山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第4話

 

彼の者は仮面の道化師。

牧場の最高責任者が不在の間の代行責任者として、牧場の全ての管理を任されている悪魔である。

彼の設定は「人々を幸せにすること」という単純明快なもの。

だが彼の幸せとは通常とは違い、相当にネジ曲がった意味で人々を幸せにすることにある。

その見た目や行動とは異なり己の生有る限り責務を全うしようと励む、生来の働き者だ。

 

彼は近頃極端に少なくなった羊皮紙(スクロール)の補給数に気付き、作成者たる拷問の悪魔達を全て集めて最近羊皮紙(スクロール)の数が減っているのは何故なのかを問うた。

恐れ、畏まりながらも彼らが告げたのは最高責任者からの預かりものの存在。

理由を聞いた彼はペストマスクに覆われた顔を盛大にしかめる。

 

そのような言伝は聞いていない。

厄介なお荷物を拷問の悪魔達が預かって養っていたとは知らなかったが、それほどまでに素敵な夢ならば自分も見てみたい。羨ましい。

治癒魔法が使えないことが、こんなに口惜しいことになるとはと密かに臍を噛む。

 

至高の御方々に頭の先から爪の先、果ては細胞の一つに至るまで創造していただき、設定していただいた己が身に不満を覚えることなど一切ない。そんな気持ちを抱く下僕(シモベ)など皆無だろうと断言出来るほどだが、己が目覚めた時を繰り返し見ることができるのは無上の喜びだろう。

 

だから案内させたのだ、その個体のもとに。

(まみ)えたことにより自分の中に得も言われぬ感情が沸き上がろうとは思いもせず、無防備なままで。

 

潜った天幕の中は薄暗く、その片隅に薄い掛布に(くる)まれる人間種とおぼしき個体。

肌はいまだ黒く焼け爛れていたが、牧場で見つけた時よりは幾らか回復したらしく肌から体液が滲み出ることは少なくなっていた。

異形種ならばともかく人間種としては生きていることが不思議なほどの火傷。体表のほぼ全てを焼かれている時点で死亡しているはずだ、人間種ならば。皮膚呼吸すらできていまい。

多少不満に感じつつ薄い布団に包まれる個体を覗き見れば、熱を出しているのか浅い呼吸を繰り返し苦し気に震えるばかり。

 

これわこれわ、素晴らしい。

彼らわこの人間を幸せにしているようだ。

そう道化師は笑顔を浮かべる。だが個体が痛みに呻く声を耳にした瞬間、上げた口角が凍り付いた。

 

喉の奥まで焼け爛れているのか、一度呻いただけであとは濁った呼吸音を響かせるのみ。

道化師はおどけた動作でありながらも恐る恐る(くる)まれた個体へ顔を近づけるが、低い喘鳴を繰り返すばかりで先ほど聞こえた声は一つも混じらない。

だがしかし彼には覚えのある声だった気がしたのだ。

彼の方に、似ている気がした。

 

彼は一から創造された被造物。

創造主に連れられて第九階層の円卓で、栄えある御披露目を御方々にしていただいたことがある。

彼の姿形、動作を御方々につぶさに確認していただき、その場で認められて初めてナザリックの所有物として存在が許されるのだ。

一つ一つの動作を確認し、笑っていただけたことの嬉しさ。

かくあれと創造主に定められた己の存在意義を御方々が広げ、定められた役目に対して会話を交わされる光栄。

交わして下さった御方々の姿を、動作を、声を。全て覚えている。

 

「この個体わ、いつ治すのですか?」

「それなのですが、プルチネッラ様。治らないのです」

「治さないのでわなく、治らないのですか?」

「はっ。幾度も大治癒をかけるのですが治癒が進まないのです」

 

かけぬよりはましだが、かけたとしても大幅な回復は見込めないのだ。

本来ならば早々に諦めて死なせ、様々な材料としての使用や稀有な症例として解剖し、保存の魔法をかけて保管を検討するところ。たが個体が死ねば魔法を使い続ける対象がなくなり、御方の夢が見られなくなるのが惜しい。

 

「…この場に置くのわ邪魔になります」

「では処分ですか」

「場所を移しましょう」

「は?」

 

移す?

思いもよらない言葉に呆ける悪魔をおいて、道化師は無造作に個体を抱え上げる。痛みに声にならない悲鳴を上げる個体に気づき、速やかに魔法を発動する。

 

麻痺(パラライズ)

 

麻痺魔法をかけるが治癒魔法同様効きづらい。だが多少の痛みは緩和されたのか声なき悲鳴は少なくなった。

痛みを僅かなりと軽減させようと気遣いつつ彼が向かうのは一つの天幕。彼自身が最高責任者より与えられた空間だ。

 

「プルチネッラ様!」

「人間種にそこまでの厚遇は…!」

「デミウルゴス様が望まれたのですから、最善を尽くすべきでしょう」

 

そう、階層守護者が望んだのだから己が成すのは当然のことだと自分自身に言い聞かせる。

決して人間種など気にかけてはいないのだ。

 

「これまで通りトーチャーわ2体1組で私の天幕に通いなさい。場所が変わるだけです、他わ何も変わりません」

「…かしこまりました。」

「毛布を手に入れて来なさい。無ければ羊達が身に着けていた服でも構いません、出来るだけ多く用意なさい」

「はっ!」

「きちんと洗うのですよ?」

 

振り向きもせず言い置いて、己の天幕へと放牧地を突っ切って歩いてゆく。

かの道化師がおどけた様子も見せずに歩く姿は稀の一言。ましてや放牧地で運動させられている両脚羊と同じものを担ぎ、なおかつ気遣う様子を見せるなど。

拷問悪魔よりも、その姿を目にした羊の方が目を丸くして立ち尽くす羽目に陥った。

 

バサリと己の天幕の入り口を通り抜け、小振りの天幕の内側へと入る。

彼は道化師として御方々を喜ばせるために創造された。その存在意義を万全に果たすため、彼の天幕には技を磨くための様々な道具が所狭しと置かれている。

至高の御方により賜った彼の設定を万全に果たすべく、日夜訓練と共に新たな技の開発を怠らないペストマスクの道化師。

そのための大切な道具を足蹴にし、一体が横になれるだけのスペースを作る。

肩に担いでいた個体は既に息も絶え絶え、横たえても呻き声すら出せず、瀕死の体を震えさせるばかり。

 

「大治癒を施しなさい」

「かしこまりました」

 

即座に側についていた拷問悪魔が大治癒を開始する。

ろくに回復していないように見えるが、これが微々たるものでも回復しているのであれば命尽きることはない。

その事実に安堵の息を吐きかけ、慌てて自制する。

 

なんなのだ、これは。

何故この個体は己をここまで掻き乱すのか。

 

羊の幸せは己の幸せ。

爪を剥ぎ、皮を剥ぎ、磨り潰して身を喰らわせ。

侵し、犯させ、嘆かせ、怨嗟に意識を塗り潰す。

その幸せを羊に味わわせ、施すはずの自分がどうしたことだ。

 

今、この手にある下等生物たる人間種の。

身を包むに相応しい寝具を準備できぬ己を恥じている。

なんということだ。

卑しく貧しい人間種が身を傷めないか、心を砕いているなど。

栄えあるナザリック地下大墳墓の従僕として嘆かわしい!!

 

そうは思えど、己を律することが出来ない。

 

何故満足に御身を包むことが出来るほどのアイテムを準備しておかなかった。

御身が痛みに苦しんでいらっしゃる、私にメイド長ほどの力があれば!

いや、違う!!

これは至高の御方ではない。

只の下等生物、搾取されるに相応しい・家畜・であって・御身でわ…

 

「…ぅ」

「!」

 

痛みを訴える呻き声を耳にした瞬間、己が権限を持って拷問悪魔を四人一組へと変更する命を下していた。

即座に増やされる拷問の悪魔の数。だが連れてきた人間種は明らかに治癒範囲が増したらしく、痛みに呻く回数が減っている。

 

何をしているのだ、私は。

人間種の幸せを減らし、自分の幸せを減らしているはずなのに。

あの御声に似た声が、痛みに歪みながら流れることがないことに喜びを覚えている。

 

人間種の幸せを求めるように定められた私であるはずなのに。

らしくない。全く持ってらしくないと顔をゆがめつつも。

 

「いいんじゃないですかね、道化師らしくて。俺は嫌いじゃないですよ?むしろらしくて良い」

 

そう言って下さった御方の御声に似ているから。

痛みに呻く声など、聴きたくなかった。

ただ、それだけ。

 

暫くして、拷問悪魔たちが大量の衣服を持って訪れて。

空けたスペースに所狭しと詰め込まれた衣服の上にかけられた清潔なシーツ。

この個体が流す体液の量を考えれば数時間中に汚れ意味なくなるのだろうと分かっているのに、傍らには予備のシーツ。

 

なるほど。

自覚なくとも自分と同じ心境らしい。

 

「…失礼を致します、至高の御方」

 

呼びかけた名に目を見開く拷問悪魔を視界に収めつつ、温かな湯に浸した布を宛がう。

拭う布に付着する赤黒い皮膚に眉を顰め、拷問悪魔に回数を増やすよう指示を出しながら麻痺魔法を使う。

己の中に確信があった。

 

この個体は、至高の方々の内の一柱に違いない。

 

羊同様脆弱な種たることに変わりはないが、その声色はかつて彼が聞いた声と寸分違わず。

恐ろしいのに優しく、情けなくもこちらが涙を浮かべてしまい更に深く首を垂れる羽目になる、至高の御声。

何があったのかは分からないが、やるべきひとつだ。

 

「我々が御守り致します。我ら下僕(シモベ)が必ず。必ず御身を御守りします」

 

そうして恭しく頭を垂れる。

その背後に控える拷問の悪魔達も同じく傅き、全ての牧場に悪魔が膝を折った。

即席で作り上げられた簡易ベッドに沈む個体が、神に等しい玉体だと牧場に使える悪魔全てが認識した瞬間であった。

 

 

 

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