そこいらに転がっていた普通の宝珠を取り出す。それを『投影機』と呼んでいる装置へとセットした。
僅かな起動音と共に複数の計器のメーターが針を振り、台座が宝珠を浮かび上がらせる。その下から溢れる光が、宝珠の上に幻を作り出した。
それは紛れもなく刻まれた干渉式の陣。円形に広がり、中に緻密な文字が書き入れられている。我等なら見慣れたその図式。
「コレは…」
「中に刻まれた魔法陣を可視化した物ですよ。少し工夫すれば、この幻から陣を直接弄る事も出来ます」
「…いや、もう驚かんよ。君はまさしく天才なのだと、改めて思い知らされた気分だ」
「世辞は結構。さて、今ここに写されている物こそ、帝国式の魔法陣だ。ここで諸君に問いたい。ここに新たな文字を入れる事可能かどうか」
「ふむ?それはどう言う意味かね?」
「そのままの意味ですよ班長。このギチギチに詰め込まれた魔法陣に、新たな干渉式を書き込むにはどうすれば良いのか。ただそれを質問しているのです」
その言葉に、皆は頭を悩ませた。それはそうだろう。この陣は既に完成されきっている。これ以上に書き込む余地など何処にもない。更には書き込むとしても何を書き込むかでも問題が出てくる。
緻密に計算され尽くして構築された陣は、つまるところ高級な懐中時計に似ている。完成された時計に余計な物をくっつけようとしても、とてもでは無いが上手くいかないだろう。それだけ困難な問題なのだ。
「式を圧縮してみては?」
「この陣にそんな余裕があると思うのかね」
「では文字そのものを小さくすると言うのは…」
「それでは式として陣が認識しない。全体を縮めることになるぞ。そうなれば結局同じ事だ」
「…ではどうすると言うのです?」
「わからん…。陣とは円形であるべきで…。
………円?コレを円と言っていたのか我々は?」
「班長、何か気付いたのですか?」
「円、いや、円ではない。コレはヒモだ」
「は?」
「そうだ、コレは円なぞではない。ヒモを輪っかにしただけでは無いのか?そうだろうハッター君。そうに違いない!」
「は、班長?まさかカフェインをキメ過ぎたのですか…?」
「素晴らしい!まさかこんな短時間でそこに気づくとは!」
「ハッター殿!?まさか貴方まで狂ってしまわれたのか…?」
その通り。コレは円などでは無くヒモなのだ。平面に描かれた図形ではなく、空間にZ軸を持つ三次元の『立体』。それこそが先の問いの答え。
つまりこれ以上に術式を書き込みたいのならば、『円を重ねて球体にすれば良い』。コレこそが『裏の式』。自分達が眺める平面を表とするなら、球体に張り巡らされた式こそを裏と言う。
球体に描かれた物を平面に投写すれば、そこに出来るのは一見して式として成り立つ筈もない真っ黒な落書きと化す。しかし干渉式そのものが球体として成り立っていたのならば、そんな状態でも干渉式は一切の狂いなく発動するのだ。
「し、しかし、どうやって球体の陣を描くと言うのです?」
「それは私の曾祖父が考案したのです。ある時に地球儀を見て思いついたと聞きました」
「……あぁそうか。ガラスの球体に図を描き、光を投写すれば円の式が出来上がるのか……」
「流石の慧眼ですね班長。曾祖父もそうやって式を書いた。今はこの投影機を使い、そこに書き込めばそのまま式となる。これは父の発明ですな」
「空想の産物と笑っていた立体式…まさかこんな方法があったとは…」
まだ驚くのは早い。これは大前提に過ぎないからだ。平面にしか刻めないという認識があった宝珠。当然ながら書き込める量には限界がある。
帝国流の式の構築では平凡な成果が精一杯の筈だ。だがしかし、ここにその前提を覆す存在がある。
俺がその宝珠を手に取ると、皆の視線は自然とその宝珠に集められた。神の奇跡の体現とすら謳われたそれを見て、誰もが驚きに目を見開く。
気付いたのだろう、このカラクリが。表向きはどう見ても失敗する筈の干渉式が当たり前のように起動する奇跡。その正体は誰の目にも明らかだ。俺の誇るべき曾祖父が見つけ出した式が、その不可能を解き明かしたのだから。
手に握るエレニウム95式を投影機に置く。僅かな振動音が徐々に大きくなるも、投影機はそれに耐えている。
やがて黄金の光が寄り集まり、その禁忌を解き明かし始めた。宙空に浮かぶ『球体』の干渉式。それが星の数程に散りばめられる中、一際大きな4つの球体が鳴動していた。
縦横斜めに縦横無尽に円陣が組まれ、その表面は重なり合う式によって干渉式を構築している。その中には幾つもの球体を抱え込み、これもまた表面に干渉式があった。
人の手では絶対に辿り着けないだろうと言う緻密さの極地。そんな言葉が似合う程にその式は完成され切っていた。
それを見ながら僅かに口元が歪む。その理由など言うまでも無いだろう。
「諸君、見たまえ。神の欺瞞だ」
それは神の干渉式。暴かれる訳が無いとタカを括った奴等のこれ以上無い醜態。ここに今その干渉式は余す事なく晒されている。絶対の不文律を人が超えた瞬間とも言えた。
観測出来るのなら真似が出来る。真似が出来るのなら応用が効く。応用を成せるならば開発が出来る。
つまりは神の力だ。その僅かな一片とはいえ、ここに神の持つ権能の一部を横領せしめたのである。
「ハッター、これはなんだ…?」
「少尉殿。これは神の干渉式でございます。我等は今ここに奇跡と呼ばれていた力を、ただの干渉式に表したのです」
「だが仮にもあの存在は神を自称していた!悔しいがその力は本物だったぞ。本当に、コレが奴等の干渉式なのか…?」
「ではお確かめになりますか?気は進みませんが、確かな方法が御座います」
「…いいだろう。やってくれ」
神の干渉式。見れば見る程に気色悪い。人としての尊厳を根本から踏みにじり、人格を全て否定して強大な力を得る。美学も何もあった物ではない。
その中でも特にえげつない、もとい精神を汚染し神の考えを強引に捻じ込む非道な干渉式の一部を抜き出し、まだ何も刻まれていない宝珠にそれを移し替えた。
無論だが神に連なる物、例えば信仰と呼ばれる力を送る物や神力を発生させる物は入念に取り除いた。だがそれを抜いても干渉式は複数の小さな球体の形を保っている。神の力の恐ろしさの一端だ。
「さて、見ていただいた通り、コレは神の干渉式のほんの一部。都合の悪い物は全て取り除かせてもらいましたが、それでも尚我等の技術を軽く飛び越えていく物です」
「…この中身はなんだ?」
「劣化精神汚染干渉式とでも言いましょうか。神を讃える言葉を意思に関係なく紡がせる非道極まりない干渉式です」
「そうか。…いや待て、それはお前の作った宝珠でも使われていなかったか?」
「全くの別物ですよ。アレは決められた言葉と動きを術者の身体の電気信号を使って強制的に動かしているのです。早い話が人体の機械化ですな。精神への汚染は皆無です」
「それはそれで非人道的過ぎやしないか…?」
「ですから試作品と言ったでしょう?何が起こるか分からないとも言った筈です」
「決めたぞ。私は得体の知れない宝珠には絶対に触れないと」
「賢明な判断ですな」
出来上がったばかりの宝珠を少尉は手に取り、その魔力を込め始める。干渉式から溢れる魔力が周囲の埃を僅かに浮き立たせ、干渉式を巡った魔力が答えを叩き出す。
現れたのは鉄面皮が嘘のように綻んだ満面の笑みの少尉。純粋無垢を体現したかのような表情で、神を賛美する歌を歌い出す。
手振りに身振りまで加えて、それが楽しくて堪らないといった様子で歌い続ける。何も知らぬ者が見れば敬遠なる神の信徒と信じて疑わないだろう。
だがそれを見て技師達は一斉に顔を顰めた。神のもたらした『奇跡』の正体が突き詰めた干渉式に過ぎぬ事と、それを神がもたらした理由。
どんな馬鹿でも分かるだろう。神は欺瞞によって覆い隠し、欺瞞によって人を操る。個人の意思なぞ微塵も考えないその所行は、神などと言うより悪魔と言った方が当てはまる。
「…これが神なのです。私の一族は世に動乱が起こる度に、この未知の存在を観測してきました。
奴等の目的はおそらく人類の発展。そして涅槃に至る事でしょう。
耳触りだけはとても良い言葉です。ですが人類の発展とは無意味な戦乱を意味し、その被害がどこまでも大きくなるよう差し向ける。
人は神に縋り、神は祈りで力を得る。そして十二分に苦痛が集まったところで神の尖兵を送り出すのです。
力を得た神による尖兵は無敵にも等しい。その口で仕組まれた讃美を歌い、強大な敵を討ち滅ぼす。…非常に効果的で無駄がなく、そしてあまりにも無慈悲だ。罪のない人々が、神の名でどれほど死んだ事か。
そうまでして至るという涅槃。これもまた悪意の塊と言える。
人の苦しみたる煩悩を捨て去った人の姿。それを想像すれば容易く答えは見つかるのです。
涅槃とは欲の無い姿。つまり性欲や食欲や睡眠欲などを必要としないのです。欲がない為に誰にも惑わされ無い事でしょう。食事も睡眠も必要ありませんので一日中行動が出来ます。
何かに気を取られる事も無いでしょう。仮に銃を持って敵を射てと指示すれば、瞬く間に一騎当千の兵士となるでしょうな。それも昼夜を問わず戦い続ける理想の兵が。
そして涅槃に至るには神への絶大な信仰心が必要です。涅槃に至り、完成した人間。それは神々にとって都合の良い駒に過ぎないのです。
慈悲もへったくれも無い。契約を破れない悪魔の方がよほど健全だ。奴等を呼称するのに『神』などと言う神聖な言葉を使うのも腹立たしい。
人の願う神が、人の隷属と滅びを至上とするのです。
だからこそ私は神の良いように扱われるなどまっぴらだ。進めど地獄、立ち向かえど地獄、立ち止まれば意思なき奴隷。ならば進み踏み超え、神ですら踏みにじる断固たる姿勢が必要だ。
…班長、どうです?神に仇為す不貞の輩。そんな不心得者になってみる気はありませんか?」
「それは魅力的だ。とても魅力的な提案だよハッター技師。だがどう立ち向かうと言うのかね?存在Xは神のように触れ得ぬ存在なのだろう?」
「なに、ごく簡単な事です」
戦争に勝てばいい。
奴等の弱点は極めて単純。こちらに肉体を持たないが故に干渉出来る事象に限りがある。13代前の祖先が初めて上位者との接触を持った際、あらんかぎりの憎悪を持って軛を打ったのだ。
それにより奴等は無敵の存在では無くなった。手強い相手ではあるが、こちらにも使える手札が残されている。そして賢しい我が祖先は、その方法こそが最善であると見抜いていたと言う。
もはや歴史の影に埋もれて確かめる術など何処にもないが、それ以降の祖先達がそれによって脅威を遠ざけて来たのは間違いない。
それは人間の思考に住み着く限り無敵の奴等を、限りなく封じ込めるという手段。つまり徹底的な反逆こそが奴等の力を弱らせるのだ。
神はさして賢い存在ではない。
…いや、全知全能であるが故に、賢くある必要が無いと言った方が正しい。あらゆる物が滅び去ったとしても、その時すら歪めて元に戻せると言うのだから笑うしか無いだろう。
こちらが幾ら歯向かったとしても、虫ケラに払う労力などたかが知れている。勿論、そんな反則とも言える手段をむざむざ取らせる程こちらも優しく無いのだが。
「神を封じる上で、最も有効なのは『限りない無関心』なのですが、それはほぼ不可能に近い。故に神の目的そのものを粉砕する必要があるのです」
「…神の目的?先程の君が語るところの人類の発展と涅槃ではないのかね?」
「それはいわば最終目標。その前に仕込みが必要なのです。いかに神といえど人類を一度に信仰心に目覚めさせるなど不可能に近い」
「そうか、神が利用するのは人々の苦しみ。つまり戦争だな」
「…この戦争がいつ終わるのかは定かではありません。ですが今ここにデグレチャフ少尉が選ばれている。人々の苦しみを救う英雄として」
「では勝ってしまったら本末転倒ではないのか?」
「デグレチャフ少尉。貴女ならお分かりになるのでは?」
「…胸糞悪いが大方の筋書きは読めてしまったよ。つまり私は戦争の火に油をかける役割か」
「その通りです。貴女の為す事は全て裏目に出るようになるでしょう。どのように行動したとしても、結果は戦争の激しさに拍車がかかるだけです」
「そしていつか私を超える何かが私の命を奪う。そいつは神の敵たる強大な悪を屠ったとして英雄となり、晴れて神は信仰を得るわけか。
そしてこちらが勝ったとしても、私は神の尖兵として祭り上げられ、その信仰は神に届く。どっちに転んでも奴等の得にしかならないと?」
「その通りです」
「まさしくfuckin GOD。奴等に災いあれ、だ」
「ですから今ここで、片方の利益を切り取るのです」
「…そいつをどうこうして奴等に影響があるとは思えんがね」
「いいえ、大有りですとも。こうした神の力を受けた遺物……聖遺物は、どんな物にしろ凶悪な精神汚染を発揮するのです。これによって成された出来事は神の祝福による物と強く誤認する。
そして力ある者は頻繁に戦場へ駆り出され、そこで多くの人々の目にそれを焼き付ける事でしょう。
『この戦争には神がついている』と意識の奥深くで願わずにはいられないのです。それはこの戦争に勝ったとき、英雄を神のもたらした奇跡だと認識する事に繋がります
ですがその認識が無かったら?
確かに人によっては神によるものだと言う者もいるでしょう。ですが中には居るはずです。これは人間による勝利なのだと」
「つまり神は信仰を得にくくなると?」
「むしろマイナスですな。人が死んだ分は確実に信仰が減るのです。それを上回らなければならないのですから」
「…そんな重要な物をあっさりと解析したのか貴様は?」
「私の御先祖に感謝ですな」
ホログラムに映る干渉式に向け手を走らせる。分かっていた事だが恐ろしく手強い。宝珠に魔力の通わない状態でさえ、周囲の魔力を取り込んで式が勝手に起動している。それも明確な防壁でもってしての抗戦だ。
黄金の干渉式がにわかに騒めき始め、あらゆる形に変化させながら侵入する物を排除せんと動き出す。だがこちらとて物心ついた頃から魔術に精通してきた身。この程度でどうにかなる程やわではない。
探知の式を逆探知の式に変換、続いて現れた接触による探知を持つ式を乗っ取り、奥に潜む司令塔を粉砕。裏切り者狩りに出た式の認証を読み取り、同じだけの攻勢式を順次展開。
あぁ懐かしい。昔はよく父とこうして遊んだものだ。干渉式だけの静かな戦争。あの時は戯れに過ぎなかったとしても、今この時だけはその日々に感謝する。
今まで見たこともない複雑で緻密な干渉式。はっきり言って俺の生涯全てをかけたとしても思いつくかどうか怪しいところだ。
それでも俺は今それを見た。そして見たのならば再構築できる。敵の使う力を全て自分の物にできる。
本気で争う必要はない。ただ今は撹乱と防御に集中する。やがて来る好機に目を光らせるだけでいい。
これに失敗したならば、俺は肉体どころか魂までも摩滅し、僅か数秒の間に1万年にも及ぶ苦痛を味わった上で絶叫しながら死に至るだろう。神に歯向かうとはそういう事だ。遠回しならばともかく、直接ならば尚更である。
「…さて班長!謎かけをしましょう!」
「随分と忙しいようだがいいのか?」
「勿論です!これから死ぬかもしれないと言う時が一番楽しいのですよ!このスリルは共有するに限ります!」
「なに!?今やっているそれはそんなに危険なのか!?」
「問題!目を見張るほどに高度で、どんな物でも演算可能な電算機を黙らせるにはどうしたら良いでしょう!」
「その電算機とやらは今我々の目の前にあるコレかね!?神の干渉式を黙らせるなど考えた事もないのだが!」
「ぜ、ゼロを掛け算で打ち込んではどうでしょう?それならば答えはゼロとなります!」
「残念!その過程は電算機の記憶装置に保管されてしまう!私が欲しいのは完全なる沈黙なのだ!」
「は、はぁ!?そんな事は不可能だ!…いやまて、記憶装置の磁気テープを抜いてしまえばいい。そうすれば記憶も残らん」
「ではパルスはどうするのだ!?一度入力されれば機械全体を電気信号が駆け抜けるぞ!それも超高速でな!」
「ならば考えつく限りの高度な数式を読み取らせればいい!どれだけ高度であろうと、演算の限界はあるはずだ!」
「どんな物でもと言ったでは無いか!オーバーヒートなぞあり得んよ!」
「ならばどうせよと言うのだ!?まさに無敵の機械では無いか!」
「答えはある!どんな機械も黙らせる最終手段!」
「い、一体どんな手段だと言うのだね!?」
「電源をぶっこ抜く事だ!」
僅かな、本当に僅かな隙。それは隙などではなく干渉式を切り替える間にできる残存魔力が干渉式を霞ませているに過ぎないソレ。
その一瞬の隙を突き、100万をゆうに超える干渉式の間隙を高速で縫い合わせる。一瞬が数秒程の長さに拡張され、強い干渉式を叩き込めるだけのラインが揃った。
練りに練った渾身の干渉式がその間をすり抜け、細かい物は吹き飛ばし、奥へ奥へと突き進む。
最後に当たるのは神力の流入口。つまり電源である。その入り口が僅かに揺らめき、力が細波のように寄り集まるがもう遅い。
突き抜けた干渉式は、その入り口を完膚なきまでに粉砕せしめたのだった。
Q.結局コイツは何をしたの?
A.超々高度なクラッキング