赤ずきん! リメイク   作:イーストプリースト

6 / 9
『6話 二人が別れて一人になった』

†

 

 強奪した金でステーキを食べに行ったのも、もはや指で数えるよりも前の話。

 しかし、未だにザ・カーニバルについて手がかりがつかめない二人は、自宅でのんびりと過ごしていた。

「あんまりごろごろしてるオオカミさんではなく豚さんになっちゃいそうです」

「お前は細すぎるからもう少し太ったほうがいいがな」

 ソファーの上で寝転ぶ赤ずきんの、あまりに細い腰を見ながら小鳥遊は言う。

 この赤ずきん、ゆったりした服や大きな頭巾でわかりづらいのだが、かなり細身である。

 こいつ、体重が40キロもあるのだろうか、と小鳥遊は思いながら、彼女の隣に座った。

「小鳥遊はボクがぶーぶーしてるほうが好きですか?」

「別にデブが好きつーわけじゃねぇけど、お前は細すぎるからなぁ……」

 小鳥遊が透明なガラスのテーブルの上にあるテレビのリモコンを取り、スイッチを入れた。

 リビングに置かれたテレビが点灯した。

 小鳥遊の太ももに頭をのっけて横たわった赤ずきんもテレビへと視線を向ける。

「お前、本当にもうちょっと肉喰ったほうがいいぞ……」

「悪い悪いオオカミさん、ボクのことを食べちゃうのですか?」

「こいつみたいに人食い(カニバリズム)の趣味はねぇ……」

 テレビに映っているニュースキャスターを小鳥遊は顎でしゃくる。

 悪心感知に付随する機能により、狩人(レイヴン)はその人物がどのような悪事を働いたのかを読むことができる。

 50代ぐらいの髪に白いものが混ざり始めた中年の男性。

 スーツをきちんと着こなし、眼鏡をかけた落ち着いた印象で、何年もニュースで見かける顔である。

 ある意味、この番組の常連ともいえる人物であった。

「殺人は見えねぇから、どっかから肉だけ買って食ってるんだろうな」

「この人とは遊びに行かないのですか?」

「やべえのは人肉食(カニバリズム)だけで、他のことは子供の時に万引きしてたり、喧嘩してたり、若い頃に恋人にむかついて殴ったりしてる程度だからなぁ。わざわざ首都まで飛行機に乗っていく気にはなれんな」

「ええー、狩人(レイヴン)は悪人を見たら即座に全員殺すんじゃないですか?」

「お前は俺を何だと思ってんだ」

 俺は殺人鬼じゃねーぞ、と小鳥遊。

「つーか、そんなに殺してたら報復くらうわっ。さすがに全員殺してたら罪悪感を感じるぞ……、オレは良心的だからな」

「良心的? 良心があると、報復するのです?」

「大事なやつが殺されたら怒るのは正当な怒りだぜ? それがどんな悪党だろうと、そいつを大事に思う奴に取っちゃ大事な奴さ」

 許すだけが良心じゃねぇだろうさ、と小鳥遊は続ける。

「つまり、大事な人を殺せば楽しく遊んでくれる人がたくさん来るんですね」

「おい、文脈が繋がってねーぞ」

「何か間違いましたか?」

「間違いしかねぇ」

「よくわからないです。まぁ、それよりも。小鳥遊の目があったらボクももっと楽しいものが見えるのでしょうか」

 赤ずきんがそっと、小鳥遊の顔に指を這わせる。

 つーっと頬を撫でて、下の瞼へと指を押し当てる。

 小指が瞼の下に軽く食い込み、瞼が押され、瞳が少し押し気味に変形する。

「これもってても面白くはねぇぞ。人間の面(つら)の下なんざ、覗いてもろくなもんがねぇしな」

 オレが仮面をかぶってるのと同じだな、と小鳥遊はせせら笑う。

 赤ずきんが爪をつきたてようか、このまま指をつっこもうか悩んでいたら、小鳥遊が顔をあげて赤ずきんの指を瞼から離した。

 もし、赤ずきんが瞳を抉るつもりだったなら、小鳥遊は片目を失っていただろう

 早鐘を打つ心臓が心地よく、小鳥遊はぶるりと走った震えを楽しんだ。

 そして、ニュースに飽きたのか、リモコンを操って、番組を次々と変えていく。

「……そもそも何で猟師(レイヴン)は仮面をかぶっているのです? 顔がばれていたほうが、復讐に来てくれるから、いっぱい遊べますよ?」

「普通、逆だからな? 復讐されるとか面倒くさいにもほどがある」

「けど、大鴉(レイヴン)は危ないこと大好きじゃないです??」

「俺が好きなのは準備と工夫をきちんと重ねた上で行う勝負だ。それに、危ないこと大好きな奴は、安全対策はがちがちにやるもんだぜ」

「でも、ほとんど正体がわからない隠蔽能力があるなら、悪人に限らずどんどん殺したほうがよくないです?」

「いや、別に俺は殺すのが好きなわけじゃないんだが……」

 小鳥遊が軽くこめかみを抑える。

 赤ずきんは仰向けとなり、きょとんとした顔をしている。

 小鳥遊が下を向くと、ちょうど目線が合う形となった。

 くりっと丸い、金色の瞳が見える。

 自動的に赤ずきんの悪心が感知される――やはり、殺意しかないな、と小鳥遊。

「まぁ、理由としちゃ2つ。まずは俺達みたいなヤクザな生きたかしてるやつらがあんまりカタギに迷惑かけたくないんだよなぁ」

 ため息交じりに、

「ほら、俺達は平気で命を投げ捨てる度し難い奴らだろ。そんな奴らが死ぬのは勝手だが、そうじゃない奴らを巻き込むのは迷惑極まるだろう」

 赤ずきんの目を覗き込みながら、小鳥遊はセカンドカラミティの時を思い出していた。

 暴れまわる巨大な怪物、崩れた瓦礫の街、燃え上がる都市、気にしてはいないが忘れられない記憶ではあった。

「もう1つはやっぱ、卑怯な理由だが報復が怖いな」

「えー、楽しいですよ? 勝っても負けても遊んでくれるんですよ」

「そりゃお前だけだ。苦しんで死ぬなんざまっぴらごめんだぜ。死ぬならすっぱり死にてぇ」

 誰が痛い目にあいながら死にてぇものか、と小鳥遊は目を細めた。

 その様を見て、可笑しそうに赤ずきんが笑う。

「狩人(レイヴン)はわがままなこと言いますね」

「わがままじゃなければ人殺しなんてしないさ」

 小鳥遊も同じく笑う。

 そして、視線をテレビの方へと戻す。

 赤ずきんも同じく膝を枕代わりにしたまま、テレビへと視線を向ける。

 ふわり、と赤ずきんの殺意の匂いが漂う。

 これは小鳥遊にしかわからない香りであった。

 人によりどぶであったり、焼ける炎ようであったり、ハーブに近いモノであったりと違いがあるのだが、赤ずきんの場合は柘榴に近い。

 決して不快ではない――むしろ小鳥遊は気に入っているぐらいである。

 特に彼女がいれば、他の不快な匂いが気にならなくなるのがとても心地よい。

 そしてそれ以上に、おいしそうに感じる匂いなのである。

 そんなことをつらつらと考えながら、音量をあげるべく、小鳥遊はリモコンを手に取った。

 

 

†

 

 白い簡素な、透明なガラスの張られているテーブル。

 テーブルの上には、造花が飾られている。

 それを挟んで、スーツを着た男性とマスクをつけ、ボディスーツに身を包んだ女性が座っている。

 毎回ゲストを呼んできて、質問や雑談を行う番組であるが、今回は、マスク・オブ・ゼロと同じくW.A.V.Eに所属するアイドルヒーローのようだ。

 W.A.V.Eの配信してるヒーローバラエティ番組の一つであり、真偽ごちゃ混ぜではあるものの、どのようなヒーロー、ヴィランがいるかわかるため、小鳥遊も好んでみている番組の1つだ。

『はい、みなさんこんにちは。本日はしばかれたいと足元にはいつくばる信者急増中のヒーロー、アウラルネさんにお越しいただきました。いや、実際には初めてお会いましたが、すさまじい格好ですね』

 全身をぴっちりと覆い、胸元だけが大きく露出したボディスーツ。

 ウェーヴががかった緑色の髪。

 薔薇の装束が書かれたマスクが顔の上半分を覆っているため、顔はわからないが露出している口元は小振りで、形の整った唇が露出している。

 凹凸を帯びたスタイルの良い女性であり、たいていの男性は胸元に目線が行く。

 腰には棘のついた鞭を携帯しており、植物を操る超人(サイオン)らしい。

「あの鞭で遊びたいです」

「おう、やめーや」

 耳をぴこぴこと動かしながら、赤ずきん。

 尻尾をふわっと振るわせて、アルラウネの持っている棘付き鞭を見ている。

 テレビでは、司会者とアルラウネが雑談を交している。

『ええ、敵を屈服させるのって痛快でしょ? 特に薔薇の蔓で縛られた悪人(ヴィラン)の悔しがる顔とか見ものよ』

『なるほど、アルラウネさんは悪人(ヴィラン)の悔しがる顔をみたいから、殺さずに拘束するのですね』

『ええ、そうよ。殺すなんてもってのほか、殺してしまったら苦痛に歪む顔が見られないじゃない。それにヒーローに殺人許可は出てないわ』

「……ああ、この姉ちゃん。人を殺したことねぇな」

 TVを見ながら、小鳥遊。

 どうやら、悪心感知でアルラウネの過去を読み取ったらしい。

「?? 屈服させるより殺す方が楽しいのに不思議なことを言う人です」

「馬鹿だな、死ぬ死なないかの勝負の方が楽しいぞ。んで、このねーちゃん、言うほど女王様でもねぇな」

「どういうことです?」

「過去の悪事履歴が、ヒーロー活動と些細な事しかないからな。アイドルヒーロー特有のキャラづけだろうな」

 女王様キャラっぽいのを演じてて、内心恥ずかしがってると考えると、なんかエロイなと小鳥遊。

 巨大メディア会社W.A.V.Eと専属の契約をしたヒーローはそれぞれキャラづけをして表舞台で活躍しているアイドルヒーローも多いと聞く。彼女(アルラウネ)もその一人なのだろう。

「ふーん……??」

 赤ずきんはよくわかってない様子で、視線をTVに戻した。

『さて、アルラウネさん。あなたには多数の質問が届いております』

『あら、豚どもが何かしら?』

『はっはっは、これは手厳しい』

 最初の手紙は――と言ったところで、TVから猛獣が唸り声をあげる様な声が響く。

 アルラウネが訝しげな顔をして、司会を見るが、司会も心当たりがないようで、不思議そうに見返した。

『なにが――?』

 カメラが叫び声のほうへ向けられる。

 そこには全身が緑色に変色し、頬が不自然なほど肥大化した、まるで蛙のような面をした人型生物が立っていた。

 それは、耳に響く不快な声を響かせ、涎を唇の端から零している。

 その涎が床に落ちると、床が音をたてて溶ける。どうやら溶解性の物質でできてる涎のようだ。

 中途半端にシャツの残骸がついているが、初めから来ていたのだろうか、それとも誰かから奪ったのであろうか。

 スタジオの人々が面食らっている中、アルラウネの対処は迅速だった。

 腰に吊るしてある棘付きの鞭を抜き放つと、即座に蛙男に打ち付け、鞭を巻き付けた。

 そして、柄にあるボタンを押す。

 アルラウネの持っている鞭には植物の種が仕込まれおり、柄元のスイッチを押すと先端部にある種から落としていくことができるのである。

 彼女が能力を発動する。途端。蛙男に付着した種が芽吹き、蛙男を瞬時に縛る。

 蛙男が口を開いて、何かを吐き出そうとするが、その前に蔦が口に絡みつき、二重三重巻き付き、その動きを止めた。

 蛙男は苦しそうにもがき、遮二無二がむしゃらに体を動かし、なんとか脱出しようとするができない。

 その場で体をくねらせ、まるでまな板の上で必死に足掻く魚の如く、じたばたを荒れるが、それでも蔦の拘束が外れることはなかった。

 やがて、くぐもった悲鳴が上がると、蛙男はばったりと倒れ伏し、そして動きを止めた。

『なんだったのかしら、これ』

『わかりません。が、しかし、あなたのおかげで助かりました。さすがですね――』

 司会の男がにやりといやらしく笑う。

 口角を吊り上げ、

『――この人殺し』

『はっ?』

 そして、顔が裂けた。

 どこに納まっていたのだろうか。

 顔が納まる位置にはかぼちゃが乗っている男へと変身する。

 腰元から丸い帽子を取り出して被った。

 彼こそはザ・カーニバルの幹部の一人、

『トリック・ドワーフ!?』

『そうだぜ、ヒーロー。アルラウネ……今、お前が殺したのはなぁ』

 にたぁ、とかぼちゃの口が笑う。

 悪意が込められた表情で、トリックドワーフが告げる。

『オイラたちが作った化合物Xで変化した一般人だぜぇぇ……!』

 証拠を見せようかぁ、とトリックドワーフが細長い円筒状のものを取り出すと、ピンを抜いた観客席へと投げつける。

 空中でアルラウネが鞭をそれに巻き付ける、引き戻そうとするが、それよりもはやく、円筒からガスが引き出され、観客席へと降り注ぐ。

 蜘蛛の子を散らしたように逃げようとしていた観客たちがガスを浴びたた途端、胸を抑えて倒れ、涎をまき散らして、床で悶えている。

 そして、変化が始まった。

 あるものは異常に腕が伸び始め、あるものは唐突に頭部が肥大し、代わりに手足が委縮してキノコのような状態となる。

『はっはっはっ、これがお前がさっき殺した怪物の正体だぁ、ヒーローぉ! たしかヒーローに殺人許可は出てないんだったよなぁ? やっちまったぜぇ』

 その言葉にアルラウネが唇を噛み、苦虫をつぶしたかのような表情となる。

 ぎょろりと目で呵々大笑するトリックドワーフを睨みつけるが、何か口を開きかけるが、身体を震えさせながら噛み殺し、観客の方へ鞭を走らせた。

『覚えておきなさいよ……っっ!!』

 そして、鞭から種がばら撒かれる。

 種は瞬時に根付き、急成長、怪物化した観客に絡みつき、その脚を止めていく。

『無事なものは逃げなさい! ここは私(わたくし)が受け持つわ!』

 鞭で地面を打ちすえて宣言するアルラウネ。

 その言葉に、おろおろとしていた観客が一斉に出口へ向かおうとして、渋滞した。

 そのため、アルラウネは再び鞭を振るい、観客を整列させた。

『なんでぇ、インタビューには答えないのか。つまんないのー』

 かぼちゃ頭の男、トリックドワーフはつまらなそうに答えた。

『さぁて、テレビの前のヤツラは見たなぁ?』

 トリックドワーフがテレビカメラを両手でつかみ、片目で覗き込むように顔を近づける。

『これが、X化合物だ。簡単に教えてやると進化薬つーやつで、人間(おまえたち)を超人(おれたち)に進化させるんだが、まだまだ未完成でな、こんな感じに怪物になっちまうんだ』

 トリックドワーフがカメラから離れ、観客席を写す。

 アルラウネが必死に鞭を振りながら、蔓を伸ばし、自らに突進してくる怪物を捌いている。

 理性がないのか、彼らは手足が縛られようとも、手や足を無理やり引きちぎってアルラウネのほうへと突進していく。

『ちょーっとおつむがついていってないんだろうなぁ。まぁ、そんなことはどうでもいい。それもこれも大鴉(レイヴン)ってヤツが悪いんだぜー?』

 テレビを見ながら、大鴉(レイヴン)は「はあっ??」と言う。

『おいらたちザ・カーニバルはよぉ、仲間意識が強いんだ。だから、大鴉(レイヴン)つーやつがおいらたちの仲間である赤ずきんを浚ったのが悪いんだ』

 わざとらしく涙を流すような動作を行い、芝居がかった仕草で、トリックドワーフが言う。

 ご丁寧なことに、テレビにでかでかとホルスターを腰につけたペストマスク――すなわち、ヒーロー活動をしているときの小鳥遊を描いたらしき絵が写された。

 恐らく、特徴をメモにとっておいて、あとで絵に描き起こしたのだろう。

『だーかーらー、ゲームをしようじゃないか。明日の正午までに、この大鴉(レイヴン)をこの都市にあるツインタワーに吊るせ。そうしなければ、町中に仕掛けたガスと爆弾のプレゼントだ!』

 そう言い終わり、トリックドワーフが大笑する。

 かぼちゃ頭に彫られたぎざぎざの口が大きき開き、耳障りな笑い声を発している。

 笑い終わった後、唐突に証明が消え、スタジオの中が真っ暗となる。

 次の瞬間、再び照明が付き、灯りが戻るとトリックドワーフの姿は消えていた。

 そして、街の一角で巨大な破裂音が響いた。

 

†

 

「よし、殺そう」

 防刃コート、防弾チョッキ、プロテクターに鉄板、硬質ゴム、と、いつもの狩りを行うときの防具を着込んだ小鳥遊。

「二人で、遊びに行くのですね」

 その隣で、赤ずきんはにこやかに笑う。

「その通りだ。さて――」

 家に閉じこもってやり過ごすという選択肢もあるのだが、どこにガスや爆弾があるかわからない以上、巻き込まれる危険性も常にある。

 ならば、一角に留まるよりも自ら繰り出してザ・カーニバルの面々を狩っていくほうが性分に合うというものだ。

 このような大掛かりな騒ぎを起こした際、ザ・カーニバルの怪人たちは同時に大暴れすることが多い。ならば、片っ端から狩って本拠地の場所を吐かせた方が早いだろう。

 無論、目論見通りにいくとは限らない。敵は怪人だけではない。

 小鳥遊を捕えようとする住人もいるだろうし、何らかの事故に巻き込まれ、不運にも命を落とすかもしれない。

 故に――、

「――楽しくなってきたな!」

「はい!」

 目的は本拠地、騒動に巻き込んだ落とし前をつけるため、小鳥遊達は街へと繰り出した。

 

†

 

「なんで?」

 これもまた一つの地獄であった。

 繁華街で一つの爆弾が爆発する。

 それと同時に、透明なガスがばら撒かれた。

「どうしてこうなったのよ!」

 アイマスクをつけ、全身を白黒のタイツに身を包んだ少女が叫ぶ。

 彼女こそがワンダーガール。現存してるヒーローの中でも上位に入る能力を持った異邦人(ハービンジャー)だ。

 ふよふよと宙を浮かぶ、彼女の目下では阿鼻叫喚が発生していた。

 ガスの影響だろうか、突発的な変身に耐えきれず、倒れるもの。

 理性を失って周囲に襲い掛かる者。

 変身した異形から逃げ回る者など、多種多様な反応が繰り広げられている。

 それを見たワンダーガールは一目散に地面へと降り立った。

 取り残されたのだろうか、少年が一人泣いている。

 小柄なワンダーガールの腹部くらいの身長だろうか。

「ボク、大丈夫?」

 ワンダーガールが声をかけると、泣いている少年が彼女の方を向いた。

「あのね、あのね、お母さんが……」

 彼は鼻水を垂らして、真っ赤に泣きはらした眼でワンダーガールを見つめた。

 ワンダーガールが視線を向けると、そこには赤い血の上に伏した女性の姿。

 どうやら、少年の母親が誰かに殺されたのだろう。

 ワンダーガールは痛まし気に目を伏せる。

「そう……大丈夫。私がどうにかするから」

「違う。違うんだよ、お姉ちゃん」

 ワンダーガールの裾を少年が掴み。

「ボクがお母さんを食べちゃったの」

 そして、頬が裂け、少年の身体と同じぐらい巨大化した口でワンダーガールへとかみついた。

 がちり、と音が鳴り、

 少年の歯はワンダーガールの肌を貫通しない。

 小鳥遊をして、赤ずきんより堅いのではないかと言われている彼女の身体は、この程度に攻撃にびくともしないのだ。

「大丈夫、大丈夫だから」

 ワンダーガールがそっと少年を抱きしめた。

「だから、いまは、ちょっと眠りなさい。起きたら、解決してるから」

 そして、少年を気絶させると、その場で繁華街のガスを一息で吸いこみ、一気に宇宙まで飛翔。

 そこでガスを吐き出すと、繁華街へと戻り、怪人と変性した一般人を鎮圧するのだった。

 

†

 

 飛行船の中。

「さてはて、ついに祭りが始まりましたな」

「なんでもいい。あいつらはどこだ?」

 地上の喧騒を見下ろしながら、鉄仮面の男が隣の男に話しかける。

「ギガスよ。たまには他のことに興味を持ったらどうかね?」

「貴様はいちいち虫に注意を払うのか、ピネロー」

「なるほど、違いない」

 飛行船の中では無数のモニターが映像を映しだしている。

 二人は長閑にその映像を見つめていたが、やがて目当てのものを見つけ出した。

 ペストマスクを着用した怪人と赤い頭巾の少女が、別の怪人を襲っている姿だ。

「発見したな」

「ああ、……付近にいるのはターニャか。あやつに時間稼ぎをさせよう」

 鉄仮面の男、ピネローは懐からスマートフォンを取り出した。

 

†

 

 車道ではガスにやられて異形化したためか、玉突き事故が至る所で発生している。

 怒号と悲鳴が響き、人々はどこに逃げたらいいのかわからないようだ。

 爆発の影響か落ちてきたガラスがつきささった人たちがどこをめざしていいかわからず彷徨っている。

 路上に取り残され泣きわめく子供。

 血を流して倒れている男女がそこもかしこに転がっていた。

 警官隊が列を組んで、人々を誘導しているが、いかんせん数が足りておらず、動きも鈍い。

 そういえば、少し前に襲撃した地獄のようなビルにいた面子に警察の関係者もそれなりにいたようで、現在、警察内部もごたごたが続いていたのだろう。そこにこのパニックで動きが鈍っているようだ。

 普段ならきびきびと動いている彼らの動きはやはり鈍かった。

 それに比例するかのように人々の被害は増えていく。

 ビルの内部や公民館など避難所に成り得るところに優先的に爆弾が仕掛けられている様で、それらが爆発するたびに多数の犠牲が発生し、さらに安全な場所、というところがわからなくなっていく。

 混乱した人々が町中へと逃げのびると、そこには異形化し理性を失った怪物たちが襲い掛かる。

 警官隊が銃で威嚇しているが、やはり数が足りない用だ。

 一人が怪物に引き倒されながらも、反撃で投げ捨てていたが、そこに他の怪物がのしかかっていく。

 小鳥遊は歩きながら、その怪物を射殺した。

 怪物だけではない。 色とりどりの怪人たちがそれぞれの凶行に走っている。

 

 白塗りの顔。赤い球体をつけた鼻。とんがり帽子。

 いわゆるピエロの恰好した男が、火炎放射器を振り回している。

「さぁさぁさぁ、どうせすべてはショーなのさ!」

 裏声であろうか、耳障りな高音で笑いながら、火炎放射器を振り回す。

 哀れにもそれに焼かれた被害者は即死することはできず、身を炎に包まれ、地面の上を転げまわる。

 火炎放射器――単なる炎を射出する武装ではなく、まず粘着性の可燃物を高速で放射してから着火するという原理でできている。そのため、一度火がつけばそれを消すことは容易ではなく、口元すら火に覆われるため息をすることさえできない。

 被害者たちは手足がおりたたまり、縮まった姿勢で、焦げた死体を晒している。皮膚が完全に焼けており、彼らの親族が見ても見分けはつかないだろう。

 やはり火はよい、とピエロは笑う。

 ぼうっと燃やすだけで、蓑虫のように転がりまわる人間を見るのは大変笑えるものである。せっかくの祭りなのである。もっともっと、ああ、もっと燃やして遊ぼうではないか。と、ピエロは上機嫌に周囲を見渡し、商店街の傍で縮こまっている人を発見する。

 まだ年の桁が一桁らしき子供がしゃがみこんで泣いている。それを困ったように女性がなだめ、スーツを着た男性が険しい顔で周囲を窺っていた。

 ピアスをつけたパンクファッションの男性が何かを見つけたらしく、指をさして全員を誘導しようとしてたところに、ピエロは火炎放射器の筒を向け――。

 ピスッと、小さな音と共に火炎放射器の燃料部分に穴が開く。

 不思議そうに燃料タンクを確認するピエロの目前で2発目の弾丸が着弾し、ピエロが炎に包まれた。

 大鴉(レイヴン)がつまらなそうに、銃を下ろす。

「大鴉(レイヴン)! 大鴉(レイヴン)! 見て見て、こんなに楽しいことになってますよ! 片っ端から刺して、裂いて、切り裂いて、潰して、遊びましょう!」

「楽しいことになってんのは否定しねぇけどよぉ」

 火だるまになった道化師(ピエロ)がごろごろと地面を転がる。

 赤ずきんが目を輝かせて、道化師(ピエロ)が焼けるさまを見ていた。

「やっぱり一般人が巻き込まれてるのは萎えるなぁ」

 ため息交じりにそういった。

 怪人たちの視線がペストマスクの男へと降り注ぐ。

「大鴉(レイヴン)……赤ずきん――っ!」

「この裏切り者!」

 男女、様々な格好のメンバーが罵声を投げかける。

 大鴉(レイヴン)という言葉に、市民たちの視線も彼らに向いた。

 ご丁寧に今も、大々的に放映されている顔写真付きの放送も無関係ではないだろう。

 街角にある巨大スクリーンの映像にもばっちりとペストマスクの男が名前付きで放送されている。

「ごめんなさい! 無断外泊はいけないことでした!」

「……いや、違うと思うぞ」

 赤ずきんが口に手を当てて大声で言い返す。

 団員たちの顔が険しくなるなか、小鳥遊は仮面の下で目を細めて呆れていた。

 怪人を含めた周囲の人間から殺意や悪意が入り混じった匂いを見初め、小鳥遊が肩で笑う。

「貴様、どうして仲間たちを殺してでていった! どうせ出ていくなら、黙って出ていけばいいだろう! それともそこの誘拐犯に何かされたのか?」

「殺すぞ? ああいや」

 気に障ったのか鉄仮面をつけた男に銃弾が飛ぶ。

 それは仮面の目の部分に着弾すると、赤い花を咲かせ、男は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 容赦のない射殺に、一般人が恐れをなしたように距離を取り始める。

「殺した、だ」

「わわ、大鴉(レイヴン)。先に始めるのはずるいです。ボクも皆で遊ばせてください!」

「別にいいけど、一般人は殺すなよ?」

「えー。たまにはそっちとも遊びたいです」

「えー、じゃない。えーじゃ。楽しくゲームしてる隣で矢鴨してたら萎えるのと同じ感じだよ」

「んー……むー、仕方ないですね。じゃあ、美味しいミートパイ作ってくださいね」

「合点招致。美味しいヤツ作ってやるよ。」

 小鳥遊は笑って、拳銃を構える。

 2つの銃口が日光の下で鈍く光った。

 

†

 

 状況は混沌としている。

 化合物Xの効果は個人差が激しいようで、直接吸ったとしても、怪物化する場合としない場合があり、しかも効果が表れ始める時間も個人で差が大きい様だ。

 そのため、無事だと判断され、避難所代わりの市民館や病院に収容された後に怪物化し、被害が出たりしているため、町は完全に混乱に陥っていた。

 警察の人々やヒーローたちも必死で鎮圧にあたっているが、どれが敵でどれが守るべき味方なのか、その見極めが難しい状況であった。

「こっちだ! はやくしろ!」

 それでも動いている人はいる。

 一人の警官が逃げまどう住民を誘導している。

 彼らはおびえた表情のまま、避難所に指定された公民館へと道を急いでいた。

 爆弾とガスによる恐怖から急いで家を出たものの、町中が混乱していたため、どうしていいのかわからず途方に暮れていたところに声をかけられたのだ。

 若干安らいだように、数人の警官に連れられ道を急いでいる。

 何度かナイフを持った怪人が現れたが現れたが、警察官の方が数が多かったため、撃退することができた。逮捕する余裕はなかったため、いまごろ道端で気絶しているだろう。

 そして、駅前に差し掛かったところで――。

「お、まっぽじゃーん」

「かんくー?」

「まじかぁ、じゃあ、警察ばっち集めしようぜー?」

 数十人からなる多数の怪人たちが現れる。

 ナイフを始めとしてジャグリングのピンやなぜかボーリングの弾、また、短機関銃といった標準的な武装をもっているものもいた。

 装備のバラバラさから、各自好きなもので武装しているようだ。

 割れた駅の窓から住人達を見つめている物もいれば、何人も駅の入り口にたむろって進路をふさいでいる物。

 また、ぞろぞろと路地裏から歩いてこちらに近づいてきている物もいた。

 住人たちの顔がこわばり、恐怖に体が竦む。

 警官たちもこわばった顔をしていたが、やがて目配せをして、住人達の前へと出た。

「……私たちがなんとか時間を稼ぐから、逃げてくれ」

「は、はい!」

 逸り襲ってきた怪人が投げつけてきたジャグリングのピンを、左腰から抜いた警棒ではじき落す。

 警官がたちが残る中、住人は混乱する街へと後戻りする。

 ビルからその様を見ていた髑髏マスクの怪人が軽機関銃を住人達へと向ける。

 そこで一発の弾丸と飛んでくる。

 それは、髑髏マスクの怪人の額を撃ち抜いた。

 しかし、他の数人が銃弾を発砲する。

 警官が頭を抱え、伏せる。

 目を閉じ、当たらないことを祈る。そして、周囲から悲鳴が聞こえた。

 もしかしたら、逃げ出した住人にあたったのかもしれない、とそろっと目を開けると、そこには赤い少女が楽しそうに笑っていた。

 短いスカートから露出している脚はオオカミの毛皮に覆われ、銃弾が当たっていても、全く意に介してない。

「赤ずきん! 警察と住人は怪我をさせるなよ!」

「なら、殺してもいいですか?」

「殺すのも禁止!」

「大鴉(レイヴン)、禁止禁止多いです!」

 少女が頬を膨らませる。彼女は背中から狼男の腕らしきものを生やし、伸ばすと、怪人を引き裂いた。

「一緒に遊んでやってんだろ?」

「うーん……、うん、いまはそれで納得しましょう!」

「やれやれ……」

 もう一人はペストマスクをつけた怪しい男だった。

 両手に拳銃(リボルバー)を持ち、二股に分かれた黒いマントを羽のように翻しながら、ザ・カーニバルの怪人へと銃弾を浴びせていた。

 時に赤い少女を盾にしながら、的確に銃弾を撃ち返し、特に遠距離から攻撃できる相手を優先的に狙って撃ち抜いていた。

 大鴉(レイヴン)。

 ザ・カーニバルから指名手配されている、この騒ぎの中心人物であった。

「お勤めご苦労さんっ! 言いたいことはいろいろとあるだろうけど、今は住民の避難を優先してくれないか?」

 そういう彼の言葉に警官たちは互いに頷きあうと、住人たちを呼び寄せて、少なくなった怪人たちの横を通っていく。

「協力、感謝する」

 一言。

 その言葉に、小鳥遊は肩をすくめ、

「さぁ、狩りの時間だ」

 銃口を怪人たちへと向け直す。

 

 ――実際のところ、赤ずきんの動きは単調である。

 力任せに思いついたように振り回すだけ、小鳥遊が出会った時からこれまで、変化はない。

 しかし、銃弾すら意に介さない毛皮と、鋼鉄すら木の枝のように容易く折り曲げる怪力を持つ彼女にとってはそれだけで十分だ。

 故い、彼女の戦法はただただ単純だ。力いっぱい地面を踏みしめて、飛び跳ねるように近づき、鍵爪で敵を引き裂く。それだけで、10mを超える距離を容易く詰め、怪人をあっさりと殺してしまう。

 そして、その隙をついて、光線を放とうと拳を光らせた別の怪人の頭部に3発の銃弾が撃ち抜かれる。小鳥遊が、赤ずきんの隙をカバーするように合間を縫って銃撃する。

 赤ずきんが跳ねる、駅ビルの5階にいた怪人と赤ずきんの目が遭った。彼女は笑って、鍵爪を怪人の服にひっかけると、壁に着地。入れ違いになる様に、怪人が空中へと投げ出される。

 悲鳴を上げて、怪人が地へと落ちた。

 赤ずきんが気の赴くまま戦う中、小鳥遊はその援護へと回っていた。

 赤ずきんが突撃し、かき乱したところを、的確に小鳥遊が撃ち抜く。マズルフラッシュが焚かれるたびに、怪人側はどんどんと倒れていく。

「大鴉(レイヴン)! 二人で遊ぶとこんなに楽しいのですね!」

 赤ずきんが、宙で反転しながら小鳥遊に笑いかける。

 彼女が着地し、前傾したところで、小鳥遊が進行方向の怪人の脚を撃ち抜く。

「ははは、それには同意するぜ」

 地を這うように前に飛び跳ねた赤ずきんが、手を振り上げる。白く小さな指が怪人の顎に突き刺さる。赤ずきんはそれをぐるりと振り回し、別の怪人へと投げつけた。

 しばらく共に暮らしながら、狩るために動きを観察していたため、赤ずきんの動きは容易く予想できる。

 蛙のような怪人の喉元がぷくりと膨らんだ瞬間、赤ずきんの背中が僅かに引かれる、それを見た小鳥遊が、右手で牽制の弾丸を蛙男に向い打ち放つ。

 蛙男は弾丸が飛んできた方向へ向かい、ゲロのようなものを吐きかけた。

 それが触れた瞬間、弾丸とばら撒かれた地面が解けて、どろりと穴が開く。

「うわ、汚っ!?」

 赤ずきんにもわずかにかかったようで、毛皮から煙が上がっている。どうやら物理にはめっぽう強いが、科学的な性質のものなら幾らか通るようである。

 新たな情報を脳内でメモりつつ、赤ずきんにとって相性の悪い蛙男に銃弾を浴びせかけ、沈黙させた。

「痛いです、もう。痛いのは嫌いなんですよ」

「その気持ちを他のやつにも分けてやれ」

 反撃で火炎放射が飛んできたため、小鳥遊は転がり駅の柱への裏へと隠れる。

 炎が彼のマントを焦がし、防具越しに熱さを感じるが直撃は避けた。

 小鳥遊が再び柱の背後から出てくる。

 赤ずきんがジグザグに移動しつつ拳から炎を出す怪人へと近づく。

 包帯を巻いた男は両手を炎で包み、まるで蛇のように自らの回りに炎を展開した。

 小鳥遊は赤ずきんの背後へと移動し、赤ずきんを目くらまし代わりにして銃弾を撃ち込む。

 彼女の背後から撃たれた弾丸は怪人とも赤ずきんともはずれていたが、代わりに怪人が左右に動けば当たる軌道であった。これにより怪人の逃げ道は塞がれた。

 怪人が決死の覚悟で、真正面から炎を赤ずきんに放つ。

 赤ずきんの肩が盛り上がり、オオカミの顔が現れる。

 それは大きく息を吐くと、炎を真正面から押し返した。

 怪人が自らの火にまかれながらにやりと笑う。

 口まで炎でふさがれながらそれでも彼に息苦しそうな様子はない。

 どうも炎を纏い、炎そのものに対しては耐性がある超人(サイオン)のようだ。

「赤ずきん、そこをどけ」

 赤ずきんがその場から飛び上がる。

 空いた射線に小鳥遊が銃弾を叩き込む。 

 怪人は笑った顔のまま、銃弾を撃ち込まれ、その場に倒れ伏した。

 炎がそのまま彼の体を包み、燃やしていく。

 煙が上がり、嫌な臭いが周囲に流れゆく。

「さて、次は――」

「よくもやってくれたな」

「あ、ターニャ」

 とてとて、と小鳥遊の元に戻ってきた赤ずきんが、見知った顔に笑顔で手を振った。

 ターニャと呼ばれた4つ腕の女性が駅に続く大通りから、小鳥遊たちのほうへ現れた。

 

†

 

 赤い頭巾の少女が、ターニャに向って笑いかけている。

 狼の顔が肩から生え、その脚は灰色の毛皮で覆われていた。

 赤い頭巾が乗っている彼女の腕は、脚と同じく灰色の毛皮に覆われており、その手は鋭い鍵爪へと変貌していた。

 それでもなお。

 彼女は可愛らしかった。

 ふんわりとウェーブのかかった金色の髪は太陽の光を映して煌めいている。

 くりっと丸い金色の瞳は無邪気に笑っている。

 いまは灰色の毛皮に覆われているが、それでもなお、ちょうどよい肉付きの脚はすらりと曲線を描いており、見る者の目を引くものだった。

「オオカミさん、オオカミさん。ターニャが来ましたよ。何か用なのでしょうか?」

『GRRRR……』

「あいつ、ターニャって名前なんだな」

 そんな能天気な会話を大鴉(レイヴン)とかわしていた。

 ペストマスクの男と異形の少女。

 まるで趣味の悪い絵のような一面であった。

 そんな二人を見てターニャは仮面の下、顔を不快そうに歪めた。

 

 ―――私は、醜い。

 白い簡素な、最低限、目と口の部分に穴があいているだけの仮面。

 ターニャはそれを外すことはない。

 4本の腕の異形。

 それだけではない、彼女の身体には生まれてこれなかった姉妹の身体がくっついている。

 腹部から生えるように出ている小さな、手の平サイズの少女。

 それは首から先がターニャの胴体に繋がっており、生きていた。

 他にも、臀部の上、背骨の末端部から少し肉のようなものが垂れており、小さな尻尾のようになっていた。

 故に、自らの姿は醜いと、彼女は思う。

 余分で邪魔なパーツが付きすぎている。

 だから、今の状況は心地よかった。

 彼女が嫌う、一般的な普通の人間が、異形へと変わり果てていく。

 その様は、自分と同じところに落ちてきているようで、とても心地よかった。

「赤ずきん。大祖母(グランマ)が心配していました。戻りませんか?」

「嫌です。ボクはまだ大鴉(レイヴン)を殺してません」

「そこは、俺と一緒に戻りたいとかいう場面じゃねーかなぁ。行かねぇけど」

 同様にターニャにとってザ・カーニバルは安寧の居場所だ。

 自らと同じような異形の集団(フリークス)たちが集う、あの場所はとても心地が良いのだ。

 姿か精神か、あるいは両方のために迫害された、彼女(ターニャ)のような人物も多く、ターニャもまた、ザ・カーニバルに対して深い忠誠心を抱いていた。

「それはよかった。これで、安心して赤ずきん(あなた)を殺せる」

「遊んでくれるのですか?」

「ええ、私はあなたが嫌いでした。私の居場所で、その仲間を平気で殺そうとするあなたが」

「それは違いますよ」

「何が違うのですか?」

「ボクはみんなで遊びたかったのですよ。だから殴りかかったのですけど、みんなが簡単に壊れちゃったんですよ」

「外からの意見だが、それを殺すっていうんだがな?」

「……やはり、あなたとは話にならない」

 ターニャが腰に手を回し3本のナイフを持つ。

 赤ずきんは笑顔で両腕を狼化。狼耳をぴくぴくと動かし、尻尾をふりふりと動かした。

「まぁ、待て待て」

「なんですか、大鴉(レイヴン)? ターニャは一般人でも警察でもないですよ?」

「いや、そうじゃねぇんだ。あいつとは一度戦って逃げられてる。そして、あいつの技は俺から見てもほれぼれするほど素晴らしい」

 小鳥遊が赤ずきんを押しのけ、前へと出る。

「だから、俺に戦わせろ。俺の早撃ちとあいつのナイフ。どっちが早いか勝負だ」

「ボクもターニャと遊びたいです!」

「3つ巴でもいいんだが……、それだとお前が圧倒的に有利だからなぁ」

 赤ずきんが頬を膨らませて、小鳥遊を見つめる。

 不満さを隠さず、じろりと小鳥遊を睨みつけた。

 それすら愛嬌がにじみ出ているので、ターニャは苛立った。

 小鳥遊は、懐を探り、1枚のコインを出した。

「よっし、じゃあ、コインで決めようぜ」

「イカサマしませんか?」

「しない、しない。ほれ」

 小鳥遊が振りかぶり、ターニャに向ってコインを投げつけた。

 100円玉だ。

 受け取ったターニャは困ったように、その硬貨を見つめる。

「……どうしろと?」

「あんたが投げな。それなら不正もないだろう」

「…………」

 仮面の上からも不満がありありと見えるが、二人同時に相手にするよりも勝機があるため、ターニャはしぶしぶ従う。

 ナイフを逆手に持ちながら、器用にコインを指の上にのせて、上へと弾いた。

 くるりくるりと、少しくすんだ色の硬貨が宙を舞い、ターニャの足元へと落ちた。

 足の裏でくるりと回っているコインをターニャが踏みつけた。

「あ、脚で隠されると見えませんよ」

「お前、見えたら確実に当てるだろうからな……表」

「む、先に言うのはずるいです。裏」

「……表だ」

「よっしゃ!」

 小鳥遊がガッツポーズした。

「大鴉(レイヴン)ばかりいつもずるいです」

「いつもつきあってんだから、たまには俺にもハメを外させろよ。おあいこだろ?」

「………夕飯のお肉2倍で勘弁してあげます」

「受け賜ろう」

 小鳥遊が赤ずきんの前に出る。

「よっ、久しぶり!」

 まるで友人に対する気軽さで小鳥遊はターニャの方向へと歩を進める。

「……貴様に用はない。巻き込まれたことは気の毒だと思うが、失せろ」

「……驚いた。ザ・カーニバルにもまともな奴がいるんだな」

 小鳥遊が歩みを進める。

 両手の拳銃を消し、両腰のホルスターに再生成した。

「いやまぁ、お前に関しては俺のほうから用があるんだ。さっきの会話聞いただろ?

 お前のナイフと俺の早撃ち。どっちが強いか勝負しようぜ」

「私に何のメリットがあるんだ」

「ねぇよ」

 小鳥遊が進んでいく。もはや二人の距離は10mを切っている。

 一般的にナイフと拳銃を比べた場合、近距離ではナイフのほうが有利とされている。

 触れ合うほど近い距離であった場合、抜く、狙う、放つの3アクションが必要な拳銃に比べ、抜いてそのまま切りつけることができるナイフの方が早いとされている。

 しかし、それ以上の距離があった場合はどうか。

 これも6m以上離れていない場合、ナイフと相討ちになるとされている。

 銃にはストッピングパワーというものがある。

 これは銃や小火器から放たれた弾丸が生物に着弾した際、生物を行動不能にさせる指標を表す。

 使用されている弾丸にもよるが、拳銃はストッピングパワーが強いモノではなく、致命傷や神経の断絶が起きなければ、走り寄ってナイフで突きさすことが可能である。

 そして、小鳥遊はターニャと5mほどの距離を開けて止まる。

「まだるっこしいことはどうでもいい。俺とお前は敵同士だ。会えば殺し合う。その形が違うだけじゃねーか」

 困惑するターニャを置き去りにして、大鴉(レイヴン)が言葉を続ける。

「だから、これからはただの遊びだ」

「俺の早撃ちとお前のナイフ。どっちが上か勝負しようぜ? 生い立ちもしがらみも因縁も全てどうでもいい。そんなことよりも全力で遊ぼう」

「命なんてコインみたいなものだ。弾けば消える程度なもんだ。だから、この一瞬を楽しもうぜ」

 そして、勝手に構える。

 後ろ手を腰の近くに回し、銃床の上で待機する。

 相手の動きがあれば即座に銃を引き抜き撃つことができるだろう。

 わざわざ距離をつぶしてくる不可解な行動を訝しがっていたターニャであったが、小鳥遊の言動を聞いて理解した。

 この男もまた、ある種、ザ・カーニバルの同類。即ち、己で決めた自己ルールに従って生きる類だ。

 それに加えて、大鴉(レイヴン)と呼ばれる男は自らの外見ではなく、ただただナイフの腕を評価しているようだ。

 ナイフの技術は血反吐を履くような訓練の末に得たものであり、それが評価されるのは敵であってもうれしいことであった。

 だから、1つ。試したくなった。

 ターニャがナイフを逆手で握ると、そっと仮面に手をかける。

「?」

 ペストマスクの男は訝し気にターニャを見つめる。

 仮面の下から現れた顔は二人分の顔であった。

 顔の中心を境いに、左右に1つずつ、口や鼻がついており、目は左右に1つずつと、その間に1つついていた。

 しかし、小鳥遊にとってそのようなことはどうでもよい。

 今重要なのは、目の前の敵と決着をつけるという一点のみだ。

「これが私の素顔だ。醜いだろう?これを見てどう思った」

「どうでもいい。死んじまえば美人もブスも大差ねぇよ。俺とお前が戦って死ぬ。それだけで十分だろうが」

「……、ふん」

 ターニャの頬が僅かにつり上がる。

 なるほど、どうやら大鴉(レイヴン)はナイフの腕しか評価していないらしい。

 それはそれで失礼な話であるが、この容姿に驚かず、純粋に自らの技能だけを評価していることは、ターニャに取って、何か誇らし気な気分であった。

「やっと、その気になったか。意外とスローターターな奴だなぁ」

「……ほざけ、度し難い奴め」

 ターニャがナイフを構えた。

 無手の右手を前に、逆手に構えた左を後ろへ。

 右足を前方に送り、重心を後ろ脚に乗せ、半分体が開いた構え。

 肩から生えるように出た残りの二本の腕はナイフを順手で握り、仁王像のように腕を振り上げると、切っ先だけ小鳥遊へと向けた。

 重心は後ろへと乗せている物の、身体は低く構え、上体は前傾し、小鳥遊から見ても隙が見当たらない。

 強敵を前に、小鳥遊が仮面の奥で唇を舐めた。

 吐息を1つ。

 じりじりと距離をつめてくるターニャに対して、小鳥遊は努めて脱力をすることに注力をそそいだ。

 右足を一歩前へ、半身となる。ターニャの視点から見ると、右側が前に、左側が後ろとなり、完全に左半身が隠れる形となった。

 小鳥遊は、右手を銃床に添え、引き金を包むようにそっとにぎった。

 余計な力は速度を殺す。

 必要なのは、適切なタイミングで反応して、狙い、引き金を引く事である。

 焦りや恐怖で、力付くで抜けば、力(りき)みでぶれて狙いを外してしまうだろう。

 それはこのターニャを前に致命的な隙となる。

 それがわかっているため、小鳥遊は精神を集中し、緊迫した場で体を弛緩させた。

 緊迫感を保ちつつ、身体は弛緩させるという矛盾した行為を両立させていた。

 ターニャがにじり寄る。

 小鳥遊が待ち構える。

 目線を読もうとも、3つ目である分、普段より読みづらく。

 肩の動きを読もうにも、4つ腕である分、いつもより見るべき点が多く。

 普段の鍛錬の成果なのか、軸のぶれが少なく、隙が読みづらい。

 こと、隙の少なさ、という点であるのなら赤ずきんとは比べ物にならない。

 街の狂騒が遠くに聞こえる。

 全身を覆う衣装の上から、風が通るのを感じる。

 破られたお菓子の袋が、風に流されていた。

 赤ずきんが、不服そうに二人を見ている。

 

 ターニャの突き出された右手が僅かに上がり、左手がその後ろに隠れる。

 その瞬間、小鳥遊が発砲した。

 ターニャが大きく、身を伏せながら前進する。

 低く、4本の腕、拳で地面につけて。

 小鳥遊の膝よりも低く、身を伏せ、しかし、普通に走るのと変わらない速度で、疾駆する。軽業を得意とする彼女は、腕一本であっても、自らの身を支え、腕で立つことができるほどのバランス感覚を持つ。

 地を這う蜘蛛のような疾駆。

 右手で抜いた銃を下に向けるが、間に合わない。

 立ち上がりながら伸ばされたターニャの左手が、小鳥遊の右手を捕えながら、上へと跳ね上げる。

 同時に逆の手が小鳥遊の右関節を外側から強打しようと伸び、他の2本の腕は腹部と首を切りつけようとして、それを予想していた小鳥遊が、右半身を囮に隠していた左腰の拳銃(リボルバー)を一瞬早く抜いた。

 攻撃に気を取られていたターニャの反応が遅れる。

 銃床でターニャは真ん中を強打され、そのまま銃を押し付けられるように上へ擦り殴られ、眼球を強打され、一瞬ひるんだ。

 その隙を逃さず、小鳥遊が発砲した。

「信じてたぜ、お前なら躱してくると」

 最初の接敵から、一撃目は必ず避けてくると読んでいた小鳥遊は、右半身を囮に、左の拳銃で倒すことを想定していた。

 それが上手くはまり、勝つことができたのだ。

 金属音をたて、ターニャのナイフが地面へと落ちる。

 小鳥遊は、丁寧にターニャを地面へと下ろすと、仮面を再び被せた。

 そして、道の脇へと移動させると、4つの手を組んでおいた。

 先に動きを予測していた小鳥遊のほうが一瞬早かった。

 勝負を分けた分かれ目はそれだけである。

 その事実に、小鳥遊は仮面の下で笑う。

「ふぅ……あぁ、くっそ……楽しいなぁ」

 ぶるりと、身体が震える。

 唇をちろりと舐めた。

「ははは、これだからこの遊びはやめられたない。

お前は良い敵だった。感謝するぜ」

 小鳥遊はターニャの死体に軽く頭を下げると、赤ずきんの元へと歩いていく。

 

†

 

 対峙するターニャと小鳥遊を離れて見ながら、赤ずきんは頬を膨らませた。

「オオカミさん、ボクだけ仲間外れとか酷いと思いませんか?」

『Grrrr…………』

 自らの頭巾に語り掛けると唸り声が返ってくる。

 じりじりとにじり寄りつつある二人が楽しそうで、赤ずきんとしては大変面白くない。

 いますぐにでも乱入して赤ずきんも二人と遊びたい。

 けど、大鴉(レイヴン)に怒られるのが嫌で我慢することにした。

 それにしても、と赤ずきん。

 毎晩、あんなにたくさん遊んでるというのに、大鴉(レイヴン)はやっぱりボク以外とも遊びたがるのですね、と胸の内がもやもやするものを感じる。

 だから、夕飯のお肉を2倍にしてもらうと言ったが、大鴉(レイヴン)の分まで食べてしまうことにした。

「大鴉(レイヴン)なんて、御飯抜きになっちゃえばいいんです」

 口をとがらせながら、自らの手をみながら赤ずきん。

 大鴉(レイヴン)の自殺まがいの銃撃(ロシアンルーレット)を受け止めたために、久しぶりに負った怪我の痕が見える。

 銃身を握り潰したためか、暴発に近い形になったためか、その小さな手には火傷痕と幾筋もの傷が残っていた。

 特に理由があるわけではないが、この傷は赤ずきんにとって“お気に入り”であった。

 自分でも止めた理由はわからない――多分、遊んでもらえなくなるから、きっと、たぶん――が、この傷は二人が共にいると約束した証だ。

 それが、何故か、とても心地よい。

 本当に自分はどうしてしまったのか、赤ずきんは自問自答するが、答えは出ない。

 もともと、その感情の正体がわからず小鳥遊の元を訪れたのだ。しかし、未だにの答えはでそうになかった。

 ただ、この楽しい生活がずっと続けばいいなぁ、と赤ずきん。

 それはとても、とても素敵なことだと赤ずきんは思う。そのためなら、いつもより大人しく振る舞うのもやぶさかではなかった。

 ターニャを倒した小鳥遊が、赤ずきんのほうへ歩いてくる姿が見える。

 赤ずきんはころっと笑顔に表情を変え、とりあえず、不満げにさせた罰として大鴉(レイヴン)に殴りかかることにした。

 

†

 

 赤ずきんが跳ねるように小鳥遊にとびかかる。

 爛々とした笑顔で、諸手を広げて落ちてくる赤ずきんを、小鳥遊は右に一歩ずれて、回避した。

 地に落ちる寸前、赤ずきんがくるりと地面を転がり受け身を取った。

「もう、なにするんですか! おとなしく殴られてください」

「どうして殴られると思ってるんだ?」

「え」

「おい」

 不思議そうに首をかしげる赤ずきんに、小鳥遊は脱力した。

 ころころと転がったためか、二人の距離が再び離れる。

「さっきは、ああいましたけど、やっぱり小鳥遊ばかりターニャと遊んでずるいです。ボクもあの4本腕とか引きちぎりたかったです」

 頬を膨らませて、赤ずきんが不満げに言う。

「お前、絶対、仲間から嫌われてただろう」

 肩を笑わせて小鳥遊がいつもの軽口をたたく。

「え」

 赤ずきんが目を見開く。

 いつもとは違う返しに、小鳥遊が訝しむ。

「あんまり遊んではもらえなかったです。あんなに楽しいのに、なんでかみんな殴り合ったり殺し合ったりしないんです」

 赤ずきんの瞳が小鳥遊を捕える。

「けど、大鴉(レイヴン)は違いますよね?」

 笑顔が消え、真顔となる。

 丸いが見開き、表情が消える。

 普段のある種、快活な少女から表情が消えた。

「そうだなぁ――」

 小鳥遊が答えようと、仮面の下で口を開いたところで。

 鼻につく匂いを感じ、小鳥遊が空を見上げる。つられて赤ずきんも見上げた。

 彼らのいた位置の影が濃ゆくなり、間を置かずして、巨体が空から降ってくる。

「なんだ!?」

 土煙が舞い上がり、コンクリートが割れる。

 衝撃で窓が割れ、きらきらと破片が降り注いだ。

 小鳥遊の視界に入ってきたのは巨大な人間であった。

 身の丈はビルの6階ほどはあるだろうか。車を軽々と持ち上げるほどの巨体と怪力、専用の服なのか全身を緑色のタイツのようなもので覆っている。

 指の一本一本すら電柱より太く、普通の人間など握るだけでつぶすのは容易だろう。

 彼は、道端に落ちていた車を1つ持ち上げると、軽々と小鳥遊へと投げつけた。

 大きく、その場から引いて回避する小鳥遊。

「あ」

 赤ずきんが巨人を見て、

「ギガス君です。お久しぶりです」

「………」

 巨人が赤ずきんの方を向いた。

 その赤色の瞳は敵意や怒りで濁っており、様々な感情が綯交ぜとなっている。

「?」

 赤ずきんが首をかしげる。ギガスはしばし、無言であったが、赤ずきんから顔を逸らすと、小鳥遊へと向き直った。

 無視されたのが嫌だったのか、あるいは小鳥遊との会話を邪魔されたことが気にくわなかったのか、赤ずきんはむっとした表情で、片手を鋭いかぎ爪へと変化させる。

 その彼女の回りにゆらりと人影が現れる。

 彼らは、どう見ても一般人だ。

 リング状の首輪をつけ、怯えきった表情で赤ずきんの回りを囲っている。

 手には銃器や日本刀といった明らかに通常持ちえない凶器を持っていることから、近隣の人々というわけではないだろう。

 しかし、殺傷の意志があるかというとそのようにはみえず、銃器の重さにふらついている人員も珍しくない事から、どうにもちぐはぐな集団であった。

 悲壮感に塗れた彼らの背後、空に浮かぶ飛行船の巨大モニターに映像が映し出される。

 そこにはさるぐつわを噛まされ、椅子に縛られた子供たちが映し出されている。

「頼む!死んでくれ!」

「あなたが死なないと、子供が!子供が……!」

 彼らはたどたどしく短機関銃を持ち上げる。持ち方もよくわかってないのか、抱えるように持ち上げるものや、片手で構えているものも存在した。

 引き金に指をかけると、反動で銃が跳ね上がり。あるいは、御しきれずに銃口がぶれまくり、あらぬところを斉射している。

 50、60の銃口が集まり、弾丸をばら撒けば、それなりに当たるというもの。

 赤ずきんが弾丸を受けて、少しよろめいた。

「んー」

 しかし、ダメージが入った様子はなく、彼女は暢気にも奇妙な集団を眺めている。

 赤い頭巾で半分隠れた顔に銃弾が辺り、頭巾が跳ね上がる。

 可憐な少女の顔、その半分が無骨な狼のものへと変貌していた。

「今回、狩人(レイヴン)は禁止って言ってませんでしたね! なら、いっぱいいっぱい遊べます」

 そして、両手も変貌する。

 袖口から見えていた白く華奢な手が膨張し、ぞろりと灰色の毛が生え、その指先には白く太い、鍵爪へと変化する。

 銃弾を喰らっても平然としている異形の少女に恐れをなしたのか、彼女を囲っている集団が面食らったように顔を引きつらせ、数歩下がる。

 それでも彼らは自らを奮い立たせ、赤ずきんから逃げることはなかった。

「あはっ。オオカミさんたち、頑張ってください!」

 

†

 

 品よく仕立てられた革靴が飛行船の床を踏みしめる。

 鉄仮面の男、ピネローが一歩歩くたびに、金属音が室内に響く。

 ふよふよと飛ぶ船内には、無数のモニターが置かれ、それらは下の赤ずきんと謎の集団との戦いを映していた。

「――家族愛、という言葉がある」

 ピネローはモニターに向っておいてある椅子の後ろを歩いていく。

「大祖母(グランマ)がよく提唱している言葉であるが、吾輩はそれに共感を覚え、多大な賛同をするものでね」

 こつりこつりと、硬い音が響く。

 鉄の仮面で覆われた顔は表情を映し出さないが、豊かな白いひげを蓄えた口はにやりと笑っている。

「本来は他人でしかないはずの人間たちが家族という名のもと連なり、協力し合う関係。何とも素晴らしいとは思わないかね?」

「そのためには時に無私の、自己を犠牲にすることして家族の丈に尽くす、その在り方。これこそ、まさに人間の美しさというものではないか」

 両手を広げ、ステッキをくるくると回しながら、室内を徘徊する。

 楽し気にモニターに視線を向けた。

「まさに今の状況のようにであるな」

 そして、無数に並べられている椅子の1つに顔を近づける。

 そこに座らされられているのはまだ5歳ぐらいの子供。

 彼はさるぐつわを噛まされ、恐怖と絶望に顔を歪ませながらモニターに見入っていた。

「君のご両親はぜったに叶わないとわかる赤ずきんに対して、果敢にも挑みかかっている。なぜかわかるかね?」

 んん?と、聞くが、答えられるはずもない。

「愛だよ、愛。家族に対する、君に対する愛情。それらが彼らの脚を進めている。何とも素晴らしいことではないか」

 画面の中では、涙ながらに挑みかかる男女を赤ずきんが引き裂いてる。

「普段はさらった子供の命と引き換えに、夫婦同士や別の家族と殺し合わせて見たりするのだがね、今回は特別な趣向として赤ずきんに挑んでもらうことにした。万が一、彼らが勝てば君達は開放するつもりでいるが――」

 そして、ピネローが話しかけている子供の親に、赤ずきんが手を伸ばす。

 その子が大きく目を見開き、やめて!と懇願するかのように首を振る。

 が、そのような祈りは届くことなく、その首を引き抜かれた。

 脊髄がだらんと垂れさがる。その衝撃的な死に様をみたためか、子供が大きく目を見開き、そして、次の瞬間、彼の首に巻かれたリング状の爆弾が爆発し、首が弾けとんだ。

 これで、何人目だろうか、飛行船の室内では、同じように首を爆破された子供の死体が散乱している。

「ふむ。やはり無理なようでありますな。それにしても、現場にいれば事情がわかるであろうに、このように無残に殺すとは。やはり、あの赤ずきんは人でなしですな」

 君もそうで思うだろう?と、ピネローは他の椅子の子供へと話しかけた。

 

†

 

 赤ずきんの能力は実のところ単純である。

 強靭な皮膚、頑強な剛毛、重圧な筋肉、それらを併せ持つ人狼化。

 即ち、超人種(サイオン)としても明らかにおかしな水準を持つ耐久性(タフネス)と力(パワー)である。

 守りであるのなら短機関銃の斉射を喰らってもケロリとしており、また、攻めに回るのなら鋼鉄を容易く曲げ、人間など紙の如く引き裂く。

 現に今も襲ってきた集団の一人、防刃・防弾コートに身を包み、その下に装甲を着込んだ男の腹部を、まるで水に手をいれるような気軽さで、手を貫通させ、その内部を掻きまわしていた。

 つんざくような絶叫が駅前に広がり、周囲の人間が恐怖におののく。

 が、自らが死ねば、同時に子供が死ぬ。

 ピネレーと名乗る鉄仮面の男は、首輪について懇切丁寧に説明し、実際に1つの家族を殺して実演して見せた。

 故に、彼らとしても引く訳にはいかなかった。

 赤ずきんの小さな鼻がすんすんと動く。

 彼女は大きく息を吸った。

 ――実のところ、ピネレーは彼らが赤ずきんを討つことなど全く期待してなかった。

 度し難いが戦闘力だけは確かな怪人や訓練した戦闘員すら彼女に傷をつけることはできないのだ、素人に武装させてむかわせたところで戦果は火を見るより明らかだろう。

 だから、1つ策をつけることにした。

 彼らには説明していない赤ずきんの弱点。

 即ち、彼女もまた生物であることだ。

 物理的な火力をほとんど無視するほど強靭な彼女であるが、それでも食事し、呼吸する生物には変わらない。

 故に、彼らの首輪には無色無臭の毒ガスが仕込まれているのである。

 いくら赤ずきんであっても、それを喰らえば無事では――。

「ふぅー」

 赤ずきんが首輪に対して息を吹きかける。

 強風とも変わらないそれは、爆発した首輪の爆風を毒ガスごと退ける。

 吹きかけられた息に揺られた観葉植物が横倒しとなった。

 途中にいた集団のうち数人が、泡を吹いて倒れる。口の端から泡を零し、地面の上をひっかいて苦しみを表している。

 どうやら息がすえていないようだ。

 本来、無臭であるはずなのだが、それでも赤ずきんの鼻はそのあり得ない臭いを感知した。

 恐らくガス――とまで考えはしなかったのだが、なにかありますーとぼんやりと考えた、彼女の対処法は単純だ。

 大きく息を吸っておき、爆発の瞬間を狙って息を吐き出し吹き飛ばす。

 文字で書くと簡単であるが、文字通り強風の如きソレは効果的であった。

 知らされていなかったとはいえ策が通じなかった以上、彼らに勝ち目はない。

 しかし、それでも愛する子供のため。

 彼らは最後まで赤ずきんに立ち向かっていった。

 

†

 

 赤ずきんの背中から生えた狼男の腕が、3人の被害者をまとめて、雑巾のようにねじりあげる。彼らは血の泡を吹きだしながら、骨が皮膚を突き破り、1つにまとめられた。

 それを放り捨てながら、赤ずきんは飛行船を見上げる。

 子供たちが移っていたモニターには既に生存者はなく、部屋にはその残骸転がっている。

 脳漿や目玉が飛び散った部屋には鉄仮面の男が写っており、溜息をついている。

「まったく、このように美しい家族愛を引き裂くとは。君には人の心がないのかね?」

「楽しかったですよ。もっともっと遊んでください。大鴉(レイヴン)に禁止されずに遊べるのも久しぶりなんです」

 飛行船の中にいるピネローに聞こえるはずもないのに、律儀に答える赤ずきん。

「まぁいい。吾輩の元に来たまへ。貴様に顔を剥がれた恨みを剥がしてくれよう」

 赤ずきんは笑顔でうんうんと頷く。

 地面を思いっきり踏み抜いた。

 赤色の弾丸となった彼女は、駅を足場にビルの屋上に昇り、そこから一息に上空に浮かぶ飛行船にまで、跳躍した。

 

†

 

「……あいもかわらず、出鱈目であるな」

 先ほどまで破裂音が響いていた部屋で鉄仮面の男、ピネローは呟く。

 画面は飛行船内部の監視へと切り替わっており、そこには床を引き裂き侵入してきた赤ずきんが写っている。

 大きく穴の開いた床には、ふよふよと浮かぶ白い雲が映っており、気圧の影響か穴から外へ向かい吸い込まれるような空気の流れが発生しているようで、室内の塵やゴミが吐き出されている。

 彼女の赤い頭巾も、穴の方向に向かってはためいていたが、彼女は気にした様子もなく、扉を壊すと、船内へ進んでいった。

「だが、その余裕もどこまで続くかな?」

 そして、ピネローは船内の防衛装置を発動させた。

 

†

 

「あはははは! たーのしー!」

 赤ずきんが大笑する。

 二重、三重に装甲を増やした船内の壁に銃弾が反射する。

 各所に設置された機銃が赤ずきんに向って斉射されるが、彼女は一切、気にしていない。

 床を蹴り、壁を足場にして、時には天井すら移動に利用し、立体的に移動する彼女に機銃の動きがついていけていない。

 しかし、数に任せて、複数個の機銃による掃射はもはや弾丸の壁が形成されているような状態となっており、動きについていけないまでも、ある程度は彼女に当たっていた。

 されど、当たってはいるのだが、人狼形態の彼女には一切ダメージはなく、弾の雨の中をまるで何もないかのように進んでいく。

 トレードマークである赤い頭巾などはずたぼろとなっていたが、彼女自身に損傷はなかった。

「どこにいるかわかりませんから一気に行きましょう」

 赤ずきんが装甲に覆われた破壊して、次々と部屋を移動する。

 重機関銃すら破壊されない装甲壁であるが、彼女には濡れた和紙のように容易く破壊されていく。

 彼女が鼻を動かし、昔、嗅いだことのある匂いを探す。

 きょろきょろと、周囲を見渡した後、にぱぁと表情を輝かせ、懐かしい匂いのするところへと一気に駆け抜けた。

 

†

 

 みしり、と音がする。

 床の敷物が歪んだと思うと、みきみきと、引きのばされ、千切られる。

 空いた穴から、狼男の爪が現れ、さらにその穴を大きく広げた。

 現れたのはぼろぼろになった赤い頭巾を来た少女だ。

 彼女は楽しげな様子で、鉄仮面の男へと話しかけた。

「とーちゃく、です。久しぶりですね、ピネレー。元気にしてましたか?」

「どの口がいうのかね?」

 鉄の仮面で覆われた彼の表情はうかがえないが、その言葉には憎悪が滲んでいた。

 品の良いのスーツの下が蠢き、破れる。

 その下から見えるのは黒い鋼鉄に包まれた体。

 それらの機体が開き、中から発射口が覗いている。

 こつりと、杖を突くと、彼の背後から無数の銃火器が現れた。

 床が開き重機関銃が上昇してくる。

 天井から機銃から降りてきて銃口が赤ずきんへと向けられた。

「貴様に顔を剥がれてからというもの、今日まで貴様のことを忘れたことはなかったぞ」

「あれは楽しかったですね。もう一度しましょうか?」

「……獣は言葉を解さないか」

「む、それは酷いです。女の子に掛ける言葉じゃありませんよ」

「貴様を女とみる輩がいるのであるか? 相当なもの好きか被虐嗜好者(マゾヒスト)ぐらいであろうよ」

「ひどい。ひどいですよ、ピネレー」

「事実であろうが、この化け物が」

 赤ずきんが頬を膨らませ、目を細めて抗議する。

「いっておきますけど、ボクも傷つくことはあるんですからね?」

「はっ、貴様に人心などという上等な物はなかろう」

 見ろ、と部屋の惨状を指さした。

「これが貴様がやったことだ。人心があるのなら、あのような惨状で手を止めるはずだ。あのような哀れな者達に手を掛けるはずはなかったはずだ。しかし、貴様はそうではない

 これこそが、貴様が獣(けだもの)という何よりの証ではないか!」

 本心から怒っているようで、口から唾を吐き出しながら赤ずきんへと怒鳴りつけるピネレー。それに対し、赤ずきんは不満げに口をとがらせ、目を逸らす。

「獣(けだもの)とか女の子に言うと嫌われますよ、ピネレー」

「嫌われ者の貴様には言われたくないな」

「そんなことはありません。今はちゃんと遊んでくれる人がいます。ものすごく仲が良いんですよ?」

「本当に、そう思うのかね?」

「むむむ。どういうことですか」

「君のような度し難い人物に好意を抱くようなもの好きがいるとでも?」

「けど、大鴉(レイヴン)とは仲良くやってますよ」

「本当に仲良くやってるのかね? 命惜しさに媚びてるだけではないのかね?」

「そんなことないですよ!」

 赤ずきんが反論する。

 彼女に人の心は判らないが、ザ・カーニバルに所属していた時の経験から、避けられていないのは判る。

 ともに遊んでくれる大鴉(レイヴン)が自分を嫌っているはずがない。そのはずだ。

 そう、赤ずきんは自らの手に残る傷を見ながら思う。

 しかし、ピネローはそれを鼻で笑った。

「それは本当に貴様のことを気に入ってるのかね?」

「気に入ってくれてると言ってくれました!」

「はははは、あり得ないことであるな。貴様を受け入れてくれたのは大祖母(グランマ)ぐらいであろう。その大祖母(グランマ)すら貴様を裏切ったのだ!」

「そんなことないですよ! ボクのこと気に入ってると言ってくれましたし、好きか嫌いかといったら好きだと言ってましたよ!」

「まぁ、なんとも微妙な好意だな」

「それに、ボクのことを殺してくれるとも言ってくれました! つまり、最後まで遊んでくれるんです!」

「なんとも倒錯的なあったものだ。やはり、君は人の心というものがわかってないな、馬鹿な赤ずきんよ」

 肩をいからせる赤ずきんに対しピネレーは薄笑いを浮かべた。

「いいかね? 君はもともといた集団を裏切ってきたんだ、そんな信用ならない相手。しかも悪役(ヴィラン)を信用する人物などおらんよ」

「加えて言うなら、君を殺すというのはそのままの意味であろう。大方、吾輩たちの脅威が消えた後に殺すという意味であろう? それは、ただ自らの生活のために不要な貴様を消すというだけであろうよ」

「そもそもだ、貴様は人を殺すこと、弄ぶことをやめようとしない度し難い存在だ。そんな人間に好意を抱く? 友達になる? そんなバカな話があるものか。あるとしたなら、それは貴様と同じような殺人鬼であろうよ。しかし、奴は違うであろう?」

 ピネレーは大鴉(レイヴン)の情報について思い返す。

 姿、形はなんとかつかめたものの大方の情報や本拠地は不明なままであるが、彼が関与した事件についてはそれなりに知ることができた。

 大鴉(レイヴン)、関わった事件の加害者に関しては容赦なく殺していくものの、被害者や巻き込まれに対して手を出すことは好まず、できる限り助けようとする傾向があるヴィジランテだ。

 目の前の誰彼かまわず殺そうとする赤ずきんとは違い、それなりに社会性がある人物であると思われる。

 ならば、赤ずきんを殺すといったのは本心では、ただ邪魔だったからであろう、とピネレーは考えた。

「確かに大鴉(レイヴン)は余計な殺しはするなって、よく言ってますけど……」

 赤ずきんの言葉に確信を深めるピネレー。

「なるほど。では翻って貴様はどうだ? まぁ、答えを聞かずとも駅前の死体が答えだろうが」

 この赤ずきんのことだ、誰彼構わず殺そうとするのは変わってはいないはずだ。

「……よく注意はされてます」

「どうせ、誰れ構わず殺そうとしているのであろう?」

「違います! できる限り苦しめてみたいだけです! それに普段よりは大人しくしてますよ」

「毎日殺されかけて、殺しに来た相手に好意を抱く相手なぞおらんよ。ザ・カーニバルで散々体験したことであろう」

「確かに、みんな何故かボクのことを避けてましたけど……」

「そこで“何故”と出るから貴様は嫌われるのだ」

「そんなことは――」

 と、ふと少し前の問答を思い出す。

 皆に嫌われていると、言った大鴉(レイヴン)は本人はどう思っていると言おうとしていたか。答えを聞く前に分かれてしまった。

 答えが出ずに沈黙する赤ずきん。それを見たピネレーが嘲笑う。

「貴様のような暴力の化身に好意を抱くものはおらんよ」

「いいか―――」

 そして、会話は終わりとばかりに、機銃が一斉に赤ずきんへと向く。

 ピネレーの身体からも銃口が突き出てくる。

「貴様は、誰にも、愛されない」

 そして、銃弾が発射される。

 赤ずきんは避けない。

 その白い肌が変化する。

 灰色の剛毛を纏う人狼へと。

 そして、ゆっくりピネレーへと歩んでいく。

「そんなことないです」

 白く細い指は太く変わり、鋭利な鍵爪が生える。

 頬が大きく裂け、口が突き出て狼の顔へと変化する。

 その分厚い筋肉と体毛は銃弾をまるで雨の様に浴びながら、しかし、全く気にせずに歩みを進める。

 彼女の背後、堅牢な装甲で作られた壁が銃弾の圧力に耐えきれず凹んでいくが、彼女は気にも留めない。

 しかし、それは予測していたピネレーはにやりと笑うと、切り札を切る。

「化け物ものめ。しかし、何度も言おう、お前を愛する者などいない。その事実を胸に――」

 突き出てくるのは誘導弾。

 着弾した衝撃を一点に集め、戦車の装甲すら貫通する代物だ。

 ピネレーの本体にも同じく対戦車用の徹甲弾が装填される。

 相手の装甲よりも固い代物を、高速で叩きつけれやれば分厚い装甲であっても貫通できる。そのような思想で使われた厚い装甲を破るための弾だ。

「貴様は、ここで死ぬがよい」

 白煙を残して誘導弾が発射される。

 AIで同期しているピネレーの身体から同じく無数の徹甲弾が発射された。

 赤ずきんが腕を振るい、いくつかの誘導弾を切り落とす。

 しかし、全てを防ぐことはできず、無数の徹甲弾と誘導弾が彼女の身体を捕えた。

 耳をつんざくめくような轟音が響く。部屋の中なので反響するそれらは常人であるなら鼓膜が破れていただろう。

「―――そんなことないもん」

 しかし、煙の中。

 爛々と輝く瞳がピネレーを捕える。

 金色の瞳は無表情にピネレーを見据えると、銃弾の雨が降りしきる中、高速で人狼の腕が伸ばされた。

 機械化されたピネレーは部屋に張り巡らせておいたセンサーと同期させ、赤ずきんの動きを見切っている。

 故に、いくら早く動かそうとも、彼女が動き出した瞬間をセンサーで捕え、ピネレーは先に回避行動へと移っている。

 伸ばされた狼の腕は回避される。

 しかし、彼女の腕は止まらない。そのまま、飛行船の床に振り下ろされると、一気に飛行船の外まで引き裂いた。

「馬鹿者ものめ! 床を壊してどうする!」

 怒鳴るピネレー。

 しかし、赤ずきんはそんなことを気にせず、言葉を重ねた。

「そんなことないもん! 大鴉(レイヴン)はボクのことを気に入ってるといってくれましたし、ボクのことを最後まで面倒見てくれるっていってくれました!」

 子供が駄々をこねるかのように出鱈目に腕が振り回される。

 そのたびに、床が裂け、天井が破裂し、機銃が薙ぎ払われる。

 徹甲弾と誘導弾はそれなりに利いたのか、痛そうなそぶりは見せている物の損傷はなさそうである。

 最後に腕が天井へと伸ばされ、防弾性の気球を貫通する。

「だから、そんな意地悪なこと言わないでください!!」

 さんざん室内が壊され、同調しているセンサーからの情報が途絶える。

 床が裂かれたため、気圧の変化により室内から外へ強烈な吸気が発生しており、ピネレーの動きが鈍る。子供の死体や部品が外へと盛大にばらまかれた。

 そこへ、気球の破壊による飛行船の墜落である。

 飛行船内は大きく揺れ、まるで振り回されているかのようにしっちゃかめっちゃかとなった。

 くるりくるりと円を描きながら墜落していく気球。

 脱出しようと、ブースターのついた機械の羽を展開するピネレー。

 しかし、窓を突き破る一瞬前、赤ずきんの伸ばされた腕が彼の足を一本、そぎ落とす。

 配線を垂らし、螺子や歯車を落としながら窓から脱出する、ピネレー。

 内部の弾丸をすべて使い果たしていたのも幸いした、重量が軽くなった分、早く動くことができた。

 落ち行く飛行船を尻目にピネレーはこの空域を脱出した。遠からず、燃料は尽きるがその前に安全な場所まで移動することはできるだろう

 そして、飛行船はそのまま螺旋を描きながら地面へと落下し。

 そのまま追突するのだった。

 

†

 

 炎上する街。

 墜落した飛行船からむくりと、ひとつの影が現れる。

 ぼろぼろとなった赤い頭巾は煤こけており、汚れが目立つ。

 白い服に赤い返り血が目立っている――赤ずきんだ。

 彼女はぱんぱんと埃をはらうと、特に怪我も無く歩き出した。

 ピネレーは好かれていないと言っていたけれど、そんなことはない。

「ない、はずだもん……」

 珍しく弱気な様子で、赤ずきんが呟いた。

 墜落した飛行船に驚き、事故の様子を見に来た野次馬には目もくれない。

 少なくない野次馬がこの様子をスマートフォンなどで撮影しているが、彼女は気にした様子もなかった。

 そして、鼻をすんすんと動かし、大きく跳躍すると。

 ビルの壁を蹴り上げ登りながら小鳥遊を探すのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。