山羊と羊の輪舞   作:山羊厨

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第7話

 

久しぶりに闇以外の景色を見た翌日、いつも通り麻痺が解ける時間帯にウルベルトは目を覚ました。

 

そして今、とても困惑している。

眼前に広がる明らかに現実的ではない光景が理解できない上、空想上の生物であるはずの見知った悪魔達が、自ら積極的に彼の世話をしようと行動するのだ。

 

騒がしいわけじゃなく、この天幕の中は静かなもの。BGMが絶え間なく流れているくらいで全く気にならない。

けれど目を覚まして以降、悪魔達が絶えずこちらの様子を伺っているのが分かる。息をひとつ吐くだけで耳を傾け、視線を向ければこちらを向いて深々と頭を下げる。何か言いつけられるのを心待ちにしているように。

 

NPCがこんな動きをしただろうか?

一定の空間を歩き回り、時折立ち止まる。敵プレイヤーがいれば襲いかかり、ギルドメンバーには礼をして決められたパターン通りの行動を繰り返すくらいだったはず。

 

それに拷問の悪魔はだいたいを第五階層の氷結牢獄に配置した。

第七階層にも色合いが良いレア種を多少配置した記憶があるが、青白い肌からしてニューロストの部下にと配置した奴らのはず。俺が知る限りナザリックに布張りの天井を持つ部屋などない。引退後に造ったのなら分からないが。

 

ここは何処だと傍らに控える悪魔に問えば、聖王国の丘陵にある牧場だと言う。そんな国の名は知らない。

知らない場所、知らない部屋、見知っているはずなのに全く知らない行動や言動をする悪魔たち。混乱極まり、気絶するように意識を失うことも度々あるが、それでも現状を知ろうと努める。

 

目覚める頃にやってくるプルチネッラに聞きたいことは山程あるが、尋ねることが出来る時間も僅かしかない。

痛みが激しくなると麻痺を掛ける許しを乞うて来る。

痛みが麻痺すると睡魔に負ける。

 

許さず耐えれば泣き顔の仮面で懇願を始めるから話が殆ど進まない。

やがて痛みに思考が混濁し、次に目が覚めるまで麻痺と治癒の魔法を施され続けている。

そうして目が覚めること八度目で、俺はようやく自分の置かれた状況を理解した。

 

俺、アバターじゃない。

 

初めはユグドラシルの中だと思っていたが、NPCの自由度が高すぎた。

何故動けないのか問えば身体は治療中だと言う。

意識がある間だけでも大治癒を何度も重ねがけされているんだ、いくらカンストプレイヤーのHPが高くても完全回復するはずなのに治療中とか意味が分からない。

 

そもそも痛みがあるのがおかしい。

ゲームの中でも痛覚があれば脳が勘違いを起こして死ぬ可能性があるから痛覚は備わっていない。にもかかわらず俺が目を覚ますのは痛みがあるからで、この時点で根本から破綻してる。

 

そして何もかもが現実的(リアル)すぎる。

目覚めたばかりでは気づかなかったが幾度も繰り返せば気付く。気付きたくなかったのかもしれないが。

 

鼓膜に風が過ぎる音を伝えて風をはらむ天幕が、遊戯(ゲーム)じゃないと訴えている。

かなり大きな天幕だ。幾本もの柱が天幕を支えていて現実の俺の部屋の何倍もある。そんな天幕の内側を風が通り、血生臭い香りを運んでくる。

ユグドラシルに嗅覚はない。理由は痛覚同様だ。

風が吹くたびに天幕を揺らしたり臭いを発したりなど、どれだけの容量を喰うのか。悪魔たちが一々反応することもそうだ、NPCの行動がPCの行動ひとつで変わるプログラムなど組めるはずがない。

 

許容範囲外の事態に頭では理解しても、心が理解しきれない。

けれど水を求めれば、嬉々として拷問の悪魔が飲ませてくれた。あんな美味い水を飲むのは人生で初めてで、やっぱり夢かと思ったが水は消えてなくならないし、望めば悪魔が幾らでも注いでくれる。

 

そうして現実だと渋々ながら認めたあとに、俺の身体はどうなっているのか確認した。

記憶の通り炭化した手足とケロイド上の皮膚。

ところどころ皮膚がなくなり筋繊維が露出した部位のある身体を、被せたシーツの下に隠されていたことを知った。

 

そりゃ痛むはずだ。

むしろ痛みで死んでない方がおかしい。

これは、あれか。

切れる頃にかけ直しに来るプルチネッラの麻痺魔法のお陰か。

麻酔代わりなのか。

いろいろ突っ込みたい部分はあれど、俺が真っ先に思ったのは。

 

 

 

 

魔法効かなくて当たり前。

むしろ何で僅かでも効いているのか、俺が聞きたい。

普通死んでるはずだろう?

これ、現実世界の俺の身体だ。

 

 

 

 

情けないことに認識した直後の記憶は、あまりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の目覚めは幾分か落ち着いて迎えることができた。

布張りの天井も数体の悪魔が目覚めたのを察して膝をつくのも、左側にプルチネッラが控えているのも見慣れた光景になった。

 

「おはようございます、ウルベルト様」

「おはよう。・・・何処を治した?」

 

前回目覚めた時より若干寝苦しさが薄れている。

自分の意識が戻るのと、過ぎた時間が同等ではないことは既に理解していた。

 

「はっ。背中から腰に掛けての治癒を行いました。背骨わ損傷なく無事でしたので背筋と共に表皮を再生いたしました」

 

なるほど。

通りで前回までと違って横になっていても背中に痛みがないわけだ。

しかも皮までって相当無理したんじゃないか?

一部を治すのに精製した大量の薬液と何十の大治癒を連発することが必要だと聞いてる、数十体以上は必要だったはずだ。

 

「拷問の悪魔達を使い潰してないだろうな?」

「我等僕を御気遣い下さる必要わ座いません。御方のお役に立つのであれば、悦んで自ら身を捧げることでしょう!」

「・・・」

 

違う、そうじゃない。

そうじゃないんだ、プルチネッラ。

拷問の悪魔達の無事を知りたいのに、何故そんなくっそ重い忠誠心を知らにゃならんのだ。

 

「無事なら連れて来てくれ、礼を言うから」

「礼など!とんでも御座いません、遠慮なく使い潰して下されば良いのです!」

「死んでないなら連れてこい」

「はっ、畏まりました」

 

これだ。

頼むと通らないが、命令だと通る。

一時が万事この状態、普通に接しようとしても恐れ多いことだと受け取らない。けれど、こちらが上位者として押し付ければ嬉しそうに従う。

 

コイツら、俺の状態を分かっているのか?

今の俺は悪魔じゃなくて人間だぞ。悪魔にとって人間は玩具だろう。

少なくとも俺は悪魔にとってはそんなもんだと思ってた。デミウルゴスの設定にも書いた覚えがあるくらいだ。

 

身体はろくに動かせないどころか生きているのもおかしい状態で、しかも人間種。

拷問や実験、娯楽に食用など人間の用途はナザリックにおいては幾つもある。余すことなく使いきれるのが人間種。ナザリック地下大墳墓において人間種は下等種族ながらも非常に価値が高いのだ。特に悪魔族にとっては実に好ましい菓子扱いされるほど。悲鳴も、嘆きも、その存在が司る負の感情すべてが甘露に等しい。

 

そんな悪魔たちの巣らしい牧場に、人間種のまま俺は居る。

いつくびり殺されてもおかしくないどころか、殺してくれるかどうかすら怪しい状態だ。

死ぬ前に治癒魔法で癒して再利用。悪魔達がうっかりミスして殺してしまわない限り寿命が切れるまで永遠に苦痛が続く。

 

悪魔にとって死は逃亡。楽に殺してしまっては悪魔としての名が(すた)る。如何に長く生かし、苦しめ、嘆かせ、喚かせ、絶望させ、のたうち回らせるのか、それが存在理由と言っても過言じゃない。設定が設定通り反映されるならデミウルゴスはやる、俺がそう造った。

 

この身体じゃ自殺も無理。

舌を噛みきっても側に控える拷問の悪魔が癒してしまう。

どうにもならんと諦めたのに、拍子抜けするほどコイツらは目覚めた時から変わらない。

そもそもアバターじゃないんだ。山羊頭でも悪魔でもなくなったのに、コイツらはどうやって俺だと分かったんだろう。

 

疑問は尽きず、傍らの拷問の悪魔を見つめてみれば何か用があるのだと判断したのか膝まづき、胸に手を当てて此方を伺う。

こんなところはゲーム通りで、本当に現実なのか今一つ信じきれないでいる部分でもある。

 

「聞きたいことがある」

「はい。何なりと」

「今の俺は人間だ」

 

おい待て、痛ましそうに顔を歪めるな。

現実世界のものだけど俺の身体に違いはないだろ。

 

「お前達が見知った姿とは全く違うはずなのに、何故俺だと分かった?」

「はい。プルチネッラ様が御方の御声を覚えておりました」

「声?」

 

拷問の悪魔達を連れて戻ったプルチネッラを労い、拷問の悪魔達に礼を言い、これからも宜しく頼むと言い添えれば涙を流して誓われた。

正直、ドン引きだ。

お前らMP切れで青息吐息状態なのに、なんで急に元気になるんだ。

 

こら、働こうとするな。

大人しく魔力が回復するまで休め、俺を治癒させようとするな。

呼び出した俺が悪かった。せっかく回復した魔力絞って俺に大治癒掛けようとすんな!

 

休みを取らせても不都合がないかプルチネッラに確認し、一日の休みを言い渡す。

一斉に絶望の表情を浮かべるコイツらの気が知れない。

譲歩して魔力が完全回復したら仕事に戻っていいことにした。どんなブラック企業だ。

 

呼び出した悪魔達を戻らせてプルチネッラに話を聞く。

驚いたことに道化師の御披露目時に交わされたギルドメンバー全員の声を覚えていると言う。自分が生身だとか回りが悪魔だらけだとかショックなことは山程あったが今回ばかりは度肝を抜かれた。

まさかのNPC自らによる重度ストーカー宣言とか、誰特だ。

 

「ワタシわ御方々の御声のみならず!仕草、言い回し、癖に至るまで全てを!そう、全てを記憶しております‼」

「え」

「ウルベルト様わ我が創造主様と共にワタシの設定について楽しげに話しておられした、それわもう天にも昇る心地でございました」

「そ、そうか」

「以降、ワタシわ創造主様に賜ったお役目を全うする為日夜励んでおりましたが、ウルベルト様に訪れていただいた時にわ一層力が入ったと記憶しておりマス」

「そう、なのか?」

「それわ、もう‼お近くを通られた時ワタシをご覧くださり、笑って下さいました。コチラを見ながらでしたので柱に頭をぶつけられ、とても心配致しました」

「え”」

「他にもたっち・みー様と戦闘を始められたり」

「げ」

「止めに入られたモモンガ様に、よくお叱」

「よく分かった、もういい、それ以上言うな!」

 

コイツらの種族が悪魔だから云々よりNPCの存在自体がダメージを与えてくるとは思わなかった。

ゲーム時代でも類をみないほどのダメージを受けた気がする。

コイツがここまで覚えてるなら他の奴らはどうなるんだ、恐ろしい。

 

そんなこんなでダメージをかわしつつ探りを入れていけば、本来俺達ギルドメンバーにはギルドメンバー特有の気配というか威圧というか、何やら誤魔化せないものが漂っているらしい。

ナザリックへログインすると、ログインした人数に応じて気配が濃くなるので人数も分かるようだ。

僕なら絶対に間違えることのないほど圧倒的な気配で玉座の間に居ようと一階層のスケルトンですら感じるらしい。

なにそれ、怖い。

 

「領域守護者のみならず階層守護者ともなれば感知能力にも優れます」

「そう、だな」

「ワタシわ残念ながら力及ばず創造主を判断出来ませんでしたが」

「階層守護者ならば己の創造主がお戻り下された気配も悟ることが出来たと!思っております」

 

おい、やめろ。俺のデミウルゴスもストーカーです宣言などいらん。

なんか色々と痛くなってきた。

 

「・・・寝る」

「これわ申し訳ございません、ウルベルト様。麻痺をお掛けしても宜しいでしょうか」

「頼む・・・」

 

もう寝よう、そうしよう。

なんか疲れたし、また目覚めたら今日のことは忘れてから考えよう。

 

・・・はぁ。

 

 

 

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