この世界には『十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人』ということわざがある。
俺は三歳で神童と呼ばれ、十のときにシュヴィと出会い、すべてが狂って、今十八のヒキニートだ。
しかしこの現状、シュヴィが悪いわけではない。
社会が悪いのだ。
親父から期待されていたであろう俺は、当然周りからも期待の目で見られていた。
幼くして母国語の日本語の平仮名、片仮名、そして中学生レベルの漢字はもちろん、英語とドイツ語の基礎だけを覚えたふりをした。
小学校に入る前から四則演算を、そして入ってからすぐに指数や微分、積分の関数も覚えたふりをした。
それらすべてが努力すればなんでも報われると、明るすぎて潰れてしまった目で盲目に世界を見ていたための行動だった。
そんな俺に転機が訪れた。
言うまでもなくそれはシュヴィとの再会なわけだが、その後俺はシュヴィに構いすぎたのだろう。
俺の後を小さな歩幅で彼女は可愛らしく付いてくるわけだが、それに雲行きの怪しさを感じた母さんはその光景を見るたびにシュヴィを俺から離した。
おそらくだが期待された俺の未来を、嫁いできた自分の娘が邪魔をしたら親父の親族から白い目で見られると思ったのだろう。
そして、無理やり離されたシュヴィは泣きそうな顔で抵抗をし、俺もやんわりとだが止めようとするが、母さんはシュヴィだけを叱りつけて連れていく。
正直、シュヴィがなぜここまで幼児化しているかはわからないが、思うに【
俺は仲間からの簡素な報告でしかシュヴィの最期を知らないため、どのように殺されたのかは結局は分かっていない。
それをわざわざ聞くのも無神経というものだろうと思って話題にもしていないため、現在まで知らないままだ。
もしかしたら、凄惨な殺され方をされて、それで感情が整理できずにこのようになったのかもしれない。
まあ、最も高い可能性は『目の届く範囲にいろ』を今度は忠実に守ろうとしているのだろう。
ならばその言葉を緩めようとしたのだが、いかんともシュヴィは泣くのだ。
決して涙は見せないが、ただ黙って沈痛に俯きながら首を横に振る。
そんな姿を見せられたら、俺は何も言えなくなった。
そして周りから見たら、義兄に甘える幼い義妹とそれを優しく応える小さな義兄という、なんとも優しい字面が出来上がったわけだ。
しかし、俺たちは七歳差だ。
俺が中学を卒業し高校になると、シュヴィとの年齢は年齢は十六と九になる。
周りから何度も示唆されたが、それでも俺はシュヴィを構い続け、シュヴィは俺に甘え続けた。
故に当然、俺もシュヴィもいじめられた。
そしていつからか注意をしてくる奴らも見なくなった。
確かにおかしな兄妹関係だと理解している。
馬鹿にするのも、気味悪がるのも当たり前だろう。
だが、俺もシュヴィもこの関係でいいと判断している。
故に、誰も悪くない。
社会が悪いのだ。
眩しすぎた世界から目が覚めた俺が次に考えたことは、この世界をこれからどう生きるかだった。
前の世界での俺たちの行動を客観的に見たら「正義感に厚く、とても慈愛的で、なにより大変な野心家」だと感じるかもしれないが、実際にはそんなことはない。
あの時の【ルール】でも言ったように、あれは「ただ自分のやりたいことをする」という、そんなわがままで自己中心的な考えでしかない。
――ならばこの世界。さてどう生きるか。
このまま順調に社会へ出て出世するか、何もできなかった前の世界の俺の分まで思いっきり一人で楽しむか。
そんなもの、当然却下だ。
この世界、シュヴィとどちらを選ぶかなんて聞かれたら、俺はシュヴィを選ぶ。
幸い社会に出ずとも金を稼ぐ方法などいくらでもある世界だ。
なら、前回できなかったシュヴィとどこまでも二人で一人として生きていこうと決めた。
シュヴィはその決断を下した俺に迷惑をかけたとを謝ったが、俺はそれにあえて答えずシュヴィが何をしたいかを聞いた。
その質問にシュヴィは案の定、俺と一緒にゲームがしたいと答えた。
そうしてかつて神童かたや異才児と呼ばれていた俺とシュヴィは、引きこもりのニートゲーマーになったわけだ。
ゲームアカウントは俺たちの新たな名前をとって、スペース二つの『 』に統一し、界隈ではどんなゲームでも存在する最強無敗と噂の存在として語り継がれている。
そんな世界が色あせ、止まった時が再び進んだのは、いつものように何徹したかわからないような状態でランキング戦をし、寝落ちかけているときだった。
――テロン♪
と、突如として鳴った電子音に最初に反応したのはシュヴィの方だった。
「……リク、メール……だよ?」
一向に『空』と呼ばないシュヴィがそう言ってくるが。
「今兄ちゃん、両手両足で四キャラ操作してるから無理。メール見てる時間があったら寝てるぞ!」
と少しあわただしく答える。
そもそも、ここまでアホみたいな偉業をなさなければ、すぐに寝てしまいそうなほどもう限界状態なわけで、メールの音も本当は聞こえなかった。
「……ん。……メール、タブPC……は」
そう短く返事をしたシュヴィは、俺が座っている椅子の足と俺の脚の間を器用にくぐり、メール専用のタブレットPCを掘り出す。
「……む。えーと……これか、な?」
大量にあるメールアカウントからアカウントごとに違う着信音を頼りに探り当て、見事シュヴィは目当てのメールを見つけたようだ。
――【新着一件――件名:親愛なる『 』達へ】
その奇妙な件名から始まったメールは、眠気満載の俺の注意を引くには十分だった。
「ドロップ確認よーし、セーブよーし」
セーブをし、ゲームを終了したことをしっかり確認してから、俺はシュヴィから渡されたPCを受け取り、そのメールを開いた。
【君ら兄妹は、生まれた世界に疑問を感じたことはないかい?】
「……なんだこれ」
「…………」
その文章に対し最初に感じたのは不気味、それに尽きた。
そしてメールには付随して.jpなどのccTLD(国別トップレベルドメイン)が存在しないURLもある。
おそらくは、ゲームへの直通のアドレスだろうと思うが、そんなのは後だ。
「こいつは何者だ?いたずらか?」
可能性を上げて、シュヴィに尋ねるが。
「……これ、兄『妹』……確信的」
シュヴィはメールの『兄妹』の部分に指を指しながら即座に答える。
「……どう、する?」
かなりシリアスな場面だとは思うが、シュヴィは全く興味がないようにスマホを片手に問うてくる。
そんなシュヴィの様子に少し拍子抜けし、しかしすぐ気を引き締め。
「何か知らんが、『 』に挑んできたんだ。ゲーマーが逃げるかよ」
そう意気込み、セキュリティソフトを起動してURLを踏んだ。
ウイルスの可能性もあるからな、と冷静に思考を落としながら警戒していると――
現れたのは、とても簡素なオンラインチェスの盤面だった。
「……む」
ソシャゲ特有の周回をしており、こちらをほとんど見ていなかったシュヴィにも、その画面にすこし興味がわいたようでPCを再び見だした。
「こりゃもしかしたら、どこかの企業が作った新たなAIかもしれないな」
そうおどけて言ったが、根拠はある。
シュヴィは無類のチェス好きで新たなAIチェスが開発されるたびに『 』名義で先手後手関係なしに打ち負かし、暴れまわってる。
業界では話題必死なことだろう。
「……リク」
そう言ってシュヴィは俺の膝の上に足を抱え座り、俺は何も言わずPCを渡した。
それは指し始めてから中盤に差し掛かるところで、順調だったシュヴィにも長考が入るようになった頃だった。
相手は序盤での駒の動きが嘘かのように、激しい攻勢を見してくる。
そしてこの駒の運び、まるでシュヴィを挑発してるかのようだ。
――お前じゃないだろう。『 』を出せ。
と。
さらにどこか既視感のある、相手の煽りに煽ってくるゲーム展開に俺は。
――こいつ、もしかして――
「……うそ」
と驚愕したシュヴィを見て、やはりと先ほど感じたは既視感は確信に変わった。
「白、交代だ。こっからは俺が打つ。ミスりそうになったら教えてくれ」
これは『 』宛の勝負だ。
今度こそは、お前に勝たなければいけない。
そう、五徹の状態でなかったらあり得ない前提をもとに、見えない対戦相手に気概を見せた。
――――……。
時間無制限のルールのため、もう何時間もしたであろうチェスは、体感的に何日も何日も費やしたように感じた。
徹夜の眠気は、心の底から湧き出る興奮により吹き飛ばし、かつてないほどのアドレナリンの生成を感じた。
そしてついに、その果てしない時間を遂に終えるチャイムが鳴る。
――ピコン
『チェックメイト』
無機質で無感動な音とともに画面に現れた言葉は、何度挑んでもこちらに突きつけられていた、敗北の言葉だった。
それを今度は――
「あぁ、あぁああああ~~~~~」
理解できると、自然と長い哭声がでた。
「……リク……どうした、の?」
同じく疲れ切った様子だったシュヴィだが、俺の様子がおかしかったからか、心配そうに首をこちらに向け瞳を覗いてくる。
「あぁ。ぃや、なんでもねえよ」
シュヴィの顔を見て少し冷静になり、(そんなこと、あるわけないか)と思い直して、小さく笑って鼻声になりながらも答えた。
対戦相手の感想でもシュヴィとしようと思ったが、とてもそのような空気ではなくしてしまい、困っていると――
――――テロン♪
と、新たなメールが届いた音が響く。
「……ん」
特に何も言わず、シュヴィがメールを開くと、そこには想像もしていなかった、いやつい先ほどに否定したことを示す内容が書かれてあった。
【お見事。まさか本当に君達に負けるとは思わなかったよ。その世界、さぞ君達にとって窮屈じゃないかい?】
そのたった一文で、俺はこいつが何を言っているのか、そしてこいつの正体も分かった。
だが、それを理解する前に俺の理性はブレーキをかける。
――そんなことはあり得ない、都合がよすぎる、と。
「…………」
黙りこくり、何度もその文章を読み直して言葉の意味を読み取ろうとしているシュヴィをよそに、俺は相手に対して返信をした。
『大きなお世話様どうも。なにもんだ、テメェ』
返信は即座に来た。
――いや、果たしてそれは返信だったのか。
一見答えになっていない文面が届いた。
【もし君達が望んだ"単純なゲームで全てが決まる世界"があったら――
目的も、ルールも明確な盤上の世界があったら、どう思うかな?】
そのメールは俺の質問に全く答えず、自分の言いたいことだけを書かれたものだった。
だがそれでも、この文面だけで俺たちは理解せずとも納得した。
そんな世界、どう思うか、だと。そんなの――
「「……生きたいに、決まってるっ!」」
そう思わず口に出した瞬間、部屋全体にノイズが走る。
空間自体が軋むような、いたるところで放電をしているような音が聞こえる。
ただならぬ異変に、ただ無力だと理解した俺たちは抱き合い、何とかことを見守る。
しかし、なおもノイズは大きくなり、部屋にあるテレビやパソコン、タブレットが一斉に起動し、砂嵐の画面を映している。
そしてただ一つ無事だったメール用タブPCの画面から今度は文章でなく音声が返ってきた。
『そうだよね♪僕もそう思うよ。さあ、帰っておいで。君達の世界に』
遂には部屋が砂嵐を背景とした異空間に変容した中。
唐突に、画面から白い腕が生える。
「なっ!?」
「……ひっ――」
驚く暇など与えないかのように、画面から伸びた腕は、俺たちの腕を掴み、引きずり込んだ。
紛うことなき画面の中へ――――
『ならば僕が生まれなおさせてあげよう――――君達が生まれるべきだった世界にっ』
『そして、ゲームを続けよう♪』
薄れゆく意識の中、そんなことを言う、嬉しそうな顔をした神様を見た気がした。