ハイスクールFaiz〜赤い閃光の救世主〜   作:シグナル!

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少し修正しました。


三人目

「お前ら先に行けっ!」

 

 盾を展開し、目の前の相手を迎え撃とうとする巧は後ろに控える三人に叫ぶ。けれど、ゼノヴィアと匙は首を縦に振らずに巧と共に戦うべく、構えを取る。一瞬遅れた巡も即座に剣を構えて、襲撃者に備える。

 

「バカっ……!!」

 

 逃げろ、と叫ぼうとする巧の眼前に一体のオルフェノクが躍り出る。

 犬を模したドッグオルフェノクは、モチーフの犬さながらの軽快な動きを見せる。

 

「あんたらにはここで死んでもらう!」

 

 低く響いた声。そこからこのオルフェノク、いや男性の強い意志が巧には感じられる。感心する間も無く、指から鋭利な爪が伸びた。最早爪と呼ぶには大きすぎるそれを、巧に向けて振りかぶった。

 

 振り下ろされた爪を左手の盾で受け止め、カウンターの一撃をまずは拳で。繋げて前蹴りを全力で腹に叩き込む。

 

「……ぐっ……!!」

 

 軽い嗚咽の様な声が聞こえ、ドッグオルフェノクの体は後方へ。やはりファイズではない為の身体能力のスペックの差を痛感。巧は他の三人に目を向ける。

 

 もう一体のオルフェノクと戦闘を交えるゼノヴィア。

 十人ほどの魔法使いと背中合わせで戦う匙と巡。

 

 恐らく先程のリアスの声からして他のメンバーのいる場所にも敵が現れたとみて間違いはない。ならば、とドッグオルフェノクへ更なる攻撃を仕掛けようと前に突っ込む巧に匙が何かを投げた。

 

「兵藤、それを付けろ!!」

 

 声に反応し、振り返った巧は匙の投げたサングラスを受け取る。一瞬どうすればいいか迷うものの、既に三人が掛けていた為に巧も遅れて掛ける。巧が掛けたのを確認し、匙は一本のラインを天井付近にまで伸ばして、魔力を送ってからライトの明るさを底上げした。

 

 かなりの照度を誇ったそれは、襲撃者の目を眩ますことに成功。その隙をついた四人は即座にその場から退却を選択した。

 

 

 

 

 同時刻。

 レーティングゲーム観客席、VIPルーム。

 

 VIPルームは混乱の渦の中にあった。かくゆう俺ーーアザゼルもその一人。

 

 

「侵入者は身元は旧魔王派と断定。ただちに救援部隊を送れ!」

 

 サーゼクスの声が響き、近くの上級悪魔達がゾロゾロと動く。

 そんな中、俺はひたすらに今の状況を分析するべく画面を見つめる。

 突如現れた襲撃者からアーシアを守るべく戦うリアスと朱乃の姿を映した画面が。他にも、木場やイッセーの姿を映す画面が複数台設置されていた。

 

 VIPルームに座る他の神話体系の神々も、どこか緊張した面持ちだ。それもそのはず、この画面の先には魔王の妹が二人もいるんだからな。

 

 少しすると一人の兵士がサーゼクスに近寄り、何かを伝える。俺も内容を聞くべく近づいた所。

 

 

『我らは真の魔王の意思を継ぐ者、旧魔王派である』

 

 

 モニターには、敢えて姿を現した一人の悪魔が。

 フードの下から覗く素顔は端正が故に、コイツの精神の歪みを如実に表している。

 

『本来魔王の血を引かぬ者が、魔王の座に就くこの現状を我々は打破しなければならない!』

 

 どこか演劇染みた動きと言葉で男は自分の中の鬱憤を言葉に。

 まぁ、要するに自分たちを追い出したサーゼクスや、それを容認する今の冥界が不満って所だな。

 

 

『我々は口火を切る! 今日ここで、魔王の妹達の首を落とす事でな!』

 

 男の宣言で、VIPルームだけじゃない。このゲームを見ている全ての奴に緊張が走る。

 コイツらの手口を考えれば、ゲームを運営……いや、動かしている側の連中とつるんでるのは明白。

 

「アザゼル。既に信用出来る者達をゲームを操作する者達の元へ向かわせました」

「流石に早いな、シェムハザ」

 

 俺の部下、シェムハザはあの短時間で俺の意思を即座に察知し、既に手を回していたらしい。まったくありがたい部下だな。

 

「彼を死なせる訳にはいきませんから」

 

 シェムハザの視線は、ゼノヴィアや匙と共に逃げるイッセーへ。

 

 

「お前もあいつが気に入ったらしいな」

「貴方が彼に肩入れするからですよ」

 

 

 俺たち二人の視線は、イッセーの元へ。

 頼む、何とか持ちこたえてくれ。誰一人欠けるなよ。

 

「シェムハザ、あと一つ……頼まれてくれるか?」

「勿論です」

 

 シェムハザはいつも見せる余裕の表情で俺の指示を待つ。

 まぁ、頼むのはシンプルな事だ。

 

「バイク一台とボストンバックをグレモリー本邸から持ってきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長!」

 

 一階西側にある喫茶店。

 そこを身を隠していたソーナ達と合流し、匙は彼女の名前を呼んだ。

 一方で、そこに居たのはシトリー眷属が五人。残り三人は見当たらない。

 

「安心してください、他の三名はリアスや木場君達と共にいますよ」

 

 ソーナの言葉を聞いて、巧も今の時点での犠牲者が出てない事に取り敢えずは安堵した。けど、まだ気は抜けない。ここからどうやって切り抜けるかという最大の問題が残っている。他にも、リアス達との合流も必死だ。

 

 シトリー眷属の拠点がここ、一階西側。グレモリー眷属の二階の東側と真反対の位置。

 

「会長……どうしましょう」

 

 巡の微かに震える声。巧はそれも不思議では無いと思った。先程まではあくまでレーティングゲームだった筈の勝負から一変、命と命のやり取りへ。それでも自らを奮い立たせる彼女は強いと素直に思えた。

 

「そうですね……」

 

 指示につなげようとするソーナ。巧も言葉を待たんとした瞬間。背後からの気配を察知。しかしそれは、よく知る者達の気配とオーラ。

 

「……みんな」

 

 現れたのはリアス達。それを確認し、匙やゼノヴィア、そして巧は彼らに駆け寄る。既に意識の無い生徒会メンバーの仁村留流子を背負う裕斗や腕に傷を負ったギャスパーがいたからだ。

 傷を負った二人をなんとか座らせ、アーシアが神器の力で治療を開始した。

 

 

「私が塔城さんに負けて……転送されると思ったら、あの人達が来たんです」

「確かに一人目のリタイアを告げた瞬間に現れたな」

 

 ゼノヴィアも頷き、皆同じような反応を示す。

 喫茶店で身を隠すものの、依然として状況は変わらない。敵の数もむしろ増えているくらいだ。

 

 仙術の応用で、巧は敵の数を把握。覚悟を決め、店から出ようとする所で小さな手がそれを阻んだ。

 

「どこに行くんですか、イッセー先輩」

「……お前はここに残れ、リアス達とな」

 

 巧よりも仙術に長けている小猫は、彼の考えを即座に見抜き、単独行動を禁止しようとする。ここで引いたら、修行の意味はない。そう言わんばかりに腕に力を込める。行かないでほしい、という小猫の想いを巧も分かってはいた。

 

 誰にも死んでほしくない。

 

 多くの死を見てきたが故に、巧は夢を持つリアスやソーナ。そして彼女達を支えようとする裕斗や匙達に傷ついてほしくなかった。

 遠回りはしてほしくない。

 

「イッセー。貴方の気持ちは嬉しいけど、私達も行くわ」

 

 二人の会話はいつのまにかリアス達にも聞こえており、その場にいた全員が既に覚悟を決めていた。

 

 目の前の、不器用な彼を一人にしない。一人で戦わせない、と。

 

 全員が、リアスの言葉と意思に同意していた。

 その覚悟を、巧は覆せるだけの物を持ってはいない。

 

『リアス・グレモリー。ソーナ・シトリー。そしてその眷属達よ。この空間は今我々が支配している』

 

 突如響いた声。

 それもこのショッピングモールに響く音量からして、かなりの大きさ。その声に反応し、皆の僅かな呼吸音がするだけになる。

 

『我々の目的は貴様らの首を取ること』

 

 リアス、ソーナはその意図に気付いた。敵は旧魔王派であり、自分たちを殺すことで見せしめにしたいという事に。

 

 二人以外の者達は彼女らを差し出すつもりなど毛頭ありはしない。そんな目的で二人を死なせてたまるか。特に匙に至っては怒りで爆発しそうなくらいだ。

 

『ただ、貴様らにも助かるチャンスを与えよう。この場にいる16名の内、15人は外からの魔力干渉を許してある。一人だけこの場に残ってもらう』

 

 ソーナはこの条件に違和感を感じた。なぜ、ここまできてリアスと自分を逃すような条件を提示したのだろうか。本来、レーティングゲームにテロリストが介入することは簡単ではない。恐らくは内通者などの存在の手引きが大きいだろうが、そう簡単には行かない。そこまでの危険を背負った作戦なのにこんな条件を提示するだろうか。

 

 まるで敵は相反する二つの目的を持つかのよう。

 一つはリアスと自分の殺害。もう一つは。

 

「俺が残る」

 

 ソーナの思考を停止を停止させたのは、巧の一言。その一言と、巧を見てソーナの直感が告げる。

 

ーーもう一つの目的は、兵藤君。

 

 自分たちに絶望を感じさせた上で、あの条件を出せば誰が残ると言い出すかは明白。しかし、このソーナの案には少なくとも巧の人となりを知る……もしくは、知る事が出来る人物が必要となる。自分たちの周りに裏切り者がいるのかも。そんな予測を立てつつも、彼女は巧を止めるべく声をかける。

 

 

「兵藤君。貴方のその行動を、敵は求めているかもしれません」

「相手の狙いは、イッセーってこと?」

 

 少し遅れて、リアスもソーナの言葉の意味と襲撃者の詳細を思い出してから答えに行き着いた。

 

「えぇ。私達二人が標的というのは間違いないでは無いと思いますが、敵の中にオルフェノクが居たことを考えると兵藤君こそが最も消したい人物……そう考えて動くべきです」

 

 ソーナの推理を聞いて、裕斗と旧魔王派に目が行きがちだった事に気づく。人数こそ少ないがあの中には確かにオルフェノクがいた。彼らにとって一番の障害は、魔王でも堕天使総督でも天界の大天使達でもない。目の前にいる兵藤一誠(ファイズ)だ。

 

 前者は、オルフェノクが動いたとしてもそう簡単には動けない。彼らは一族の長という立場にいるから。けれど、ファイズにはそういった立場ではないから、自由に動ける。

 

 そんな理由などなくとも、裕斗はこんな所に巧一人を置いていくような選択は選ばない。

 

 

『あーあ、お前ら聞こえてるか』

 

 全員の耳につけたイヤホンから、聞き慣れたアザゼルの声が。

 リアス達は彼の指示を待ち静寂を保つ。

 

『今から俺の指示に従ってもらうぞ』

 

 有無を言わさないアザゼルの声は、彼を堕天使総督たらしめている何よりの証拠。そんな彼は、あまりにも残酷な指示を皆に伝える。

 

『イッセーを除いた全員で、こちらに戻ってこい』

 

 一瞬、息が止まった。

 

 今、この男は、何を言ったのか。

 

「ふざけないで、アザゼル!!」

 

 敵が近くにいるのにもかかわらずリアスは声を張り上げた。彼の指示は、巧を犠牲にしろ。

 レーティング・ゲームにある作戦としての、犠牲(サクリファイス)とは全くもって異なる。あの敵を、一人で……それも、ファイズにならない状態。

 

 仲間の犠牲を強要する作戦を聞いたグレモリー眷属は皆、その言葉を否定するようにアザゼルへ言葉をぶつける。特に朱乃やアーシアは、嫌だ嫌だ、と巧の手を掴んで離そうとしない。勿論、ソーナ達も黙ってはいない。ソーナはリアスと共にアザゼルへ作戦の中止を要望したが……。

 

『ごちゃごちゃ言うな。それとも何か、お前ら全員で奴らと一戦やらかすってのか』

「少なくとも、私は残るわ。イッセーを置いて、一人で逃げる訳には」

(キング)を、取られたら負けだ。王には、時に眷属の死を受け入れる時がいつか来る。……それが今だ』

「これはゲームじゃない!!」

 

 分かっていた。純血の悪魔である自分とソーナが帰還する様に言われるのは。巧が誰か残らなければならない一人に、充てがわれるかもしれない事は。

 

『今、こちらで出来るのはお前らの転移のみ。それもきちんと15人までしかな。それ以上の干渉はそれなりの時間を要する。15人を転移させちまったら、こちらから救援部隊は送れない。例えそれが『車』や『バイク』といった非生命体でもな」

 

 敵が許したのは、リアス達の中の十五人の転移のみ。それ以降に救援部隊を送るとなると、その間にゲームへの干渉自体を止めなければならない。アザゼルの部下などが手を尽くしてはいるが、どれ程の時間を要するか分からない。そんな賭けは、出来ないと上層部は判断した。

 

 話が止まりかけた途端、裕斗はリアスを見据えて、決意を口にする。

 

「僕も残ります」

「何を言ってるの、裕斗」

 

 小さく、疲れたような声で、裕斗を呼ぶリアス。呼ばれた彼に、学校内で見せる爽やかさはない。あるのは、男としての決意と覚悟。

 

「僕は、グレモリー眷属の『騎士』です。主と、仲間を守る剣となる為にこの剣を振るわせてください」

 

 自分に深々と頭を下げ、無茶を頼み込む眷属にリアスは戸惑った。今の裕斗は、決して死にたがっている訳じゃない。何か考えがある。その上で動いていると思えた。

 

「…………ッ」

 

 リアスは唇を噛み締め、残酷な指示を告げようとする自分を恨んだ。

 

 自分がもっと強ければ。(サーゼクス)や、義理の姉(グレイフィア)程に強ければ、二人と共に戦えるのに。

 

 そんな後悔を胸にしまい、リアスは『王』としての決断を下す。

 

 

 

「裕斗とイッセーを除いた皆で、そちらへ転移するわ。……アザゼル、お願い」

『あぁ。分かった。グレイフィア、頼む』

 

 残る二人を除いた皆は、少し距離を置いてから、侵入者達が敢えて使えるようにしていた転移の光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 巧さんと、裕斗を除いた皆が、お兄様やセラフォルー様、グレイフィア、そしてアザゼルのいるVIPルームに転移した。

 既に私達の目の前には、お兄様やセラフォルー様が待っていた。その他にも他の勢力の所謂幹部クラスや冥界上層部の悪魔達。私の右側の壁にはアザゼルが寄りかかっていた。

 

「リアス……」

「ソーナちゃんっ!」

 

 お兄様が私の名前を呼び、セラフォルー様がソーナに抱きつく。ただし感動の場面とはならない。だってこの場には、本来居るはずの二人が居ないから。

 私は、壁に寄りかかるアザゼルに詰め寄り、彼の頬を引っ叩いた。

 

「まぁ、そりゃそうだな」

「えぇ、そうよ。むしろ足りないくらいだわ」

 

 殴られたアザゼルも納得といった表情。彼の視線の先には、敵が待ち構えるショッピングモールの中央へ歩く裕斗と巧さんを移す画面。

 

「木場はいい判断をした。イッセーの他にも、最低一人は残ってくれないと贈り物が届けられないからな」

「どう意味ですか?」

 

 ギャスパーが、アザゼルに問いかけて、彼はいつものあっけらかんとした態度で言葉を返した。

 

「アイツのバイク」

 

 その言葉と共に、アザゼルは見覚えのあるナップザックを取り出した。

 

「それって……、イッセーさんの」

 

 私と同じくらい、"それ"を見たことのあるアーシアが一番に反応。少し遅れて私も、気づく。

 

 

 アザゼルが持っているそれは、巧さんのファイズへの変身デバイスが常に入っていたナップザックだった。

 

 

 

 

 

 

 

 少しすると、巧さんと裕斗はモールの中央部へ到着した。

 その様子を画面越しに、私達とソーナ達はアザゼルやお兄様と共に見つめていた。

 巧さんは、アザゼルの友人が作った盾を展開、裕斗も聖魔剣を構えてこそいないが握ったまま。

 

『どうやら、貴様らは主人に捨てられたらしいな』

 

 今回の侵入者、禍の団(カオス・ブリゲード)の派閥の一つ、旧魔王の構成員の一人の男が淡々と二人へ問いかける。

 

『ルシファーを輩出された名家の次期当主も案外冷酷だな。どうやら眷属ではなく、自分への慈愛に溢れているらしい』

 

 男の皮肉に、部下か仲間の悪魔達がゲラゲラと笑う。その数は恐らくだが百程度。その中にはオルフェノクが十体ほど居た。今の私は、その皮肉を覆せない。現に二人を残してここにいるのだから。

 同時に、私とソーナが帰還したのを見て安心し、巧さんや裕斗への心配を一切しない上層部の悪魔への怒りが出てきそうになる。

 

『それに加えてシトリー家の次期当主は現実を知らない夢見る乙女。……くっくっ、これで将来の冥界は安泰だな』

 

 ソーナを嘲る言葉に、匙くんが反応し、悔しそうな顔をした。いえ、匙くんだけじゃない。ソーナの眷属皆が同様の顔を見せる。

 

『聞けばシトリー家の次期当主殿は、"誰でも通えるレーティングゲームの学び舎"を作ると聞いている。……そんな絵空事を口にしている時点で底は見えている。下級悪魔は、我々の足元にひれ伏していれば良いものを』

 

『ごちゃごちゃうるせぇな』

 

 笑っていたテロリスト達の空気をぶち壊す様に、巧さんは普段よりも大きめに声を出した。その顔には、呆れが浮かんでいるように見える。

 

『貴様らは、主人であるリアス・グレモリーに捨てられたのだぞ。よくもそんな態度を取っていられるな』

『それは違う。僕たちはあの人達を守るために自分の意思でここにいる。そしてリアス・グレモリー様にも、そしてソーナ・シトリー様にも素晴らしい夢がある。僕たちは、それを護る』

 

 裕斗の言葉に、ソーナや彼女の眷属は何処から胸のすく思いがあったのか、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 少し前に進み、剣を構えた裕斗の隣に彼が並ぶ。

 

『お前らの相手してる暇なんか無いんだよ。アイツらには』

 

 瞬間、イッセーさんと裕斗の間に光が降り注いだ。

 降り注いだのは、外部からレーティングゲームの空間へ人や物を送る為の転移の光。

 

「言っただろ、届け物が届けられるってな」

 

 いつのまにか私の隣にいたアザゼルが、ニンマリと笑った。

 

「さぁ、そろそろ反撃といこうや……」

 

 光が消えて、現れたのは巧さんにとっての最高の相棒。

 豪快なエンジン音は、私達に逆襲の狼煙のように聞こえた。

 

 

 

 

 

「バジン君!」

 

 裕斗の声で、巧も突如として現れた相棒に目を奪われる。その後部座席に取り付けてあるナップザックを見て、即座に駆け寄った。

 バックからファイズギアを取り出した。腰にドライバーを巻きつける巧を見て、裕斗は自身の賭けが勝った事を確信。

 

「先生が言ってた通りで良かった」

「なんの話だよ」

「十五人が転移したら、なにも送れない。つまり、誰かもう一人が残れば何かを送れるって言いたかったんじゃないかな」

 

 巧も、先ほどのアザゼルの指示内容を思い出し、そういえば……といった表情を浮かべる。

 裕斗も、誰か一人が残れば……反撃のきっかけをアザゼルやサーゼクス、グレイフィアらが与えてくれると踏んでいた。

 

「ったく、最初からそう言えばいいだろうが」

「相手に盗聴されてる事も予想してたんだろうね」

 

 まるで何事もないかのように、いつもの調子で会話を続ける二人。そんな二人を見ているうちに、呆気を取られていた急魔王派の悪魔達も現実に戻っていた。

 

「その奇妙な鉄馬が来たところで、貴様らの運命は変わらないぞ」

 

 リーダ格の男を中心に、彼らの殺意が、敵意が、二人に向けられていく。既に戦闘態勢に入った者も多く、この場を異様な空気が包む。

 

 剣を構えた裕斗の少し先に、腰にファイズドライバーを巻きつけ、変身コードを入力する巧が。

 

『Standying By』

「変身」

『Complete』

 

 変身を完了させ、右手のスナップを効かせる。カシャッと響きのいい音を合図に、ファイズと裕斗は敵に向かい突貫した。

 

 

 

 

 

「相手はたかが下級悪魔が二匹だ!」

 

 今回の襲撃者のリーダーである男性悪魔は、内通者から貰ったデータを見て、木場裕斗、兵藤一誠の戦い方を知っていた。だからこそ、ここに集まった百の旧魔王派の構成員と禍の団(カオス・ブリゲード)に所属するオルフェノクの指示を担えるように立場を整えた。

 

 そう、この場にいるオルフェノクは自らの意思で、ファイズと相対させられている訳ではなかった。

 それがこの男の命取りになるとは、男性自身も思いもよらなかった。

 

 

 

 

「下級悪魔がぁぁぁ!!」

 

 魔力を放とうと構える男性の胴体を聖魔剣で斬り裂き、隣にいた二人の敵も瞬く間に斬り伏せる。

 聖魔剣の特性と、短い期間での修行は裕斗の戦闘能力を格段に上昇させた。

 

 なんて感嘆に浸る間も無く、次から次へと攻撃が仕掛けられる。裕斗の移動は騎士の駒の特性を最大限に生かした物で、いかに上級悪魔といえど容易には捉えられるものではなかった。加えて、今はレーティングゲームのルールもない為に、この空間やショッピングモールへの破壊の考慮もする必要がある無かった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 常に移動しつつの実戦経験は裕斗にとって少ない。それも多対一の経験は師匠に比べれば、薄っぺらい物でしかない。

 軽く息を整えようと呼吸を繰り返す、裕斗の目の前に再び悪魔が五人体制で飛翔し向かってくる。

 既に察知していた為に、問題なく対応さんとする裕斗の前に巨大な影が割って入った。

 

「バジン君!?」

 

 既にバトルモードのバジンは、背後に裕斗が居ることをキチンと確認してから、バイク状態での前輪を利用して放つバスターホイールを悪魔に向けて放った。

 

「……ひっ!?」

 

 突然放たれた攻撃に、旧魔王派の悪魔達は肝を冷やした。

 自身の体を、目の前のバイクから変形した何かが放った光の槍が穿った。それも一発ではない。気づいた頃には十発以上は被弾しており、強烈な痛みが肉体を駆け巡る。

 

 バジンの背中越しで見ていた裕斗もこれには驚愕した。少なくとも、裕斗の知る限りはバジンは光の槍を放つ攻撃方法など持ってはいない。恐らくではあるが、あの顧問……そして巧の盾を造った男性による物と予想していた。

 

 痛みも共に消滅していく旧魔王派の悪魔を確認し、裕斗は二手に分かれた巧と合流すべく、バジンと共にその場を離れた。

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 まだ声変わりを終えていない少年特有の声が、ショッピングモールの中央に響く。

 雄叫びと共にファイズに接近し、拳を振るうのはビーバーを想起させるビーバーオルフェノク。

 しかし、その動きは拙さがありファイズから見ると、戦いに慣れていない者の戦い方。同様の感想を、自分を取り囲むオルフェノク全てに抱いていた。

 

 彼らから感じられるのは、焦りと不安。それがどこから来るものなのかは分からない。

 同時に巧の意識は、十体のオルフェノクのみならず、時折攻撃を仕掛けてくる旧魔王派の悪魔達にも向いていた。

 

 戦闘開始と共に裕斗は持ち前のスピードを生かし、敵を分断させた。その為に巧の近くにいる悪魔は二十人程度。残りは裕斗に向かっていたが、バジンを援護に向かわせた為に何とかなると踏んでいた。

 

「ふんっ!」

 

 ビーバーオルフェノクとは一回りは体格の違うオルフェノクが、ファイズに向けて突撃を仕掛けるものの、安直な動きの為にあっさりと回避され、後ろからの蹴りを叩き込まれる。振り返った先では、悪魔が遠方からの魔力弾を放つものの、右斜め前に体を転がして、事なきを得る。

 

 攻撃の規模からして、ファイズのみならず周囲のオルフェノクのへのダメージは配慮されてはいない。現に、何体かのオルフェノクは魔力攻撃を受け、地面に横たわる者もいた。

 

「しっかりするんだ!」

「痛いよ……」

 

 倒れるビーバーオルフェノクに声を掛けるオルフェノク。ビーバーオルフェノクは声からして、まだ幼い少年であることが分かる。不意に巧は、オルフェノク達との関係を投げ捨てて、魔力攻撃をした悪魔達を仮面越しに睨む。

 

「どうした、ファイズよ。そこの獣たちは、貴様の相手だろ?」

 

 悪魔たちの一人、今回の襲撃のリーダー格の男が、ニンマリと笑いながら巧とその背後にいるオルフェノクを見下した目線を向ける。思わず不快感をあらわにしたファイズは、軽く舌打ちをして彼らへと突貫。

 

 真ん中にいたリーダーの男へ、拳を叩き付けようと構えるファイズの前にロープを羽織った悪魔が三人並び立つ。三人は両手を前に突き出し、魔力による結界を張り防御を図る。

 

「おらぁ!!」

 

 ファイズの一撃は、彼らの防御をいとも簡単に破壊し、防御越しの重い拳を防御を行なった一人の悪魔に叩き込む。

 

「……なにっ!?」

「たかが下級悪魔が!」

 

 防御を行なったのは、上級悪魔に位置する者だった。周囲の者はそんな者たちの防御をただの拳で破壊し、戦闘不能にしたファイズに圧倒される。思わず動揺する悪魔たちを、ファイズが見逃すはずもなく蹴りや肘打ちや掌底を鳩尾や顎といった人体急所へ瞬く間に叩き込んだ。

 

「……!?」

 

 二十人はいた悪魔たちが残りは、リーダーを含めて五人。先程までの愉悦な笑みから一変、焦りを感じつつある顔へ。そんな男にも一切の油断も見せずにファイズは近づこうとした時。男の視線の先が、ファイズからオルフェノクへの移った。同時に男の顔色も変わった。

 

「ファイズ、いや兵藤一誠! そこまでにしてもらうぞ」

 

 不意に大声を放った男に、ファイズも立ち止まるが、また即座に歩み寄ろうとした途端。先程よりも更に大きな声を放った。

 

「そこにいる獣たちには、優しい人間の家族がいてな……彼らは今、我々の手の中だ」

 

 突然、ファイズが首を上に向けた先にある空間に映像が映し出される。

 

 それは、一人の少女が椅子に座らされている映像。その背後には旧魔王派の悪魔の姿が。

 手を椅子の後ろで組まされ、顔には殴られたような跡が。

 一瞬、ファイズに現れた動揺を見抜いた男は、更にそれを突く。

 

「そこにいる獣の一匹は、この小娘の兄だ。今、ここでお前の首を狩る事が、この娘を守る唯一の道」

 

 巧の視線は、大人のオルフェノクに支えられて立ち上がったビーバーオルフェノクに。

 彼も、映像が映し出された事に気付き、少女を呼んだ。

 

「ハナ!! な、なんでだよ! ファイズと戦えば、妹には手を出さないって約束したじゃないか!」

 

 ビーバーオルフェノクは、人間態に戻り……少年の姿へ。少し汚れた服であったが全体的には年相応の格好をした少年は、ファイズを通り越して、リーダーの悪魔の元へ。背が低く、胸ぐらは掴めないが軽く服の裾を掴む。振り返ると、十体のオルフェノク達全てが、人間態に戻り、そのうちの何人かは少年の元へ。

 

 

「黙れぇ!!」

 

 鈍い音がして、少年が地面に倒れる。周囲の人間態のオルフェノク達が彼に近寄り、声を掛ける。

 

「貴様らのような獣は、我々悪魔の家畜に過ぎない。……家畜は主人に逆らう物ではない。今から躾をしなくてはな」

 

 刹那、手のひらを向けるリーダーの悪魔の手首を掴み上げ、ファイズは静かに呟く。

 

「止めろ。こいつらは、人間だ」

「……貴様、気は確かか? こいつらの何処が人間だ。己の欲望のままに同胞と謳う者達を殺しているんだぞ。……化けの皮を剥がしてやろう!」

 

 男が片手を上げると、映像に映る悪魔が少女に歩み寄ろうとした途端。激しい爆音が響いた。映像の中継先で何かが起こっているのは分からないが、この事象はリーダーの悪魔にも想定外らしく、困惑の色が顔に馴染んでいた。

 何秒かすると少女ーーハナの、顔色が明るくなった。

 

『聞こえてるか。今から、そっち行くぞー』

 

 軽妙な声のみが聞こえ、映像が消えた。

 困惑が空間を支配する中で、転移の光が発生した。おそらくして声の主が来るであろう事は分かっていたので、巧は変身を解除した。

 

 光と共に現れたのは三人の影。

 一人は、体格の大きく190cmはあろうかという男性。二人は、そんな男性に抱えられたハナ。三人目は、体格は細身の青年。身長は巧よりも少し大きい程度。

 

 三人が現れた途端、十体……いや、十名の人間態のオルフェノク達が駆け寄る。その風景を見て、巧はとりあえずは肩の荷が降りた様に感じる。

 

 

「イッセー君!」

 

 聞き慣れた裕斗の声。彼と共にバジンもいる。二人が無事である事も分かってはいたが、やはり目で確認するのが一番。

 裕斗は、十人以上の人間がいるという状況に着いてこれていなかったが巧の軽い説明で何となく分かった様だ。

 

 

 その場にいた殆どの者がとりあえずは、安堵の表情を浮かべる中……。

 

「き、き、きさ、貴様ら……どうやってこの場に!?」

 

 先程までの得意げな顔はどこへやらと言わんばかりに、腰を抜かしたリーダーの悪魔。他の四人と同様に、転移してきた三人に驚いている。

 

「あなた方が僕の部下を自分たちの馬鹿げた特攻に利用する為に、その家族を人質にしたと情報を耳にしましてね。安心してください、既に処理させてもらいました。同時に人質も無事保護できました」

「しょ、処理……だと」

 

 悪魔の言葉を、転移で現れた青年が答える。黒と白のコントラストを強調する髪と伸びた前髪で青年の顔はキチンとは伺えない。

 巧と裕斗も穏やかな内容ではない事は分かっていた。青年は、ハナとハナの兄ーーソラへ配慮した言葉を選ぶ。

 

「まぁ、旧魔王派が何をしようが、僕達には関係ない。……でも、彼らを巻き込んだんだ。それなら、僕等に、僕に……仕返しされても仕方ないよね」

 

 青年は、魔法陣を展開して何かを手元に召喚した。その際、巧に一瞬目線を向けた。

 

「虎さん、みんなを連れて冥界へ行ってください。後は僕が引き受けます」

「おう!」

 

 青年は自分を除いた者達での転移を指示。指示を受けた男性ーー虎も力強い返事で応える。

 既に手筈を整えていたのか、即座に転移が開始されハナやソラやその他のオルフェノク達は転移を完了させた。

 

 彼らの転移が終わると同時に、青年の手元に、ソレが届いた。

 

「イッセー君! あれは」

 

 思わず裕斗か巧を呼んだ。

 

 呼ばれた巧は、言葉を失う。

 

 ーーもう、ない。壊れたからな

 

 カイザのベルトは、最終決戦の折に破壊された。

 故に、巧は勘違いしていた。ベルトはもうない、と。

 だが、仮にまだ新しいベルトの設計図が残っていたら? 

ソレを影山冴子がこの世界で完成させていたら?

 

そんな嫌な予想の答えが、巧の目の前にあった。

 

 

『Standying By』

「変身」

『Complete』

 

 青年は、巻きつけたベルトーーサイガドライバーに、フワリと放り投げたサイガファンをうまくキャッチし、換装。

 ファイズとも、カイザとも、デルタとも異なる青い光に包まれる。

 

 

「ふぅ……」

 

 青年、天城奏は新たに制作されたベルトの一本、サイガの力を冥界の地で顕現させた。




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