赤ずきん! リメイク   作:イーストプリースト

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『5話 オオカミさんたちの宴』

 

 喧噪は遠く、通路一つ挟んだ先から聞こえる。

 電柱、冷たいコンクリートの壁、地面から名も知らぬ細長い草が生えている。

 荒々しい肌をしたアスファルトの道を男が走っていた。

 男は息を切らしながら、何かから逃げるように必死に走る。

 その後ろを悠々と一人の女性が追いかけていた。

 黒く美し長髪を背後になびかせて走る。

 アイマスクに全身を網目模様のタイツで包んだ彼女は、この街でも有数の実力を誇るヒーローだ。

 ザ・カーニバルの人員らしき怪人が、なにやらラジコンを操り泥棒をしようとしていたので止めようとして逃走され、現在に至っている。

 そして、怪人が慌てて右に曲がり、ぎょっとしたように動きが止まる。そこは高いビルに囲まれた行き止まりだ。男は慌てて、ビルのドアに手をかけてみるが、鍵がかかってる様で動かない。

 彼は懐から拳銃を取り出し、ドアノブを吹き飛ばそうとしたが、背後からこつりこつりと音がして振り向くと、彼女(ヒーロー)がすでに追いついていた。

 咄嗟にそちらに発砲するが、彼女は避けようともしない。

 叫び声と共に乱射した弾丸のうち何発かは彼女に当たったたものの、それらは弾かれて、周囲へと――散らばる前に女性の右手が消える。

 銃弾が切れたようで拳銃は引き金を引いてもかちりかちりと音がするだけだ。

 女性の右手が開かれ、自らに当たって弾かれた弾丸がころりころりと地面へと落ちた。周囲への跳弾が危ないため、銃弾を掴んで周囲に散らばならないようにしたのだ。

「投降して。いまなら怪我をしなくて済むわ」

 女性の投降勧告に、怪人は俯く。

 そして、卑下た薄気味悪い笑みを浮かべると、

「やだね。地獄まで捕まえに来てみろよ」

 と、懐からスプレーを取り出し、自らの口へ含むと、一気に中身を吸いこんだ。

 怪人が倒れ、女性は慌てたように駆け寄る。

「ちょっと……!?」

 瞬間、変化が始まった。

 男の肌色が土煙色になり、左腕が内側へと引っ込むと同時に、右腕が同じだけ伸長する。

 下あごが大きく肥大化し、がちりと下の歯が突き出て鋭く変貌した。

 右目は針穴のように小さくなり、逆に左目が巨大化する。

 そして、右手の甲から鍵爪のようなものが伸びる。

 右手でスプレーを握り潰しながら、突き出た鍵爪を女性に突き刺さんばかりに、刺し伸ばしてくる。

 女性はそれを防御するまでもなく、柔らかそうな腹部で受けると―――そのまま、前進して無造作のストレートを一発叩き込む。

 変貌した怪物はその一撃で宙を舞い、人型の痕をつけて壁へとのめり込んだ。

 そして、うめき声をあげると埋め込まれたまま気を失う。

「………、なに、これ?」

 戦闘自体はあっさりとカタがついたものの、唐突に変貌した男に戸惑いを隠せない女性。

 男の手に握られていたぐしゃりとつぶれたスプレー缶がからんころんと地面へ落ちる。

 それを女性が拾う、独特の刺激臭がするのは中に入っていたガスの残滓なのだろうか。

 いずれにしてもこれ一つだけでと考えるには楽観視が過ぎるだろう。

 人を怪物に変えるガス。予想でしかないが量産できているとすれば、それはどのような悲劇を引き起こすだろうか。

 彼女はその嫌な想像に口を歪ませるのだった。

 

 

「さて、歓迎準備は整いましたかな?」

「……ええ、もちろん」

「順番はそれぞれくじ引きで決めた通り、問題ですな?」

「不本意だが……したがってやろう」

「おや、剣呑、剣呑。そのような視線を向けられると吾輩、脚が震えてしまいますぞ?」

「ふん」

 豊かに蓄えた顎髭を摩りながら飄々と答える男に対して、もう一人の彼は不愉快そうに鼻を鳴らすと目を逸らした。

 余裕そうに見えるが髭の男は胸中で、そっと胸をなでおろした。

 この男はあの赤ずきんの同類であり、気に入らなければすぐに殺しにかかる狂犬である。どうやら、今は目の前の目的のために見逃されたようである。

 傍らにいる蝶型のマスクをつけた女性はそのやりとりを興味なさそうに見ており、自らの爪の手入れに夢中だ。

 なんともまとまりのない面子であるが、一つだけ共通項があった。

「まぁ、大祖母(グランマ)は良い人ではあるけど、甘すぎよね」

「ええ、まったくですな。あれを再び懐に戻そうなどと正気の沙汰ではありません」

「あの女、いつの間にか消えやがって」

「ははは、三者三様。それぞれ意図はちがえど、目的は同じ、協力し合いましょうじゃないですか」

 そう、3人の目的は“赤ずきんの排除”だ。

 そのために大祖母(グランマ)に秘密で集まったのである。

「さて、吾輩は赤ずきんを」

「俺はあの大鴉(レイヴン)を」

「そして、私が本殿で待ち構える流れね。……あなたたちが失敗するのを期待してるわ」

「ぬかせ、変態」

「まま、仲間……いえ、家族通しで喧嘩してもしょうですぞ?」

 髭の男が笑顔で二人をなだめる。

 大祖母(グランマ)が家族というと暖かい響きがこもっているのだが、この男が言うとひたすら胡散臭い印象しかない。二人はそれを隠さずに男へと視線を向けるが、男はどこ吹く風だ。

「さて、吾輩、少し用事があるので席をたたせていただきますぞ」

「ああ、好きにしろ」

「何人かもらったわよ」

「ええ、好きにして構いませんよ」

 男はステッキを持ち、

「どうせ、あれらはもう用済みですから」

 こつりこつりと地面をリズミカルに叩きながら歩いていった。

 

 

 もし、地獄というものが本当にあるというのならそれは此処のことを言うのだろう。

 空調には特に念を入れているため、ビルの中に臭気は漂ってこないが、もし部屋に入ればその匂いを忘れることは出来ないだろう。

 監視カメラから見える画像はそれを感じさせるに十分だった。

 部屋の中にはバールやドライバー、バーナーといった工具や皮むき器や包丁などの調理器具、そして、明らかに人を傷つけるためにつくられた器具が無造作に置かれている。

 誰もいない部屋ではそれらはきちんと整理され、光沢すら放っているところを見るときちんと整備されているのだろう。

 監視カメラには、スプーンを眼球の下の突き立て掬っている状態や足の爪先からバーナーでじっくりとあぶっている部屋、ローラーのようなものが2つ回転してる中に手をつっこまされ潰されているさまなどが粛々と写されている。

 品の良いスーツに造花の胸飾りをつけ、顔の上半分を鉄仮面で覆った紳士はステッキを付きながら、監視カメラの画像を眺めている。

 彼は整えている品の良いひげの生えた口を歪ませ、嫌悪感をあらわにしていた。

「供給している吾輩がいうのもなんだが、胸糞悪い光景ですな」

「……」

「ああ、君達はよく見ているといい。これからの未来ですからな」

 彼の後ろにいる数人の少年少女に言いながら、もう片方の手でもっていた縄の先を黒服の男へと渡す。

 ザ・カーニバル。

 サーカスを隠れ蓑とし、世界各地で誘拐を繰り返し、主に子供を誘拐して売り飛ばすことで収入を得ている悪党(ヴィラン)組織である。

 彼ら少年少女は、それらの被害者であり、――そして、この鉄仮面の紳士の個人的な楽しみに使われた残滓であった。

 紳士にとっても用済みとなったため、売り下げ先に連れてこられたのである。

 青ざめた顔色でうつむいたまま、連れていかれる子供たち。

 唇を震えさせるものや、必死に抵抗するものもいたが、黒服の屈強な男が無理矢理摘み上げて連れて行く。

 紳士は彼らの行く末に同情を示しつつ、踵を返そうとして――

「おや?」

 監視カメラの一つに見知った顔を見つけ、憎悪に身を震わせた。

 

 

「相変わらず、そら恐ろしい怪力だな」

 ビルの一角、瓦礫に変わった階段を見ながら小鳥遊は感心したように言う。

 目前の階段は手摺が拉げ、コンクリートの階段は瓦礫となり欠落している。

 数階分が一気に破壊されているため、飛び降りるにはどこかから紐を調達してこないとならないだろう。

 そして、小鳥遊の目前で、赤ずきんから伸びた人狼の腕が壁を掴み、みしりみしりと砕きながら道を閉じて、塞いだ。

「よっし、これで反対側も終わり。順調で気持ちいいなぁ」

「早く早く、遊びに行きましょう!」

「その前に、監視室あたり潰そうぜ。上の方に会ったいっとう堅牢そうな部屋がそれだろ」

「えー、ボクは早く遊びに行きたいですよ」

「お前、それで前回のかちこみの際に敵がわんさか出てきたの忘れたのかよ。防弾チョッキを着てなかったら、俺は撃たれた時に死んでたぞ」

「楽しかったですねっ」

「このやろう……」

 赤ずきんの果実のような甘い匂いに混ざり、ふわりと腐臭を感じる。

 それと同時に小鳥遊の腕が動き、廊下の曲がり角へと拳銃(リボルバー)を向けた。

 数は大よそ8人。

「赤ずきん、合図と共にまっすぐとべ。遊べるぞ」

「もちろんです!」

 狼耳をぴくりと動かし、赤ずきんが爛々と目を輝かせる。

 同じ方向を向いていた当たり、赤ずきんも気づいていたようだ。

「3」

 赤ずきんがぐっと身を伏せる。

「2」

 小鳥遊が撃鉄を引き上げる。

「1」

 二人が軽く視線を交した。

「―――貴様らぁ! なにもの………っ」

 黒いスーツを着た男たちが現れる。

 ジェラルミンだろうか、盾のようなものを持った男達が数人、前方を硬め、その背後から黒光する銃口が小鳥遊達を狙っている。

 あれで不意打ち気味に挟まれたら対処しきれたかなーと、小鳥遊は目を細め、瞬きを一回。

 その間に男達の目前まで赤ずきんが飛び出す。

「こんにちわです」

 そして、彼らに微笑みかけ。

 腕を一閃、盾の上から殴りつけた。

 

 

 鉄仮面の男が夜道を歩いている。

 繁華街、様々な人がまばらに歩いているが、皆、一様に鉄仮面をつけているピネローの顔を興味深そうに見ている。

 それをどこ吹く風と、ピネローは視線を受け流し、先ほど出てきたビルを見返し、懐から一枚の写真を取り出した。

 そこにはペストマスクをつけた男性と二又のマントを羽織った赤ずきんが写っていた。

 小鳥遊の認識阻害――直接、目にした、または機器に映った場合はそれを阻害し、情報が残らなくなる能力であるが、なんらかの機器を通して、さらに機器の上から別媒体で記録すれば、情報を残すことは可能なのである。

「さて、君達の地獄は今日ではない。また会う日を楽しみにしていたまへよ」

 これで、仇敵だちの姿を捕えることができた。

 そう思い、ピネローはにやりと笑う。

 そして、軽い足取りで雑踏の中へと消えていった。

 

 

 小鳥遊の拳銃(リボルバー)の銃口から煙が立ち上る。

 白い煙に薄く消えていくと共に、6つの人が倒れる音がした。

 銃口の先を軽く吹いた小鳥遊が、モニターに視線を移すと、顔をしかめた。

大鴉(レイヴン)! 見てください! とっても楽しそうですよ、ボクたちも一緒に遊びましょうよ」

「俺はごめんだなぁ……」

「えぇー、こんなに血がどばぁってでて、悲鳴がきゃーきゃー聞こえて、楽しいじゃないですか」

「やだよ、そんな夢に出てきそうなの。俺に加虐嗜好はねぇからな?」

 何度か遭遇した構成員らしき人物たちを、文字通り引き裂きながらも辿り着いたのは警備室であった。

 それぞれの部屋と廊下を監視するための数多のモニター、アナウンスを伝えるためのマイクに、外と通話するための白い電話。扉は通常より頑丈なものとなっており、奥には構成員の控室らしき部屋があった。

 殺した構成員の足を持って小鳥遊がひきずっていく。そして、控室へと投げ入れた。

「なぁ、赤ずきん。俺とお前だとお前の方が怪力だと思うんだが?」

狩人(レイヴン)はか弱いですからね。もっと力をつけてください」

「俺は普通に筋力ある方だからな? それより、死体の始末を手伝ってくれよ」

大鴉(レイヴン)はいっつも意地悪ですから嫌です」

 べー、と口の端をひっぱり舌を出す赤ずきん。

 小鳥遊が部屋を物色しながら、鍵や書類などを懐に入れていく。

「まぁ、痛めつけるのは嫌だが……。なんなら一緒に殺していくか?」

「一緒に遊んでくれるということですか?」

狩人(レイヴン)、嘘つかないアル」

「やった! 約束破ったら承知しないですからね! 大鴉(レイヴン)は一緒に遊んでくれますけど、あんまりたくさん殺したがりませんし」

「そりゃ、必要分殺せればいいからな。あと、被害者は助けること」

「えぇー……皆殺しにしましょうよー」

「俺はあくまで狩りに来てるだけだからな、無駄な殺しはごめんだね」

「もうっ……!!」

 頬を膨らませながらも、赤ずきんは小鳥遊の手を引いて部屋を出ていった。

 

 

 そこは異様な熱気に包まれていた。

 数人の紳士淑女が熱のこもった目でくるりくるりと回転する的を見つめている。

 そのうち一人が机の上のダーツを手に取ると、的に向って投げつけた。

 ダーツの鋭い先端がわずかに弧を描いて的へと飛んでいく。

 的にダーツが突き刺さり、的と合わせてぐるぐると回っている。

 彼らは遊戯のような感覚で、残忍な光を宿した眼で的が止まるのをまだかまだかと待っていた。

「耳、耳だ! 俺は鼓膜を破ってみたい」

「性器はあとにしてほしいわね。まだまだ楽しみたいもの」

「さきほどは右手でしたから、次は左手だとうれしいかな」

「いきなり手はもったいない。まずは指から楽しんでいきましょう」

 そして、次第に回転がゆるくなり的が止まる。

 ダーツが突き刺さっている場所は「目」と書かれていた。

「おお、やりましたな。これは当たりですぞ」

 腹がでっぷりと出た小太りの男がにやりと笑い、スプーンを取る。

「では、次は私の番ですね。少し失礼させていただきましょう」

 そして、被害者の待つ台へと向かう。

 それは凄惨なものであった。

 

 ベッドに一人の少年がくくりつけられている。

 まだまだ幼い見た目、十代の前半であろうか。

 彼は口を乱暴に縫い付けられ、荒く息を吐きながら呻く事しかできない。

 手首、足首、肘、膝と各所を革ベルトで拘束されており、申し訳程度に身じろぎをするのが精一杯の抵抗であった。

 左肘の静脈にはいくつかの注射痕がついており薬物であろうか、目の焦点があっていない。

 腹部には対になるように皮膚の下を通して黒色のリボンがコルセット状に縫い付けられ飾られていた。

股間には赤く丸い機械が取り付けられており、どうやら一物を包み込んで震えているようだ。

 彼の右の指はすでにいくつか落とされており、血だまりに浸っている。

 第一関節を斬り落とされた人差し指の先には小さな蛸が張り付けられている。蛸は触手を少年の指に絡ませ、その頭上と一体化している口を少年の斬られた指に這わせ、貪っていた。

 小太りの中年が彼に近づくとスプーンを眼前で振り、見せつける。ぼうっとした瞳がスプーンを捕える。

 無反応なのが面白くないのか小太りの男が少年の頬をひっぱたく。

 乾いた音、少年の頬が滲んだように赤くなる。

 少年がもがもがと口を動かすが、縫い付けられているため声にはならない。

 自失状態だった彼の反応が戻ってきたことに気をよくした男がゆっくりとスプーンを下眼窩へと近づけていく。

 少年の目が見開かれ、首を振って避けようとするが、太い指を添えられ無理矢理固定される。

 あえてゆっくりと、少年の恐怖を楽しむかのようにスプーンを近づけていく男。

 少年が歯を震わせ、目を見開いて懇願するも、スプーンは止まらない。

 幾度祈ったかわからないが、少年が神に祈る。どうか、これを止めてくれ、悪い夢なら醒めてくれ、と。

 しかし、無情にも銀色の匙が少年の下眼窩に突き刺さり、鈍い痛みを伴いながら突き刺ささり、少年の視界を歪ませる。

 そして、一息に男が手頸を返すと、少年の視界が暗転し、遅れて激痛が走る。

 抉り出された目には赤い肉片がついており、眼球の底面には白い神経が一筋たれさがっている。

 じわっと、血が滲みだす。

 男がスプーンの上の眼球をころりと転がし、満足そうに笑う。

「ほぉら、君の目玉だよ。茶色が綺麗だねぇ」

「――――っ」

 抉り出された目と少年の目が合い、声にならない悲鳴が絞り出された。

「それ、私に下さらないかしら?」

「いいとも」

 蝶の仮面をつけた女性に、男がスプーンごと手渡すと、女性はそれを一息に口に含み、飴のように転がした。

 中年男性は再び席に戻り、次はどの部分になるかと楽しみに、回る的を見ている。 

 古代中国で行われた凌遅刑というものがある。籤を引いて、出た部位の肉を少しずつそぎ落としていく刑罰で、それを見た民衆たちは異様な熱気に包まれていたらしいが、その気持ちが分かるものである。

 共通の目的を持って遊ぶというのは童心に帰ったような楽しさを覚える。同時に、自分があの生贄の場所にいないということには無上の安堵感を覚える。だから、この遊びはやめられないのである。

 そして、再びダーツが投げられた、が、しかし、その行く末を見ることは出来なかった。めきりめきりと扉から発せられた異音に視線をそちらにとられたからだ。

 現れたのは金色の髪をふわりとなびかせ、につかわしくない二又に別れたマントを着た少女。

 中年の男性が、少女の容姿に「ほぅ」と息を漏らした。

 ふんわりとした波打つ髪をした人形染みた少女はにこにこと笑いながら、無援助に部屋へと入ってくる。

 何かのサプライズであろうか、とこの場の人間が疑問に思っていると、彼女が中年男性の手を掴んだ。

 柔らかな感触、甘い匂いがふわりと香る。

 体温が高いのか、少し熱い。

「みんなで楽しくなりましょう?」

 浮遊感。視界がぐるりと回転し、天井が映る。あまりにとうとうな光景に中年男性は目を白黒する。ああ、自分は振り回されているのか、とどこかぼんやり、彼は思う。

 それが彼の最後の思考であった。

 片手で中年男性を赤ずきんが振り回し、その部屋にいた人間を薙ぎ払ったのである。

 肉片と肉片がぶつかり合い、鈍い音をたてて、そこら中に血や目玉、歯などが散らばった。

「むぅ、もうちょっと頑張ってください。一緒に遊べないじゃないですか!」

 理不尽に怒る赤ずきんの横を狩人(レイヴン)が通り、台に縛り付けられている被害者のところへと歩いていく。

 拳銃を抜くと、指に噛みついている蛸の頭を吹き飛ばし、拘束具を開放していく。

「よう、助けに来てやったぜ? 大丈夫か?」

 少年に陽気な声がかけられた。少年がおっかなびっくりと大鴉(レイヴン)を見る。

 残った目は怯えを表し、乱入者に対してどう対応していいのかわからないようだ。

「よっし、まぁ、騙されたと思ってついてきな」

 しばし、考え、説得をあきらめた大鴉(レイヴン)が少年に背を向けた。

「ただ、それは自分で外せよ」

 と、大鴉(レイヴン)が指をさす。その先には少年の股間にいまだ取り付けられている機器があった。

大鴉(レイヴン)、それはなんですか? 握り潰していいですか?」

「トドメになるだろ、やめてやれ。あと触るな、ばっちぃぞ」

「ばっちぃ……何が汚いのです?」

「そりゃまぁ……あー……」

 首をひねる赤ずきん。その姿になんといったらいいものか、小鳥遊は迷い考え、

「とにかくほうっておけ、行くぞ」

「えー、どういうことですか、大鴉(レイヴン)

 赤ずきんの首根っこを捕まえ、引きずりながら部屋から退出していった。

 

 

 その部屋では悲鳴が響いてた。先ほどまでは肉が焦げる不快な臭いが漂っていたが、今は何かを削る気味の悪い音が聞こえてくる。

 少女が一人、小刻みに震えている。

 彼女は目隠しをされ、鎖で部屋の端に繋がれ、恐怖に打ち震えることしかできなかった。

 口もボールギャグを嵌められ、涎を垂らしながら呻く事しかできない。彼女は心の中で姉に謝りながら、ガタガタと震えている。

 下腹部に当た棚感触を感じたのはさっきのことだろうか、脚部が濡れており、若干寒気を感じるが、それ以上に恐怖で寒いため、気にしている余裕はなかった。

「さて、小休止だ」

 音が止んだ。

 張りのある声と共に、からんからんと何かが放り捨てられる音がする。

 姉の短く喘ぐ声、激痛が一時的に止み、短く呼気を繰り返している。

 こつりこつりと何者かが少女に近づいてくる。

「お姉ちゃんは頑張ってるよ? それに対して君はどうなのかね?」

 と、男の声が聞こえる。

 小一時間ほどまえ、この男は姉と(しょうじょ)、どっちかを助けてやろうと尋ねてきた。

 震える自分を庇い姉が自ら立候補し、少女は拘束されて、姉が拷問されている様を聞かされていた。

 不意に、少女のボールギャグが外される。

「さて、頑張ってるお姉ちゃんに敬意を表して、選択肢をあげるよ」

「……!」

「君が志願すればお姉ちゃんを助けてあげよう。どうする?」

 少女の息が止まる。

「考えるまでもないよね? お姉ちゃんは君のために身代わりになってくる死んだんだから、次は君が変わってあげなよ。それとも君のお姉ちゃんに対する思いはそんなものなのかな?」

 視界を塞がれていたため、なにをされたのかはかわらないが、先ほどから響く悲鳴と不快な音の数々、そして鼻につく吐き気を催す匂い。

 目が見えていないからこそ、何があったのかの想像が描き立たれてしまった少女は声が出ない。

 声をださなければならない。何か言わなければならない、そうしなければ姉はこのまま死んでしまうだろう。

 そうして、何か言おうと口をあけたところでぱくぱくと言葉にならなかった。

「じゃあ、あと5秒ねー。」

 少女が歯を食いしばる。

 男が楽し気にカウントを進めていく。

 言わなければならない。先ほど姉は自分の身代わりになってくれたじゃないか。

 神様、どうか、今一度、一度だけ自分に勇気をくださいと、心の底から少女は祈る。

 息があらくなる、少女の肩が小刻みに震えた。

 そして、少女が口を開いた。

 しかし、言葉が出ることはなく――息が漏れただけであった。

「あーあ、君は本当に白状だなぁ」

 先ほどと同じくパリッと整った高級そうなスーツに身を包んだ男は、その顔をにやけさせているのだろう。

 どこか安堵している自分に対して少女が死にたくなるほど嫌悪感を抱いた。

 その腕に何か冷たい感触を感じ、焼けつくような痛みがはしる。

「―――っっつっ!?」

「これはデスソースといってね。世界一辛いモノなんだ」

「デスソース?」

「そうだよ。――ところで話は変わるが、人間の神経というものは打撃などの圧力よりも刺激物や酸の方が強く痛みを感じるというのは知っているかね?」

 ひりひり、と焼かれた痛みに呻きつつ、少女が疑問を浮かべる。

 熱く痛い。煙草を押し付けられたような痛みとは違い、しみいるような痛みであった。

 ほんの数適だと思われるのに、ひりひりと焼け付き、少女の顔が苦痛に歪む。

「それが……どうしたの?」

「簡単だよ。いま、君の姉の腕をノコギリで斬り落としたんだけど、その断面にこれをかけるんだ。どれほどの悲鳴になるんだろうね?」

「そんなっ。やめて! お姉ちゃんにひどいことしないで!」

「じゃあ、君が変わってやればよかったんだよ」

 と男の声が遠ざかっていく。

 少女が大声で喚くが、男は気にしてないようだ。

 ―――ああ、神様、仏様、悪魔様、なんでもいいから、お姉ちゃんを助けて!

 少女の命が果たして天に届いたのかもしれない。

 扉が勢いよく開かれる。

大鴉(レイヴン)大鴉(レイブン)! 次です、次は楽しく殺しましょう!」

 ふわりと、淀んだ空気の部屋に新鮮な風が入る。

 男は驚いたようにそちらを向く。

 赤い頭巾に二又に別れたマントを着た少女。

 その頬には食べ残しのようにべったりと血がついている。

 他にも体の随所に赤い血や白い脳漿が付着しており、羽織っているマントは黒いため、なおさら汚れが目立っていた。

 ――運が良かったのかもしれない。

 獲物を発見した赤ずきんが一息に男に対して突進する。

 男が反射的に持っていたデスソースを投げつけた。

 飛んできた液体の刺激臭を感じ取ったのか、赤ずきんが大きく跳ね上がり、部屋の隅、その天井まで一気に後退する。

 男が走り出した。が、飛び散った血に足を滑らせる。

 その横を天井を足場にとびかかった赤ずきんが抉る。

「ひぃぃぃ!?」

「あっ」

 赤ずきんの攻撃は男が足を滑らせたため外す。

 追撃に移ろうとしたところに小鳥遊が扉の前に姿を現す。

 小鳥遊が唐突に放たれた狼の腕を前転して回避、地面に寝転がりながら射撃。

 弾丸は赤ずきんに当たる。

 赤ずきんは当然のように狼の腕で弾丸を掴む。

 が、男から意識が外れた。

 その隙に、男が勢いよく部屋から駆け出ていった。

「あー……逃げらました」

「まぁ、屋上から飛びおりる度胸がない限り逃げられないから放っておけ」

 今の悪行を暴露する度胸もないだろうと、小鳥遊。

 もし助けを呼べば、このビルの内部で行われている悪事が暴露され、ただではすまないだろう。

 だから、あとで追いかければいいだけだ。

「っていうか、唐突に殺されかけたんだが、なにかいえよ」

「んー……惜しかったです!」

「おいっ。俺が死んだら遊んでやれないらな」

「むー……あ、でも、殺すために遊ぶから一緒じゃないですか?」

「今度の遊ぶ時間からいまのぶん減らしてやる」

「悪魔! 大鴉(レイヴン)は悪魔です! ボクの楽しみを奪わないでくださいよっ」

「おーう、楽しみ潰しかけたやつが言うなよ」

 なにやら和やかな雰囲気の二人が入ってくる。

 少女の声がなにやら「わぁ、すごい!」と楽しげな声をあげたあと、しばし無音が続いた。

「だ、誰なのです?」

 少女が戸惑い気味に呟く。

 二人分の足音が聞こえ、少女の目隠しがはぎとられた。

 目の前には血にまみれた金髪の少女と鴉のくちばしのように長く伸びた鼻をしたマスクをつけた男が目の前に立っている。

 彼は手慣れた手つきでバンドを外す。

 少女は一瞬ひるんだが、すぐに姉の様子が気になり彼らの横をはしる。

 それをペストマスクの男が止めた。

「やめろ、すでに事切れている。……すさまじく無残な姿だからな、見ても親族だってわからねーよ」

 見ると手術台の上には二又に別れたマントがかけられており、手術台から血が零れ落ちて、血の池を作っている。

 手術台の下には大根のように足が落ちており、その切断面は酷いモノであった。

「まぁ、大人しくしてくれたら安全な場所に―――」

 ふと、魚の腸が腐ったようなにおいに小鳥遊の言葉が止まる。

 少女が無言で立ち上がると、小鳥遊達を突き飛ばして、何かを拾うと、部屋から出ていった。

 恐らく――

「……復讐、か」

「放っておいていいのです?」

「まぁ、ついて来ない分には俺の責任じゃねぇしな」

 嗅ぎなれたその匂いは悪意の匂いである。

 恐らくはいま部屋を出ていった男に対して復讐をするつもりなのだろう、と小鳥遊は思う。

 少女が部屋でていった扉をしばし小鳥遊は見つめていた。

 

 

 上機嫌に赤ずきんが歌を奏でながら廊下を歩む。

 脚を弾ませて歩くたびに、スカートの端がふわりふわりと浮かぶ。

「上機嫌だな、赤ずきん」

「はい! 誰かと一緒に遊ぶのはとても楽しいですから」

「“遊ぶ”の定義が度し難くなければ友人たくさんできそうなんだがなぁ、お前……」

「友人? 友人ができると楽しいですか?」

「そうそう。ほら、何か一緒に買い物したり馬鹿話したりして遊ぶんだよ」

「遊ぶですか?」

「いや、お前の期待するような遊びじゃないぞ」

「そうなのです? 大鴉(レイヴン)はそっちの方が楽しいですか?」

「ヒリつく勝負とどっちが好きかつーと……大差はないな。まぁ、一般的にはそっちのほうがいいんじゃねぇの」

「そんなことより壊したり殺す方が楽しいです。なんでみんなそんなことが楽しいですか?」

「そりゃ、そっちの方が楽しいからだろう。普通は斬った張ったなんざ好きじゃねぇんだよ」

「こんなに楽しいのになんでです?」

「そりゃ痛いのも苦しいのも嫌だし、手足とか千切れたらもうくっつきゃしねーんだから怖いんだよ」

「不思議ですね」

「だめだこりゃ……」

 本気で首をかしげている赤ずきん、小鳥遊はため息一つついて、歩を進める。

「まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ大鴉(レイヴン)。次はどうやって殺します?」

 次の階へ続く階段に赤ずきんが歩を進める。

 この階はあまり生存者はいなかった。できるなら次は間に合うといいのだが――もっともそれが被害者にとって幸運かはわからないが、と小鳥遊は思う。

「どうって……俺は銃殺オンリーだぜ」

「えー、もっといろいろと殺しましょうよ。ほら、ここ鋼鉄の少女(アイアンメイデン)とかありましたよ。そこに閉じ込めて、熱した油に放り込んだりしましょう?」

「お前のその発想はどこから来るんだ……」

「むー、あんまり意地悪すると約束守りませんよ?」

「おおっと、そりゃ困るなぁ。……まぁ、嬲るのはごめんだが、悪人殺すのはいくら殺しても構わんさ」

「やった、じゃあ、一緒に楽しく殺しましょう!」

 次の部屋を指さす赤ずきんに、小鳥遊は目を細め、その後ろをついていった。

 

 

 意外にも静謐だった空気に血や嘔吐物の匂いが混じり始める。空調はしっかりしていたようだが、下階の扉を壊してきたため、その匂いが漏れ出してきているのだろうか。

 それとは別に肉が腐ったようなにおいが混ざる。これは小鳥遊にしかわからない悪意の匂いである。

 その中でもひときわ強く、階を超えてもなお匂うのは先ほどどこかにいた被害者の少女だろうか。とりあえず、無事であることを祈りつつも、先に進むことにした。

 酷い匂いに晒され、こみあげる吐き気に小鳥遊が顔をしかめる。

 慣れたものではあるが、やはり気分がいいものではない。

 そういう意味では強すぎる殺意の匂いで周囲を塗りつぶしている赤ずきんの存在は小鳥遊にとってはありがたいものであった。

 小鳥遊の目前、視線を下げた先でふわりふわりと赤ずきんの長い金色の髪が揺れている。

 ところどころ付着した血が渇いてるため、赤褐色となっている部分がちらほら見えるが、煌めきは薄れていない。

 あまり外見に気を払う性格には見えないが、しかし、端麗に整った赤ずきんの容姿に陰りが見えないのは小鳥遊には不思議であった。

「どうかしたのです?」

「いやぁ、別に」

 視線の気付き首を傾げた赤ずきんが、疑問符を浮かべながら前に向き直る。

 とてとてと歩く、赤ずきんの背を見ながら、小鳥遊は目を細める。

 彼女の動きはとてもわかりやすい、予備動作を隠す気がない――、というより、そもそも意識すらしていないのだろう。

 たとえば、動き終えた時に軸となる足に完全に体重が乗るので、次に踏み出す足が丸わかりである。他にも、殴打しようとするとき、思いっきり振りかぶって殴りかかってくるため、恐らく素人であってもすぐに気付くであろう。

 問題はそれらの分かりやすい要素があってもなお、それらを止めきれない赤ずきんの怪力と、毛皮の防御力である。

 小鳥遊にそれを突破できる心当たりは一つしかない。しかし、あれは軽々しく使えるものではなく、その仕える機会を淡々と待っていた。

 赤ずきんが廊下を踏み出す。それにあわせてイメージの中で、拳銃を抜き引き金を引く。

 その時、赤ずきんが振り向いた。

「ねぇ、大鴉(レイヴン)。やっぱり、ボクのこと見てません?」

「いやぁ、可愛いなーと思ってただけさ」

「可愛い? どこら辺がかわいいのです?」

「そうだなぁ……」

 しばし、小鳥遊は考え、

「匂いかなぁ……」

「変態っぽいですよ、大鴉(レイヴン)?」

 密かに気にしていることを言われ、小鳥遊(レイヴン)は無言で胸を抑えた。

 

 

 男が一人、壁に手をつけて息をつく。

 鼻と唇の間には短い髭、短く切りそろえた髪。大人しそうな印象の顔立ちではあるが、紺色のスーツが絵になっていた。

 年は中年手前といったところだろうか、彼は後ろを振り返り誰も来ていないことを確認すると、その場に座り込んだ。

 どのように逃げたかは覚えていないが、いまのところのおかしな二人組は追いかけてきてはいないようだ。

「逃げ切れた……のかな?」

 どっと疲れが感じ、一息をつく。

 そして、一度落ち着いたせいか、怒りが込み上げてきた。 

 なんだ、あのイカレタ二人組は、唐突にやってきたと思いきや自分を殺そうとするなんて頭がおかしいのではないか、と腹立ちまぎりに壁を殴りつけた。

 痛みで我に返り、誰も来ていないか周囲を見渡す。

 すると、足元になにかの跡がついていることに気付く。

 血だ。先ほどまで嬲っていた女の血や臓物がべったりとついており、それが男が走った痕跡となって少しずつ残っているようだ。

 これは不味いと思った時、足音がしたため、男がそちらを振り返る。

 同時になにか冷たいもの掛けられ、激痛に顔を抑え、地面の上を転がる。

「デスソースよ。あんた自分で説明してたでしょ、目に入ると失明するかもしれないんでしょ?」

 焼けるようにひりつく痛み。特に直接目に入ったため、目を開けることができない。

 何か女の声らしきものが聞こえるらしいが彼としてはそれどころではなかった。

「あんたが殺したお姉ちゃんの痛みはこんなものじゃなかったわよ……っ!」

 頬にかかる髪を耳に払いながら、少女が歯を噛みしめる。

 部屋から持ち出した手の平サイズのナイフを懐から取り出すと、逆手にもって転がる男の上の馬乗りとなった。

 暴れる男に有無を言わせず、持っている刃物を何度も何度も振り下ろした。

「お姉ちゃんの仇! これが姉の味わった痛みだ! どうだ、わかったか!」

「……ころして、ない」

「ふざけるな! 私が解放された時にはすでに事切れていたぞ!」

 少女の膝を男が掴んだ。

「お願いだ、助けてくれ……」

「こんっの……っっ!!」

 息絶え絶えとなった男に容赦なくナイフを振り下ろす。

 男が掴んでいた手が床へと落ちた。

 息を荒げながら、少女がナイフを引き抜いた。

 ぬちゃりと、血の糸を引きながらナイフが引き抜かれた。

 未だ怒りは収まらない、激情に身を任せてしまったが、もっともっと苦しめて殺すべきであった、と少女は後悔した。

 せめて姉と同じだけ苦しめるべきだった。

 姉と言えば、男の言った言葉が気になる。この男は姉を殺していないといった。しかし、少女が解放された時には姉は死んでいたはずだ。

 よくよく考えると、男が問いかけを投げかけるまで、姉は生きていたし、姉が死んでいるのならデスソースで語っていたような苦しめ方はできないはずである。

 ならば、もしかして、信じたくはないが、あの男が嘘をついているのではないかと、少女は疑念が走った。

 自分を助けた人が嘘を吐いたなどとは考えたくはないが……、しかし、はっきりさせないわけにはいかないと、少女は血をしたたらせながら歩き出す。

「お姉ちゃん……」

 最後に思い出すのは姉の悲鳴。姉と変わってあげられなかった自分が、とても心苦しかった。

 

 

 一度、元の部屋に寄った後、少女はあてもなく建物の内部を歩いている。

 探すといっても、手がかりも無く見つけるにはこの建物は広い。

 ペストマスクの男は安全なところに、とは言いかけていたもののその場所のことは聞いていない。殺した男のように足跡を残してるわけでもないようなので、動作がしたらいいものか、と頭を悩ませていると、先ほどの少女らしき声が響いていた。

 鈴を鳴らしたような可愛らしい声を頼りに少女は歩いていった。

 

 全身を血にまみれさせた少女がペストマスクの男に楽しそうに話しかけている。

 「殺そう?」という物騒な言葉聞こえてきたため、二の足を踏んだが、勇気を出して少女は一歩踏み出した。

「あの……」

「お? さっきのやつか、どうした? 安全な場所に行きたいなら、つれていってやるぜ」

「あの……、お姉ちゃんを殺したのはあなたですか?」

「あー……」

 ペストマスクの男が困ったように頭を掻く

「まぁ、誰が殺したかと、というなら俺だな」

「………」

 小鳥遊の舌がざらり、と砂を舐めたような感覚を覚える。

 不審に思った小鳥遊が彼女の悪行を軽く見つめる。

 死体が腐ったようなにおいがするのだが、どうもそれが小鳥遊には向いていない。

 むしろ、自分に対して向いている様だ。

「……どうして」

「うん?」

「どうして、お姉ちゃんを助けてくれなかったの?」

「絶対に助からないからだな。あそこまで損壊されてちゃ、どうあがいても死ぬ。それなら、その前に楽にしてやった方が慈悲ってもんさ」

「せめて、せめて一言ぐらい話をさせてくれてもよかったじゃない……っ」

「舌が二又に裂かれてなければな。ありゃ、喋れねぇよ」

 小鳥遊が赤ずきんに指示し、先に扉の中へと進ませる。

 小鳥遊が少女に向き直った。

 彼女は幽鬼のような表情で俯きながら刃物を持った手をだらりと垂れ下げている。

「そんなのあんたの勝手じゃないじゃない! まだ生きてたんでしょ! 生きていたのに! なんであなたが決めつけるのよ!」

 きっと小鳥遊を睨みつけ、斬りつけてくる少女。

 そのナイフを小鳥遊は銃の握り手(グリップ)で弾く。

 技術もなにもなく振り回される刃物。

 一歩、二歩と下がりながら小鳥遊はそれを器用にも防いでいく。

 彼にしては珍しくバツが悪そうに、どうしようか迷っていた。

 殺してもいいのだが、特に殺意が湧く理由もない。

 仮に踏み込んで突き刺されも、衣装の下に着込んだ装甲を貫けるほどの攻撃力はなさそうだ。

 ある種の余裕が珍しく彼に悩みを抱かせていた。

「なぁ、やめにしないか? 嘘を吐いたのは謝るが、やったことは間違えてないはずだぜ。落ち着いて考えればわかるはずだ。それに銃を持った相手にとびかかるのは危ないぜ」

「うるさい、うるさい、うるさい! もう私にはお姉ちゃんしかいなかったの! それをあんたは自分の都合で奪ったんだ!」

「―――本当にそうか?」

「ッッ。何を知って――」

 ぎらり、とペストマスクしたで男の目が光ったように少女は思う。

 ざらりと、心を舐められたような嫌悪感を覚える。

「“私がお姉ちゃんと変わってあげれば助けられた。けど、怖くて無理だったの”」

「―――――ッッ!!!」

「お前の本当の後悔はそれだろ。恐怖で麻痺していた心が解けてきて、冷静になってきて自覚できはじめてんだろう。だから、本当に許せないのは――」

「やめて! それ以上、言わないでっっ!!」

 少女が目をつぶり、小鳥遊へとナイフを突き刺す。

 奇妙な柔らかな感覚を一瞬感じ、刃物は服の下の硬い装甲に阻まれる。

 そして、小鳥遊が少女の腕をつかむ。

 万力のような――とはいかないものの、しかし、それでも男性らしい力強さで。

 少女は腕を固定された。

「なぁ、やめないか? 何もしなければ安全なところまで案内してやるからよ。とりあえず、生き延びれば、また別の償いができるかもしれないぜ」

 少女が腕を振りほどこうと、もがくが、びくともしない。

 大きな瞳に涙を溜め、 

「……私は、私は――っ」

 腰の後ろに手を回す。

 そして、取り出したのは釘抜きのついた鋭い先端の金槌。

 勢いよくそれを振り抜き、小鳥遊へと殴りかかり、

 それよりも数瞬早く、マズルフラッシュが何度も瞬いた。

 体重が軽い少女はがくりがくりと何度か体を揺らし、血を流しながら、地に伏す。

「……ごめ……なさ……、おねえ……」

 焦点の合わない瞳で少女が呟き、手から凶器が落ちる。

「………」

 しばし無言で佇み、小鳥遊は軽くタメ息を一つ。

 そして、少女に近づくと彼女の瞼を閉じると、振り返る。

「殺したのです? 大鴉(レイヴン)

「まぁな。そうしてやるのが……望みだったみたいだしな」

「いいなー、ボクも一緒に壊したかったです」 

 赤ずきんが頬を膨らませる。

 小鳥遊が鼻で笑った。

「俺はごめんだね。無駄な殺しはやっぱり後味悪ぃ……」

 そして、生存者はまだいないか、赤ずきんが入ってきた部屋の中を確認した。

 

 

 通報によりかけつけた警察が、小鳥遊達が脱出したビルを囲んでいる。

 あの後、少数ながらもいた生存者は監視室から発見されて助かることだろう。それより先は小鳥遊達の知ったことではなかった。

「おー、大騒ぎになってるなー」

「階段壊したんですけど、登れるんでしょうか」

「そのうち消防車でもきて、その梯子で突入するんじゃないか?」

「なるほどです。ひとっとびで入ればいいのに」

「それができるのはお前だけだな」

 数人、ビルの中にいた敵を屋上から投げ捨てたためか、下は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっている。

「しっかし、まぁ……」

 回収した資料を見ると、テレビに映っているような有名人の名前や有力企業の人物なども記載されている。

「これはすごい騒ぎになりそうだなー。まぁ、関係ないけど」

 小鳥遊に情報を送ってきたヴァラン被害者連合に、資料の写真を送る。

 これから大騒ぎになりそうではあるが、小鳥遊にとっては興味がないことであった。

「騒ぎになれば面白くなるんですか?」

「ばれれば、な」

「じゃあ、ばらしちゃいましょうよ。ほら、あそこに警察の人たちがいますよ!」

「嫌だぜ、俺は普通の生活がしたいんだ」

「えー」

「普通に生活するついでに、殺しとスリルが味わえればそれでよし。それ以外は余分だね」

「つまんないですよ、そんなの。もっともっとたくさんいろんなものと遊びましょうよ」

「安心しろよ赤ずきん。こんなヤクザな生活してたら、騒動のほうが嫌でも勝手にやってくる。そんときゃ大暴れできるぜ」

「その時は一緒に遊びましょうね、大鴉(レイヴン)

「もちろんだ。……さて、今日は遅いし、また明日、なにか食べに行くか?」

「お肉!」

 郊外へと歩いていく二人。

 サイレンの音を背に受けながら、二人は街の雑踏の中へと消えていった。

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