現戦力について尋ねたのだろうか。
現在の舞鶴鎮守府では、鎮守府近海にてはぐれ艦隊が数度潜り込む程度で
大型艦種が出現することも、殆どない。
駆逐艦が2隻で哨戒するだけでも事足りるだろう。
そこにアタシ“重雷装巡洋艦”が加わると戦力過多だ。
彼からすると少なく感じていると思うが、アタシに不安はなかった。
「それなら仕方ないね。わかった。そしたら、もう一人の艦娘も連れてきてくれる?」
彼が村雨にお願いをする。
命令で良かった気もするけど、彼らしいかな。と微笑ましい気持ちになった。
そこで彼を見ていると、少し難しい顔をしている。
悩みがある事はわかっていたので、アタシは声をかけた。
「提督~?空母いないのが不安なんだよね~?アタシがどうにかしてあげよっか?」
3年間、彼の指揮を見続けたアタシは彼の戦法をわかっている、と自負している。
全てを曝け出していたかはわからないが、大半は知っているだろう。
彼の基本戦術にて、一番大切にしていたことは“空母の眼”だった。
駆逐艦と重雷装巡洋艦では、艦載機はおろか偵察機すら積めない。
それがわかったので、彼の不安を少しでも軽減出来ればと思い、更に声をかける。
「“妖精さん”を連れて行っていいなら、どうにかするよ~?ねぇ、どうする~?」
彼は驚きのあまり固まってしまった。
唐突過ぎたかな?と思うが、アタシの感が正しければこの子は何かの鍵を握っている。
未だに解明されていない“妖精”と呼ばれる存在。その中でも一番謎に包まれているのだ。
アタシの急な問いかけに困ることもなく、妖精さんは笑顔で手を挙げていた。
そんな妖精さんを見ていると、アタシはイケると確信する。
「北上教官には何か考えがあるんですよね?なら、お願いします。」
彼はそう告げてアタシの頭へ妖精さんをのせる。
わざわざ頭にのせなくても・・・と思ったが、楽しそうな雰囲気を感じたから何も言わずにおいた。
「北上号、はっしーん。」
妖精さんのテンションにあわせて茶化しながら、アタシは執務室を後にした。
工廠へ向かう途中で、もう一人の駆逐艦を連れた村雨と遭遇した。
夕立だったかな・・・?癖のあるしゃべり方で、駆逐艦の中でも特に纏わりついてくる子だ。
アタシに気付いた村雨が声をかけてきた。
「北上さん。どこかへ行かれるのですか?」
アタシは足を止めて村雨へ向き直った。
「ちょっち工廠までね~。北上、空母を建造するであります~。」
固いのがあまり好きでないアタシは、空気を和らげるために茶化すように言葉を発した。
空気を読んだ村雨は、笑顔のまま軽く敬礼をした。
「貴艦の任務、無事に成功をすることを祈っているでありますー!」
無邪気に笑う村雨に見送られながらアタシは踵を返す。
「夕立も、またあとでね~。」
二人に見送られてアタシは足早に工廠へ向かった。
“工廠”
艦娘の建造ドックがあり、その他にも装備品の開発や改修を行える場所。
妖精さんへ資材と資源と呼ばれる物を渡すと、気まぐれに作成してくれる。
もちろん、こちらから指定することもできず、出来上がるまで何が出きるかすらわからない。
殆どの場合が、失敗や艤装のみの作成となる。
アタシは建造ドックへ迷わず足を向けた。
そこには何人かの妖精さんがいる。
暇そうに寝転がっているものや、慌ただしく飛び回っているもの。
アタシは頭上の妖精さんを一度降ろして、お願いをする。
「あのね、彼の為に空母を建造して欲しいんだ~。建造のシステムは理解しているつもりだよ。
でもね、アタシは彼が苦しむところを見たくないの。
空母なしでも充分に戦える力を彼は持っている。だけどね、万が一ってこともあり得るの。
万が一の時、きっと彼は自分を責めちゃう。“空母がいれば”“僕の指揮が無ければ”って。
彼が空母を手にしたら、きっと“どんな敵にも負けない”。その力を持ってる。
難しいお願いとはわかってる。でも、協力してほしいの。」
アタシは妖精さんへ向けてお願いをした。
人間では駄目でも、艦娘のアタシなら或いは・・・と考えはあった。
しかし、誰も見向きすらしてくれない。
だめだったかな・・・と、うっすらと瞳に涙が浮かぶ。
するとその時に、アタシの掌から連れてきた妖精さんが降り立った。
何を伝えているのかはわからない。
しかし一生懸命に身振り手振りで必死に伝えている。
徐々に妖精さん達が集まり、今では整列して敬礼している。
連れてきた妖精さんは此方へ振り返り、敬礼をしながら命令を待っている。
「おしごとします」
アタシは瞳から零れたモノには気を留めず、精一杯の笑顔を作って言った。
「報酬は甘いものだよ~。皆!空母を一隻お願いね~!」
ポケットにたまたま入っていたチョコレート。一人一人に配っていく。
妖精さん達は、一斉にいい笑顔で頷いて思い思いに作業を開始した―。
“妖精さん”
忙しなく飛び回る妖精さんへ目を向けて思考する。
彼女たちはどのような存在なのだろうか。
現場に指揮をとっている“彼のお友達の妖精さん”。
彼女は他の妖精さんとは違うように感じる。
ある程度の意思疎通は出きるし、何より“彼の事を想っている”。
アタシの“かいそう”をしてくれたのも彼女だ。
妖精さんを眺めていると、アタシの目に“火炎放射器”が映る。
「え!ちょ待って!それで何するの!?」
慌てふためくアタシ。
ジェスチャーで落ち着くように伝える妖精さん。
「だいじょうぶです」
そう告げて、一気に炎を放出した―。
すると建造ドッグの扉が開き、艦娘が出てきた。
茫然とするアタシと辺りを見渡す艦娘、それにどや顔の妖精さん。
「せいこうしました」
喜色一面なアタシは妖精さんを連れ、艦娘の名前も聞かずに駆け出した。
“彼は喜んでくれるかな?褒めてくれるかな?”
一秒でも早く報告をしたい一心で走る。
執務室の扉が見えてきたアタシは、ノックもせずに扉を開け放った。
「お待たせぇ~。・・・ん?どったの?そこのちっこいの何してんの~?」
執務室に入ったアタシを出迎えたのは、村雨の陰へと隠れる夕立だった。
何かあったのかな?と思ったけど、今はそれより提督に報告が先だ。
「まぁ、とりあえずいいや。提督、空母を連れてきたよ~?」
アタシが言葉を発した後に静まりかえる執務室。
あれ・・・?反応が薄い・・・?と、焦るアタシ。
そんな中、大淀が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「えっと、連れてきたとは・・・何方から連れてこられたのでしょうか。」
アタシは大淀の言ってる事が理解できなかった。
工廠へ行くと言ってから部屋を出たのに、何を言ってるのか。
「え~?工廠からに決まってんじゃん。そこ以外どこがあるのさ~。」
当然でしょ?と答える。
3人の表情は更に強張った気がする。
「その・・・ですね。“建造”されたことはわかりました。ですが、時間は・・・?」
あ~、なるほど。アタシは気付く。
説明を端折ってしまっていたのだ。
逆の立場なら驚いてしまうとわかったアタシは、説明を行った。
「ん~とねぇ、妖精さんに“空母が欲しいなぁ”ってお願いをして・・・。
賄賂(?)を渡したら、機嫌よくやってくれたよ~。」
わかりやすく説明したつもりだけど、アタシもよくわかんなくなってきた。
どうしようもないので、ありのまま起こったことを説明することにした。
「資材を入れた後はねぇ、火炎放射?で炙ってたよ~。そしたらすぐに出てきたねぇ。」
誰もが言葉を失っていた。
アタシだって見ていなければ信じれなかったと思う。
しかし事実は事実なので、信じてもらうしかないのだ。
暫くして、彼が口を開いた。
「北上教官、一ついいでしょうか。」
静まりかえった部屋の中に彼の声が響く。
アタシもゆっくりと答えた。
「ん~?なぁに?」
頭上で妖精さんが動く気配がする。
しかしアタシから見えないので、気にしないことにした。
「その、連れてきた空母は何処に・・・?見たところ、教官しかいないようですが・・・。」
彼の言葉にアタシは後ろを振り返る。何処にもいない。
左右を見渡す。何処にもいない。
アタシは血の気が引いた。
「あ~・・・。空母が出来たことに嬉しくて・・・、工廠に置いてきちゃったみたい・・・てへ。」
誤魔化すように言ってみる。
・・・彼の肩が震えている。こりゃぁ、大目玉かな。と、ごちる。
「一人で心細い思いしてるんじゃないの!?早く連れてこーい!!!」
噴火した彼から逃げるように、アタシは一目散に駆け出した―。
工廠へ戻ったアタシは艦娘を探す。
すると彼女は待っていてくれたのか、先ほどと同じ場所に座っていた。
大和撫子を体現したような子だ、と思う。
遠目から見てもわかる、長く艶のある黒髪に白いリボンが映えている。
大きな茶色の瞳からは何か強い意志を感じた。
スタイルもよく、女のアタシから見ても綺麗な子だと思う。
そこでアタシは見惚れている場合じゃないと思い直して、急いで声をかけた。
「ごめーん!焦って置いて行っちゃったみたいでさ~・・・。ほんとごめんね?」
彼女は此方へ気付くと視線を向けてきた。
少し、ジト目でアタシを責めていることがわかる。
小さくため息をつきながら、彼女は口を開いた。
「生まれた瞬間に、誰かが走り去っていって本当に吃驚したわよ・・・。提督も居なかったし。
言ってもしょうがないから、もういいけど心細かったんだからっ」
そりゃそうだよね、とアタシは反省した。
アタシが逆の立場でも、凄く心細いと思うし・・・。
「本当にごめんなさい。次からは気をつけます!」
アタシは敬礼しながら返事をした。
彼女は許してくれたのか、微笑みを浮かべてくれた。
「じゃあ、気を取り直して自己紹介ね。
名前は出雲ま・・・じゃなかった。飛鷹です。航空母艦よ。よろしくね。」
何故、名前を言い直したのか気になったけど、聞かなかったことにする。
アタシも飛鷹へ手を差し出しながら自己紹介をした。
「アタシは重雷装巡洋艦の北上だよ~。よろしくね。」
告げると飛鷹が手を差し出してきたので、握手をする。
飛鷹の視線が少し上を向いたので、妖精さんを気にしていることはわかったけど
今は時間がないので、説明せずにそのまま手を引く。
「じゃあ、皆に紹介するから執務室へいこっか~。」
アタシはそのまま飛鷹の手を引いて執務室へ向かった。
戦闘シーン全くなし。
チートとはなんだったのか・・・。
次回は少し戦闘シーンをいれる予定です。
誤字脱字報告や感想などお待ちしております。