山羊と羊の輪舞 作:山羊厨
「なんであいつら、あんなに仲悪いんだろうなぁ・・・」
「貴方がそれを言いますか」
ウルベルトの何気ない呟きに思わず突っ込みを入れるモモンガは何も悪くない。
全ては自身の遊戯での行いを棚に上げつつ眉根に皺を作りながら昼食を頬張る彼が悪い。絶対悪い。
「だってさ、あいつら顔合わせるたびに剣呑な空気纏うんだよ」
「・・・ええ、そうでしょうね」
「そのうえ、すぐ嫌味を言い合うしさぁ」
「そうですね、いつものパターンですよね。よく知ってます」
「いつ喧嘩に発展するか、見てるこっちがヒヤヒヤするって言うか、胃が痛くなってくるし」
「それ、遊戯時代の俺の状態だって分かってて言ってませんか?ウルベルトさん」
珍しく昼食に同席できたモモンガに、これ幸いと下僕を下げて二人で囲むテーブル。
量こそ少ないが現在のナザリックで出せる最高の食材を、御方の希望によりシンプルに仕上げたメニューが並んでいる。
一般的なメニューを頼んだつもりでも至高の御方の口に入る料理。
見た目シンプル、素材最高級という金に糸目をつけぬアーコロジー上流階級が幾ら大枚をはたいても口に出来ない贅沢の極みとも言うべき品々を、食べる当人だけが知らないまま無造作に口に運んでいる。
モモンガは摂取する臓器自体がないので嗜好品にもならず、保温の魔法をかけたティーポットからカップに手ずから紅茶を注いで香りを堪能している最中。
その眼窩に浮かぶ緋色の光がジットリと責めるように自分を見ているのが分かり、ウルベルトはフォークに刺した瑞々しい野菜と絶妙な茹で加減の卵のサラダを口に押し込みながら・・・そっと目を逸らした。
「こ、この人、分かってて言ってる!」
「・・・いや、そんなことは・・・」
「絶対分かってますよね!ギルド時代の貴方とたっちさん、そのままじゃないですかっ」
ウルベルトだってちょっとは理解はしていたのだ、ただ感情がついていかないだけで。
治療中は意識がとぎれとぎれなためか気づかないまま過ごせたが、身体を治して意識を保てるようになれば嫌でも気づくし、モモンガから聞いていた被造物は創造主に似るという事象を嫌々ながらも認めざるをえない。
メイドに周囲を囲まれながらセバスとデミウルゴス、どちらか片方と過ごす時間は実に穏やかだ。
デミウルゴスは被造物だからか、常に俺を立て、俺に従い、何一つ不自由を感じさせることはない。
俺の意思を最優先に先を読み、ありとあらゆる段階を経て手段を準備し品を用意して、俺の希望に添う。
流石は俺が創った最高位悪魔というべきか。
人間種を堕落させる術に長けているというべきか。
俺の取る仕草一つ、表情一つを読み取って、意図を汲む。最近など眼差し一つで意図を読み取るほどで言葉すら必要じゃなくなりつつある有り様だ。
そこには、ただ創造主の役に立ち必要とされたいという想いが、濾過を重ねて純度を上げ、更に極めたと言っても表現しきれないほどの想いがあるのをヒシヒシと感じて、拒否が難しい。
返ってセバスは人間種としての全うな在り方を促す。
規則正しい生活と、至高の御方として相応しいあらゆる生物が是と認める姿勢を望み、促すのだ。
悔しいことに、それが自身の為になると理解するから否定が難しく、明らかに無駄だと思えること以外は受け入れざるを得ない。
そしてセバスはデミウルゴスほど干渉してこないため、正直に言えばある意味では楽なのだ・・・人として生きるのならば。
距離感。
これは俺にとって最も必要なもので、セバスは初日からこれを察したらしい。
流石は人の善性を信じるアイツの被造物というべきか。
職場以外に人との関係を持ってこなかった俺にとって四六時中気配がある中で過ごすというのは、ある意味苦痛だ。
それに早くから気づいたのはデミウルゴスではなくセバスで、私室においてそれとなく距離を置いてくれるのが有難かったりもする。
ただ・・・何か癪な気がするだけで。そう、ちょっと気に食わないだけで、俺にとっては悪いことじゃないのが腹立つだけで。
そんな、俺にとって必要な空間を作り出す二人が顔を合わせるたびに衝突するのだ。
モモンガさんの言をいただけば因果応報。
だが今は俺のレベルが段違いだから勘弁してほしい。100レベルVS1レベルとか、ハードルが高すぎる。
レベル100の纏う剣呑な空気というものが、あれほど周囲に圧力を発するものだとは思っていなかった。
ましてやワールドチャンピオンとワールドディザスターの言い合い、しかも双方いつドンパチやらかしてもおかしくない状態など、フレンドリーファイヤが無効であっても冷や汗ものだったろうと今なら分かる。分かりたくなかったが。
「ふっ、俺が悪かったと言えば満足なのか?モモンガさん」
暗い顔で悩んでいた俺が急に発した言葉に警戒をあらわに身構える骸骨。
表情豊かだなー。
いやリアクション豊かなのか?
「な、何を企んでいるんです?」
「はっ。モモンガさんは俺を過大評価し過ぎているようだ」
もっきゅと頬に肉の塊を押し込んでから嘲笑うように表情を歪めれば、怯えたようにティーカップを抱え込み周囲を探る骸骨。
どうやら俺は彼に対して随分と酷い扱いをしていたようだ。
こんなに怯えるなんて・・・心外だなぁ?
いやなに。俺は人として最低限必要とする礼儀を行おうとしているだけですよ?
そう。
最低限の、礼儀を・・・ね?
「いや、恰好つけるのは頬に貯めた肉を食べ終わってからにしてくれませんか?」
「うん、俺もそう思った。これ滅茶苦茶うまいな!」
頬に詰め込んだ肉の美味さ、台詞を発するより噛む方を優先してしまう。
くっそ、この世界は食事事情が良すぎるのが問題だよな!
これじゃ格好がつかないと急いで食べ終え、モモンガさんが注いでくれた紅茶を飲み干して、淹れるだけなら出来るんだけど茶葉を入れようとすると失敗するのは何故なんだろう?とティーポット片手に首を傾げる骸骨を眺めながら、ゆっくりと席を立つ。
午後からはモモンガさんは執務。
俺は今日もトレーニングがてら大図書館で本を漁ると告げれば、散歩がてら送るとの申し出。
その気遣いは嬉しいが下僕を回廊で待たせてあると説明すると、非常に残念がっていた。
また今度頼みますよ、モモンガさん。
初めは待たせるつもりなどなく、待たなくても自分で行けるとは言ったんだが、護衛もなく御方を一人で歩かせるなど…!とメイドが絶望の表情を浮かべたから諦めた。
あれは押し通したら自害云々になる流れだ、何度も経験してるから分かる。
そして止めさせるのに宥めたり説得したりと多大な労力を必要とする羽目になるんだ。
あれは辛い、けれど死なせたくないからやるしかない。なら初めから諦めた方が良いと言う結論に達した。
おかしいよな。
俺敬われてるんじゃないのか?
モモンガさんは少し押せば折れてくれると言っていたのに、俺が押せば自傷自害事件勃発寸前で俺が諦める羽目になるとか、どういうことだ…。
全く納得できない思いを抱えつつ、モモンガさんと共に部屋を出れば下僕達が恭しく頭を下げ、それに鷹揚に応えるモモンガさん。
実に様になっている。流石隠れて幾度も練習したのだと拳を握りしめて力説していただけのことはある。
その魔王具合、さっきまで部屋で怯えていた骸骨と同一人物とは思えない。なんて表裏が激しいんだ、本人も嘆いてたけど。
待機していた下僕の中に佇むアルベドを見つけ、軽く驚く。滅多に姿を見せないアルベドが回廊にいるとは珍しい。
いつも玉座の間にいた印象しかないが今は生きているから動いていて当たり前だが、ほとんど姿を見ない。
モモンガさんを送りに来る時以外は執務室か私室に入り浸っていると聞いているから、執務に携わらない俺と接点がないのは当然なんだが。
「どうした、アルベド。緊急の用件か?」
声をかけた方が良いのか悩んでいるうちにモモンガさんがアルベドに気づき声をかければ、満面の笑顔と共に彼へと礼をしてから話し始める。
普段接していないNPCに声をかけようにも、どうすればいいのか悩むもんだな。
転移したばかりの頃からNPC相手に指示を出していたモモンガさんは流石柔軟性に富むギルド長だと感心して眺めていたが、二人の側に控えているメイドの表情を見て首を傾げる。二人を見て困惑しているようだ。
何故だ?
会話に耳を傾けてもおかしなことはない。
ただ、モモンガさんが席を外している間の報告をしているだけだ。
回廊でする話じゃないから困惑してるのか?
それとなく周囲に目を向ければ扉の前を護っている蟲人も、八肢刀の暗殺蟲も同じような雰囲気を漂わせている。
気づいていないのは俺とモモンガさんとアルベドだけ?
そんなにおかしなことがあったか?
「では、ウルベルトさ…どうした、お前達」
下僕の困惑顔を見て困惑している俺に気づいたモモンガさんが下僕に問えば、アルベドに問題があったようだ。
俺たちにはサッパリ分からないが下僕の常識において非常識であるという。
曰く俺に対する礼が欠けていた、と。
俺とモモンガさんは顔を見合わせる。
俺の顔にも彼と同じ表情が浮かんでいることだろう…って皮膚どころかアイコンすら無いのに表情を悟らせるとか、すごいな。
思い返せば普段俺達二人が揃っている場合、下僕達はまずモモンガさんへ礼をして、次に俺へと礼をとり用件を切り出していた。
言われて気づくくらい気にしていなかったが、確かにこれまで礼を欠いた下僕はいない。急ぎの場合でもモモンガさんへの礼と共に、姿勢そのままで俺へと頭を下げるくらいはしていたはず。
俺達としては「下僕の常識って細かすぎない?」と思うくらいなのだが彼等にとっては当然のことで、それを守護者統括という重要な役目を賜るアルベドが欠いた、ということに困惑していたらしい。
下僕の言を聞いたアルベドが静々と俺の前に進み出て深々と礼をとる。
「私としたことが礼を失しましたこと、深くお詫び申し上げます。どうかお赦しくださいますよう…」
跪いて謝るほどのことじゃないんだが、どうしたものか。
モモンガさんを伺えば、こちらじっとを見つめて伺っている。赦してほしいらしい。
いやいや、祈るように両手を握らなくていいから。
俺、遊戯時代そんなに心狭かったですかね?
そりゃ、気に入らないと魔法ぶっ放してた覚えはありますが…そうか、それがダメだったのか。
脳裏に蘇る遊戯時代の楽しい遊びと戯れが、現実世界となった今では暴虐の数々という扱いになることに気付くが、それはひとまず棚上げし今はアルベドだと跪く彼女を見下ろして頷く。
「謝罪を受け取ろう。気にしてもいなかったしな」
「…寛大な御心に感謝致します」
深々とお辞儀しすぎて
本当に表情豊かな骸骨だなー。
そんなに嬉しいんですか、周囲に花飛んでるのが見えそうですよ?
「それじゃ、モモンガさん。また後で」
「ええ。残念ですが、また夕食時に」
「…間に合うんですか?」
最近仕事増えちゃって大変なんですよー!とか言ってなかったか?ついさっき、食卓で。
間に合わせます、と震える声で小さく答えるモモンガさんに笑い、下僕を引き連れて未だ跪くアルベドを置いたまま回廊へと歩み出す。
俺が居たままじゃ顔上げにくいだろうしな、あとは頼みますね。
広い第九階層にある娯楽施設を眺めながら時間をかけて散歩しつつ、第十階層へと続く階段を目指す。
俺が足を向けた方向へ本日付きのメイド達が先触れに赴くのだが、第九階層にまで足を踏み入れた敵対者は存在しない。
俺の記憶にあるだけでも存在しないし、モモンガさんからもサービス終了まで誰一人足を踏み入れていないと聞いている。
それなのに先触れが必要って、なんだろう?
何に警戒してるんだ?
今の脆弱な俺じゃ、曲がり角で鉢合わせてぶつかっただけで跳ね飛ばされて重傷を負うってことは理解してるが、ギルメンはモモンがさんしか居ないし、回廊を走る下僕なんて見たことがない。
首を傾げながらも進む先はショットバーのある区画。アバターに似合う雰囲気だから気に入ってよく行っていた場所だ。
久しぶりに覗いてみようと思ったのだが、回廊の先が何やら騒がしく人だかりが出来ている。
あれは先触れとして行ったメイド達じゃないか。
ひょっとして、あの人だかりの中に気をつけていた奴がいるのか?
常々感じていた疑問が解消するかもしれないと足を早めれば、残って付き従っているメイドが焦り始める。やはり原因は人だかりの中心にいるらしく、メイド達は全員知っているようだ。
聞いても誤魔化してハッキリと答えないし、おかしいと思っていたからちょうどいい。
俺の接近に気づいたメイド達が慌てふためくが、気にするなと言い置いて足を進ませ人だかりを割る。傅くメイドと侍従の中心に小さな青いぬいぐるみが一つ。
あれ?
「これはこれは!ウルベルト ・アレイン・オードル様!御快癒されたと伺っておりましたが、こうしてお目にかかれるとは望外の喜び!心よりお慶び申し上げます」
「・・・」
「…ウルベルト ・アレイン・オードル様。どうかなさいましたか?」
ぬいぐるみが喋った!?