綾小路さんチームvs月村さんチームの試合は0-2で月村さんチームがリードしていた。現在6回表綾小路さんチームの攻撃でノーアウト一塁。反撃が来るならここかな。しかし、これがお嬢様学校の試合とは到底思えないレベルの高さを私は、主審という立場から見せられていた。確実に勝ちに行くために相手のエースを潰す綾小路さんチーム。月村さんのワンマンチームかと思いきや初回の相手の配球を読んだ橘さんのタイムリーツーベース。本来、教師である私は試合を止めてまでボロボロの月村さんをマウンドから降ろすべきなんだとは思う。フェアプレイとはいえないエース潰しも黙認しておいて何を今更と言われるかもしれないが、私が黙認している理由は、試合前日月村さん本人からこんな事を言われたからだった。
「先生。きっと明日の試合私は狙われると思います。でも絶対に止めないで下さい。私は、絶対に試合から降りる訳にはいかないんです」と。
何のことだかはさっぱり分からなかったが、月村さんの目が真剣だということを私に訴えかけていた。だから私は、分かりました。でもホントに危険と判断したら止めるとだけ返事を返すことにした。まさかこれを読んでたっていうのかなあの子……
「ストライク!ワン!」
まーた際どいところ。2番の宇田さんに対してインハイのストレート。顔近くの球に少しだけ体が引いちゃってたね。次はどこを攻めるのかな。もしかしたら、1番この試合を楽しんでいるのは私かもね。いけないいけない。私は、主審で教師だもん。生徒の事を1番に考えなくちゃだね。
「ストライク!ツー!」
外角いっぱいのフォーク。ホントに何処にそんな元気が残ってるんだろ。さっき橘さんに抱きついたと思ったら、球威も球のキレも初回に戻ってる、いやそれ以上かも。もしかしたら月村さんと橘さんは、私が思ってる以上に強い絆で結ばれてるのかもね。
「ストライクバッターアウト!」
三球三振。ホントに息を吹き返したみたい。こんなにワクワクする試合を間近で見させてもらったんだもん。試合が終わったら差し入れぐらいさせてよね。
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「ナイスピッチ!!ワンアウト!!」
「まずひとつね」
「うん……ここ抑えたら勝ち同然だと思う。頑張ってエレナ」
「任せなさい」
そう。3番綾小路さん、4番乾さんを抑えさえすれば次の回は5.6番を歩かせて7.8.9で勝負出来る。だからここさえ凌げばぐっと勝利が近づく事になる。
『3番、ピッチャー綾小路さん』
綾小路さんも後がないと言うことが分かっているのだろう。いつもなら挑発してくる所を、何も言わずに打席へ入った。目線はお嬢様から一切動くことがなく向こうも本気なんだということが痛いほど伝わってきた。
その初球……
カキーン!!!
「ファウル!!」
インローのスローカーブを、腕を畳んで完璧にレフト方向へと打球を飛ばした。あと数センチずれていればフェアゾーンに打球が入り、ランニングホームランで同点になっていただろう。
お嬢様は、表情を変えることなくサイン交換を終えて第2球を投げた!
カキーン!!!
外側のストレートをまたもライン際に打ち返した。これも数センチズレていれば長打コースだった。緩急を使ったピッチングをしているのに完全についてきてる……これが全国大会優勝者の力……
「ファウル!ツーストライク!」
「よし!エレナ追い込んだよ!」
お嬢様は、帽子の鍔を触るだけの返事を返した。
疲労を考えると遊び球は使えない。それは向こうも分かっているだろう。力と力のぶつかり合いになる。
第3球……
カキーン!!!
「っ!?」
「ここは通さない!!!」
打球は鋭いゴロとなりショートのさゆりの左方向へと転がっていった。それを横っ飛びになりながらさゆりは打球をなんとか抑えた。もし抜けていたらランニングホームランだっただけに危なかった……
「さゆりちゃんありがとう。首の皮一枚繋がったわね」
「いえいえ。でも次の打者はもっと怖いですよ。歩かせるのもありでは?」
「わざわざ逆転のランナーは出したくないわね……それに5番の子も相当な実力の持ち主よ。だから逃げられないわ」
「そうですか……」
「大丈夫よさゆり。楓ちゃんにカッコ悪いとこ見せるわけないよねエレナ?」
「当たり前でしょ。ここ抑えて後は楽に勝つわよ」
次の打者は乾さんか……まさにターニングポイントだね。
『4番キャッチャー乾さん』
「梨花!!!そいつに引導を私でやりなさい!!!」
「エレナ!!!頑張って!!!ここ勝負だよ!!!」
お互いのチームから大声援が飛ぶ。お互いにここで試合が決まると分かっているんだろう。
「橘さん。下がっていいわよ。バントはしないわ。約束する」
「え……?分かりました」
突然の乾さんからの深刻に半信半疑ながら私は、ファーストのポジションに戻り、ジェシカはセンターに戻った。
「梨花!なんでわざわざそんな事!」
どうやら綾小路さんの作戦でもなさそうだった。なんで自分から有利を崩したんだろうか……
「綾小路さんごめんなさい。私は真っ向から月村と勝負してみたくなったんです。打てなかった時は責任を取ります」
「分かったわ」
「いいのかしら?責任なんて軽々しく発言していいものじゃないでしょうに」
「いいのよ。貴方の疲労も限界を超えてるでしょ?ここら辺で楽にしてあげるわ」
乾さんは、バットをホームベースにコンコンと当てるとお嬢様の方に向き直り初球を待つ構えに入った。
第1球……
「ストライク!ワン!」
「ナイスボール!頑張れぇ!!!」
まだお嬢様の球は生きてる。ここにきて最後のギアを入れたのだろう。電光掲示板のスピードガンは今日最速の137キロが表示されていた。
サイン交換を終え、第2球!
カキーン!!!
「ファウル!!!」
一塁側の応援席に飛び込むファウルボール。これで追い込んだ。
「エレナ!!!後1球!!!」
キャッチャーの天音様が叫ぶ。
「エレナ様決めちゃって下さい!!!」
ショートのさゆりも声援を飛ばす。
「月村!!!頑張れえええ!!!」
センターのジェシカも大きな声を飛ばしていた。
そして第3球のセットポジション……
「エレナァァァ!!!」
私も声が許す限り全力で叫んだ。皆の声援が乗ったボールを天音様のミットに投げ込んだ。
「ストライク!!!バッターアウト!!!」
その瞬間一塁側の応援席から大歓声が上がった。抑えたんだ……これで後は下位打線。これなら!
「やったねエレナ!!!エレナ……???ねぇ……なんで倒れてるの……エレナァァァ!!!」
投げ終わった後だろう、お嬢様はマウンドで息を荒くして突っ伏していた。きっと限界だったんだ……やっぱりあのとき止めておけば……
「エレナ!?誰か担架!!!早くして!!濱田先生!!!」
天音様が叫んでいた。嘘だよね……三振取ったんだよ。後4個で私達の勝ちなのに……お嬢様大丈夫って言ってたのに……こんな結末だなんてやだよ。早く起きていつもみたいに笑顔を見せてよ。なん…で……こうなるのかな……
「!?楓ちゃん!!!しっかりして!!楓ちゃん!!!さゆり!もう1台!多分ショックで気絶しただけだと思うけど慎重にね。ジェシカもついていってあげて!」
「わ、わかった!」
私の意識はそこで途切れた。
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私は夢を見ていた。これは確かまだ私が小さかった頃……
「楓ちゃんお人形遊びしよ!!私王子様役で楓ちゃんお姫様ね!!」
「えー!毎回エレナちゃん王子様じゃん!たまには楓がやりたい!」
「ダメ!楓ちゃんは可愛いんだからお姫様!私は将来なんでも出来るかっこいい大人になるから王子様なの!お姫様は家で王子様の帰りを待っていればいいんだよ!」
「えぇ!それだとお姫様ずっとお家の中で可哀想だよ!お外出れない」
「そういう時はね、王子様が連れ出してあげればいいんだよ。こういう風にね」
思い出した……確か私が3歳の時だったと思う。この時お嬢様は、確か私の腕を取って……
「エレナちゃん……」
「あら、目が覚めたかしら。それにしてもエレナちゃん。なんて小さい時の夢でも見てたの?」
目を開けるとお嬢様が目の前にいた。
「え?ちょっと待って頭の理解が追いつかないんだけど。だってエレナ倒れたんだよね?なんで今、私の目の前にいるの?病院は?ってか大丈夫なの?って痛い!なんで叩くの!」
「貴方があからさまに慌てて収集つかなくなってるからよ……私も確かに疲労でぶっ倒れたわ。でもね、担架に乗せられた時にはもう意識あったのよ。まぁ貴方が倒れた時には流石に私もパニックになりかけたけどね……とにかく、もう私は何ともないから大丈夫よ。心配してくれたのよねありがとう」
そう言ってお嬢様は、私の頭を撫でてくれた。ホントに何ともなくて良かった……
「っく……」
「く?」
「うわぁぁぁん!大丈夫だって言ったじゃん!!なのに!あんな風になって…ひっぐ……ホントに良かったよぉ!!もう会えないかと思ったんだからぁ!」
私は、ベッドから飛び起きてお嬢様に泣きついた。
「ごめんね楓。でもホントに大丈夫だから」
「また大丈夫って言ったぁ!もうエレナの大丈夫なんて信じない!エレナの馬鹿!胸無し!!ドM!変態!」
私は、お嬢様の胸を子供のようにポコポコと叩きながら主張した。
「ちょ、ちょっと!関係ない言葉が出てるわよ!落ち着きなさい楓」
「やだ!キスしてくれなきゃ許さない!!」
「え、えっと……それは今はちょっと……」
「なに!?いっつも勝手にキスしてくる癖にこういう時は出来ないんだ!」
「もう!落ち着きなさい!ん……」
久しぶりのキス。球技大会の練習で忙しかった私達は、自分達でルールを決め、そういう事はしっかり事が終わったらと話していた。ってか冷静になったけど私なんてこと口走ってたんだろ!私は、急に恥ずかしくなって顔が熱くなっていくのが分かった。
「えっと……取り乱してごめん……なんか冷静になったら私めちゃくちゃ恥ずかしい事言ってなかった?誰も聞いてないよね?」
「えっと……」
「その……」
「私達何も見てないから……」
いつから居たのだろうか、保健室の扉の前に綾小路さん、乾さん、宇田さんが顔を真っ赤にしていて立っていた。
「な、な、なんでいるって言ってくれないんですか!!!」
「だから今はちょっとって言ったのに楓が無茶苦茶言うからでしょ!」
私達の会話を聞いていた綾小路さん達は、この光景が余程おかしかったのかお腹を抱えて笑っていた。
「そんなにおかしかったですか……?」
「ふふ、ごめんなさいね。普段の橘さんとまるで別人なんだもん。ってこんな話しにきたんじゃないや。皆、いいわね?」
「はい」
「うん」
いったいどうしたんだろうか。試合は、もちろん私達の負けで終わっているはず。馬鹿にしに来たようではないみたいだし……
「「「ごめんなさい」」」
3人が同時に私に向かって頭を下げわ謝罪の言葉を口にしていた。
「え?どうして。試合は、綾小路さん達の勝ちですよね?」
「私から説明させてもらうね。まず試合の事だけど私達が降参したわ。試合放棄って事で私達の負けよ。貴方達に気付かされたわ。私達のやってることは、間違いだったんだって。たった5人なのに真っ直ぐ立ち向かってきて、私達、いいえ、私の汚い作戦に1歩も引かずに倒れるまで試合を続けたんですもん。それに月村さんからまともに打てた人なんていなかったしね。だから本当にごめんなさい。野球の汚い事も、橘さんとジェシカちゃんが真面目に話しているのに適当にあしらったことも。許してなんて甘い事は言うつもりはないわ。この処罰は、どんな事でも受けるつもり」
綾小路さんがこんな人だとは思わなかった……今頃は喜んでいると思ってたのがこんなに真摯に謝ってくれる人だったなんて……
「顔を上げて下さい。甘いってお嬢様には言われるかもですが、謝罪の言葉だけ頂ければ十分です。これからは仲良くして下さいね」
私は、綾小路さんの目の前に右手を差し出した。
「月村さんいいの?」
「楓がそう言うなら私からは何も無いわよ」
「ありがとう……宜しくね橘さん」
「はい」
綾小路さんの右手はしっかりと私の右手を掴んでいた。
「それじゃ私達はお邪魔だろうからお先に失礼するね。あの、聞いてもいいかな?2人って付き合ってるの?」
「はい。真剣にお嬢様と交際させて頂いています」
「そっか。でも今日で皆にバレちゃったかもよ?マウンドで月村さん橘さんに抱きついたっていうか甘えてたでしょ?それ見てた新聞部がエレかえ尊い?とか言いながら部室の方走っていったけど……」
そういえばそんな事お嬢様してた気がする……お嬢様の方を見ると、私は知らないとばかりにそっぽを向いていた。ホントにこの人は……
「お屋敷戻ったらお仕置きですからね。覚えておいて下さい」
「ちょっとそれだけは勘弁して!」
そう言うと、再び保健室には笑い声が響いていた。何はともあれ丸く収まって本当に良かったと思った私だった。
楓「終わった……色んな意味で終わったよ。どうするの?もう大学でメイドの振りする必要もなくなったんじゃないのこれ?」
エレナ「なるようになるわよ。気にしなくていいんじゃない?」
楓「ホントに自分勝手なんだから……」
エレナ「まぁいいじゃない。次回からは普通に戻るみたいよ。作者も慣れてない文書いたせいで疲れたって言ってたし」
楓「お気に入り増えて調子乗ってるからこんな事になるんだよ……えっと、とにかく次回も良かったらお付き合い下さい!ここまで読んでくださってありがとうございました!それではまた!」