山羊と羊の輪舞 作:山羊厨
跪き涙を流すデミウルゴスに、自分が創った通りの見た目をしているが性格はこんなだったろうかと内心で首を傾げる。
何故微笑まない?
笑顔で追い詰め、嗤いながら弄ぶのが悪魔の本分だろう。
種族関係から考えても俺は虐げられる側。
デミウルゴスは強者として俺で遊ぶ権利がある・・・はず、なんだがなぁ・・・。
「も、申し訳ございません!」
すがり付かれた左手が段々冷たくなっていくのに構わず、こっそりと溜め息をつけば即気付かれた。
無様な姿を見せたと青ざめて詫びるデミウルゴスを宥めてクッションへと身を沈める。
初めて目にする自然を堪能するあまり随分と長居をしてしまったらしい。
天幕を出たときよりも身体がずっと重く感じる。
「デミウルゴス様、寝台を大天幕へ移動致しマス」
「それは私が。事情の説明を」
「はっ」
「ウルベルト様、失礼致します」
いちいち許可とる必要もないんだが、と思いつつも承諾しないと何一つ始まらないのは既に経験済み。
頷けば
足元から僅かに浮き上がらせようと思うとゲーム内でも繊細なコントロールが必要だったが、流石は俺のデミウルゴスだ、そつなくこなす。
緩やかに大天幕へ向かって進む寝台の上は仄かな日の光が暖かく、流れてくる風は気持ちよく眠気を誘う。
プルチネッラがデミウルゴスに敬意を説明しながら進む間に微睡めば、今朝からの出来事を思い出す。
身体の大部分が人として、まあ、見られるように整い始めた。
見た目はまだまだ悪いが皮膚は皮膚として寒暖の差や風を感じることが出来るようになったし、四肢の内で左腕だけだが動くようにもなった。
かなりの日数が必要だったが指先まできちんと動く。
魔法という現象が凄いのか、拷問の悪魔達の執念が凄まじいのか判断出来ないが、二度とまともに動くとは思っていなかったから感動もひとしお。
大喜びで礼を言ったら、その場に居た全員に号泣された。なんでだ。
こいつらは本当に喜怒哀楽が激しい。そんなんで悪魔をやっていけるのか、人間騙せるのか心底不安になる。
お前らの本分だというのに大丈夫なのか?
補助があればベッドから身を起こすことも出来るようになり、俺が寝かされているベッドが結構広いことも、ベッドが置いてある部屋もかなり広いことを知った。
やっぱ上を眺めるだけじゃ分からない、聞くのと見るのとじゃ大違いなのを改めて知る。
そうして聞いた、この世界のこと。
ギルドのこと、モモンガさんのこと、こいつらのこと。
理解の範疇を越えすぎていて頭から煙が出そうになるが、プルチネッラがナザリックへ連絡しようとするのを止めて考えた。
今の俺の状態は絶対モモンガさんの負担になる。
今だってこいつらの負担以外の何者でもない、これ以上迷惑はかけたくない。
ただでさえプルチネッラや拷問の悪魔を勝手に借りているようなものなのだから。
身体を治してくれるのは非常にありがたい。
身体が動くようになって介助も必要なくなれば、今後のことも考えられるようになる。
今はコイツら頼り、如何ともしがたいが仕方ない。好意を向けてくれることに甘えてしまうが頼もうと今日まで来た。
ようやく余裕が持てるようになり天幕の外が気になる。
ここはユグドラシルじゃないという。
天幕の中は全て毛足の長い高級感のある絨毯が敷かれ、あちこちに配置してある美術品かと見間違うほど芸術性の高い家具の数々。
「御方が住まうにわ、相応しくありませんが」
と言っていたがはっきりいって分不相応だ。主に俺の価値が下的な意味で。
十分過ぎると礼を言えば慌てられ恐縮される毎日に慣れる日が来るのか甚だ不安だが、やっと自力で動けるまでになったのだからと身を起こせば気になるのは天幕の外。
一体どんな風景が広がっているのかが気になった。
初日。
プルチネッラに言い募って寝台を天幕の外へと出してもらうことに成功する。
目の前に広がる数々の天幕と緑の絨毯。
影の悪魔達が何故か念入りに天蓋の布を抑えているのが気になったが些細なこと。抜けるような蒼い色と白磁の雲が広がる空に言葉すら出なかった。
空気をマスク無しで吸い込んでも咳き込まない。
目が痛くもならず涙も出ない。
肌を刺す刺激も無く、ぬめるような感覚も張り付く感覚も、何もない。
緑の絨毯の縁に水の光が煌めき、そよ風に揺られて露を落とす様。
数メートル先だというのにはっきりと形を見せる自然。
天幕の遥か向こうには山脈、というやつだろうか?
滲む緑の山々が目に優しくて、突然目の前をふわりと通り過ぎる色彩鮮やかな生き物に度肝を抜かれる。
「あれは、何だ?」
「蝶で御座います。捕らえますか?」
「いや…、いい」
さも当たり前のように答える影の悪魔にも驚きながら首を振る。
蝶。
どんな生き物だろうか?
ブルー・プラネットに聞けば事細かに教えてくれるだろうか…。
いや、こんな光景見たら、狂喜乱舞のまま走り出して全く帰ってこないかもしれない。
何もかもが新鮮で、何もかもが驚くことばかり。
そして、この稀な環境に順応しているNPCに驚く。
ナザリック地下大墳墓には第六階層があった、あそこは大自然をテーマとする自然愛好家達の自慢の階層だ。
だが所詮は資料を集めた作り物なのに、自然があることが当たり前であるかのようにNPC達は認識しているようだ。
俺達ギルドメンバーは自然が自然としてあること自体が奇跡のような感覚だというのに、当たり前と捉えているとは。
そうして深く考えすぎて疲れたと判断されてしまい、初日は終了した。
二日目。
今日は天幕群の先へ行きたいと駄々を捏ね、太陽のまぶしさに目を細めながら進んだ先にあった柵。
そしてその中を惰性のように行き来する裸の生き物を見た。
あれは何かとプルチネッラに尋ねれば
羊か。それは確かに家畜の種類だが、柵の中を歩く姿はどう見ても俺と同じものにしか見えない。
あれはあっち側で、俺はこっち側、その違いは一体何なんだ?
「至高の御方わ、何者にも代えがたき御方なのです」
「…いや、でもな?どう見てもあれは俺と大差ない
「御方であることに違いわないのです!!」
…そ、そうか」
あまりの剣幕に最後は押し敗けたが、どうにも納得がいかない出来事だった。
そして今日。
柵の方向ではない方へ行きたいと告げて渡された黒山羊のローブ。
縁を彩る宝玉の数々はユグドラシルで採れる多少の耐性を秘めた石。
ユグドラシル産は高価なのだと聞いて理解していたから断ったものの、「御方の為に仕立てましたゆえ、使っていただけぬのであれば廃棄わ免れません」などと言われてしまえば使わないわけにはいかない。
羽織ったローブは補助魔法がかかっているのか、風による体感温度の違いはなくなり快適。
俺自身が関わらないことであれば魔法は正常に作用するらしい、なんとも不思議なことだ。
俺という不純物が混ざった瞬間、効果が格段に落ちてしまう。
悪魔達がひどく嘆いていたのを夢現で聞いていた、俺が聞いていたとは思わないだろうが。
そうして出掛けた大森林で動物の赤子が居たら生きて捕まえてこいと指示を出す。
とても柔らかくて温かくて可愛いのだと小動物を飼っていたギルメンが力説していたのを思い出したからだ。
影の悪魔達が幾度も行き来しながら張り切って捕まえて来た数々の動物の赤子を見せてくれるが、手を伸ばしても爪が御身を傷つけるからとなかなか触らせてくれない。
そんな中で差し出された耳の長い小さな生き物。
これは見たことがある。
そうか、これが兎という生き物か。
そうして小動物に癒されていた矢先に現れたのがデミウルゴスだ。俺の創ったNPC、理想の悪魔である。
俺が設定した通りであれば死にかけの不審な人間が一人、己の管理領域を無断で占拠しているのだから憤慨ものだろう。
めくるめく拷問の始まりかと遠い目になったが、そんなことはないらしい。
泣かれ、腕を握りしめられ、戻ったことを喜ばれるとは思わなかった。
だから、俺は今山羊頭の悪魔じゃないのに何故分かるんだ。
ペロロンチーノに押し付けられて渋々プレイしたエロゲに居た病んでるキャラクターとNPCが被っている気がしてならず、密かに戦慄しているうちにデミウルゴスによるプルチネッラ達に更に輪をかけたような手厚い看護が始まった。
どうしてこうなったのか。
寝ても覚めても傍らから自作の悪魔が離れない。
痛みを訴えるまえ、僅かに眉をしかめただけで察して宝石の眼が麻痺をかけてくる。
昼夜を問わず間近に侍って給水やら給餌やら、やたらと甲斐甲斐しく世話を焼く。
いつのまにか三魔将やニューロストが居て、目が覚めるたびに身体の何処かが治っている。
明らかに上がった治療速度、増えた人員、離れない階層守護者。プルチネッラによれば忙しい筈なのに。
「デミウルゴス」
「はい、ウルベルト様」
「仕事があるんじゃないのか」
「御心配には及びません。アインズ様より休暇を頂いておりますので」
静かな笑顔を浮かべる自作の悪魔に眉を潜める。
千切れんばかりに銀のプレートで包まれた尾を振る彼の周りで三魔将が雑用をこなし、少し離れた場所では軟体の悪魔が拷問の悪魔と共に治療計画を話し合う。
道化師は鼻唄を歌いながら力作らしい置物を設置し、素晴らしい音楽を奏でるのです。是非御方に!と胸を張る姿を見て眩暈を覚えた。
今は「近頃元気がありません、治癒わ足りているのですが」などと言いながら埃を払っている。何やら満足のいく成果があったらしく、自室に飾ることが決定したようだ。
騒がしい天幕の中、いくらなんでもこの数のNPCが大墳墓の外に出ていることがおかしいのだ。
「モモンガさんに言ったな?」
ボソリと呟いた言葉は耳の良い悪魔達にはしっかりと聞こえたようで、全員が身動きを止めた。
プルチネッラに目を向ければ申し訳なさそうに跪いて頭を垂れるし、ニューロストも三魔将も同様に膝をつく。
彼の世話を嬉々として焼いていたデミウルゴスも居住まいを正し、頭を垂れた。
「アインズ様におかれましては、ウルベルト様の身を大変心配されております」
「・・・」
「ナザリックへの一刻も早い御戻りを御望みでいらっしゃいます。どうか、ウルベルト様」
我ら僕も同じく、一刻も早い御帰還を望んでおりますと深々と頭を下げるデミウルゴスに応じるように悪魔達も頭を下げる。
そこまでしてもらう必要など全くないんだが、と思いながらモモンガが遠見の鏡でこちらを見ているのだろうと察した。
「ナザリックであれば即治癒に必要なアイテムも人員も豊富に揃っております。この地ではいささか距離がありますので万全とは言いがたく・・・」
皆まで言わなくても理解はしているつもりだ。
物資を運ぶためにもスクロールが必要、護衛にも手を割かなくてはならない。
ナザリックに戻れば全てが揃っていて、俺が人間種でも戻ることに表だって反対するものはいないということなのだろう。
ただ俺がモモンガさんに知られたくないと呟いたから聞いた悪魔達が伝え、配慮してくれているわけだ。モモンガさんが。
「モモンガさんに迷惑になるから嫌だったのに、モモンガさんに気遣われていたら本末転倒だよなぁ・・・」
「ウルベルト様・・・」
恐る恐る顔色を伺う自作の悪魔の表情は多分に怯えを含んだ子供のようで憐れみを誘う。
こいつは悪魔で、俺は人間。
力関係は明らかなのだから懇願や嘆願などする必要などない。
レベル差は圧倒的なのだから捕らえて連れて行けば事足りるというのに膝を付き、頭を下げて許可を得ようとする。
得なければ動けないと言わんばかり、少なくともこの牧場内でデミウルゴスに敵う生き物など俺を含めて存在しないのに。
自作の悪魔から視線を外し、天幕の隅に飾られている両脚羊の置物を眺める。
両手足を切り取られ、精密な彫り物を施された薄い板の中に二の腕から先と腰から下を埋められて存在している。
そう、本来ならあれが人間種の正しい楽しみ方だろう。
飾られた初日は痛みを訴え、呻き、嘆き、舌のない口から怨嗟の声を上げて此方を睨み付けてきていた。
拷問の悪魔の姿を視界に入れては助けと癒しを求めていたが、今は両の目蓋を糸で縫い合わせられて見ることも出来ない。
道化師の言葉を用いるのなら「物としての分を弁える為の処置」だそうだが、正しく悪魔の所業だろう。
死にかければ大治癒を施して存えさせ、苦痛と怨嗟を長引かせる。
同様の存在として俺も同じ状態になってもおかしくないのに、同じように大治癒を施されて炭と変わりない身体を蘇らせてゆく。
そんな姿を身動き一つ自由に出来ず、苦痛に苛なまれながら眺め続けるのだから睨まれて当然、俺に対する殺意を向けて当然だと俺は思うが悪魔達にはそうじゃない。
「ウルベルト様、御気分を害されましたか…?」
震える声でかけられた問いに緩やかに首を振りつつ小さな溜め息をこぼす。
ここまで配慮されている身でありながら拒否し続けるのは只の我儘だ。
今の俺の身は間違いなく庇護される側で、庇護してくれているのは悪魔達、ひいてはモモンガさんだ。
モモンガさんがこうして俺を気にしてくれているからこそ治療も続けてくれているのであって、俺一人なら確実に野垂れ死んでいただろう。
礼も言いたいし、戻ってこられなかったことを謝りたい。
「戻ろうか、ナザリックに」
「「「畏まりました」」」
ぽつりと呟いた囁きは彼を伺っていた全ての悪魔の耳に届き、大天幕中が歓喜に包まれる。
呟きを皮切りに即時帰還の準備が即座に整えられた。
もともと牧場にはナザリックに絶対に必要な物は置かれていない。
ただ
ナザリックへの帰還に必要なのは御身のみ。
御身に相応しい品は全て第九階層に揃っている。
帰還時の人員の確認、牧場へ残る者の指示と確認を簡単に済ませ、三魔将やニューロニストがウルベルトの治療に必要な道具を抱えて終了である。かかった時間は四半刻もあっただろうか。
早い、早すぎる。
もう少し時間がかかるだろうと構えていて全く心の準備が出来ていないウルベルトの焦りを他所に、背後に配下を従えたデミウルゴスが恭しく寝台上の彼へと傅く。
「お待たせ致しました、ウルベルト様」
満面の笑みを湛えて頭を下げたデミウルゴスの右側にある空間に黒い染みが一つ浮かぶ。
その染みはみるみるうちに拡がって大柄な三魔将も楽々と入ることが出来るほどになった。
魔法詠唱者自身が異形種であれば人間種より大柄なのは当たり前、当然異形種が使う
山羊頭の悪魔であった頃には気づかなかったが、今のウルベルトからすれば大門と称した方が良いほどに大きい。
「それでは失礼致します」
「いや、失礼いたしますじゃない。自分で歩く」
「ですが・・・」
「遅いのは分かっているが自分で歩きたいんだ」
「はっ、畏まりました」
嬉々として寄ってきたデミウルゴスに抱き上げられて戻るのはみっともないと速攻で断り、ウルベルトは寝台の端に寄る。
デミウルゴスに見つかって以降、即刻やって来たニューロスト以下第五階層の拷問の悪魔がフルタイムで治療に当たり、マーレなどのドルイド系魔法詠唱者が薬草をエンドレスで育て上げ、アウラ等狩人、または薬師系職業取得者が日夜採取を行い、薬を作り続けて先日無事五体の治療が完了したのだ。
あとは崩れたり溶けたりと醜い皮膚を整えながら、筋力を取り戻すための訓練を行えば通常通り歩けるとのニューロストの言葉通り、まだまだ介助が必要だが歩くことができるようになっていた。
先に三魔将がウルベルトへ向かって頭を下げ、メイドに先触れを行うために門の中へと消えて行く。
それを見送りながらデミウルゴスが差し出した手を掴んで立ち上がり、奈落の底へ繋がっているかのような印象を与える
これが繋がっているのは一体どのあたりかと考えながら。
表層にある霊廟か。
第九階層の回廊か。
円卓の間か、それとも玉座の間か。
出る場所が何処であろうと待っている相手だけは変わらない。
一歩一歩、動きづらい足で毛足の長い絨毯を踏みしめて進んで行く。
辿り着いた闇の門へと自作の悪魔と共に身を沈めれば、眼前に広がるのは豪華絢爛たる回廊ではなく見慣れた自室の