赤ずきん! リメイク   作:イーストプリースト

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『4話 孤狼に返る遠吠え』

 

 頬を摩る風が気持ちの良い夜だった。

 雲の切れ間から顔をのぞかせた月光が夜道を照らす。

 赤ずきんの少女のふんわりとした髪が、照らされた月光を写し、煌めいた。

 草木も眠る夜更け、少女が出歩くには不向きな時間である。

 ましてや、その背後にボロボロになったペストマスクの男がついて歩いていたらなおさならことであった。

「あーくそっ、こいつマジで手加減しやがらねぇ……」

「楽しかったです! 次はその腕を引きちぎらせてくださいね?」

「絶対ぇ、やだ」

 上機嫌の少女はくるりと振り返り、満面の笑みを浮かべる。

「それにしても、月の綺麗な夜ですね。わおーんしていいです? わおーん」

「好きにしろ、好きに」

 狼の耳をピクリと動かし、赤ずきんは振り向いたまま、後ろ向きに歩いていく。

 よほど上機嫌なのか、わかりやすく尻尾がぶんぶんと振るわれていた。

「はーい、わおーん」

「Waoooooooooon!!!」

「わおーん!」

「!?」

 再び振り向いた赤ずきんが可愛らしく言った直後に、彼女の頭巾の下から夜を引き裂かんばかりの声が張り上げられる。

「な、なんの声だ……?」

 唐突な獣の声に、小鳥遊が若干引き気味である。

「オオカミさんですよー?」

「いや、オオカミさんってなんだよ?」

「オオカミさんはオオカミさんです」

「いや、……いやいいわ、お前に聞いてもまともな答えが返ってきそうにねぇ……」

「?」

 首をかしげる赤ずきんに大鴉(レイヴン)はため息を吐いた。

 十字路に差し掛かり、左側の道に工事注意の看板にを見かけた。

 最近、工事が多いなと小鳥遊は思う。

「んー、やっぱり1時間は短くないです? もっと、もっと遊びましょうよ。大鴉(レイヴン)の眼球を抉って飴玉みたいに舐めたいなー」

「……あれだよな。お前って、相手を玩具か何かと思ってないか?」

「違いますよ! 遊び相手です! ボクはみんな()遊びたいんですよ!」

「そこがみんな()じゃないから玩具だっつってんだよなぁ……」

「むぅ……」

大鴉(レイヴン)の意地悪ー」

 背後から彼女の顔は見えないが、赤ずきんはきっとむくれているであろうと、小鳥遊には容易に予想できた。

「さて、帰って……さっさと寝よう。今日はいろいろありすぎた……」

「くたびれてますね。明日もボクが朝御飯を作りましょうか?」

「そうして欲しいのはやまやまだが……ほら、今日決めただろう、家事は交代してやると」

「んー、ボクは日課なんでどっちでもいいんですけどね」

「俺が気にするんだよ……」

 他人との共同生活経験が少ない小鳥遊としては自分でできることをしないのはなんとも座りが悪いのである。

「朝といえばボクが拳銃(リボルバー)を握り潰さなかったらどうしてたのです?」

「死んだぞ」

「それは駄目です。ボクと遊べないじゃないですか」

「俺は掛け金(いのち)を賭けた、なら負けたなら払わないとなぁ。賭けつーのは負けがあるから楽しんだよ。特にリスクが高ければ高いほどな」

 まぁ、勝負自体に勝ったのは俺だがな、と小鳥遊は笑う。

「やっぱり大鴉(レイヴン)は意地悪です」

 と、赤ずきんは破顔した。

「ボクのこと、命を懸けていいほどに高く買ってるのですか?」

「まさか」

 と小鳥遊が肩を竦めた。

「付き合いが長いわけでもないんだから、そんなに簡単に相手の値段を決めれるかよ」

 だがな、と小鳥遊。

「これからデカい組織相手に共同戦線を組むんだから、そのための義理ぐらい通すさ」

 だから――、

「これからよろしくな赤ずきん。ザ・カーニバル(あいつら)を退けるまでは互いに仲良くやろうぜ」

 と小鳥遊が手を差し出す。

「はい!」

 赤ずきんは傷痕の残る手で、握手した。

 

 

 

 日も昇らぬうち、鳥の鳴き声もまだ上がらない早朝。

 地下にある秘密の鍛錬場。

 そこで息を浅く吐きながら、小鳥遊が日課の鍛錬を行っている。

「……10っと」

 壁に備え付けられ、螺子で固定された鉄棒を用いての片手懸垂を3セット。

 毎日行っている筋トレの一環だ。同じ部位を常に鍛えても効率が悪いので、日により鍛える部位を変えており、今日は腕を重点的に鍛えるようだ。

 彼は狩りの魔王との契約により、装弾の必要のない拳銃(リボルバー)を出現させることができるが、それだけだ。それで戦い悪心を集めていくには、日々の鍛錬は欠かせないのである。

 次にホルスターと銃を出現させ、ゆっくり動作を確認するかのように銃を抜き、構え、再び戻す動作を繰り返していく。

 速さは必要ない、むしろ重要なのは自らの身体がどのように動くかを把握することである。

 頭の中で、何処か動いているかをゆっくりと把握しながら、イメージ通りに動けるように遅く、緩やかに手を伸ばしては銃を引き抜いていく。

 それが千を超えたあたりで、一息つくと、ホルスターを消して、次の鍛錬へと向かう。

 電光掲示板のような装置のスイッチをオンにして、そこからコードが伸びている銃型の機械を手に取る。

 それをホルスターに収めると、機械のスイッチを押した。

 机を挟んで反対側、同じく白い線で人型が描かれた黒い掲示板が置かれてある。

 小鳥遊がそれを見つめ、ホルスターにある銃型機械に手をそっとかけて、機を待つ。

 そして、黒い提示版に光が灯った瞬間に、銃型機械を抜き、引き金を引いた。

 視線を横に移し、電光掲示板のような機械に目をやると「0.08秒」と描かれている。

 それ見た小鳥遊はへの字に口を曲げた。遅い。

 もう少し早く撃てるはずであったが、知らぬ間に力んでしまい、速度を殺してしまったのだろうか。

 首を軽く振り、体の調子を確かめ、再び、機械のスイッチを押す。

 再び、腰に手を伸ばし、次の瞬間を待った。

 それを繰り返し、一息ついたところに、小鳥遊が何かに気付いたように背後の扉へと視線を向ける。

「おはようございます。なにをしているのです?」

 赤い頭巾の少女が地下鍛錬場に入ってくる。

「鍛錬だ。毎日続けないと、腕が鈍るからな」

 小鳥遊が機械を片付けた、小鳥遊が奥にある別室の扉を開き、赤ずきんに来るように促す。

 首を傾げた赤ずきんが、素直にその後に続いた。

「つーか、どうやってここみつけたんだお前。俺、教えた覚えないぞ」

「ボク、鼻も耳もいいんですよ?」

 頭巾の下から突き出ている狼耳をぴくりと赤ずきんが動かした。

 奥の部屋は射撃場のようだった。

 小鳥遊がゴーグルと耳当てをつけ、拳銃(リボルバー)を出現させ、的に向け、

「そうか」

 発射した。

「お前も、ゴーグルと耳栓付けたほうがいいぞ。まぁ、お前なら流れ弾が飛んできても平気そうだが」

「先に言ってくださいよ……」

 狼耳をペタリと伏せて、赤ずきんは耳を抑えていた。

 反響した音がうるさかったのか、赤ずきんが顔をしかめている。

「つーても、その狼耳を塞げる耳当ては持ってないしなぁ」

「手でふさぎます」

「いまさらだが、耳が4つあるのな。お前」

 こくこくと赤ずきんが頷いた。

「うーん、ボクも撃ってみたいです」

「お前に拳銃を持たせたら、気まぐれにこっちに向けてきそうなんだが」

「えー、そんなことないです」

 にこりと笑う赤ずきんを見て、小鳥遊は信用できねぇ、と思う。

 赤ずきんの視線を背後から受けながら、小鳥遊は連続して的に向って発砲する。

 通常は6発までの拳銃(リボルバー)であるが、魔王の加護を持つ小鳥遊には関係がない。明らかに6発を超えても、なお引き金を引き続ける。

「それにしても不思議な拳銃(リボルバー)ですね。弾切れもしませんし、いつもいつの間にか手に持ってますし」

「ああ、…………そういえば誰にも話したことないのか」

 赤ずきんの声に1度、射撃をやめ、銃口を天井に向け、杖の様に振るう。

「俺は狩りの魔王と契約しててな、この銃も烏の衣装もその加護でもらってるもんだ」

「出せる銃は拳銃(リボルバー)一択で、弾切れもしねぇ」

「あの曲がる弾丸もですか?」

「ありゃぁ、魔弾つって、生涯に6発と1発しか撃てねぇんだよ。そるじゃなきゃ、もったいぶる理由もねぇしな」

「6発と1発? 何か不思議な表現です」

「ははは、まぁ、そう思うよな」

 小鳥遊が肩をすくめて笑う。

「6発は普通の魔弾。打てば意のままに当たる魔弾だ。されど、最後の1発は所有者の大事なものの命を必ず奪う弾丸だ。だから、6発と1発と表現してるのさ」

「……、最後の1発は誰に当たるのですか大鴉(レイヴン)?」

「さぁな、両親は死んでるし、親戚は寄り付かねぇ。友人はいるが、かけがいのないものかつーと首をかしげるし、かといってヒーロー連中もそこまで付き合いのあるやつもいねぇしなぁ……。多分、俺自身の命を奪うんじゃねぇかな」

 赤ずきんに背を向けたまま手をひらひらと動かす小鳥遊。彼がどのような表情をしているか、彼女は見ることができなかった。

 

 

 サングラスをかけ、つけ毛を装着し、髪の長さを調整する。

 ボルサリーノ――少しクラシックなソフト帽をかぶり、スーツにネクタイを着用した。

 就活ぐらいにしか使わないと思っていた革靴を履き――

「そのネクタイで首を絞めたいです」

「お前の頭の中、脳みその代わりに毛皮でも詰まってんじゃねーの?」

 赤ずきんの言葉にげんなりとなった。

 彼女は猟師(レイヴン)の作り出した、二又に分かれたマントを加工してケープ状に羽織っていた。

 家の場所を特定されても困るから、ある程度離れたところで消失させ、認識阻害を解除するつもりである。

「そんでどこに行きたい?」

「拷問場です!」

「んな物騒なもんが堂々と構えてたら嫌だわっ」

 馴染みの情報屋やヴィランに恨みを持つグループに電話を入れ、ザ・カーニバルの動きがないか調べてみたが、昨日から動きがぱったりと途絶えてるらしく新しい情報は何も入らない。

 そのため、主に赤ずきんを囮にして怪人たち(ザ・カーニバル)の一人でも釣れないかと、街に繰り出すことにしたのだが……。

「えと、それなら人がいっぱいるところに行ってみたいですね」

「………人で遊ぶの禁止な」

「そんな!? 大鴉(レイヴン)は残酷です」

「いや、お前の方が残酷だからな」

 恐らく拷問の類を考えているのに悪意の匂いがしないのはすごいな、と小鳥遊は目を細める。

「むむむ……困りましたね。ボク、あんまり街に出たことないのです」

「ほう、……監禁でもされてたのか? 危なすぎて」

大祖母(グランマ)がとても過保護なので、任務以外で外に出してもらえなかったのです。酷いと思いません?」

「残当。まぁ、あいつモンペっぽくはあるな」

「いい人ではありますよ。よく引き裂いたり抉ったりしても許してくれましたし、他のみんな見たいに潰しても死にませんでしたし」

「俺は大祖母(グランマ)が聖母に見えてきたぜ……。つーか、なに? あいつ再生能力者なわけ?」

「はい! 手足の1本ぐらいなら引き抜いてもすぐに生えてきます」

「それならずっと大祖母(グランマ)に遊んでもらえばよかったんじゃねぇか?」

大祖母(グランマ)は忙しいのでボクがずっと独占してるわけにもいかないのです。それに大祖母(グランマ)はボクがなにをしてもにこにこしてるので面白くないのです」

「あー……お前、相手が反応しないと楽しくないのな」

 こくこくと頷く赤ずきん。

「それにしても街って何があるのです?」

「……一言で答えるには雑多すぎるなあ。ま、そういうことなら今日はいろいろと行ってみるか」

「はいっ。早く行きましょう!」

 小鳥遊が歩き出す。

 赤ずきんは楽しげに笑うと、その後ろを追うのだった。

 

 

 雑多な音が響く。ぬいぐるみが並べられ3つ叉の捕獲機(キャッチャー)がいくつか並んでいる。

 その傍にはお菓子がいれられくるりくるりと回っている筐体が見える。

 少し進むと画面の中で二人の男が構え、大立ち回りを繰り返しているデモ画像が見えた。

 他にもカーテンのかかったプリクラをとる筐体や銃を模した機器で襲い掛かるゾンビを撃ち殺すゲームなどが見える。

 小鳥遊がくるといつも胡椒のような苛立ちを表す刺激臭や、優越を表す腐った果実の匂いが充満してるが、慣れたものなので小鳥遊は特に反応しない。

「まぁ、まずは定番のゲーセンかな」

 空調が淀んだ空気を運び、独特の空間を醸し出しているここは、ゲームセンターであった。

 様々な筐体が雑多な音を出しているためか、赤ずきんが狼耳をぺたりとしおれさせていた。

「何をするところなのです?」

「ゲームをするところだな。やったことあるか、ゲーム?」

 首を横に振る赤ずきん。

 小鳥遊が銃を模した機器のある筐体に近づき、100円玉を2枚入れ込む。

「なら物は試しさ」

「こうですか?」

 渡された銃型の危機を小鳥遊に向け、引き金を引く赤ずきん。

 当然のことだが、弾丸は出ない。

「あれ、なにもでませんよ」

「そりゃそうだ……。お前、本当にしたことないのな」

「……あ、わかりました。これをこの機械に投げつけて壊すのですね」

「やめろ、弁償とかしたくねぇ」

 そうこうしてる間に、ゲームが進みだし、画面の中にゾンビたちが写り出す。

 それは遠くにいるうちはよたよたと歩いて来るが、ある程度近づくと掴みかかるようにして速度を上げてくる。

 小鳥遊はにやりと笑って、それらの頭を吹き飛ばしていく。

 赤ずきんが首をかしげているため、彼女の分のゾンビも撃ち殺した。

「こうやって、画面の中の敵を撃ち殺していくんだよ」

「?」

 画面の中でストーリーが自動的に進んでいく。

 扉を開けてビルほど巨大な4つ手のゾンビが出てきた。

 それに向って半信半疑ながら赤ずきんが引き金を引く。

 数多の弾丸が4つ手ゾンビに降り注ぐが、有効打になっていないのか、ゾンビの動きは止まらない。

「正直、飽きてきました」

「ゲームとか嫌いなのか?」

「というより単純につまらないです。音はうるさいですし、なにより実際にこの手で殴りかかるほうが楽しいじゃないですか」

「そういうもんか」

 こくこくと首を縦に振る赤ずきん。

「なら、ああいう人形とかどうだ?」

「千切ったら楽しそうです」

「普通の女の子ってかわいいものが好きなんじゃないのか……?」

 赤ずきんが首をかしげる。

「よくわかりませんが、店内のガラスを全部割ったりしたら楽しそうです。大鴉(レイヴン)、一緒に割りましょう?」

「いや、弁償代が洒落にならないからな」

「みんなで遊んじゃいましょうよ。そうすれば払わなくていいですよ」

「普通に指名手配されるわ」

「そうなったら――」

 赤ずきんが小鳥遊の手をとって微笑む。

「ボクと一緒にどこまでも逃げましょう。それで言った先々でいっぱいいっぱい殺して遊びましょう。きっと楽しいですよ」

 端から見ると付き合ってる(カップル)ように見えるのか、通路を通る相手にうんざりしたような視線を向けられる。

「俺が好きなのはな、赤ずきん」

 その手を小鳥遊は軽く振り払う。

「勝負であって殺しじゃないんだよ」

「努力をして、対策を練って、用心を怠らず、準備をかかさずに実力をつけたうえで、あとは運を天に祈るようなギリギリの一線。それを踏破するのが好きなんだ」

「??? 殺せば一緒じゃないですか」

「……まぁな。だが、互いに好む過程が違うのさ」

「わからないですねぇ……」

 赤ずきんは首をかしげる。

「逆にお前は何が好きなんだ?」

「みんな大好きですよ!」

「お、おう」

「だって、みんな殴れば声をあげてくれますし、ぴくぴくと痙攣してる様とか楽しいですよ? なんでみんなやらないのか不思議なくらいです」

「そりゃ、痛いのは嫌いだからな」

「ボクも痛いの嫌いですよ?」

「え?」

「え?」

「けど、お前撃たれて喜んでなかったか?」

 とりあえず、二人は銃型の機器を筐体に戻し備え付けのソファへと座り込む。

「殴られたり撃たれたりするのは大好きですけど、ただ痛いのは嫌いですよ? 当たり前じゃないですか」

「お前のあたりまえがたまにわからねぇ」

 小鳥遊が目を細める。

「じゃあよぉ、他のやつもお前と同じで痛い目に合うのは嫌いで、だからお前が嫌われてるってわからねぇの?」

「だって――」

 小鳥遊が自動販売機でサイダーを2本買って、1本を赤ずきんに渡す。

 赤ずきんがプルタブを開け、飲み干すと炭酸に目をつぶった。

「みんなで遊ぶと楽しいですから、こんなにも楽しいですから皆にも楽しんでほしいんですよ。ボクを殴ってもいいですから、殴らせてください。引き裂いてもいいですから引き裂かせてください。ねぇ、お願い――」

「――お願いですから、ボクと一緒に遊んでください」

 精神が汚染されているのか、脳が壊れているのか、認知が歪んでいるのか、あるいは別の何かか。何が原因なのか、そもそも原因があるのかわからないが、この赤ずきんは歪んでいる。

 狂人というのにも種類がある。

 何かに執着し、そのために他のことをすべて切り捨てるタイプ。

 何かの感情だけを追い求め、それ以外の全てから眼をそらして走り抜くタイプ。

 何が起ころうとも、自らの信念を追求し、犠牲を払っても前に進み続けるタイプ。

 罪悪感がなく、他者に共感を抱かず、良心が欠如しているタイプ。

 様々なタイプを見てきたが、この赤ずきんもいずれかの狂人にあてはまるだろう、と小鳥遊は思う。

「ねぇ、大鴉(レイヴン)。ボクもたまには少しだけ大人しくすることもあるんですよ?」

「え、マジ?」

「その反応は傷つきます。それでもやっぱりだめでした。なんででしょう。兎が好きというから、兎の皮を剥いで置物に被せただけなのに」

「残当すぎるぞ、おい」

「むむむ。……不思議なのは大鴉(レイヴン)はなんで、ボクから離れないのです?」

「理由は2つだな。1つは対ザ・カーニバルの同盟者としての筋だ」

「終わったら離れるのですか?」

「初めはそのつもりだったかが、ちょっと考えが変わってるな」

「? どういうことです?」

「これが終わったらよぉ。どっちかが死ぬまで殺し合おうぜ? まぁ、俺が勝つから死ぬのはお前だがな」

「え、本当に? 本当に最後の最後まで遊んでくれるのです?」

「もちろんだ、お前は俺が殺してやる。殺して、その誰とも交われない業から解放してやるよ」

とてもうれしい(・・・・・・・)です! じゃあ、ボクもうんと苦しめて殺してあげますねっ」

「いや、そこはスパッと殺してほしいつーか……」

 小鳥遊はあきれ気味に溜息を1つついた。

 

 

 

 雑多な人の群れ、アナウンスや店内のBGMがせわしなく流れている。

 白い床を踏みしめながら、赤ずきんは目を輝かせる。

「わぁ、みんなで遊んだら楽しそうですね、大鴉(レイヴン)

「やめろよ? フリじゃないからな、やめろよ?」

 カップルや友人同士、あるいは子連れでカートを押している物など、様々な人物が各々の目的に従い歩いている。

 ここは大型デパートだ。

 道行く人々は狼耳と尻尾がついた少女(赤ずきん)を奇異な目で見ている。

 超人(サイオン)が出現しだして早70年以上経つが、それでも社会には完全に受け入れられてるとは言い難い。特に超人種の中でも外見的に特徴の出やすい超人(サイオン)は独自の集落をつくって暮らしていることも珍しくなく、惜しげもなく特徴を隠していない赤ずきんは珍しいのだろう。

「さて、どこに行く? 俺はデパートに来たら服とか靴とか見ていくが」

「ボクはこの服に不満はないですよ」

 身を覆うほどの赤い頭巾を首のところでベルトで止め、足がほとんど露出しているミニスカート、木鋲のついたレザーソールのおかげで、脚の残りの部分が逆に協調されているような気がする。

「そういえば、似たような様な服装ばかり持ち込んでたな、お前……」

 頭巾の下から出ているふんわりとした金髪が歩くたびに揺れている。同じく金色の瞳は気分がいいのか、柔和な光が宿っている。

 先ほどから周囲の視線がちらりちらりと彼女に向くのは超人(サイオン)であることがだけが理由というわけではないだろう

「はい! ボクの頭巾、返り血が目立たないから大好きです」

「お前、見てくれだけはいいんだからもうちょっと服とかに気をつかったらどうだ」

「………かわいい、です?」

「それは否定できないな」

「……えへへ」

 赤ずきんがはにかんで頬を掻く。

「それじゃあ、ボクはここに行ってみたいです」

 赤ずきんが壁に掛けられているフロアの地図を指さす。

「キッチン用品店か、お前にしては穏当だな」

「はい、今すぐに行きましょう!」

 赤ずきんが小鳥遊の腕をつかむ。

 みしりと――たぶん、これでも加減してるのだろうが――痛む腕に顔をしかめながら小鳥遊はエレベーターに連れていかれる。

 仲がよさそうな二人に時折嫉妬の視線が注がれるが、小鳥遊はつとめて無視する。

「おいおい、初めてなんだろう? わかるのか?」

「わからないですけど、とりあえず乗ってみたいのです」

「はぁ……ま、時間に余裕はあるしやりたいようにやってみればいいさ」

 自分以外に手を出すようなら止めればいいし、と小鳥遊は心の中で付け加える。

 もし、道が分からないようなら後ろから声をかければいい、他に興味があるものができたのなら、そっちによればいい。

 とかくアテはないが、たまにアテもなくふらついてみるのも悪くはない、と小鳥遊は思うのだった。

 

 

 

 キッチン用品場。

 子供用の可愛らしいキャラクターの顔を模した皿や、色とりどりのグラス、何種類もある箸などが並んでいる。他にも細長かったり、幅広だったりする包丁や皮むき器、泡立て機、白いまな板などなど、様々な調理器具が並んでいた。

 それらを赤ずきんは興味深げに吟味するように見つめていた。

 そういえば、と小鳥遊は思う。意外と料理が上手かったかから、案外寮にこだわる気質なのかもしれなと、赤ずきんの真剣さを見て、考えた。

 しかし、当の赤ずきんはまた違うことを考えていた。

 包丁はいくつあってもいいかな、気の向くままに突き刺してもいいし、手足を縫い付けるように使うのも面白そうかな、と赤ずきん。

 お皿も割って目に入れてくと楽しそう、あ、加えさせて顎を殴りつけてもいいかも。

 それにしても、そんなにボクの姿は珍しいのかな、と赤ずきんは首をかしげる。

 道行く人々は奇異な視線を赤ずきんに投げかけている。

 それは彼女の狼耳や尻尾であったり、赤い頭巾であったり、あるいは可憐な容姿に対する興味であったり様々だ。

 赤ずきんは遊んでほしいのかな、と、菜箸を手に取ってみる。これ下瞼にいれて、くりっと手のひらを返せば、きっと簡単に眼球を取り出せるだろう。

 ああ、けれど、そんなことをしたら、大鴉(レイヴン)は怒るかもしれない。

 それはそれはとても楽しそうだけど、もう遊んでくれないのは寂しいかな、と思う。

 大鴉(レイヴン)は約束を守る限り、あっちもきちんと答えてくれるみたいだから、できる限り約束は破りたくないです、と赤ずきん。

 約束といえば、先ほど交した約束。最後に一緒に遊ぼうという約束。

 自分とこうも真正面から向き合おうとした人間はいままでいただろうか?

 成り行きからではあるが、いなかった気がする。

 ザ・カーニバルであっても自分は腫物のような扱いであったし、大祖母(グランマ)は自分に構ってくれたが、他にもたくさんの人を世話してたし、直接的にぶつかり合ってきてくれることはなかった。

 自分と真正面から向き合って(ころしあい)してくれた人間は他にいなかった気がする。

 ああ、だからだろうか、今はとても楽しい。

 こんなにも楽しいは初めてだ。だから、お礼に彼は絶対に自分の手で殺そう、と赤ずきんは思うのだった。

 

 

 日も暮れだしたのか、空はすっかり茜色。

 烏らしき黒い鳥が、規則正しく並びながら空を飛んでいる。

 その下、木の近くを蝙蝠らしき黒い鳥がうるさく鳴きながらも無数に飛び交っていた。

 道行く人々も昼間よりはスーツを着た男女が多くなり、きっと仕事が終わって帰っている途中なのだろう。

 しかし、夕方とはいえ、いつもより空の赤さが赤い様な、と小鳥遊はいぶかしんだ。

 夜に近くなり温度の下がった風が、二人の間を流れる。赤ずきんの頭巾を揺らし、金色の髪が風に揺られてふんわりと浮かぶ。

「そういえば」

 そんな時間だ、赤ずきんが何かを思い出したかのように口を開いた。

「ボクから逃げないもう1つの理由ってなんですか?」

「単純に楽しいからだが」

「え?」

「え?」

 赤ずきんが目を見開き、初めて昆虫を見たような奇異なものを見る視線で小鳥遊の顔をまじまじと見つめた。

「はじめて言われました」

「……まぁ、普通そうだよな。だが楽しいのは本当だぞ。まず、お前には嘘がない」

「嘘? どういうことですか?」

「俺が悪心を感知できるっての話したよな。それに付随して、そいつがどんな悪行を成したかをある程度読めるんだよ。だから、テレビとか見ると面白いぞ?」

 聖人面しながらそいつがなにしたか見れるから、最高の茶番劇だ、と小鳥遊は嘲笑(わら)う。

「その点、お前はやってることといってることに乖離がないからな。ついでになに言っても動じないから話しやすいしな」

「いっておきますけど、ボクも少女で乙女ですからね?」

「はっはっはっ、そりゃ初耳だ。つーか、お前、何歳だ?」

「16……だったはずです」

「同い年じゃねーか」

 まじまじと小鳥遊が赤ずきんを見る、あどけない容貌に自身の胸程しか背丈のない赤ずきんはとうてい同い年には見えなかった。

「え、なに? じゃあ、俺、いま、同い年と同棲してることになってんのか」

「そんなことより、続きを聞かせてください」

 電光掲示板が見える。本日の簡易的なニュースの他に時刻が見える。

 すでに18:00を回っているようだ。

 それにしては空が赤いままのようだが……、これはもしかすると、と小鳥遊は顔をしかめる。

「お前もマイペースだな……。他の理由は単純に楽しいからだな。お前と一緒にいると常に気を貼ってないといつ殺されるかわからないからな。だって、お前、今も気を抜いたら殺しに来るだろう?」

「当然です」

「だから、その緊張感が楽しいのさ」

 いつ背後から引き裂かれるのか。その兆候を見逃さず、小鳥遊も銃を抜くタイミングを探り続けてる。

 赤ずきんが他意なく軽く手を差し伸べてから、気まぐれで小鳥遊の腕をつかんで、そこから力を籠めるだけで致命傷だ。彼女の力は小鳥遊の骨を容易く折り、筋肉も握り潰すだろう。

 また、彼女が力を込めて跳躍すれば弾丸と同等かそれ以上の速度で移動できるはずだ。

 故に小鳥遊はその動作ので始めを見逃さずに先手を打つしか手がない。

 その上で弾丸があたっても毛皮の上ならば攻撃を気にせず突撃できるのだ。

 そんな相手と一緒にいる小鳥遊は生きるために彼女を注視せざるを得ず。

 だからこそそのギリギリの一線を見極めることが楽しいのだった。

「だからまぁ、お前との生活は楽しいぜ? 見た目だけならいい目の保養だし」

「お風呂とか覗いたら怒りますよ?」

「肉食獣に手を出す趣味はねぇ」

「それはそれで何か複雑な気分です」

「女って面倒くせぇ……」

 小鳥遊がずり下がったサングラスを指で押し上げる。

 サングラス越しであっても陽の光は見えるし、赤くなっているのが分かる。

 どちらにしてもこの時間まで陽が沈んでいないのは異常なはずで――

「ところで、赤ずきん。地獄兵団って知ってるよな?」

「あ、あの面白いお兄さんたちですね!」

 荒れ果てた砂漠の世界であるジオット。赤方偏移という、とにかく赤い世界らしいのだが、その異世界を支配し、他の世界へ略奪に来る集団が地獄兵団だ。

 彼らの世界はとにかく赤いらしく、その彼らが現れる際も、このように空が赤く――。

 そして、地を轟かすようなバイクの音が聞こえてきた。

 ビルの合間、暗い影がなす都会の死角ともいえる様な場所から棘のついた巨大なバイクに乗り、ショットガンを片手に地獄兵団の略奪部隊が走ってきた。

 その背後には店一軒ほどもある巨大なスピーカーからけたたましい音楽を奏でるミュージシャンたちが彼らの戦意を増幅させている。

 彼らの世界は物資が不足し、なにより女性が存在していないため、滅びないために他の世界へと略奪に来ているらしい。

 その存在理由に則り、手あたり次第に周囲のものを略奪しようとした瞬間。

 その先頭が黒髪の女性に蹴られ、吹き飛んだ。

 現れたのは黒い髪をなびかせ、ぴっちりとしたスーツに身を包んだ女性だ。

 目だけを隠す覆面を着用し、凛とした視線を地獄兵団に向けている。

「お、ワンダーガールだ。あいつが来たなら被害は抑えられるな」

「ねぇ、大鴉(レイヴン)。ボクたちも遊びにいこう?」

 赤ずきんが小鳥遊の手を引いて、地獄兵団の方を指さす。

「一緒に壊して、一緒に殺そう? きっと楽しいよ」

「だな。やろうか」

 小鳥遊も笑う。

「つーわけでちょっと待ってな」

 軽く手を振ってビルの合間に消える小鳥遊。

 そして数分もしないうちに戻ってきた。どうやら変身するのをカメラに移されるのを嫌がったらしい。

 仮に映っても契約の効果で、変身前後が結びつくことはないのだが、念には念をいれるようだ。

「んじゃ、行くか」

「行きましょう! いっぱいいっぱい殺しましょうね」

 いつの間にか、黒髪の女性以外にも他のヒーローも集まってきてるようだ。

 多種多様な集団が地獄兵団と敵対し、周囲の住人を守っていた。

 サイレンの音も聞こえだす、どうやら警察も急いで駆け付けてきているようだ。

 警察さんも大変だねぇ、と小鳥遊は人ごとのように思い。

 そして、赤ずきんと並んで目の前の喧騒に身を投じていった。

 

 

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