戦姫絶唱シンフォギア-金色の旋律-   作:明石明

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騎士-Knight-

 俺は決して忘れない。

 

 全てを砕いたあの姿を。

 

 無力だった当時の自分を。

 

 十数年の時を経てもなおその瞬間を克明に思い出せる。

 

 奴の力。奴の笑み。そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■が□□を奪った、あの瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア-金色(こんじき)旋律(うた)-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          騎士(Knight)

 

 

 

 

 

 日本のトップアーティスト、風鳴翼が通っていると有名な私立リディアン音楽院高等科を有する街に一人の男がやってきた。

 纏っている白いコート以外全身を黒で染めた男は街を一望できる高台を眺め、不意に口を開く。

 

 

「本当にここで落ち合う予定で間違いなんだな? ザルバ」

 

『ああ。ついでに言えば、時間も十分は過ぎているな』

 

 

 彼以外の人影はいないのにもう一つ声が響く。

 音の出どころは彼が左の中指に嵌めているスカルリングからだった。

 ザルバと呼んだ指輪からの答えに「そうか」と嘆息し、改めて街を見下ろす。一見何の問題もない平和な街並みが広がっているが、それは本当に表面上に限った話だ。

 彼がここに来た理由は二つある。しかし、その目的を果たすためにもある人物と合流するように言われているのだが、一向に現れる気配がない。

 

 

「……仕方ない。先に番犬所に行くぞ」

 

 

 男はそう言って踵を返し、高台から離れると人気の少ない公園へと足を運ぶ。その中でも特に人が寄り付かないエリアの壁の前にやってくるとザルバを壁に向ける。するとただの壁が切り開かれ、どこかへと通じる入口へと変化した。

 男は躊躇いなく足を踏み入れて先へ進むと入り口はひとりでに閉じられ、数分前と変わらぬただの壁となって沈黙した。

 中に入って黙々と足を進めていくと、唐突に明るく広い空間へと抜ける。

 その空間の中央では白を基調にした神官のような服装の女性が待ち受けており、男の登場に微笑みを浮かべていた。

 

 

「待っていましたよ。 冴島旋牙」

 

 

 冴島旋牙と呼ばれた男は女性に一礼し、確認するように尋ねる。

 

 

(のり)の番犬所の管理者。リニス様ですね?」

 

「ええ。ところで……迎えに出した二人は?」

 

『待ち合わせ場所で十分ほど待ったが誰も来なかったのでな。直接ここに来させてもらった』

 

 

 ザルバの発言にリニスは頭を抱え「またですか、あの子たちは……」とぼやく。

 今の発言から察するに、珍しいことではないようだ。

 

 

「仕方ありません。こちらの者たちはまた別の機会に紹介します。 ――既に指令書を受けているので今回の件は承知していると思いますが、今回あなたに依頼するのはホラー、およびノイズの討滅です」

 

 

 ホラー。

 古より人間の陰我――嫉妬や欲望といった行き過ぎた負の感情をゲートとし魔界から現れる異形の存在。

 陰我の強い人を喰らい、その人物に成り代わり日常生活に溶け込んでさらに人々を喰らう。

 加えてホラーの返り血を浴びた人間は100日後には激痛と共に醜く腐って死んでいくという性質があり、ホラーの返り血を浴びた者は魔戒騎士に斬られなければならないという掟が存在する。

 

 ノイズ。

 有史以来よりその存在が確認されており、近年になって特異災害生物と呼称された。

 ノイズはホラーとはまた違った存在でありながら「人間を襲う」という共通点があり、質が悪いのはその性質。ノイズは基本的に大型小型などの群体で行動し、触れられた者は炭素変化を起こし炭となって絶命する。近年ではツヴァイウィングというユニットアーティストの天羽奏がライヴ中にその犠牲になったとしてしばらくニュースなどで話題となった。

 さらに人間にとって最も厄介なものがノイズの持つ『位相差障壁』という能力で、簡単に言ってしまえば物理攻撃を無力化する能力だ。

 ノイズは自身を通常の空間とは別の空間に存在させることで物理的攻撃をすり抜けることができ、攻撃を行うその瞬間だけ通常空間に干渉することで人間を攻撃するというなんとも反則的な力を行使して人類を殺戮してきた。

 

 ――しかし、ノイズに関してはどういうことか、人間とホラーが目の前にいるとホラーを優先的に駆逐する動きを取るのだ。

 それだけではなく、ホラーの出現に合わせてノイズも出現しては魔戒騎士たちよりも先に素体とはいえホラーを排除したという記録も存在する。

 このことから魔戒騎士を統括しホラーを研究する元老院は原理は不明だがノイズにとってもホラーは倒すべき敵であり、出現率が低いはずのノイズが現れる場所にはホラーが出現する可能性もあるという結論に至った。

 ホラーのみを滅ぼしてくれるのなら大した問題ではないが、ノイズはホラーがいなければ活動限界まで人間を襲う。

 そして旋牙たち魔戒騎士の使命はソウルメタルと呼ばれる『位相差障壁』をも突破する特殊な鋼で作られた魔戒剣を使いホラー、およびノイズの脅威から人々を守ることにある。

 

 

「事前の情報ではホラーよりもノイズのほうが頻発しているという話ですが……本当でしょうか?」

 

「ええ。ご存知の通りノイズの出現確率は本来、都市圏に住む人間が生きている間に通り魔と一回遭遇するかどうかという非常に低い確率です。それ以外で考えられるのはホラーが出現した場合に限られますが、ここ数年。ホラーの出現がないにもかかわらず週に1回あるかないかのペースで出現が確認されています」

 

『なるほど。そりゃ確かに異常だな』

 

「なのであなたにはここの番犬所に所属している者たちと協力して原因の究明に努めていただきたいのです。ノイズとの戦闘経験はまだないと聞いていますが、どうかお願いします」

 

「わかりました。ゲートの封印も発見次第こちらでやっておきます」

 

「助かります。必要なものがあれば遠慮なく言ってください。できる限りの支援はさせてもらいます」

 

「感謝します。では」

 

 

 リニスの言葉に旋牙は小さく頭を下げ、コートを翻してその場を後にした。

 誰もいなくなった空間でリニスはふむと顎に手を当てる。

 

 

「あれが今代の黄金騎士ですか。鎧に相応しい者となるべく研鑽を積む旅をしていると聞いていますが、それ以上にあの噂が本当であるなら……」

 

 

 独り言ちて思考するリニスはひとまず考えを脇に置いて魔導筆を取り出し傍らの台座に術をかける。すると台座にこの町の全景が映し出され、旋牙が待ち合わせをするはずだった場所に上がっている二つの反応をみて嘆息した。

 

 

「さて、待ち合わせ時刻に行けなかった言い訳でも聞きましょうかね」

 

 

 

 

 

 

『それで、これからどうするつもりだ?』

 

 

 日が沈むまでそう長くない時間帯。旋牙は地理を把握するために町の中心部を歩いていた。

 あたりは買い物途中の主婦や仕事中のビジネスマン、友達と遊びに出かけようとする学生たちで賑わっており、喧騒もあってザルバの声は旋牙にしか届いていない。

 

 

「拠点は番犬所が事前に用意してくれているからな。このまま町を回って、ついでにゲートも封印する。気がかりなのはホラーよりもノイズだが、気配を感じるか?」

 

『いや。奴さんはホラー以上に神出鬼没だからな』

 

 

 ホラーの活動が始まるのは夜になってから。しかし陰我をゲートにして出現するホラーと違い、ノイズはもともと出現率が極めて低い上に昼夜問わずどこでも出現する存在だ。さらに言うなら常日頃からゲートの封印処理を行っていればそれだけでホラーの出現率はぐっと下がり、おのずと警戒すべき相手をノイズだけに絞ることができる。

 無論、番犬所の人間がしっかりと封印を行っていればの話だが。

 

 

『――だが、少し気になる気配を感じるぞ』

 

「気になる気配?」

 

『ああ。ちょうどこの――』

 

 

ドンッ!

 

 

「おっと」「ぅわっとぉッ!?」

 

 

 ザルバが言い切る前に旋牙は交差点の出会い頭に走ってきた人とぶつかる。咄嗟に腕をつかむことで相手の転倒を防ぎ、自身も踏ん張って倒れるのを防ぐ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「へ? ああ! すみませんでしたっ!」

 

 

 旋牙の言葉に相手は慌てて謝罪を述べる。

 ぶつかったのは旋牙とあまり年が離れていない少女で、学校の制服と今の時間帯からしておそらく下校の途中なのだろう。

 ぶつかってから謝罪までの流れから活発な印象と落ち着きのなさを感じつつもそれらが見事にマッチしているなと勝手に分析しつつ、旋牙は掴んでいた腕を放してその場を後にする。

 

 

「あ、あの、ありがとうございました!」

 

 

 後ろで律儀にお礼をする少女を一瞥するも、片手をあげて答えるだけで歩みを止めることなく先へ進める。ひとしきり歩き手近な路地に入ると、旋牙は壁に寄りかかってザルバへ話しかけた。

 

 

「それで、さっき言いかけた気になる気配ってなんだ?」

 

『さっきの嬢ちゃんだ。心臓のあたりから普通じゃない力を感じた』

 

「なに?」

 

 

 思わず路地から出てさっきまで歩いてきた方角へ振り替える。当然ながらそこに少女の姿があるわけもなく、行き交う人々の波だけが流れていた。

 タイミングが悪いと内心で愚痴りつつ、詳しい情報を確認する。

 

 

「……ホラーじゃないことは確かだな?」

 

『おいおい。仮にホラーだとして、俺様があんな間近で気配を見落とすと思っているのか?』

 

 

 ザルバの索敵能力の高さは旋牙もよく知っている。なのでザルバの言うことにも「確かに」と同意を示す。

 だからこそ気になる。ザルバが感じた気配の正体を。

 

 

「普通じゃない力って言ったな。どんなのだ」

 

『そこまでは何とも言えんな。だが、ずいぶんと昔に感じたことがある気がする気配だ』

 

「思い出せないほど古い記憶ってことか」

 

 

 なんだかんだでザルバはこの世に誕生してから何千年と受け継がれてきた魔導輪だ。最近ならともかく、昔の記憶が摩耗しているのは仕方ないのかもしれない。

 

 

「仕方ない。それはまた機会があったときに確認するとして、今はゲートの封印を――」

 

『待て小僧』

 

 

 不意にザルバの声色が緊張を帯びる。

 それが意味するものを察し、旋牙も一瞬で気持ちを切り替える。

 

 

「どっちだ」

 

『初日からとは番犬所が言っていた通り異常だな――お前が初めて相手にするほうだ』

 

 

 直後、通りの向こうから悲鳴と炭が上がった。

 弾けるように駆け出すと進行方向から人の波が押し寄せ行く手を阻む。そんな中でもスムーズに通れる隙間を的確に見極めて進み、現場にたどり着く。

 すでに炭となって死んでしまった人がいるらしく、あたりにはかなりの炭が舞っていた。

 しかしこの場に惨状を作り上げた元凶はおらず、堂々と姿を晒している旋牙を狙う気配もない。

 

 

「連中はどこだ?」

 

『ここから離れた場所でまとまって移動している。場所は――ん?』

 

「? どうした」

 

『偶然か? さっきの嬢ちゃんが追われているぞ』

 

「……ちょうどいい。さっき感じたって言った違和感をもう一度確かめるチャンスが来たようなもんだ。 案内頼む」

 

 

 ザルバのナビを頼りに町をパルクールのように屋根伝いで駆け抜け、ものの数分で町はずれの工場内にたどり着く。

 幸いにも住民の大半は非難が完了しているらしく、自身の姿を見られることもなくこれた。

 加えて目的の相手には着実に近づいているようで、先に進むにつれてノイズの仕業と思しき建物や地面の破損が大きくなっていた。

 

 

『小僧。このタンクの向こうだ』

 

 

 それを聞いて旋牙は思いっきり地面を蹴り、数メートルは優にあるタンクの上へと跳躍する。

 するとすぐ目の前で先ほど見かけた少女が女の子を抱えてノイズの群れから逃げている場面へと出くわし、旋牙はコートの裏から白い鞘の剣を抜くと剣先で円を描く。

 剣先に沿って描かれた円は軌跡を残して宙に浮かび、ノイズの群れへと飛び込む旋牙に合わせて砕ける。

 砕けた円から飛び出したものが旋牙の体に装着され、その姿に合わせるように剣も変化する。より大きく、より強力な一振りとして。

 

 

 

 

 

 

 日常が地獄へと塗り替わって幾ばくか。

 少女、立花響は小さな女の子を抱えて必死に逃げていた。自分たちを追ってくる死の存在から逃れるために。

 時節振り返って確認するが、相手は数を増すばかりで一向に減る気配がない。忌々しそうに顔を顰め、響はアスファルトを蹴り続ける。

 

――諦めない…ッ。

 

 そのすぐ後ろで彼女たちを追い続けている存在――ノイズが地面に突き刺さる。その威力たるや硬いアスファルトがまるで薄く張られた氷のように砕けるほどで、触れたものを炭に変える能力を抜きにしてもくらってしまえばただでは済まないことが容易に想像できた。

 

――諦めないッ。

 

 砕けたアスファルトの破片が背中に降り注ぐが、それがどうしたと言わんばかりに響は走る。絶対に助けるという気持ちで走り続け、気づけば町から工場地帯へと差し掛かっていた。

 

――諦めないッ!

 

 

 どの道が正しいかなんてわからない。だが走らねば待っているのは無情な死、あるのみ。

 しかし走りに走って体力はすでにレッドゾーンのど真ん中。少しでも油断すると一気に倒れ込むのは時間の問題だろう。

 今の彼女を突き動かしているのは、生きることへの圧倒的な執着。

 かつて自分を助けてくれた人がかけてくれた言葉を実行するように。

 そこへ一体のカエル型ノイズが大きく跳躍し、変形と同時にかなりの速さで響の背中を狙う。避けるという選択肢を取るには間に合わない速さだ。

 それでも、響は心の底から叫ぶ。

 

 

「絶対にッ、諦めないッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

 そんな音が、響の背後から上がった。

 

 

「……えっ?」

 

 

 無事な自分に予期せぬ音。一瞬呆けて振りかえり、響は思わず言葉を失った。

 

 まず目についたのは金色のリングがついた背旗を靡かせる漆黒の体。

 

 

――それは本来、黄金であるべきもの。

 

 

 ノイズを屠ったと思われるのは、その手に握られた金色の剣。

 

 

――しかし輝きを失えど名に込められた願いは変わらず。

 

 

 その頭部は、翡翠のように透き通った緑色の瞳を持つ黄金の狼だった。

 

 

――尊敬と畏怖を込めて、魔戒の騎士たちはその鎧をこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金騎士、牙狼。

 

 

 

 

 




いきなり普通の人間に鎧を晒しちまうとは。やはりまだまだ半人前だな。
だがあの嬢ちゃんも、俺様が驚くくらい普通じゃなかったぜ。

次回「覚醒(Gungnir)

俺様も知らないノイズを倒せる力があるとはな。
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