山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第20話

数多くの書棚に囲まれた図書館でも書棚と書棚の間は広く、警戒は怠らず御方が向かう先々に目を通していたのに。

 

「ウルベルト様!」

「ウルベルト様ガ!」

 

御方の足元に唐突に陣が現れ瞬く間に御方の姿が呑み込まれたのだ、執事助手と共に。

 

光を認めた瞬間、御方を遠ざけようと駆け出しても間に合わず姿が消えるのを見送ることしか出来ないとは。

なんという体たらく、これが護衛と言えるか!なんと無能な下僕なのか!

 

「ウルベルト様!ウルベルト様ぁぁ!!」

「お待ちください、ウルベルト様っ」

 

後方に控えていたメイド達が駆け寄れど既に姿はなく、縋り付いても華奢な指が柔らかな木で出来た床材の上を滑るだけ。司書長が即座に大図書館中の捜索を指示するが姿形も見当たらない。

 

転移罠の痕跡を探しても僅かな光を残して消え去ってしまい、どこに繋がっていたのか探すことも出来ない。

設置した者にしか行き先は分からないように出来ているのかもしれぬとホゾを噛む。

 

他に同じような罠がないかと付近を探っても1つも見つからず、起動のための条件があるのではないか。

それとも御方を巻き込み起動したアレが設置された最後の罠だったのか判別出来ない。

一帯からメイドを引かせ、出入り禁止にしつつ己ができる最善を考える。

 

「スグニ、アルベド様ニ連絡ヲ!」

「はいっ」

 

幾人ものメイドと共に数体の暗殺蟲が止める間もなく駆け出し、司書の一体が守護者統括へと伝言を飛ばす。

大墳墓で起こった異常事態、本来であれば防衛指揮官としての任を賜る守護者や直属の守護者へ即時連絡に駆けるところだが双方共に賜った任務をこなすため不在。ならば守護者を纏める役を賜る彼女に連絡するのが筋だろう。

 

そしてもう一つ、アインズ様よりウルベルト様に何かあった場合には即座に連絡するよう指示を受けている。

 

決して無くさぬよう自らの身に縛り付けて持ち歩いていた羊皮紙を開く。叱責を受けようが自害を賜ろうが、この重大事を己が直接慈悲深き御方に伝えねば気が済まない。

開いた羊皮紙はすぐに燃え尽きて、御方へと意識を繋ぐ。

 

『暗殺蟲か、どうした?』

「ウルベルト様ヲ見失イマシテゴザイマス」

『え?…見失った?』

 

御方の絶句ととれる沈黙に身を刻まれるような恐怖を抱くが、この身を惜しむつもりは毛頭ない。

 

『どういうことだ!』

「第十階層大図書館ニテ転移罠ガ発動シ、ウルベルト様ガ巻ガ込マレマシタ。コノ罪、如何様ニモ償イマスユエ!ドウカ、ウルベルト様ノ捜索ヲ許可願イタク…何卒!」

 

自害を命じられる前にと、目の前に御方がおられないことは百も承知で床に頭を伏せ懇願する。

己の無能は身に染みて理解したが、せめて御方に無事第九階層へお戻り頂いてから果てることを御許し願いたい、その一心で言い募る。

返ってきた御方の命は無能な下僕に与えるには過分と言えるほどの温情溢れる命令。

 

『今すぐ探せ!侵入者は全て捕らえよ、無傷でだ‼︎」

「畏マリマシタ!」

『無傷で保護せよ!ウルベルトさんに傷一つつければ只では済まさんぞ…‼︎』

「元ヨリ承知!温情感謝致シマス‼︎」

 

プツリと切れた念話に伏せていた頭を上げて仲間達を見れば、既に察していたのか全て集まっていた。

司書長に守護者統括への説明をお願いすれば、静かに頷き任されたと確約してくれる。

 

「我が管理領域で起きたこと。御方々へ御詫びの言葉もない」

 

司書長としては御方を迎えるにあたり万全を期したのだろうが罠をひとつ見落としてしまったことは明らかな落ち度。

忸怩たる思いを抱えているのだろうが貴殿のせいではないと慰めることもできない。

この場にいる者全てが失態を犯したのだ、御方の身に万が一にもあってはならないこと。御方を危険に晒しているのだ、今現在も。

 

あとは頼むと言い置いて九体を率い、大図書館を駆け抜ける。

八肢全てを使っての移動術は速度特化の下僕の中でも上位に位置する速度を誇る。その速度をもって回廊を駆け抜け転移門へと向かう途中、メイド達を後ろに従えた統括が優雅に第九階層から降りてくる姿を目に納める。

 

慌てるメイドの話に耳を傾けながら困り顔で階段を降りる姿は優雅そのもの。

 

回廊を走る我らに気づいて声をかけてきたが、会釈のみを返して駆け抜ける。

御方の身の確保が最優先、統括殿の話はのちほど別の者が伺うように伝えておくとしよう。一刻でも早く御方を見つけ、無事にお戻り頂かなくては…!

十体の八肢の暗殺蟲は一陣の風にように第九階層を駆け抜け、転移門へと飛び込んだ。

 

 

 

 

一方、肝心の捜索対象者は。

 

 

 

 

「御方が地に腰を下ろされるなど、土に塗れるも同然の行為。この私に箒さえあれば!この程度の領域、一掃し征服してお見せしますぞっ!せめて布巾の一枚もあれば…はっ、道具に頼らぬ簒奪をなせとの示唆では…!これは新たな簒奪課題と考えるべき、むご…」

 

くちばしを抑えられながらも滔滔(とうとう)と語るペンギンを抱えて、光が一筋も刺さない場所で呑気(のんき)にしゃがみ込んでいたりする。

 

 

 

 

 

 

御方が消えた書棚の前に佇む守護者統括に対して司書長が経緯を告げ、彼女の指示を仰ぐ。

側には幾体もの死の支配者が控え指示通り動けるようにと耳を傾けているが、彼女は棚に目を向け罠が張られていた床へ目を向け、何かを考え込んでいるようだ。

 

「アルベド様、何か?」

「いえ…」

 

一向に御方を探す指示を出さない彼女に不信を感じ目を向けるが、その表情は浮かない。

 

「おかしいわ。アインズ様から指示を受けて現在各階層の罠は必要最低限の罠を残して停止しているはずなの」

「それでは、この罠は…」

 

ここは第十階層、必要な罠など玉座の間以外には存在しないと言っても過言ではなく、思わず発動した場所を見返す。

この罠はナザリック地下大墳墓の防衛システムに組み込まれていない罠?そんなことが可能なのか、最奥であるこの第十階層に罠を張ることが出来る者が侵入したと?

 

「アインズ様に御報告に上がらなくてはならないわ」

「それであれば八肢の暗殺蟲が既に」

「…アインズ様に?」

「ウルベルト様に関わることです、当然かと」

 

何を不思議がっているのかと首を振る司書長の耳に微かに舌打ちのような音が聞こえたが、振り向いても守護者統括が微笑んでいるだけ。

その彼女の背後でさざ波のような騒めきと共に足音高く至高の主人が現れる、背後に二人の守護者を従えて。

 

足音を耳にした瞬間、慈愛という言葉を体現するといっても過言ではない微笑みが花開くように瑞々しい大輪の花を思わせる笑顔に変わり、振り返る。

 

「アインズ様!御戻りを出迎えもせず、大変失礼を…」

「よい。状況は?ウルベルトさんは見つけたか」

「只今八肢の暗殺蟲が捜索に向かい、私達は現場の確認を致しておりました」

「そうか。すぐ各階層守護者、領域守護者に通達を出せ。この書棚は…」

 

統括の言葉に耳を傾けながら即座に大図書館の閉鎖を下知し他に罠がないか調査することを厳命する。

接近、または接触によってしか発動しないタイプの罠であれば再び起こる可能性が高いのだから当然の処置。

 

「畏まりました。シャルティア、ヴィクティム両名に各階層を調べるよう通達致します」

「…二人だけか?」

 

複数いる守護者のたった二名しか上がらない名に疑問を覚えて尋ね返すが、理由を聞いた主人は頭を抱えた。

 

シャルティアは第一、第二、第三階層の守護に残っているが、コキュートスはリザードマン及びクアゴアの村の統治に出ずっぱり。

ガルガンチュアは動かせず、アウラは大森林周辺の任務に赴いている。

マーレは自分とパンドラ及びアルベドが不在の魔導国で留守番中であり、セバスに至ってはウルベルトさんの散歩時間に合わせてデミウルゴス管理の牧場に必要な食材の調達に行っているとは。

 

そして肝心の防塞指揮官たるデミウルゴスは牧場の管理と実験、魔王計画などなど多岐に渡る任務で不在がちであり、パンドラは彼自身が呼び出して伴っていたのだ。最優先事項を睨んだつもりでいて、肝心要である彼の周囲を手薄にするとは。

 

「アルベドは両名に彼の捜索を指示、全ての下僕に即座に人間種への危害を加えることを禁じろ」

「…承りました」

 

指示を成すべく深々と頭を下げて淑やかに大図書館を歩み去る女淫魔。

それを視界の端に納めながら主人は空間へ片腕を突っ込み小さな宝箱を取り出す。

 

人材豊富と思われたナザリックだが、こうしてみると案外人手が足りない。

第九、第十階層だから安全だと安心していたが、今の非力な彼にレベル100の守護者を常時の護衛としてつけていないとは迂闊すぎた。

彼が戻れば即見直そうと反省もそこそこに背後に控える二人へと振り返れば、捜索の指示を今か今かと待ち望む最高位悪魔と創造主の期待に応えるべく張り切る軍服の顔無し。

 

開いた宝箱の中に大切に納められている幾多の指輪のうちの二つを手に取ると悪魔と顔無しへと手渡し、驚愕を相貌に刻む被造物達を黙らせて命令を下す。

 

「こ、これは!」

「緊急事態だ、使用を許可する。デミウルゴスは第七階層、パンドラは第五階層だ。部下を使って捜索、並行して守護者不在の階層を捜索せよ」

「畏まりました!」

「待て!」

 

即座に立ち上がろうとする彼らを留めて、首を振る。

 

「前言を撤回する、彼の身が最優先だ。何を使っても構わん、許可する」

「御方の下知、承りました!」

「連れ帰れ。必ずだぞ」

 

主人の厳命に双方が深々と頭を垂れ、指輪を装備すると一礼と共に転移する。

それを見送り、膝をついて深々と謝罪の意を示す司書長と司書達に視線を向ければ更に深く頭を下げる。

 

「御方様、我が管理領域において御方に害を成すことになり。此度のことは我等の首でもって贖う所存にございます…」

「待て、面を上げよ。私は検めなくてはならない場所があるのだ、歩きながら話を聞くことにしよう。何があった」

「はい…」

 

そうして経緯を聞き出しつつ第九階層へと彼らを引き連れる。

 

彼は自身の手で扉を開くことが出来ない。

つまり自身の部屋だけでなく他のギルドメンバーの部屋へ強制転移させられても出てくることは出来ないのだ。

 

自身の創造主だけでなく至高の御方々と崇める者達の私室を、清掃業務時間以外にみだりに開くことは赦されないと下僕達が戒めているのを知るモモンガは自ら扉を開くべく回廊を進む。

 

ギルドメンバーの中には「うぇぇぇぇいっ私室!なんて甘美な響き…実験施設創るぞぉぉぉ!」とか「私の趣味満載にして、い い ん で す よ ね ?」とか「鉄の処女は絶対配置しないと。牡牛の銅像とか、あとは…あっ、予算。ちょっと稼ぎ(PKし)に行ってきますね!」などなど不穏な発言をしていた者達がいた。

 

その施設に彼が巻き込まれている可能性も無きにしも非ず。

凝り性が集うと素晴らしいものが出来上がり、その出来栄えにも拘りにも愛情を感じるほど自慢に思う仲間達だが、彼等の趣味が彼を傷つけるとか洒落にならない。

 

モモンガは彼らの説明を聞きながら階段を駆け上りつつ、私室を開ける合鍵を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃彼らが探し求める捜索対象者は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「御方様」

「戻ったか」

「はっ!影の悪魔、御身の前に」

「「「御身の前に」」」

「御苦労。報告を聞こうか」

 

ペンギンと共に闇に置き去られた御方に異常を感じ、影から這い出る影の悪魔を使って周囲の索敵を終わらせていたりする。

 

 

 

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