「やっぱりというか、セキリュティの甘さがここにきて出たな。アトラス院の迷宮とまでは行かなくてももう少し危機感を持った方がいいだろうに」
そう四条は呟きながらも頭の中では理解していた。
ここは最高レベルの魔法科高校。それに伴って授業のレベルも比例して上がり、その魔法実技を扱える一流の魔法師である教師が常駐している。
小国の軍隊程度は単独でも退けられる力を持つこの学校に襲撃するものが現れるなど、誰も警戒していなかったとしても仕方がない。
「それよりも今は対処の方が先か!」
ゲリラに対するCADの使用は全種解禁されている。魔法的な加速を受けて駆けつけたのは、四条が担当を任されていた実技棟だ。
すでに実技棟を取り囲むように複数の人影、そして爆発音と共に壁から炎が吹き上がった。
「小型炸裂焼夷弾!? こいつらどこまでの大きさの組織なんだ?」
動揺は顔には出しつつも、CADを動かす指に迷いや揺れは現れない。
電気工事の作業員のような格好をした男を吹き飛ばして壁に激突、そのまま男達は倒れ込んだ。
それを確認すると急いで実技棟の鎮火へあたろうとするが。
「フリーズ・フレイム」
四条がCADを操作するよりも早く、後ろから放たれた魔法が一瞬で炎を消し去った。
これほどの魔法を使える魔法師は、この魔法科高校といえどもそうそういない。四条が知る中で生徒では唯一人だが、その一人はこちらの場所が担当ではない。
つまりこの魔法の主は。
「木崎先生!」
「大丈夫か、四条君」
振り返ると四条の想像通りの人だった。魔法科高校の教師で、何度か魔法実技の授業も受けもってもらっていた。
男性で強面だが教え方はとても丁寧な人で、振動減速系魔法を得意とする人だ。
「今の敵の戦力配置は分かりますか?」
「不明だ。今教師達で鎮圧行動と情報収集を並行してやっている。洗い出されるのも時間の問題だろう」
流石に事態への対処は早い。木崎先生の言う通りならば、ここからゆっくりと収束に向かっていくだろう。
「何か指示はありますか? なければ私は私で状況を見つつ動きますが」
「CADを持っていない一般生徒達の援護と誘導を頼みたい。ゲリラは私達教師で何とかするが、誘導の方は人手が足りなさすぎる」
「了解しました」
後ろから聞こえる爆音と、人が薙ぎ倒されていく音を背に四条は本棟へと向かった。
本棟の中には以外にもゲリラは少なく、ほとんどの生徒達は無事避難、或いは戦闘へと加わっていた。
四条は残った生徒達を警護しつつ、一時避難所となっている講堂へと走っていた。
「慌てないで下さい! ゆっくりで大丈夫ですから!」
集団の場合で一番避けたいのはパニックによる暴走だ。急かしつつも焦らせないように、ゆっくりと校内を移動させていく。
幸いにもほとんどのゲリラはすでに倒されて道端に転がっており、遭遇戦は起こっていない。
「このまま何事もなく終わってくれればいいんだが••••••」
講堂まであと少し――その時だった。
「後ろ、危ない!」
避難の列にいた二科生の少女が叫び、四条が後ろを振り返ろうとした時にはすでにゲリラの男の魔法式の構築は終了していた。
「しまった、まだ意識がある奴がいたか!」
想子を感じ取れる魔法師なら分かったのだろう、事実二科生の生徒ですら気づいたのだ。
しかし四条にはそれが出来ない。
「だめだ、間に合わな――」
シングルアクションの魔術ですら、追いつかない。
スローモーションのように流れる視界の中、放たれた魔法は危険を伝えようとしたばかりに狙われてしまった二科生の少女へと••••••。
「させるか!」
魔法発動のほんの直前、魔法式が吹き飛ばされゲリラの男も後方へ飛んだ。
「ぼうっとしてるな、早く講堂に!」
そこには入学式に見た特化型CADを持つ森崎の姿があった。
「助かった森崎」
「礼を言われるほどのことじゃない」
「いや、森崎のクイックドロウだからこそ間に合ったんだ」
四条の本心からの褒め言葉だったが、森崎は怒ったのか困ったのか黙って顔を背けた。
「それにしても二科生もちゃんと助けるんだな」
「当たり前だ。俺達は一科生なんだ、二科生に負けてなんてられない」
「そうか••••••そうだな。達也には負けてられないな!」
「だ、誰があいつのことなんて言った!」
「なんだ、違うのか?」
「いや違うとは言わないが••••••」
まごまごとしてはっきりしない森崎。しかしゆっくりとその答えを待っているほど、状況はまだ落ち着いてはいなかった。
爆発がまたも数度。
「森崎、急いであっちに向かうぞ」
「あ、あぁ!」
生徒達の避難を終わらせると、一息つく間もなく今度は爆発音のする方向へと走ったのだった。
出来るだけ早く激戦区へ駆けつけたい四条と森崎だったが、如何せんゲリラの妨害に手間取り上手く進めない。
かと言って無視するわけにもいかず、結局目に付いた敵から排除していっていた。
「森崎後ろだ」
「右から来るぞ四条」
淡々と処理していく二人。ナイフや銃で武装しているといっても所詮は素人、CADを持った魔法師に勝てる道理もない。
「このままゆっくりと••••••ん、あれは。レオ!」
「おぉ秀次、良いところに! ちょっと手伝ってくれないか、こいつら倒しても倒してもどこからか出てきやがってな」
硬化魔法を展開した拳でゲリラ達を殴りつけるレオの姿があった。
硬化魔法は衣服にも展開されていて、さながら鎧を着た戦士のようだ。
「分かった。達也たちはどうした?」
「達也たちなら図書館に向かったぜ、何でもそっちが相手の狙いらしい」
「図書館か、なるほどな」
レオに後ろから襲おうとする男を吹き飛ばしつつ、状況の把握。
「秀次は••••••げっ、そいつと一緒かよ」
「それはこっちのセリフだ」
森崎の顔を見るや露骨に嫌そうな顔をするレオ。入学式以来の因縁は未だに続いていたようだ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。早くこいつらを蹴散らして達也の援護に向かうぞ!」
「おうよ! パンツァァー!」
レオの音声認識のCADが雄叫びに反応し、レオを魔法の鎧で囲う。
そしてその拳で放たれる一撃は、加速術式を使っているものと遜色がないほどの威力を発揮する――はずだった。
「なんだこりゃ!」
レオが叫ぶと同時に、大きく後方へ下がって間合いを取った。
「なんだこれ!」
そして森崎も似たような奇声をあげた。その原因は二人共同じものだった。
そして四条も同様、魔法式を構築しようとするがどうにも上手く作用しないのだ。
「魔法が使えなくなったぞ!」
「これは、キャストジャミングなのか?」
「森崎、これが何か分かるのか?」
実質的に丸腰となった三人は互いに背をつけてゲリラの様子を伺いつつ、森崎に尋ねた。
「キャストジャミングは魔法式がエイドスに干渉することを阻害する想子波動だ。だがこれにはアンティナイトという特別な鉱石が必要だったはず••••••」
「発信源は分かるのか?」
「分からない、そもそもこれが本当にキャストジャミングなのかも••••••」
答えを出す暇もなく襲いかかるゲリラの攻撃を何とか躱す四条。
魔法が使えないとなると魔法師などただの人間。武器を携帯しているゲリラとの交戦は危険が大きすぎる。
「一度撤退して様子を見るか」
「それしかないか。ひとまず魔法が使えるまでは••••••」
レオがそこで言葉を切り、何度か拳を握っては開いてを繰り返す。
「何だか空気が変わった気がするな。これがキャストジャミングなのか?」
魔法師にしか分からない感覚なのだろう。
似非魔法師である四条には使えなくなった時も使えるように戻った時も何の変化も感じなかったのだから。
「なんだかよく分からんが••••••パンツァー!」
もう一度硬化魔法をかけ直す。今度は魔法式はきちんとエイドスを書き換え、情報が更新されていく。
「よし、これならいける! さぁもう一勝負だ」
数十分後、表だった騒乱は全て鎮圧された。結局達也への援護は間に合わなかったが、どうやら必要もなかったらしい。
教職員らによる迅速な対応によって、警察への侵入者の引渡しもすでに始まっていた。
役割をひとまず終えた四条たち風紀委員は、残党がいないかを確認するためにバラバラになって校内を巡回している。
「結局敵の狙いも何も、分からずじまいか」
独り言を呟きながら、四条はあてもなくふらふらと教職員が使うための駐車場に足を運んだ。
「ん」
「秀次」
そこには司波兄弟にエリカとレオ、そして十文字克人の姿があった。
オフロードタイプの大型車に次々とその面々が乗り込んでいく中、四条の存在に気がついた達也が歩み寄ってくる。
「何してるんだ?」
「今からブランシュの拠点を叩く」
達也の答えは非常に簡素だった。
「ブランシュってのは?」
「今回の襲撃の犯人だよ」
「なるほどね」
どうやってそのアジトを突き止めたのか、など聞きたいことはあったが今はそれをのみ飲んだ。
「どうする、秀次も来るか?」
「いや遠慮しておく。俺は足でまといになるだけだ」
達也としてはまだ警戒を解いていない四条の力を測りたいという思いを含んだ提案だったが、四条はそんなことを考えることもなく答えた。
意味がない。
いつもはなし崩し的なものや仕事だからやっているが、今回のことについては全く関係がない。
言ってしまえば四条にとっては無駄な労力なのだと、合理主義な錬金術師は叫ぶ。
だと言うのに四条の心にはもやもやが残っていた。
「そうか。俺はそうは思わないが、無理にとは言わないからな」
それだけ言い残して車へ向かう達也。その後姿を見て、四条はある言葉を思い出した。
――達也には負けてられないからな
自身の言葉を。
「••••••達也、ちょっと待った! やっぱり俺も連れていってくれ」
達也はそれに、車を指さして答えたのだった。
レオの硬化魔法がかけられた大型車は閉ざされた工場の扉をいとも簡単に突き破った。
「お疲れ、レオ」
「なんの、チョロいぜ」
そうは言いつつも車から降りたレオの額には脂汗が滲んでいた。
高速移動する車を一瞬硬化させるという荒業をやってのけたのだから、当然だ。
「レオとエリカはここで待機して退路を確保、逃げる奴を始末だ。会頭と桐原先輩は裏口から、俺と深雪はこのまま正面から、秀次は」
「俺は上から行く」
達也の指示を待たない秀次の言葉に、あえて達也は黙って頷いた。
そして各々が行動を開始する。
※※※
事件は呆気なく幕を閉じた。
何をしたのか四条は知らないが、悪魔でも見たような顔で走ってきたブランシュのリーダーらしき男だったが、その先の部屋にはすでに屋上から侵入した四条が待ち構えていた。
後は四条が投げ飛ばし、激怒した桐原が腕を切り落として終わりだった。
「それにしても珍しかったな、秀次が自分から事件に入ってくるなんて」
「そうですね、あえて関わる理由もなかったのに」
後始末は克人が済ませてくれている。
警察に身柄が引き渡されていくのを見守りながら、三人は命がやり取りされるような戦闘があったとは微塵も感じさせない雰囲気で話していた。
「いや、俺も達也には負けてられないと思ってな」
「秀次は俺よりももう十分優秀だと思うんだが••••••」
「謙遜は過ぎると嫌味になるぞ。今回の事件を解決したのは間違いなく達也だ、もっと誇れよ」
「そうです、お兄様はもっと堂々としているべきですよ!」
秀次の一言のせいでまた目の前で始まった兄弟のイチャつきをスルーして、四条は茜色に染まる空を見上げた。
まったく合理的ではない自身の行動を振り返って、しかしどうして四条の心は晴れやかだった。
ロンドン時計塔。
白髪に白髭を蓄えた、もう老人と言えるだろう年齢の男が手に持つ宝石を様々な方向から覗いていた。
「この光は••••••」
「どうしました?」
老人の怪訝そうな声に、長髪の男が反応する。それは気遣いなどではなく、単なる危機感知センサーが働いた故のものだったが。
「これは、儂にも見えぬ世界か」
「大師父でも見えない世界、と?」
今度に怪訝そうな顔をするのは男の方だった。老人はくっくっと笑い、その宝石をじっと見つめた。
「面白い。これは平行世界ですらない、異世界かのぅ? ならばそこに通じる穴を開けた何者かがおるということか」
「いかがなさるおつもりですか?」
「どうにもならんな。今の儂にはここまで手が出せん」
老人は椅子から立ち上がり、手に持つ宝石をローブのどこかへとしまいこんだ。
「だがしかし、ここからどうなるかはまだ分からんがの」
彼の者は死徒二十七祖第四位。
宝石翁、カレイドスコープなど数多の二つ名を持つ現存する魔法使いの一人。
魔道元帥キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ
これでようやく入学編終了ですね。
いやぁ長かったですね! 読者の皆様すいません!