山羊と羊の輪舞 作:山羊厨
時間は瞬く間に過ぎていき、牧場の最高責任者は至高の御方への報告と別の仕事を片付ける為に魔導国首都エ・ランテルへと旅立った。
いつ指示を受けた個体のことを聞かれるかと戦々恐々としていた拷問の悪魔達も胸を撫で下ろす。
彼らが連れ込んだ個体は未だ回復の兆しを見せない。
死んではいないというだけで生きているとも言いきれない個体は、彼らの部屋の片隅に居場所を与えられていた。
それも薄い布と言っても間違いではない程度だが、敷布や掛布すら与えられている。彼らは悪魔であり人間など家畜同然だというのに。人間には破格の待遇と言って良いだろう。
何故そのような待遇を与えられるに至ったのか?
身動きはおろか意識すらない死体同然の人らしきものに。
その理由はひとつ、一向に回復しない人間を介抱する彼らが何故か貴重な夢を見始めたから。
連れ込んだ当初は当然、床に転がし大治癒をかけるのみであった。
全く治る見込みのない個体に苛立ちを覚えながらも魔力をありったけ使い込んで大治癒を使い続けるのも、守護者の「死なせないように」という意図を含んだ命令を受けたため。そうでなければ面倒のないように、あっさり死に至らしめている。
同じく部屋を共にしている悪魔の能力を借りてステータスを確認しても、かけた大治癒に劇的な回復をするわけでもなく、現状を維持する変異体。大治癒を吸収しているのか、僅かな体力の増量と共に出血による体力の減少が一時的に止まり、一定の時間が過ぎると徐々に目減りし始める。データをとっておこうと記録しながら大治癒を続けた結果、当然
彼らにとって使い慣れた魔法といえども何十回も使い続けていれば枯渇するのは当たり前。
この個体に使った大治癒の数だけ
彼は本来睡眠不要の悪魔種、意識を失うことなど状態異常時か殺害される以外にはありえない。
枯渇する前に回復するために休むこともできず魔力を切らせた結果、意識を失った。
それは人で言えば眠るという行為に等しい。突如意識を失って倒れ込むという若干物々しいものだが。
そうして彼は夢に見たのだ。己が召喚された日を。
何者にも変えられぬ、神以上と讃えて憚らない至上の御方に掬い上げられ使命を賜った、あの忘れられぬ至福の時を。
数分の時を経て魔力を取り戻した彼は、共にある仲間へと恍惚の表情で夢の内容を語り、話を聞いた仲間は羨ましくてならない。
眠ればそれが見られるのならばと眠ってみても夢は見られず、どうすれば良いものかと二人で寄って頭を悩ませる。
その傍らで放置してしまっていた保護対象が僅かな体力を使い果たして死にかけ、慌てて大治癒を連続でかけ直す。
そして再び訪れる至福の夢。
彼らは気付いた。
この個体を完全に癒すことは極めて難しいが「死なせぬように」が最高責任者たる者の命令であれば、全力で応えなければならない。そう。
たとえ
こうして彼らは情報を共有し、仲間達と交代で癒えぬ個体の治癒を始める。
2人1組。決して死なせぬ。
一体の魔力が枯渇するまで大治癒をかけ続けて個体が死なないよう体力を維持し、魔力が尽きて昏倒すれば待機していた一体が間を空けることなく大治癒をかけ始める。
やがて至福の夢から覚めた拷問の悪魔が次の一体を呼びに行き、大治癒をかけ続ける一体の側に待機するのだ。至福の夢を見る為に。
それを繰り返す。
延々と、途切れることなく繰り返していく。
いつまでも見ていたいと願ってやまない夢を見るために。
では彼らを虜にした夢とは、どんなものなのだろうか?
昏倒した彼らの脳裏に闇が訪れ、やがて溢れる光の本流。それと共に圧倒的な多幸感が彼等を包みこむ。
逆らうことは己の存在を真っ向から否定することだと魂核から理解する。
召喚陣が照らし出す彼の方の表情は、さも愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべている。
その陰影は残虐さを醸し出し、彼らを魅了した。
なんと強く、美しく、尊いのか。御身の全てに己が存在総てを捧げる為にあると魂に刻み込む。
我等
御方に生を与えられ、初めて
「
ぽつりと零された己の種族に、不満を
自身の力不足は承知している。
本来であれば御方の足元はおろか、取り立て侍る価値も無いほど圧倒的な力の差。
御身を御守りすることは極めて難しく、足手まといにしかならないだろう身を呪う。
御方に望まれて召喚されたわけではない。
御方に尽くせる力は私にはなく、御方は私をお望みではないのだと更に頭を深く垂れた。
せめて御方の手を煩わせることのないようにと首を差し出す。
打ち捨てられるくらいなら処分を望んだ。けれど、そんな
「なら氷結牢獄に配置しよう。ニューロニストの部下は多ければ多いほど良い」
悪魔には珍しく大治癒も使えるし、見た目もピッタリだしな。
そう言って鋭利な鈎爪を備えた麗しい御手で下賤な下僕の頭を撫でてくださったのだ。
次々と召喚され、生み出されてゆく仲間達。
どれ程の力をお持ちなのか、全く疲れる様子も見せず様々な種類の悪魔を作り出されてゆく姿に覚えるのは崇拝の念。
一体一体に指示を与え、配置されてゆく様はまさに魔の中の王。最上位悪魔の王たる姿を拝謁し、全ての悪魔が傅き、恭しく頭を垂れて忠誠を誓う。
「ずいぶん回したんですね、ウルベルトさん」
「モモンガさん、来てたんですか。階層も整ったんで配置しようと思いましてね」
「自動でポップしないんですか?」
「しますよ?けどランダムなんで、雰囲気に合う悪魔を置きたくって。ポイント使いきる勢いで回してます」
「ええ!?大変じゃないですか。ウルベルトさんのポイントって、相当貯まっているでしょう?」
「まぁ、カンストしてから放置してましたからねぇ。まだまだ残ってますよ。回すだけだからいいんですけど流石に飽きてきたなぁ」
「この光景見たら分かりますよ、まさに地獄絵図じゃないですか」
「壮観でしょう」
召喚主たる御方が腕を広げて至らぬ我らを自慢してくださる姿に胸を熱くする。
灼熱の神殿に向けて赤く染まる大地を埋め尽くし、
まさに至福の時だった。
至高の御方と、今は無き至高の御方が我ら
僅かな魔力を回復する間に夢見て、目を覚まし。
再び見たくて繰り返すのだ。
そうして積もり積もった遅延が直属の上司に気づかれるまで続き、気づいた彼が動き出す。