それはとある喫茶店での会話であった。
一人は学生で一人はスーツ姿の男性。二人は向かい合いながらケーキと紅茶を飲む。
「急に呼び出して一体何の用だ?」
桐ケ谷和人は不機嫌そうに尋ねる。彼の前にいるのは菊岡清次郎。VR関係の事件などに深く関わり、SAO事件から和人と縁がある総務省の人間だ。
「いやね。プログラム関係で君に相談したいことがあるんだよ」
そうにこやかに微笑み、ケーキなどをご馳走する菊岡。それに不信感を持ちながら内容を聞くことにした。
「実は不思議な事が起きていてね。あるデータの観測に、理解できない出来事が起きた」
「理解できない事?」
菊岡が言うにはとあるデータを思考する、AIデータに変えて、思考ルーチンに一定の刺激を与える。
そのAIデータがどのような反応を返すか、そんな研究テーマで動く部署があったのだが、先日データが丸々無くなった。
外部からの不正アクセスを初め、様々な方向から捜査されるが、事件は迷宮入りしそうらしい。
和人は頼んだ飲み物を含みながら、それが何なのかを尋ねた。
「詳しくは言えないけど、AIみたいに考え、思考できるほどの膨大なデータだね。最初の頃は、研究者からすれば面白い反応が返ってきて、大盛り上がりだったらしいよ?」
そう言いながら和人は感情を表に出さないように努めた。あるデータは何なのか考える。菊岡はその話の中で、腕を組み首を傾げた。
「その感情データが何を求めて、何をしようとするか。そのデータがどんな反応を示すか、色々行ったようだね」
「色々?」
「別の情報。データなどを組み込むことで、その反応や考え方を変える。その後AIプログラムは、どのように考え、働くかってね」
だがと菊岡は言葉を区切る。
「いつしか反応を表に出さず、謎の沈黙を続け、データは観測されたデータを含め、全て消えていた。どう思うキリト君?」
「あんたが俺に何を聞きたいか、むしろそこから聞きたいね」
「嫌々、簡単な話だよ。そのデータを消すには外部も中からもアクセス不可能。でだキリト君。〝AIデータが自ら自分のデータを消す〟。なんて言われたら、君はどう思う?」
菊岡はそんな事をおどけて聞くが、和人は沈黙したまま適当にはぐらかした。
◇◆◇◆◇
全てが終わり、森の草原で寝っ転がり、目を瞑り昼寝していると、人の気配に気づき、半身起こして目を覚ます。
「何の用だシーク?」
「起きたのか。器用だな」
そう言い隣に座るシーク。丁度この位置から、町の祭り風景が見える位置だ。
いま祭りは戻ってきた楽器と共に、歌姫が祭りを盛り上げている。
「君はいなくていいのか?」
「彼奴を祭る祭りなんかに興味ない」
そう言ってまた寝っ転がり。シークはしばらく黙り込む。
「君は何者だい?」
「勇者の記録を体験した、偽物さ」
その後、シークに全てを明かした。自分が死に、神に何を願い、何を体験したか全てを話す。
それを聞いたシークの顔を見ず、流れ行く空を見続けた。
「あれは俺が勇者の中で感じた後悔みたいなもんさ。まさか人様に迷惑かけるほど深いなんてね」
「………君にとって、夢の〝コホリント島〟は本物だったんだろ?」
「ああ」
勇者を通して見た彼らの世界は確かにあった。それを幻、夢だからと言って、消えていいはずが無い。あの世界はちゃんとそこにあり、そこでいくつもの命が生きていた。
勇者も絶望し、一度は使命を放棄した。だけどそれでも誰も救われない。だから………
「勇者は歯を食いしばって夢からあの野郎を起こした。だが俺は納得できなかった」
「………」
「あれが俺にとって、勇者なんてもんに絶対に成りたくないと思うきっかけだよ」
あんなものは望んでいない。あんな責任なんて背負いたくない。
だけど結局背負うのだろう。なぜなら俺は、偽物でも勇者なのだから。
「あの野郎と言うのは、かぜの」
「やめろ」
その名前はいま聞きたくない。シークは俺の言葉を驚きながら、真剣な目で見つめる。
「………君はこれからどうするんだい?」
「………気になるのなら、着いて来い。そこに隠れている歌姫もだっ!!」
それに森の影からびくんと身体を震わせ、歌姫の衣装を翻すマリンがいる。
祭りの重役二人がいないいま、町はどうなっているか考えずに、俺はあそこに出向く。
◇◆◇◆◇
あるはずのものが無い、そこは山すら無くなっていた。
「ここが島の中心だ」
踏みしめれば分かる、どこがどこなのか。島中を探索したのだから当たり前だ。勇者の姿ではあるが………
「ここにたまごがあったんだね……?」
何も無い草原だけが広がる場所で、静かに空を睨む。
「目覚めていないなんて言うなよ。『かぜのさかな』ッ!!」
憎しみを込めた怒気と共に叫ぶと、くじらの鳴き声が響き渡る。
それは現れた。空を泳ぎ、静かにテイルを見つめるそれは………
「かぜのさかな」
「島の守り神様………」
二人が驚く中、それは優雅に空を泳ぎ、テイルを見つめ、声が響く。
『こうして君と顔を会わせる日が来るとはね』
「………」
『君の望みはなんだい? 力の勇者よ』
「俺の望みは………」
目を閉じ、静かに考え込む。湧き上がるものがある。
今すぐ目の前にいるものを、この剣で永遠に滅ぼしたい。
だがそれは違う。少なくても、自分の中にいる勇気の勇者たちは自分を止めている。そう胸を押さえながら感じ取る。
だから言う言葉はただ一つ。
「テメェはもう寝るんじゃねぇよッ!!」
そう言って怒鳴る事だった。
「テメェの所為でフェリサは二度死んだッ!! この島の歌で誰かが縛られるッ!! 起きても寝てても使命使命って他人に押し付けてるんじゃねぇぞクソクジラッ!!!」
その叫び声は島中に響きそうなほど轟き、二人は驚き、目を白黒させる。
対してかぜのさかなは、静かにテイルを見る。
『君の望みは、使命の解放だね』
「テメェの所為で自由が無い。どうすればマリンは島の外に出られる?」
「テイル………」
しばらく黙り込む中、優しい風が吹き、声は響く。
『わたしはどこにでもいる。世界のどこかで眠り、優しい夢を見る』
「ここが寝床じゃないのか?」
『ここは歌が響く場所。ただそれだけ………世界に歌を響かせてくれ、わたしが眠っても起きるよう、多くの人たちに伝えてくれ。優しい優しい子守歌、優しい優しいめざめの歌』
「それじゃ………」
『君の歌が世界に響く事を楽しみにしているよ』
そう言って空に溶け込むように消えるかぜのさかな。それに頭をかきながら、ため息を吐くテイル。
「確認は済んだ。俺は帰る」
そう言って彼はどこかへと歩き出す。
「待ってテイルっ!」
そう言ってマリンは引き止める。その手を掴み、満面の笑みを浮かべながら
「祭りを見てってよ。あたしはまだ、この町を紹介してない」
「………マリン」
「ね♪ テイル。あたしに時間を分けて」
それに静かに苦笑して、彼は頷き、シークは静かに立ち去っていく。
◇◆◇◆◇
祭りは賑やかであり、歌姫であるマリンは人気者だ。
出店を巡り、旅芸人の見世物。クリーム乗せパンをシークと共に食べるマリン。
そんな祭りの最後は、歌姫によるコンサート。
特別席に座るゼルダ姫。俺は離れた位置から歌姫のコンサートを聞いていた。
夕闇の中、響き渡る歌を聞きながら、静かに町を後にする。
「………」
「マリンに会わないでいいのか?」
そう言って背後からシークが現れる。神出鬼没なのはどこも同じらしい。
「歌姫の旅立ちは問題ないかな? 〝ゼルダ姫〟?」
それを言われたシークは、顔を隠す布を外して、長い金色の髪を風に乗せる。
「知っていたのですか?」
口調と瞳の色が変わり、ほんの少し女性らしさが出る。その様子を見ながら肩をすくめた。
「まあ、よく見れば同じだな~って」
「そうですか。それはそれで腹が立ちます」
頬を膨らましてすぐに隣に来る。海の岬で夕陽を見ながら、静かにしている。
「歌姫の事は問題ないでしょう。かぜのさかなの件は安心してください」
「これも夢で見たのか?」
「ええ。かぜのさかなの世界が生まれ、悪夢の悲鳴が響き渡る世界。このような形で解決するとは、思ってもいませんでしたが」
さざ波の音を聞きながら、俺はこの景色が〝あの島〟と変わらない事に疑問に思う。
「この島は似ているな。夢の世界に」
「ですが、私たちは此処に生きている」
「目を覚ますまで夢かどうか分からない。まあ、異世界の俺からすれば、夢も現実も変わらない。本当の世界なんだが」
沈む日を見ながら、時間が終わる。
「んじゃ。俺は俺の世界が気になるからもう行くよ」
「そうですか………」
「マリンに言ってくれ。君の歌を世界に響かせて、あの野郎を寝かせないでくれ。後は………綺麗だったってね。楽しかったよ、ありがとうゼルダ姫」
◇◆◇◆◇
変わった勇者だ。異世界から来た勇者とその仲間たち。そう思いながら、幻のように消えた勇者と、彼と共に悪夢に挑んだ者たちを思い出す。
色々言いたい事があるが、いまはなにも言わない。彼はそれだけ言うと姿を決していた。まるで彼もまた夢か幻か、そうであるように姿を消す。
それでも、あのクリーム乗せのパンを食べた記憶はあるし、不埒な真似をされたことも覚えている。
「全く、女性の褒め言葉は本人に言えば良いものを」
そう思いながら、彼の最後の言葉を思い出す。
「………ホント、勇者と言うのは、ああいう人なのでしょうか……?」
いまでは確かめる事ができない事。ともかく、こうして一つの事件は終わりを告げた。
彼の横顔を思い出しながら、そろそろ護衛役に見つかりそうなので、私は急いで町へと戻る。
◇◆◇◆◇
こうして一つの伝説が終わりを告げた。
歌姫マリンはハイラル王国の庇護の下、世界中にその歌を広め、歌を歌い、人々の心に安らぎを与え続ける。
当時の巫女姫、ゼルダ姫と同世代から、彼女とも親睦が深く、ゼルダ姫は事あるごとに彼女と行動を共にして、共に世界を見て回った。
世界中にめざめの歌を広める歌姫マリン。彼女の歌は多くの港町で奏でられ、その歌は途絶える事は無いだろう。時折嵐の海の中、この歌を歌うと嵐が止む事から、航海の安全を祝う、祝い歌として使われる。
余談ではあるが、ゼルダ姫とマリンのお茶会はなぜか、パンにクリームを乗せたものであり、護衛の人間を撒いて二人だけでピクニックに行くため、当時の護衛隊長は頭を痛めていたようだ。
この歌の伝説を初め、ハイラルの歴史に、勇気の勇者リンクとは違う勇者が現れる。彼の勇者は力のトライフォースに選ばれた、善なる若者。
魔なる者の前に現れ、善なる力のトライフォースに選ばれた異国の剣士。
力の勇者テイルの伝説。彼の勇者の口癖は………
「人使いの荒いな、まったく………」
そう言って勇者と共に魔王を討つ。そんな歴史があったとされる。真実は誰にもわからない………
力と勇気の勇者。そして知恵の姫君。
シノンさん辺りは心配して、なに他所の問題に首突っ込んでるの?と怒る。
それではお読みいただき、ありがとうございます。