山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第14話

 

転移門(ゲート)をくぐり抜け、偽装を解いて回廊へと向かう。

今日は時間が急いてしまった、友の治療も終わっているだろう。眠る前までの時間はあまりないのだし急がなくては。

 

通常なら執務を行うところだが執務室に繋げた転移門(ゲート)から当然のように付き従うアルベドに大体の経緯は聞き、急く案件はないことを確認する。

 

「今日のウルベルトさんの予定は何だ」

「…ウルベルト様におかれましては、筋力トレーニングを兼ねて大図書館(アッシュールバニパル)まで(おもむ)かれたとのことでございます」

 

大図書館(アッシュールバニパル)まで?

遠かっただろうに随分頑張ったんだなぁ、ウルベルトさん。ひょっとしたら疲れて眠ってしまっているかもしれない。

 

「デミウルゴスは戻っているのか?」

「はい…本日の業務を終えまして、御方の元に侍っております」

「そうか」

 

ならデミウルゴスに伝言(メッセージ)で確認すればいいか、と早速伝言(メッセージ)を送れば早々に繋がる。

 

「私だ」

<これはこれは、アインズ様>

「ウルベルトさんの様子はどうだ?」

<ウルベルト様におかれましては、只今自室にて晩餐を召し上がられました>

「そうか。これからそちらに向かうと伝えて欲しい」

<承知致しました>

 

これで良し、と。

ウルベルトさん、今は人間種だから食事も睡眠も必須だからなぁ。一緒にご飯が食べられれば良かったんだけど、この身体じゃ無理だし。

 

還った頃には少ししか食べられなかった食事も段々と食べる量が増え、人造人間(ホムンクルス)の三分の一ほどを食べられるようになったと聞いている。副料理長も張り切って作っているのだろう、飯が美味過ぎるって呆然としていた顔を思い出して笑う。

 

不意に強烈な視線を背後から感じ、足を止めて振り返れば変わらぬ微笑みを湛えるアルベドと彼女の背後に控える下僕(シモベ)達。

周囲を見回しても首を傾げるメイドや何かあったのかと緊張を漂わせ始めた護衛がいるだけで、痛みを感じるほどの視線を向ける者はいない。

 

何だ?監視魔法か?

だが防衛網や探知魔法が発動した気配はない。

 

「…アルベド、今何か感じなかったか?」

「何でございましょう。私は何も感知致しませんでしたが…」

「そうか…」

 

うーん、アルベドが把握してないとなると気のせいかな?

アルベドが構築した防御網をくぐり抜けるのは至難の業だろうし、世界(ワールド)アイテムは玉座が弾くしなぁ…。

 

いささか腑に落ちないながらも納得し、先へと進めば見えてくるのは彼の私室。扉を守る蟲人が礼姿勢を取るのをやめさせれば、室内に来訪を伝える。

 

「ここまでで良い」

「ですが、アインズ様。御一人で来訪されるのはいささか不用心かと…」

「アルベド、何度も言っているだろう。友に会うだけなのだから必要ない」

「…畏まりました。繰り返す愚行をお赦し下さい」

「良い、お前の全てを赦そう」

 

大仰に頷いてゆっくりと開いていく扉へと向き直る。

私室を守る大扉に隣接する広間には既に友の姿があり、それを認めて笑う。デミウルゴスの伝言を受けて迎えに来てくれたようだ。

 

「お疲れ様です、モモンガさん」

「ウルベルトさんもお疲れ様です」

 

遊戯(ゲーム)時代と同じように笑って迎えてくれる友の姿に喜びを鎮静化されながら歩み寄り、下僕(シモベ)へ退室するように告げれば心得て下がってゆく。

友に侍るデミウルゴスも労えば恐縮したように礼を取り、己の創造主へと退室の言葉を述べる。それと同時にウルベルトさんの影からぞろぞろと這い出る影の悪魔(シャドウデーモン)

彼が戻って来てから、こうして部屋を訪れて下僕(シモベ)を退けることが恒例となっている。

 

やはり二人だけで気兼ねなく話をしたい。

互いの希望が合致した結果、円卓で守護者を交えた話し合いを延々と続けて勝ち得た権利。初めてウルベルトさんと二人だけで部屋に残れたことを確認した瞬間、喝采を叫んだものだ。

 

アルベドとデミウルゴスが身辺を案じて護衛として下僕(シモベ)の残留を推し、パンドラズ・アクターは賛同の意を示してくれたが他の守護者も二人だけで時を過ごすことに反対こそしなかったが、せめて自室前の回廊に護衛を配置することを強固に希望し、そちらを採用することでこうして今下僕(シモベ)を退室させることに成功している。

 

「御苦労だった」

 

そう述べればアルベドは嬉しそうに表情を緩め、黒い翼を羽ばたかせて傅く。片や

 

「また後でな」

 

と紡ぐウルベルトさんに嬉しそうに表情を緩めて傅くデミウルゴス。

最近表情豊かだなぁと感慨深く眺めているうちに重厚な扉が静かに閉じていった。

 

「…」

「…」

 

閉じた扉を二人して眺め、下僕(シモベ)が入って来ないかを確かめるのも最早日常。

 

「…もう居ません?」

「『生命感知(ディテクト・ライフ)』『発見探知(ディテクト・ロケート)』…居ませんね、大丈夫です」

 

室内から下僕(シモベ)が完全に出て行ったことを確認して太鼓判を押せば、はあああぁぁぁぁ…と大きな溜息をついて友が床にへたり込む。

 

これもいつも通り。まあ初日は本当に驚いたけど。何処か痛むのかと焦ってパンドラを呼びかけたほどだから。

精神的な疲れから解放されて脱力してるんだと説明された時には大笑いしたが、今日は更に疲れていたようだ。へたり込んだ挙句に絨毯にゴロリと横になってしまう。

 

「どうしました?大丈夫ですか」

「ほんと疲れた、今日は疲れきったよモモンガさん…」

「一体何があったんです?」

 

寝転がった友の側へとしゃがみこみ、経緯を聞く。

 

今日は大図書館(アッシュールバニパル)に行ったって聞きましたよ?

え、フールーダに会ったんですか?入り浸ってるとは聞いてましたけど…魔法、使えないんですか?それは残念でしたねぇ…。

動じてないように見える?

沈静化はしてないですよ?

まぁ、現実世界の姿なんでそうじゃないかなーとは思ってたんで。

ははっ、忠誠の儀を受けたんですか。それは疲れたでしょう、転がってもしょうがないです。

 

「笑い事じゃないんですけどー…」

 

こちらがあまり動じないのを見て拗ねたのか、絨毯をゴロゴロゴロと寝転がりながら扉へと進んでいく。

 

「そんなことしてると汚れますよ?」

「汚れませんよ、毎日メイド達が綺麗にしてくれてますから」

 

なんだここ、掃除まで完璧とか。砂どころか埃や色落ちすら見つからないって、現実(リアル)の俺の部屋の方がよっぽど…などとブツブツ言いながらも起き上がる彼に手を貸す。

 

「って事で、円形闘技場(コロッセウム)貸してください」

「いや、意味分からないんできちんと説明して下さい」

「魔法で遊びたい」

「より分からなくなりました」

 

社会人ギルドなんだから必須なのにと笑えば、友も笑いながら開いたままの扉を抜ける。

 

自分の部屋とは違い、基本的に彼の部屋の中にある扉は全て開け放たれている。彼が行きたい場所を塞がないようにとの配慮だ。

 

彼は自分で自身の部屋の扉を開けることができない。

時間をかけて全身を癒し、漸く自力で動き回ることができるようになって初めて発覚した現象。前例のない独自の現象に、彼自身が困惑していた。

人造人間(ホムンクルス)であるメイドが開くことが出来る扉を友は開けられない。彼女達が手を添えるだけで開くのだから筋力が足りないわけではない。

けれど力を込めて押しても叩いても微動だにしないのだ。まるで彼がそこに居ないかのように何の反応も示さない扉。

 

彼に開けられないのならメイドに開けさせれば良い、とメイドの数を増やして対処したが何をするにも手を借りなくてはならない状況は彼の精神的な負担になったようだ。

下僕(シモベ)の手を都度借りることを良しとせず、積極的に行動しなくなってしまったのだ。

 

このままでは衰えてしまい、病んでしまう。

御方が病に陥れば、治療するのは至難の技だとパンドラとニューロスト双方が結論を出した。

基本的に強者である怪物(モンスター)が闊歩する領域(フィールド)に生える薬草を採取して新たな薬剤を作るより、魔法力で癒すこの世界で魔法薬以外の薬学が発展するはずもなく、彼が難病を患えば待っているのは死しかない。

 

この世界では王族ですら手が届かない非常に高価な魔法薬が数えきれないほど宝物庫に眠っているというのに、友を癒す一助にもならないのだ。魔法が効きづらい体質とは、これほど厄介なのかと愕然とした。

 

もし、何かの拍子に彼が死んでしまったら?

無事に過ごしたとしても人間種には寿命がある。現実世界を鑑みれば、彼は長くてもあと20年程で寿命を迎えてしまう。

失う時を想像するだけで幾度も沈静化を繰り返す。

 

現実世界に甦りはない。

魔法薬すら効きづらいのに蘇生薬や同系統のアイテムが彼に効くとは思えない。

アンデッドとして甦らせようにも魔法を使用する時点で論外だ。効きづらい彼では失敗する確率の方が遥かに高く、崩れ去ってしまえば取り返しがつかない。

 

シャルティアによる吸血鬼化も考えたが、こちらも難しい。

特殊能力(スキル)による吸血鬼化という事象が彼に通じるのかが分からない。現にデミウルゴスの支配の呪言をほぼ無効化しているのだから効かない可能性の方が高いと見るべきだろう。

 

試すにしてもシャルティアの牙にかかる必要があり、頸動脈を牙で貫くことになるのだ。

摂取量を間違えれば出血多量で死に到り、牙から吸血鬼化するための分泌物が出ているのなら身体が拒否反応を示せばショック症状で死んでしまう。

万が一、億が一でも危険が伴うのであれば行わない。

 

ずっと望んでいた憩いの時間が、やっと戻って来たのだ。

不用意な行動で失うなど以ての外。友の身の安全は何より勝る。彼自身の為だけではなく、自分の為にもだ。

 

彼が戻って来てくれたことで自分が如何に以前と変わったのかを知り、それを自覚したが嘆くことはなかった。

 

アンデッドは執着を持って甦る。

特にアンデッドの魔法使い(マジックキャスター)系統は負のエネルギー、この世界では生前の執着心がそれにあたるのだろう。それが高じてアンデッドになる。フールーダなど、今死んだら確実に死者の魔法使い(リッチ)として甦るだろう。

そして骸骨魔術師(スケルトン・メイジ)を経て死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に至り、最終的に死の支配者(オーバーロード)を種族として選択した俺も、この世界に来た時点でそれが適用されている。

 

ゲームからこの世界に切り替わる寸前、俺が考えていたことは仲間達を懐かしみ、逢いたいと願い、居ないことを嘆いていた。

つまり。

俺の執着対象はギルドメンバー。

彼等に関わること全てに執着し、譲歩などあり得ない。

 

切り替わる前は彼らの事情を知り、納得して見送っておきながら帰還を待ち望んでいた。

けれど戻ることはないだろうと哀しみながら諦めてもいた。

 

だが世界が切り替わり、変質した俺には諦めるという選択肢自体がない。

死の支配者(オーバーロード)に寿命はなく、永劫とも言える時間を待ち続けるつもりだったが、もう待つ必要もない。

彼が彼のまま、同じ時を共に過ごし続けるにはどうすればよいのかを考え、その為に必要な方法を探せば良い。

 

見つけられずに彼が寿命を迎えてしまえば(しかばね)を抱えながら彼が甦る方法を探し、(しかばね)が朽ちてしまえば頭蓋を抱えながらアンデッドと成る方法を狂ったように探し回るのだろう。確信がある俺を俺自身が嘲笑う。

 

だって。

今の彼は、この部屋の扉を自力で開くことも出来ないんだ。

自室内の扉は全て開け放たれていても、回廊を繋ぐ扉は閉じたまま。

友が気まぐれに散歩をしようと思っても、その扉を開くことすら出来ない。出て行き(引退し)たくなっても、もう出ることも出来(去る手段すら)ないんだから。

その事実に悦びを覚える俺がいる。

 

「ってことで、円形闘技場(コロッセウム)貸してください」

「…えーっと、すみません。もう一度お願いできます?」

「今、説明したじゃないですか…」

「ちょっと考え事してて半分聞いてませんでした…」

「…骸骨って寝れました?睡眠無効じゃ?」

「半落ちじゃないですから。もう一度お願いします」

 

ちゃんと聞いててくださいよと怒る友に両掌の骨を合わせて謝る仕草をすれば、困った顔をしながら再度説明してくれる。頼まれると断り切れない仲間想いなところも以前のままで変わらない。

 

何かないか、何か。

彼を留める方法が。

 

魔法も効きづらく魔法薬も効果は薄い。

蘇生アイテムも彼には使えないが、転職アイテムならどうだろう?

まずは実験を行って、どのように変化するのかを確認するところから始めるか。

効率よく情報を収集するためには大規模な実験場が必要か。さて、どのあたりに建てるか相談しないと…。

 

ユグドラシルとは違うかもしれないが威力やエフェクトが見たいんだ!と力説する友を眺めて頷きながら考える。

 

友には魔法が効きづらい。

効かないというわけじゃないのが気になるところだ。

何かがあって効果が減少しているのか、それとも何かが制限しているのか。

これが解ければ、おそらく彼にも魔法が効く。そして使えるようにもなると思うのに。

 

けれど魔法が効きづらい代わりにユグドラシル時代のような職業や種族による制限も、彼にはない。

料理をしようと思えば出来るし、杖や剣も装備が可能で枠の上限もない。

魔法の効果を持つ装備品を幾つでも重ね付け出来るから、それが分かってから宝物庫をひっくり返して彼に効果のある装備品を山のように揃えた。

 

課金しなければ一つしか装備できない首飾りを何重にも巻くことも出来るし、腰のベルトに幾つも付けた鎖やチャームも全て状態異常を退けるアイテム。

指輪も耳飾りも服から靴に到るまで、全てが彼を介さずに効果を発揮する装備品で固めてある。

 

毒を退ける。

支配を跳ね返す。

混乱を無効にするなどなど。

耐性を上げるなどの効果を持つ物は効果がないことは検証で分かったが、装備品自体が効果を発揮する品なら問題なく機能する。

 

これで多少なりと友を守ることが出来る。

両手の指全てに指輪を嵌めた時には「重い、重すぎる…せめて二個くらいで」と言われてしまったけれど、護りは多ければ多いほど良い。

 

「ってことで!」

 

不意に聞こえた彼の声に我に返る。

しまった、また考え込んでいたらしい。

 

円形闘技場(コロッセウム)、貸してもらいますよ!」

「断定だった!!」

「これで三度目ですよ、当たり前でしょう」

 

円形闘技場(コロッセウム)利用券、一日分ゲット!と喜ぶ彼の姿に苦笑しながら同席する旨を伝えれば、快く承諾してくれる。

彼にしてみれば遊戯(ゲーム)現実(リアル)の差異を魔法で見てみたいという胸躍るイベントなのだろうが、俺にとってはあちら(・・・)こちら(・・・)の違いを確認して仲間を留める為の情報を蓄える為に必要なこと。むしろ自ら動かず友が準備してくれたのだ、感謝しかない。

 

「それで、それはいつ頃なんですか?」

「あー…実は都合がいい時に連絡してくれればいいって伝えてて…」

「…未定ってことですか?」

 

これは困った。

モモンとして赴いている時に連絡を受けた場合はどうしよう。

アインズとして執務中だった場合は、どうやって場を抜けようかと様々な場面と予測を組み立て始めた目の前で、友が困ったように眉を顰めるから。

 

「無理だったら参加しなくていいし」

「いや、大丈夫ですよ。俺も見たいですし」

「そうですか?無理なしで頼みますね?」

「勿論です」

 

大丈夫かどうかなど既に問題ではなく、どうとでも出来ることを友はまだ理解していない。

 

かつてユグドラシルで最強の一角を担っていた彼にとって、今この世界は己を超える強者ばかり。

ナザリック地下大墳墓(ギルドホーム)内では扉一つ開くことが出来ず、彼が最も得手としていた魔法ひとつ使用できず、村人ですら人造人間(ホムンクルス)を超えるレベルを宿している未知の世界。

 

レベル1にすら届かない彼が、レベルをカンストしている異形種(モンスター)に敬われる。

そして、その頂点に立つ(モモンガ)という異形種(プレイヤー)盟友()と執着されている時点で、通常の人間種に分け隔てなく降り注ぐ普通(当たり前の日常)という幸福の対象外となったことを。

 

 

 

 

貴方が知ることは生涯ないと誓おう。

友よ。

 

 

 

 

 

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