腐る、淀む、朽ちていく。それを止める術は無く、瞬く間に強烈な臭気を放ち、ジュクジュクとした嫌な音を立て始めた。ここにまた一つ、私の個性の犠牲となってしまった物体が沈黙を博す事となる。
その醜悪極まる物体を私は………。
冷蔵庫の奥に深く封印した(ビニール袋)。これで頼まれていた依頼(お手伝い)は終わり。相変わらずというか、なんとも呑気な家族だ。
奥深くに封印したのは納豆。ホカホカの大豆が腐、発酵したもの。『自家製手作り天然酵母』がマイブームの母が、お手軽で丁度良いと私に頼んだものである。
一応断っておくが、私の個性はそんな生易しいものではない。触れるだけで相手の命を奪い、骨も残さず無に帰す事の出来る強力なものだ。断じて美味しいご飯のお供とか、自家製肥料の量産とかに使うものでは無い。
尚、この個性を生かして水入らずの皿洗いを敢行させようとする母親は、一度父に怒られた方がいい。私は便利器具じゃないぞ。既にゴミ処理を担当させられているので、手遅れかもしれないが。
そして個人的に、この扱われ方は少々居たたまれなく思う。何故なら、この個性はとあるキャラクターが使用していた物にソックリ…いや、その物だからだ。
創作物の中とは言え、その人物は圧倒的な力を持ち、死神と呼ばれる物たちを寄せ付けない男だった。多くの配下を従え、本人の能力も非常に優秀。負ける要素の見当たらない絶対王者だったのだ。
そんな彼が使っていた能力が、この体たらくである。更には私の性別は女、威圧感など望むべくもない貧相な身体、そして平和そのものな世の中…。
どうしてこうなったと、嘆かざる終えない。更に今の世の中は、ヒーローと呼ばれる職業が空前絶後の大ブームとなっている。そんな中でどう立ち回る?私の能力を行使する場面など限られているし、無闇に力を振るうのは法律で禁じられている。
そんな世間で、わざわざ目立とうとは思うまい。常識的であると自負する私もその考えだ。ヒーローなど、やりたい奴にやらせておけばいい。
しかし私の考えはどうやら異端らしく、同年代の子供らはこぞってヒーローを祭り上げる。中身の年齢が既に二十歳を超えていると言えど、些か短絡的に過ぎると思う。魅力的な職業ならば、他に幾らでもあるような気がしてならない。
大人しめな者達ですらその道を志すのだ、其れ程までに大きい存在なのだろうか?
私も偶にヒーローを見かけるが、どうにもコスプレした気のいいお兄さんにしか見えなかった。前世がある故の偏見だろうと自分を納得させるものの、やはりどうしても違和感が残る。
秋の空に諦観を混ぜた溜息を吐き、残されたゴミを庭先で消滅させるのであった。私がどう考えようと世の中に何も影響はない。個性以外どこにでもいる一般市民に過ぎない私は、変わりばえのない小6の冬休みを過ごすのだった。
ーーーーーーーーー
唐突だが私の前世の話をしよう。当然だが、前世の私にこんな力は無かった。口調だってこんな感じの物では無い。一人称も『俺』であったし、本当に無害な草食野郎だったのだ。
他人からは寂しい奴と評価を下される生涯ではあったが、実に平和で事件らしい事件もない人生であった。変わった事と言えばこうして転生を果たした事だけである。
何故私がこんな話をしたのか?それは目の前で頭を下げる男児に起因する物だ。端的に言おう、私は前世合わせて初の告白をされたのだ。
「…何故私を選んだ?他に幾らでもいるだろうに」
「ひ、ひ、一目惚れです!他の事が考えられないくらいです!」
「そうか…。すまない、気持ちは嬉しいのだが…」
「やっぱり…ダメ、ですか?」
「あぁ、残念だが君に全く興味を感じないのだ。どうにも個人的な理由に過ぎないがね」
私は男だった。男女の性差の価値観など、生死の有り様と比べてしまえば些細な物。性別が変わった事に特に抵抗も嫌悪も無かったが、その代わりに情緒が薄れてしまった。
かつてなら驚いたであろう物事も、恥じ入るべき物事も、等しく無。ただただ無なのだ。あらゆる物事が退屈であり鬱屈としており、とてもではないが興味をそそられるものではない。
今こうして告白されていても、私の心は小揺るぎもしていなかった。逆に理性の方がそれに待ったをかける始末である。前世の経験が無ければ、きっと気にもせずに横を通り過ぎたに違いない。
しかしこのままと言うのも憚られる。どれもこれも経験でしかなく、心などかけらも込められないのが若干心苦しいが、やはり何かしらケアをすべきなのだろう。
項垂れたままの男児に対しての言葉を探しはしたが、やはり心が動かない。結局は何処かで聞いた慰めの言葉を口にするしかないようだった。全く、呆れる程にクズだな私は。
「しかし、君が悪い訳ではない。寧ろ好感が持てる部類に入ると思うぞ。大抵の女性であれば今ので落とせるな」
「…はい。…はい?」
「君は見目も良いし実に努力家だ。才能もある、人望もある、個性とて強力なモノ…。この私以上の女など幾らでも簡単にモノに出来る。あぁ、だからな、そう落ち込む事は無い。次の恋愛は大いに楽しめば良いのではないか?」
ポカンとした表情をして、それから顔を真っ赤にして、彼はそのまま立ち去ってしまった。…やってしまった、これでは単なるトドメだ。素直に彼の言葉を待つべきだったのだろうか。
やはり人の心は難しい。前の生とて機微に聡い訳ではなかったが、今世は更に酷いようだ。もう少し言いようがあっただろうに。
春を抜けた風が桜色を運ぶ中、私はオトコゴコロを少し思い出した。しかし次の瞬間には風化して錆びつき、色あせたセピア色のアルバムに挟まってしまう。
あぁ、懐かしさすら感じない。寂しいと思う事すらない。それが今の私なのだと自問自答を終え、校舎裏の日陰を後にした。