山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第15話

ナザリック地下大墳墓は文字通り地下にある為、陽の光は一切射すことはない。

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を装備している者であれば睡眠、食事、疲労が無効となるため一日中でも働くことが出来るが主要NPC以外に準備することはなく、一般的な侍従やメイドは装備していない。

しかし彼、彼女達はその忠誠心から24時間休憩なく働き続けることが出来るが他ならぬ至高の御方により止められ、泣く泣くローテーションを組んで食事、睡眠、休憩を挟んでいる。

私達にとって御方当番は至福の時間。その時間がもう一人の御方が戻られたことにより大幅に増えたのだ。

 

御方は現在御力はおろか御身体すら失っておられ、自身の身を護ることも出来ない状態でいらっしゃる。

ようやく御身体の状態が安定され、御自身の意思で動くことが出来るようになられた御方。その身の周りの御世話は全て私達下僕にお任せ下さったのだ!

 

「今日も頑張るわよっ」

「「「「おーうっ!」」」」

 

本日のウルベルト様当番のメイド達は起床と同時に身を清め、身支度を整えて食堂へと足を運ぶ。

取り放題となっている食事を次々とトレイにのせて席に着くとお腹がいっぱいになるまで詰め込み、(あらかじ)め決めてある集合場所へと集まった。

 

御方の起床は実に規則的でいらっしゃる。

動けるようになって直ぐに起床時間を決められ、その時間に永続光(コンティニュアル・ライト)を灯すよう指示をいただいている。その時刻の半刻まえに侍従と共に入室する。

 

そこらじゅうに見受けられる使用した後に頬を緩めて頷き合い、メイドと侍従が掃除と整頓の為に散ってゆく。

御方の部屋が使用前に乱れているなどということは許されない。いつ如何なる時でも御方が使用なされる前に、視界に入る直前には美しく整っていなくては。

御方に相応しく整えられる己が身に感じる充足感。ああ…私、今、御方の御役に立ってる…っ!

 

これまで毎日整えている御方々の居室は埃一つ積もることなく維持してきた。

それは我々御方々に仕える下僕としての最低限の仕事であり、決して職務を全うしているとは言えないものであった。

 

御方々がおわした頃は毎日が清掃と整頓と修復の連続。

それはそれは至福の日々だったけれど…今は遠い昔の話。

 

整えた部屋そのままに翌日を迎え、また埃を払い整えて次の日を迎える。

ただ、ただ、整えて。

埃を払い、整える日々。

 

位置を戻すことも絨毯にこびり付いた砂や泥、回廊のそこら中に落ちている羽や落ち葉を片付けることもなく、壁や床や家具に造られた細かな傷を修復することもない日々。

我等の存在意義として与えられた使命には遠く及ばない時間が延々と過ぎてゆく毎日だったのだ、これまでは。

 

幾人の侍従やメイドが涙をこぼしただろう。

掃除の途中で雫を落とし、慌ててそれを拭き取って、また同じ場所で雫を落とすのだ。

 

御方々が騒ぐ、賑やかな声に耳を澄ますこともない。

喧嘩を始められた御方々を嗜めているうちに興奮したのか、宥めていた御方自身が放つ魔法によって傷ついた壁を修復することもない。

回廊を進まれていた創造主が足を止めて注目され、至らぬ下僕(シモベ)を咎められるのかと畏まれば「…丈が変わってる?ペロロンさんか!」と即座に変化に気づいていただき、居室に招かれて正していただいたことも度々あった。

あの頃は全てが当たり前のようにあって、毎分毎秒が輝いていたのに。

 

御方々が去られ、ただ一人残ってくださった慈悲深き御方の嘆きは深く、円卓の間から姿を表すこともないまま時間だけが過ぎてゆくだけだった。けれど、もうそれを嘆くこともない。

 

世界を違えた今、慈悲深き御方は新たな世界を掌中に収める為に動き出し、我ら下僕を使ってくださる。

そして御方の元にウルベルト様がお戻りになり、我ら下僕を頼って下さるのだ…!

 

「シクスス、涎が垂れてるわよ?」

 

はっ!?

いけないいけない。御方の御部屋を汚してしまうところだったわ!

 

慌てて口元の涎をハンカチで拭い、礼を述べてから掃除を終えて生花を飾る。

 

配色、バランス、角度…左側からの見栄えが良くないかも?

もう少し…こう、こう…かな?

よし、完璧っ!

これなら御方の視界に入れて頂いても見苦しくないはず!

 

個人的に満足してひとつふたつ頷き、周囲を見渡せばメイド仲間が同じく己が飾った品を確認して満足気に頷いている。

本日のテーマは蒼、ウルベルト様に御満足頂ける出来であれば良いのだけれど。

 

御方を迎える準備を整えて御方の寝室近くにある執事室に入室すれば、既に下僕が集まっていた。

セバス様から放たれる強い視線に強張り、深く頭を垂れて遅れを詫びる。

 

「準備はいかがですか?」

「「「滞りなく」」」

 

室内は全て美しく整えられ、埃ひとつ存在しない。足元を彩る絨毯もその毛足の流れに乱れひとつない。

廊下を落ち着いた蒼を基調としたグラデーションを醸す花が咲きみだれ、白亜の壁に施された飾り彫りに汚れひとつなく純白を保っている。

 

「よろしいでしょう、では。」

 

全てを確認して執事長たるセバス様が頷き、御方の寝室の扉を静かに叩く。

その時刻は御方が指定した時刻、私達が入室してから既に半刻が過ぎていた。

 

起床された御方はむくり、と寝台から頭をあげられ分かったと言わんばかりに片手を上げて下さる。

それを確認して礼をとり、御方の朝食の準備に取り掛かる。

セバス様は御方の側へ本日の御当番メイド一人と共に残り、予定の確認とお召替えを手伝われるのだ。いいなぁぁぁ…。

 

やがてお召替えを終えられた御方がダイニングに姿を現され…あ、あのコーディネートは!

私がウルベルト様に似合うのではないかと密かに考えていた一揃いっ!

 

素敵、素敵です、ウルベルト様…。

やはりお似合いになられる…なんて眼福でしょう。

はっ、まさかウルベルト様は下僕の無言の要望を察してくださったのでは?

私がお召替えを手伝わせて頂いている時に気にしているのに気づいて下さり、私が当番の日に叶えて下さったのでは…!

 

なんとお優しい、流石は至高の御方。

アインズ様も常々下僕を気にかけて下さり、ウルベルト様は至らぬ下僕の無言の要望に応えて下さる。このシクスス、今後も御方々の為に尽くすことを誓います…っ!!

 

ダイニングへと足を運んでくださり、セバス様が引いた椅子に腰掛けられた御方。

侍従が用意した朝食は私達に比べればとても少ない。ゆっくり召し上がって下さるのに合わせて給仕を行うが、こんなに少なくて昼まで持つのかとても心配になる。

 

今朝食べてきたトレイ山盛り3枚分に比べれば微々たる量、これは昼食前後のティータイムにもキチンと召し上がって頂かなくては。

あっ、セバス様も心配なさっているのかデザートを勧められて…こ、断られた…。

デザートは別腹説は御方々には通じないというの?

三層にも重ねられクリームと季節の果物がふんだんに使用されたケーキなんて、わたしなら勧められればホールで食べられるわ…っ!?ま、まさか、まさか…!

 

「私達、食べ過ぎなんじゃ…」

 

雷のように閃いた言葉を思わず口に出してしまい、それを耳にした瞬間に仲間達も目を見開く。

カッ!!という音が聞こえてきそうな形相に次いで、なんてこった!と言わんばかりの表情を浮かべる。

幸い御方は紅茶で喉を潤しておられたため気づかれていないが、後程セバス様には叱られてしまいそう…くすん。

 

朝食を終えられ席を立たれる前にセバス様は御方に来客を告げ御方が頷き認められれば、ダイニングに通じる扉が控えめにノックされる。

開け放たれた御方の居室では不要と言える習慣だが、彼の方だけは頑なに守り、御方への無礼を働くことはない。それも当然か、己を創造なされた御身に礼を失するなど下僕の風下にも置けない(やから)だろう。

扉を静かに叩いた銀の尾を持つ守護者は、御方と視線が合えば即傅く。

 

「おはようございます、ウルベルト様」

「ああ、おはようデミウルゴス。出るのか?」

「はい。アインズ様より賜った役目を果たしに参る前に、御挨拶をと愚考致しました」

 

顔を綻ばせて御方を見上げる守護者様の嬉しそうな表情。ぶんぶんと振れる尾が彼の気持ちを表していて、見ていて微笑ましい。

 

だが微笑ましさも一転、御方の側へ立つセバス様を見た瞬間に能面を付けたかのように消え失せる。

御方へ深く頭を下げて礼を取り、(おもむろ)に立ち上がったかと思えば厳しい表情を向ける守護者。だが向けられた執事長は全く動じていないようだ。

 

「おはよう、セバス」

「おはようございます、デミウルゴス」

 

ごく自然に交わされた朝の挨拶が酷く不穏に聞こえるのは私だけだろうかと最小限の動きで周囲を見渡せば、仲間達も冷や汗を流しているようだ。

 

「我が創造主たるウルベルト様への朝食、きちんと配慮してくれたのだろうね?」

「当然でございます。ウルベルト様の体調は元より栄養面、精神面、体調まで全て考慮しておりますので心配には及びません」

「え」

「それは重畳。玉体を第一に考えて職務を全うしてくれるだろうと信じているとも」

 

おかしな発言はひとつもないのに互いに剣を突き付け合っている気がするのは何故なのかしら?

途中、おかしな声が聞こえた気がしたけれど…?

 

気忙しく銀の尾を揺らす守護者は口元のみに笑みを浮かべ、鋼の執事長は鉄壁の表情を綻ばせていた目元を再び引き締めて相対している。

その間で二人の様子をゆったりと眺めながら、一度は断ったデザートの皿を引き寄せてフォークを深く突き刺している御方。ザクザクと突き刺しながら何やら目が泳いでいるのは気のせいかしら?

 

「それではセバス、ウルベルト様は病み上がり。くれぐれもよろしくお願いしますよ?」

「畏まりました」

「私は夕刻前には戻りますので、それ以降は君は必要ありません。自分の時間を十分に取るとよいでしょう、君が気にかけている人間種の世話もあるだろうしね?」

「…お気遣い、ありがとうございます」

 

どんどんと重くなる空気の中でも変わらず食事を続け、優雅にナプキンで口元を拭う御方を視界に認め、給仕を再開する。

不穏な会話は御方に一礼することにより消え去り、名残惜し気に去る守護者の姿を見送り、御方も席を立たれた。御召し替えを促す執事長に常ならば必要ないと切って捨てる御方が珍しく応じ、執事長と担当メイドを連れて姿を消し。

 

去られたテーブルを片付けて幸せに浸る。

 

御方の役に立つこと。

御役に立てること。

自らが居なければ成り立たないことがあることの、何と幸せなことか。

 

これまで当たり前にあったことを失い。

そして喪失の日々を過ごして。

再び与えられる機会を得られたことに、感謝を。

 

決して、失望させぬ働きを誓います。

だから、お願いです。

ずっとずっと、御方々の御側に仕えさせて下さい。

それが我等の存在意義であり…幸せなのですから。

 

 

 

御方々が居られない居城を護る身の虚しさに、耐えられる者の姿が私には思い浮かべられない。

 

 

 

 

 

 

あの虚しく、哀しい日々が、もう二度と来ませんように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、メイド達が倒れるって報告が来てるんですけど」

「えっ、なんで?」

「それが食事量の低下が原因かと…」

「…人造人間(ホムンクルス)って、消耗が欠点じゃなかったですか?」

 

慌てて一般メイド相手に御方々が種別講習を行ったことは、余談である。

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