夕方、夏も近づき始め、暑さは少々なりを潜めていたが、夕焼けの風情を醸し出していた。
「会長さんと部長さん、どんな話をするんでしょう。それに木場さんの事も気になりますし」
先程のソーナの訪問を受け、アーシアは不安そうな声を漏らす。
それを受ける巧と小猫も声には出さないが、心中ではそれが残り、アーシアと似たような気持ちであった。
「…恐らく、厄介な事になるかも……」
小猫の呟きは部屋を出る前に一瞬だけ見えた、ソーナとリアスの顔を思ったが故。
そしてもう一つ、三人の中では祐斗の事も残る。
先日から、明らかに奇妙な様子を見せる祐斗。
いつも見ている祐斗からは感じられない雰囲気にアーシアと小猫も大方の予想は立っていた。
聖剣ーーそれが今の彼を変えている事に
何度目かの厄介ごとを前に、巧は顔を空に向けた。
そこから見える空はとても澄んでいた。それが嵐の前の静けさを表していた様に、巧には見えた。
「…ああ、わかった」
ファイズフォンを耳に当て、リアスからの電話を受ける。
内容は至極普通なもので、ソーナとの話が長引き、帰るのは少し遅れるため、叔母さまと叔父さまに伝えて欲しい、という連絡だった。
「部長さんはなんて?」
「別に…話があるから、帰りが遅くなるだけだと」
自宅が目の前になり、会話も消える。
アーシアは巧の返答を聞き、危険な事ではないと感じ、ほっと胸を撫で下ろす。
二人は並びながら、玄関に向かって行くが、その動きが一瞬静止する。
次の瞬間には、アーシアは無意識の内に足を後ろに数歩後退させ、巧も手が少しだけ震えているのを自覚する。
自らの震えを見て、目の前の家には何かがいる事を予感いや、発覚し、巧は何所かでこの感覚を感じた事があり、それは一秒もたたない内に鮮明に蘇った。
以前、フリードとの好戦の際に巧みに向けられていた光剣、レイナーレーーダウンフォールオルフェノクが形成した光の槍。
それらと相対した時の感覚と似ていて、正に蛇に睨まれた蛙という状況であった。
「イッセーさんのお父さまとお母さま!!」
深い思考の波に潜っていた巧の隣で、アーシアはこの家の家主、つまり兵藤夫妻を思い、二人を呼んだ。
アーシアの悲痛な叫びにより、顔を上げ、焦りにも困惑にも似た色を持った顔の巧は急いで、玄関に駆け寄り、靴を脱がずにそのまま家の中に駆け込む。
ーー頼む、生きててくれ!!
自分が乾巧である事。本当の息子である一誠ではない事を知らない夫妻を守るのは自分の役目。そう決めていた巧はあの二人に何かあっては、一誠に顔向けできないと考えて、二人の安心を願いつつ、廊下を駆け、リビングの扉を勢いよく開けた。
「そうなの…懐かしいわねぇ」
「そうですね、ってあれ?」
リビングを覗けば、涼子はソファーに腰掛け、それと向かい合うように置かれている二つ目のソファーには亜麻色の髪を両サイドの二つに束ねた顔立ちの可愛らしい少女と青みがかった髪の一部に緑のメッシュを入れている端整さと鋭い刃を思わせる顔つきの少女の二人が座っていた。
「あら、イッセーにアーシアちゃん。お帰りなさい」
「イッセー君、久しぶり!」
涼子は巧にいつも通りの言葉を掛け、向かい合うソファーに座る少女は元気な声で声を掛ける。
亜麻色の髪の少女の言葉に驚きを感じ、冷や汗が流れる。
今、この少女は巧に向けて、久しぶりと言った。
それはつまり、この少女は兵藤一誠の関係者、若しくは友人である事に気が付いた。
「………」
ここで返答に詰まり、言葉が出そうにない巧はそのまま返答をせずにバックから弁当箱を取り出し、キッチンに持っていく。
そして、目の前に自分に向けて声を掛けた少女など居なかったようにしようとしたが、ここで妨害が入る。
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!!」
「…放せ」
自分の右腕を抑えた少女に睨みを利かせたが、少女は引く事なく、寧ろ巧との距離を一気に詰める。
互いの唇が触れそうになる寸前の距離まで詰め寄られ、少女の整った顔立ちがはっきりと眼に映る。
「…えっ?」
不意に耳に届いたのは少女が漏らした声。
自らが掴んでいた巧の右腕を離し、何歩か後ろにおぼつかない足取りで後退する。
巧もいきなり距離を詰めてから、今度は距離を置いた少女に何が起きたのか全く分からず、思わず彼女の顔に視線を向けていた。
「あっ…そうだわ、イリナちゃん。 ゴメンね、言い忘れてたけど、今イッセー、事故に遭っちゃって記憶喪失なの。だから、イリナちゃんとの記憶がないのよ」
「そ…っか、大変だったね、イッセー君」
イリナーーそう呼ばれた少女の顔を見てみるも自分の記憶の中には全く当てはまる人物は該当しなかった。
つまり、この少女は巧にとっては初対面でも少女からは久しぶりに会う幼馴染である事を痛感し、ここでも自分ーー乾巧という存在が誰かの心に傷を負わせ、帰ってくるか分からない兵藤一誠を思う、という十字架を背負わせている気がしてならなかった。その後はドアの近くにいたアーシアも交え、各々の再会を想い、会話を楽しんだ。
「良かったわ、二人共」
帰宅したリアスの第一声と共に体を抱き寄せられる巧とアーシア。
アーシアは顔を赤くして、照れた様子を見せる。巧は気恥ずかしさを見せていたが、それとはまた別の事に対して仏頂面を全開にしていた。
「ごめんなさい。 私のせいで貴方達を傷つけてしまうところだったわ。ソーナから聖剣使いが、この町に入った事を聞いて急いで帰ってきたけど…まさか、イッセーの幼馴染だったなんて」
「でも、お母さまと、とても仲良く話してましたよ」
アーシアの報告を聞き、リアスはほっと安心した様子を見せる。
けれど彼女の目には何事も無かった事を喜ぶアーシアと何かに対し、言いたい事を溜め込んだ巧の顔が入った。
「イッセー…ごめんなさい、私達のゴタゴタを、叔父様や叔母様を巻き込んでしまって」
「いや…別に」
リアスが頭を下げたのに、反応して、言葉を掛ける。
リアスが頭を下げたのに反応して、言葉を掛ける。
今の巧の状態を知っているのは自分一人である為に、そして巧の性格からして、あの兵藤夫妻が有事に巻き込まれるのは何よりも嫌う、と分かっていたからだ。
もし仮に、イリナが兵藤一誠の関係者で無かったら、兵藤夫妻の、命の保証などあるはずがなかった。
「それで、奴らの目的は何なんだよ」
「それはまだ分からないわ。けど、明日の放課後に部室で話し合いが行われる…そうよ」
「明日…か」
巧はその場からベッドに倒れこみ。
そのまま眠りにつこうと体の力を抜こうとするが…。
「イッセー、お休みしたいところ悪いけど、貴方に指名よ」
夜の川で人影が二つ。
一つは巧。もう一つは、以前巧を召喚した金髪の男性。
そこで二人とも釣竿を両手で持ち、男性は魚が釣れるのを今か今かと待ちわびていた。
「どうだ、悪魔君。 釣れたか?」
「いや、別に」
男性は隣にいるにも関わらず、巧に成果を尋ねる。
しかし、一匹も釣れない巧はぶっきらぼうに、そして短めに言葉を切った。
ここで会話が途切れ、沈黙が生まれる。
川の水面に二人の姿が反射され、写し出される。
どこか事務的で、どこか自由な時間。
巧はこの時間が嫌いではなかった。
不意に隣に座る男性に視線を向け、改めて確認する。
この男性がただの一般人ではない事を。
巧は前回、彼の愚痴に付き合わされただけで高級な品を頂き、今回もそれなりの品を渡すと約束された。
それらについて質問をしようとするが、最後まで言葉が出ずにいた。
喉の奥に言葉が押し留められている気がしてならない。
けれど、それらを問う事を決して許さない。
グレイフィア・ルキフグス、紅髪の魔王…サーゼクス・ルシファー。
この二人の雰囲気と目の前の男性の持つ雰囲気はひどく重なる。
「おいおいどーした、悪魔君。 浮きが動いているよ」
男性のアドバイスが的確に入り、二人の夜釣りは互いに何匹か釣れるのか、競争!となるまで続いた。
「私は紫藤イリナ」「…ゼノヴィアだ」
ゼノヴィアとイリナは自己紹介を短いながら行う。
巧はゼノヴィアの側に立て掛けてある布に覆われた物体に目を向けていた。
「それで、神の信徒が悪魔に会いたいなんて…一体どんな要件?」
一触即発の中で、オカルト研究部には不穏な空気が漂っていた。
オカルト研究部のメンバーと神の信徒と呼ばれたイリナとゼノヴィアの二人が、ソファーに座りながら向かい合っているのだから。
リアスを除く面々はライザーの時と同様に立つことを余儀なくされていたが、祐斗だけは部室の隅に寄りかかりながら、イリナとゼノヴィアに禍々しい視線をぶつけ、いまにも斬りかかりそうな面持ちであった。
「元々、行方不明となっていた一本を除く、六本のエクスカリバーは教会のそれぞれ派閥によって所有されていましたが、その内三つが…堕天使の手によって盗まれました」
イリナの告げた事実に巧を除く、メンバーが小さく声を漏らす。
そんな中で巧はただ一人、状況についてこれずにいた。
顔をむすっとさせていると、それに気がついた朱乃がそっと隣に立ち、巧の耳元で囁く。
「エクスカリバーは元々一本の剣でした。先の大戦で砕け散りましたが、教会の技術力や錬金術の応用によって砕けた欠片から七本に分けて、この世に再生されたのです。それが…あの二人が持つ物ですわ」
これで先程のゼノヴィアの側に立て掛けておいた、剣の形をした何かの正体がハッキリとした。
「なるほど…つまり貴方達は、私がこの町にやってきた聖剣泥棒の堕天使と手を組む、と言いたいの?」
「あぁ、その可能性は否めない。聖剣は悪魔にとって忌むべき存在だ。君たちが破壊するというメリットは大きい。仮にこの仮説が本当ならば、私達は貴方がたとえ魔王の妹であろうと…消滅させる」
巧が朱乃の解説を聞いている間に話は大きく展開されており、リアスはゼノヴィアとイリナの示唆された意味を即座に理解し、静かに怒りを燃やしていた。
エメラルドグリーンの美しい瞳の色は彼女の髪と同じ紅へ。体の表面からも赤い魔力の膜が生まれる。後ろに立つアーシアは普段見ないリアスの怒りに驚きを隠せない。
「私の事をそれだけ知ってるのならば言わせてもらうわ。私はグレモリー家の次期当主として、堕天使と手を組む事などしない!」
リアスは語尾に心からの意思を込めるように伝えた。
その言葉を受けたゼノヴィアはふっと笑みを浮かべ、それを待っていたような顔を見せた。
「ああ。私達も貴方がそこまでバカでない事くらいは知っているさ。今のはただの確認事項。さて、我々はそろそろ行かせてもらおう。先程も伝えたように、この街で起こる件には不介入を守ってくれれば、それでいい」
ゼノヴィアは伝える事を伝え、この場から去るためにガーゼのような布で包まれた聖剣を肩に抱える。
イリナも同じように、身支度を整える。
一瞬、巧の方に顔を向けて…。
「あら、お茶の一杯くらい飲んでいけばいいのに」
「悪いが悪魔と馴れ合う気はない」
それ以上何も話す気はない
ゼノヴィアの言わんとする言葉が巧には聞こえていた。
けれど、その先は何も言わずに部屋を立ち去ろうとしていたが…首が何故かこちらを向いている。
「アーシア・アルジェント」
ゼノヴィアは彼女の名前を呼んだ。
呼ばれたアーシアはビクリと体を震わせて、少し間を置いてから返答した。
「は、はい…」
「まさか、こんな地でかつて魔女と呼ばれた者に出会うとはな」
巧はアーシアの背中からその小さな体が先程よりも大きく震えているのに気がついた。
けれど、巧には自分が何をすればいいのかが分からない。
言葉で彼女を守る事など不器用な自分に出来るわけが無いと自覚がある為に更に歯痒い。
「あなたが悪魔や堕天使までも癒せる力を持ったが為に追放された魔女さん?」
イリナは笑みを見せながら、アーシアの心を削るように言葉で追い詰めていく。
何も言えずにそのまま下を俯き、目頭に涙が集まり、今にも下に溢れ落ちそうになっていた。
「しかし。悪魔になるとは…魔女の名に相応しい行為だな。だが、君は今でも我らの主を信じているのか?」
「何を言ってるの? 彼女は追放された上に悪魔になってるのよ?」
二人は独自で話を進め、巧も割り込む隙を逃してしまう。
小猫や朱乃も先程から何も言わなかったが、この二人に対しいい感情を持つ事は難しいと考える。
何も言わないのは教会の使い、それも聖剣使いともなると勝手に行動を起こしていいと許される判断は出来ない事は分かりきっている。
それ故に祐斗もまだ、リアスの忠誠心を胸に秘めているからこそ、復讐心を胸の奥にしまい、頑丈な鎖で縛り付けていた。
しかし…乾巧はそんな男ではなかった。
目の前で人ーー仲間が傷つけられたのならば、たとえ相手がオルフェノクだろうと、フェニックスだろうと、一万人のライダー部隊であろうが戦いを挑む男だった。
そんな男は聖剣使いを相手にするのに一切の躊躇などせずにその引き金を引いた。
「おい、いい加減にしろ」
「…何?」
突然、話に割り込まれたゼノヴィアは目を細めて、ゆっくりと顔を向けた…巧に向けて。
「いつまでも昔の事でグチグチ言いやがって。それにお前もだ。 何拗ねてんだよ」
巧の言葉はゼノヴィアやイリナのみならず、祐斗にむけられていた。
流石に祐斗もこれには反応をせざるを得なかった。
「…何だって?もう一回言ってみろ…ッ!」
普段の敬語や優しい語尾は一切の消え、敵意のみが剥き出しとなった物だけ。
普段の敬語や優しい語尾は一切消え、敵意のみが剥き出しになる。
ゆっくり、ゆっくりと生気の無い足取りではあるが、確実に近づいていく。
「君に…君に何が分かる!!みんなの死は決して昔の事なんかじゃないんだ!! 僕は壊さなければならないんだ!彼女たちの持つ聖剣を…他の聖剣を全て壊さないと、それはいつまでも昔の事にはならないんだ!!」
すると、祐斗は…
「僕と…僕と戦え、兵藤一誠!!」
「ああ…。俺もお前をぶっ飛ばしてやりたいと思っていたところだ」
先程まで、悪魔vs教会の対決になりかけていた状態から一変、いきなり巧vs祐斗となる展開となってしまった。
「一つ…聞かせてくれ、君は何故聖剣を壊したいんだ?」
ゼノヴィアは巧に剣先を向けた祐斗にゆっくりと問う。
「君たちの先輩だからね…。僕はこの力で確実に聖剣壊していく。もちろん、君たちの持っている物も含めて…ね」
祐斗は怪しく光る魔剣を携えて、巧と共に旧校舎の外に向かっていく。
ゼノヴィアは隣に立つイリナに顔こそ向けないがゆっくりと告げた。
「この戦いを…見届けよう」
というわけで、たっくんは幼馴染に対して無視しました。
たっくんvs木場きゅん!!
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