「ほらほら、イッセー!急ぎなさいっ!!」
巧の耳に届く、リアスのご機嫌そうな声。
それが巧のイライラを最高潮へと誘う。
「あのアマっ…!!」
巧は自分の体の何倍も大きなバックを背負い、ごつごつとした岩が道に転がっている山道を歩く。
ーーあん時に意地でも行かないって決めれば良かった…!
早速後悔をしていた。
何故、巧はこんな山道を歩いているのか…。
それは先日来襲した、ライザーとの戦いに備えてだ。
グレイフィアがリアスへの提案として十日の修行期間を与えた。
それはライザーとの経験の差や戦力を鑑みての事だった。
ライザーとの戦いではレーティング・ゲームという物を行うと聞いたが、特にやることはない。
そんな風に考えていた巧。
すると一晩が経ち、朝になり、体を起こすと自分の部屋に座り込むリアス。
そのリアスの隣でお茶をそそぐ朱乃。
お菓子を頬張る小猫。
タンスや引き出しから服を取り出して、ボストンバッグに服や着替えを詰め込んでいる祐斗。
そんなリアスたちを見て、苦笑いを浮かべるアーシアがいた。
そのままひっ張られて、巨大な荷物を渡されて山登りをしている巧。
当然だが、気持ちとしてはイライラが募り、いつも以上に硬い仏頂面。
途中で荷物を降ろそうと力を抜くと、遠距離にいるはずのリアスに見張られている感覚には見舞われ、渋々巨大な荷物を運ぶ。
尚、祐斗は巧と同じ大きさの物を持ち、小猫はただでさえ巨大な荷物の何倍もの大きさの物を背負っているため、自分だけ逃げるのも癪。そんな負けず嫌いな気持ちも巧の中の何割かを占めている。
ブツブツと文句を口にしながらも巨大な荷物と共に山登りを終えると、巧の視界には大きな建物が目に入る。
「ここはグレモリー家の所有する別荘の一つなの。さぁ、すぐに着替えて、修行を始めるわよ。何しろ十日しかないのだからね!」
こうして巧たちの修行が始まりを迎えた。
ジャージに着替えた祐斗と巧。
二人の手には木刀が携えられ、祐斗は両手で構え、巧は片手で持ち、地面に着くかつかないかという持ち方をしていた。
「祐斗、イッセー。互いに全力でお願いね」
リアスは審判役として二人の中間に位置する場所に立ち、祐斗、巧の順に目を向ける。
いつも通り、しっかりとした構えで剣を握る祐斗。
だらけたようにした剣を持ち、構えも何もない状態の巧。
一般人が見たら、祐斗の方が強いと感じるが、リアスと巧と対峙していた祐斗は巧に隙が全くない事を感じていた。
ーーすごいっ…。 脱力してのに、あそこまで隙がないなんて。
ーーあの祐斗がそう簡単に攻められないなんて…。
祐斗は下級悪魔の中では上位に匹敵する力を持っている騎士だ。
そして彼の持ち味のスピードと剣術を知るリアスからしてその祐斗が攻めあぐねているというのは珍しい光景だった。
ファイズとしての戦闘を二度見てきたが、それのいずれもが徒手空拳による物だった。
剣を扱うところなど見てなかったリアスは剣を持ってもここまで隙のなさを見せる巧に只々感心していた。
ーーイッセー…いいえ、巧さんは強い人なのね。私なんかとは違う。 いつも我儘ばかりの私とは…。
下僕のはずなのに…。
自分は皆を引っ張るリーダー、王なのに…。
巧は自分では倒せないような相手を次々と倒していく。
現にアーシアは巧に強い好意と信頼を寄せていた。
それを妬む事は無かったが、自分の弱さが証明されていく気でならなかった。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
自己嫌悪になりつつあったリアスの思考を現実に引き戻しきたのは祐斗の怒号。
上段に剣を構え、四メートルほどの距離を自慢の脚力で一瞬で詰め、木刀の間合いに入ると同時に刀を下に振り下ろす。
それに掛かった時間はおよそ、一秒ほど。
振り下ろされた刀は確実に巧の左肩に向かう。
しかし、刀が巧の肩に触れる前に祐斗の視線から巧の姿は消えた。
「なっ…!??」
姿を見失い、戸惑いを見せる。
どこにいるんだという驚きから周りを見渡していると不意に右頬に痛みが生じる。
「…痛いっ、痛いよイッセー君!」
「……」
行き場のないイライラを祐斗の頬をつねる事で発散する。
祐斗は頬をつねられながら、巧があの後にどんな行動をしていたのかを考えていたが、どう考えてみても巧がどのような行動をとったのか、祐斗には予想もつかなかった。
ーー僕の攻撃を避けた後に彼は何をしたんだ…??
巧のとった行動はシンプルな行動だった。
祐斗の一撃目が自分の体にぶつかる前に身体の重心を右に逸らし、そのまま足を前に踏み出し、勢いをつけ、一瞬の加速で祐斗の視界から外れ、身体の右側に回り込み祐斗の頬を抓るという行動を起こしたのだ。
「…もう、いいかなイッセー君?」
「とりあえず、お前は許してやる」
勝手に自分の荷物を漁り、荷造りをした祐斗には大しての仕返しを行い、胸の中のイライラが少しばかり取れたのが実感できた巧だった。
「次は魔力の扱いについてですわ」
続いての修行は朱乃との魔力に関する修行。
尚、生徒は巧とアーシアの二人。
それ以外の面々は各々の修行に励んでいた。
「それではまず、魔力でこのように野球ボール程度の玉を形作ってみてください」
朱乃は胸の前に両手を隙間を空けた状態で突き出す。
何をしているのか、巧は朱乃を見てそう思ったが、よく見ると朱乃の両手の間には何やら米粒程度の何かが浮かんでおり、それは一瞬にして野球ボール程度の大きさにまで膨らんだ。
「すごいです!!」
「……」
アーシアはその光景に驚き、朱乃にキラキラとした目を向けて、巧は無言でそれを強く見つめていた。
「さぁ、二人ともこれをやってみて下さい。イメージとしては体全体を流れるオーラを手のひらに集中させるように」
朱乃の説明を聞き、巧の頭に一つの光景が浮かぶ。
それはファイズとして戦う際に、オルフェノクに必殺技を放つ際に必ず、ファイズドライバーの縁からフォトンブラットがキックならファイズポインターに向かい、パンチならファイズショットに、斬撃ならばファイズエッジへと集中する。
その光景をイメージし、それに似たようなものである事に気付き、それを題材にすることに決めた。
そこからの行動は早く、瞼を閉じ、手のひらを前に突き出し、ファイズに変身しているイメージでファイズドライバーの縁からフォトンブラットが拳につけたファイズショットに集中するのをイメージし、拳を強く握る。
「あらっ、イッセー君もアーシアちゃんも魔術の才能があるみたいですわね」
朱乃の声が届き、閉じていた瞼を開けると、自分の掌の上には赤い色をした野球ボール程度の大きさで形作られた魔力のボールが浮かんでいた。
「イッセーさん、私も出来ましたっ!」
振り返ると自分と同じように掌の上で魔力のボールを形作る事に成功して、嬉しそうな声を上げるアーシアが目に移る。
しかし、自分の作った魔力のボールとアーシアの作った魔力のボールでは色が異なっていた。
アーシアのボールは彼女の神器である聖母の微笑みで相手を癒す際に発生する色と同じ、ライトグリーン。
対して巧はファイズに変身する際に発生するフォトンストリームと同じ赤色だった。
「灰色…か」
その中で赤色で形作られていた魔力のボールの中で一部分だけは灰色で構成されているのに気付き、アーシアや朱乃には気付かれない程度の大きさの声を漏らし、誰も居ないはずの上の階と自分たちを遮る天井を仰ぎ見た。
「当たれ…っ!」
小猫の小さな気合いと共に巧に向けて放たれた拳。
勢いと力が込められており、小猫の小さな体を見たらこの少女が打ち込んだ拳とは思わないであろう程の力が込められていた。
しかし、そんな拳を体の重心をそらすだけでかわし、前に体を寄せていた小猫の足に自分の足を引っ掛けるように前に突き出し、体のバランスを崩す事を狙う。
「……っっ!!」
前に飛び出た為に巧の突き出した足が引っ掛かり、小猫の体は自然と前に倒れこむ。
前に倒れこみ、体と地面が衝突する前に自分の両手を地面につけて、その場で両手に勢いを込める。
その場でのハンドスプリングを行い、巧との間合いを取り、一息つく。
ーー本当に…強い。 変身しなくても…この人なら焼き鳥王に勝てるかも。
呼吸を整える際に、心中で目の前にいる男の実力の底の無さを考えだけでなく背中からも冷や汗が流れてくるのを小猫は感じ取った。
その冷や汗が意味する物に小猫は心当たりがあった。
巧と重ねている。
かつて…自分が慕い、大切に思った姉に。
巨大な力を手にしたが故にその力に呑まれ、自分を見失った存在を小猫はもう一つ知っている。
灰色の怪人
一度しか見ていないが、力に呑まれるそれはまさに姉と同じように思え、小猫の脳裏にはその姿が消えた事はない。
けれども…巧は違う。
そうであってほしい、小猫は自分の攻撃全てを受け流して尚、汗ひとつかかない目の前の男にそんな期待を込めて、次の一撃を放つべく、拳を握りしめ、右足に力を込めて強く、強く、地面を蹴った。
「こらっ! ……起きなさい…巧っ!!」
睡魔と戦う巧の頭に衝撃が走る。
虚ろな意識の中で自分の名を呼ぶ、懐かしき少女、真里の姿が巧の目にはぼんやりと見え、閉じかけていた巧の目は一気に開き、その思考と意識を現実に引き戻した。
「…真理」
自分に声をかけた少女の名を呼びながら、巧はその場から立ち上がる。
「どうしたのイッセー?」
けれども巧の目に真っ先に飛び込んできたのは黒髪のショートヘアーではなく、どこまでも輝く、宝石の如き美しさを持つクリムゾンレッドの長い髪。
その髪の持ち主、リアスはいきなり見知らぬ女性の名を叫ぶ巧を見て、思わず首をかしげる。
「夢か…」
周りを見ると、隣にはアーシアや朱乃や小猫や祐斗。
リアスは五人よりも少し前の位置に座り、先生のような立ち位置であることを見て、先程まで何をやっていたのかを思い出す。
「イッセー、私が話していたこと覚えてる?
三大勢力の対戦やどうして転生悪魔が生まれたのかを話していたのに、いきなり寝てしまうんだから」
リアスは溜息を吐きながら、こめかみを抑えた。
対して巧も頭を掻いて先程までに聞いていた内容をうっすらとしたしか覚えていないが、それらをうまく組み合わせる。
嘗て、この世界には悪魔、堕天使、天使という者たちが存在し、悪魔と堕天使は人間界でいう地獄の所有権を求め争いあった。
そんな二つの勢力を一掃すべく、神は天使と共に二つの勢力に戦いを仕掛けた。
三つの勢力はギリギリまで争いあったが、悪魔は指導者であった魔王と純血と呼ばれる名門の悪魔のほとんどを失い、神と天使たちも多くの天使を失い、堕天使も幹部以外の者たちがほぼ全て戦争で亡くなってしまったらしい。
そんな中で悪魔が開発したのが、あらゆる生物を悪魔に生まれ変わらせることのできる悪魔の駒を作り出し、種の滅亡を免れた。
これが巧の思い出した内容だった。
一言で言えばどうでもいい内容だった。
巧にとっては特に関係もないため、いつも間にか睡魔に負けてしまったようで、今に至ることをここで思い出す。
「……寝る」
「こらっ! 寝ちゃダメよ、イッセーっ!!」
再び睡魔に負けそうになる巧を声を出して、必死で寝かさなようにするリアスであった。
「月か…」
夜、布団に入っても中々寝付けない巧。
昼間に寝てしまった分のツケをここで払わされたような物だ。
窓から見える月を見て、中々風情がある物だな。と考えて、布団から体を起こし、寝室を出る。
寝室を出ると長い廊下があり、巧はゆっくりと歩きながら屋敷の出入り口を目指した。
長い廊下を歩き、木で作られた扉を開けて、大広間に出ると女子たちの寝室につながる二階への階段を下りているリアスが目に入った。
「…巧さん」
リアスは誰もおらず、二人だけの状態な為本当の名前で巧を呼ぶ。
巧もリアスに会うとは思わずにいたので、彼女の言葉に対する対応が遅れる。
「ねぇ、私の話に付き合ってもらえないかしら?」
巧とリアスは屋敷を出て、月見のできる様な場所にいた。
そこは枠組みなどはなかったが、ドーム型の建物となっており、手すりの部分にリアスは身を乗り出して腰掛けた。
そんなリアスの手元には分厚い本と羽ペンが握られていた。
「作戦か」
「ええ、気休めにしかならないけれどね」
「なら、やる意味ないだろ…気休めならな」
巧のバッサリとした言葉も今のリアスには深く突き刺さる。
顔を落とし、紅の髪がリアスの表情を隠す。
そこからは表情は読めず、リアスの声のみが巧に届く。
「ライザーは聖獣と同じ能力を持つ不死鳥、フェニックス。誰も勝てない…だって不死身なのだから。私じゃとてもじゃないけど…勝てないわ。けれど、私は諦める事はしたくない。選択肢の中に戦う事があるのならば、私は戦う事を選ぶ。だって私には…叶えたい夢があるから」
「夢…?」
ここで巧がリアスの言葉に反応し、声が漏れた。顔をうつむかせていたリアスは不意に顔を上げて、巧の顔を見つめる。
その表情はいつも毅然と振る舞い、自分よりも年上で力が強いと認めた男に啖呵を切っていたリアスとは別人の様に見え、どこか焦りのある顔。
巧はその表情に見覚えがあった。
美容師になる夢を持っていた真理はようやく、美容院で働ける様になる為の最終試験まで行ったが、そのテストで店の者に準備が遅いと言われ、再びテストをすると言われ、焦りを見せていた真理と同じ様に巧には感じた。
「リアス…お前の夢って」
「…私の夢は、普通のリアスでいる事。私がグレモリー家の次期当主であっても、私の結婚する人は私の事を普通のリアスとして見てくれて、愛してくれる人がいいの。私はこの小さな夢を持ち続けていたい」
リアスの夢…それは自分を自分として愛してくれる者と巡り合う事だった。
それを聞いて、巧はライザーがありのままのリアスを愛するとはとても思えなかった。
だからこそ、目の前の紅の少女は戦う。
「巧さんには夢がある?」
「さぁな…。忘れちまったよ」
リアスの問いに苦笑を浮かべ、返答を行う。
すると手すりに座っていたリアスはそこから下りて、巧の元まで近づくと、笑みを浮かべた。
その顔が巧には真里とひどく重なる。
「夢を持つ事の先輩として…一言。夢を持つと時々凄く切なるけど、時々凄く熱くなるの。知ってた?」
「ああ…知ってるよ」
『ねぇ、巧。夢を持つとね、時々凄く切なるけど、時々凄く熱くなるの』
『なんだかよく分かんねえけど、欲張りだよお前』
巧の見上げた空にはそんな風に言葉を交わし、隣同士で歩いている自分と真理の姿が見えていた。
「まぁ…取り敢えず、あのスカした焼き鳥には負ける気はないね」
「ふふっ、そうね、巧さんがまだ小さい頃に勝手に班長にした人に似てるんだものね?」
いつの間にかリアスの胸の中にあった不安は消え、巧といる事にどこか幸福感を感じ、巧と寄り添う時間を堪能するリアス。
巧もリアスと共にこの二人だけの夜の時間に嬉しさと楽しさを覚え、夜は更けていった。
「ねぇ、さっきなんで私の事を真理って言ったのかしら?もしかしてその真理さんと恋人だったのかしら?」
「ちげえよ、バカ。 あいつとはそんなんじゃねぇ」
真理の事を聞かれ、嬉しそうな気持ちでリアスの言葉を否定し、リアスも巧の顔を見て、ホッとした気持ちになる。
「ねぇ、巧さん。 …もし、ここで私が好きって言ったらなんて答える?」
突然のリアスの問い。
横を振り向くと、顔を赤くして巧の言葉を待ち、目を閉じて何かを待つリアスの顔が真正面から巧の視界を奪っていた。
巧もそれを見て身を乗り出して…二人の影が徐々に近づき、零距離となった…。
「痛っ!!」
「ませてんじゃねえよガキだろ、まだお前」
零距離となったのは影だけで、実際はリアスのおでこに巧のデコピンが炸裂した。
リアスの白い肌を際立たせるように巧がデコピンを打ち込んだ場所は赤みを帯びていた。
「ねぇ、なら真剣に考えて巧さん。お願い…」
リアスは今度こそ、真剣な答えがもらえると巧の手を握った。
振りほどかれると思うと思わず力が入り、それと同様に手に震えが走るのがわかる。
けれど巧の手はそんなリアスを包むかのようにして、彼女の手を振りほどくことはなかった。
巧は手を握られた当初は振りほどこうとしたが不安に包まれるリアスの表情とそれと同じように震えている手のひらを感じとるとそんな思考は一瞬で吹き飛んだ。
今、目の前で震えている一人の少女の手を握り返してやれるのは世界中で彼女が手を握っている自分だけ。
そう考えると不思議と手に込める力は強くなっていく。
「……もし」
「えっ?」
長い間があった。
リアスは返事をもらえるとは思っておらず、自分でも驚くほどに間抜けな声が漏れる。
顔を赤くし、巧の次の言葉を待っていた。
月を見上げ、目の閉じて、次の言葉を紡ぐために口を開く巧。
「俺が十年後に生きてたら…そん時に答えてやるよ」
巧はそう答えた。
いつか短い期間だけの仲間であった少女に質問された際の答えと同じではあった。
けれど意味合いは違う。
不器用な巧なりの応援だった。少なくともリアスはそう受け取った。そこに潜む巧の真実をまだ知ることはなかった。
ーーありがとう…巧さん。私、勝つわ。いつか、その返事を貰える日の為にも。
感想や評価をどんどんお願いします。
今日はまだまだ投稿しますよ。