俺は大切な仲間を失った。
――――
月夜の黒猫団。
それは、俺が所属していたギルドだ。いや、今も所属しているかもしれない。でも、6人いたメンバーのうち、4人が死んだ。
脱退した、のではない。死んだのだ。
そう、俺のせいで――――
これまでの経緯を簡単にまとめると、
・勢いづいたメンバーの一人がダンジョンの奥に行こうと言い出す
・反対した者もいたが結局深部まで行くことに
・奥にあった部屋には宝箱があり、それを開けるとトラップが発動し部屋から出られなくなる罠が
・その宝箱を開けてしまったためにMobが湧き出し、扉が閉まる
・ダンジョン深部のため、高レベルモンスターが次々に襲い掛かってくる
結局、俺以外の全員が、死んだ。
俺が。俺があの時、本当のレベルを言っていればもう少しはみんなが俺の意見に耳を傾けてくれていたかもしれない。
つまり、俺があの時嘘を吐いて誤魔化したせいでみんなは死んだんだ。だから、俺のせいだ。
そのことをギルドのリーダーに報告すると、彼はマップ外に飛び降り、メンバーの後を追った。
遂に、俺以外のギルドメンバーが全員ゲームオーバーになったわけだ。
要するに、俺は自分の嘘で自分の所属していたギルドのメンバーを全員殺したわけだ。
たかがゲーム内でのゲームオーバー、とはいえ、この世界ではゲームオーバー=現実世界での死を意味する。
茅場晶彦の展開したデスゲーム内では、この薄っぺらいライフバーがプレイヤーの命だ。この緑色のゲージが無くなれば、現実世界からもログアウトしてしまう仕組みになっている。
つまりはそういうことだ。
ああ。時間が戻ればなぁ…
誰にでもなくただ独り、呟く。
神様にお願いしようが時が戻ることなんてなく、仏様にお願いしようが死者が甦るなんてことはなく。
ただ独り、自分を恨み、憎み、苛立ちを抑えられないでいる。
わかっている。俺がどれだけ後悔しようが、俺が自殺しようが、この罪と罪悪感だけは一生拭うことはできないと。
だけども。わかっているからこそ。戻らないとわかっているからこそ、こんなにも重たくて、大きな涙の雫が零れるのだろう…
――――
12月24日。
約半年の時が過ぎ、季節は冬。まだ攻略は続いている。
今日はクリスマスイブ。街の中では恋人らしき男女二人が並んで歩いているのが見受けられる。
…
【リア充爆発しろッ!】
などと叫ぶのは俺の趣味ではないし、なんか僻んでるようでかっこ悪いからやらないけど。
そういうのを見ていると、なぜか彼女を思い出す。半年以上経った今でも思い出すほど、彼女の存在は俺の中で大きかったんだな、としみじみ実感する。と同時にあの時の黒い影が牙を剥く。
大切な人一人護れないような弱い俺なんてもういらない。そう心に決めて戦ってきt…
「「なあ知ってるか!?今夜35層の迷いの森にイベントボスが出現するらしいぞ!しかも、そのボスが落とすアイテム、死者を蘇生できるんだってよ!」」
(ッ!?死者を蘇生できるだと?)
「「いや、そんなアイテムを落とすボスならどうせめちゃくちゃ強いんだろ?攻略組でもなけりゃ無理だよ」」
こんな確証もないネタに何俺は聞き入ってるんだ。あの茅場晶彦がそんなものこのゲームに用意するはずがない…
…
いや、アイツなら知ってるかもしれない…
――――
「あるゾ」
いやウソだろそんなご都合主義があっていいのか筆者。
「じゃ、情報料として何をいただこうかナ」
おじさんにいたずらされる前の少女の気持ちが少しわかった気がした。
結局、アルゴには何も取られなかった。
「その情報の真偽と、ボスの強さ等のクエストに関する情報を、実際に出向いて持ち帰ってこい」
とのことだった。
時間もあまりないし早速クエストの指定場所へと向かう。
死者を蘇生できるアイテムなんて、この世界にあったとしたら恐らくそれはすぐに噂となって攻略組や上級プレイヤーたちの間に広まっているだろう。
つまりは大勢のプレイヤーが今夜これを狙いにくる。
そしてそのアイテムはそのクエストのクリア報酬ではなくて、ボスのラストアタック報酬だろうから、誰もがそれを求めて殺りにくる。
最悪、モンスターじゃなく、【モンスター】みたいな人間に殺されるかもな。
どんな状況にも対応できるよう、万全の準備を整える。
奇襲攻撃もありえなくはないからな…
「だいたいこの辺か…?」
大きな楠の木の前まできた。
周りに多くのプレイヤーの気配がするということはここで間違いないのだろう。
クエスト開始まで、残り1時間弱。
数は…少し遠めのやつも含めて17ってとこか。
やるしかないか…
俺は誰と指名するわけでもなく、周りにいる、気配を殺し切れていない十数人のプレイヤーたちに向かって言い放つ。
「おい。そんなスキルでこの俺から隠れられるとでも思ったのか?そうか、常にパーティを組んで群がっているようなやつらには【隠密】だなんてスキルは必要ないもんな。どうりで下手なわけだ。」
さすがにここまで言われれば、上流層のプレイヤーなら確実に顔を茹でダコのように真っ赤にして出てくるはずだ。むしろこれで出てこないのは、それはそれで頭がおかしい。
ザザッ
ほら、やっぱり出てきた。
「おい、お前。こんな状況で勝てるとか思っちゃってんの?さすがにこのデスゲームじゃ笑えないぜ?」
「1人で勝てるとでも思ってんのか?」
こいつらのレベルがわかるくらいにまでは話を引き延ばすか。
「お前らはオレンジカーソルになるのも厭わないってか。パーティらしくないな。」
「っるせぇ!」
いきなり一人が後ろから切りかかってきたため、少し反応が遅れた。
そのためパリィのタイミングが少しずれてしまっ…
「んなっ!?」
訂正。雑魚相手からすればジャストパリィだったのかもしれない。
まぁ、先に襲い掛かってきたのは向こうなので、なんの感情も込めずに剣を振る。
俺のDPSはまだ500くらいで、武器は片手直剣だから、一発あたりのダメージはだいたい220~270程度。
相手の武器はダガー、大剣、片手直剣、レイピアが各1人ずつ。残りの10人ちょっとはまだ出てきていない。
武器の相性としては、この程度のレベルならあまり気にする必要はないのだが、レイピアの時に少し時間がかかるかもしれない、というくらいだ。
レイピアは基本的に突き攻撃が主なため、パリィの難易度が上がる。それに対してダガー、大剣、片手直剣は振りかざす攻撃が主となる。それに突きと斬撃では予備動作が大きく違ってくるため、片手直剣使いの俺には少しばかり読みにくい。
てなわけで、先にレイピア使いから潰すか。
その過程で、他の奴らにもダメージを与えていけばいい。
「ヒッ!?」
そっちを睨み付けただけでこの反応とは…
あまり戦い慣れていないみたいだな。
とはいえ、俺もなるべく人殺しなんてしたくない平和主義者なので、相手が降参だといえば殺しはしない。
まずは武器から。
ソードスキルを使い武器を狙って攻撃していく。
あの手の初期武器の派生進化みたいなやつは現状さほど強くはないため、すぐに壊れた。
「まだやるのか?」
「諦めろ」と言わんばかりの目で武器を砕かれたやつに刃を向けて言い放つ。
ここで首を縦に振ってくれればあとの3人はどうってことはない、同じように潰すだけなんだがな…
どうやら、相手さんはなかなかに諦めの悪い人のようだ。
状況認識能力が足りてないっていうのかな?
このまま戦闘を続けても武器が壊されるか、死ぬかの二択だというのに。
だが、不幸中の幸いか、そのレイピア使いは武器が壊されたと見るやすぐに陣形の後ろのほうへと後退していった。
「あとは、お前だけだな。」
他の3人?
ああ、潰したぞ。ほら、そこに。
見れば武器をただのポリゴンへと変え、ライフバー7割削られた【剣士】(敗者)たちが転がっている。
残ったレイピア使いは、いかにも顔面蒼白といった形相で、今にも発狂しそうな精神状態に陥っている。
恐らく、こいつは恐怖で暴走するだろう。
まぁ、1人くらいなら…
――――
「キリトくんは、強くて優しいから…」
サチ。
そうだった。
サチはこんな俺のことを優しいと言ってくれた。
実際、その優しい一言に俺は何度救われてきたことか。
そうだな、やっぱり殺すのはやめだ。気が変わった。
ここは、他の3人と同じようにするだけだ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!」
例のレイピア使いが刃をこちらに向けて突進してくる。
レイピアの場合、突き攻撃ならば攻撃のあたり判定の面積が小さいため、基本的にパリィは向かない。
「だけどな、前に、俺の隣にはお前の数十倍凄腕のレイピア使いがいたんだ。」
それと比べれば、まだまだ初心者に産毛が生えたレベルだ。
パリィ
あっさりと突き攻撃にジャストパリィを決められた相手は、攻撃をパリィされた反動で硬直して動けない。
間合いを詰め、片手直剣のソードスキル、ホリゾンタル・アークで相手を直接攻撃しようとした瞬間に硬直が解け、俺の攻撃を弾く。
さっきよりはいい武器を使っているのか、見た目上では大きな損傷はないようだ。
だが、威力の高い攻撃を武器で受け止めるということは…
どういうことなのか、あいつは今気付いただろう。
「手が…う、動かないっ!?」
あいつに一体何が起きたのか、わからない人に向けて少し解説しようか。
皆さんは、一度は野球をやったことがあるだろう。いや、野球自体はやったことがなくても、バッティングの経験さえあれば理解しやすいと思う。
そしてバッティングの時、こんな経験は無かっただろうか。
スピードの速い球をバットの芯で捉えたとき、その振動が握っている手まで響いて、バットを握っていた手が痺れる、もしくは手に痛みが走る。そんな経験だ。バッティングセンターなんかに頻繁に行く人であれば、一度はあるだろう。
相手はまさしく、今その状況だ。
SAOがゲームゆえに痛みまでは感じないが、手元で起こった衝撃はたしかに手首の動きを鈍らせた。
それが、勝敗を握る一瞬の差というやつだ。
これで終わり、そう思っていたところに。
「今だっ!突撃っ!」
決して平和ではない言葉に煽られて、気配を殺し切れていなかった集団が、殺気をあらわに次々に木陰から飛び出してくる。
まさか木陰に隠れていたやつらはこのレイピア使い率いるパーティではなく別のパーティだったとはな。
どおりで仲間が皆殺しにされそうになっても誰一人出てこなかったわけか。
出てきたプレイヤー数は8。
残るは5人か…
ん?
俺は見覚えのある顔を遠くで発見し、そちらに目をやる。
「ク、クラ…イン…」
ミスター武蔵顔ことクライン。
デスゲーム開始の宣告を一緒に聞いたあいつだ。
こんなタイミングで2人しかいないフレンドのうちの1人をこの手でねじ伏せなければならなくなるのか。
「よぉ!キリト!久しぶりだな!」
こいつはなんて能天気なんだ。
「おう。そいつらは?」
後ろにいる同じような服装のプレイヤーたちが気になった。ギルドかなんかだろう。
「おお、【風林火山】っていってな、こいつらは俺のギルドのメンバーたちよ!」
やはりか。
どうする、残り時間は30分程度。
プレイヤーは完全に敵対姿勢をとっているものが8名。グレーが5名。まぁ、あとの4人は数から省いて問題ないだろう。
クエストの指定場所まではもう少しかかる。
クソっ!こんな場所で時間をとられてる暇なんて一秒もないってのに。
「なぁ、キリト。お前さんは、例のアイテムが欲しいんだろ?だとしたらここはひとつ。」
なんだ、俺に譲れとでもいうつもりか。
「俺からの提案だ。俺らがあいつらの相手をしてる間にお前は先に行け。んでボスをちゃちゃっと倒してこい。」
もしそういったならこいつをここでぶった斬ろうと思っていたが、その考えは爆散した。
「お前…」
この提案は俺にとってはありがたい申し出だが、こいつはそれでいいのか。こいつも、あのアイテムを取りに来たんじゃないのか。
「お前は…それでいいのか…?」
いいと言われても困りものだが。
「あぁ…。古傷を抉るようで悪いが、お前さんとこの話を少し聞いてな。それで、ちょっとな…」
ああそうか。そういうことか。
「つまりは、お前のつまらない偽善心だってことだな。本当にそれでいいんだな?後から寄越せと言われても俺は譲るつもりはない。」
くそったれクラインが。俺をかばったことを後悔しろっ!
クラインに背を向け、クエストの指定場所へと向かう。
「時間は…」
まだ間に合う!
そう思いながら走る。
両目が熱くなるのを抑えられなかったのは、きっと寒さのせいだ。
――――
「誰だお前らは!俺たちは先に進む必要がある!そこをどけ!」
「悪ぃな、ちっとここは一時的に通行止めだ。
行くぞお前らぁ!」
赤い侍たちがその声の主につられて攻撃をしかけていく。
そんな中、黒いコートに身を包んだ少年はこちらに背を向けて森の奥へと走り去っていった。
それを温かい目で見届ける1人の男。
その男こそが、ギルド【風林火山】のリーダーであった。
――――
「よぉ、キリト…そっちにも手伝いにいければ良かったんだがな…生憎とこっちは数の問題で少しばかり手こずっちまってな。すまん。」
お前が謝る義理じゃねえだろ…
俺のほうこそ…
クソッ!
こいつは俺を送り出してくれたのに、俺は目的のひとつさえ達成できなかった…
もう二度と顔を合わせられないと思っていたが、あながち間違いではなさそうだ。
ただ一つ、間違っていたのは、【顔を合わせられない】のではなく、【合わせる顔がない】ということだった。
せっかく嫌いになればこいつのことなんて気にしないで先に進めると思ってたのに。
進んだ先は誰も想像しえなかっただろう。
現実ってのは、どこまでも残酷なんだな。
「おい、聞いてるかぁ?具合が悪いなら休んだほうがいいぜ?」
「ああ、いや、大丈夫だ。」
「そうか。で、どうだったんよ?例のクエストは。」
ああ、あれな。俺から希望を奪い取った。
「なんだって?もうちと大きな声で言ってくれ、俺ももう年なんかな?」
答えたつもりが、あまりの衝撃で声が出ていなかったようだ。
それからいたたまれない気持ちになった俺はクラインに「あのアイテム」を押し付けてアルゴが待っているだろう、街へと戻った。
――――
「そうカ。それは災難だったナ。お疲れサマ。」
アルゴに一通り話し、用件も済んだので店を出る。
「おぉぉぉぉいっ!キリトぉぉぉぉっ!」
誰かに呼ばれたのでそちらを向く。いや、さすがに俺のほかにキリトだなんて名前の奴いないよな…?プレイヤーネームの重複はないから大丈夫だと思うが。
「お前さんを探してたんだよ、昨日のことでいろいろ聞きたいことがあってな」
肩で呼吸しながら途切れ途切れに話す目の前のクライン。
昨日、か。
そうだな、俺はこいつにいろいろ迷惑かけた挙句、大事なことを何一つ言わないで去ってしまった。本当に失礼なことをしたな。
「そうか、俺もちょうどクラインに謝りたいことと話しておきたいことがあって。そこの店でいいか?」
頷くクラインを連れ、隣の喫茶に入る。
「2名様ですね、ではあちらの席はいかかでしょうか?」
あほ、そんな人目につきそうなところで話せる内容じゃあない。
「すいません、奥のほうの席は空いてませんか?」
よし、ここならさっきのところよりかは幾分かマシだ。
「で、早速本題に入ろうと思うんだが、まずクラインがどこまで知ってるのかを知りたい。だから、知ってるところまで教えてくれ。」
「そうだな、俺が知ってるのはお前さんがあのクエスト報酬を手に入れたかった理由と、そのあと、お前さんが生きて帰ってきたってことまでだな。あの時なんであのアイテムを俺によこしたかまでは、すまんが察しがつかなかった。」
ということは、ほとんど何も知らないというわけか。アイテムの説明書きを見れば俺があんたにあれを押し付けた理由なんてすぐに察しがつくだろうから、こいつはまだあのアイテムに手を付けてすらいないってことになるな。
「そうか、ほとんど知らなかったみたいだから、ここで全て説明させてもらう。」
それから俺はクラインに全て話した。
俺の所属していたギルドで起きたこと。
あのアイテムを押し付けた理由。
そして、クラインへの感謝と謝罪。
全て話した。
その間、クラインは黙って俺の話を聞いてくれた。
途中で何言ってるかわからなくなったときでさえ、考えが整理できるまで待っていてくれた。
そう考えていると、あの時と同じ涙が溢れた。
きっと、人の心に触れたとき、人間はこんな風に大きくて輝いている大粒の雫を落とすのだろう。
――――
それから拠点に戻り、明日からまた戦場に立つための、生き抜くための準備をする。
つもりだった。
部屋の明かりを点けてみると、ベッドの向かいの机に何かが置いてある。
「録音式のプリズム…」
誰からのものかはわからないが、とりあえず再生してみる。
「こんばんは。」
最初の一言目から涙が止まらなかった。
それからずっと、泣き明かした。
そのせいで、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
カタツムリ更新なので、ふと思い出した時にまた更新されたか確認してみてください。多分更新されていないと思います…