山羊と羊の輪舞 作:山羊厨
ギルドの指輪を使い現れたのは
その前に黄土色のコートをはためかせながら降り立ち、雪上についたブーツが柔らかな雪に捕らわれて沈み込む。
歩いて進める深さなら御の字。
場所によっては腰から上まで埋まり、身動きが取れない状態でモンスターに襲われることもある第五階層。
通常の警戒状態であれば、ただ進むだけでも凍結による継続ダメージや移動阻害効果が続くため対策は必須、種族特性に耐性を持っていなければ確実に装備枠の一つを潰すか、MPを削り高位のバフで耐性を得なくては探索することも難しい。警戒状態が解除されている現在は吹雪などの天候で煩わされることはないものの、気温が氷点下であることが当たり前という体温を持つ生物には非常に生き辛い階層である。
穏やかな天候の中、表面に積もる雪の結晶が風に吹かれて空中を踊り煌めく様が見られ、実に幻想的。
凍りついた樹木も光を反射して瞬き、千変万化の顔無しが吐く呼気も口元から吐き出された瞬間に凍りつき、細かな氷の粒となって煌めきながら宙を舞う。時折降る雪が雪原についた足音を消し、積もった雪が音を吸収する。凍り付いた木々には氷柱が垂れ、雪を掻き分けた足元には凍り付いた河が広がる静寂に包まれた白銀の世界。
自然に縁のない現実世界の人間達にとっては、まさに夢のような世界だろう。
もっともこの絶景をダメージを受けることなく眺められるのはギルドに所属するメンバーくらいなものなのだが。
彼の転移に気づいた門番の知らせにより
本日も彼のムーブが冴え渡る。
創造主がこうあれ!と定めた存在意義そのままに大仰なアクションを披露しつつ、最後まできちんと動作を決めて見せた。上げた腕、軍帽の角度、視線の位置から全体のシルエットに至るまで隙なく完璧に。
主人が見ていたら連続して緑色に発光していたことだろう。くどいようだが、その光は誰も知覚出来はしないのだが。
「初めまして、お嬢さん方!ん私はパンドラズ・アクターと申しますっ、以後…お見知りおきを」
「こ、これは御丁寧に…雪女郎でございます」
困惑しつつも御辞儀で応える彼女達の心優しさに感動しつつ、顔無しは要件を切り出す。
守護者不在の階層を検めよとの創造主の命、彼の方を無傷で連れ帰れと仰せなのだから。
「此度は私の創造主たるんー…アインズ様!!の命により階層探査に参りました」
「あ、アインズ様の被造物でいらっしゃる?」
「探査を命とは、一体何があったのでしょうか?」
二種類の驚愕が場を占めているのに多少首を傾げつつも顔無しは説明を怠らない。
階層守護者の不在は彼らに従う下僕にとっての重大事、その留守を預かる間に不祥事を起こしたかと不安に駆られているのだろう。
気持ちは痛いほど理解できる。
自分とて自らが不在の時に宝物殿からアインズ様並びに御方々が集められた至高のアイテム類に支障が出ていたら、創造主にどのように詫びればよいか!考えるだけで身が竦みそうな事態だ。
「探査要件はウルベルト・アレイン・オードル様の捜索です」
周囲に集っていた彼女達の表情が驚愕に歪む。
第九、第十階層の下僕以外の階層の下僕達は、至高の御方々の一柱たる彼の帰還を知らされてはいたが姿形を確認していない。
現在は悪魔種ではなく人間種であることを考慮し、ナザリック内部の混乱を避ける為に二人で詳細は控えようと話し合って決めたことだが、それが完全に裏目に出ていた。やはり知恵者と定められた三人の内のいずれかに相談すべきだったのだろうが、今さら言っても仕方がない。
よって彼女らは今現在の御方の姿を知らず、至高の御方たる証である気配が一向に増えないのは何故なのか不思議がっている状態なのだ。
「今現在、侵入者及び人間種への攻撃を一切禁止し無傷で捕らえよとの命が出ているはず…ですが…」
驚愕を刷いた表情が更に驚くのを目にした顔無しが「おや?御存知ではない?」と尋ねれば、そのような通達は受けていないと彼女達は答えた。ふむ、と一つ頷く顔無しは何も問題はないと笑う。
「御手数をお掛けしますが領域守護者及び下僕の皆様方に通達をお願いします。私は一足先に探査を行わせていただきますので」
「畏まりました」
慌てふためきながら通達に向かう雪女郎を尻目に彼は軍帽に指を引っ掛け、深々と被りなおした。
気を取り直すように短い息を吐き、空中に氷の粒をまき散らしながら肩を竦めた次の瞬間、ぐにゃりと全体像が歪む。
他に所用があるかもしれないと控えていた雪女郎が驚き一歩後ずさる目の前で、軍服の顔無しの姿は彼女らの良く知る姿へと変貌を遂げた。
その姿を取る者が彼の方ではないのは分かっている、目の前で変化したのだから。
だが、その姿を目にして跪かぬわけにはいかない。彼の方々の姿を違える下僕はいない。
「ぬーぼー様!」
「そのとぉぉぉぉりっ!で、ございます。探査に最も相応しいのは彼の方かと!!」
御姿をお借り致しましたと深々と腰を折り、直った時点で発動する彼の技。
発動のエフェクトと共に周囲に散る目を最大有効範囲まで飛ばし、くまなく探す御方の姿。レベル100の異形種という初めから備わっているステータスに輪をかけた感知能力は、効果範囲内に存在する生物の体温だけでなく鼓動、状態に至るまで詳細な情報を彼に与えてくれる。流石は至高の御方だと感嘆しつつ、大白球近くにはいないと断定して移動を開始した。
階層守護者に比べれば多少時間はかかるがギルドの指輪の転移機能と合わせれば、各所への通達よりも遥かに早く階層内を調べ終えることが出来る。彼の方が凍りつく前に確保することも可能だろう。
流石は我が君!と自らの創造主の智謀を讃えて憚らない被造物。
実際には貴重・希少性・価値云々よりも効率最優先を狙った結果なのだが。
第五階層を捜索していらっしゃらなければ第四階層に移動することにしましょうか、と千変万化の顔無しは転移先で再び御方の技を展開しながら考える。
デミウルゴス殿は第七階層、己が守護階層にいらっしゃる。
不在階層は第五、第六。けれどガルガンチュア殿の起動に時間と金貨がかかる第四階層も言わば階層守護者不在の地と言えるかと。彼であれば私がこのように判断することも察してくれるでしょうし。
そうしよう、と頷きつつ範囲内の探索を終了し御方が居ないことを確認する。
では次だとギルドの指輪を起動して、再び移動し探索する。この繰り返し。
彼の方を見つけて無事連れ帰れば、父上は喜んで下さる。ならば張り切らぬ被造物はいない。
「何より褒めて下さるでしょうし!ひょっとしたら頭を撫でて下さるかもしれません…っ」
これは楽しみです!!と雪原の中、一人張り切りぬーぼーの姿を取っているというのにポーズを決める顔無しを咎める下僕は周辺には存在していなかった。
その頃の捜索対象者はと言えば。
「御方の身に何かあってからでは遅いのです」
「その通りでございます。我等下僕一同、御方の身の安全を第一に考えております」
「御方の身に触れれば一大事!領域守護者殿自身が細かな制御は難しいとおっしゃっておられますゆえ…」
「「「地に足を付かれること自体が危険でございます、ゆえに!」」」
「「「どうぞ、我等を御使い下さいませ‼」」」
周囲の索敵の結果を報告しつつ、徐々に熱気を込めて危険性を訴える影の悪魔が自分達を椅子として使えと宣いながら四つん這いになり迫りくる恐怖。
腕に抱えた温もりを力いっぱい抱きしめ、ギブギブ!と叩かれるフリッパーの痛みと迫る影の悪魔に言葉もなく抗い必死で首を振っていたりする。