「クソッ!!!なんであんなやつらに点取られなきゃいけないのよ!!!」
ベンチに戻ると、先程タイムリーツーベースを打った、ファーストの守備へついている橘楓を、これでもかとばかりに綾小路さんは睨みつけていた。キャッチャーのポジションを務めていた私も、まさか綾小路さんがくれた前情報では、ほとんど未経験者だった橘さんに打たれるとは思いもしなかったのだろう。恐らく前打席のジェシカちゃんの配球と同じように直球主体で来ると踏んで山を張っていたのだろう。それでもツーベースは出来すぎだと思うけどね……
「梨花!!!作戦変更よ。皆集まって!」
未だに打たれたことが信じられないんだろう、怒りを顕にしているうちのお姫様から招集がかかった。
「どうします?」
「とにかくあいつを走らせるのよ。2ストライクまでは意地でもフェイク。くさい球はカットしなさい。勝負は6回から。3巡目であいつを葬るわよ」
「わかりました」
フェアプレーじゃないとは分かってる。でもこの試合の勝利が綾小路さんの願いなら私は、全力で全うするだけ。月村エレナ。絶対貴方を倒す。
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その後の試合は単調だった。
2回以降徹底して綾小路さんはお嬢様を申告敬遠。それ以外の打者でアウトを確実にとっていった。もちろん前みたいな単調なピッチングとは違い全力で私やジェシカにも変化球を混ぜてきて、バットにすら当てることが出来なかった。頼みの天音様には、ナックルを連投して完全に封じこんでいた。綾小路さん達は、初回と同じようにひたすらお嬢様を走らせた。更に2.3.4番の全国トリオは、ツーストライクから露骨に粘りお嬢様に更に球数を投げさせた。そして5回終了時でお嬢様の球数は118球(だいたい1回の平均は15球とされている)まで膨れ上がっており、疲労は顔に表れ、足元もフラフラしているのがわかった。
「エレナ……もう嫌だよこれ以上苦しんでるとこ見たくない……」
私は、ベンチで肩で息をしているお嬢様に声をかけた。これ以上私の大切な人がボロボロになるところなんて見たくなかった。確かに試合には今のとかは勝ってる。残りアウトカウント6個取れば勝てるっていうのはわかるけどこれ以上お嬢様に傷付いて欲しくなかった。お嬢様と今まで暮らしてきてここまで辛そうにしていた時があっただろうか……少なくとも私が物心ついたあとでは見たことがなかった。
「大丈夫よ。後アウトカウント6個取って笑ってお屋敷に帰りましょ」
「エレナ……」
「ほら、守備につきましょ。そんな顔しないの」
そう言ってお嬢様は、マウンドへと歩いて行った。
『6回表先行チームの攻撃は、1番センター西山さん』
お嬢様は、3巡目から普通に打ってくると読んでいた。果たしてどうなるか……
初球を投げた。
「ボール!」
ストレートがアウトローに外れてワンボール。でも今のボールで分かった。今西山さんは、バントの構えをしていなかった。ここからは真剣勝負という事。ここまでお嬢様を潰しておいて真剣勝負だとは、私は思ってないけどね。
「内野外野ここからは普通に来るからね!自分の役割ちゃんと覚えておいて!」
天音様も気付いたのだろう。キャッチャーのポジションから大きな声を私達に聞こえるように言った。
守備についていたジェシカ、さゆりもグラブをポンポンと叩いて役割を再確認しているような仕草をしていた。
絶対に後6個アウトを取る。これ以上好きにはやらせないんだから。
第2球はインローいっぱいにスローカーブが決まり1ストライク1ボール。
第3球はシュートが高めに外れてボール。いつもなら絶対に制球ミスなんてしないのに……やっぱり疲れてるんだ。
「エレナ!!!頑張って!!!」
お嬢様は、私の声に応えるように帽子の鍔をちょこんと触っていた。
そして第4球……
「バント!?」
投げるフォームに入った瞬間西山さんがセーフティバントの構えを見せた。まさかまだやってくるなんて……!
「楓!ファースト!っ!」
「エレナ!!!」
「ナイスバント!!!もうピッチャー足動かないよ!!!」
若干サードよりのバントを処理しようとしたお嬢様の足がもつれ、無情にもボールはお嬢様のグラブにも収まらず転々とショートのさゆりの元へ転がっていた。
「タイム!エレナ!」
キャッチャーの天音様もすかさずタイムを取り、マウンドに駆け寄った。
「エレナ。私と変わって。さゆり、キャッチャーに入って。楓ちゃんはショートについて」
「わかり「待ちなさい。私はまだやれるわ。ちょっとバランスを崩しただけよ」
肯定しようとしたその時、膝を着いてマウンドの前に座り込んでいるお嬢様が、静かに立ち上がりぴしゃりと言い放った。
「あんたね!これ以上やってなんの意味があるのよ!自分の体もっと大切にしなさい!!」
説得するように天音様が。
「そーだよエレナ!これ以上は見たくないよ!」
ボロボロのお嬢様を見て涙ながらに私が。
「エレナ様私も同じ意見です」
滅多にお嬢様に意見を言わなかったさゆりが。
「私もそう思う。もうやめよう月村。楓だってこんなに言ってるじゃん」
赤子を諭すようにジェシカが。
「ごめんなさい。でもダメよ。楓とジェシカが一生懸命説明してたのにあの子達はそれを馬鹿にして聞く耳を持たなかった。きっとここで私がマウンドを降りて負けたらこの先もずっとあの子達は、行事とかを適当にやるわ。私も昔ならそうだったかもしれない。でも、今は違う。大切な人がいて、大切な友達がいて、色んな人に支えられてるって事に気付いたの。だからあの子達にもそれを分かって欲しいのよ。だから負けられない。ここは譲れないわ。分かったら散りなさい」
お嬢様は、天音様からボールを受け取るとマウンドへと戻った。
「全く……楓ちゃん、ホントに危なくなったら引きずり降ろすの手伝ってよね。ホントに人の言うこと聞かないんだから。まぁ、あんなに真剣なエレナ久々に見たけどね」
「分かりました。私もです。天音様提案があるんです」
「ん?何?」
「それなんですけど……」
「ギャンブルだけどそれしかバント封じられないもんね。分かった。ジェシカ!ファーストに!」
「え!?うん!」
私が提案した作戦はこうだった。
当初の予定通り全員内野シフト。それに加えてバント処理が出来るように私がお嬢様のすぐ横に立つというものだった。仮にジャストミートされたら、痛烈なライナーが私を襲うかもしれない。それでもお嬢様がこれ以上傷付くよりよっぽどマシだ。
それに……私はあの人を信じてる。絶対に抑えてくれるって。
「楓」
「下がらないよ。エレナだってわがまま言ってそこにいるんだから私のわがままにも付き合ってよね」
「全く……誰に似たんだかね。打球来たら捕りにいかずに逃げなさいよ。それだけは約束して」
「わかった。でもエレナなら打たれないでしょ」
「当たり前でしょ。でも……楓、少しいいかしら」
「ん?って!?ちょっと皆のまえでこんな」
お嬢様からの突然の抱擁。綾小路さんチームも、一塁側の応援席もザワついているのが分かった。
「ったくうるさいわね。疲れてるんだから楓成分少しぐらい補給させなさいよね。心配しないで。もう好きにはさせないから」
「もう……絶対抑えてよね!」
そう言うとお嬢様は、二番打者の宇田さんの方に体を向けた。
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もう少しだけ球技大会にお付き合い下さいm(_ _)m