私の記憶にはこの場所には縁も所縁も、同じクラスの女子達がどこで何を買ったなど、そんな会話を気にする事すら無かったと覚えている。
だが今ここに私がいた。そう「原宿」である。駅の改札の目の前には「竹下通り」と書かれた大きなアーチがそびえ立っていた。それはなかなかの存在感を醸し出していた。
私ことターニャ・デグレチャフの出身国、「帝国」より遥か遠い島国へ、副長ヴァイス中尉を伴い秋津州皇国と仕事で赴いていた。既に当初の予定よりも前倒しで仕事が終わっていた為、残りの数日は自由時間となっていた。
「よろしければ視察もかけて、観光でもいかがですか?」と勧められた行き先がここだった。軍資金もいただいて仕舞えば断る術も無い。
「少佐殿。貴女の様な若者には楽しんでいただけると思いますよ。」
これは気を使われたのだろうか。
監視も付かずに2人で出かける事ができるとなれば、少しは浮かれても誰も罪には問うまい。だが、同じ宿舎であるはずのヴァイスとは何故か駅で待ち合わせ。何を考えているのか私にはさっぱり分からない。
「少佐殿。お待たせいたしました。」
「あっ、ああ…。」
少し息を切らしながら目の前に現れたヴァイスは初めて見る私服姿であった。私が言葉に詰まったのは、それに少し驚いてしまっていたからだ。
ヴァイスはTシャツにラフなジャケット。意外とセンスは悪くない。
ちなみに私の服装はと言うと、いつもの如く軍服である。
「少佐殿はそのお姿が1番お似合いになります。」褒めてるんだかよく分からないフォローなのか?をするヴァイス。相変わらず女性の扱いは酷いものだ。まあ、私の服装については置いておこう。
まあ、とりあえず合流はしたのだ、移動をする事にしよう。
信号が青に変わり、横断歩道を2人で並んで渡る。アーチの写真を撮る観光客達をかき分けながらその竹下通りを下っていった。
それなりに幅がある道ではあったが、人が多すぎて移動はこの流れに乗るしかない。背丈の小さい私は人々に埋もれながらもゆっくりとそれに従っていた。
時折、勢いよく向かいから突っ込んでくる者にぶつかりそうになったので、その都度ヴァイスが私を庇っていた。それが何度か繰り返されていつの間にか、私は彼に抱え込まれる様な格好になっていた。
このままでは少し歩き辛い……。だがヴァイスは嬉しそうだし。その手を振りほどく事は諦めた。
すれ違っていく私と同じ様な年頃の女性達はキラキラとした服装と化粧を纏っていた。戦争に身を置く私達とはそれは明らかに世界が違っている豊かで光な溢れるここは、まるで前世の頃の21世紀の日本であるかのような錯覚に私は陥っていた。
帝国には無い煌びやかな色彩と甘い匂いに当てられたのだろうか。私は気がつけば体をヴァイスに抱き抱えられながら何処かの路地で横になっていた。
何故私は寝ているのかと、一瞬現状の記憶と意識がずれている事に気がつき、左右を慌てて見渡すと、ヴァイスの顔が視界に入ってきた。
「少佐殿。大丈夫でしょうか?」
心底心配をしたと言ったその表情と声。
記憶の抜け落ちは95式の使用の際よくある事ではあったが、それは恐怖でしか無い。気を失っていた…。そんな私の側にヴァイスが居てくれた事に無意識にほっと息を吐た。
良く見れば彼のその額には、冷や汗も滲ませている。
「問題ない。」と微笑み返し、失態を見せたと恥じらえば、
「良かったです。」その言葉と共に彼の表情がようやく少し和らいだ気がした。
人混みに酔ったのか貧血をおこしてしまったのか。外交など慣れない仕事に疲れていたのだろうか。思考を巡らせていた私は、
「まだ、横になっていて下さい。」
というそんなヴァイスの言葉が心地良くて、この身を預けていた。
……
「可愛いー!!金髪!軍コス〜!」
確かに少し体は楽になっていた。
が、その甲高い声は私の脳に鋭く刺さり
最悪な気分にふたたび落ちて行く。
「外人さんのコスプレ凄いー!」
その言葉に呼応するかの様にざわざわと私を見てはしゃぎ始める人々。この体はまだスムーズに動かない。対応が遅れているうちに私達はすっかり囲まれてしまっていた。
「お任せ下さい」
「ヴァイス⁉︎」
私の苛立つ声にも「問題ありません」
と囲いに歩み寄っていく。
「すみませんが、写真は撮らないで下さい。」
私の身を守る様にヴァイスは手際に良く囲いを解いていく。
「あの人素敵ー。あの子の恋人かなぁ」
ようやく諦めたのか解散し始めた少女達の声に、ヴァイスは耳まで真っ赤になっていた。
………
ああ、私は今まで何をしていたのだ。
この男と私は恋人という関係であった事を思い出したのだ。
どうした。この国と前世を重ねてトリップでもしていたのか?
この原宿へ2人で訪れる事になった時、「デートですね。」と嬉しそうにしていたヴァイスの顔。ああ、そうか。駅での待ち合わせもそういう事なのだ。
私は今日だけでいくつの失態を積み重ねてしまったのか。
ひと仕事終えたヴァイスに、感謝を伝えなければなるまい。
「ヴァイス。ありがとう…助かった。」
「はい。言葉が上手く通じて良かったです。」
照れながら笑っていたが、訪国が決まってからこの国の言葉を勉強をしていたのを私は知っていた。そうだ、勤勉なのもこの男の良いところだ。
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ、ヴァイスのおかげですっかりな。…甘い物でも食べにいくか。」
立ち上がりながら、心配性のその頼もしい男の腕に自ら手を伸ばした。
「少佐殿?」
私の行動に少し慌てるヴァイスに
「………ああ、今日はプライベートだ。その、……ターニャでいい。」
その言葉を口にすると、
彼からは「はい!」と勢いのいい返事が聞こえてきた。
私は恥ずかしさのあまり、彼の顔を見上げる事は出来ないでいたが、ヴァイスがどんな顔をしているかの想像は簡単だった。
「では、自分もマテウスと呼んでいただけると嬉しいです。」
「む、そう…だな。」
「では……マテウス。」
私が今まで呼んだ事ない彼の名を口にするには少し時間がかかってしまった。
1話序章
2018.04.06.
あすありとおもうこころのあだざくら
タイトルの読み方です。
意味は最終話のあとがきで。