あのトラ柄のアイルーに会ってから幾日か経った後。俺の心にはある計画が持ち上がっていた。
その計画とは、生息域を移すことだ。
本来は氷海にしか生息しないはずのザボアザギルだが、それはゲーム内での話。この氷海というハンターが狩猟できるエリア以外に移住(?)することだって不可能ではないはずだ。
というか、そもそも氷海だって本来はもっと広い。その広い氷海を、恐らくはハンターズギルドがハンターが立ち入ることができる狩猟可能地域として限定しているだけで、ハンターは基本行くことを禁止されているがモンスターは自由にエリア外でも生息しているはずなのだ。
こんなことはゲーム内ではありえないが、ここはゲームではない。
そのエリア外、もしくは完全に他のマップに活動圏を移そうというのが俺の計画のおおまかな筋である。
実はこの計画は前々から頭の中にはあったのだ。ただ成体になる前に移動して他の大型モンスターにエンカウントしたくなかったし、今のところ安全なこの氷海を移動することはかえってリスクになるという考えがあったからで、ある程度成長できた今なら、その危険もだいぶ減らせる。
そしてこの計画を実行に移すことの決め手になったのは、あの溺れていたアイルーに出会ったからだ。
あのアイルーは特に何も身に着けてはいなかった。それは何も持たずに氷海の近海にやって来ることができるからだと俺は推測した。
船を使うにしろなんにしろ、最低限の装備は必要だ。とりわけこのクソ寒い氷海に来るとなると多少の防寒具やら食料が必要になるはずだ。アイルーなら寒さは毛皮で多少緩和できるのだろうが、長い時間活動するには防寒具が必要になるに違いない。
どっちにしろあのアイルーはそのどちらも持ち合わせてはいなかった。(海に落としてしまった可能性も捨てきれないが)
ということはごく短い時間だけ、この氷海に留まるつもりで、もしくは日帰り程度の用事でこの氷海を訪れたに違いない。
そしてさらに、これらの推測から俺が導き出したある一つの結論。
それはこの氷海の近辺に、アイルーなどが生息でき、かつ氷海とはまた違った地域がある。ということだ。
これだけならよかった。この推測からの結論を導くまではよかった。これだけなら「あれれ~?」とかいって麻酔針打ち込む身体と頭脳にギャップのある探偵にも劣らない推理っぷりだが、残念ながら世の中そう甘くはない。我ながら当然というのは悲しいが、俺程度の推理には当然ながら穴が存在する。というか穴しかない。穴しかない?ということは何もない?あれれ?どういうことだ?穴しかないならそこには何もないのでは?
話題がそれたな。話を戻そう。
俺の推理の穴。それは大きく分けて二つ。
まず一つはあのトラ柄のアイルーが遭難、もしくは極めてそれに近い形で溺れていた場合だ。こうなると話は変わってくる。遭難していたなら装備を何も身に着けていないことにも多少納得がいく。そして、もし本当にそうだったのなら、俺のこの近辺に氷海以外の地域が存在するという推測が崩れ落ちる。崩れ落ちるとかいうレベルじゃない。粉砕!玉砕!大喝采!レベル。
そしてもう一つの穴。こちらのほうが致命的な穴なのだが。
俺はあのアイルーがどの方角からやってきてどの方角へ帰っていったのかといったことを全くもって知らないのだ。仕方がないといえば仕方がないのだが。
出会いは俺が溺れているアイルーを見つけるという一方的なものであったし、別れもまた一方的なものだった。
というわけで俺は移動する場合、己の天性の第六感に今後の人生のすべてを賭けて360度ある角度から正解を選び取らなければならないわけなのである。
・・・・・・いや無理だろ。360だぞ?モンティフォール問題とかとはレベルが違う。こんなん未来から来たネコ型ロボットが出してくれる、微妙な確率で正しい方角を示してくれるステッキと頼りなさがほぼ同じ。祭りのくじ屋で当たり引く確率よりも低い気がする。
というあまりに巨大すぎる穴が俺の眼前に広がっているわけなのである。
とまぁ普通の人(モンスター)ならこの時点で移動のリスクがどうのこうのなんていう前に、こんな計画はハナから存在しないものとして思考のゴミ箱に親の仇のごとくグシャグシャに丸め、それだけでは飽き足らずにバラバラに引き裂いた後にさらにシュレッダーにかけ、最後にはガソリンをぶちまけてゴミ箱ごと燃やしてしまうのだろう。
だが俺はこの計画をなんとしても実行に移したかった、否、なんとしても実行しなくてはいけなかった。
それというのも・・・・・・、未だに俺はあの洞窟内でみた光景と、何かも分からない恐怖の源のことを忘れられていないからである。
え?もうとっくに忘れてたと思った?馬鹿なことを言ってんじゃあないぞ!あれを目にしてから一瞬たりとも忘れたことなんぞないわ!
そう、俺はあの恐怖から逃れるために移動したいのだ。
どこで聞いた話だったか。本当の恐怖というのはその瞬間だけではなく、その後もずっと恐怖し続けることであり、そうなってしまえば徐々に精神が病んでいくというが、本当にそうなのだと今改めて実感している。
というわけで一刻も早く俺はこんなところからトンズラこきたいのだが、いかんせん前に述べた問題があるため実行の前段階にて計画はただいま絶賛頓挫中というわけである。
今はその問題を先送りにしながら日々の生活を送っている。一応建前として「体力を万全にしてから移動するために今はとにかく体力をつけている!別に現実逃避とかじゃないから、断じて違うから。違うって言ってんじゃん!」というものがある。
最近はずっと海に潜って魚を捕り、寝て、起きては魚を捕り、そして寝るということを繰り返している。獲物が極端に少ない日もあったがそんなときは原点回帰ということで血石を探しては食っていた。成長した今となっては大量に食わなければ腹の足しにはならないのが難点だが。
こんな力士のような生活をしていては常に膨張状態のような姿になってしまうのでは?あの状態って腹肉質がめっちゃ柔いから殴り放題になるよね。
力士生活のせいか今の俺はジンオウガと戦った時よりもさらに一回り大きくなったようで、今では完全に成体の大きさになることができた。これでもう他の大型モンスターに体格で後れを取ることはないだろう。
とまぁこうやって寝床であるエリア7でボケーっと、とりとめのない考え事をしていたわけなのだが、いつまでもそうしているわけにはいかず、俺は魚を捕るために海へと向かって歩いて行った。
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氷海の海を泳ぐことしばし。獲物といえる獲物は大きめのカジキマグロ一匹。最近体が大きくなったせいか、小さい獲物では捕っても腹にたまらないこともあって小物は全て見逃している。そんなことをしていれば当然獲物の量自体は減るわけで、ここ最近は満腹どころか腹八分目であった日がない。
こりゃあ本当に何とかしないとマズいな・・・・・・
と、大きい獲物がいないことにヤキモキしながら泳ぐ俺の身体に感じたことのない振動が伝わってきた。
ん?何だこの振動・・・・・・
俺は泳ぐ速度を落として、全身に伝わる振動からそれが伝わってくる方向を特定しようと集中する。
・・・・・・動いている。だがいつも追っているような魚のような小さいものでもねぇな。もっと大きなものだが・・・・?
俺はこの振動に僅かながら違和感を覚えていた。なんというか、おかしいのだ。
海竜種、もしくは魚であってもこんなに大きな振動を出して泳ぐ奴はいない。これでは自分から見つけてくれと言っているようなものだ。たとえ捕食する側であってもこんなに大きな振動を立てては獲物に逃げられてしまうだろう。捕食される側であれば尚更だ。
ということはもはや捕食する、捕食しないの次元にいないモンスターか?そんなことで思い当たるのは古龍しかいない。だが海にすむ古龍種なんてナバルデウスとその亜種しか知らない。あいつらが氷海の海域にまで進出してきているなんて話は聞いたことがない。だがゲーム内で得た知識が何の役にも立たないこともあることも俺はすでに学んでいる。なんにせよ本当にナバルデウスだった場合、今すぐここから逃げたほうがいいのは間違いない。
その振動は徐々に近づいてきた。
すると俺の耳に聞いたことのある音が届いた。
・・・・・・これはッ!波をかき分けるこの音はッ!海中ではない!これは海面を動いている音だッ!
俺はそれが分かった瞬間に海中深くに潜った。海面から姿を補足されては終わったも同然だ。
俺はしばらく深めの位置で静止し、振動と音が遠ざかっていくのを確かめた。
これが俺の予想通りならマズいことになるが・・・・・・
俺は完全に振動が消えたのを確認してから、振動が向かって行った方向にゆっくりと移動し、ある程度のところで海面に浮上して頭だけ出して、とある場所を確認した。
嫌な予感ってのは本当によく当たるもんだ・・・・・・
俺の視線の先にあったのは、船。
さっき感じた振動と音は船の船首が波をかき分ける際に発生するものだったのだ。違和感の正体は海中ではなく海面を動いていたからで、俺が勝手に振動の発生源を生物だと勘違いしていたせいだ。
氷海のベースキャンプに設置される船、それが今ここに、俺の視線の先にある。これが意味することはただ一つ。
ハンターが来た。
誤字脱字、アドバイス等ありましたらよろしくお願いします。次回はハンター視点になるかもしれません。