視界に入る全てが樹海に飲み込まれたという衝撃の事実を思い知らす。
──馬鹿な。ありえない。どうやって。
「樹海化っていうのはね、君の固有結界と同じなんよ。」
彼女の普段どおりであった間延びした声がした。
この異常な事態での普段通りは、彼女の非凡さをより一層際立たせた。
至る所に動かなくなった身体を補助する布のようなものが付いている。例えば後に髪をまとめているリボンが伸び、彼女の足の代わりを果たしていたり、と。
「固有結界は心の内と外、空想と現実を入れ替え、己が心象世界で現実世界を塗り潰す。樹海化も同じ。そして神樹と繋がりの深い私なら入れ替えられる前の内側に入ることだって出来るんよ。」
2年前、よりもさらに不自由さを感じさせるその見た目とは裏腹にその纏う神気は勇者部の誰とも比べようもないものであった。
だから直感的に理解した。
(楽には勝てそうにはないな、これ……)
今の乃木園子は持つ同時に操る武器一つ一つがバーデックスを屠るのに相応しい威力を持っている。
自分をアーチャークラスのサーヴァントと例えるなら、まさに彼女はライダークラスも真っ青ならくらい宝具を持ち込んで、常時発動の絶対防御をもつランサークラスのトップサーヴァントと言っていいだろう。
「それを知っているなら、大体のことは分かってるんじゃないのか?俺からいちいち聞くなんて手間のかかることしなくて良かったと思うんだけど。」
「ある程度は調べれたんだけど所々抜けがあるしね、なら全部知ってそうな君にあたった方が早いと思ってね。でもただでは教えてくれなさそうだし、力づくで、ね」
戦闘は、避けられない。
─────────────────────
斧、馬上槍、大剣、戦斧、薙刀、盾、突撃槍、刀、大槌。
投影して相殺する間もなく飛んでくる凶器は前後左右上下あらゆる方向、あらゆるタイミングで襲いかかってくる。しかもこれが彼女の持つ全ての武器ではない。
「────────ッ!!??」
干将莫耶を投影し交戦するも捌ききれない。
「がっ────!?」
刻印、全身の魔術回路全て活性化させての投影ですら、高濃度の神秘を纏いし武具は投影しきるには時間があまりにもかかり過ぎ、結果軌道を逸らすしか手段はない。
「ぐっ、うおおおおぉ!?」
しかしそれも二重の意味で長くは続かない。
武器の投擲はだんだん苛烈さを増し、さらに回路を酷使し続ける戦い方は彼の恐れる記憶、肉体の侵食を早める。痛みを伴いながら。
12合目にて遂に間に合わなくなり、脇腹が切り裂かれる。
「ぐっ、ああああああああああ」
痛みを和らげるためか、気合を入れるためか、叫び、後ろへ大きく跳んで彼女のテリトリーから抜け出す。全身生傷だらけ。頭はぼんやりする。
だがこれにより武具飛んでくる方向は前方から
─少しの間だけだが─絞れる。が。
(ダメだ、ジリ貧過ぎる!)
英霊というのは人を超越したもの。どんなに弱い英霊でも一般人に比べれば超人であり(一部例外あり)、その力を行使する彼の攻撃も生身で食らえば大方の人間はミンチになる。
だからこそ勇者バリアの発動条件を容易に満たしてしまう。故に勇者の装備を纏った彼女は生半可な攻撃では止められず、かと言って、英霊化すると強すぎる攻撃により条件が満たされ、完全に防がれてしまい大きな隙を生じてしまう。戦闘に特化した英霊ならば全方位からの攻撃を捌きそのギリギリを見極め的確な攻撃を繰り出すだろうが、彼はそこまで
のでまだ楽になる遠距離戦に切り替えようとして、
「絶対に離れない」
先程の彼女と同一人物とは思えないほど、冷たく鋭い声音。気付くとすぐ目の前から聞こえた
そんな声音にのせられた言葉と共に放たれた、丁度右肩と鎖骨の間あたりを穿とうとしていた突きを重心を後に崩して躱す。
だがこんなのは前座に過ぎず、それ以上の脅威が迫っていた。
片方しか見えない目に深い虚のような闇を携え狂った言動が次々ともに激しい槍撃の数々が繰り出される。放たれる。吐き出される。溜まっていた鬱憤を晴らすかのように。
槍と双剣だけの剣戟が四十五合続く。
何故ここまで片腕しか動かない彼女が動けるのか。そもそも後ろに縛った髪から伸びる四本のリボンによる歩行は1、2歩くらいならともかく、鈍足そのものであるにも関わらず。
その理由は周囲に展開した多くの武器を縦横無尽に動き回らせ、身体のどこかに引っ掛け自身の移動手段とすることだ。故に彼女にとってリボンはただの脚立のようなものであり、そのデメリットはほぼ打ち消されている。
否。それだけではない。
さらに、こと近接戦闘においては『足が着いていなくていい』という利点があり、伸縮自在のリボンにより空中で逆さまになったり横になったりと、その場でアクロバットな槍の運用が可能。
今回は使えない片腕の可動領域を無理矢理カバーし、次々姿勢を変えることで死角からの攻撃を封じつつ、あらゆる角度からの攻撃という戦法をとっている。
しかしこの間、1度も周囲に浮遊している武器による攻撃は無く、剣と槍の応酬のみであった。
そして四十六会目。ガキン!と音がなり、(双剣と槍なのに)鍔迫り合いのような形にもつれこむ。両手持ちの双剣が片腕の槍と拮抗している。
(槍だけだと普通に対応できるけど一撃一撃が重すぎる!めちゃくちゃな動きをしている接近戦の時は他の武器は動かせなさそうなのが唯一の救いだ。この時に決めなきゃ)
「なんて思ってるでしょ?」
「!?」
ハッタリか精霊の能力か。
しかし死角方向から攻撃は飛んでこない。代わりに身体を地面と並行にし、前方の園子が右斜め前に槍を振りかぶる。
頭を狙う─────と見せかけて、リボンを一気に地面から5センチくらいまで縮めて足を狙う。
しかしこの程度のフェイントはこの
相手はうつ伏せのまま槍を振り切り、それに対し自分は相手より上方にいる。明らかに有利な位置。
余程集中しているのか、目線は不思議と彼女に釘付けになっている。
これだけ隙だらけなら魔術殺しの短剣をその背中に突き立てる事だって容易だろう。
────────おかしい。
短剣を振り下ろそうとして体の中の
この場面あまりにも出来すぎである、と。
乃木園子というの勇者がこの程度のミスをするだろうか。いやない。彼女は文武両道、才女とまで言われ、かの初代勇者のリーダー乃木若葉の子孫として恥ずかしくない、化け物レベル戦闘力を持つ。それがこんな頭をがら空きにするようなミスを───────────
その考えに行き着いた瞬間、彼女から目が離せないことに気がついた。
この時、自身を見上げる彼女の口角が上がっている気がした。
刹那、全身がこわばった気がした。だが、咄嗟に身体は空中で身を丸め、防御姿勢をとった。
そして視点を動かそうも目に、正確には眼球に魔力を込める。鋭い痛みが頭を突き抜け、水分が一気に沸騰したように目が魔力で火傷する。それらを無視してそれでも魔力を込める。
──────………・・・あ。
確かに目から送られる情報の精度は変わった。でも変化が起きたのは『視点』─────ではなく『視界』。
周囲が今まで以上に見える。
しかし、それは妙に懐かしさを覚えるほどしっくりきて、今まで自分は磨りガラスか色メガネをかけていたのかと思うくらいに、より広く鮮明に世界が見える。
こんなのはあの時以来だ。
英霊をその身に降ろし、バーデックスを初めて屠った時のように。
────────────
スキル、『千里眼』。
このスキルが発動できたということは、遂に眼球とそれと連動する脳の一部が侵食されきった証であった。
つまり死へのタイムリミットが近づいたことを意味している。
しかし皮肉なことに、その眼は確かに先程までは目で追うのが精一杯であった、彼女のしゃがんだ背後から神秘を纏った武具がひと塊となって突っ込んでくるのをより正確に映し出した。
しかし目が完全に英霊のものとなって反応できるようになったからといってもあくまで目だけなので、回路や肉体は完全にそうなった訳では無い。だから咄嗟に投影して到底防ぎ切れるわけがない。
ノーバウンドで30メートルは吹っ飛ばされ、神樹の根に叩きつけられるのは自明の理であった。
「がはっ!???!?」
ぶつかった根にはクレーターが出来ており、ぶつかる瞬間の運動量の大きさを物語っている。
だが、意識を失うにはギリギリ足りず壁からずり落ち、うつ伏せの状態で痛みに耐えていた。
身体中はいうまでもなく、勝てなくとも時間切れを狙おうとしていた意気込みもズダボロになっていた。
それなのに特に目だけは激痛が身体のどこよりも酷い癖にスッキリとくっきりと情報を送り続けている。
(まずい、油断してたつもりはないが、あの状態であそこまで動けるなんて予想外すぎる。いまのままじゃやられる。)
うつ伏せになりながらも、首だけ動かして遠くにいる彼女を見据える。
どうやら重傷を負ったと思い、激しい追撃をする意志を無くしたようだった。それでも反撃を喰らわないように警戒しているが。
(それに目も遂に持ってかれた。次はどこを持ってかれるか分からなくて、この樹海にいつまでいられるかは分からない以上長期戦はこっちが不利だ。でもあの飛び回る武器群を何とかしねぇと押し負ける。)
自分に出来る答えなんてとっくに分かりきっていた。
可能かどうかなんていってられない。
やるしかない。
今の乃木園子をここまで追い詰めたのは自分。そしてマシな状態にしてやれるのはきっと自分だけ。
(………………なら腹ァ括らねぇとなぁ。その為には)
その為には自分の命なんて──────