山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第12話


叡智の結晶が静謐な空間に集められ、重ねられ、選り分けられ、積み上げられる。

ここは神の居城。

魔法の神髄を知る方が住まう無二の城だと、フールーダは心の底から込み上げる感動に打ち震える。

 

己が知りうる限りの知識を差し出し、自国を裏切ってまで欲した叡智が、魔法の深淵が詰まった神の居城の大図書館。存在を聞いた時から訪れることを願ったが、大した功績も立てていない身で願えば評価を下げることになりかねない。

必死で欲を制し、知りうる限りの知識を纏め、手に入るだけの文献を揃えて献上し、恐る恐る願って得た許可。望外の悦びに倒れかけたのも記憶に新しい。

 

司書長の教えによれば膨大な書物は全て御方と呼ばれる方々が集められ、揃えられた品。今は姿を隠された御方々が外部より持ち帰られた叡智の数々であり、持ち出しが許されるものではない。師より与えられた死者の書を読み解くべく、与えられた仕事をこなしながら日夜通い詰め解読に勤しむが、未だ大部分が読めないまま。だが、これまでと違い知識を得る術を与えられている。目指すべき頂を示していただいているのだ。

 

これまで無為に過ごしていた時間より遥かに有益。たった一文字の解読に数冊の本やこれまで培った知識が必要になる有意義としか言えない時間と空間にフールーダは日々感謝を捧げている。

 

大図書館までの長い道のりを歩み、入室の許可を受けて佇めば目の前で大きな扉が開いてゆく。

荘厳な空間と静けさが彼を迎え入れ、芳しい紙の香りが漂う正面広間で彼は首を傾げた。

 

広間のカウンターで傷みかけた本の修復や未整理の書物を丁寧に確認している司書達がいない。

カウンターの奥に位置する司書長の部屋にも気配がない。常ならば部屋で巻物を作っている様子が伺えていたのに、魔法の光の一つも漏れていないのはフールーダが大図書館を訪れるようになって初めてのこと。

このまま声もかけずに入室して良いものかどうか、非常に悩む。

 

周囲を確認しても人影?はなく、書物がギッシリと詰まった棚が左右どちらにも整然と並び、上を見上げれば更に伸びる棚。飛行(フライ)を使わなくては取れない書物も多数存在するのだが、管理する司書が浮かんでいる様子もない。

解読に必要な本の在り処は分かっているため問題はないが、一声かけねば礼を失すると思われる。

顎髭をひと撫でしながらフールーダは司書を探して歩き出した。

通り過ぎる書棚の壁面に飾り付けられた紋章を確認しながら進んで行く。

 

一種類の紋章が飾り付けられた書棚は、一人の御方によって集められた書物だと初めて大図書館を利用する際に説明を受けた。御方一人一人が象徴たる紋章を持ち、その紋章が刻んである書棚が紋章の御方の所有物。

もともと書物を好む御方がおり、また御方々が互いに貸し借りをする際に待ち合わせる手間を省くために大図書館が造られた。

 

御方々が持ち寄られた書物は多岐にわたり、物語から神話、魔道書から料理本に至るまで様々。

代償となる品々を捧げ、怪物を召喚することも可能な書物も多々あり、司書長の管理の下、厳重に保管されているという。

是非見せていただけないか頼んでみたが、御方の許可があっても捧げる品が用意できねば無用の長物だと諭された。機会があれば再度お願いしたいものだと思いつつ、幾つもの書棚を通り過ぎる。

 

すると書棚の間から光が漏れている場所があることに気が付いた。

 

大図書館(アッシュールバニパル)は基本的に薄暗くなっている。

至高の御方々が残された大切な書物が傷むのを抑えるためだ。

司書達が傷んだものから修復を行っているが数が膨大なうえ、幾度も修復が可能なわけではないから出来るだけ傷まないようにと配慮されているのをフールーダは知っていた。

 

だというのに周囲を明るく照らす光源が大図書館(アッシュールバニパル)内にあるとは。司書が作業の為に照らしたのかと思えど、即座に首を振る。それはない、司書達は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)以上、闇視(ダーク・ヴィジョン)が使えるのだから必要ない。

では一体何があるのか。

司書がいないのであれば注意を促したほうが良いかもしれぬと光が漏れる書棚の奥へと進んでゆけば書棚は不意に途切れ、広い空間が姿を現した。

 

こんな場所があっただろうか?幾度も通ったがフールーダは全く気付かなかった空間だ。

自分が歩いて来られる場所なのだから遠くない。師の本を読み込むために幾度も書棚を行き来したが、こんな場所は存在していなかったはず。

 

周りを見れば10列以上もの大きな書棚が全て周囲に寄せられている。

この空間は必要があって作られたのだと知り、驚愕しながらも眩い明りが満たす空間に足を踏み入れようと一歩踏み出したところで、フールーダの目の前を闇が遮り立ち止まる。

見上げればフールーダも初めて見るモンスターが、そこに居た。黒い蜘蛛似た八肢を持つ強力なモンスターが光る瞳を彼に向けていたのだ。

 

「此処は御方が憩われる場所。去れ」

 

ぽつりと告げられた言葉の意味は理解できた。

だが身体が動かず、必死で頷くが去ろうとしないことに害意があると判断されたのか蜘蛛型のモンスターがゆらり、と揺れかけ死を覚悟し。

 

「何をしている?」

 

何の緊張感もなくかけられた声に殺気が霧散する。

腰が抜けたフールーダは、蜘蛛型モンスターが傅いた先にいる存在にようやく気が付いた。

 

開いた本を片手に持ち、周囲に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)どころか死の支配者(オーバーロード)すら侍らせて手が届かない位置にある本を取らせている人間の男に。

相手もフールーダに気が付いたらしく目を丸くしている。

 

「ドッペルゲンガー?いや、人造人間(ホムンクルス)か?どっちにしても珍しいな」

 

こちらを認めてすぐ傍にいる死の支配者(オーバーロード)へ手に持っていた本を預けて気軽に近寄ってくる姿に、八肢の蜘蛛型モンスターの方が慌てだした。

迂闊に近寄っては危険だと慌てて側へ寄り、男の歩みを止めようと脚をバタつかせているが男は意に介さない。

お前達がいるんだから大丈夫だろうと近寄ろうとするが、それを死の支配者(オーバーロード)が止める。自分達は何があろうと護り切る所存だが、護られる御方自身が寄られては護りたくとも護れない。

御方の興味は人間に移ったが、興味対象の正体が分かれば御方の興味が薄れるかもしれないと司書長は考える。

 

「御方様。彼はフールーダ・パラダイン。現地で強者に分類される魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、人間(ヒューマン)種です」

「へぇ。現地の魔法詠唱者(マジックキャスター)か」

「は…」

 

人間の男に対して恭しく説明を行う司書長に面食らう。

もともと司書長たる彼は人間である自分にも丁寧な物腰をしていたが、これほど恭しくはなかった。

男はこちらを見て何やら納得したように頷くと背を向けて光の元へと歩き出す。

 

「ちょうど良かった、現地の魔法詠唱者(マジックキャスター)の話を聞いてみたかったんだ。こっち座ってくれ」

 

ちらりと視線を向けられて自分に命じているのだと分かって狼狽するが、彼に拒否権はない。

モンスターだけでなく司書達の視線までもが己に集まったのを感じ、身の危険を覚える。

 

「こんな時間に大図書館(アッシュールバニパル)に来るんだ、時間あるんだろ?」

 

と軽々しく宣う男がフールーダを促すから、震える身体を叱咤しながら立ち上がり後ろに続けば、書棚が除けられた空間の中央には美しい造形を持つ寝椅子と机。側にはワゴンが控えられ、給仕の為に控える複数のメイドの姿も見られる。

頭上に灯る小型の太陽のような永続光(コンティニュアル・ライト)が寝椅子に凭れる主の手元を照らすように配置され、椅子周辺の床に乱雑に積み上げられた書物の数々に目を剥く。

叡智が詰まったこの世に一冊しかないであろう書物だというのに、まるで大した価値がなく捨て置くかのように扱うなど。

 

「な、なんということを…」

 

慌てて駆け寄り拾い上げるが、その隣にもページが広げられたまま無造作に捨て置かれたらしき書物。

気づいた瞬間には拾いに向かい、拾い上げて安堵しながら視線を上げれば、その先にも無造作に落ちている書物に絶句する。

どれもこれも見たことのない文字列をしていて、フールーダが把握できていない品々だと理解し、フツフツと怒りが腹に溜まる。

 

それも取り上げよう書物に伸ばした彼の手を遮る小さな手。

眉を顰めて視線を上げれば、魔道王様の居室でもあったことのあるメイドが怒りの表情を浮かべていた。

 

「フールーダ様、御方の許しなく書物に手を触れるなど不敬です。即刻元へお戻しください」

「し、しかしメイド殿。これらの書物は大変貴重な…」

「御方の許しなく御方の品へ触れることはなりません」

 

普段の控えめながら楚々と、しかし確実な働きをする素晴らしいメイドと評価している女性にきつく言い含められて後ずさる。

 

「お戻しください!」

 

メイドは更に一歩踏み出し、彼が書物を拾い上げた床へと華奢な指を突き付ける。

彼女のあまりの剣幕にタジタジとなるフールーダを助けるのは、この場には一人しかいない。

 

「まぁ、俺が片付けなかったのが悪かった。そう怒るな」

「そんな、御方様に非などございません!」

「片付けておけば怒ることもなかったんだし、今回は俺に免じて許してやってくれ」

「御方様がそうおっしゃるのならば」

 

軽く謝る男に心底恐縮してメイドが深々と腰を折るが、悪いのは散らかした自分だと取り合わず。

男は司書達へ床に散らかした本の片付けを頼めば、集った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は「畏まりました」と声をそろえ、あっという間にフールーダが取り上げた本と散らばった本を持ち去ってゆく。

 

それを残念そうに見送るメイドに気づいた男が机に伏せてあった本を手に取り、片付けてくれるよう手渡すと表情を輝かせて直ぐ戻りますと一礼して去ってゆく。

残されたのは男と司書長と死の支配者(オーバーロード)とフールーダだけだ。

 

「さて、と。座れる場所がここしかなくてな、悪いが隣に…」

「お待ちください。私が御用意致します」

 

一つしかない寝椅子に座って隣を指さす男の言葉を司書長が遮り、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)を唱えて新たな椅子を創り出し、目の前で行使された自分が使える最高位階以上の魔法にフールーダは目を輝かせる。

その様子をみた男が喉の奥で笑う声を聞いて我に返り、居住まいを正す彼を尻目に男は司書長を労い、フールーダへと椅子を勧める。そうして男は質問を始めた。

 

初めて使った魔法は何かから始まり、どんな魔法が扱えるのかを尋ね、扱う感覚はどんなものなのかを聴く。

ありとあらゆることが知りたいと言わんばかりに溢れる質問の嵐に面食らいながら答えるが、時間が経つにつれて段々と答えられない質問が増えてきた。

 

戻ってきたメイドの給仕により喉を潤し、更に質問は続いてゆく。

その好奇心溢れる様子を見てメイドは笑みを深め、男が座る寝椅子の側に佇む司書長の纏う雰囲気は柔らかくなってゆく。

その変化に困惑しながらフールーダは矢継ぎ早に繰り出される質問に己の経験を交えながら答えてゆく。

不明であれば分からないと答えても、男は気分を害すことがないのが救いと言うべきか。

 

新たな魔法はどう習得するのか。

そもそも習得魔法を選ぶことができるのか。

未習得の魔法を羊皮紙などの形で購入し、習得することは可能か。

 

練度によって習得が阻まれていた壁がなくなった時、それが例えば戦闘中でも壁がなくなったことを理解することができるのか。

その場合でも瞬時に習得可能かなどなど、やたらと実用性を求めていてフールーダ自身経験がなく答えられないことも出てくる。聞かれて初めて気付く場合もあるほどだ。

 

そもそも、この男は誰なのか。

人間の男であることは一目見て理解できる。

だがメイドはおろか司書長までが敬う人間が居ようとは。

 

男自身は非常に柔らかな雰囲気を纏う人間に見える。

 

最近は人間を雇うことも検討し、実際雇い入れている場所もあると伺っている。

そういう形で雇い入れた人間だろうかと考えたが、雇用人を彼等が敬う対象とするとは考えにくく、男が纏う衣装は破格の品。見ようによってはこの絢爛豪華な居城の主人である魔道王と変わらぬ衣装を身に纏っているのだ。

 

サラリと着こなしている上下揃いのシャツとスラックスは一見では大した品ではないように見えるが、布地の光沢が違う。身動きによって撚れることなく、またその動きを阻むこともなく、ごく自然に動く体の線にそって布が流れてゆくのだ。余程上等な糸を使わなければ、こうはなるまい。

また独特の光沢は魔法による補助がかかっていると思われ、喉が鳴る。

 

寝椅子に掛かっている黒い毛皮のローブにも一つに帝国の国家予算何年分にも匹敵するだろう何らかの魔法がかかっていると予想される宝玉が幾多も使われ、左手の薬指を除いた指全てに嵌る指輪の一つ一つの輝きは国家予算以上であり、かつはるかに超える。

幾つもの首飾りや腰回りを彩るベルト、それを彩る装飾の数々。

その全てが魔法の品だと理解してゆくにつれ、フールーダの額に脂汗が浮かび始めた。

 

何者なのかが酷く気になる。

ひょっとして自分は今、ドラゴンの舌の上に乗っているような状態なのかもしれぬと思い、段々と答える口調も重くなって。

 

「…どうした?」

 

機嫌良く質問を投げかけていた男に気づかれた。

持てる情報が少なすぎて分からないことは聞くのが良い。最も誤解を生まずに済む方法であり、目の前の男が容易く機嫌を害したりしないことは、これまでの会話で理解している。

質問し過ぎたかと頭を掻く男を前に意を決して尋ねることとした。あなたは何者かと。

 

男は目を瞬き、暫くして空中に視線を彷徨わせて悩みだした。

首を捻ってブツブツと呟きながら悩む姿を見守るメイドと司書長の視線が時折こちらへ刺すように向けられる。

明らかに敵意を込められていると感じられて聞かねば良かったかと後悔が押し寄せたとき、男の中で結論が出たようだ。こちらの質問に対して返す答えを告げる男の顔は妙にスッキリとしていたが、聞いたこちらは更に混乱を極める。

 

逆なら伝承で伝え聞いたことがあるが、男が言葉にした存在はこれまで聞いたことがない。

そもそも可能なのか?

その種族としての弱さを嘆き異形として成る存在は数多く聞くし、実際に存在しているがこの男は異端すぎる。

種として優れる異形が何故寄りにもよってと思わざるを得ない。それともからかっているのか?

 

「俺はウルベルト・アレイン・オードル。元異形種だな」

 

今は人間種だと笑うが、冗談にしても酷いものだ。

この男、冗談のセンスは皆無に等しい、とフールーダは密かに評価を付けた。

 

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