妄想墓場   作:ひなあられ

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魔弾の射手

 パチパチと焔が燻る。空は暗雲、風は無く黒い煙が空に昇る。静寂とは程遠い、だがどこまでも物悲しい風景。それは正しく世紀末であった。

 

 息を吸う、吐く。また吸う。それの繰り返し。視界に映るカーソルを意識の隅に置き、ゆるりと鉄に手を添える。

 

 周囲の風景を一度に観察する意識を保つ。どこから来る?下か、上か、それとも後ろか…。

 

 ………発見。

 

 

「《spot》」

 

 

 広げたマップに赤い点とネームが表示されたのを確認。ブラッド・レパードの表示がこちらに向けて南下する。その速度は驚異の一言。多様な障害物を一切無視するかのような軌道を経て尚、その速度に衰えは見えない。

 

 そのlevelは6。古参でありながら未だに6に拘り続ける、生粋のバトルジャンキー。とてもlevel4である俺が立ち向かえるような相手ではない。

 

 しかし相手にしてはならないという規則が無いのもまた事実。ダイヤグラムは3:7とこちらが圧倒的に不利ではあるが、勝てないことも無い相手だ。

 

 

「………ッ、」

 

 

 ダァァァアン!!

 

 しのぶ気などさらさら無い轟音が大地を叩く。バイポッドが車のボンネットを凹ませ、噴き上がる砂塵が視界を塞ぐ。硝煙の煙が晴れる頃には、全力でその場から退避した。

 

 攻撃の結果など見なくても分かる。俺の放った弾丸は華麗に避けられた事だろう。あの人間よりも獣の方に感性が偏ったアレは、本能だの勘だので音速の弾丸を避ける化け物だ。

 

 身の丈の2倍はある銃を俊敏とは言い難い動きで担ぎ、視線から逃れるように建物の影に入る。相変わらずのじゃじゃ馬ぶりで苦労するが、ここまで長い付き合いであれば慣れもする。肩にかかる重みを頼もしく感じつつ、次の狙撃ポイントへと向かう。

 

 この銃は重い。そして長く、何よりも使いづらい。様々な制約を持ちながらDPSはほぼ最低であり、同レベルのアサルトライフル使いと比べるべくも無い。

 

 その代わり、他のプレイヤーを軽く凌駕する極大火力を放つ事が出来る。たったそれだけ、それだけの為に全てを犠牲にした銃。それが俺の強化外装なのだ。

 

 グルグルとボルトハンドルを回して空薬莢を輩出。空いたチャンバーに極太の鉛弾を叩き込む。ロックを解除すれば、ハンドルが逆回転してリロードが完了する。

 

 速射性を鼻で笑うレベルの手間と暇をかけてリロードした銃と共に、トラックの荷台へ潜り込む。狭いスペースではあるが、バイポッドに足をかければ構えれないことも無い。

 

 マップに表示されたマーカーが辺りを探るようにして動き回る。この辺りは比較的構造物が多く、尚且つ入り組んだ地形をしている。しかし建物内への侵入が不可能な為、行動経路は限られて来るのだ。

 

 スナイパーにとっては鬼門の地形であり、裏をかくにはうってつけの地形。マーカーは着実にこちらへと進んでいるが、大通りなどの射線が通りやすい地形を通らない。ならば視認できない箇所から、一撃で仕留めるしかない。

 

 ビルの隙間、幅は僅か10センチ。更には崩れたオブジェクトが邪魔して、通る射線など無いように見える。

 

 だがコイツなら、20ミリ口径を誇るこの銃ならその限りでは無い。対戦という都合上、どうあがいても射距離過多になりがちだが、それは脆い遮蔽物を容赦なく粉砕出来るという事でもある。

 

 マーカーが通路前10メートル付近まで来た。スコープはトラックの影に遮られ、半分も映らない。だが十分だ、これだけの情報があれば狙撃を行える。

 

 再び轟音。

 

 鼓膜を突き破るような雷鳴にも似た湿った音。5.56ミリの銃声が子犬の鳴き声なら、これはまさしく龍の咆哮だ。心胆震わせる爆音が轟き、トラックの細かいパーツを粉々に粉砕する。

 

 20ミリの凶弾が数多の遮蔽物を喰い千切って猛進。飛び出した真紅の豹の左前脚を抉り取った。

 

 HIT

 

 まるでトラックにでも跳ねられたかのように吹き飛ぶレパード。脚を喰い千切った後も猛進する弾丸は、ほかのステージと比べて比較的脆い構造物の柱を叩き折る。

 

 次弾を急いでリロード。あの機動力の化け物は、ここで仕留めないと勝ち目がほぼ無くなる。

 

 吹き飛んだレパードは弱いスタン状態にある。しかしこの銃のリロード速度と比較すると、若干レパードの方が回復が早い。故に再狙撃の機会は無いと見ていい。

 

 だから俺は他の手を使う。あの速度に対抗するにはそれ以上の機動力で追いすがるか、有無を言わさぬ範囲攻撃が有効。俺には機動力など全くないので、使うのは必然的に後者の攻略法だ。

 

 三度轟音、そろそろ耳と肩が馬鹿になりそうだ。所詮仮想の世界とはいえ、痛みは生じる。流石に半分程度の痛みではあるのだが、行動に阻害がかかるくらいには鬱陶しい。

 

 放たれた弾丸はドラム缶の束の横を掠め、割れた窓に侵入。こちら側からは見えないが、建物の後ろは粉々に粉砕されている事だろう。

 

 ……これで3つ。そして掠めたドラム缶は燃料が詰まっている。掠めただけにもかかわらず、横腹をゴッソリと抉られたドラム缶は、地面に残る火に着火して燃え上がった。

 

 吹き飛んだ事により回る視界。側にあるドラム缶の着火。思考能力を鈍らせた上で危険物の起爆は、レパードの行動を単純化させる。

 

 そして炎を飛び越えるという選択肢は存在しない。油は容易には消えないからだ。もし仮に付着してしまうと、消えない炎が全身を包む事になる。炎熱に耐性がある者以外の消化は絶対におススメしない。

 

 レパードは超ベテランのバーストリンカーだ。それが危険物であることをよく理解している。当然ながら火と反対の方向へ退避した。

 

 

 ドンッ!

 

 

 爆炎。避けた先で爆風に煽られて転がる赤い影。態勢を立て直そうと必死にもがいているようだが、もう遅い。

 

 噴き上がる黒煙に煽られるようにして、3本の支柱を叩き折られた建物が倒壊する。これまでの3発、確かにレパードを狙った狙撃ではあるが、それ以上にこの現象を起こす為の布石でもある。

 

 あのビルは現実でも色々と問題の多いビルだ。ソーシャルカメラの圏内には入っているものの、年代が昭和で止まっているんじゃないかというくらい古い。配管も未だにガスを使っているし、染料の工場という事もあってか異様に可燃物が多い。

 

 これまでの対戦で、あのポイントが妙に爆発物が多くなる事も把握済みだ。ついでにガス管の位置が支柱の付近を通っているし、ステージ特性で廃墟と化した場合は崩れる事もある。要するにかなり脆い。だからこそトラップにはもってこいのポイントだ。

 

 この為だけに、遮蔽物からの狙撃を選んだのだ。あんなカッスカスの廃車なんぞ、レパードの機動力の前にはゴミ同然。危険を晒してでも誘き寄せた甲斐があった。

 

 そして今事が起きているのは、ビル群を挟んだ向かい側。並大抵のバーストリンカーならここで確実に決まる。そう思わせるだけの一手だと自信を持ってそう言える。

 

 しかし、しかしである。彼女はバーストリンカーなのだ。それも黎明期から存在する、俺と同期の凄腕。そう簡単に勝ち星を握らせてはくれない。

 

 

 マーカーが動く。入り組んだ地形にもかかわらず、迷いのない動きで地を駆ける。廃墟が傾ぎ、無数の瓦礫を降り積もらせながら倒れ行く中で、体力ゲージを削りながら走っている。

 

 もうマーカーを見る余裕は無い。この距離で生き残っているならば、確認している間に倒される確率もあるからだ。

 

 レパードが登れそうな場所はほぼ潰している。…しかし、どんな不利な状況であっても覆して来るのがレパードだ。さてどこから仕掛ける?

 

 

 神経を尖らせながら、思考だけは鈍らせない。頭の奥底でレパードの行動を先読みしようと画策し続ける。ビルが倒壊し、瓦礫の降り注ぐ豪雨のような重低音を聴きながら、ふと脳裏に疑問が浮かんだ。

 

 そういえば、落下物によるダメージと爆炎によるダメージ、どちらがデカイんだ?

 

 …いや、そんな物は分かりきっている。落下物によるダメージだ。このゲームのアバターの装甲は、アバターの色や出で立ちに強く影響を受けるが、大抵は無機物の装甲である。油や氷などの炎にマイナス補正がかかる物でない限り、そのダメージ比率が反転する事はない。

 

 例えば、である。もし爆炎と瓦礫のダメージ、どちらかを取らなければならない状況であり、尚且つ爆炎を意図的に起こせる状態にあった時、俺ならどちらを選ぶ?

 

 決まっている、爆炎だ。あのビルはドラム缶の炎で着火する前からガスで充満していた筈だ。建物の構造上、ドラム缶付近のガスは燃え尽きるだろうが、その反対側は?

 

 …残っている。初弾が命中した箇所、あそこは廊下からも遮断された倉庫だった筈だ。もしそこに、火のついた油を纏って飛び込んだのだとしたら?それによって生じた爆炎が瓦礫を吹き飛ばしたのだとしたら?

 

 ビルは倒壊しきった筈なのに、winnerの表示が出ない。視界に映るHPゲージは僅か数ドット。しかしヤツは持ちこたえていた。

 

 

 …来る、上だ!

 

 

 足を失い、全身の装甲にヒビを入れ、アバターの素体をあちこちにに覗かせながら、真紅の豹が飛び上がる。バラバラと零れ落ちる装甲、砕けたアイレンズから灼熱の如き闘志を迸らせ、一気呵成に言葉を叫ぶ。

 

 

「『ブラッド・ジェット・カノン!!』」

 

 

 予想外、しかも悪い方に予想外だ。ここに来て自爆技を撃ち放って来るとは。だがこれ以上に有効な手札も無い。普通に近寄られるなら、100メートル圏内で仕留め切る自信がある。遮蔽物を使用されたとしてもそれは変わらない。

 

 ヤケクソに奇襲を仕掛けられても対処しきれる。それを成すだけの構造物は全て把握しているからだ。だが必殺技、それもlevel6が放つただ一つの技。外れれば自身がダメージを負う、捨て身の一撃はどうやっても避けきれない。

 

 20ミリ口径を鼻で笑う、まさに大砲の一撃。自身を砲弾にして撃ち放つ、こちらの完全な上位互換。避けられない、ならば迎撃しかないだろう?

 

 腰肩肘が軋むのも構わず、俺の相棒を腰だめに構える。レパードの手足が折り畳まれ、その周囲に真紅の砲身が形成された瞬間、俺はトラックから後向きに飛び降りた。

 

 

 数瞬置いて響き渡る轟雷。音速の弾丸同士がクロスカウンターのように交差してーーー

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな時間の流れる放課後。どこかクラシックな匂いを漂わせる上品なカフェで、随分と対極な二人が対面していた。片方は傾国の黒い美少女、片方はまん丸とした少年である。少年の方はお世辞にも見目が良いとは言えず、どうにもアンバランスな組み合わせとなっていた。

 

 その首には銀色のコードが伸びており、俗に言う『直結』による会話が行われている事が分かる。

 

 

「なに?最強のバーストリンカー?」

 

「は、はい。ちょっと疑問に思ったんですけど、現時点で最高のlevel9は例外として、今いるバーストリンカーの最強って誰なのかなって思いまして」

 

 

 少年から呈された疑問に、深くため息を吐く少女。失望とまではいかないが、どこか呆れを含んだ表情をしていた。

 

 

「…ハルユキくん、こんな事は言いたくないのだがな…。それだと、レベルごとに最強がいる事にはなるまいか?同レベル同ポテンシャルを忘れたのか」

 

「……え?あ、そ、そうか」

 

「それにレベルが違えど、相性という事もある。遠距離型と近距離型ではどうしても遠距離型の方が強い。しかしそんな物はステージで幾らでも変わる。レーザー持ちは都市ステージだと厄介だが、自然系の前には殆ど無力と化すからな…」

 

「えっと…すいません、変な事聞いてしまって…」

 

「いや、いい。どうせこの前の事を引きずっているのだろう?」

 

「うっ」

 

 

 言葉に詰まる少年。その脳裏には赤毛のあどけない女児の裸体がチラついているのだが、それを黒い美少女が知る事は無いだろう。ただ何かを察知したのか、微妙に顔が顰められたのだが。

 

 その複雑な感情を飲み下して軽い溜息を吐き、少女は言葉の先を続けた。

 

 

「…だがまぁ、強ち間違いでもないな。確かにハイランカーの中にはレギオンの幹部を務めている者が多いし、そう言う意味では最強…と言い換えてもいいかもしれん。…だが対戦は何が起きるかわからん。一概にハイランカーが最強と断じるには無理があるぞ」

 

「あ、あはは。…じゃあ大丈夫かな…」

 

 

 ポツリと漏れた思念。しかし彼等の首に付けられた機械は、そんな微小な想いも量子回路に乗せてしまう。少年にとってはただの呟きのつもりだったようだが、少女には伝わってしまっていた。

 

 

「うん?何が大丈夫なんだ?」

 

「う、うぇえあ!?き、聞こえてました!?」

 

「…君、今は直結中だぞ?殆ど筒抜けに決まっている。で、何か心配事かい?」

 

「えーっと、その、ですね…」

 

「うん」

 

「タクムが、『level4になったら気を付けて』みたいな事を言ったんです。そんな不安になる事を唐突に言われると、どうしても気になって…それで問い詰めたら、『最強のバーストリンカーが付け狙ってるかもしれないから』って言われまして…」

 

「タクム君がそんな事を…?」

 

「は、はい」

 

「…ふーむ、level4最強、か」

 

 

 少女の脳裏に、膨大な数のデータが流れていく。最強の称号を得たバーストリンカーである、クリムゾンの大きなネジが思い浮かんだが、おそらくそれでは無いだろうと首を振る。

 

 やがて思いついたのは、変わり種の中でも特に変わり種のバーストリンカー。樹木の装甲に身を包み、身長以上の銃を背負う寡黙な男。

 

 ややあってその男の呼び名を、少女は口にした。

 

 

魔弾の射手(フライクーゲル)

 

「え、バームクーヘン?ですか?」

 

「フライクーゲルだ!…魔弾の射手とも言われている。その他には『傭兵』『王殺し(キングスレイヤー)』『首狩り処刑人(ヴォーパルエクスキューシュナー)』『災禍殺し(ディザスタースレイヤー)』などとも呼ばれている男だ」

 

「ひ、ひえぇ、なんだか強そうな二つ名ですね…」

 

「強いも何も…奴は加速世界の伝説だ。何せ、タッグマッチや領土戦で一度も負けた事が無いのだからな」

 

「一度もですか!?そ、それってかなりすごい事なんじゃ…」

 

「うむ、奴は本当に凄まじい。しかしあまりにも多くを語らな過ぎる。グランデ以上に得体が知れないからな…」

 

 

 喋らない緑の王よりも!?と驚愕する少年。それに苦笑を返しつつも、少女は理由を語る。その表情は何かを懐かしむようでいながら、少しの呆れを含んでいるように見えた。

 

 

「グランデの奴は、喋りはしないが目的がハッキリとしている。そうでなければレギオンなど作らんだろう?だが奴は違う。ひたすらに戦い、ひたすらに闘争を求める。何の為に戦うのか、何の為に挑戦者で居続けるのか…その理由を誰も知らんのだ」

 

「挑戦者…ですか?」

 

「奴が今でもlevel4で居続けているならそういう事だろう。奴は同格か格上しか戦おうとしないのだ。勿論、挑戦を受けた場合は別だが」

 

「でもそれは…格ゲーなら当たり前の事じゃ…」

 

 

 その言葉に一瞬唖然とした表情を浮かべる少女。しかしそれはクツクツと含むような笑いに変わり、肩を震わせて俯いてしまった。

 

 それを見て慌てふためく少年。何かおかしな事を言ってしまったのでは無いかとオロオロし、何やら小動物のような有様である。

 

 

「いやすまんな、確かにそうだと思っただけだ。案外奴も同じような理由でその立場を貫いているのかもしれないな」

 

「は、はぁ…」

 

「いずれ分かる時が来るさ。今は目一杯楽しみたまえよ少年」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて蠱惑的に誘う少女。しかしその笑みには、大きな哀しみが覗いているようでもあった。まだまだ人付き合いに慣れ切らない少年がその事に気付く事は無かったが、それでも敬遠する人からの言葉は重く響いた。

 

 情けなさが多く残る表情ではあったものの、しっかりと頷き、思念で元気よく返事を返す少年。

 

 しかしその噂の男との会合がかなり間近まで迫っている事を、彼等は知る由も無かった。

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