そうだ冥界へ行こう
目が醒める。
ふわりと、まるで宙を浮いていたような感覚がした。夢を見ていた気がした。部屋の窓越しに聞こえるセミの声が、
「イッセーさん。あっ、起きたんですね。もうご飯が出来てるので呼びに来たんです」
「あぁ」
愛想が無く短い返事だが、呼びに来た同居人ーーアーシアは、特に気を悪くしない。部屋を出る巧と共に階段を降りて、一階のリビングに向かう。
リビングに入るドアを開けるの、既に朝食が用意されていた。時刻は朝の8時半。正に朝ご飯といったタイミングだ。
「イッセー、お早う。叔母様はもう出掛けたから私達だけね。さっ、食べましょう」
茶色いエプロンを身につけたもう一人の同居人、リアス・グレモリーは優しそうな笑顔で二人を出迎える。
三人は席に着き、朝食がはじまった。
女子二人が話しを交わし、時々巧に話を振る。
そんな流れの中、リアスは少しばかり不安げな表情で巧にゆっくりと尋ねた。
「そう言えばイッセー、昨日の夜中に出掛けたの?」
「まぁな」
「何処に行ってたの.…?」
「何処でもいいだろ」
巧の表情を見て、これ以上の詮索は無理だと決めて、リアスはそう、とだけ呟いた。
リアスの頭に浮かぶのは夜中にバジンに共に家を出る巧の姿。行き先は恐らくだがオルフェノクの元であると予想を立てていた。夏休み前に、巧とアザゼルの部室での会話を偶然聞いてしまった。
『ここ最近、オルフェノクとされる存在の目撃情報が多数あってな。その多くに
『一人の女だ。そいつが、オルフェノクの奴らを引き入れてる』
『カテレアの隣にいた女か。部下からの情報は逐一俺の耳に届くようにしてる。特にお前の、ファイズの力が必要な案件なら』
『あぁ。俺が闘う』
ドア越しに聞こえた巧の声は強い決意に満ちていた。ドア一枚の隔たりがまるで巨大な壁にも負けない分厚さにリアスには思えた。
「…ぶ、…部長、部長!」
「…えっ!?ご、ごめんなさいアーシア」
完全に停止していたリアスに、アーシアが何度か声を掛ける。自分を呼ぶ声に気づいたリアスが少しばかり遅れて、言葉を返す。
巧がいた席に目を向けると既に居なくなっていた。自分に声を掛けたアーシアもご飯や味噌汁の器には何もなかった。
つまりリアスはそれだけの時間、止まっていたという事になる。
待たせてしまったアーシアに謝罪をして、残るご飯を食べる事を再開した。
一人、リビングを出た巧は溜息を溢す。このどうしようもない自分に対してだ。リアスに、夜にオルフェノクとの戦闘を行っている事がバレてしまった為、厳しい対応をした事。元々、優しい対応など取れる訳もないが、それはまた別の問題だ。
少しばかり伸びた地毛の明るめの髪を軽く掻きながら自室に戻ろうとする所で、ピンポーンとインターホンが鳴る。
巧は朝早くからかの家を訪ねてくる人物に心当たりがあった。
ここでも溜息を溢し、玄関に向かう。鍵を開け、訪問者の顔を見ると分かりきっていた事なので特に表情に変化はない。
「また来たのかよ、お前」
「『お前』ではありません。『朱乃』と呼んでください」
巧の目の前には、夏用の私服に身を包んだ姫島朱乃がいた。膝上程度の丈のスカート、白い半袖のシャツとシンプルな服装の彼女は、何処か不満げだった。
朱乃は、少し前から巧にいろんな意味で大胆なアプローチを掛けてきた。勿論、朴念仁且つぶっきら棒な巧には全く通じず仕舞い。彼女同様に巧に密かにーー彼女たちはそのつもりーー想いを寄せるリアスやアーシアも同情していた。
そんな感じで、朱乃は自分の女としてのプライドを軽くへし折られた気分ではあったが何処か嬉しくもあった。外見や性的なアプローチで簡単に動くといった朱乃の中の男性のイメージを、巧がいい意味でぶち壊したのだから。
そんな彼女にも一つ譲れないところがあった。
巧の朱乃の呼び方だった。
以前から巧は、朱乃の事を『姫島』か『お前』と呼ぶ。これではリアスとアーシアとの差を、朱乃は感じざるを得ない。
その為、名前で呼ぶように頼むものの結果は芳しくない。
次なる手をっ!を作戦を企てる朱乃の後ろから声が聞こえた。
「僕たちもいいですか?朱乃さん」
ひょこ、と現れたのはこれまた爽やかな私服姿の裕斗。その後ろにはスポーティ私服のゼノヴィアと見た目通りの可愛いと評されるであろう私服の小猫。そして変わることのない女装姿のギャスパーまでが居た。
つまるところ、この家にオカルト研究部の部員全員が集合した。
「今日は皆に集まってもらったのは夏休みの予定についてなの」
男子高校生の一室には似つかわしくない見目麗しい光景がその部屋には広がる。
八畳のスペースを持つ巧の部屋に、街を出歩けば多くの男性が二度見をするであろう美少女たち、女性の目を惹くイケメンと女装っ子が集合していた。
「夏休みの予定?どこか合宿にでも行くのか?」
手を上げながら質問を口にするゼノヴィア。
彼女の脳裏には炎天下の下、必死に汗を流し、部活に打ち込む高校生たちの姿が浮かび上がる。
しかし、このメンバーはあくまでオカルト研究部。一体どんな合宿になるのがまるで分からない。
「正解よ。より正確に言うと、私は冥界に帰るから皆もそれに付き添ってもらう形になるわ」
「冥界に行くんですか!?」
リアスの言葉に、元シスターのアーシアは驚かざるを得ない。その隣に座るゼノヴィアも同様に。元々敵対する勢力の本拠地に味方として向かうことになるなど考えもしなかったのだろう。特に聖剣使いとして悪魔を葬ってきたゼノヴィアは複雑そうな表情に。
一方の朱乃達、古参の眷属組は冥界への帰省が珍しいものではない為に、落ち着いた様子だ。
ただその中で、巧だけは不満げ、とは言えないものの厳しい表情を浮かべていた。
巧の頭の中にあるのは一抹の不安。自身が冥界に行ってる間、オルフェノク達の動向とこの街に降りかかる火の粉を考えていた。
特に兵藤夫妻、本浜や松田、桐生愛華といった本来の兵藤一誠の家族や友人を危険に巻き込みたくはない。
それだけ敵は危険なのだから。
影山冴子が率いるオルフェノク達、敵になったデルタ。自身を一方的にライバルと定めたヴァーリ。
これらの敵が、この街に襲いかかる可能性は否めない。
そんな時に自分が街に不在という最悪の事態だけは避けなければならない。
「リアス、俺はーー」
「安心しろ、イッセー」
リアスに冥界行きを断ろうとした時、さっきまではこの部屋に…いや、この家に居なかったはずの人物がドアの前に居る。
「アザゼル…!?あなたどうやって!」
「どうやってって、普通に玄関からお邪魔させてもらったぜ。それとイッセー」
飄々とした態度で何もなかったかのようアザゼルはそこに居た。一瞬の事で部員全員が驚いた顔を見せる。勿論、巧とて表情に変わりはないが寒気を感じていた。
仮にこの男が自分たちの前に敵として立ちはだかったのなら、と考えただけで冷や汗が出そうな想定を。
「お前がいない間、この街と連中に関しては俺と俺の部下に任せてくれ」
巧の前に座り、その目を見据えながら口にした言葉を、巧は信じる事に決めた。
「分かった」
この二人の会話の裏にある意味を、把握しているリアスを除いたメンバーが不思議そうな顔をしている。
しかし、これでオカルト研究部全員の冥界行きが決定した。
その日の夜、巧は松田と元浜に夏休みに遊ぼうと誘われていたことを思い出し、メールで断りと理由を伝えたい所、死ね!と嫉妬の込められた返事をいただいた。
出発当日。
巧達は、夏休みにもかかわらず学校の制服を着ている。リアス曰く、冥界行きには一番相応しい服装らしい。
制服を着たオカルト研究部のメンバーとアザゼルが集合し、とある場所で立ち止まる。
「さぁ、行きましょう」
皆を先導する形でリアスは、駅の中へ入っていく。
巧達の目的地は、駒王町最寄りの駅だった。勿論、悪魔が乗るような特別な電車など巧達が知る限りでは走っている訳がない。
巧、アーシア、ゼノヴィアは古参のメンバーに連れられる形で駅の中を歩いていく。
「一旦、ここで別れるわ。イッセー、ゼノヴィア、アーシアは私に着いてきてちょうだい。アザゼルと朱乃達は後からお願い」
エレベータの前で立ち止まったリアスが、乗る人数を制限する為に二つのグループに振り分ける。
リアスを先頭にし、エレベータの中に入る三人。
スカートのポケットからカードを取り出し、行き先ボタン近くに設置された電子パネルに翳す。
ガコンッ!!
起動音が軽く響き、数秒後にエレベータは下へ向かう。
このエレベータを利用するものにとってはありえない現象。行き先ボタンは一階と二階を指しており、決して地下には行く事はない。
目的地に着いた為、エレベータは動きを止める。
ドアが開き、アーシアとゼノヴィアが二人同時に出る。次いで、リアスと巧が後を追う形で降りた。
「この街にこんな空間が…」
「不思議な感じがします」
アーシアとゼノヴィアの二人は、今の自分たちのいる空間を見て素直な感想を述べた。
四人がいる空間は外観そのものは駅のホームに似たもの。しかし、その規模はその比ではない。本来の駅のホームよりも更に広く、長い距離を繋ぐものであることを想起させる。
「ここは人間界と冥界を繋ぐ駅の役割を果たしているわ。いつも、私たちはこのルートを通って、冥界と人間界を行き来してるのよ」
女子二人に対し、優しい説明をリアスは加える。巧もこの空間の大きさに驚きはしたが、二人ほどの感情は無かった。そんな巧の顔を、リアスは少し寂しげに見つめる。
「なんだよ」
「ごめんなさい。無理やり連れてくる様な事になってしまって」
見られていた事に気付いた巧は、見ていたリアスを軽く睨みながらぶっきら棒なりに口を開いた。いつもの自信のあるリアスとは違った年相応の少女の対応に巧は呟く様に言葉を返した。
「謝られたって困る。別に嫌々って訳でもないからな」
「えっ??」
「本気で嫌なのに一緒にいるほど、俺は優しくない」
背を向けながら伝えた一言。
その一言でリアスは巧なりの優しさを受け取り、笑顔を返す。
「ありがとう、巧さん!」
そんな一幕があり、少しすると後のメンバーがやってきた。
全員がいる事を確認し、再び歩き出した。
数分間歩くと、駅のホームにそびえ立つ列車が目に飛び込んできた。
「部長、これって…」
「えぇ。グレモリー家所有の列車よ。これに乗って冥界に行くわ」
巧が想像していた移動よりも随分と現代チックな移動法だった。
そこから準備を経て、列車の汽笛の音が出発を祝う様に空間一帯に響き渡った。
好きなドラマが終わりました…。
なんか巧達が変身せずに戦うのもありかな…。
巧・匙「ツッパル事が男の〜」
コーラスはリアスとソーナですかね。
ごめんなさい、変なネタに走ってしまって。
いつも通り、感想をお待ちしております。