勢いよく始まって勢いよく終わった告白タイム。
そんな青春でツッコミどころ溢れる台風が、白ひげ海賊団の甲板を一瞬で通過していった。
その中心で起きた一部始終を、いい歳こいたおじさんたちは、まるで嵐の進路図でも読むかのような顔でハラハラと見守り、ちょっかいをかけるのを留めた。
溢れ出る『なんでだよ』を1回漏らしたとはいえ節度の保った人生経験豊富なおじさん達なのだ。色々と突っ込みたい気持ちやからかいたい気持ちだつまたが、ぐっと歯を食いしばって節度を守った。
空気を壊すのは、野暮というものだ。
エースの零れたような告白。
それに対する、ルビーの容赦ないお断り。
ルビーの返事に対してエースは一言だけ呟いた。
「そっか」
簡単な言葉でも返したエースの顔には、後悔も、失恋の悲壮感も、世界の終わりみたいな絶望も、どこにも無かった。
んまぁ、なんて強い男。
もっとこう、膝から崩れ落ちたり、空を仰いで「ちくしょう」とか言ったりしてもいいはずなのに。
いやまぁ常日頃サボがサボでサボしてるルビーの毎日を見ていれば、その心が誰のものであるのかもはっきりわかる。ダメで元々の告白だったのだろう。
「──じゃあ明日もう一回告白するから」
「………んえっ!!?」
「ルビーってそんな素っ頓狂な声出るんだ。初めて知った、かーわいいな」
「ーーっ!」
悲しむどころか、最初から分かっていたみたいな顔で、さらに踏み込むエース。
というか、踏み込みすぎである。
断られた直後に、次の予定を組む男。
それがポートガス・D・エースであった。彼の作戦には『ガンガンいこう』しかないのだ。
そんな二人を、少し離れた場所から見ていた、渋くて独り身でちょっと寂しいダンディなおじさんたちは、自然と肩を寄せ合った。
「……諦める気、なさそうだな」
「まあ、エースならそうなるよな」
「断られてからが本番、みたいな顔してたぞ」
「普通は逆なんじゃが……」
逃げるという単語が脳内の辞書に無いのだから、諦めるという単語も脳内の辞書に載ってないだろう。他に色々載ってないとは思うが。
「いやー、今どき告白から始まる恋愛なんてな」
「俺たち、すっかり爛れた大人になっちまったよ」
「ピュアだなぁ」
「青いねぇ……」
「まぶしくて目が痛い」
やることは1つ。宴会だ。
しかし飲んで騒いでの宴会ではない、ドタバタ青春劇を肴にしんみり呑むのだ。大人たちの道楽に使われていることなんか気にせず、エースはルビーの手を握りグイグイ身を乗り出す。
「ルビー、俺ずっとキラキラしてると思ってたんだ。俺、ルビーが好き」
「ありがとうエース。私も
「両思いだな」
「いいえ????」
「可愛いなぁ、好き」
ルビーは完全に後退戦に入っていた。
しかし一歩下がると、エースが一歩詰める。まるで押し相撲である。
「エースの口説き文句、ガキンチョすぎるな」
「語彙力が好きと可愛いしかないのか」
「脳内ではたぶん、もっといい文章なんだろ」
「口ってフィルター通すだけで、口説き方が六歳児になるんだね」
「青いねぇ……」
「というか眩しい……」
フラれたはずなのに、楽しそうでやたらと輝いているエース。
それとは対極に、ルビーは羞恥と罪悪感と混乱で今にも湯気が出そうな顔をしていた。
「いつもおすまし顔のルビーちゃんがここまで混乱しているとは」
「可愛い子だよ、おじさん涙が出る」
「いやはや、楽しくなってきたよい」
「あ、ルビーちゃん逃げた」
今日からおじさん達の日課に青春ウォッチングが加わる予感がした。
しばらく酒の肴には困らなさそうだ。
==========
「ルビー?」
「ぎゃっ!え、エース」
「なぁルビー、好き」
「知らなくてよ!」
「好きだーーー!付き合ってくれー!!!」
「お断りしまーーーす!!」
日常が変化し、毎日のように告白し子供のような口説き文句でルビーを追いかけるエースと、それから逃げ続けるルビー。
廊下を曲がればエース、甲板に出ればエース、気配を消して物陰に隠れてもなぜかエース。
もはや追跡能力が恋によって進化したとしか思えない。見聞色の覇気の覚醒をしたのかもしれないほどルビーはエースに追われ続けていた。
逃げて、逃げて、逃げ続け──。
「──で、ここに逃げて来たと」
恋に煩わされるルビーが辿り着いたのは一人の男だった。
「あなたの所が一番エースが来ないもの」
男は予想外ですといいたげな表情でルビーを見下ろした。ルビー色の目が男を捉え、ぷっくり膨らんだくちびるは男の名前を呼んだ。
「ティーチ?」
マーシャル・D・ティーチ。
二番隊の古参で、ルビーにとっては複雑な相手だ。
「……いや、俺ぁテッキリ、あんたに嫌われているのかとばかり思っていたから」
「あら、いつそんなこと言ったかしら」
「そうだよな、勝手に被害妄想していただけだ」
「──貴方の事は嫌いだけども」
「嫌いなのかよ」
軽口が小気味いいテンポで繰り広げられる。
数分前まで、ここは静かな日課の場所だった。
夜中の誰もいない食堂。
火も落とされ、鍋も並ばない時間帯に、ティーチは一人で本を読んでいた。
白ひげ海賊団の中では半ば暗黙の了解になっていて、朝の仕込みが始まるまでティーチは自室ではなくこの食堂で本を読む。だから誰も邪魔せず近づきもしない。
そのはずだった。
机に積み上げた日課の本の山を、何気なく掻き分けた瞬間。ティーチ目の前に、赤い髪の女がいた。
「……っ!?」
反射的に叫びかけた口を、柔らかい手が咄嗟に塞いだ。
「しっ、静かにしてくださいまし!」
突然の出来事に、ティーチは目を見開いたまま固まる。心臓は一拍遅れて暴れ出し、今さらながら寿命が縮んだ気がした。
ようやく手を離されると、今度は逆に睨まれる。
「私エースに追跡されている身ですのよ?うるさくされたら困りますわ」
「いや、理不尽すぎだろ!」
平和に読書していただけの人間に、突然現れて口を塞ぎ、さらに怒る。
あまりにも勝手な振る舞いに、ティーチは一瞬むっとしたが、このお姫様には、気遣いという概念がそもそも存在しないのだと思い直した。
多分、辞書から丸ごとすっぽ抜けているのだ。
「ゼハハハ、エース隊長に言い寄られる気分はどうだ?」
「そうね、ロマンチックの欠片もなくて、うっとおしくて」
ルビーは椅子に腰を下ろすと、溜め込んでいたものを吐き出すように話し始める。
どうやら相当、文句が溜まっていたらしい。
ティーチはそれを、適当に相槌を打ちながら聞いていた。次の本は何を読もうかなんて考えながらだ。
「でも……」
ふとルビーはトーンを落とす。
「本当に……烏滸がましいわ」
「そりゃ、手厳しいな」
かたやお姫様、かたや海賊。しかも海賊王の息子ときた。
並べてみれば、身分も立場も、生き方すらも違いすぎて、空島と魚人島くらい離れている。
それは無謀なんて言葉じゃ足りない。
とんでもなく向こう見ずで、分不相応で、笑われても仕方のない話だ。
プライドと気品だけはいっちょ前にあるお姫様。しかも片想い付き。
呆れるほど無法な恋をしたものだとティーチは己の隊長に同情した。
「えぇ、本当に厳しいわ。私
──釣り合わない。
声に出さずともその副音声がティーチの耳にも入った。
想像もしていなかった言葉にティーチは目を見開く。プライドが高くて気品があってお姫様。
自尊心も高くポジティブで自己肯定感の高い女だと思っていたのに。
「……お、どろいたな、あんたが自分を卑下してるとは」
「あらそう? でも、私はそんな人間ですのよ」
ルビーは、机に山のように積まれた本の背表紙を、指先でとん、となぞった。
革の感触、紙の匂い、微妙に揃っていない高さ。意味もなく触ってしまうのは、沈黙が居心地悪い証拠だ。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
コツコツ、と。
壁際の古時計が、やけに大きな音を立てて時間を刻んでいる。
その一秒一秒が、やたらと長く感じられた。
「(き、気まずい……)」
さっきまで勢いよく喋っていたのに、急に訪れた静寂。
ティーチは居心地の悪さに身を捩った。
「ねぇティーチ、教えて欲しいのだけど」
「なんだ?」
「どうして私はこの世界にいるのかしら」
少しだけ真面目な声だった。
ティーチはぱらりとページをめくり、何事もなかったかのように答える。
「哲学なら、その三段目の本だ。青い背表紙のやつ。以上」
「……」
一瞬、ルビーは瞬きを二回した。
「貴方……計算高いくせに、相談にも乗れないつまらない男なのね!!」
「急に人格否定すんなよ!?」
「人の心より本を優先するなんて、冷血読書魔ですわ!」
「冷血は余計だろ!」
机をばしんと叩いて立ち上がるルビーと、慌てて本が崩れないように守るティーチ。
騒ぎの音を聞きつけて、炎の男が突撃してくるまで残り数秒。
「(あぁ…………私は、この漫画の外側の人間なのに…………住む場所が違うのに……)」
可哀想な、ポートガス・D・エース。
その恋は決して実ってはならないもの。