俺は……俺は一体何を……いや、何だ? 俺は……ナニカサレタヨウダ。記憶が曖昧で、今目の前にあるあまりにも攻撃的な宝珠を作った覚えがない。
その事を考えようとすると、ミヤザキと名乗る中年の男が耳元で『全てを焼き尽くせ』と囁くのだ。……あぁ、そうだ、焼き尽くさねば。全てを焼き尽くす暴力のあらん事を……。
…………いやいやいや、断じて俺にそんな趣味はない。試験運用されている榴弾砲を間近で見た辺りから記憶があやふやだが……その時にナニカあったんだきっと。
さて、そんな事はどうでもいい。あの試作品のベルトは、同業者をして好評だった。危険な機構もなく、何より安心して楽しめる。カードに込められた爆裂術式も、結局は派手な音と光を出すだけの無害な代物だと証明された。
防殻が割れる事で勝敗が決するのも、シンプルかつ安全で子供に負荷を与えない。出来れば敵役が欲しい所だと彼女は言っていた。そこら辺のデザインは少し苦手らしい。
それと決めポーズの設定も順調に進んでいる。あと数週間もすれば完璧に仕上がる筈だ。……まだ試作機なので、その方式は随時変更していくと思うが。流石に直接脳神経に干渉して無理やりポーズを取らせるのはどうかと思うしなぁ……。
あぁそれと、第一作目の女児向け宝珠を少し改良した。王笏らしき物をデータから除外し、補助具と兼用して宝珠を付けたのだ。見た目は可愛らしい杖のような何かだが、決めポーズを省略して干渉式を放てるようにした。補助具と一体になっているので出力も上昇し、ベルトと大差ない範囲に収まっている。
どうにかして危険性を取り除こうとしているのだが、使っている干渉式は軍のものをパクっている箇所が多いので難しい。ベルトの方は八割方俺のオリジナルだったのでそんな事も無いのだが……。
なので新しく作る事にした。
デザインは例のごとく同業者に頼み込み、一作目の雰囲気を出来るだけ崩さないような見た目にしてもらった。貴族の服を戦闘用に魔改造したような見た目と言うべきか。
不吉な色として嫌われる黒も、こうしてみれば中々どうして映えるものだ。優雅さと鋭利さを兼ね備えた衣装は、やはり斬新さの中にも心を掴んで離さない何かがある。きっとこれだけでも売れるだろう。
組む干渉式は二作目の干渉式を応用し、尚且つ一作目のエフェクトを入れたもの。比較的安全であり、軍からパクった技術はほぼ使用してない。
そして色々悩んだのだが、俺はあの馬鹿みたいな宝珠をもう一つ作る事にした。
この頭オカシイとしか思えない6連結宝珠。頭のネジが五、六本抜け落ちて無いと発想すら思い浮かばなかっただろう。しかし応用の余地は多分に含まれる。
第一宝珠を段階的に繋いでいくのがこの宝珠の特徴なのだが、少し配置を弄るだけで第一と第三だけを繋ぐ事も可能なのだ。その組み合わせによって専門の干渉式を構築し、使用する魔力のロスを減らす事が出来る。
ただひたすらに出力の事しか考えられていないが、その技術は実に応用が効く。状況によって瞬時に得意な干渉式を構築するコレは、各国に存在する宝珠のいいとこ取りと言っても過言では無い。
何せ干渉式同士による干渉が一切無いのだから。事実上は幾多もの宝珠を一つに纏め上げているようなものだ。
序でに宝珠が自己判断で干渉式を選択するような干渉式……。干渉式というよりも自律式と言った方がいいかもしれないが、一応そんなものも作っている。過去に何度かやった事があるので、そこまで難しい作業でも無いだろう。
しかしまぁ、あの魔法陣がこうも進化するとは。御先祖様方も予想出来なかっただろう。科学と魔法の融合、その結晶たる宝珠。……個人的には、これはもう宝珠ではないと考えている。もっと技術が進めば、魔法は科学に成り代わる筈だ。
……作っていて思ったんだが、軍の宝珠とはこんなものなのだろうか? 使っている素材はかなり上等な物の筈なのだが、干渉式の製作難易度は極めて低く、その解析も実に用意だった。所々……というか、ほぼ全ての干渉式が意味を成していないし、これでは魔力のロスがあまりにも大き過ぎる。
いや、そもそも宝珠の歴史自体が浅いのだ。確かに干渉式は稚拙な物が多いが、機械自体は見事な物である。干渉式は元より秘術であり、秘匿されてきた歴史もかなり長い。この宝珠を作った人物は、きっと一から干渉式を構築したのだろうな。それを触媒によって強引に出力を引き出しているようだ。
だが俺はこれと同じ物を木材から作り出せるだろう。触媒とは宝珠の力の源だが、それ単体ではただの無機物に過ぎない。そこに宿る干渉式を構築してこそ、真の宝珠だと俺は思っている。
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その日の仕事中の事である。爆発四散した装備の回収ついでに、暇そうにしていた研究員の男に声をかけた。いつもより爆発の仕方が派手だったので、少し不思議に思ったのである。その男の話によると、今回から実験の被験者が変わったらしい。
ターニャ・デグレチャフ少尉。僅か9歳の幼子でありながら、軍のエリート街道をひた走る真性の傑物。その叡智は恐るべきゼートゥーア閣下を唸らせ、その武勇は銀翼突撃賞を授与する程。
そんな将来有望で優秀な少女に目をつけたのが、我等がマッドのシューゲル技師。頭がおかしいのではないかと思える実験を少女に対して敢行し、職員は辟易とする毎日を送っている。
そしてつい先程、デグレチャフ少尉が真っ当な意見具申を突き立て、足音荒く自室に帰っていった所だとか。シューゲル技師はそれに腹を立て、工廠を吹っ飛ばす勢いで怒鳴り散らしているらしい。
思わず悪態が漏れた。研究員の男も、憎悪を隠そうともしないで悪態をついている。デグレチャフ少尉に同情し、シューゲルをこき下ろす罵倒を思う存分吐き出して、研究員の男と別れた。取り敢えずシューゲルは死ねばいいと思うよ。
その後は普通に作業をこなして一日を終えた。デグレチャフ少尉に少しでも救いがある事を願うばかりである。
明日は軍のお偉いさんが、この馬小屋にやって来るらしい。とは言っても状況の視察程度で、俺たちは大人しく中で待っていれば良いそうだ。
つまり明日は実質休みの日。それが仲間内にも伝わり、今から酒場に入り浸る気満々の奴が沢山いる。あんまり羽目を外し過ぎるのもどうかと思うけどね。
殆どの仲間が外出し、ガランとした部屋で一人物を作る。もう少しで宝珠の調整が終わるのだ。明後日の休みには同業者に持って行って成果を報告しないと。
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「……ほう? 貴様、軍事施設内で堂々と反逆行為とはいい度胸だ。処刑は免れないだろうが……。私も鬼では無い、一応言い訳を聞いてやろうじゃないか」
「ひ、ひぃ!」
父さん母さん、ごめん。俺死んだかもしれない。
こんな朝早くにデグレチャフ少尉直々に視察に来るとか聞いてない。しかも抜き打ちでの官舎チェックなんてもっと聞いてない。確かにここは軍属の機関ではあるけど、立ち位置は民間業者に過ぎない筈なのに。
そして見られちゃヤバイ宝珠の数々。……いや、戦闘用の物は一切存在しないのではあるが、果たしてこれを子供用の玩具として認識されるかどうか……。
と言うかデグレチャフ少尉怖い! これで9歳とか嘘でしょ? 背丈は自分の腰くらいしか無いのに威圧感半端無いんですけど。見た目は背伸びして軍服を着た子供なのに、中身は冷徹な殺戮マシーンのようだ……。
「ど、どうかお許しを。これは私の家業にございます。徴収された手前、このような物を作るのがご法度なのは百も承知にございます。しかし、これが無ければ私の家は潰れてしまうのでございます……」
自分より遥かに歳下の子供の前に這いつくばり、必死に許しを乞う。その間にも随伴した二人の兵士が机の上の宝珠を弄り、それが未完成品である事を少尉に告げた。
抜き打ちの対策なんてしている訳もなく。ベッドの下に布で包まれた完成品が露わになってしまった。男児向けのベルトに女児向けの杖。杖の方は黒い方だけ残っている。前作の物は改修中で実家に置きっ放しだった。
「……貴様、これは……なんだ?」
「こ、子供向けの玩具に御座います。私の家業は代々続く玩具店。特に魔力を発現した貴族様のお子様に向けて、商品を販売しておりました。……今となっては、昔の話でございます」
それを見た少尉の顔は……。何とも言えない微妙な表情をしていた。まるで思いもしなかった物がここにあったような、何かを懐かしむ感情のような、一言では言い表せない複雑な顔。
暫くして何かを問いかけるような目をこちらに向けて来たが、俺には何を問いかけられているのかが分からない。地面に伏したまま顔だけ上げて、キョトンとした馬鹿面をしていたと思う。
「ふん、まぁいい。しかしこれは頂けない。いくら子供向けと言えどこれは間違いなく宝珠。軍の機密保持法に接触する代物だ。どれ、早速試してみるとしよう」
「……少尉殿? 一体、何を……」
ギラリと、まるで野生の狼のような笑みを浮かべた少尉は、例の黒い杖を部下から受け取る。
そして背負った銃を替りに預け、黒い杖を構えて魔力を練り上げ始めた。超常の現象を起こす魔力の粒子がゆっくりと吹き上がり始める……。
ま、まずい。それはまだ試作段階の代物なのだ。決して害のある効果は無いが、それでも色々とまずい。特に少尉にとっては致命的過ぎる!
「おやめ下さい少尉殿! それはまだ試作段階なのです!」
「反逆者の言いそうな事だなおもちゃ屋。いくら偽装を施そうと宝珠は宝珠。その攻撃性は軍の物と変わりあるまい」
「な、何を言っているのです……?」
「本来で有れば軍規に反した愚か者への懲罰として用いる術式なのだが……。まぁ強度を強めれば尋問にも使えん事はない。これを経れば、口の硬い貴公でも口を割る気になるだろう」
「ですから何を言っているのですか!? まるで訳が分かりません!」
必死の説得も虚しく、ついに宝珠が光り輝く。
あぁ、やってしまった。俺は終わりだ……。
「マジカル少女⭐︎パワーアーップ」
響き渡る可愛らしい声。鳴り響く陽気でファンシーな音楽。シャラリン⭐︎とかシャランラ⭐︎とか付きそうな擬音を高らかに響かせて、少尉がゆっくりと変わっていく。
堅苦しい軍服は謎の光に覆われ、虹と星を模したエフェクトが掛かり、黒のレース付きのリボンが全身を絡めとる。
ポップな弾ける効果音と共に光が弾け、中から黒を主体とした貴族の服を限りなく崩したような先鋭的な衣装が露わになる。
それはまず手から始まり、黒く薄いレースの付いた婦人用の手袋、足には子供らしい羽の生えた少し高いヒール。頭にメイドの付ける髪飾りが現れ、首にはリボン。
その変身とも言える不思議現象は宙に浮いた状態で行われ、変身が進む度に丁寧なポージングが決まっていく。顔の表情は勿論優しげな笑顔。
ただその後ろに恐ろしい鬼が見えるのは気のせいではあるまい。
俺は全力で顔を横に向けた。部下と目が合ったが即座に逸らされた。なんでや、お前の少尉がご乱心中やぞ。助けんでええんか? その間に逃げ出したい。
「皆んなの願いを魔法に込めて!」
くるっと華麗なターンが決まる。
「今こそ悪を打ち倒す!」
杖を振ってエフェクトが弾ける。
「願いの天使! マジカル⭐︎ブラック!
……悪い子には、オシオキしちゃうぞ♪」
ピースサインを目に当てて、舌を小さく出したあざといポーズと共に、舞っていたエフェクトがキラキラと消えていった。
後に残るのは、酷く虚しい沈黙だけ。
「「「…………」」」
ツカツカツカツカ……ドグッ
「ゲフッ」
「おい、こいつを連れて行け。独房送りだ」
「「はっ!」」
デグレチャフ少尉に脇腹を蹴り飛ばされ、むさい男に両脇を固められ、俺はコンクリートに固められた檻の中へと蹴飛ばされた。
その男達は、去り際に何故かグッドサインと晴れやかな笑みを浮かべて去っていく。
……背景、天国の父さん。俺は今、地下の独房で臭い飯を食べています。あの件は確かに俺が悪かったのだろうけども、デグレチャフ少尉にも2割程度問題があると思うのです。
彼女が警告通りに魔力を込めなければアレは起こり得なかった。だから俺は悪くない。そう思いたいのです。
きっと神は人の運命をサイコロで決めてるに違いありません。でなければこんなオモシロイ捕まり方普通しないでしょうに。
父さん、俺は今日から神を信じないと決めました。どうか親不孝者の自分をお許し下さい……。