山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第1話


誰もが振り替える武骨なマスク越し。

 

 

 

 

 

 

 

今日も吸いづらくなった肺へ、薄い酸素を必死に送る。

 

 

呼気に曇るガラスの向こう側に広がる地獄絵図に、知らず嘲笑(わら)いが口の端にのぼる。

 

 

 

 

 

吹き荒ぶ血煙。

 

弾け飛び身を汚す肉片。

 

苦悶の声と呪詛を耳に、視界に広がるのは血と汚染された黒い土が混ざり合う大地。

 

 

「遥か昔は地に伏せて大地を覗けば必ず緑があって虫がいたそうだよ。そんな素敵な世界、一度でいいから見てみたいなぁ」

 

 

不意に遊んでいた友が呟いていた言葉が脳裏に蘇る。

 

 

では、この光景は何だ?

 

 

血潮が舞い、肉片が飛び散り、絶叫が耳に残る、この日常は。

知っているとも。

生を受けて産まれたことを、呪いたくなる。

呼気一つくことにすら金銭を要求される、この地獄の如き世界に反吐すら出ない。

 

 

才があろうがなかろうが生まれが全てを決める。

 

 

報われることなく使われ、(むし)られ、(むさぼ)られ。

削り取られて使えなくなれば、入れ替えられて終わり。

己が人生は何だったのかと曇ったガラス越しに振り返る。

 

産まれ堕ち、物心ついて己が状況を理解した頃には両親は居なくなった。

それでも必死で喰らいつき得られた仕事は部品の一部。

来る日も来る日も変わらず、ただ記された役目をこなすことを求められ、能力は必要なく才能も要らず、ただ熟すだけの日々。

自己主張も、意識も、反論も、抵抗も、何も要らない。

 

ただ、そこにある『部品』たれ。

 

我らを生かす部品であれば使ってやると言わんばかりの上流階級。

それに唯々諾々と従うしかない、呼吸どころか鼓動すらも支配された中流、下流階級。そして貧民階級(俺達)

そんな生にもしがみつき、死にたくないと足掻くなら。

自分の中に思い出以外の何が残るのだろうか。

 

そこに生はなく、ただ記憶だけがあり。

過去があるだけで、現在も未来もない。

 

それでも辛うじて残せた反抗心が、逆に俺を追い詰めることになるかもしれないと思いながらも抵抗した日が、行く先を決定づけた。

 

 

 

 

ただ、意見を述べただけだった。

 

 

 

どう考えてもやり方がおかしいと。

より効率的に動かすことが出来るうえ、これまで以上の利益が望める。

そう考えて述べた意見だった。

 

それがプライドを傷つけたのか。

 

あっという間に追い込まれ、進退窮まることになった。

呼吸する為に最低限必要なフィルター一つ買えないほどに追い詰められた。

唯一の心の支えと幾ら生活が苦しくてもログインを欠かさなかったのに、ログインの為の電力を維持することも出来ない。

 

ただログイン出来ない俺を待って優しい仲間達が窮地に陥るよりはと、何も説明しないまま引退すると告げた時の…彼の沈黙が忘れられない。

 

 

 

 

アバターは表情一つ動かさないはずなのに呆然としているようだった。

事情を聴こうと向けてくるアイコンは笑顔なのに、泣いているような声をしていた。

ボックスから出して預ける数々のアイテムを受け取ってくれているはずなのに、拒否されている感覚すら覚えていた。

 

「戻れたら還ってきますから」

 

泣き叫び、喚きすがる姿を途切れ途切れに隠す姿に思わず吐いた言葉が嘘になると分かっていたのに、言わずにいられないほど衝撃を受けていた俺達のギルドマスター。

彼は変わらず墳墓(ホーム)を守ってくれているだろうか。

 

「モモンガさん」

 

すまない。

やっぱり嘘になった。

 

必死で身を捩り、銃身を投げ捨てて身を庇う。

激痛と灼熱が全身を焼き、苦痛に悶えてのたうち回る。

なんのことはない、これまで眺めてきた光景が己の身に起きただけ。

 

友の姿が脳裏を駆ける。

 

マシンガンのようにエロトークをかます鳥人。

電脳世界で触れる土の塊を一つ持ち上げて眺めただけなのに、こちらが呆れるのにも気づかず日が暮れるまで本来の土の成分から用途、その可能性に至るまで語りつくす蔦の塊。

戦闘中に卑猥な動きをワザと繰り返し、いつ垢バンを喰らうかとキャストタイム中に冷や汗を流させる流動体。

言動一つ、行動一つが厭味ったらしくも眩くて目を反らすことも出来ない偽善野郎。

博識、賢人、様々な知識を持ちながらも行動や目的が残念なギャップ萌え蛸。

どんな難問もあっけらかんと単純明快にして笑い飛ばすわりに、勝敗に拘る半魔巨人。

あんな奴もいた、こんな奴もいた。色々な馬鹿をやって、ギルマスに怒られながら毎日を過ごしていた。

 

ありとあらゆる異形種が巡り、慄いてもよいはずなのに笑みしか浮かばない。

 

焔が身体を甞めてゆく。

髪はおろか表皮全てを甞めつくし、高熱の元に溶かしてゆく。

 

瞳を彩る水晶体すら高温に沸き立ち、濁りのない黒目を白濁に変えて。

口から昇る絶叫は聞きなれた自分の声なのに、自覚のない意識は徐々に乖離する。

焼け焦げたマスクでは呼吸も出来ないというのに無様に泣き喚き、のたうち回りながら胸を掻き毟り息絶えていく。

 

乖離する意識の端で最後に視界に収めた紅の映像が結び付けた姿は、唯一造った我が子の姿。

 

焔によく似た朱色のスーツが良く似合う。

万物を引き付ける声に見合う所作と相応しい言動をと唸りながら学んで選び、定めた姿(設定)

我が子に似合うデザインをと、散々悩んだ眼鏡の奥に隠した煌めく瞳を見たかった。

防具も神話級(ゴッズ)一着しか用意できていないのに。

お前の為に合うデザインの礼服や普段着を揃えてやりたかったのに。

道具だって必要だ。共に作ることを夢想して、俺と同じ趣味をと設定したのに道具がないとか、お話にもならない。

 

殺意と、憤りと、怨みと、口惜しさ。

哀しみと、申し訳なさと、寂しさと、虚しさ。

幾多の感情は焔と共に焼き尽くされて無に返ってゆく。

 

積もり積もって積み重なった想いは報われず、全ての結果は上流階級(アーコロジー)の思いのまま。

無力な彼の心が今際に思い懐かしむのはひとつしかなく、故に願う。

 

 

『還りたい。』

 

 

 

そうして僅かな酸素と食料を奪い合う上流階級(アーコロジー)同士の数多の戦場の片隅で、ひとつの生命が消え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堕ちた。

 

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