山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第2話

聖王国東部に位置するアベリオン丘陵。

 

緑豊かな牧草地に燦燦と降り注ぐ日差しは暖かく、流れる風は心地よく。

本日の仕事もはかどりそうだと牧場従事者達は笑みを浮かべる。

築いた牧場は当初より三割増しで施設を増築し、主力商品である羊皮紙の生産を一手に担っている重要施設である。他にも家具や備品の作成・販売も視野に入れており日々商品開発に力を注いでいる。

 

より良い羊皮紙を取る為に家畜の世話は欠かせない。

本日の運動をさせるべく彼等は畜舎の扉を開いて家畜を出そうとして動きを止めた。

柵で囲われた広い放牧場の中央、風になびく牧草の上に昨日まではなかった物体が転がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

黒く焼け焦げた人間らしき物体。

それが牧場の中央に突如として現れたと聞き、銀の尾を持つ悪魔は御方より預かった秘宝が懐の内にあることを確かめて、自ら確認の為に赴く。

 

部下達によれば昨夜は存在せず、何者も牧場に侵入してはいないと言う。

 

影の悪魔(シャドウデーモン)が脱走・侵入双方を警戒し警備する牧場内に気づかれずに出入りしたのであれば相当な実力者。

置いていったモノは罠の類だと推測されるが、微動だにせず生きているのか死んでいるのかも不明。ならば自身で確認するのが最も早く確実と彼は判断を下した。

 

大天幕から放牧場まで幾つかの天幕の間を縫って進み、やがて見えた柵の中に確かに黒い物体が見える。

 

周囲を警戒する影の悪魔(シャドウデーモン)が一礼し、開いた出入り口から物体へと近づいてゆく。

同じように背後についてきた影の悪魔(シャドウデーモン)拷問の悪魔(トーチャー)が左右を固め、それへと武器を向けるがやはり反応はない。

 

左右を見渡しても柵に損傷はなく、内側についた棘にも放牧場の柵の周りを更に囲う茨にも異常は見られない。侵入したのなら出入り口からか、『飛行(フライ)』を使ったか。『転移門(ゲート)』という可能性もあるが少なくとも牧場の存在を知らなくては使えず、存在を知る亜人はほぼ魔法を使わない。

敵対行動か、罠か、それとも見せしめか。実に興味深く、彼は黒い物体の前へと屈み込む。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)

 

HPの虚偽情報を見せる魔法を使っているならともかく、見る限りそんな様子もない。なんせ微動だにしないのだ、出来ないと言った方が正しいか。

 

黒い物体は炭化した、かつて人だったものだ。

両手足は炭となり果てて何時崩れてもおかしくなく、頭部や胴体部も表面が炭化している。じわじわと牧草に滲み出している血液。ひび割れた部分から滲み、周囲を赤く染め始めている。あと数十分も持たないと彼は判断した。

 

御方に納める羊皮紙を作成する大切な牧場に全く相応しくない。

敵の意図は掴めないが牧場を汚されるのは不快極まる。だがしかし(つま)み出せとは何故か口に出来なかった。妙な違和感を覚えている自分に困惑する。

 

この私が?

戸惑っているのか?

この死にかけの物体に?

 

己の心の動きが信じられず右腕が胸を掴めば、そこに刻まれる確かな鼓動が焼け焦げた物体を見るたびに跳ねるのを理解する。

意識が向かわぬのに身体が反応するとは、なんと面白い現象だろうか。

 

確認したステータスは既に瀕死。

流血の継続損傷(バットステータス)付きでHPが尽きるのも間もなくだろう。見立て通りだと満足感を覚える半面、何故か焦りを自覚して彼は眉を顰める。

 

何故感じるのか分からない焦りと早鐘を打つ鼓動。この異常な状態は焼け焦げた個体によるものなのか、それとも敵による罠の一種なのか。胸元には秘宝がきちんと収まっているし自分は特殊能力に特化した悪魔だ、状態異常などかかるはずもないというのに。

 

今にも命尽きようとしている個体を暫く見下ろしていたが、やがて彼は拷問の悪魔に回復の指示を出す。

 

処分はいつでもできる。

だが喪えば戻らないのだから当然の処置だ。

 

そう己を納得させ、大天幕へと引き返す。

シャルティアを洗脳した奴らを捕らえる罠の一部である自分が、罠を張り巡らせてある大天幕から、いつまでも離れているわけにはいかない。アインズ様へ献策する案も精査しなければならないし、近々エ・ランテルへ行く予定もある。

やることは山のようにあり、彼はそれをこなせる能力を創造主から与えられているのだ。御方の為に創造主より設定された能力を持って成果を出す。かくあれ、と造られた被造物にとって何よりも誇らしいこと。

 

けれど拷問の悪魔による大治癒(ヒール)を受ける個体に後ろ髪を引かれ、大天幕へと戻りながらも普段は閉じている宝石の瞳を薄く開いた瞼から覗かせながら、度々振り返る。

 

何故こんなにも気になるのか。

分からない。

気まぐれに過ぎないかもしれないが死なせては駄目だと判断した。

 

けれど何故そう判断したのか。判断した自分自身が分からない。

創造主に与えられた一と定められた叡智をもってしても解けない心に困惑しつつ、己に与えられた職務を全うするため歩み去る。

 

 

 

 

一方、焼死体の回復を任された拷問の悪魔(トーチャー)達は困惑しながらも大治癒をかけ始める。

しかし身の奥まで焼かれた為か、残りHPが僅かだからかは分からないが背の皮を剥がれた人間も一度で元通りにしてしまう位階魔法がなかなか効かない。

 

なぜ?

個体差や体質等が原因で回復量が変わるものなのだろうか?

 

初めての症例に困惑を隠しきれず、仲間と視線を交わし合う。

この牧場の最高責任者であり、栄えあるナザリック地下大墳墓の第七階層守護者である彼からの命令。簡単に癒せるものと思い込んでいたが、このような症例は前代未聞。

ひょっとすると高位の神官でもあるメイド長の力が必要になるかもしれないと蒼褪める。

 

役に立たないと判断されればどうなるのか。

 

最上位悪魔(アーチデビル)である彼の責めは死すら生ぬるいと聞く。

彼は仲間に優しいが、優しさも無制限なわけではない。ナザリックの為にならないものは必要ないと簡単に切り捨て、処分することもできる男なのだ。治せないとは言えない、まずは隠して様子を見よう。

 

一体が大治癒を続けて施しながら、もう一体が黒焦げの個体を抱えあげる。

目指す場所は家畜を押し込めている小屋の奥にある解体室。その奥に自分達にあてがわれている部屋がある。そこに運び込もう。

 

振り返る最高責任者の視線から隠すように小屋へと向かい、阿鼻叫喚という言葉が相応しい場所へと運び込まれる彼の意識は、(いま)だない。

 

 

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