その後はとくに記すべきこともなかった。
何やら達也が呼ばれてどこかへ連れていかれたが、四条は簡単な報告のみで特に呼び出しなどもなかった。
達也には先に帰って良いと言われていたので、一人ぼうっと空を見ながら通学路を歩いていた。
(達也はまた何かしたんだろうな。あいつのことだ、きっとまた新しい厄介事を作りながら事件を解決したに違いない)
「⋯⋯なんだろう、俺何を考えているんだ?」
はたと足を止め、四条は自分自身に疑問を抱いた。
いつもは研究のことで一杯のはずで、他のことを考えている余裕などないはずだ。それに研究より考えることがあるわけがないのだ。
だというのに、四条の心の中に残り続けるもの。
「アトラス院にいた時は、こんなことなかったのに」
もう一年以上前になってしまったが、その頃の記憶は鮮明に思い出せる。
朝起きて研究して昼ご飯食べて研究してシャワー浴びて研究して寝る間も惜しんで研究する。
根源へ至るためなら、親の夢を引き継ぐためならそれも苦ではなかった。
「⋯⋯親?」
記憶の中にノイズが混じる。
それ以上昔に遡ろうとすると、何故か何の記憶も出てこない。代わりにノイズのようなものが生まれるばかりだ。
今まで自分の指針であったはずのものが、まるで最初から無かったかのように歪んでいく。
「一体どうしてしまったんだ、俺――」
星の瞬く夜空を見上げる。
「さすがに一年も見てると、飽きるな」
そう誰に言うでもなく零したのだった。
※※※
「何事ですか!」
「遅いぞ秀次!」
四条の疑問に対して摩利が怒声で答える。
学校で普通に授業を受けていると、急にすっ飛んでこいとの連絡を受けたのだ。
遅いと叱られる言われはないと思うが、同じ新人の達也がすでに到着していたのだから文句も言えまい。落ち着いてもう一度聞き直す。
「申し訳ありません。それで、何が起こったのですか?」
「一部の生徒達が結託し、放送室を占拠してしまったのだ。すでに回線は遮断しているが、そのまま引き篭もってしまってな」
「それは⋯⋯十分すぎるほどの犯罪行為では?」
聞けばマスターキーも盗み出されたようで中にあるのだという、学生のやっていることとはいえ許される行為ではないだろう。
これがもし普通の学生というのならまだ可愛いものだが、相手は未熟ながらに魔法という兵器を持つ魔法師だ。
下手をすれば死傷者まで出るかもしれない。
「ちなみに相手は何と?」
「我々は学内の差別撤廃を目指す有志同盟である。と言ってその名の通り、学内の差別撤廃を求めている」
「有志同盟、ですか」
これに対して四条は苦笑を隠せない。見れば達也も大体同じような感想のようだ。
「達也はどう思う? 俺は今すぐにでも扉を吹き飛ばして確保するべきだと思うが」
「それには俺も同感だ。しかし⋯⋯」
ちらりと達也は先輩達、つまりこの場の指示権を持つ人達を見た。
どうやら先輩の間でも方針の対立によって膠着状態となっているようだ。緊急事態においてはあまり良くない状況だろう。
「十文字会頭はどうお考えなんですか?」
達也が意外にも切り込んだ質問を投げかけた。
「俺は彼らの要求に応じても良いと考えている。この場でしっかりと反論することが、後顧の憂いを断つことにもなる」
「ではこの場は待機、と?」
「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要するほどの犯罪性があるとは思えない」
つまり強引な事態収拾は図らない、という結論に落ち着いたようだ。
これに対して四条は自分の常識との違いに軽く驚いた。
「寛大ですね。俺の元いた所なら、こんなことをすればまず間違いなく殺し合い。良くて普通に殺される、でしょうか?」
アトラス院に限らず、魔術師が他人の工房に少しでも足を踏み入れれば容赦なく言い訳すら言う暇もなく殺されるだろう。
放送室はそこまで厳重ではないのだろうが、どの道魔術師達の公共スペースを占領ということをすればタダでは済むまい。
こちらの魔法師というのはやはり魔術師とは根本的に全く違うということなのだろう。
「君はどんな紛争地帯にいたんだ⋯⋯」
摩利の唸るような声。同時に四条の周囲の人間の目が冷ややかなものに変わりつつあることを即座に感じ取った四条は慌てて言葉を継ぐ。
「冗談です」
「目が笑っていなかっただろうが!」
「冗談です」
頑として真顔でそう言い放つ四条に、大きなため息をつく摩利。
「全く、達也君といい冗談が下手すぎるぞ⋯⋯」
「それは心外です」
「君も変なところで突っかかるな⋯⋯」
(危ない危ない。ちょっと気を抜くと余計なことを喋ってしまう。常に気を配らなければ)
内心で四条は冷や汗を滝のように流しながら、何とか作り笑いをうかべる。
「それでは十文字会頭、学校施設を破壊しなければ、このままの膠着状態を望んでいるわけではない、ということでいいですか?」
「その通りだ」
「分かりました」
達也は頷き、内ポケットから携帯端末を取り出して音声通話モードを立ち上げた。
「壬生先輩ですか? 司波です」
ぎょっとした視線が突き刺さる。
「今どちらに? はぁ、放送室に居るんですか。それはお気の毒です」
わざわざ余計な一言を足してしまう達也を細目で見る四条だが、自分も人には言えない立場だと身にしみているので何も言わない。というか言えない。
「それで、十文字会頭は交渉に応じると⋯⋯はい。というわけで交渉の打ち合わせをしたいので⋯⋯いえ、先輩の自由は保証します。我々に牢屋に閉じ込めるような権限はありません。では」
通話ユニットを耳から外し、携帯端末と一緒にしまいこんだ。
「すぐに出てくるそうです」
「流石だな達也。よし、俺はいつでもいける」
「ま、待ってくれ。君たちは一体何の話をしているんだ?」
頭にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな顔で達也と四条を見つめる摩利。
何を言っているんですか? という顔で二人は摩利を見返した。
「達也が折角扉を開けてくれたんですから、中のヤツらを拘束するんですよね。あれ、違ったか達也?」
「それで合っている。CAD以外の武器を携帯している可能性も考慮しないとな」
「⋯⋯君はさっき、自由を保証すると言っていなかったか?」
「俺が自由を保証したのは壬生先輩だけですが」
摩利も鈴音も、あの十文字克人でさえも呆気にとられたような顔をする。
「そもそも口約束を守る必要もないでしょう。相手は紛うことなき、不法行為を行う違反者なんですから」
四条もさらに続けて、あっけらかんと言い放ったのだった。
制圧作業は驚くほどスムーズだった。
放送室にいたのは壬生紗耶香を含めて五人。全員素直に達也の言葉を信じて、マスターキーまで自分達が持っているからの油断なのかCADの起動準備すらしていなかった。
沙也加が扉を開けた瞬間、問答無用で押し開けて侵入。四条も適当に目についた男子生徒にCADを突きつけて接近、そのまま押さえつけた。
あの死にそうなほど多忙だった部活勧誘週間の成果なのだろうかと、四条は喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙な感情であったが。
「私達を騙したのね!」
向こうでは沙也加が達也に飛びつきそうな勢いで叫んでいるが、四条はさほどそちらに興味はなかった。
どうせ達也なら何とかするのだろう、という信頼のような諦めのようなものがすでに四条の中で確立しているからだ。
「ふざけるな風紀委員の犬どもめ! 離せ!」
何より手の下で暴れながら罵声を浴びせてくる男子生徒の方に気を使わなくてはいけないからだ。
手を緩めて逃がすのは論外だが、必要以上に力を加えて余計な傷を与えるのも風紀委員としては失格らしい。
何故そこまで違反者に優しいのか四条には未だに分からないが、それがルールなのだから仕方がない。
「はいはい、あんまり暴れないでください。この手をへし折りますよ」
真顔でそう言われた方は余程の恐怖だったのか、ひとまず大人しくなってくれた。
「⋯⋯十文字君。彼らを放してあげてもらえないかしら」
扉の方から聞き覚えのある声がしてそちらへ顔を向ける四条。そこには予想通りの小柄な影、生徒会長七草真由美の姿があった。
「壬生さん一人では交渉の段取りも出来ないでしょう」
「⋯⋯」
どうするべきかと悩みながら見ていると、四条と真由美の視線がバッチリと合った。そしてウィンク。
それに含まれた意味を理解し、四条は組み伏せた男子生徒から手を離して解放した。他の風紀委員もそれに続く。
「壬生さん。これから貴方達と生徒会の交渉に関する打ち合わせをしたいから、ついてきてもらえるかしら?」
「⋯⋯えぇ、構いません」
「じゃあ達也くん、深雪さん、貴方達は今日はもう帰ってもらっていいわ」
「⋯⋯それでは会長、失礼いたします」
深雪と達也は一礼の後扉を閉めた。
しかし風紀委員としては一応拘束はしないといっても監視をしないわけにもいかない。四条はCADからは手を離さず、占拠メンバー達を睨み続けていた。
「秀次君、君ももう帰って構わないぞ。後は我々二、三年生で対処しよう」
「そうですか? では、失礼します」
摩利に言われるがままに、四条も放送室を後にしたのだった。
怒涛の勢いで進んだ放送室占拠事件は、生徒会と生徒側で話し合いをするということで、一応の集結を迎えた。
「お疲れ達也」
「あぁ、お疲れ様。しかし放送室の占拠とは思い切ったことをやってくれたな」
「あの生徒達の処分はどうなるのでしょうか?」
「生徒会長のことだ、真剣に正面から話し合いをするだろう。それにそれが解決への一番の近道だからな」
途中まで通学路が一緒なので、あまり二人の兄妹の間に入るのははばかられたが是非というので三人で歩いていた。
「一科生と二科生の差別の撤廃、か」
「秀次さんはあまり気にしませんよね、そういうこと」
一瞬何か怪しまれたかと思ったが、少なくとも好意的に見える深雪の視線を見て胸を落ち着かせる四条。
「こういう差別的思想はどの時代どの世界でも無くならないからな。学校教育で直るものでもあるまいし、無駄なことだと思うがな」
「秀次は入学式の時もそんなことを言っていたな」
その達也の言葉に驚いたのは深雪だった。
「入学式ですでに知り合っていたのですか!」
「あぁ深雪には言ってなかったか。深雪と別れた後本を読んでいたら、秀次が話しかけてきてくれたんだ」
「今思い返すと読書の邪魔をしたかな、と後悔してる」
「そんなことはないさ。まぁその後の行動には少し驚かされたが」
肩を竦めて笑う達也と四条。話についていけない深雪は少しふてくされていたが、詳しい話は後で達也がするだろうと考えていた。
なによりその話をするにはもう時間が無い、すでに帰路の分かれ道なのだから。
それに何より、今日は達也に言うべきことがあったのだ。
「⋯⋯なぁ達也。達也ってCADとか魔法工学って得意だよな?」
「得意といえば得意だが⋯⋯」
「ご謙遜なさらなくてもいいではないですか! お兄様のCADの調整はいつも完璧です!」
歯切れの悪い達也を妙に嬉しそうに褒める深雪。いつもの構図といえばそうだが、今の四条にとってはそれが何よりありがたかった。
「なら一つ、頼みがあるんだが――」
※※※
放送室占拠から数日後、事は講堂を使っての生徒会と生徒達の公開討論会にまでなっていた。
占拠事件から同盟(学内の差別撤廃を目指す有志同盟の略称)の活動は一気に活性化し、授業以外の時間に賛同者を募る同盟メンバーで校内が溢れていた。
しかしまさかここまでのことになるとは四条は考えていなかったので、講堂討論会の連絡を受けた時は大いに驚いた。
そしてその護衛というか、監視のために風紀委員が駆り出されることを聞いて倒れ伏したというわけだ。
「風紀委員は別途の手当をもらうべきでは⋯⋯?」
などと益体もないことを考えながら、講堂の中をぐるりと見回した。
実に全校生徒の半数が集まっており、舞台袖からでもなかなか壮観たる景色だ。
ちなみに四条の仕事は真由美と討論する同盟メンバーの三年生四人を監視することだが、風紀委員の三年生が横に控えているのでそうそう何かすることはないだろう。
反対側の袖にいる達也達から目で合図される。即ち討論会の開始だ。
結論からいえば、このパネルディスカッション方式の討論会は生徒会、というより真由美の圧勝に終わった。
元々扇動活動を行っていたような同盟が表舞台で正面からの対決という場に引きずり出された時点で、敗北は決まっていたのだ。
討論会はやがて真由美の演説会へと変化していき、講堂には真由美の最後の一言によって満場の拍手が鳴り響いていた。
今、この瞬間、この場所だけは、ブルームやウィードという壁が取り払われていたのだ。
そしてそれは驚くほど脆く、早く瓦解した。
突如轟音が講堂の窓を震わせ、拍手という一体行動に身を委ねていた生徒達の方が一斉に飛び跳ねる。
そして一般生徒の戸惑いの声よりも早く、風紀委員が一斉に動いた。
流石というべきか、四条よりも一足早く動いた三年生の風紀委員が目の前の同盟メンバーを押さえつけた。
見ればすでに四条が目星をつけていた同盟メンバーのほとんどが制圧されつつあった。
「くそっ!」
目の前の押さえつけた同盟メンバーが袖から仕込みナイフのようなものを取り出す。
「危ない」
占拠事件の経験からCAD以外の武器を携帯してくることを予想していた四条は、迷いなく握った手ごとナイフを蹴り飛ばした。
悲鳴をあげてナイフを手放す同盟メンバー。
「助かった!」
「いえ、ここはもう大丈夫ですか?」
「あぁ、予定通り他の場所の鎮圧に向かってくれ」
「了解」
第一高校への外部勢力による侵入、奇襲攻撃という前代未聞の事件が幕を開けたのだ。
なかなか時間が取れず、遅くなってしまいました••••••。もうストーリー忘れたわ! という方、すいません!
これからも更新は続けていきますので、どうかよろしくお願いします。
それでは皆様良いゴールデンウィークを。