ハイスクールFaiz〜赤い閃光の救世主〜   作:シグナル!

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タイトルは前からつけたいと思っていました。
今回は少し長めと軽い説明回です。


Re:ゼロから始める異世界修行

 若手悪魔の顔合わせを終え、リアス達は本邸に戻るとヴェネラナからの提案で部屋にある風呂ではなく、本邸の敷地内に作られた露天風呂に入らないかと提案された。断る理由もなく、その提案に乗ったリアス達。

 というわけで、巧達は日本の温泉をモチーフにしたことは明らかな風呂で体を休めていた。

 

 

「かぁぁ〜、いい湯だぜ全く」

 

 顔合わせの後、本邸で合流したアザゼルも桶に酒を乗せて、お猪口を呷る。背中からは六対の黒い翼を広げてリラックスモード。極めつきは頭にタオルを乗せて鼻歌を歌いだす始末。

 オカルト研究部の顧問の姿に裕斗と女子のようにタオルを胸のところで巻いたギャスパーは苦笑していた。

 

「お前もそう思わねぇか、イッセー」

「別に、アンタみたいに気が抜ける程じゃない」

 

 悪くない、そう言わない巧の言葉選びは中々だ。普段から積極的に話しかけてくるアザゼル。酒に酔ったのか、ここぞとばかりに巧に話しかけてきていた。

 

「お前、上層部の連中に喧嘩ふっかけたらしいな。…ハッハッハッ!お前らしいぜ、たくっ」

「喧嘩なんてふっかけちゃいない。ただあいつらが気に食わなかっただけだ」

「それだけの理由で、上層部の会話が止まるくらいの殺気をぶつけられる奴は冥界が広くてもお前くらいさ」

 

 アザゼルの笑い声と話し方故にそこまでの大事のように思えないが、悪魔としての知識のある裕斗とギャスパーからしたら巧とした行為は危険と言わざるを得ない。

 特に裕斗は巧が上層部の悪魔に殺気を叩きつける直前に制止をしようとしたが間に合わなかった。

 

 同時にソーナの眷属の匙元士郎が飛び出そうとする姿も捉えていた。あのままだったら彼が何かをしていたであろうことは容易に想像できた。

 巧は彼が目をつけられるよりも、自分が目を付けられる方がいいと考えていたのだろうか。裕斗はそんな悲しい予想を立てていた。

 

「でもイッセー君、あんな無茶はしない方がいい」

 

 だからこそ、裕斗は行動に起こした。

 これから先、彼に守られるのではなく共に戦える様に。

 

「ぼ、僕もそう思います。確かにイッセー先輩は強いし、僕なんかじゃ助けられないかもしれないけど…僕も頑張ります」

 

 

 二人の自分とは違う真っ直ぐな眼を、巧は直視出来ない。逸らした先にあるのは駒王町とは違った夜の空。

 

「……分かった」

 

 少しの間を空けて、短く簡潔にまるで降参する様に言葉を吐く。

 その様子に裕斗とギャスパーは肩の力を抜けた。

 青臭い青春の一ページの様な瞬間を、三人とは違い長い年月を生きてきたアザゼルはニンマリとした顔で見ていた。

 

「おいおいお前ら、そんな感動シーンを見せつけるなよ。それじゃあ、辛気臭い話はここで終わりにして…【女】の話でもしようや」

 

 ーーあっ、ウザい

 

 性格も考えも噛み合うことのないオカルト研究部の男子三人の気持ちが珍しく一致した瞬間だった。

 

 

 

 

『まぁ、そうつんけんするなよ、イッセー!お前にだってあるだろ、好みの女ぐらい』

 

 壁越しに聞こえる声に、私ーーそして、朱乃とアーシアは聞き耳を立てていた。

 本邸の敷地内にある風呂でお湯に浸かる私達の耳に届いたのは、壁の向こう側にいる男子たち、というかアザゼルの声。

 他の三人の声はアザゼルよりは小さいものの私達にも聞こえる大きさだった。

 先程までは少し重い雰囲気の会話だったけど、アザゼルによる今の話題へシフトしていった。

 

『一緒の家に住んでるリアスが好みか?』

 

 彼の好みの女の子。恋愛の二文字からとても遠い彼がそういった話をするのはイメージできなかったけど、この流れなら彼の好みを自然と知ることが出来る。そう考えるのは私だけではないようね。

 

「朱乃、アーシア…貴方達」

「リアス、静かに」

「一緒に住んでるなら…私も居ますよ、イッセーさん」

 

 いつのまにか壁に近寄り、耳を壁に当てている朱乃。

 お湯に浸かりながら正座をして、祈る様につぶやくアーシア。

 因みに小猫とゼノヴィアは、最近のマイブームについて二人で仲良く語ってる。…この二人は平和ね。

 

「リアス、貴方も分かってるでしょ。彼の難攻不落さを」

「えぇ…ここはお互いに頑張りましょう」

 

 私も朱乃の隣で壁に耳を当て、男子達…巧さんの声を聞き漏らさない様に準備を整える。

 

 何度かアザゼルの揶揄いの言葉を受けたり、アーシアや朱乃の名前を出したり、堕天使の女性を紹介しようか、などと私達からしたら冷や汗ものの提案をされつつもその全てを拒否する巧さん。

 ようやく出た答えは、あまりにも短く、悲しいものだった。

 

『誰かを好きになったことなんて、無かった』

 

 声しか聞こえないのに。その声に含まれた(感情)はきっと美しくない。そんな確信が持てた。

 

『そんな事、考えた事もなかった』

 

 (乾巧)から(兵藤一誠)へ。彼の記憶の中に誰かに恋をした事などなかった。そんな余裕が持てなかった。彼の短い言葉は私たちに彼の心の鎧の厚さを改めて知らしめるきっかけになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 朝食を取ったリアスたちはアザゼルの指示で屋敷の前で待機していた。オカルト研究部全員が既に集合していて、皆運動に適した服装。今日からソーナ達のレーティングゲームに向けての修行が始まる。

 

『誰かを好きになったことなんて、無かった』

 

 リアスはふと、昨日の巧の言葉を思い出し、彼の顔に視線を向けてしまっていた。その瞬間、彼女の視線に気づいた彼はまだ眠気の取れていない眼をして、こちらを睨む。

 

「…なんか用でもあるのか」

「べ、別に…なにもないわよ」

 

 咄嗟のことで下手な対応になってしまったが、それ以上の追求もない。もう一度巧を見るといつも以上に物静かで、何かを隠している子供のように見えた。

 

 少しするとアザゼルが相変わらずのスーツ姿で現れた。

 

「集まってるな。よし、今からシトリー眷属とのゲームに向けての修行を始める…前に、それぞれの課題を発表する」

 

 アザゼルの一言に皆の空気が変わる。

 彼もそれを察して、口角を軽く上げてからリアスたちを見つめる。

 

「まずはゼノヴィアだ。お前はデュランダルを完璧に使いこなす事を重点にしていけ。あれは対悪魔としては最強クラスの武器だからな。それから『もう一本の聖剣』にも慣れてもらう」

 

 ゼノヴィア自身も知らない聖剣の存在を示唆されたものの、アザゼルは特に言う気もないのか、話を次に進めた。

 

「木場、お前は『禁手』を一時間…いや、一日でも長く保てる様に修行をしていけ。発動状態を普通にして保つ日と、実戦訓練で保つ日とを繰り返していくんだ。それと並行して、通常の訓練や剣術の修行をしていけばいい。剣術の方は師匠に一任してある」

「はい」

 

 裕斗の明るく、力強さの感じる返事にアザゼルは頷く事で応える。次に視線は既に怯え始めているギャスパーへ。

 

「ギャスパーはまず対人スキルの向上だ。悪魔や神器の才能ではお前は中々の物を持ってるからな。その恐怖心を克服できれば、暴走しがちなお前の力もそのリング無しでも落ち着く筈だ」

「は、はい…。そうだ、僕も強くならなきゃ」

 

 ギャスパーは、自身の腕に付いている神器の力を抑えるリングを見て、自身の決意と共に心を奮い立たせる。その姿は夏休みを迎える前の彼とは見違える物があった。

 

「リアス。お前はこのまま暮らしていけば、魔力や身体能力は高まり大人になる頃には最上級悪魔になれるだけのポテンシャルを秘めてる。でもそれよりも強くありたいんだな?」

「えぇ、そんなの待ってられないわ」

 

 一瞬、巧を見たリアス。彼女の気持ちを察したアザゼルは内ポケットから一枚のプリントを取り出して渡した。

 そこには、この期間でやるべき事や眷属の『王』として知っておくべき事などが記されていた。

 

「アーシア。お前は単純な魔力の絶対量や操作技術の向上。基本的な体力もつけてもらう。そして神器による回復能力の進化を遂げてもらう」

「進化…、『禁手』の事ですか?」

「それもあるが、今は回復範囲の事だ。実戦で敵がわざわざお前を怪我したやつの所まで何もしないと思うか?」

 

 その言葉に皆が返事に詰まる。レーティングゲームや実戦において、回復能力は下手な攻撃手段よりも何倍も貴重だ。そんな力を持つ彼女を敵がみすみす見逃す訳もない。アザゼルの言う回復範囲の拡大は眷属皆の安全を守るには重要だ。

 

「手を触れずに回復させる手段を、アーシアには会得してもらう。まぁ、俺もサポートにつくからその辺は難しく考えすぎるなよ」

「はい!頑張ります」

 

 意気込むアーシアを、皆が暖かい気持ちになり見守っていた…。

 アザゼルの視線が、痺れを切らしていた小猫と朱乃に向けられる。二人ともリアスや他の眷属同様に強くなりたい気持ちがあるから。

 

「朱乃、小猫。お前たち二人には同じことを言わせてもらう。お前たちのここからの成長には、自身の中に流れる血を受け入れる事が重要だ。お前らが自分の全てを使えば、ライザーとのレーティングゲームに負けることは恐らくだがなかっただろう。わざわざイッセーが迎えに行く必要も無かった訳だ」

 

 朱乃はともかくとして、小猫にも何らかの事情があるとこの場で知った巧は思わず小猫に視線を向けてしまう。アザゼルの物言いにリアスは反論を述べようとするも、アザゼルがすかさず言葉を続ける。

 

「例えそれが辛い事でも、今のままじゃいつかお前らが足手纏いになる。そしてその代償を…リアスや木場やゼノヴィアやアーシア…イッセーが被る事にもなりかねない。そうならない為にも、お前らは今の自分を受け入れて、前に進むしかないんだ。それを飲み込んだ上で、修行に打ち込め」

 

 二人は特に言葉を返さずにいた。少しして、朱乃が頷き、小猫も無表情ではあるものの、小さく頷いた。

 その二人を巧は、黙って見つめていた。

 自身の中に流れる血。先ほどのアザゼルの言葉は巧にも言える物だった。オルフェノクであるが故に自由自在にファイズギアを使いこなせている。そんな血を引いた自分を好きになれない。もし、受け入れる事が出来たら…好きになる事が出来れば、自分も誰かを愛する事が出来るようになるのだろうか。

 

 そんな事を思いながら、空を見上げると何かの接近を感じ取った。その何かを明確にしようと感覚を研ぎ澄ませようと集中した瞬間、巧の鼓膜にアザゼルの声が響く。

 

「最後にイッセー。お前は…って、どうやら気付いたらしいな。それとほら、これ受け取れ」

「…って、なんだよこれ」

 

 アザゼルがいきなり巧に投げ渡したのは、巧の着替えなどが入ったバックと一振りの刀。

 両手に持った荷物を抱える自分の足元…影があったはずの場所は一気に暗くなる。それはつまり、自分たちの真上に巨大な何かがいる証拠。

 

「ドラ…ゴン?」

 

 誰かの呟いた声が聞こえた。

 今、巧の前に浮かぶのは少なくとも巧のいた世界ではゲームや漫画やアニメと言った二次元の世界の生き物というか幻獣。

 巨大な体、固そうな鱗、刃のような爪や牙。背中には巨大な両翼。

 

「まさかお前とこんなところで相見えるとはな、アザゼル」

「きちんと魔王様の許可やお手続きは完了させてきたぜ、タンニーン」

 

 まるで友人のような辛口を叩き合う二人。

 目の前のドラゴンの詳細を知らない巧は珍しくどうしたらいいか分からずにいた。

 

「イッセー、こいつはタンニーン。お前の先生役の一人だ」

「ほぅ、この小僧が噂のファイズか。先程は俺の接近によく気付いたな。久しぶりに鍛えがいのある者だといいが」

「こいつは、元龍王の一角でな。ドラゴンから悪魔に転生した転生悪魔だ。ちなみに最上級悪魔で最強クラスだ。気張れよ、イッセー」

 

 因みに、アザゼルの言う龍王とはドラゴンの中でも高潔な者たちで構成されおり、伝説的な存在。

 元々は六匹のドラゴンがいたが、今はタンニーンを抜いた五匹で五大龍王と呼ばれている。しかし、そのほとんどが封印されていたり、表舞台からは消えている為にとても貴重な存在といえる。ちなみに、アザゼルの持つ人工神器の力はそのうちの一匹により、完成されている。

 

「リアス、修行を始める前にイッセーから伝えるべき事がある。いいか?」

「えぇ…何かしら?」

 

 タンニーンの紹介も終わり、ようやく修行となりつつあったがアザゼルがそれに待ったをかける。

 アザゼルの言葉を受けて、巧がリアスの前に。

 

「俺は、レーティングゲームではもうファイズにならない」

「…えっ…?」

 

 突然の告白にリアスは頭の中が真っ白になる。

 対する巧も自身の言ってる意味が彼女に対する迷惑になると分かっていても、容赦なく言葉を繋げる。

 

「…使いたく、ないんだ」

「どうして?」

「こいつはオルフェノクを倒す為の物だ。…だからだ」

 

 それだけ言って、巧はリアスに対して背中を向けた。それ以上は何かを聞くのが怖くなって。

 リアスは、何かを背負い続けようとする巧をただひたすらに見つめ続けた。

 

 波乱の後の一波乱。

 こうして、リアス・グレモリー眷属の修行が開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行開始から九日が経過。

 巧は、グレモリー家の所有する土地の一画ーー後にファイズ山と名付けられる事になる山ーーにいた。

 少しばかり汚れたスポーツ用のシューズ。山故に泥や汚れが付いてしまっていた。

 

「…はぁ…」

 

 乱れた呼吸を整えるべく、息を吐く。顔を見上げた先にあるのは青い空ではない。

 

「まだまだ行けるな、兵藤一誠!!」

 

 巧を鼓舞させる様に、巨大な龍ーータンニーンは、口を開く。

 その動作の意味とその結果を、すでに何回も味わっている巧は片手で握った剣を強く握り直す。

 

「らぁ…っ!」

 

 ファイズの変身時同様の掛け声。その場から駆け出し、助走の先にあった大きな木を踏み台にして跳躍。

 自身の体を流れる魔力を剣の刀身に集約させる。イメージはファイズの必殺技の一つ、スパークルカット。

 約15メートル程のジャンプ。空中で剣を下から上へ振り上げる。その一振りで刀身に纏っていた魔力は、刀身を離れてタンニーンへ向かう。

 

 口を開け、火花を発生させてからの火炎放射。まさにドラゴンの技を発動しようとするタンニーンだったが、回避のために動作を止める。見た目と違った素早い動きを見せ、巧の放った一撃を回避。

 その一撃がタンニーンにとってダメージを与えられる物と認めた上での回避。

 

「今のはいい一撃だ。単純な攻撃力、そして速さ共に申し分ない。十分に実戦で通用する物だ」

「そうか」

 

 タンニーンの言葉に、特に反応を見せない巧。表面通り受け取ってないのか、どうか。本来、下級悪魔の一撃が最上級悪魔に痛手を与える事などそうはない。しかも目の前の少年は、本来の力を発揮していない素の状態。それなのにここまでの物とは思いもよらないタンニーン。

 仕切り直し、今度は接近戦を仕掛けようとするタンニーンの視界に堕天使の総督が映った。

 

「まさかここまでやれるとはな…イッセー。生きてる様で何よりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルの訪問もあり、二人は一旦休憩を取る事にした。

 二人の表情を見て、何かを察したタンニーンは距離を置いた場所で休みを取り、巧とアザゼルは巧の拠点とする場所に座っていた。

 

「俺の提案とはいえ、またお前に面倒をかけたな。…すまん」

「あんたが命令したわけじゃない。俺が、自分で決めた」

 

 巧は、自身の前に広げられたおにぎりを口にし、アザゼルは持参したサンドイッチを。

 

「元々、ファイズの力はオルフェノクを倒す為に使うもんだ…。アイツにもそういったしな」

 

 過去、ライザーとのゲームの際も巧は不死の力を持つライザー以外にファイズギアを用いてはいなかった。それにリアスの夢がかかった勝負でもあった故の一回きりと決めていた。

 

 レーティングゲームによるファイズギアの使用の禁止。これは元々、アザゼルが巧に提案した。表向きの理由としては巧の信念。その裏にはアザゼルの意図が隠されていた。

 

「今の冥界は不安定な状態だ。元々敵だった天使や堕天使と手を組んだ為に生まれた敵、旧魔王派を含んだ禍の団(カオス・ブリゲード)。これだけでも厄介なのに、暗躍する謎の種族…オルフェノク。そしてそれに対抗できるファイズ、デルタのベルト」

 

 そう語るアザゼルからは普段の飄々とした態度は感じられず、本気でこの先のことを危惧している様に巧には見えた。

 

「あんたには迷惑をかけてる、こっちこそな」

「何いってんだよ、まだお前は学生だ。なら、小難しい事は(顧問)に任せろ。…といっても、お前のベルトは未知の物だ。それを色んな奴の目に触れさせるのは面倒だ。特に悪魔の上層部にはな」

 

 巧の脳裏には、ソーナの夢を笑った連中の顔が浮かび上がり、アザゼルの言葉に納得する。

 

「地位もないお前をどう利用しようとしてくるか分からない。そうなる前に手を打って置こうって訳だ」

「あぁ…分かってる」

 

 

 アザゼルとの会話が一瞬止まり、巧が弁当ーーリアス・朱乃・アーシアによるお手製ーーの惣菜の一つを箸でつまんだ瞬間。

 

「ここまでで一ついいか。本物の兵藤一誠は何処だ」

 

 世界が止まった様に、巧には思えた。

 足元に掴んだはずの惣菜と箸が落ちていた。自分が落とした事に気づいたものの手を伸ばせない。

 それよりも衝撃的な事実が目の前に落ちていたから。

 

「まさか本当とはな…。質問を変えるぞ、お前は一体何者だ」

 

 逃げる事も誤魔化す事も許さない目、けれどその目には顧問の先生の様な優しさも紛れている。

 一人で戦う、そう決めていた巧の意思を否定するかの様な目だ。

 

「俺はーー乾、巧(いぬい たくみ)だ」

 

 その返答にアザゼルは信じられない物を見る目をしていた。自分で導き出した筈の答えは、荒唐無稽であると自覚していた。その仮説はたった事実への昇華された。

 

 最早、誤魔化せる相手ではないと巧も分かっていたのだろう。巧自身も驚く程にすんなりと話を進めていた。

 自身がこの世界とは少し異なる世界から来た事、元の世界でオルフェノクと戦っていたこと。その戦った相手の中に影山冴子が居たこと。戦いの果てに自身は命を落とし、兵藤一誠の肉体に憑依した事を。

 

 ただ一つ、自身がオルフェノクであることを除いては。

 

 

 

 

「これで辻褄があった。…こんな話なら、尚更表には出せねぇよ。因みにお前の正体を知ってるのは、リアスだけか?」

「あぁ。目覚めた時に、あいつが目の前にいた。…あんたは、いつから気づいたんだ」

 

 巧の質問、それに対してアザゼルは軽く戯けた様に答える。

 

「んなもん、最初からだ」

「そうか」

 

 自身の正体に気づいた時点で、特に驚きはなかったのか。アザゼルは軽く拍子抜けして、自身の推理を最初から聞かせる

 

「あのコカビエルを倒した奴が、数ヶ月前まで女の乳や尻を追っかけた小僧って時点でな。部下に調べさせたさ、過去に兵藤一誠に戦闘経験があったかどうかを。結果は無し。兵藤一誠は何処にでもいる平凡な男子高校生。そうとしか言えなかった。なのに会談が行われる前の時点であのコカビエルを上回っていた。他にも確信的な事柄がもう一つ。あの木場勇治という男だ」

「木場…か。アイツが何か言ったのか?」

 

 巧は夏休み前にアザゼルからファイズアクセルの入手経路を尋ねていた。その際に木場勇治から渡されたと知らされ、彼がこの世界にいるという事実を知った。

 

「いや、何も。ただ、お前を知ってる様な口ぶりだ。…兵藤一誠の交友関係に木場勇治の名前はない。いや、人間界の戸籍にも木場勇治という男の名前は存在していなかった。そんな男とお前が知り合いなのも変な話だろ?」

「言われてみれば、…な」

 

 ここまで言い当てられるとは思ってもみなかったが、アザゼルに悪意を感じない為か何も思う事が無かった巧。

 

「正直に言えば、お前の正体云々は本筋じゃない。…重要なのは、本来異世界…いや、並行世界の種族であるオルフェノクがなぜこの世界にいるのかだ。俺の調べではオルフェノクに該当する種族が表舞台に現れたのはここ数年。実際のところ、裏でコソコソしてた時期を含めれて軽く見積もっても十年前ってところだ」

 

 スマートブレインという巨大企業を隠れ蓑していたオルフェノク達。表舞台に立つにはそれなりの根回しが必要になるのは巧にも分かる。

 

「そしてそのコソコソしてた連中のリーダーがあの女、だけじゃない。お前が本来いた世界にも居たって事は、アイツを連れてきた奴もいる可能性がある。勿論、手段は分からないが自力で来たって可能性も否めないがな」

「…連れてきた…奴…」

 

 最終決戦の際、影山冴子は死した訳ではない。忽然と姿を消した。灰となったであろうオルフェノクの王ーーアークオルフェノクと共に。

 巧の様に死んで、誰かに憑依した訳でもない。おそらく協力者がいる可能性が高い。

 

「本当に厄介だぜ。イッセーで、いいか?…デルタの他にベルトはあるのか?」

「もう、ない。壊れたからな」

 

 三本のベルト、二本目と呼ばられるカイザのベルトは最終決戦時には木場勇治が使用したが、アークオルフェノクの一撃で破壊されてしまった。既にこの世には存在しないものだ。

 

「そうか。三本目や四本目、終いには五本目のベルトなんて言われたらいよいよ大事になるからな。お前も凄いもん背負い込んでたな」

「あんた程じゃない。…それが俺の役目だ」

 

 ありがとうな、小さく呟いた巧の言葉を聞き取ったアザゼルは顔を伏せて、口角を軽く緩ませる。

 

「長話になっちまったが、まだ案件があってな。小猫が倒れた、それとお前に呼び出しがかかっている」

 

 約半分を過ぎた修行期間、まだまだ波乱は終わらないらしい。

 そう確信した巧はいつもの仏頂面を浮かべていた。




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ようやく敵の全貌が見えつつあります。
てか、たっくんこいつら一人で相手にしようとしてたんだよなぁ…。
こっからどうやってみんなを巻き込んでやろうかしら。

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