その矢印の色は   作:恋音

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「これが愛のパワーですわ」

 

 デート。それは男と女の絆を深め、どぎまぎしながら過ごす時間のこと。

 

「(これは違うんじぁないかね~……)」

 

 海軍大将黄猿は自分に置かれた状況を思い返してうんうん頷いた。間違いない、違うにきまっている。

 

 

 世界政府から海賊にさらわれたゴア王国の第一王女を見つけ出せという指令が下りはや数年。まだかまだかとさいそくする働きもしない政府と国のあh……国王たちにせっつかれ、センゴクともども額に青筋を浮かべていた、その原因とまさかのデートである。

 自分がそんな命令が出ているなど知りもしない呑気な王女様……、お嬢さんは完ぺきな作法でお茶をしばいている。しばくな。

 

「それで、黄猿様はなにを目的としてこの島にご滞在なのかしら?」

 

 ストレートに聞きやがった。

 己の体格に合わない窮屈な机といすで身を小さくしながら頭痛を無事迎えた。おめでとうございます。立派な男の子です。

 

「え?目的?そりゃあ~……バカンスってやつじゃないかねぇ~」

 

 バカンスに軍服、バカンスに太陽も見えないこの陰気な島、そしてバカンスにどう見ても不釣り合いな治安の悪い店。

 だが王女さんはくすりと笑って、お茶の香りをふわりと漂わせた。漂わせるな。

 

「そう、バカンス。そういうことにしておきましょう」

 

 カップを置いた王女は、足を組み直しながら言った。

 

「私が『攫われた』だなんて、ほんとうに思ってるのかしら?」

 

 はっきり言ったなぁ。

 

 黄猿は片眉を上げ、しかしすぐに気の抜けた声で応じる。

 

「そりゃあ~……お上はそう言ってるからねぇ。わっしら下っ端は、それに従うしかないんじゃないかねえ」

「下っ端が聞いて呆れるわね。あなた、海軍大将でしょう?」

 

 ピンポイントで撃ち抜いてくる。まったく最近の若い子は怖い。

 

「ま、そうかもしれないけどねえ……。でも、それじゃ困るんじゃないかねえ。あんたが“さらわれてない”となると、いろいろ辻褄が合わなくなっちゃう」

 

「そう、それが狙い」

 

 その瞬間、黄猿は初めて顔を上げた。ぐにゃりとした笑みの奥に、わずかに警戒の色が宿る。

 

 王女は優雅に立ち上がると、ポーズを決めた。急にセリフ臭くなる。

 

「私はこの大海原で!本当の自由と愛を見つけたのよ!」

 

 ティーカップがカランと鳴る。黄猿はその音に合わせて心の中で鐘を鳴らす。

 ──あっ、こりゃ本格的に頭のおかしい子だったかもしれんねぇ。

 

 鐘は鐘でも銅鑼の音だった。警鐘所の話じゃないね。

 

「自由と愛って……そりゃあ確かに甘美な響きだけどねぇ……。お嬢さん、あの船、船員全員筋肉の塊で、恋愛要素0じゃなかったかね?」

「筋肉は愛よ!」

「それは初耳だねぇ……」

 

 頭を抱える黄猿。後頭部でメシが炊けそうな熱を感じる。

 

「で、その筋肉愛好家集団の一員として、海賊やってるって? 略奪して、旗揚げして、懸賞金がっぽり稼いで?」

 

「ええ、そうよ! いまや私の通称、〝爆裂王女(ばくれつプリンセス)〟 !……白ひげさんにはちょっとセンスが悪いから変えろって言われたけども……」

「う~ん、それ、船長の言うこと聞いといたほうがいいんじゃないかねぇ……?」

 

 黄猿はそっと手帳を取り出し、メモを走らせる。『爆裂プリンセス』『恋人=筋肉』『王女ガチ(一応)』など、全く役に立ちそうにない情報が並ぶ。

 

 そんな彼の様子を見て、王女は目を輝かせて身を乗り出す。

 

「……ねえ、黄猿様もどう?一緒に筋肉を育ててみない?」

「……わっしの能力、光なんでね。筋肉は通り越して概念みたいになっちゃってるんじゃないかねぇ……」

「でも速いでしょ?機動力枠としてはかなり優秀だと思うの」

「えっ、まさかのスカウト?」

「そうよ」

「そうよ」

「闇堕ち海軍大将もいいと思うの」

「良くないと思うけど」

 

 黄猿の混乱を知ってか知らずか、王女様は紅茶のおかわりを要求した。カップ?いや、そんなお手数をおかけさせられませんわ、ピッチャーでよろしく。居酒屋か。

 

「まぁ、筋肉に関しては冗談なのですけども」

 

 なんだかエグくて紅茶に砂糖を何個か入れた。

 

「……筋肉じゃなかったんだねぇ」

 

 黄猿はテーブルの下でそっと『筋肉』というメモを消しゴムで消しながら、ゆるゆると首を傾けた。

 

 王女は肩をすくめた。黄猿はメモを置き紅茶をくるくるかき混ぜる。さっきから混ぜすぎで砂糖が沈まない。

 

「えぇ、筋肉はただの結果論よ。あの船に乗ってるのは……幼なじみを探すためなの」

「幼なじみ……?また、いかにも少女漫画みたいな展開が……。お名前は?」

 

「サボって言いますの」

 

 その瞬間、カチンと音を立てて、黄猿のスプーンが紅茶のカップの中で止まった。

 

 

「……それ、わっしも知ってるかもしれないんじゃないかねぇ……?」

 

 王女が目を輝かせる。

 

「本当!? サボの行方、知ってますこと!?生きてるんです!? 恋人できてないんですの!?」

「質問が個人情報の墓荒らしみたいになってるよお嬢さん……」

 

 黄猿はこめかみを押さえながら考えた。サボ。革命軍。政府にとって大問題。

 しかも今目の前にいるのは“勝手に王国を抜け出してサボラブの旅に出てる王女”。

 まさに、『ややこしさの宝石箱やぁ~』状態。

 

 片田舎(イーストブルー)の王女とは言え、一応は世界会議にも出席が認められている王族。無下にはできない。

 

「とりあえず……会ったことは、あるかもしれないねえ。あくまで光の速さでちらっと、だけど」

「そのちらっとの情報でも欲しいんです! なんなら私も光速で動けるように鍛えますわ!」

「おぉう……。わっしの能力、筋肉じゃなくてフルーツ由来でねぇ……。トレーニングじゃ無理じゃないかねぇ……」

「じゃあ、じゃあ、黄猿様! 私を革命軍の本部まで光で運んでください!」

「……まるでアマゾンの即日配送だねぇ、ワシの立場……」

 

 カップの中の紅茶はすっかりぬるくなり、黄猿の頭の中もだいたい同じ温度になっていた。

 

「……なるほどねぇ、サボを探して海賊船に乗って、数年間行方不明ってわけだ」

 

 自分で言いながら、情報が渋滞しすぎていて頭がついていかない。

 王女は、うんうんと大きくうなずいた。

 

「そうなのです。この命、サボを見つけるために使うって決めたんです!」

 

 黄猿は手を組みながら、ふうっと息を吐いた。

 だがその内心では、ひとつの疑問がぐるぐると心のうちで引っかかる。

 

「……ひとつ、聞いてもいいかねぇ?」

 

 その問いかけに王女はパッと顔を上げた。目がきらきらしている。期待に満ちた笑顔。だが黄猿の問いは、その笑顔の角を容赦なくえぐった。気持ち的にはアッパーの気分。

 

「わっし、さっきから一言も『革命軍』なんて言ってないと思うんだけどねぇ……?」

 

 ピタァ……!

 

 空気が止まる。

 紅茶の表面も微動だにしない。

 

 王女の目が、ヒトデでも見つけたみたいにまんまるになった。おーおー、こりゃ愉快。

 

「えっ……あ……その……あの……あれ?」

 

 黄猿はゆるく笑ったまま、カップを口元に運ぶ。

 

「もしかして、心読んでるとか? いやいやまさかねぇ~。でもワシの知り合いに一人、そういう危ない子いたんじゃけど……」

「ち、ちがっ……そ、そそ、そういうのじゃなくてですね!」

 

 王女は顔を赤くしながら、急に椅子から立ち上がり、胸に手を当ててポーズをとった。

 

「──これは! 愛のパワーですわ!!」

 

 カーンという効果音がどこからともなく鳴った。

 あ、今の音ゴングだった?

 

「……いや、もうちょい頑張って隠そう?」

「愛って、尊いのですよ。私の溢れんばかりのこの愛が!サボのいる場所へと導いてくれるんです!」

「それ、ほとんど恋愛型レーダー兵器じゃないかねぇ……?」

「だから私は確信があったんです。サボは──革命軍にいるって!」

「おぉう、開き直った……!」

 

 黄猿はこめかみを押さえた。

 今ここで『この王女、情報ダダ漏れじゃないか』という気持ちと、『なんでバカ正直に言っちゃったんだこの子』という気持ちがシーソーしている。

 

「……あんた、ほんとに王女かねぇ。なんかもう世界政府のガバガバさを象徴してる気がするねぇ」

「ガバガバなのは父です!」

「お、おう……ご家庭の事情が深刻じゃないかねぇ……」

 

 聞きたくなかったわそんな事。

 

 黄猿は、紅茶のカップを置きながらそっと目を閉じた。

 今のうちに寝たふりして全部終わらんかね、という浅ましい大将ムーブである。

 

「それに!幼なじみが二人も革命とか海賊とかに行っちゃってるんですよ!?私の青春、どこに落ちてるんですか!」

「青春落し物センターって、たぶん世界政府にないんじゃないかねぇ……?」

 

 王女は立ち上がると、身振り手振りを交えてまくし立てた。

 

 白ひげの船。サボ。王族。革命軍。愛。

 

 パズルピース一個ずつが独立してヤバいのに、それ全部を混ぜた結果がこのお嬢さんである。

 

「(わっしもそろそろ転職考えたほうがいいんじゃないかねぇ……)」

 

 おいで、胃痛薬。

 

 そんな内心の嘆きをよそに、王女はウキウキとテーブルの上でナプキンを折り始めていた。ドラゴンの形になってる。すごいなマナーをかなぐり捨てているのはわかるけど、どうやったらそれ折れるんだ。

 

「まあでも!白ひげの船に乗ってれば安全ですしね!世界最強ですから!」

「いや、そうかもしれないけど。あんたが乗ったことで外交的に最悪になっとるだけどね……?」

「でもエースも一緒」

「……ああ、そうそう、そのエースくんだけどねぇ」

 

 その瞬間、まるで黄猿の台詞を合図にしたかのように、店のドアがバァンと開いた。

 

 その瞬間、まるで黄猿の台詞を合図にしたかのように、店のドアがバァンと開いた。

 

「ルビぃい!!!」

 

 爆発音のような叫び声が響き渡る。

 店中の客が振り返る。いや、耳を塞ぐ者もいた。中には椅子から転げ落ちた老人もいる。すまん、補償は白ひげ持ちで頼む。

 

 そして、そこに立っていたのは──炎の如き気迫を纏った青年、ポートガス・D・エースその人。

 

「何やってんだお前!!!なんでよりにもよって黄猿とティーパーティーしてんだよ!!!死ぬ気か!?いやマジで!!!」

 

 額に青筋を浮かべながら、火花でも散りそうな剣幕でお嬢さんに詰め寄る。

 

 だが、彼女はまったく動じなかった。むしろふわりと笑って答える。

 

「ごきげんよう、エース。お紅茶、ぬるくなってるわよ。おかわりは?」

「おかわりじゃない!違う!お前どんな神経してんだよ!?あのな、あの黄猿だぞ!?海軍の大将だぞ!?この前会った時、俺の火拳を光速で避けながら口笛吹いてたやつだぞ!?」

「でも話が通じるところはあるわ。おかげでいろいろ進展したし」

「つーかマルコもマルコだよ!何とんでもハチャメチャ暴走プリンセスに探らせに行ってんだよ!ほら見ろ!黄猿が可哀想!」

 

 良かった、わっしの気持ち分かってくれる人来た。海賊だけど。

 

 黄猿はそろそろ限界になっていた胃痛を労り、冷めた甘ったるい紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

「で、姫さん。大将はなにが目的だったんだよい?」

「バカンスですって」

「誤魔化されてんなあ」

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