問題と聞いて特に身構える必要はなく、それはただの心理実験だ。
二股の線路があり、自分は切り替えレバーに立っている。
そして片方には五人の作業員が、反対側には一人の作業員がいたとしよう。
勘のいい奴ならもうわかると思うが、その線路を暴走トロッコが走ってくるわけだ。
このままいったら五人の作業員が死んでしまう。
しかしレバーを引いたら一人が死ぬ。
さてこの場合、自分はどうすべきだろうか。
『さて、あんまりに楽しかったから長居しすぎたね。じゃあ、君たちがこれからどうするか、それと『
そう言ってテトは天高く飛び上がり、見えなくなったのもかなり前のことで、転移した時はまだ上ったばかりの太陽も、今では燦々と照り付けてくる時間だ。
「……ふふ。……ん」
今までになく上機嫌で、久しぶりに見る【
「
そう若干口をとがらして苦言を言ってはみてるが。
「……ん。……ふふ」
と少しは頷くが、全く意を介さない口調でその行動を続ける。
「ほんとにこっちでいいのか?姉さんが建国したって言う【
「……たぶん。あっちから……大量の気配、感じる」
また機械とは思えない、いやむしろ心を持った機械らしい曖昧な返事をして、上げていた左手を下げてから進行方向に向かって指をさす。
「テトもあえて言葉を濁してたみたいだからな。さあて、いったいどんな国になってるのか。期待半分不安半分ってとこだ」
あの口ぶりでさすがにもう滅亡してるってことはないだろうし、姉さんの偉業を見させてもらおうかという意気込みで、少なからず存在する元気を振り絞って歩を進める。
「……む。リク」
しかしそううまくことが運ぶわけがなく、異世界転生テンプレイベントその一「盗賊の襲撃」に出会う。
素早くシュヴィが察し、俺も気づいたが、俺はシュヴィの着ている服のフードを持ち、深くかぶらせた。
「……ん」
現在の服装は、転移直前に来ていたゆるゆるの普段着などではなく、俺達がこの世界で着ていた人形のような、旅人のような、あの服装だ。
結婚式ぐらい服装はちゃんとしなきゃね♪なんて言ったテトの粋な計らいってことだろう。
こんな簡単な変装で大丈夫なのかとも思うかもしれんが、限界状態だったとはいえ村で過ごした中では姉さん以外は誰も気が付いてなかったらしいので妥協する。
「さて、『十の盟約』の効果を見てみるとしますかね」
そうシュヴィにのみ聞こえるように小さく宣言し、シュヴィも小さくこくりとうなずくのを確認してから、俺たちは何も気が付いていないかのように草原から森に変わっていく地形を進んだ。
「ヘイヘイ、そこの旅人さん方。ちょっと俺の話を聞いてくれねーかなぁ」
突如木の裏から現れた、緑色のローブを着た盗賊か山賊かわからんような奴に、柄悪く話しかけられ、足を止められた。
「えー、こんにちは。急いでいるので、失礼します」
俺はそう言ってそそくさとその場から離れようとするが、すでに時遅く周りをどこからか現れたやつの仲間に囲まれていた。
「いやー、わるいねー。ここ通るには通行料が必要なんだよ。だからさぁ、ゲーム挑んでくれよなぁ」
そう盗賊は一見わけのわからない文句を言ってゲームを要求してきた。
――なるほどね。この世界ではこうやってたかるのか。
『十の盟約』というあの世界の物理法則のような強制力を持った誓いは、誰であろうと破ることはかなわない。
【一つ】この世界におけるあらゆる殺生、戦争略奪を禁じる
まず第一に定められたこの盟約によって、盗賊は略奪ができない。
しかし俺たちも盗賊を押しのけて先に進むことはできない。
【二つ】争いは全てゲームによる勝敗で解決するものとする
そしてそれでも起こるであろう争いは、第二によってゲームで決める。
少し飛んで【五つ】ゲーム内容は、挑まれたほうが決定権を有する
というわけで俺らからゲームを挑ませたいわけか。
まあ果たして、本当に押しのけて通ることができないかは疑問だが、わざわざこんなガラの悪い奴に好んで近づくやつもいないってことだろう。
たとえ盟約に守られているとしても。
「そうですか。では私たちは何をかければいいのですか?」
そう下手に出て、相手の出方をうかがうと。
「そりゃ話が早い。んじゃぁ、有り金全部頂くとするかぁ!」
気をよくしたのか、態度をでかくし、そうのたまった。
「えー。じゃあ私たちはいったい何をもらえるのですか?」
だがこちらはあくまで下手に最後まで行く。
これが飛ばした契約の
【三つ】ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる
【四つ】“三”に反しない限り、ゲーム内容、賭けたものは一切を問わない
という、この『十の盟約』で最も大事だと思われてる部分だろう。
そして四つ目により、命すらかけていいという狂気の沙汰だ。
それでも理由ありて命が奪われるんだ、ここは平和な世界なのだろうな。
そう不幸自慢に落ちそうな思考をいったん止め、相手の顔を俯きながらもしっかりと見つめる。
「俺が賭けるものは、俺が今日稼いだ大量の通行料だよ。文句わねえだろ?」
胸を張ってどうだと言わんばかりに盗賊は宣言した。
「…………」
シュヴィはなおも黙ったまま、俺に目を向ける。
俺もシュヴィを見て小さくうなずき、宣言した。
「わかりました。ではここを通らせてもらうのと、あなた方が今まで稼いだ全ての通行料を頂くため勝負を挑みましょう」
そう、最後まで丁寧に下手に出ながら宣った。
「なッ!?話がちげえだろ!賭けるのは今日の通行料だ!」
「えー、駄目ですか。わかりました。じゃあそれでいいです。それで何をするんですか?」
さすがにそこまで馬鹿ではないらしく、要求を戻してきたので素早く受け入れる。
「ああ、じゃあ向こうにトランプがあるから、それでポーカーだ。いいな?」
「はいはい、分かりましたよ。ではジョーカー抜き、5枚すべて手札の一般的なポーカーでいいですね」
「あぁ?それでいいよ、めんどくせぇやつだな。『
「はい、では『
俺も相手の宣言に続き、言い、テーブルへと向かう。
「へ、へへ。わりいな。8のフルハウスだ」
チップ的にラストゲームになったポーカーで、素寒貧な相手は遂に大役を出してきた。
何をしてくるかと思ったが、特にイカサマがあったわけでもなく、普通に勝負をしてきた時は拍子抜けした。
潔いのか、馬鹿なのか。
「悪いね。4のフォーカードだよ」
あそこまで見え見えに、顔にまで自信を出してレイズなんてしたら、馬鹿でもわかるっつーの。
そうして、俺は普通に勝ち、お互い落胆してゲームが終わった状況が出来上がった。
「さて、俺が勝ったことだし、賭け物を頂くとしますか」
「っち。猫被ってやがったな。あーあ、完敗だよ」
ゲームが終わり態度が豹変した俺の様子に辟易しながら、盗賊は嘆息をした。
「だがわりいな。今日俺はまだ誰からも通行料をもらってねえよ」
「だろうな。だから言ったろ、お前らが盗った通行料を頂くって」
「はぁ?んなこと聞いてねえぞ!」
対戦した盗賊はなおも反論するが、奥にいた盗賊が金をもってこっちに近づいてきた。
「お、お頭ぁ。体が勝手に!?」
それを境に次々に奥から盗賊どもが手に金を持ってやってきた。
「へー。これが盟約の強制力てやつか。さすがだな」
「……ん。すごーい」
ポーカー中相手が何をするかずっと目を光らしていたシュヴィも思わずつぶやいた。
「どッ、どういうことだぁッ!てめぇ、いったい何しやがった!」
そう盗賊のお頭は怒髪天というよりかは、疑惑心のほうが強い顔で叫びだす。
五人ぐらいかと思ったが十数人もいるとは驚きだな。
こんな稼業でも生きていけるんだなあと感心しながら、定位置の膝に座ったシュヴィをどかし、席を立つ。
「おい!今回は俺の負けだ。だからどうか何をしたかは教えてくれぇ」
頭は下げていないが、それでも自身のプライドを最大限まで捨て、聞いてきたのだろう。
――馬鹿だがこういうところは嫌いじゃないね。
と何様だよと鼻で笑えることを思いながら俺は答えてやった。
「別に説明するほどのことじゃねえよ。ただお前らが『あなた方』って部分を否定しなかっただけだからさ」
盗賊達からもかなり離れ、やっと森を抜けると、塗装した道が見えてきた。
「……リク……すこし、うれし、そう?」
隣を歩いているシュヴィが、不思議そうに俺を見て訊ねてきた。
「まあな。自分の力量を図れない、青二才もいいところのやつだったが、それでも悪くない心を持てただろ?」
そんな、平和になった世界で、それでも逞しく生きていこうとしているを見て、後で思い出したら恥ずかしくなるようなセリフを言ってしまうほど、今の俺は上機嫌だった。
「……ん。いい目、だった。……わるく、ない」
そう同意してくれたシュヴィに、俺はさらに機嫌をよくして。
「さあて、そんな
と希望を込めて言った。
何年振りかの外出で、すっかりなまった体だったが、旅の楽しさですっかり疲れを忘れ、遂に長い旅路もようやく終わりを告げる。
視界に広がる建物は堅固な石造りで、上下水道も完備しているように伺える立派な都市景観だった。
ただし、中世までのだが。
「うーん。六〇〇〇年もあって、この都市はどうなんだ?」
素直に疑問を口に出し、シュヴィに尋ねてみるが。
「……人も、いない」
そう、人が一切街道を歩いていないのだ。
「……む。あっち……声が、聞こえる」
何かに気が付いたかのようにそう言い、指さすほうへシュヴィは歩いていく。
注意を向けてみると、たしかに聞こえるかすかな歓声は、どうやら街を挙げての祭りでもやってるのかと推測させた。
『……ねぇ、早くしてくれない?』
『や、やかましいですわね。今考えてるんですのよっ』
一番大きな歓声があるところを目指し、歩いていくと、おそらくその中心だろう位置からまだ子供だろうと思う声が聞こえた。
「……もり、あがってる……なに?」
「あ?知らないのか、あんたら異国人――って、、人間の異国なんてもうねぇか。難民だな?」
小さく呟いたシュヴィの言葉に近くのテーブルで昼間っから酒を飲んでるおっさんが返してくれた。
だがその言葉は、俺がこの街に感じていた違和感を確信へとした。
「ええ、難民なんですよ。今何をやってるのか教えてもらってもいいですか?それと住みやすい近くの街も」
なんて相手の話に乗って、さらに情報を引き出すと
「あぁ?ほかの街だ?そんなもんもうねぇよ。ここが人類最後の街さ」
と虚勢を張って笑かしてくる。
「はは、そうですよね。それで、今何をしてるんですか?」
「こいつは、エルキアの『次期国王選出』の大ギャンブルをやってるとこだよ」
「……次期国王…選出?」
「おうよ。前国王崩御の際の遺言でな」
『次期国王は世の血縁からでなく“人類最強のギャンブラー”に戴冠させよ』
「国取りギャンブルで
と酔った勢いでべらべらと教えてもらった。
「ま、そんなわけで総当たりのギャンブルを開催中なのさ」
「……総当た、り?」
「次期国王に立候補する奴は、
なるほど、わかりやすくじつにこの世界らしい決め方だ。
「へぇ、それで今誰が戦ってんですか?声からして、女の子みたいですけど」
今だゲームにヤジを飛ばすために集まったのだろう観客が、壁をなして試合が見えない。
「んむ。えぇっと、一人は前国王の血族の“ステファニー・ドーラ”って言う、赤毛で胸が大きな子だよ」
また新たに酒を飲み、さらに饒舌になってかいらない情報まで加えてくる。
聞き覚えのある苗字に反応しないようにして、さらに相手も促すと。
「んんー。何だったかな。たしか馬鹿つえーって噂でここまでポーカーで一回も負けてないって聞いたんだが。えぇっと、名前は」
「なんだ、知らねーのか?ツェルだよ。クラミー・ツェル」
とこれまた、飲んだくれのおっさんが教えてくれた。
「あぁ、そうだそうだ。はっはっはっは。すっかり忘れてたよ。あのぺったんこの子だよ」
――その名前を聞いた瞬間、「まぁこれも運命か」と、そう感じた。
「……」
心配そうに見るシュヴィの頭をぽんぽんとおさえ、おっさんたちに礼を言って酒場の奥にある宿屋のカウンターに向かった。
つたない技術で俺を捲ろうとした兄ちゃんと戯れながら、四泊三食付きを召し取った。
しかし、店の中に入って視界が開け周りが見えるようになると、シュヴィが何かに反応した。
「……リクっ。あれ」
めずらしく慌てた声をしたシュヴィが、指は指さず、小さな顎で視線を誘導したほうを向くと、そこには。
「【
焦りながらも、しかし声は抑えてシュヴィに尋ねると、俺の言外の問に対して小さくこくりとうなずいた。
それは、クラミー・ツェルが
さて、トロッコ問題を覚えているだろうか。
俺はその問いに対して、何度も多くを救うために、少数を殺した。
今でもその行動に後悔をしているが、逃げたことはない。
だがでは、線路にいるのが家族の遠い子孫と全人類、そして反対には俺が命を奪い、そして後を任された親友の遠い子孫だったら。
俺はどちらを選ぶのだろうか。