魔戒法師は騎士や拳士と比べて劣っている。
この認識は悔しいが全否定することができない。
それでも法師には法師の戦いようがある。
それを可能にしたのは連綿と受け継がれてきた法師としての技術。そして時代とともに発展した世俗の技術だ。
世俗の技術を使った魔導具が異端だと言われることがあるが、それでも一向に構わない。
この技術がいつか人々を守る力になると、俺は信じているのだから。
魔導札の効果で番犬所へと直接戻ってきた旋牙たちを迎えたのは呆れた様子を隠しもしないリニスだった。その理由は述べずとも、だろう。
「翔。あなたって人はまたやらかしてくれましたね」
「面目ないッス」
「それで済んだら私たちが元老院に追及されることもないんですけどね……。まあ、今はいいでしょう」
嘆息して「本題に入ります」と切り出し、リニスは昨日のように壁に情報を表示する。
昨日と違いまず表示されたのはリディアン音楽院の学生証と2年前の日付の新聞やもろもろの細かい情報だった。
学生証には例の少女――立花響の顔写真が映っていた。
「彼女は今年からリディアンに通う一年生の立花響と言います。2年前、ツヴァイウイングのコンサートに参加したところでノイズの襲撃に会い、その時に受けた怪我で生死の境を彷徨ったそうです」
「……まさかとは思いますが、リニス様」
「あなたの察した通りかもしれませんが、これはまだ仮説の段階の話になります」
旋牙の言葉にそう前置きをし、続けて新たに天羽奏の情報を呼び出して隣に並べる。
「このコンサートで天羽奏が死亡したのは知っていますね。この時、ノイズ討伐にあたっていた彼女のガングニールが、何かしらの原因で立花響の手に渡った。そう考えれば辻褄は合いますが、それがなぜ今になって発現したかまではまだ判断材料が足りていません」
『本人から聞き出せば早いかもしれんが、すでに向こうの連中と接触している以上いろいろ不都合が出てくるな』
「あちら側の情報も同時に集めています。何かしらわかれば改めて声をかけます」
「わかりました。 ……ところで新聞記事はともかく、学生証とかの情報はどこから入手したんですか?」
「パソコンも趣味が高じるといろいろ便利ですね。しかもここなら逆探などされませんし、仮にできたとしても普通の人間は来れませんから」
さらりとそんなことを口走る神官に、やはりこの番犬所には癖のある人間しかいないのかとため息をつくのであった。
◇
翔が調子に乗って大暴れしカノンの制裁が下り、魔導札によって撤退してすぐ後の現場にて遅れてやってきた特異災害対策機動部2課、通称2課 ―― 一部官僚たちからは皮肉を込めて『
理由は言わずもがな。ノイズの出現反応が確認されたためだ。にもかかわらず、反応は短時間の間に消滅。加えてそのあたり一帯で火の手が上がっていたとの情報もあったが、確認できたのはノイズの残骸のみで草木が燃えた痕跡は一切なかった。
「不自然ですね。いろいろと」
「ああ。響君の言っていた金狼の仕業かも知れんが……」
現場検証が行われた翌日。まとめ終えられた映像を眺めていた緒川の言葉に弦十郎も同調する。金狼とはまんまではあるが、2課内部で決まった金色の狼――旋牙の牙狼の呼称である。弦十郎は画面を注視し、さらに気づいた点を述べる。
「この状況。剣ではなく格闘で蹴散らしたようだな」
「え? どうしてわかるですか?」
「藤尭。映像の明度を上げて地面をアップにしてくれ」
2課に協力することが決まりここへ顔を出すようになった響の問いかけに応えるべく、オペレーターの藤尭 朔也に指示を出すと編集された映像が映し出される。
映像には地面を盛大に擦り付けたような跡がいくつもあり、ところどころに踏み込んだと思しき足跡が残っていた。ただしその足跡もどこか獣のような形をしており、普通の人間の仕業ではないことが伺えた。
「このいくつもある擦り付けた跡の先すべてにノイズの残骸が転がっている。剣で切りつけたのであれば、翼の天羽々斬のようにその場で炭となるはずだ。それがないということは、肉弾戦でノイズを殲滅したと考えられる。しかも、戦いの跡から推測するに相当な実力者だろう」
「ほえー。すごいですね」
「まあ火の痕跡を消した方法はわからないけど、人に見られるかもしれないのに考えもしないで戦っていた時点でこれをやった人はすこぉーしおつむが足りないみたいね」
指先で頭をコツコツ叩きながら言う了子の言葉にあたりから軽く笑い声が上がる。この時、一人の魔戒拳士が盛大なくしゃみをしたそうな。
響いた笑いもすぐに収まり、弦十郎は今後の方針を伝える。
「金狼の情報は現在も追ってはいるが、今後もノイズが出現する場所で遭遇する可能性が高い。もし接触できたなら、どうにかして協力を取り付けたいところだな」
「ですが、あちらが敵対する場合はどうしますか?」
「んー、少なくともそれだけはないと思うわよ」
もう一人のオペレーター、友里 あおいの問いに了子が答える。何故という視線が集まるが、了子は「そんなに驚くことじゃないでしょ」と続ける。
「狼さんの目的はわからないけど、少なくともノイズが共通の敵っていうのは一致してる。で、あちらさんもたぶんこっちと同じような理由でノイズを倒すところを公の目に入るのは避けたいハズ。私たちみたいに大きな組織がバックにあるかはわからないけど、もしないのなら自分が姿を晒すリスクを減らせる組織と敵対はしたくないはずよ。そんなことをすれば、逆に敵を増やすって面倒な事態にもなるし」
「ですが、それでも味方になるという保証はありません」
「そこなのよねぇ。こればっかりは向こうさんの目的がわからないと、どうにも対応のしようがないのよね」
翼の指摘にお手上げアピールをする了子。しかし響は先ほどまでの話とは別に個人的にどうにかして金狼に会えないかと考えていた。
――あの時助けてもらったお礼、どうにかして言いたいんだけどなぁ。
脳裏に浮かぶあの時の姿を思い返しながら、響はミーティングの続きに耳を傾けた。
◇
その日、エレメントの浄化を終えた旋牙は大荷物を運ぶカノンを見かけた。
その手には細長いジュラルミンケース。背中に背負っているのはこれまた細長い楽器でも入っているかのようなケースであった。
「カノン」
声をかけるとあちらも気づき足を止める。
近くまで寄って改めてみると、腰の周りにも見たことがないベルトポーチが追加されており、かなりの量の何かを運んでいることが伺えた。
「エレメントの浄化作業だったのか?」
「ああ。――何を運んでいるんだ?」
「魔導具だ。姉さん――リニス様に試作品の実践テストをしていいか確認するためにな」
『荷物からしてずいぶんと大掛かりなようだが、どんなものを作ったんだ?』
「見に来るか? 魔戒騎士やほかの魔戒法師からすれば邪道とか言われる代物だが」
その言葉に逆に興味が湧いた。
ある程度の大きさであれば魔法衣に収まるものをわざわざケースに詰めて運んでいるのだ。しかもそれは他人からすれば邪道と呼ばれるもの。
価値観に偏見を持たない旋牙たちからしてもどんなものを作ったのか想像がつかない。
共に番犬所へ足を運び、そこでカノンが取り出したのは世俗でもドラマなどでは見かけるが実物は絶対といっていいほど見ることがない代物だった。
「銃?」
ハンドガンの中でも高い知名度を持つM1911ガバメント。PDWという名称を持つマシンガンのP90。デューク東郷御用達で有名なM-16アサルトライフル。そして旧ソ連で使用されたドラグノフ狙撃銃。
ところどころに何かしらの加工が見受けられるが、すべて表の世界でも出回っている有名な武器だ。
『これが全部魔導具なのか?』
「ああ。俺が普段使っているもので、魔戒銃って代物だ。今回は新作の銃弾と改良した魔戒銃を実践で使っていいかの確認だな」
「魔法衣に入れて運んでこないのはどうしてだ? これくらいなら入るはずだろ」
「入れるだけなら、な。問題は戦闘中に素早く取り回せるかだ。特に狙撃銃とライフルは大きい分あらかじめ出していた方が都合がいい」
「新しい弾はどんなものですか?」
リニスの言葉にカノンは4種類の銃弾を取り出す。弾の大きさからそれぞれの銃に適したように作られた弾丸なのだろう。
「それぞれ別の素材で作った弾を4種。これまで作った弾以上に製造コストと制作の手間をできるだけ省いたうえでホラーとノイズを屠るのに十分な効力を発揮させることを目的としています」
「現時点での所感はどうです?」
「ハンドガンとマシンガンは大量生産とまではいきませんが、ある程度まとまった量を作る手がかりを得たので実行してみました。質がそれに追いつくかわかりませんが、うまくいけばもう少し思い切った援護ができるかと。ライフルと狙撃銃は威力は向上するでしょうが作る手間はさほど変わっていません。狙撃銃は一撃必殺を強く意識しますから量より質が優先されています。そして制作で一番難航したのがライフル。弾数と威力を両立させるにはどうしても手間とコストが比例して上がっていくので」
「使用者への負荷は?」
「今回施した改良でさらに反動を抑えられるようにしました。強度の方はあまり変わっていませんが、狙撃銃は無改造のものと比べれば信じられないくらい反動を殺します」
「結構。ではホラー、もしくはノイズの出現を確認したら使用することを許可します。結果はまたレポートなりを用意して教えてください」
無事に許可を得ることができ、カノンは一礼して広げた銃器をしまう。
物珍し気にその光景を眺めていた旋牙だが、ふと気になり尋ねる。
「なあ、どこからこんな銃器を調達してきたんだ? まさか一から自作したのか?」
「いや、ほとんどは各国の軍用品放出店で調達してきたものを改造して使っている。一から作れなくもないが、手間とコストが桁違いに跳ね上がるからな。それこそ魔戒銃一丁作る間に同型の改造済み魔戒銃が3つ調達できるくらいに」
『なるほど。元の出所からしても頭の固い連中からすればこいつは確かに邪道だな』
基本的に魔戒騎士は歴史と伝統を重んじてプライドが高く法師を格下と見下す者が多い。もちろん旋牙のようにそのあたりを気にせずむしろ法師に感謝する騎士もいるが、比率としては前者のほうが多いのが現状だ。
加えて銃火器にしても良い印象を持つものが少なく、歴史ある魔戒の戦士がそんなものに頼るなど言語道断と言い切るものがいるほどである。
技術という一点においては法師たちからある程度の理解を得られているので研究を続ける意味がないわけではないが、成果を上げねば認められないのもまた事実。
それでも世俗の銃を用いた魔戒銃にこだわるのは歴史と伝統、そしてプライドを度外視すればこれが数で攻めてくるホラーやノイズ相手に対抗できる手札になると確信を持って言えるからこそだろう。
「――ん?」
荷物をまとめているカノンを見ていた旋牙だが、不意に視界の端を何かが横切った。
視線を追ってみるとほんのりと光を帯びた一羽の青白い鳥がリニス宛に『赤い封筒』を運んでいた。
それを見た瞬間旋牙の顔つきが変わり、彼につられて視線を向けていたカノンの表情も緊張を帯びたものへと変わる
「――冴島旋牙並びに魔戒法師カノン」
真剣な表情で二人の名を呼んだリニスは、受け取ったばかりの封筒を見せながら告げる。
「あなたたちにホラー討伐の命を発令します」
赤い封筒――それはノイズさえも攻撃対象とするホラーが出現したことを示し、同時に討伐を命じる指令書だった。
◇
旋牙がこの町に現れ、響がガングニールの力に目覚めてから早いものですでに半月が過ぎていた。
旋牙たちは毎日のようにエレメントの浄化を行っているおかげで管轄内の陰我をゲートにホラーが出現したという話は未だにないが、逆に響たちのほうはノイズが三日に一度ほどのペースで出現し、その都度討伐にあたっているため忙しい日々が過ぎていた。
ノイズとの戦いに慣れている翼は流石といえるが、最近になって戦うようになった響はまだまだ足を引っ張ることが多い。これはまだ仕方ないと言えるが、それを抜きにしてもチームワークは悪いと言わざるを得ない。
響は自分なりに力になろうとしているようだが、翼はそれを邪魔と切り捨てるように否定。結果、ノイズは討伐できているがぎくしゃくした関係は日に日に強くなっていた。
そしてもう一つ。響にとって胸を痛めることがあった。
「――――あっ」
宿題の最中にかかってきた2課からのミーティング招集。別にこれが初めてというわけではない。しかしそこに参加するためにやらなければいけないことが彼女にとって悩みの種となっていた。
「……また急な用事?」
「ご、ゴメン……」
自身の寮室の同居人にして最高の友人、小日向未来。
2課から科せられた守秘義務と巻き込みたくないという気持ちから自分が何に関与しているかを話すことができず、2課関連の都度部屋を抜け出すことに罪悪感を感じていた。
このやり取りも何回目になるだろう。慣れてしまったといった風に未来はため息をつく。
「寮監は誤魔化しておくけど、ちゃんと帰ってきてよ」
「……うん。ちょっと行ってくるね」
すっきりしない気持ちのまま制服に着替え本部でもある学校の地下施設へと向かう。
司令部にはアーティストとしての仕事でここにはいない翼を除いて主要メンバーがそろっていたが、一様にその表情は不可解といった様子だった。
「おっ、きたか」
「遅くなりました。それで、状況は?」
響の存在に気付いた弦十郎が声をかけ、それに答えつつ質問する。
ノイズの出現位置が表示された場所は郊外の森に固まっており、直ちに町へ及ぶことはなさそうだった。
しかし、ここで響はある違和感に気付く。
「……あれ?」
「気づいた? 出現したノイズ、明らかに森の中で
了子の言葉に一瞬人が襲われているのではと勘ぐった響だが、ノイズはかなりの速さでまともな人間が通れる場所ではないエリアを移動していた。それは同時に、追跡している相手がまともな存在ではない事が読み取れるという事でもある。
そして極めつけは――
「あっ!」
ひとつ、またひとつとノイズの反応が消滅する。それらが意味するものは、装者以外にノイズを倒せるものがいるということ。そして今わかっているだけでそれを可能にすることができるものは――。
「金狼の出現の可能性あり、か……好都合だ。これを機に接触を図るぞ。直ちに出動だ!」
弦十郎の号令に各員が持ち場へ向かい、響も戦力として向かうべく出動車両の待機場所へと向かう。自前でバイクを持つ翼と違い、2課の人間に近くまで運んでもらうためだ。
この動きも最初と比べればそれなりに慣れてきてはいるが、やはり交流の少ない大人に送ってもらうというのはいまだ緊張する。
しかし、今の響の胸中を占める緊張感はいつもより張り詰めたものがあった。
あの騎士にまた会えるかもしれない。
2課の方針である協力を取り付けることも大事だが、響にとっては何はともあれまずはあの日のことについてのお礼を述べたかった。
緊張感に比例して高ぶる胸の鼓動を抑えるように手を当て現場に到着するのを待つ。
しかし向かう先にいるモノがどういう存在なのか、この時響を含め2課の者たちは知る由もなかった。
◇
遠くの管轄からやってきたホラーがこの管轄に流れ着いた。
元老院からもたらされ、同時に下された指令を受けて旋牙とカノンは郊外の森へとやってきていた。翔は予備戦力として番犬所で待機しているのでここにはいない。もっとも、先日の失態を考えればむしろ当然と言えるだろうが。
閑話休題。
今回のホラーは特定の縄張りを持たず強者を求める幽鬼のように各地を移動しており、先日交戦した魔戒騎士があと一歩のところで取り逃がしたためにここまで逃げてきたという。
取り逃がした時点では手負いとの事だが、その傷もすでに回復している可能性があるため情報はアテにならない。
ザルバの気配探知を頼りに歩みを進めるにつれ、進行方向から何やら戦闘の音が聞こえてきた。
『この感じ…奴さんノイズとやりあっている最中の様だぜ』
「へえ。ノイズはホラーを優先的に排除するって話は本当なんだな」
話には聞いたことがあるものの、実際にその光景に出くわすのは非常に稀なためザルバの言葉にカノンが感心したように声を上げる。その様子に隣に立つ旋牙も「同感だ」と頷く。
「一網打尽にするぞ。俺がホラーを始末する。カノンはノイズを頼む」
「望むところだ。実践テストには申し分ない数がいるだろうし」
番犬所に向かった時と同じ装備をそのまま運んできたカノンはその場で装備を展開する。
小型のガバメントとP90は魔法衣の裏に仕込み、少し大きめのM-16を背中にまわしてドラグノフを手にする。さらに予備弾倉と魔戒法師にとって絶対に欠かせない魔導筆はすぐに抜ける場所に配置し、最後に魔導札の束を専用のケースに収めてポーチへ取り付ける。
見た目はかなりの重装備だが独自の改造により十分な軽量化が図られており、さらには普段から魔戒拳士である翔に鍛えられているので体力面に不安はない。
『改めてみても重装備だな。傭兵と言われても違和感がなさそうだ』
「まあ、こんな異様な風体の魔戒法師は世界中探しても俺くらいだろうって自覚はある」
「お喋りはその辺にしろ……。ホラーがノイズを連れてこっちに来ているみたいだ」
前方から破砕音とノイズの断末魔が流れ込んできたのを感じ旋牙が警告を出す。
真正面から迎撃するつもりなどない二人は両脇にずれて目標が来るのを待つ。その間、カノンは念のため魔導札で音を遮断する結界を張る。枚数が少ないうえ規模も小さいので効果は長くないが、ないよりはマシと思いつつ愛銃の一つを手にその時に備える。
ソレはすぐに出現した。
バギィ!!
細くはない樹木を一撃で圧し折って現れたのは、棘の鉄球を振り回す筋骨隆々の化け物だった。
その後をぞろぞろとノイズが追撃するが、振り回された鉄球は物理攻撃を通さないはずのノイズを当然のように薙ぎ払う。
二人が様子をうかがっている中、ザルバが記憶の中から今回の標的の情報を割り出す。
『あいつはホラー、インバージュ。見ての通りの怪力に頑丈な体を持つホラーだ』
「見た所無傷にしか見えないな……。やっぱりダメージはもう回復しているようだな」
「ノイズのダメージも通ってないみたいだ。もう少しデータが欲しい所だけど、ノイズの情報をもとに向こうの組織が来る可能性がある。さっさとやってしまおう」
カノンの言葉に賛同し、まず旋牙が物陰から飛び出すと一目散にホラーのもとへ駆け出す。カノンは先頭のノイズに向けてドラグノフを連射。威力が高い特性のライフル弾は一発で数体のノイズを貫き炭へと変える。表の世界でノイズと戦う羽目になった軍人などからすれば我が目を疑う光景であるが、カノンが作った専用の弾の効果があればこその結果である。
「――威力は上々。反動の軽減は文句なし。いい仕上がりだ」
甲高い発砲音と体にかかる衝撃を感じながら新しい弾と改良した銃の反動軽減にそう評価を下し、ドラグノフを足元に落として背中にまわしていたM-16で後続のノイズを薙ぎ払う。
ダダダダッ!と規則的な音が上がるたびにノイズの体に穴が開き、そのまま炭となって消滅する。ドラグノフほどの貫通力はないが、それでも高い威力を持つ弾雨がノイズを襲う。
「信頼性で言えばこれが一番高いんだが、やはり弾のコストがなぁ……。この課題は長くなりそうだ」
難しい表情を浮かべながらライフルを再び背中にまわし、今度は魔法衣の裏からP90を取り出す。
ノイズは相変わらず誘蛾灯に引き寄せられる虫のようにホラーの方向へ向かおうとしており、その動きを妨げるようにカノンはP90に銃火を吹かせる。
M-16のように次々とノイズに弾が当たるが、今度は数発の直撃があってようやく消滅した。しかしカノンは慌てず「ふむ」と唸る。
「やっぱり威力は劣るな。弾に余裕が持てるようになったから十分な弾幕は張れるようになったが、一発で仕留めるに越したことはない。これも課題だな」
全弾撃ち切ったところで素早く新しい弾倉を装填し再び発砲。今回のように小型ならばこれでも十分ではあるが、大型となるとこれでは仕留めるのに時間がかかってしまう。
課題点を頭に書き留めながら二つ目の弾倉を使い切り、P90を魔法衣の裏に戻しながら最後にガバメントと魔導筆、そして魔導札を取り出す。射程。威力。弾数。どれをとっても銃の中ではも低い部類のハンドガンだが、カノンはこれを単体として使用せずひと手間を加えることで高い汎用性を見出した。
まず魔導筆で札を空中に固定し、それをガバメントで撃ち抜く。すると一発の弾が複数の光弾となって面の攻撃となってノイズへと降り注ぐ。
さらに今度は5枚の札を重ね、同じように空中に固定して撃つ。魔導札を通して今度はライフルよりも速く、そして強力な一撃となってノイズを穿つ。
「弾数が増えたからこういった攻撃が多くできるようになったのはいいが、手順を考えると咄嗟の時に同じ対応ができないのがな……。これもどうにかして簡略化させるか。少し手間だがいっそのこと弾そのものに術式を……」
ブツブツと考えを巡らせつつも目に見える最後のノイズを殲滅し、他に反応がないか魔導筆を振って周辺の情報を映し出し索敵をする。
ノイズは殲滅できたのか反応は無し。しかし旋牙が追ったホラーに関してはまだ反応があった。激しく動いていることからいまだ戦闘中という事は分かるが、これ以上の時間のロスは許容できない。
すぐに使う銃だけを残してそれ以外を収納し、ドラグノフを手にカノンは旋牙のもとへと向かった。
◇
ゴウッ!と風を切りながら鉄球が迫る。
まともに食らえばひとたまりもないであろうその攻撃を旋牙は冷静に見極め、魔戒剣で受け流す。
そのまま懐に飛び込んで切りかかるが、鎧のように固い筋肉が刃を通さずギャリギャリと耳障りな音を上げる。
「チッ」
舌打ちしつつ振り下ろされる拳を回避して中に回り切り上げる。しかし同じようにはじかれてしまいこのままでは埒が明かないのは明らかであった。
『おい小僧。何をもたもたしている。さっさと片付けろ』
「分かっている」
ザルバの物言いに少しイラっとしつつも一気に片を付けるべく切っ先を天に向けて円を描く。魔戒剣を振り下ろすと同時に円が砕け旋牙の体が光に包まれる。
光が収まると同時に牙狼の鎧をまとった旋牙が背旗のリングをアンカーにして鋭角に跳躍。インバージュは想像以上の速さに驚きながら視線を動かすが、姿を認識する前に牙狼剣が鉄球を持つ右腕を切り裂く。
しかし切り落とすつもりで放った一撃は浅い手ごたえしかなく、確認しても腕はまだ残ったままだった。
「っ、思ったより硬い」
『この程度で値を上げるな。こいつより硬いホラー何ていくらでもいるんだぞ。むしろこいつ程度どうにかしないと、黄金騎士の名が泣くぞ』
「わかったから少し黙っててくれ」
気持ちを落ち着け改めて間合いを図る。
ただでさえ頑丈な相手に真正面から仕掛けるのは愚策と言っていい。先ほどのように機動力にものを言わせて連続で仕掛けるにしても、ダメージが浅いので普通の攻撃ではいくらやっても効果が薄い。となれば、おのずと攻撃手段は限られてくる。
ジッポライターのようなものを取り出し、その炎を牙狼剣にまとわせることで部分的な烈火炎装を施す。
再度リングをアンカーにして跳ぶ。今度は最短距離の、しかしインバージュの視点の高さから消えたように錯覚するほど地面すれすれを滑るように。
「ぜぁッ!」
思いっきり振り抜かれた牙狼剣がインバージュの足をとらえ、少しの抵抗を受けながらも容易に切断した。
バランスを崩して倒れこんでいる隙に旋牙は木の幹を蹴って上段に切りかかる。
盾のような形をした腕でこれを防ごうとイバ―ジュは防御態勢をとる。
ダァンダァンッ!
突如甲高い音が響きインバージュが仰け反る。それは同時にガードがガラ空きとなる状況を生み出し、旋牙はそれを見逃しなどなかった。
ザンッ!
無抵抗な頭部に烈火炎装の牙狼剣を叩き込まれ、インバージュは一瞬の硬直後なすすべもなく爆散した。
脅威が去ったことを確認し鎧を解除する。先ほどホラーをのけぞらせた一撃を放ったと思われる場所に目を向けると、ドラグノフを下げたカノンが姿を現した。
「無事に討伐できたようだな」
「ああ。援護、助かった」
『あの程度のホラーも一人で倒せないとは……情けない限りだぜ』
ザルバの酷評に不服な表情を浮かべる旋牙だが、実力不足に関しては言い返せないので甘んじてその評価を受けとめる。
その様子に嘆息しつつカノンはドラグノフを片付ける。あっという間にケースに収められた魔戒銃一式を担ぎなおす姿を見て旋牙は「そういえば」と切り出す。
「新しい改良はうまくいったのか?」
「おおよそ予想通り、だな。改めて課題が浮き彫りになったものもあったけど、結果的に見れば成功と言っていい。特にもともと反動の強いドラグノフがほとんど無反動で連射できるという点はもはや完成系と言っても過言じゃない。これ以上の改良が必要となるとすれば射程を伸ばすこととさらなる軽量化と耐久性の強化。後は――」
『おい。長話なら後にしろ。近くにガングニールの反応があるぞ』
また長話になるかと思われたところでザルバが警告を発し、カノンは「おっと」と口を噤む。
もはやこの場に長居は無用として二人は頷き、速足にその場から立ち去った。
◇
「……これって、鉄砲のやつ?」
ノイズの反応があったとされる現場にたどり着いた響だったがそこにノイズの姿はすでになく、しかし辺りには無数の薬莢とノイズの慣れの果てが散乱していた。
日本国内でこんなものがばら撒かれているなど信じられないことだが、ここで何かあったことは間違いないのだろうということは響でも理解できた。既に2課には連絡済みなのでまもなく現場検証に来てくれるだろうが、これを見る限り金狼の仕業ではないだろうと断言できる。
そして同時に、響はそれに気づいた。
「ノイズを倒せる人がまだほかにもいる……?」
以前の検証で肉弾戦でノイズを圧倒したと思われる人物が仮に金狼だとしても、今回は明らかに銃器を使った痕跡があった。
銃声などは聞こえなかったが、ノイズとの戦闘があったことは現場が物語っている。
さらに深まる謎と今回も件の人物に会えなかったことの未練が渦巻き、響はどうにも複雑な気持ちを抱いたまま引き上げることになるのだった。
決死の一撃というものは何時だって強力だ。
しかし強力ゆえにその代償もまた強大なものとなる。
次回「
死んでも成すための一撃。届くかどうかは俺様も保証しかねるぜ。