山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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ウルベルトさんと蠱毒の穴

牧場での治療中にも聞いたBGM。

低く、高く、重なるように響く歌のような声を漏らしながらふやけた肉の合間に空く三つの穴から絶え間なく水を垂らし蠢くモノ。

 

声を漏らしながら蠢くソレを視界に収めつつ、視点を目の前のモノに固定する。

垂れ下がった皮膚の間から姿を覗かせるのに視線を合わせて目を細めた。

 

 

不遜に。

傲岸に。

ギルドメンバーに対する下僕達の印象を壊すことなく過ごす。

モモンガさんとの約束でもあり、俺の身を護る為のものでもある約束。

記憶にないモノでないことに安堵を覚えると共に、彼であることに眩暈を覚えるが顔には出さない。いや、出せない。

 

生き物の怯えを感じて悦び這い寄る仔がいる。

彼の巣穴に宿るありとあらゆる姿の仔供達が食い合い、貪りあい、生き残ったモノが新たな巣穴を得て生きる為に這い回る場所。

 

それが第六階層の領域の一部、蠱毒の大穴。

新緑に囲まれた大地の一部に空く大穴の底にある領域であり、生命の坩堝と言える場所でもある。最悪の意味で。

 

彼の仔供達が互いを貪るこの場所で、巣穴となるのも生物。

生物が生きる身体を巣穴として彼の子供達は分裂し更に増えるが成体にはなれない。

巣穴を出来るだけ長く生かしながら食い、仔供達は互いを食い合い、更に強く厳選された個体が数を増やして巣穴を食い破り巣立ちて、更に別の個体を巣穴とした子達と争い合う闘争の地獄。

 

 

その中で対峙する領域守護者から感じるのは疑念。

己を含む下僕全てが慕う御方を偽る不埒者ではないかと訝む気配を感じる、注視し自身から微動だにしない視線から。

一切の油断を感じさせない姿勢が、俺を認めていない語っている。

 

「久しいな、餓食孤蟲王」

「…御帰還を心より御喜び申し上げます、ウルベルト・アレイン・オードル様…」

 

相手の出方を伺いたくても心境はどうあれ立場は俺の方が上。

俺が声をかけねば奴は返答はおろか頭を上げることすらせず、表情を知ることも出来ないと深いため息を押し殺しつつ声をかける。

 

表情ひとつ、声色一つが相手の感情を知り、考えを読み取る貴重な情報。

立場を貶めることなく情報を得ることが出来るのは、相手が己を知りたがっているからこそのこと。ならそれを逆手にとって情報を出し渋りつつ相手の情報を出来る限り絞り取る!

 

よし。

無理いぃぃっ!

 

領域守護者の顔を見て決意の一息後に諦めの叫びが胸中に至り、モモンガさんに心中謝りつつ心に抱いた課題を盛大に振りかぶり投擲する。

唯一自ら認めて戴いた上位者であるモモンガさんの魂の叫びを心から拝聴していたつもりだったが、実行するには荷が重すぎて無理だった。

ごめんモモンガさん…。

表情すら理解できねぇんだから無理だよ…!

 

少卒ですら危うかった俺に学はなし。

人として最低限の人格を形成しる私生活すら記憶にあるのは一人の食卓。たまに帰る両親は疲れ果てて会話するどころではなかった。

ただ、たまの休日に撫でられ抱きしめられた覚えがあるだけ。

 

そんな俺は両親が口煩く励めと言う勉学に興味を持てるわけでもなく基礎である小学すら卒業ギリギリだった。

むしろ親の叱る声を求めて拒否していたのだと、今なら言える。そんな俺は一般的な成人が持てる知識を有しているなどと言えはしない。

知識があれど実行しないのでもなく、知識あれど手段を知らないのではなく。

 

 

 

ただ知ろうとしなかった。

見ず、聞かず、知ろうとしない俺に学などあろうはずがない。

 

 

 

生ある限り知る術のない知識であって、知る必要のない存在と認識される生き物(むしけら)だと分別されていただけでなく己がそう認めていたのだと、彼の姿を見て記憶が呼び起こされる。

遊戯上で縁を結んだ友と仲間達を見て、それを知る屈辱を思い出す。

 

広く、視界を保て。

 

自身が見ていると認識しているものだけでは足りない。

奴らの視界は俺が持つソレとは違う、俺に見えぬソレを息をするように知り得て活かす奴らなのだと刻みつけろ。

知らぬうちに情報を切り捨てている可能性を否定するな。

思い込みで可能性を消す愚行を犯すなと過去の己が叫び出す。

 

与えられた基礎が足りないのなら、今得ている情報を活かし利用する。

己が力量が足りないのなら己に有利な状況を作り出せばいい、それを作り相手を嵌めれば思うがままに奴らが踊り狂うのだから得て喰らえばいいのだと浅ましい己が目を覚ます。

 

奴を負かすためだけに得ようとした全ては奴を倒すためだけに納まらず、奴を這いつくばらせる為に培ったはずのソレは他者を這いつくばらせる力になる喜劇。

 

 

 

 

知識があれば知れたそれを、自ら切り捨てたのは己自身なのだと、知りたくなかったから強がった。

 

 

 

 

…ああ、懐かしい。

ただ奴に勝ちたかっただけなのに、いつからこうも頑なに勝つことにこだわるようになったのか。

 

胸の内に喚くモノを自覚しつつ、否定したくて捻じれる胸を片手で握り込む。

 

 

自覚したくなかったのに。

消え去れば忘れられるのではなかったのか。

 

 

あらゆる情報を得て奴に正当な反論を宣う卑小な己も思い出して吐き気がする。

こんな自分になりたかったわけじゃないのに、こうならなければ生きていけなかったと思考に浮かび口の端が歪むのを知る。

 

 

 

奴を嗤い。

自身を嗤い。

世間を嗤い。

遊戯を嗤う。

 

 

そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが俺。

これが、俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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