ある偉大な哲学者がそう問うた。
『人間とは何か?』と。
いわゆる人間学の始まりである。
その応えとして代表的なものを3つあげる。
『ホモ・サピエンス』『ホモ・ファーベル』『ホモ・ルーデンス』
それぞれ英知人、工作人、遊戯人と訳されるもので、わかりやすく言い換えると真理を探求する者、概念を創造する者、文化を形成する者となる。
それ以外にも多くの考えがあるが、一般のやつらが覚えておくにはこの3つで十分だろう。
だがこと人間学において一家言ある俺は、その問いに対してある人物の答えがもっとも適していると考える。
それは『人間は感情の動物である』という答えだ。
他の動物にも感情があるのではないかという反論も確かにあるが、ここでいう感情とは本能に勝る『感情』である。
例えるならば、
どれ程危険でも知りたいという『感情』。
どれ程危険でも創りたいという『感情』。
どれ程危険でも遊びたいという『感情』。
そう。
先にあげたものは全て本能に勝る『感情』の結果である。
――ならば俺はさらに問う。
『では一体、感情とは何なのか?』と。
方法的懐疑者~
…………さて、状況を整理しよう。
俺の名前はリク、計三十八歳、童貞――……いや、笑えねぇ。
――――違う。
違う、違う違うそうじゃない。
混乱し思考が空転する。
まず整理しろ。
この状況はいったいどういうことだ。
「宣言中の突然の訪問、非礼のほどを許してもらいたい」
そう言って、空中に突如現れ浮いたまま頭を一堂に下げ、非礼を詫びる暗いローブを纏った訪問者ども。
その驚愕の光景に沸き上がっていた民衆どもも、何が起きたかわからないような顔で静まり返っている。
――さて、いったい何を間違えたか……
なんて考えたが、答えはすぐに出た。
俺は宣言中、らしくもなく高揚しフルネームを口走ってしまったのだ。
おそらくそれを聞いて現れたのだろう。
この【
――では次になぜ現れたかを考えよう。
想定しうる理由は三つ。
一つ、大戦後の報告。
二つ、宣戦布告を真に受けた。
三つ、大戦の代償請求。
一番いいのは一つ目だが、二つ目三つ目だった場合は最悪の状況だろう。
俺の印象としては三つ目は絶対にないと思うが、過信はできない。
何せあれから時が経ちすぎている。
たとえどんな崇高偉大な理想を持つ為政者でも、時が経ち振り返ってみたら愚政をやっていたなんて、いくらでもある事実だ。
そして彼らは、俺に道具として使われた
身を挺して、身を削って俺の理不尽な命令に従ったのだ。
目的としてでなく、
それを永い時が経ち、冷めた興奮から出した答えが復讐ならば。
それならば。
――どのような言葉でも受け入れるってのが筋だろう。
と、心に決めた。
あくまで相互不利益がないようにだが。
「安心されよ、『
あの時の確か『
――ずいぶんとまぁ、感情性豊かになったもので……
「えぇっと、とりあえず俺達【
先の発言でわかりきったことをもう一度聞く。
「もちろんである。我ら
「わかった。ならとりあえず驚いて静まり返ってる民衆達に何をしに来たか、地面に降りて説明しろ」
民衆どもを安心させるためにあえて命令口調でそう言う。
すると彼らは頷き、ゆっくりと降下して、直下にいた民衆達は後ろのやつを押し退けるように後退り、降り立てるような場所が出来上がった。
「再び詫びよう。大事な儀式の
降り立ち、民衆達と同じ目線であいつはそう言った。
そして俺の方を見上げ、次の言葉を大事に噛み締めるように。
「故に『
そう言った。
――俺が説明しろって命令するのはフラグなのか?
そんなわけのわからんことを考え、現実を放棄した。
しかし改めて上から彼らをみると、その人数の少なさに疑問を持つ。
――十数人しかいないのはどういうことだ?
ここに全員集まった訳ではないと言うことだろうか。
まてよ。
あの時の言葉を思い出すんだ。
あの時の、確かシュヴィは、えぇっと、こう言ったはずだ。
――『……シュヴィ、の、耐用年数……あと、約八九二年……』
そう。
八九二年だ。
そして今は、あれから六○○○年経っている。
果たしてこいつらの耐用年数はいったいいくらになるんだ?
少なくとも、アインツィヒと名乗った奴は代替わりしていないと思う。
それならば、もしかしてこいつら――
「【苦言】貴機に本作戦の適正はない。指揮権の譲渡を」
長々と現実逃避の思考を続けていると、女性型の
「却下する。『
まだその話を続けていたらしい。
静まり返っていた民衆も、この光景に混乱はありながらも緊張を解いていた。
「質問があるのだが、どうしてそんな答えに至ったのか、聞いてもいいか?」
いい加減主導権を握りたいので、こちらから話しかける。
「『
もう訳がわからんかった。
――しかし唐突に。鋭い風切り音に続き、『愛故に』と語る男は地中に埋まった。
踵落としによって。
「【採決】話が進まない。当該機の指揮権を一時剥奪し、当機が引き継ぐ」
そう言って、先程から言い争って、ついに踵落としをした女性型の
「【謝罪】一部機体に深刻な
「そ、そうだな……ちなみに聞くが、それは合意の上なのか?」
この世界は『十の盟約』によって殺生行為は禁止されている。
しかしそれは、相互の合意の上ならばその限りでなく、相手を傷つけることができる。
その特例に当てはまる代表的なものだと、散髪があげられるだろう。
髪は体の一部だが、ある程度伸びたら切らなければならない。
だが切る行為は殺生行為に該当するので、通常なら他者が行うことはできない。
しかしそれでは生活に支障が出るので、このような特例があるのだろう。
他にも医療行為や性行為もこの特例に即応する。
で、今回の件だが。
「【回答】
だそうだ。
つまりはスパコンのように並列接続している
まあ彼らの中で同意があるのならば何も言うことはないが。
そして俺が話を戻そうと思っているとその前に。
「【理由】
彼女はその理由を話した。
……話が順調に進んでいると思ったが、またわからなくなった。
「んー……えーと。その筋道をさらに詳しく聞きたいんだが、その前に――名前、教えてもらえるか?」
「【謝罪】当機に名前はない。ごめんなさい」
可愛らしくペコリと頭を下げる。
「【開示】当機識別番号Ec 001 Bf 9 Ö4 8 a2。役称『
学習済みらしく、個体識別番号と名前の違いを理解しているようだ。
「あー……じゃあ長いし『イミルアイン』って呼んでいいか?それとも何か自称したい名前はあるか?」
相変わらずの早口でほとんど聞き逃したが、聞き取れた部分で名前らしく繋げて呼んでみる。
――さっきからんーとかあーとか。緊張が解けて少し抜けてきているな。集中しないとな。
「………………」
改めて真剣な面持ちで彼女を見下ろすと、彼女は長い沈黙状態に陥っていた。
自分の名前でも考えているのだろうか。
――
あの時とは違い、言葉を覚えたのでどんな名前が来るか少し期待していると。
「【登録】当機は……現時刻をもって『イミルアイン』です。末永くお付き合いを」
深々と頭を下げて礼を言ってくる。
「気に入ったならよかったよ。それで続きをお願いしたいんだが」
あまりの深い感謝の態度に少し違和感を覚えるが、いい加減話を進めたいので続きを促す。
「【開示】先の大戦により
そして返ってきた答えは“絶滅”という結果にふさわしい重い原因だった。
「【続示】決戦被害報告。『神撃』および『連合全火力』の衝突を浴びた四八〇七機は、当機含む五機を残し蒸発。続いて
語られたのは――神殺しの代償。
本来であれば俺が背負わなければならなかった代償であり、俺が彼らに命令した手段の代償である。
そいてこれは、この世界の代償とも言える。
それは。
「【結論】経年劣化に伴い、現存稼働機は――『十三機』」
残存十三機という、とても重い代償だった。
「つまりはお前達風に何て言えばわからないが、生殖機能を失ったってことか?」
――元々こいつらに生殖器はなかったはずだけどな。
とこれまでと同じようにあえて思考をずらし、平静を保とうとする。
「【訂正】
「そうなのか?じゃあなんで、六◯◯◯年間世代交代してないんだ?」
「【回答】
「そのエラー群ってのは?」
「それを
突如復帰したアインツィヒに彼らは一切驚かず、その言葉に神妙に頷いた。
「そも
「【否定】正確には、機械ですらない」
語りだした二人の言葉を、俺はなんとか平静を保って聞く。
「そうだな。機械とは『道具』である。道具とは目的を以て造られるが、
「【肯定】危害に対応する。対象の有形無形、有象無象を問わず。受動的に。対照的に。ただ存在する。意味もない。目的もない。なにも……」
俺はそれでも平静を保ちながら、彼らの言葉を聞ききった。
――なるほど、話がかなり見えてきた。
と、無理やり思考をずらして。
「つまりお前達はあいつの感情を持ってしまったから、好意愛情に目覚めて、愛のない行為はできないと」
と、確認する。
そして恐らくその相手が――
「そう。
「【開示】その『
「その『心』を同期共有した!
「【肯定】『
熱く熱を増した彼らの言葉と対照に、俺は平静を超して冷めていくものを感じた。
――……そうか。
「それはできない」
俺は彼らに率直に答える。
――それはしてはいけないことなのだ。
と、自責とも後悔とも違う、どうしようもない感情と共に。
「【驚愕】『
「ふむ……やはりどうしても照れが出てしまうか『
しかしそんな俺の胸中を知らずになおも話を続ける彼ら。
「勘違いするな。俺にそんな趣味はないんだ。出直してきてくれ」
冷めきった心から出た言葉はどこまでも突き放したものだった。
それでも。
「そうか……では
「【懸念】……」
恐らくあらかじめ想定していたことなのだろうと思う流れでアインツィヒはそう切り出した。
ならば俺は。
「ゲームねぇ……いったい何をして、何を賭けるんだ?」
あえてその流れに乗り、そして俺は解り切ったことをあえて聞く。
なぜなら、あいつがするゲームはいつだって
――『【
「【
しかなく、そしてあいつが望んだものは
――『【勝負】当機が勝てば、当機を集落に持ち帰り、生殖行為の実践を要求』
「
「――で、俺が勝ったら?」
――『【回答】当機を集落に持ち帰り、生殖行為の実践を許可』
「
なのだから。
――どこまでもそうなんだな。
そして俺は読み切った流れで先手を打つ。
「……いいだろう。ゲームに乗ろう。ただし条件は変更だ」
どこまでも、どこまでもあの時のように。
「申し訳な――」
「……その、ゲーム……シュヴィが、受ける」
彼にチェックメイトを打たせる前に、俺は彼女らにチェックメイトを打つ。