「では師匠でも全く情報が掴めなかった、と?」
早朝、達也と深雪が来ていたのは小高い丘の上にある寺だった。普段はここの僧侶であり忍術使いである九重八雲に武術の稽古をつけてもらっているが、今日二人が来た理由はそれではない。
「そうだね、四条秀次という人物の親族、経歴一切の情報が掴めなかった。まるで世界から消されていたようにね」
四条秀次について、達也が八雲に情報の収集を依頼していたのだ。
「先生でも全く掴めなかったなんて……もしかして相手は十師族ですか?」
「仮にそうだとしたら、四なんて数字を使う胆力を賞賛するけど今回は違うと思うよ。それに僕にも捉えられない、という情報が得られただけでも十分だろう?」
「……そうですね」
八雲が達也に目配せで何かを伝えそれに無言で頷く。四条は十分以上に警戒するべき相手だと分かっただけでも、幸運というべきだからだ。無警戒の敵の強襲に備えることは非常に難しい。
登校時間も迫り、朝食も食べ終えた二人は縁側から立ち上がった。
「あぁそれと彼の住所なら分かったよ。一応見てみたけど結界のようなものが張られていたね。それも昔からの大家ではなく比較的新しい普通の一軒家に、ね」
「なるほど、ありがとうございます」
※※※
朝、エリカ、美月、レオに司波兄弟ともう『いつも』、と呼べるメンバーで通学していると七草会長に強襲を受けた。そのまま流れるように放課後の約束を司波兄弟と取り付けると嵐のように過ぎ去っていった。
その約束を果たすため、今司波兄弟は生徒会室というプレートのついた扉の前に来ている。
「いらっしゃい。遠慮しないで入って」
何がそんなに楽しいのか、ニコニコとした笑顔で正面奥のテーブルから真由美は話しかけた。
生徒会室には他にも風紀委員長渡辺摩利と、達也も知らない役員の先輩が二人。一度部屋の中をぐるりと見渡そうとした達也の目は、途中で停止した。
「秀次? 何してるんだ?」
「あぁ達也か。俺は朝七草会長に襲われてな、約束を破るわけにもいかず……」
達也の深雪の分であろう二席が空いている長机の下座で頭を抱えた四条の姿があった。微かに小刻みに震えているのは、絶対に演技などではないだろう。
お気の毒様、と心の中で手を合わせ、達也と深雪も長机の椅子に腰掛けた。
達也たちが来ることを知っていたのか単に距離を取りたかったのか、一番下座に四条が座っていたので上から深雪、達也、四条となった。
その後、会計の市原鈴音と書記の中条あずさという高等2年の先輩を紹介された。
そして勧められるままに昼食会が始まる。
ちなみにその頃には四条も現実を受け入れ、ある程度の落ち着きを取り戻していた。
「お兄様、わたしたちも明日からお弁当にしましょうか」
「深雪の弁当はとても魅力的だが、食べる場所がね」
「……まるで恋人同士の会話のようですね」
「そうですか? でも確かに、兄弟でなかったらと考えたことはありますね」
鈴音によって投下された爆弾は、達也によって不発処理された後見事に投げ返されたようだ。
「もちろん冗談です」
「おもしろくない男だな、君は」
淡々と告げるその姿に摩利は心底つまらなさそうに評した。
「同学年として、この兄弟には君から何か言ってやってくれ」
「いいんじゃないですか、別に二人が恋愛感情を持っていようとも。俺は口を挟む気はありません」
摩利の突然のパスには驚くほど冷静に返答する四条。これは全て興味外に対する冷徹なまでの無関心さからくる本音だった。
ちなみに横から聞こえる、そんなお兄様となんて……と聞こえてくる満更でもないような声は努めて無視した。
「そうは言うが、毎日隣でこんなふうにされては君も困るだろう?」
「いえ、隣でやるのなら問題ありません。流石に俺を挟んでやられたりすれば困りますが」
「はいはい摩利ももう止めようね。どうやら今年の新入生達は一筋縄ではいかないようだし」
このままではキリがないと、真由美が話を強引に断ち切った。
その後は四条の予想通りの展開だった。
深雪が生徒会に勧誘され――なにやら兄のことで一悶着あったが説得された――それを受諾。
高校の昼休みは特別長い訳では無い、そろそろ時間も差し迫っている。何故自分が呼ばれたか四条は未だ理解していないが、このまま予鈴が鳴ってくれればそれでいいと考えていた。
「ちょっといいか。確か風紀委員会の生徒会信任枠が空いていたよな? そこは二科の生徒を入れても規定違反にはならないのでは?」
「それよ!」
なるほど、そんな抜け道があったのかと感心する。この学校の規則はてっきり、全ての組織がブルームによって回されるためにあると思っていたのだが。
「ちょっと待ってください! まだ説明すらも受けてないんですよ!」
それを極端にそれを拒否する達也。まぁ同じ立場なら四条も絶対同じことをするとひっそり確信していたが。
珍しく助け舟でも求めるように達也の視線が順に動く。
鈴音の目には同情があった。
隣
摩利は楽しげに笑っている。
隣
あずさの瞳は彷徨うばかりのようだ。
隣
最後に四条の目にも同情もあった。が、その目に映る面白がっている感情は全く隠せていなかった。四条も内心で少し気晴らしのように感じていた部分も否めない。
達也はこの生徒会の中から助けはないと諦め、即座に理論で武装する。
「俺は二科生です。デスクワークならともかく、力づくで止める役目の風紀委員なんて」
「それは心配するな。秀次くんが補佐に入る」
「――ん?」
聞き捨てならない言葉が摩利の口からこぼれ出たような気がした。
「あぁ、まだ言ってなかったか? 秀次くんも一科生枠で風紀委員に推薦しておいた」
「はっ? 何も聞かされておりませんが?」
「忘れていた、すまない!」
何の目的もなく連れてこられるわけはない、そう甘くはなかった。しかし四条もそのまま大人しく風紀委員にさせられる訳にはいかない、魔術研究と魔法研究をこなすだけで手一杯だというのに余計なことに時間をとられている暇などないのだ。
どんな手段を用いてもお断りしようとしたそこで、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
「もうこんな時間だ。ではまた放課後、来てもらえるかな?」
「……分かりました」
全て先輩方の手のひらで転がされている気がしてならなかったが、四条にそれを断れる選択肢は存在しなかった。
生徒会室を後にし、次の授業のため直接実習室へと向かう四条と深雪。同じクラスの二人とは違い達也は二科生なので途中で別れた。
そのせいなのか、というか十中八九深雪が横にいるからだろうが今日は人目が集まる。
「でも秀次くんが入ってくれるのなら安心ですね。知り合いがいてくれるだけで大分安心するので」
「ま、深雪的には達也がいればそれだけでいいんだろうけどな」
「い、いえそんなことは!」
会話だけ見れば四条の嫌味に聞こえるかもしれないが、二人の間にそんな雰囲気は皆無であり楽しげな笑いもこぼれる。
「秀次くんがいるのが安心するのは本当です。なんというか、変に意識しないというか。私一科生のクラスでもあんまり馴染めてないので」
「みんなが近寄り難いっていうのもわかる気はするけどな」
「私そんなに無愛想でしょうか……」
「そうじゃない。魔法力を特に重視する一科生にとって深雪は憧れだからな。それに深雪は可愛いし礼儀も完璧、まるで隙がないんだよ」
その証拠に一科生で深雪を知らない人間はいないだろうし、いつも深雪と距離をとる生徒達が強すぎる羨望の眼差しを向けていることもよくあった。
特に男子生徒でそれは顕著なのだが、全く気づいていない様子の深雪に苦笑する。
「あ、深雪ー。それに秀次さんも!」
実習室に入った途端、声が飛ぶ。据え置き型CADの前で元気に手を振る姿が見えたり
「ほのか、後ろの人が待っているのだから早くしたほうがいいわ」
「あ、すいません……!」
慌てて手を戻し、ほのかはCADを起動する。
今回の実習内容はこの教育用CADを用いて台車をレール上を三往復させるもの。一科生にとってはかなり簡単なものだが、初めの授業ということで操作確認が主なためだ。
ほのかのCADが起動式を展開、魔法式を発動することで台車が動き出す。
(やはり見えないか……)
四条は心の中で歯噛みする。
魔法を行使する際、起動式と魔法式で使い切れなかった想子と呼ばれる非物質粒子が漏れ出てしまう。これは普通肉眼では見えないが、魔法師にとっては知覚できるものであり魔法の腕や異変を感じ取る指標となる。
しかしそれが四条には全く感じ取れない。魔法が使える以上体内に想子はあるのだろうが、意識的に使用できないのだ。
「次は秀次さんの番ですよ」
「あぁ、ありがとう」
課題を終え笑顔で譲るほのかに促され、四条は据え置き型CADに手を置いた。
【思考分割、開始】
本来は無意識下の魔法演算領域にて半ば自動的に演算されるものを、四条は起動式を自力で読み込み脳内で演算する。
単純な魔法でもアルファベット三万文字の情報を有する起動式を全くの誤差なく読み込み、変数入力の後魔法式を構築しなければならない。
思考分割とは思考を仮想的に分割し、並列して処理を行うため単純な二倍三倍より更に加速する。にも関わらず四条の魔法発動速度は一科生の中でも平均的に留まっている。
確かに魔法演算の時に行う思考分割は絶対に2つ以上にしないという制限はかけている。自身のキャパシティを超えて暴走なんてすれば取り返しがつかないからだ。
だがそれでも三倍にはなっているはずの思考速度でも追い越せないとは、魔法演算領域とは相当魔法に最適化された機能だと分かる。
「……」
加えて想子が認識できないためか、魔法効率が極端に悪い。
「見てください秀次さん! 深雪さんの魔法です!」
「おいほのか、俺はまだ実習中だ」
無駄にテンションが高いほのかに袖を引っ張られ、仕方なく魔法演算は思考分割に振り分けてほのかの方へ目を向けた。
――それは圧倒的だった。
想子が感知できない四条には分からないが、見えているのならそれはもう文字通り目を奪われるものだろう。凄まじい事象干渉力をもって走り出した台車は最短で加速され最小の時間で減速される。
恐らく一科生の中でも突出したタイムを記録するだろうことは、最後まで結果を見るまでもなかった。
「あれがトップか」
その時四条の心に感じたことのない感情が湧き上がった。その正体に四条は気づけないが、それは紛れもなく純粋なライバル心。
自身の工房に引きこもり続けていた四条には感じることもなかったそれが、こちらの世界に来たことで芽吹いたのだ。
※※※
終業のチャイムが鳴る。いつもなら歓喜の鐘が、今はただただ煩いものだった。
いっそ生徒会の約束など放り出してやろうかとも思ったが、真後ろに深雪がいる状況で逃走など出来る訳もない。
結局途中で四条と似たような顔をする達也と合流し、生徒会室の扉を開いたのだった。
「失礼します」
そこには見覚えのある役員の先輩方ともう一人見覚えがない男子生徒がいた。
実は彼は入学式で挨拶もしていたのだが、四条はそんな役に立たない情報などとうに消し去ってしまっていたので初対面だと感じている。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、四条秀次くん、生徒会へようこそ」
服部はそのまま達也を無視して席に戻った。深雪はムッとした気配を漂わせるが、流石に自制してすぐにかき消す。
達也は深雪が暴走しなかったことを心の内で密かに胸を撫で下ろした。そう、完全に油断していたのである。
「……? 司波達也もおりますが?」
四条の完全に空気を読まない一撃だった。達也だけでなく深雪、そして生徒会の面々もあちゃーという顔で苦笑する。
だが同時に真由美は一人計画通りと笑っていた。
「四条くん……。良いでしょう、この際なのでハッキリ言わせていただきます。私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します」
「何故だ?」
「風紀委員は実力で取り締まる役目です。力で劣ったウィードにそれが務まるとは思いません」
服部と摩利の論争が始まってしまった。そこに至ってようやく失言だったと気がつく四条。
「実力にも色々ある。達也くんは、展開された起動式を読み取り魔法を予測する目と頭脳がある」
「なんですって?」
自慢げに言い放った摩利の言葉にショックを受けたのは服部だけではない。四条もまた内心で驚いていた。
(俺だって思考速度を三倍にしてよくやくまともに読み込めるものを、達也もできるだと? ならば達也の分析能力と処理能力は単純に俺の三倍なのか!)
そしていつの間にか今度は服部と深雪の言い争いが始まっていた。お兄様大好きの深雪が耐えきれずに暴発したのだ。
テーマはいつの間にか達也の有用性についてというものへ移り変わり、深雪が決定的な言葉を言い放った。
「お兄様の本当の力を以てすれば――」
「深雪」
何か言いかけた深雪を達也が止める。だが達也の表情と性格を知る人ならば、達也がこのまま引き下がる気などないだろうということは簡単に予想できる。
「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」
「なに……?」
(シスコンめ……)
四条以外の先輩たちは、達也の大胆な反撃に呆気にとられた。
「思い上がるなよ、補欠の分際で」
「あるがままの対人戦闘スキルはやってみないと分かりません。それに、妹の目が曇ってないと証明しないといけませんから」
「……いいだろう、身の程を分からせてやる」
模擬戦。真由美と摩利によって、喧嘩沙汰ではなく正式なものとして宣言されたのだった。
第3演習室。
「秀次も来るのか。迷惑をかけて悪いな」
「いいさ元は俺の失言が原因だ。それより今は達也の戦いぶりを見せてもらうとするよ」
「期待に添えるかは分からないがな」
そうは言うものの、実際四条は達也の直接の勝負に関しては全く興味がない。興味があるのは魔法師同士の戦い方とCADだ。
『自らが最強である必要は無い。最強であるものを作ればいいのだから』
これがアトラス院の教えであり、四条にも根付いた基本思想。だから四条は達也や服部の直接的な戦闘力はどうでもよかったのだ。
「いつも複数のストレージを持ち歩いているのか?」
「特化型CADが起動式の格納数が少ないからか。達也は相変わらずマメだな」
「処理能力が足りないから、こうするしかないだけさ」
この達也の返答に四条は首を傾げた。
(そんなはずはない。達也が起動式を読み取れるなら、俺の思考速度の三倍と同じで処理できるはず。一科生の平均的な力は有しているはずだ)
そんな四条の疑問をよそに模擬戦のルールが説明され、服部と達也が開始線に立ち準備は完了。
「それでは、始め!」
摩利の宣言で、戦いの火蓋は切られた。
服部は単純な魔法によるスピード重視の戦法をとった。三倍の思考速度で見ていた四条にすら、服部の起動式を一部読み取り落としたほどの速度で展開が完了される。
が、一瞬だったはずの時間に達也は服部の後ろを取っていた。達也のCADの銃口が服部を捉え、服部の意識はそのままなす術なく刈り取られた。
「そ、そこまで! 勝者、司波達也」
淡々と達也は勝利を収めたのだった。
「待て。今の動きは自己加速術式か?」
「あれはただの身体的な技術です」
「では服部くんが倒れたのは……?」
「あれは魔法師なら感知できる想子波によって酔ったんです」
先輩の疑問にこともなげに次々と答える達也。
(想子波、ね。なら俺にはあれが効かないんだろうな)
自虐的に笑う四条。今の戦闘を見ても、四条には想子の波動も何も感じ取ることはなかった。
何とか起動式を読み取ることでどんな魔法を使っているのか、そもそも魔法を使ったのかを見ることしか出来ないのだから。
「あの、司波くんのCADはもしかしてシルバー・ホーンじゃないですか?」
ピクリ、と反応したのはあずさと四条。
「シルバー・ホーン? トーラスシルバーの?」
「そうです! シルバー・ホーンというのはですね、ループキャストシステムに最適化されたかの天才トーラス――」
そしてシルバー・ホーンについて熱弁を始めるデバイスオタクことあずさを横目に、四条は達也の元へと走りだしそうになる足を抑えてゆっくり近づいた。
「達也、少しそのCADを見せてくれないか?」
「……構わないが」
達也にしては珍しく一瞬の迷いのあと、銀色に輝く特化型CADを手渡した。
それを見た瞬間、四条は驚愕する。
オリジナルを見たことはないが、それでも市販のものからはかけ離れているだろうことが分かるほど様々なチューニングが施されていたからだ。
恐らく並の高校生ではこれが一体どれほどのものなのか分かる人すらも少ないだろう。
「……ふぅ」
ため息をつきながら達也にCADを返す。
「どうした?」
「いや、最近自分に自信がなくなってきてな。そんなもの見せられたら、自分の腕に絶望するよ」
「……そんなことはないさ。俺はこういうことだけが取柄だからな」
「達也にそれを言われても慰めにもならないな」
かつて世界を滅ぼせる兵器すら作ったアトラス院。それほどではないが、街程度なら消し飛ばせる魔術礼装だって作ったことがある四条にとって、屈辱的とまで言えるほどの敗北感だった。
自分ではCADの調整はかなり上達したと思っていたはずが、こんな身近に更なる上が存在したのだから。
「そうだ、せっかくなら秀次くんと達也くんも戦わないか? 今ならすぐに出来るぞ?」
摩利からの提案。悪ふざけの類いだったのだろうが、張本人たちは一瞬のうちに互いに睨み合う。
両者とも相手のことが得体の知れない存在として認識し、要警戒対象として監視しあっているのだ。可能性は限りなく低いとはいえ、下手をすればここで殺し合いにすら発展する模擬戦となりかねない。
「……いえ、今の試合の後に達也に挑む気はしません。黒星を無駄に増やす必要もないでしょう」
「俺も秀次と交える気はしません。何か、特大の隠し玉を持っている予感がするので」
「そうかい。まぁいい」
結局二人にとってはこれが最良の選択だった。
「さて、それでは予想外のイベントは起こったが風紀委員会本部へと向かおうか」
逃がしはしないと出口に立つ摩利。
達也と四条は顔を合わせて諦め混じりのため息をついたのだった。
三人も評価をつけていただいて、ありがとうございます!
※補足
三点リーダに関する誤字修正案を送っていただいてありがとうございます。
ですが私が現在使用しているキーボードでは今の三点リーダしか表示できませんでした。申し訳ありません。
他にも誤字修正などがあればお気軽にお教えいただければ有難いです。