ハイスクールFaiz〜赤い閃光の救世主〜   作:シグナル!

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タイトル以上に面倒な話にしちゃいました。
というわけで六巻に突入。


第六章 体育館裏のホーリー
新学期が始まる。


「誰か、誰か助けてっ!!」

 

 夜の駒王町。

 月が浮かぶその下で、夜の道を走り抜ける女性。なぜ彼女は走っていたのか。理由は簡単、自身の身を守る為。延いては、背後から追いかけてくる灰色の怪物、オルフェノクから逃れるために。

 

「ははぁ……。逃げろ、逃げろ〜」

 

 軽くリズムを刻みながら歩くのは、ネズミを彷彿とさせるイメージのラットオルフェノク。口元からは武器にもなりうる歯を生やす。そんなラットオルフェノクは実に楽しそうに、女性の命を狙う。

 

「あら、残念。靴壊れちゃったのか」

「……い、いや!! 来ないで!」

 

 少しずつ距離を縮め、女性とラットオルフェノクの距離が2メートルを切る。女性の足は既に何分間も走り続けた結果、履いていたヒールが壊れ、足も赤くなっていた。逃げようのない状況に女性は涙し、絶望する。そんな表情をもっと近くで味わいたいと更に距離を縮めようとラットオルフェノクは次の一歩を……。

 

「ラインよっ!!!」

 

 踏み出した途端、背後から聞こえる若い声と共に腰の部分に何かが接着した。

 

「なにっ!?」

 

 触れてきた何かに、触る間も無くラットオルフェノクの体は地面に倒されてる。同時に腰の部分に繋がった何かは紐のような物である事に気付く。それを引きちぎろうと力を込めるが……。

 

「なんで取れないんだよ!?」

 

 いくら力を込めようとも一切千切れない紐ーーラインに、悪戦苦闘してるうちに襲おうとした女性の姿は消えていた。恐らくは今の隙に乗じて逃げ出したらしい。

 今の自分にとっての最高の時間を邪魔されたラットオルフェノクはラインの延長線上にある複数の人影を捉えた。

 

「お前たち……殺す!」

 

 複数の人影もラットオルフェノクの姿を捉えて、こちらに向かってくる。その数は三つ。

 

「木場、襲われてた人は椿先輩達が自宅まで護衛する事になった」

「了解。なら後は私達の役目だな」

「あぁ、そうだね」

 

 現れた人影は制服を着た三人の高校生。

 そのうち二人は男子。残る一人は女子。だが、各々一般の学生としては逸脱した何かを装備していた。

 男子と女子は、闇の中でも仄かな光を纏う剣。もう一人の男子は片方の手首に機械のような物を取り付けていた。

 

 

「それじゃぁ……行くよ!」

 

 開幕の鐘を鳴らすかのように、剣を持った男子ーー木場裕斗は、ラットオルフェノクにすら捉えきれない速度で突貫した。

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 ファイズに変身完了した巧は、椿やソーナから連絡で裕斗達がオルフェノクと交戦していると連絡を受けた。ここに来る以前に、ラットオルフェノクとは別に人を襲うオルフェノクと交戦。その敵を倒してから向かっていた。

 

「終わり……だっ!!」

 

 微かに聞こえる裕斗の声。

 角を一つ曲がりバイクを止めた、その先で。

 裕斗の聖魔剣がラットオルフェノクの体を貫き、その体を青い炎と共に消滅する瞬間。裕斗の近くで、ゼノヴィアと匙が座り込んでいた。

 

「お前ら」

 

 変身を解除し、彼らに声をかける。皆、呼吸が乱れて怪我も見受けられたが致命傷は見受けられない。ひとまず安心はしているが、それよりも彼らの表情が巧には気掛かりに。

 

「なんとか、倒せたよ」

「三人がかりでやっとだけどね」

 

 青い炎に包まれるラットオルフェノクを見つめながら、その横顔に少しの哀愁を帯びる裕斗。ゼノヴィアは軽く目を瞑り呟くように、祈りを捧ぐ。

 

「私は、神の名の下に多くの命を奪ってきたが……こんな感覚は初めてだ」

 

 背中に何かが乗りかかるような感覚。ゼノヴィアは決して消えはしない罪を背負う事を始めて自覚してた。神の信徒として戦っていた時には気づかなかった重荷。

 

「それでも私も、木場も、匙も、皆も決めたからね。君と共に戦う事を」

 

 禍の団(カオス・ブリゲード)のオルフェノクの派閥による人間界制圧の宣言。その言葉を受け、巧のみならずリアス達も共に戦う事を改めて決意。こうして街に現れるオルフェノクと戦いに身を投じる事に。

 

 そんな戦いの日々の中で、学生でもある彼らに新学期が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「「ようイッセー! よくも夏休み中のメール無視してくれたな!」」

 

 夏休みを終えた学生にとっては特に憂鬱となる新学期初の登校日。その日が面倒なのは巧とて同じだ。

 始業式を終えて教室に入ろうとした巧を迎えたのは、松田と元浜の二人。あまりの勢いに、廊下の窓に追いやられそうになるのを何とか堪える。

 

「色々あったんだよ」

 

 悪魔として冥界に行ってました、なんて言える訳もなく適当な言い訳で話を終わらせようとするが二人は当然納得しない。

 

「知ってるぞ、お前が……アーシアちゃんやゼノヴィアちゃんといったうちのクラスの美少女をはじめとした、オカルト研究部の面々と夏休みに合宿という名の旅行をした事を!」

 

 松田は血涙を流しながら、巧に詰め寄る。この迫力に巧も返す言葉も見つからない。ある意味でオルフェノクの相手をしてる方が幾分かマシかも、なんて事を考える巧に思わぬ助け舟が。

 

「あらあら、モテない男の嫉妬は醜いわよー」

「「あぁ!?」」

 

 どこぞのヤンキーのような唸り声で、割り込んできた女子の声に反応。三人の先には、当然同じクラスの女子ーー桐生愛華。メガネの位置を指で治しながら、松田と元浜を揶揄う言葉を更に繋げる。

 

「そこの非モテ男二人組に用は無いわ。ところで兵藤、ちょっと」

「どうした」

 

 未だに唸るアホ二人を押し退ける形で巧は桐生に言葉を返す。無愛想で口下手な巧ではあるが、アーシアやゼノヴィアらと共に行動する彼女ともそれなりに会話を交わし、幾分かは柔らかい対応が取れていた。

 

「アーシアの様子が変なのよ、あんた何か知らない?」

「なんで俺に聞くんだよ。アイツに直接聞けばいいだろ」

 

 幾分か対応が柔らかくなったとはいえ、基本的には以前と変わらない。そんな巧には女子の気持ちの繊細さは計りかねたのか。桐生が聞いてきた意味を否定する言葉を返す。

 

「私よりもアンタの方があの子のそばにいるからでしょ。それに、アーシアって悩みとか全部一人で溜め込んじゃいそうなタイプだし」

 

 悩み、その単語で巧も心当たりが見つかる。

 恐らくではあるが、この前のディアドラ・アスタロトによる唐突な求婚。それが彼女の悩みの種であるのも予想がつく。その事を桐生に言うのも憚られた。

 

「心当たりアリって顔してるわね。……はぁ」

 

 あっさりと看破されたものの、桐生もそれ以上を追求する様子はないらしい。溜息を吐きながら、先に向かう彼女は巧に呟いた。

 

「アーシアが困ってたら、助けてあげて」

 

 声が聞こえた直後、担任の教師が教室に入ってきて、廊下にいた巧達に席に着くように促した。

 

 

 

 

「このクラスに、転校生が来る」

 

 漸く皆が席に着いたタイミングで担任の教師は、驚きの発言を。突然の発表に皆が各々の反応を示す。その中で続けざまに新たな情報が皆に発信される。

 

「しかも、女子だ」

 

 男子達のボルテージはマックスへ。当然、頭の中に美少女の転校生というありきたりな、されど王道なストーリーが。一人を除いて、騒ぐ男子達を冷めた目で見つめる女子。ただ一人の男子、巧はどうでも良さそうに教室の窓越しの空を眺めている。基本的に自分からは声をかけない巧からすれば、転校生などさしてテンションが上がることでもない。それが例え美少女であったとしても。

 

「じゃあ、入ってきなさい」

 

 教師の言葉に促され、転校生は教室のドアを開けた。

 転校生が来た途端、巧の顔にも多少の驚きが。

 現れたのは栗色の髪をツインテールで纏める見覚えのある少女。

 名前は……。

 

「初めまして、紫藤イリナです」

 

 男子達は想像以上の美少女の登場に歓喜し、彼女の正体を知る三人には驚きが駆け巡る。

 そんな混沌とした空気の中で、一人の男子の名を呼んだ。

 

「同じクラスになれてよかったわ、イッセー君」

 

 その瞬間、ゼノヴィアとアーシアを除いたクラス全員の視線が巧に注がれた。いつか彼女を無視したしっぺ返しを喰らった気分だ。

 そんな視線を無視して、巧は明後日の方向へ視線を向かわせた。

 

 

 

 

 イリナの転入というイベントは、駒王学園の裏の部分にもかなりの影響を与えていた。

 放課後、いつものように部室に顔を出した巧達だったが、そこにはオカルト研究部の面々があった。その他にも生徒会メンバーやアザゼル。そして今日の話題の中心人物、紫藤イリナの姿が。

 

「あっ、ゼノヴィア達も来たの!」

 

 巧達を見て、笑顔を浮かべるイリナを前に巧は仏頂面がさらに深まる。その理由は、イリナのあの発言のせいで巧はクラスメート、果てには他クラスの男子から追われる羽目に。松田や元浜、木場や匙の協力もあり、難を逃れられた。けれども要らない面倒ごとを背負わされた気分に。

 同時に、彼女が自分に向ける好意的な視線も巧を困らせていた。兵藤夫妻に話を聞いたところ、紫藤イリナと兵藤一誠は幼い頃によく遊んでいたらしい。つまりは幼馴染という事になる。例え種族が異なったとしても、その時の記憶までは変わらない。そんな彼女の優しい視線を受けるべき兵藤一誠の体に自分がいるからこそのジレンマが巧にはある。

 

 

「じゃあ、全員集合って事でいいな」

 

 椅子に座っていたアザゼルが立ち上がり、皆の視線の集まりやすい所へ。同時にイリナについての説明も行うために、彼女を隣へ。

 

「じゃ、軽く自己紹介だ」

「はい! 初めましての方も、お久しぶりの方も居ます。それとお世話になった人も。紫藤イリナですっ! 大天使ミカエル様の使いとして、この学園にやってきました!」

 

 巧は朱乃の注いでくれた熱すぎない紅茶を飲みながら、話に耳を傾けていた。どうやら天界サイドの応援という事で、ここに派遣されたらしい。同時に聖書の神の消滅も知らされていた。既にその事実を乗り越えここに居る、と繰り返していた。

 話もそこそこの所で、アザゼルが確認の為か話に入った。

 

「紫藤イリナ。お前は天使化をしたのか」

「えぇ。私はミカエル様のA(エース)へ」

 

 聞きなれない単語に戸惑う面々だが、その現象をイリナは変化をもって示す。

 一瞬、イリナから強い光が発せられる。次の瞬間には、イリナの頭に輪っかと背中から一対の白い翼が。

 文字通り、紫藤イリナは人間から転生天使へ。

 

「天界は悪魔や堕天使の技術を応用して、転生天使を生み出す事に成功したらしい」

 

 ニンマリと笑みを浮かべるアザゼル。その顔からは技術者として喜びや更なる探求への欲求もチラつく。

 イリナの説明が入り、天使化の詳しい説明が始まる。

 ミカエルを始めとした十名のセラフには御使い(ブレイブ・セイント)と呼ばれる配下として転生天使が座する事に。その転生天使達はトランプになぞらえた配置で十二人。イリナはその一人、という事に。転生天使についての話かと思いきや、イリナは徐々にセラフについての話しをし始める。唐突に話が逸れ始めるイリナを見てアザゼルは、方向転換の為にも更なる情報を伝える。

 

「まぁ、その内お前らとのレーティング・ゲームもあるかも知れねえからその辺は楽しみにしとけよ」

「まさかそこまで話が進んでいるとは……」

「でも、負けるつもりもないでしょう?」

 

 アザゼルの情報に、王の二人は既にやる気は満々。勿論、その眷属達も同様に。盛り上がる空気の中で、リアスは立ち上がる。

 

「それじゃあ、この話はここまで。後はイリナさんの歓迎会にしましょう」

 

 

 皆が各々の会話を交わす。

 裕斗と匙、そしてギャスパーら男子組が何やら盛り上がっていたり、オカルト研究部の女子陣も生徒会メンバーらと混じって会話を楽しむ。

 

 特に誰と会話をする事もしない巧ではあったが、進んで会話をする気性ではない。ただ静かに紅茶を飲むという時間も嫌いではない。むしろ、心地よくすらあった。

 そんな巧の隣にある椅子にイリナが座った。その光景に、リアスは軽く視線を送る。アザゼルの他に唯一巧の憑依事情を知る彼女は、巧がイリナへの対応に戸惑っている事に気づいていた。

 

「なんか用か」

「ううん。……本当に変わっちゃったね、イッセー君」

「……ッ。誰かと喋りたかったら、他を当たれ」

 

 思わず漏れ出す罪悪感を堪えて、吐き出したいつも通り……いや、いつも以上に雑な言葉。そんな言葉を前にしても、イリナは特に気分を害した様子は見せない。

 

「本当は自分からミカエル様に志願したの。私を駒王学園に派遣して下さいって」

 

 いつのまにか会話も静まり、みんながイリナを見ていた。それに気づきながらもイリナは調子を崩さずに言葉を続けた。

 

「謝りたかった。酷いことを言ったアーシアさんや、喧嘩別れしちゃったゼノヴィアに」

 

 先程、謝罪をしたゼノヴィアとアーシアに対しては申し訳なさは消えない。自分の言った事は、そんな事で帳消しにはならない。自分の向き合ってこなかった事実。神の名の下に、このセリフと共に、多くの悪魔を滅してきた。その命の重さなど気づこうともしてなかった。例え悪に身を堕としても、命を摘み取った事に変わらない。それを気づかせてくれたのは、記憶喪失の幼馴染だ。

 

「一緒に戦いたかった、イッセー君と。この街を、大切な思い出のあるこの街を守りたいの。『人間』として、『天使』として」

 

 その瞳には揺るぎない信念があった。先程までのハツラツな彼女からは想像もつかないほどに、戦士の顔をしていた。

 

「敵は、これまでとは違うかも知れないけど……」

 

 言い切った所で、イリナは漸く自分が見られていた事に気づいた。途端に顔を赤くして照れ隠しの言葉を繋げる。

 

「まだ俺たちは頼りないけれど、お前と一緒に戦う、その気持ちは皆同じだと思う」

 

 いつのまにか巧の隣にいた匙が宣言するように呟く。

 その瞳には先程のイリナと同じ光が宿る。

 

「何でもかんでも一人で背負い込む必要ないぜ、兵藤」

「背負ってねぇよ」

 

 掛けられた優しい言葉を、巧はいつもの口調で返す。巧は、そんな言葉をかけてくれる仲間の存在に嬉しさを感じる。けれどそれ以上にこの仲間達を巻き込みたくないという感情が上回る。

 その迷いが、巧を逡巡させ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 夜、兵藤家にて真司と涼子が寝静まったことを確認した巧は外にいた。今日はオカルト研究部と生徒会メンバーの女性陣にイリナを加えた面々でソーナの家に泊まりに行っていた。

 そんな日にアザゼルからの連絡で駒王町から離れた町にて複数のオルフェノクの出現が知らされる。

 後は魔法陣による転移で現地に向かうのみ。

 

「そうやってまた一人で行くのかよ」

 

 バジンに跨る巧に声を掛けたのは、匙だった。

 その両隣には裕斗とギャスパーが立っていて、ここにいる理由も巧には容易に想像がつく。

 

「お前らなんで」

「部長に頼まれてね。今日、イッセー君の様子がおかしいから見ていて欲しいって」

 

 どうやらあの泊まりという話は、自分を行動させやすくするための物だったらしい。一枚噛まされた、と心中で舌を打つ。

 

「どうして僕たちを頼ってくれないんですか?」

「俺の責任だからだ」

 

 巧のその言葉の意味を裕斗達は知っていた。

 サイガーー天城との戦いの後から、各地でオルフェノクの出現頻度が高まっていた。同時にその強さも。特にそれが高いのがこの駒王町。

 今は巧や裕斗達の他にも、アザゼルらが選抜した対策メンバーもオルフェノクの討伐に動いている。この行動の変化はオルフェノク派が人間界制圧に本格的に乗り出した事を意味している。

 加速させたのは自分と考えている巧は、加速による敵を出来るだけ自分が倒したいと考えていた。

 

「違う」

 

 顔を俯かせる巧を前に匙はしっかりと否定した。

 

「俺には妹と弟がいる。両親は事故で……もう居ない。俺しか、居ないんだ。あいつらが大人になるまでこの街で育っていくのを守るのは。だから、俺が守る。お前にだけ戦わせる訳にはいかないんだよ」

 

 匙の言葉と目に宿る想いに、巧は負けてしまった。

 溜息を一つこぼしてから、彼等へ軽く分かった、とだけ呟いた。そのままバジンに跨り、アザゼルからもらった転移用の魔法陣が描かれた紙を取り出す。そこは魔力を流し込み、四人は光に包まれた。

 

 

 

 

 

「部長にはうまく伝えておいたよ」

「こっちもな」

 

 転移されたのは駒王町から離れた町の外れ。木々が生い茂る山の中。裕斗と匙が其々、主人への報告を完了したのを確認。緊張しているギャスパーの頭を軽く撫でで、四人はオルフェノクの出現地へ急行する。

 

 

「ここか……!?」

 

 木々が生い茂るエリアを抜けて、現れたのは公園や広場の様な開けた空間。その中には既に戦闘状態にある事を示す堕天使達の姿が。

 堕天使達が囲うのは、ローブを着た人影。巧はバジンで、他の三人は悪魔の羽を広げた滑空で堕天使達の元へ。

 

「無事か!」

「あぁ。すまんファイズ、俺たちじゃ太刀打ちできなかった」

 

 何度か共にオルフェノクと戦った堕天使の男性。アザゼルが巧のサポートメンバーとして選んだ一人。その彼にここまで言わせるとは。改めて、目の前の相手への警戒を高める。

 

「だが、アイツは俺たちに攻撃はしたが、仕留めには来なかったんだ」

「えぇ。目的は貴方です。……兵藤一誠」

 

 堕天使の言葉にかぶせる様に言葉を続けた人影はローブを外した。露わになった素顔はーー女性。

 巧はその素顔を見た瞬間に仲間の一人、アーシアをその女性に重ねた。どこか彼女に似た雰囲気を纏っている。

 

「なら、来いよ。相手してやる」

 

 彼女から放たれる覇気は、巧に女性である事を忘れさせる。一瞬、堕天使達に目線を向ける。確かに負傷した者はいるが、致命傷に至った者はいない。

 つまり、本当に彼女は自分が目的。ならばーー

 

『Standying By』

「変身!」

『Complete』

 

 即座に変身し、巧の体がファイズへ。同時に裕斗も剣を構え、匙も神器を顕現させ、ギャスパーも眼の力を高める。

 いつも通りの右手のスナップ音が夜の山に響く。

 

「行きます」

 

 構えるファイズ達を見て、女性は一瞬笑顔を浮かべてから、その体をビートルオルフェノクへと変えた。

 

 

 

 ビートルオルフェノクの突進を、正面から受け止めたファイズはその力に後方に吹き飛ばされそうになるのを堪える。ゼロ距離から腹部に向けてボディブローを間を空ける事なく三発叩き込む。ビートルオルフェノクは思わず膝をつきそうになる。

 

「……!?」

 

 怯むビートルオルフェノクへ追撃の一撃を浴びせようとするファイズの姿勢がいきなり崩される。敢えて膝をついたビートルオルフェノクは、カブトムシが他のオスとの戦う際に用いるシンプルな投げ技をファイズへ。思わぬ反撃に吹き飛ばされるファイズとすれ違う形で裕斗が接近。間合いに入った瞬間に、聖魔剣の一撃を振り下ろす。

 

「次は私の番です」

 

 振り下ろされた聖魔剣が体を捉える寸前で前に出る事で、裕斗の腕を掴むことに成功。悠斗の一撃を無効化した。

 ならば、と地面から複数の剣を創造しその矛先をビートルオルフェノクへ。至近距離からの一撃を正面から受ける事に。

 

 しかし一撃を与えるはずの裕斗の剣は、ビートルオルフェノクの体に傷一つ付けることは叶わなかった。刃こぼれこそしなかったが、裕斗の創造した剣は役目を終えて、地面に突き刺さるだけ。そんな裕斗へ接近するビートルオルフェノクを匙のラインが拘束。

 

「下がれ、木場! ギャスパーくん、今だ!」

 

 匙のラインがピンク色に光る。そこから何かが吸収される。

 匙の神器ーー黒い龍脈は、相手の力を吸収する事も可能で、それはオルフェノクとて例外ではない。

 匙の視線の先にいたギャスパーも匙の作り出したチャンスを更に確実な者にする為に、ビートルオルフェノクへ視線と意識を集中させる。

 

「……行けっ!!」

 

 小さく漏れた自分を鼓舞する言葉と共に、ギャスパーの眼の力が解放される。その標的、ビートルオルフェノクの時間は止まる。

 この瞬間に、彼が立ち上がって駆け出した。

 

『Ready』

『Exceed Charge』

 

 ファイズの右手に握られたパンチングユニット、ファイズショットへフォトンブラッドが集約される。

 

「やぁぁ!!」

 

 ファイズ必殺の拳ーーグランインパクトが、ビートルオルフェノクへ届く一瞬前に、その体を拘束した匙とギャスパーの力を押しのけた。グランインパクトは空を切り、攻撃は失敗に終わる。途端に、ファイズの腹部へ強烈な一撃が。

 

「イッセーくん!」

 

 堪らず駆け寄る裕斗にむけて掌から魔力弾を形成し、射出する。その一撃を聖魔剣の切っ先で逸らして、難を逃れた裕斗。

 ファイズも裕斗が難を逃れたのを確認し、カウンターの裏拳を叩き込むがまたもや空を切った。

 

「こ、これってまさか……悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の力なんじゃ」

「それってまさか……コイツは」

「転生悪魔って事だろうね」

 

 先程からの超速回避、魔力の使用、耐久性や腕力の向上。普通のオルフェノクにしては能力値が上昇しすぎてる事を考えれば不思議ではない。

 そして何より、巧の頭を過去の記憶が通り過ぎていく。

 かつて巧が倒したはぐれ悪魔のバイザー。あの時も悪魔であるバイザーはオルフェノクへと変化した。つまり、悪魔がオルフェノクになりうる可能性もあり、目の前の女性が悪魔であったともしても不思議ではない。

 

「下がれ!」

 

 ファイズへと突貫するビートルオルフェノクを察知し、木場や匙へ後方に下がる様に指示。二人が指示通りに後方に下がるのを確認したところでファイズは前へ駆け出す。

 全体重を乗せて振りかぶったビートルオルフェノクの胸部へ叩き込む。流石の耐久力を持つビートルオルフェノクもこれには堪える。肩を掴まれたままボディブローを三発、連打の最後に顎へのアッパーカットを繰り出す。

 一旦後方に下がるファイズと切り替わる形で、裕斗と匙が前に。

 

「なにっ!?」

 

 迎撃に備えようとするビートルオルフェノクの視界を黒いコウモリたちが遮り、同時に力が抜けていく。

 ギャスパーの吸血の効果は確かで、匙の吸収した力による魔力弾、裕斗の剣戟を避ける事も出来ぬまま受け続ける。

 ビートルオルフェノクは元々持つ耐久性に加えて、主人に与えられた女王の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)によるプロモーションも可能としている。

 女王の駒の効果で戦車、騎士、僧侶の特性を高めているが、同時にその硬さを超える程の力が打ち込まれ続けている。

 

「これで……っ!」

「終わりだっ!!」

 

 裕斗と匙の最後の連打による一撃。匙の拳が腹部を捉え、重い一撃の前に後方に下がるビートルオルフェノクを下から掬い上げる形で一閃。軽く火花を散らし、防御力の低下を物語る。

 

「まだ倒れないんですか!?」

 

 裕斗と匙の連撃をもってしても倒れないビートルオルフェノクを前に、ギャスパーは驚愕に包まれる。

 

「私はここで……!!」

 

 その言葉と共に、ビートルオルフェノクの背中から悪魔の羽とカブトムシとしての羽が出現。

 その先を読んだファイズが裕斗と匙を飛び越す形で迫るも、一撃を打ち込む事はできなかった。

 

「速いっ!」

「裕斗先輩!」

 

 二対の羽を持って、加速と滑空の二つを同時に行うビートルオルフェノク。そこに騎士の特性も相まった速度はファイズを上回る。その速度を持ってビートルオルフェノクは、裕斗の前に躍り出る。

 先程ファイズとから貰った一撃同様に振りかぶった拳を、下ろそうとするものの裕斗は余裕を崩さない。

 一瞬、不安に包まれる。されどそれを見せずに、その一撃を裕斗に放つものの、難なく躱される。

 次いで間を開けずに放った蹴りも肘打ちも裕斗は難なく躱し続けた。

 

「確かに貴方は強い……! けれど、そこには巧さはない!」

 

 確かに、数字だけのスペックを言うならばビートルオルフェノクは裕斗では太刀打ちできない。けれど、その力を扱う本人が付いてこれていない。加えて、この戦闘が始まってからはファイズの後ろでその動きを見ていた裕斗からすれば、その動きを見極めるのは簡単な事だった。

 後は速度に警戒をしつつ躱し続ければ……! 

 

「……!」

「今だ! イッセーくん!」

 

 裕斗への更なる一撃を打ち込まんと振り上げた拳を、再び匙のラインが捉える。加えて、ギャスパーの眼の力で拘束。最後にファイズに目線を向かわせると。

 

『Exceed Charge』

 

 二度目のグランインパクトは、ビートルオルフェノクへ間違いなく直撃した。

 

 

 

 

 

 

「良かった……私は、敗けたんですね」

 

 ビートルオルフェノクだった少女は、既にオルフェノクとしての姿を保てずに地面に横たわる。体は少しずつ青い炎と共に燃えていく事に嬉しさすら感じている様に見える。

 

「兵藤一誠……貴方に感謝します」

「お前、どうして」

 

 消えゆく彼女は無表情だったその顔を、満面の笑みへ変える。巧も、そして裕斗達も気づく。彼女は自分達に倒されたがっていた、と。

 

「私はもう主を信じれる身でも悪魔でも人間でもなくなってしまった。……本当の意味で、獣になるのを止めてくれてありがとうございます」

「君の主は一体……」

「それは言えません。貴方達では……」

 

 裕斗による最後の質問に答える事はなく、少女は穏やかな表情で青い炎と共に散っていった。

 

「くそっ!」

 

 匙は、悔しそうに拳を地面に叩きつけた。

 目の前で散った少女が、恐らくは何者かにより動かされていたのに気付かなかったから。

 ギャスパーもまた、彼女の最期の笑顔の意味を飲み込んではいたがやはり複雑な表情だ。

 

「あの人って……やっぱり」

「あぁ、恐らくは主人により、無理矢理動かされていたって事だと思うよ」

 

 この二人よりは、幾分か冷静な裕斗が今の状況から導ける答えを呟く。彼女の主人が誰か分かれば話は進むが、流石に裕斗とて眷属の顔を見ただけでその主人が分かるわけでない。

 一旦、この話をアザゼルに持ち帰るべく巧に声をかけようと振り返る。

 

「アンタの分も、俺は背負う」

 

裕斗の視線の先にいた巧は、少女のいた場所に立っていた。

 少女だった灰を握りしめる巧は散っていった少女に誓いを立てる。

 

「だから、見ててくれ」

 

恐らくあの少女は、人工的にオルフェノクにされた可能性が高い。

 かつてのスマートブレインも、巧の仲間ーー真里、草加、三原、達を殺害し、その体にオルフェノクの記号を打ち込むと実験を行なった。その中でただ一人の成功例が澤田亜希。

 彼もまたオルフェノクという種族に運命を翻弄された被害者だった。

 この世界でそんな事が可能なのは、禍の団(カオス・ブリーゲード)、そしてその中に潜む影山冴子率いるオルフェノク派閥。

 

「あの連中は、俺が倒す」

 

 掌に灰を握りしめたままの巧は、小さくも力強い宣言を仲間達の前で呟く。裕斗達三人も、その姿一瞬だけ気圧される。巧から放たれる強い意志や覇気に、圧倒されたのである。 けれど、彼の言葉を否定するものはそこに一人も居なかった。




今回は必要以上に重くしました。
やはりファイズにおいて命を奪う、罪という考え方をどうしてもハイスクールd×dのキャラにも用いたかったからです。
あと、今回男子メンバーだけなのは個人的に好きだからです。
原作のページ数でいうとまだ50ページもいってません。
頑張ります。

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