小鳥遊がリビングでくつろいでいる。
テレビではバラエティ番組が映っており、芸人の話に合わせ、観客と小鳥遊が笑う。
それを退屈そうに赤ずきんが見ている。
赤ずきんは小鳥遊の膝に頭を乗せたまま、
「小鳥遊はボクのことを怖がらないのです?」
「あん? どうしたんだ、赤ずきん」
「みなさん、ボクのことを怖がって近寄ってこないので、小鳥遊がそうしないのが不思議だったのです」
小鳥遊はテレビから視線を外し、
「まぁ、お前は狂っちゃいるが、怖くはないな」
「怖くないのです? あれ、前、怖いって言ってたような気がしますよ?」
「そりゃ、恐怖あるが……怖さはあんまりねぇんだよなぁ……」
「矛盾してますよ、
小鳥遊の腹をつんつんとつつく赤ずきん。
赤ずきんとしては軽くつついたつもりであるが、小鳥遊にとっては鉄棒でつつかれたような痛みを感じ、顔をしかめる。
「痛ぇよ……。恐怖と怖さはまた別なんだよ。お前みたいな強者は強みを推しつけてくれうだけだから動きを読みやすい。だから、恐怖は会っても怖さは少ないんだよ」
そうだなぁ、と小鳥遊は少し考え。
「それよりも俺は少年が腐ってるやつが力を持っている方が怖いな。あいつらは手段を択ばないからな」
まぁ、そういうやつほど、俺の餌なんだが、と付け加える。
赤ずきんはやはりよくわかっていないようで、小首をかしげていた。
「つまり、どういうことですか?」
「お前はかわいいってことさ」
「むー、なにか誤魔化された気がします」
「気のせいだ」
頬を膨らませる赤ずきんを見て、小鳥遊は笑うのだった。
†
商店街を手早く鎮圧したワンダーガールは空を飛び、街の惨状を眺めながら、次は何処に救援に向かうべきか考えていた。
白と黒のタイツに包まれた豊満な胸を揺らしつつ、彼女は宙をふよふよと浮かび、高速で飛行していた。
轟音が響く、ワンダーガールが音の方を向く。
そこには巨人が瓦礫の山を振り上げ、いま、まさに投擲しようとしていた。
それを見たワンダーガールは次の目標を定め、黒白の稲妻と化した彼女は空を裂き、
そちらへと舵を切った。
†
――巨人というものがある。
人をはるかに超え、山や谷に匹敵するのではないかと思えるような巨大な人型生物である。
北欧の巨人や日本のデイダラボッチなど、各地に国生みの逸話などに絡む通り、スケールの大きな話に絡んでくることも多い規格外な存在だ。
しかし、彼らは強大ではあるものの、実際の扱いとしてはどうかと言われると引き立て役が多いと言える。
聖書に語られるダビデとゴリアテの如く、巨人の強大さが語られた後に英雄に華麗に倒されるまでが一つのセットとなっていることがままある存在である。
本当に――?
本当に巨人はそのような存在なのだろうか。
例えば人間の大きな武器の一つに投擲、というものがある。石をもって投げる、というシンプルな動作だけど、あまたの動物が攻撃できない位置から一方的に攻撃できると畏多大なアドバンテージがある戦略を取ることができた。
ならば。
人間よりもはるかに大きな存在である巨人がそれを駆使したならば、それはもう投擲などという生易しいモノではなく、爆撃に匹敵するほどの火力となるだろう。
「……あー、くっそ、やべぇ、俺じゃ火力が足りねぇ」
轟音。
小鳥遊のすぐ傍を一抱えもある巨大な瓦礫が飛んでいく。
風切り音だけでも身がすくむほどであるが、直撃せずとも、瓦礫が被弾した影響で発生する砂利だけでも、叩きつけられるように当たるため痛い。
小鳥遊が服の下に装甲代わりの鉄板やプロテクターをつけていなかったら、この砂利だけで挽き肉になっていたかもしれない。
それでも既に鉄板は拉げ、プロテクターには罅が入っている様で、あまり無防備に喰らい続けるのは危険であった。
現在、小鳥遊が生き残っているのは金属製の巨大な支柱の後ろに隠れているからであり、その柱も既に度重なる投擲で拉げ曲がり、一部はすでに破断して、ぎざぎざとした断面を晒している。
先ほどの戦いで屋根が壊れていたのはむしろ幸いだったかもしれない。
屋根が残っていたら、投擲に巻き込まれ崩落し、小鳥遊も巻き込まれていたかもしれない。
柱の後ろに隠れながら、小鳥遊はこれからどうするかの算段を考える。
全身を覆っている黒い衣装はすでに擦り切れ破れ、マントも片翼が千切れ飛んでいた。
仮面の部分も罅割れてきていたので、一度、全身の衣装を再形成しなおす。
幸い、怪我は軽傷程度で済んでるものの、このままここにいても無事という保証はない。
というよりも、このまま柱が壊れれば、爆撃のような投擲でやられるのは目に見えているので、早々に手を打つ必要があった。
砕けたガラスを鏡代わりに状況を確認する。
巨大化して皮膚も厚くなっているのか、ただ銃弾を撃ち込んでも有効打にはならないようだ。
ギガスは、と言えば、無造作にビルをむしり、小鳥遊の方へと投げつけている。
その表情に真剣さはなく、ただ、ただ面倒くさそうな表情と共にやる気なさげに投げつけてきている。
それを見ながら、どう吠え面書かせてやろうかと、思案した。
小鳥遊の周囲に轟音、衝撃が彼を揺らす。
「さん、にー――」
油断しきっているギガスは片手でビルをむしっており、もう片方は手持ちぶたさ、つまり連続して投げつけられることも無く、次弾をもって構えてもいない。
三度、小鳥遊の回りに轟音、周囲の建物にも容赦なく瓦礫が降り注ぎ、いくつかの建物が倒壊する。
安全策を取るのなら、瓦礫の礫をやり過ごしつつ、この場を脱出することである。
小鳥遊の弾丸は単体では皮膚を貫通できないため効果をなさず、また、一撃で殺しきるだけの威力が出ないため、反撃で返り討ちに会う可能性が高い。
ならば、ここは一時撤退するべき場面ではあるが――
「いち、ゴー!」
上から瓦礫が降り注ぐ中、柱の影に隠れ射撃。そして、柱の影から出ると駆けだした
だからこそ、
何故か走らないが、ギガスの悪意は小鳥遊へと向かっている。
故に、小鳥遊が逃げると他にそれ向く可能性があった。
また、このような悪心を逃すのはもったいない、それを喰らって悪心収集の足しするつもりであった。
そしてなによりもこの状況から勝てたならきっと楽しいだろう。
ぎりぎりの敗北しそうな状況から逆転を狙うのは小鳥遊の何よりの楽しみの一つであった。
ギガスが眉を顰める。
訝しかみながらもビルを掴もうとして、唐突な痛みに顔をしかめる。
指の間に針を突き刺されたような痛み。
小鳥遊が拳銃を抜いていた。
銃口から白煙が上がる。
ギガスの指先に銃弾が埋まっている。
指と爪の間、その隙間を狙った銃撃。
赤ずきんとの高速戦闘で慣れたため、できるようになった離れ業であった。
「この……むしけらがぁっ!!」
激昂するギガス、ビルの破片を投げつけようとする。
しかし、それよりも先に小鳥遊が銃を撃ち放つ。
狙いは――眼球。
それに気づいたギガスが開いてる腕で目を庇う。
連続した発砲音。
肘に痛みがはしり、ギガスは混乱する。
小鳥遊の
しかし、小鳥遊は一度撃ち込んだ部分に連続して命中させることで、銃弾を押し込み有効打へと変える。
小鳥遊がギガスが視界を塞いだのをいいことに死角に入るように回り込む。
「小賢しいっ!!」
ギガスがビルの屋上を掴み上げる。
小鳥遊の周囲に、瓦礫を防ぐことができる障害物はない。
「そこだ」
そして、小鳥遊は仮面の下でにやりと笑った。
建物を周回するように回り込んだ弾丸。
小鳥遊の反対方向から飛来したソレ。
完全にギガスの死角から飛んできた一撃が、ギガスの片側の目に突き刺さり、そして、視界を奪った。
野太い悲痛の声が響き渡る。
ギガスが片目を抑えながら、暴れている。
それに巻き込まれないようにしながら小鳥遊がギガスの側面へと回り込んだ。
大粒の涙を流しながら、ギガスが小鳥遊を睨みつける。
視界の片方が完全に闇に閉ざされ、光を失っていた。
目で触ると血と子硝体を流し、目の奥の弾丸が突き刺さったのか、ずきりずきりとする。
魔弾。
小鳥遊が柱を出る前に放った魔弾がギガスの視界を奪ったのである。
そして、ギガスにそれを悟られないため、あえて建物を大回りする軌道で魔弾を放ち、小鳥遊は自らを囮にすることとした。
弾丸が途中で瓦礫に遮られないか、気づかれて目を防がれないかなど、ある種の賭けであったが、小鳥遊は勝利した。
しかし、悟られないためにあえて大回りのコースを選択したためか、飛距離に比例するかのように威力は落ちていたため、目を貫通して脳までは達していないようだ。
さらにダメ押しとばかりにギガスの耳穴に銃弾を撃ち込む小鳥遊。
体格差からすると虫にさされるようなダメージに過ぎないが、それでも神経の多く通った敏感な部分に、高温の銃弾を撃ち込まれてはたまったものではない。
ギガスの顔に苦悶の表情が浮かび、大きく跳躍する。
小鳥遊が舌打ちした。
次は耳を聞こえなくしてやるつもりであったため、跳躍して距離を取られるのは困るのである。
ギガスが着地する。地面が大きく揺れ、小鳥遊はバランスを取るため、片膝をついてその場にとどまった。
ギガスが腕を振り回し、周囲のビルを薙ぎ払う。
幸い、距離を取っているため、小鳥遊は瓦礫の降り注ぐ範囲の外であった。
それでも、飛来物に気を付けながら立ち上がり、ギガスを見据える。
ギガスが、瓦礫篇を掌に握る。
「動くな、大人しく潰されろよ、虫けら」
「そんな言われ方をした聞くと思うかい?」
「思うね。お前が避けるのなら、次はこの瓦礫をあっちの街中へと投げつける」
「――テメェ、下らん真似してんじゃねぇよ」
ギガスが混乱の渦中にある都市部を指さす。
この巨人が瓦礫片をそちらに投げつければ、どれほどの被害が出るか。
空から降り注ぐ人間大の瓦礫片、災害といっても過言ではない。
「俺にそんな脅しが通じるとでも思うのか?」
小鳥遊が
「お前みたいなヒーローはこういう状況になるといつも動けなくなるんだろう?」
「………」
無言。しばしの時が流れ、小鳥遊が銃を下ろした。
にたり、と嗜虐的な笑みをギガスが浮かべ、腕を振り上げる。
ぎりっと、小鳥遊が歯を食いしばる。
考えろ、考えろ、考えろ。
まだ何か手はあるはずだ。
あの瓦礫が投擲される前に仕留めきれれば、助かる。しかし、そのために必要な火力が小鳥遊にはなかった。
魔弾は軌道こそ自在に操れ、必中の一撃ではあるが、威力自体は通常弾と大差ない。
弾切れの心配なく撃ち続けることはできるが、しかし、いま必要なのは弾数ではなく威力である。
ならば、なにか手はないかと周囲を見渡す。爆発物でもあれば有効打になるかもしれないが、視界に映る中にはありそうにもない。
もし、赤ずきんが傍にいるのなら、小鳥遊が牽制を入れ、その隙に赤ずきんが有効打を繰り出せたかもしれない。
ここまで考えたところで、赤ずきんがいること前提の思考をしていることに気付き、小鳥遊は仮面の下で笑う。
「まったく――」
いつから、あいつがいるのが自然になったのやら、と、肩を竦めた。
ギガスの投擲が放たれる。
視界の端に一条の白と黒の閃光が見えた気がした。
†
死とは生命を燃やし尽くす劫火のようなものではある、とは誰の言葉だったか。
顔見知りのヒーローの言葉だった気もするし、敵対したヴィランの言葉だった気もする。
ゆっくりと動く時間の中で小鳥遊は場違いな言葉を思い出していた。
しかし、小鳥遊に言わせるならば死とは深夜の海原でおぼれるようなもの、だと思う。
薄い星明りの中、周囲には何もなく、得体のしれない海底へと沈んでいく。
必死にそれに抵抗するが、やがて力つき、海原に沈み、そして痕跡すら残さず消え去るのだ。
そうなってしまえば何も感じられなくなる。
呼吸ができなくなるような苦しみも、殺してくれと懇願したくなるような痛みさえも消えてなくなるのだ。
で、ある故に、痛みも恐怖も生きているものの特権である。
走馬燈が走る。
頭はこれまでの人生を思い返しながら、身体は勝手に動く。
無駄だとわかりつつも、手近にあった尤も大きな瓦礫の後ろに転がり込み、身を伏せる。
もはや賭けである。瓦礫を楯に身を伏せて被弾面積を下げ、当たらないことを祈るしかない。
「ああ、くそっ――」
余りに不利な条件の賭け。であるゆえに、小鳥遊は楽しげに笑う。
このような不利な賭けは小鳥遊が好むところで合った。
瓦礫の影に隠れ、一秒、二秒、三秒――。
いつまでも待っても来ない瓦礫片に、小鳥遊の頭に疑問符が浮かぶ。
そろりそろりと、瓦礫の影から周囲を窺うと、
「まったく、なにやってんのよ」
そこには白と黒のタイツにアイマスクをつけた、豊満な胸をした女性が浮かんでいた。
「まさか、お前に助けられるとわな、ワンダーガール」
「……どういう状況なの、これ?」
彼女の名前はワンダーガール。
地球の外からやってきたらしい
基本的にお人よしであり、引き金の軽い小鳥遊とはソリが合わない。
しかし、小鳥遊が殺される寸前であったため、介入し、助けてくれたようだ。
彼女が受け止めた瓦礫片が転がっている。
「あの巨人といま戦っててな、ちょうど今死にかけたところだな」
「わかった、片付けてくるから動かないでね?」
「あー……ちょっと待ってくれ、あれは俺が倒すから、お前……ワンダーガールは周辺被害だけ止めてくれないか?」
「なにいってんの、たったいま死にかけたところでしょ。変な意地張ってないで、私に任せなさいよ」
「相変わらず人がいいな。……まぁ、なぁ、頼むよ。譲ってくれ」
烏の仮面とワンダーガールがにらみ合う。
ワンダーガールが振り向き、ふよふよと浮かび、この場を後にする。
「自分で言ったんだから、頑張りなさいよね」
「恩に着るぜ」
そして、目にも止まらぬ早さでこの場から飛び去った。
白と黒の閃光がどこかへと飛んでいく。
小鳥遊が
「さぁ、情けないことになっちまったが、仕切り直しと行こうじゃないか」
そして、銃口をギガスへと向けた。
ああ、この虫けらが、とギガスが苦虫を潰したかのように顔をしかめる。
幾度と潰そうとしようがなかなかつぶれず、うろちょろとするサマはまるで小蠅にまとわりつかれるかのような鬱陶しさがある。
こいつも握っただけでつぶれるような脆弱さしかないくせに、生意気にもほどがある。
――俺に今まで敵なぞいなかった。
どいつもこいつもちょっとつまんで握れば、それだけでつぶれるような虫けらと大差なかったはずだ、とギガスは思う。
それにケチが付き始めたのは、あの赤ずきんと出会ってからである。
あの赤ずきんはギガスを容易く投げ捨てたかと思うと笑いながら殴りつけ、助けてくれと懇願する彼を無視して殺しにかかった。
周囲が必死に引きはがしたことでなんとか一命をとりとめたものの、それ以来、ギガスの心には拭い難い屈辱が刻まれたままであった。
俺には敵などいなかったはずだ、それなのに自分が赤ずきんに懇願して命乞いしたことが屈辱でたまらない。あの時のことを夢で見て、汗だくで起きるような日々はもう嫌だ。
だから、あの赤ずきんが執心する
ペッと、ギガスが忌々しそうに唾を吐いた。
ちょこざいな、とギガスは苛立ち、足を上げ、踏みつけ、地響きを起こす。
揺れた大地に、小鳥遊がぐらつきバランスを取る。
その隙を逃がさず、ギガスはとにかく周辺の建物をがむしゃらになぐりつけ、その破片をまき散らす。
駅前だけでなく、裏通りや商店街の方にも破片が飛んでいくが、そちらは白黒の閃光となったワンダーガールが防いでいく。
小鳥遊はマントを翻しながら、頭上に注意し、避けていく。
細かい破片には被弾しつつも、危ういながらも致命的な瓦礫は避ける。
「どうした! もっと力を出してみろ! 全力で俺を殺しに来い」
瓦礫片の合間を縫っては放たれた弾丸が、無残に鉄骨を晒しているビルの骨部分に当たり、傾斜をつけてギガスの耳へと突き刺さる。
「っっっ!?」
熱せられた鉛玉が耳に突き刺さり、地団駄を踏んでいたがるギガス。
彼が地面を踏みつけるたびに烈しい揺れが発生するが、小鳥遊は慣れてきたのか、バランスをうまくとる。
目ざとく周囲を見渡し、ビルの屋上についている看板が外れかかっているのを見ると、そこを銃撃、看板を落とす。
それはギガスの足の甲に突き刺さる。質量のある看板が、ギガスと同じぐらいの高さである6階建てのビルが落ちたのだ、流石の巨人もタダでは済まないようだ。
足の甲半ばまで突き刺さったそれを足を振り抜き、小鳥遊へ飛ばすが、小鳥遊は難なく避ける。
高速かつ立体的に移動する赤ずきんの挙動に比べれば、余裕を持って避けることができる
小鳥遊が3発、傷口に銃弾を撃ち込む。
傷口を刺激され、ギガスが絶叫を上げた。彼の脳内に一瞬、アレを使うかと迷いが生じるが、すぐに振り払う。あれは切り札であり、まだ使うときではない。
ギガスが足で周囲を薙ぎ払う。
距離があったため、小鳥遊は後退し、避けることができた。
そこへギガスが大きく息を吹きかけた。
突風と変わらない強烈な息吹は小鳥遊の身体を容易く浮かび上がらせ、ビルへと叩きつける。
そこへギガスが踏み込み強烈な殴打を繰り出した。
落ち行く小鳥遊が、割れた窓の冊子を掴む。
硝子がぱきり、という音を立て、手袋に突き刺さるが、歯を食いしばって我慢した。
足を振り勢いをつけ、窓冊子にひきつけるようにして体を投げ、辛くもギガスの一撃を回避する。
小鳥遊が口笛を吹いた。
そのまま、拳と交差するように空に身を投げ出す。
そして、ギガスの腕へと飛び乗った。
一歩間違えればそのまま地面へと叩きつけられ死亡していたであろう。
虫けらが、とギガスが不快げに手で小鳥遊を掃う。
まるで虫を払うような動作であった。
しかし、それは慢心が過ぎた動作であっただろう。
これまで有効打が少ないため、油断していたかもしれない。
掃われるよりも早く小鳥遊が腰のホルスターに入っている
打ち出された弾丸は誤らず、ギガスの残った目へと突き刺さり、ギガスは光を失った。
ギガスの一撃を受けた小鳥遊は宙に放り出される。
しかし、ギガスが巨大すぎたのが幸いして、地面に叩きつけられる前にビルにぶつかり、割れた窓から中へと入ることができた。
そして、即座に出てくると、そこに巨人の姿はなかった。
「……あん? どういうことだ」
仮面の下で、小鳥遊が眉を顰め、訝しがんだ。
†
巨大化する
ギガスは小鳥遊に両目を潰されたため、10センチほどに縮小し、逃走へと舵を切っていた。
周囲は見えないが、ここまで小さくなればあとは瓦礫片の間に隠れていれば見つからないはずである。
根が合わない歯、ばくばくとなる心臓がうるさい。
しかし、この騒動が終わり、なんとか本部に辿り着くことができれば、再生手術で目をも再生することはできるはずだ。
ならば、いまは何としても生き延びることだ。生き延びれば俺の勝利だ、とギガスはほくそ笑んだ。
「なるほどな」
小鳥遊の声が聞こえる。ギガスの心臓が跳ね上がる。
だが、ギガスがどこにいるかはわからないはずである、赤ずきんのような超感覚を小鳥遊は持っていないはずである。
しかし、小鳥遊は迷わずまっすぐとした足取りでギガスがいる瓦礫片へと歩いていく。
いや、小鳥遊は気づいていないはずだ、こちらへ来るな、とギガスは念じる。
真っ暗な中、音しか聞こえないのがもどかしく、怖い。
嫌な想像が頭を駆け巡る、もし、自分の位置がばれていたとしたらどうしよう。
巨体から縮小化までは瞬きよりも早く行える。
であるから、あのタイミングで行えば、誰に気付かれるよりも早く小さくなり隠れることができたはずだ。しかし、もしかしたら宙を飛んでいたワンダーガールが見ていて教えたのかもしれない。
いや、まさか、とギガスの思考は堂々巡りする。
見つからないようにと、なににでもなく必死に祈った。
「お前、意外と器用だな」
しかし、祈りは届かない。
あっさりと瓦礫片をどけ、ギガスを発見する小鳥遊。
小鳥遊の悪心感知はいくら大きさが変わろうとも問題なくギガスの悪心を感知していた。
分厚い肉の様な匂い。
銃口をギガスへと向け、ふと、あらぬ方向を向く小鳥遊。ふと、薄く柘榴の匂いを感じた。
黒い
銃口をギガスへと向け打ち込む。
しかし、その弾丸はギガスへと当たるも弾かれた。
「おお??」
続けて連射。しかし、弾丸はとおらず、ギガスは弾かれた様に宙を舞い、離れたところで着地。必死に逃げ出した。
小鳥遊がその周囲に銃弾を撃ち込み、誘導する。
弾丸そのものは効かないが、盲目状態で周囲に撃ち込まれた際に発生する音は問題である。
正直、身が竦み、思わず、音の発生場所から距離を取ろうとする。
ギガスの縮小化は、その巨体を一気に縮小することで、巨大な質量をも圧縮して縮小するため、並大抵の攻撃は皮膚を通ることすらできない。
ある意味、巨人化しているときよりも堅牢な防御能力を誇っていた。
自らの身体に弾丸が通らない事がわかったギガスがにやりと笑い、逃走を開始する。
攻撃が通らないなら問題ない、逃げ切ってやると、ギガスが走り出し。
「チェックメイト」
ギガスを誘導していた小鳥遊が意地悪く笑った。
その目前にひらり、ひらりと見覚えのある姿が舞い降りる。
赤い頭巾に、身体に巻かれたベルト。
ふわりと翻るスカート。
金色のふんわりとウェーブのかかった髪。
爛々と輝く瞳。
甘い、甘い美味しいそうな柘榴の香り。
ビルの屋根を伝い、飛び越え、小鳥遊の目前へと降り立った。
「あれ?」
赤ずきんが首をかしげ、足をどける。
その下には虫けらのように踏みつぶされたギガスの姿があった。
†
小鳥遊が溜息をつき、手袋を外す。
硝子で切り裂かれた手袋の下からはぱっくりと裂けた手が現れる。
服の下に纏っている装甲も各部が凹んでおり、場所によっては砕けて役割をはたしていない箇所もあった。
しかし、
「まぁ……幸運なほうだな」
戦闘が終わりアドレナリンの分泌が途切れだしたのか、体中から痛みを感じ出す。
身体の各所に熱い痛みを感じる、痛みを感じるというはことは生きていることだ、と小鳥遊は思う。
今回はワンダーガールに助けてもらわなければあの時点で死んだいただろう。
再び、安堵から溜息を1つ。
小鳥遊は背後に手を回し、包帯を取り出すと、手に巻きだす。
傷がすぐに治ることはないが、それでも大分マシなはずだ。
赤ずきんは小鳥遊の手をジーっと見て。
「ねぇ、
「されてたまるか、痛いわ」
「もっと痛がってほしいなって」
「それで頷くが阿呆いるかよ……。それよりあの鉄仮面の男はどうした?」
「んー」
くんくんと赤ずきんが鼻を動かす。
「ピネローの匂いがしますから逃げてると思いますよ」
「お前の鼻すげぇな。……ところで、どっちに逃げてるかわかるか」
「はい!」
「なら、そいつを見える位置まで俺をつれていってくれ。
……落とし前をつけてやる」
ギガス戦の時にちらりと見えたピネローの所業。
セカンドカラミティの際に両親を亡くし、以来、一人で生き続けてきた小鳥遊にとって、故意に親子を殺すピネローの所業には思うところがあった。
「はーい」
赤ずきんが小鳥遊を担ぎ上げる。
小鳥遊に対して配慮のないその行為は、ちょうど小鳥遊が痛めているところに赤ずきんの肩があたる。抗議してやろうとおもったが、あまりの苦悶に小鳥遊を声をあげることができなかった。
†
「あれです!あれ!」
赤ずきんが指をさした先には、背中から金属製の翼を広げブースターで飛ぶ何かが見えた。
小鳥遊は目を細めて、よく見ると先ほどモニターで見た鉄仮面が見えた。
悪心感知を発動させ、彼の悪行を一覧する。
親子を攫い、子を救うためという名目で、親同士を殺し合わせたり、悪事を働かせていたようだ。
現在の本拠地にはいないようだが、別の支店にまだまだ拐された人物がいるようだ。
「
そして、小鳥遊が
彼我の距離はキロをすでに超えている。
拳銃の有効な射程距離は50mほどと言われているため、完全に射程の外だ。
しかし、それは通常の拳銃だった場合である。
魔王や悪魔という存在は契約を交わして力を課し、対価として代償をいただく存在である。故に悪心を狩りの魔法に捧げるという代償の代わりに与えられた、確実に当たる弾丸――即ち魔弾はその常識の外にある。
もし、これが最後に放たれる7発目の弾丸であるのならば、それは狙いを誤らず確実に大事な人の命を奪う呪いとなるだろう。
されど今から放たれるのは普通の魔弾も十分に常識から外れた代物である。
小鳥遊が放ったそれは狙った位置に、狙い誤らず飛来した。
†
「まったく、何という日だ」
赤ずきんに顔を剥がれた恨みを晴らしてやろうといくつか策を練っていたというのに、それらすべてを真正面から力押しで突破されるとは思わなかった。
赤ずきんはピネローが思うよりもはるかに怪物であったのだ。
まぁよい、一度帰還して、次の方法を――と考えていたピネローに異変が起きる。
背後から着弾した弾丸がピネローを穿ち、そのブースターを破壊する。しかし、その魔弾は動きを止めず、さらに宙を駆けると、ピネローの鋼鉄の義手の関節を穿ち、そして、そのままの勢いで義足の関節部分を破壊した。
推進機とバランスをとる方法を喪失し、錐揉み状に墜落するピネロー。
繁華街の裏道に墜落した彼は強かに全身を打ちながらも、まだ息があった。
歯車が周囲に散らばり、発条が飛び出て、オイルが全身から漏れている惨状であるが、これも全身を義体化した恩恵であろうか。
「いっ……たい、なに……が……?」
しかし、何が起こったかわからないようで、疑問符を浮かべながら、周囲を伺っている。
足音が聞こえる。
見ると、全身が膨れ上がった異形や毛むくじゃらに鍵爪の生えた怪物が彼に近づいてきている。
化合物Xで異形化し住人達であろう。
それはもはや人としての理性はない。
故に、新たに発見した獲物に対して鍵爪を振り上げ――
路地裏に絶叫が響き渡った。
†
「お前はそこで朽ち果てろ」
「あー、酷いことになってますね。ボクもしたかったです」
「見えるのか?」
「はい! ピネレー君がどんどん無残なことになってますけど、なかなか死ねないみたいです。機械の身体になったせいでしょうか」
「ふーん、‥‥…まぁ、当然の報いってやつだな。さて、一休みしたら奴らの本拠地へ向かおうぜ」
「あれ、場所がわかるのです?」
「さっき、“見た”からな」
ピネレーの悪心を閲覧した時に、現在の本拠地が見えた。
あの場所なら小鳥遊は知っている。
ふよふよとワンダーガールが小鳥遊達のほうへ飛んできているのが見えた。
ピネローの他の犠牲者の救出はワンダーガールにでも任せることにして、とりあえず、今は休むことにした。