赤ずきん! リメイク   作:イーストプリースト

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『9話 ――――――Answer』

 きぃっと音がする。

 車椅子を操作し、大祖母(グランマ)が小鳥遊の元へと近づいてくる。

 小鳥遊は油断せずに銃口を向けたままだ。

「それでは――」

 乾いた発砲音。

 大祖母(グランマ)の胸元に穴が開く。

 続けて三発。

 胸に2発、頭に1発。

 小鳥遊の掲げる拳銃(リボルバー)の先端から白煙が上がる。

「ふぅ、赤ずきんでも探すかな」

 だらりと糸が切れたように前かがみとなった大祖母(グランマ)に背を向けて、テントの中から歩き出す小鳥遊。

「乱暴ですね。せっかちさんは嫌われますよ?」

 しかし、背後から穏やかな声が聞こえたため、急いで振り返り。再び発砲。

 銃弾を浴びた大祖母(グランマ)が僅かに動き、そして、やれやれと首を振る。

 彼女は自らの頭脳に指をさしこむと、赤い血を垂らし、白い脂肪を除け、ほのかに桜色をした脳をくちゅりくちゅりと描き分けながら銃弾を摘出した。

 徐々に閉じゆく体の傷。

 顔にかかる白く濁った――おそらく脳漿を払いのける。

 黒い喪服には臓器の一部がついているが、気にしていない。

 彼女は溜息をつきながら、胸の傷に指を伸ばす。

「話をしましょう。私もあなたも人間でしょう。人間は話をするものです。違いますか?」

「俺もお前も獣みたいなものだろう? 獣の言語なんざ一つだけさ」

「あら、獣もきちんとコミュニケーションをとりますよ。サーカスですから、いくばくかのペットがおりますからよくわかります」

 そうかい、と返し、小鳥遊は沈黙する。

 赤ずきん曰く、大祖母(グランマ)は再生能力者らしい。

 赤ずきんがぐちゃぐちゃにしても死ななかったらしいが、どうやら誇張ではなく本当にそのレベルで肉体を再生できるのようだ。

 大祖母(グランマ)はいともたやすく肉体を裂き、弾丸を摘出している。彼女は痛がってる様子が見せないため痛覚が働いてるかも怪しいものである。

 そりゃ、赤ずきんが飽きるはずだと、小鳥遊。

 あの赤ずきんは苦痛を好む。破壊も大好きなようだが、反応が薄い相手を壊し続けるのは楽しくないのだろう。

「それで、はなしってなんだ?」

 火力が足りないことを悟り、良い考えが浮かぶまで時間稼ぎに、小鳥遊は会話を続けることにした。

「ええ、簡単な話です。―――、大鴉(レイヴン)、あなた家族になりませんか?」

「は?」

 大祖母(グランマ)の言葉に小鳥遊は一瞬呆ける。

 余りにも予想外な言葉であった。

 悪心は感知されない。しかし、いま、この感覚を信用しすぎることはできない。

「あそこまで赤ずきんが懐くのは珍しいことです。ですから、あなたと赤ずきん、ともに家族になりましょう」

「おいおい、頭が湧いてるのか? 俺はお前の家族を散々ぶち殺してるんだぞ?」

「ええ、そのことについては罰を受けてもらいます。もちろん家族が死んだことは悲しいですよ? けれど、それよりもまずに生きてる家族のことを考えるべきでしょう」

 大祖母(グランマ)がにこりと笑う。

 名前にそぐわない若々しい彼女は、無邪気に笑った。

「ですから、赤ずきんとあなたが家族になってもらえればそれだけで多大な戦力なります。ですから、ほら、家族になっていただけないでしょうか?」

「むしろ、家族になってもらえると思ってる方がびっくりだぜ……」

 小鳥遊が呆れる。

「どうしてです?」

「どうしてもくそも、俺達は敵対してるんだろうが」

「家族になっていただけるなら、私たちが全力で守りますよ。それに」

 あなた、と大祖母(グランマ)は軽く唇に指を当て

「赤ずきんのこと、好きでしょう?」

 と小鳥遊を指さして言う。

「ほぉ? どうしてそう思うんだ?」

「はて、好きというのは言い過ぎかもしれませんが、好意を覚えてるのは確かでしょう」

「それについては否定はしないが……」

 やっぱり、何も考えず撃ち殺すべきだろうか、小鳥遊は徐々に引き金を絞り始める。

「そもそも、私たちは異形が生きるために形勢された集団です」

 ザ・カーニバル。

 変人奇人怪人たちが集う奇妙な集団であるが、彼らは現代の社会に迫害された超人(サイオン)が集まり形成された集団という。

 故に、“普通”の人間を憎み、彼らを弄ぶような犯罪を繰り返しているらしいが……。

 小鳥遊がこれまでの面子を思い返しても、確かに、社会に適合できそうな人員しかいなかった。

 思い出すのは赤ずきんと、4本の腕をもったナイフ使いだ。

 真面目そうな女ではあったが、あの容姿ゆえに集団からはじき出され、ザ・カーニバルまで流れ着いたのだろう。

「それはあなたもそうでしょう?」

「ふざんけな、俺はまともに生きてるわ」

「これまでは、でしょう? これからはどうしますか、あなたの顔は知れ渡っています。これまでのように単独で姿を隠すのは難しいですよ」

「やったやつが言うなよ」

「はい。ちょっと悪戯させていただきました」

 にっこりと大祖母(グランマ)が笑顔を作る。

 年にそぐわない邪気のない笑顔であった。

 むかついたので、一発、小鳥遊が発砲する。

 トマトを潰したようにグランマの身体が弾けるが彼女は気にしていない。

 まるで水をつついてるみたいだな、と小鳥遊は思った。

「しかし、時はもう戻せません。あなたの顔は知れ渡ってしまいました。それにあなたが単独で姿を隠そうとするのは後ろ盾がないからでしょう」

「………」

「あなたを守る者はあなただけです。ですから、あなたは身元を徹底的に隠さなければならなかった。しかし、これからはそれができない。

 だから、私たちがあなたを守りましょう」

「……なんで、俺なんだ?」

「正確に言うとあなた自身がほしいというもありますが、それ以上にあなたがいれば赤ずきんを味方につけられる、というのが大きいですね」

 これまでの戦いにおいても赤ずきんは傷を負っていない。

 戦力として見るなら、これほど強い超人(サイオン)もそうそういない。

 ならば、小鳥遊達が今まで出した被害を流して、小鳥遊自身を抱えても二人を味方につけるだけのメリットが彼女にはある、と大祖母(グランマ)にはあるのだろう。

「それに、彼女は私の家族です。家族を心配して、幸せになってくれるなら手を尽くすのは当然でしょう?」

「なんで、そこまでやるんだ……?」

 狂的とまで言える大祖母(グランマ)の家族愛に、小鳥遊が疑問を呈する。

 自らを投げ捨てているともいえる献身的な大祖母(グランマ)ははっきりいって異様である。

 彼女の愛はいま生きているザ・カーニバルの面子へと向けられている。それが最優先のようだ。

「当たり前でしょう。私たちは社会に捨てられた。異様な能力を使えるといだけで、異常な姿というだけで。ならば、彼らを拾った私たちが見捨てたら彼らは何処に行けばいいというのですか」

 ですから、と大祖母(グランマ)

「私は彼らを愛します。彼らは私の大事な家族です。家族ですから守る。当然のことでしょう」

 と、彼女は言った。

 そして、小鳥遊へと手を伸ばす。

「さぁ、大鴉(レイヴン)。あなたも私たちと家族になりましょう。安心してください。赤ずきんと共に入れるように、あなたを改造して差し上げます。何度壊れても、何度も直してさしあげます」

 ですから、と

「私たちの家族になっていただけませんか?」

「今の話のどこに家族になりたいと思わせる要素があったんだ、度し難いぞ……」

 呆れたような小鳥遊の言葉に、大祖母(グランマ)がきょとんとした顔で首をひねる。

「気に入っていただけませんでしたか?」

「おっし、わかった、お前、赤ずきんの親だな。この話が通じない感じはまさしくあいつの親だ」

「あら……、そういっていただけると嬉しいですね」

 にこにこと大祖母(グランマ)

「馬鹿な子ほどかわいいといいますかね。直接的な血のつながりはないのですけど、なかなかいうことを聞いてくれなくて大変だったのですよ」

 大祖母(グランマ)は頬に手を当て、何かを思い出すように瞳を閉じる。

「けれど、比較的素直な子でもありましたから、結構言うことを聞いてくれるのですよ? 

けど、殺傷以外のことにあまり興味を示さないのが心配でしたから……ふふ」

 大祖母(グランマ)はゆっくりと息を吐く。

 赤ずきんの成長を見守ってきた彼女に取って、今までの時間を再び噛みしめ直しているみたいだ。

 若々しい女性ではあるが、もしかすると見た目通りの年齢ではないかもしれない。

 余りに強い再生能力を持つ彼女は老化すらもその能力で抑えきれてしまうのかもしれない。

 すくなくとも小鳥遊には赤ずきんの記憶を語る大祖母(グランマ)は、とても老成しているように見えた。

 いうならば、木陰でゆっくり本を読む老後の女性のような雰囲気だ。

「そういう意味では殺傷以外にも興味を持ってくれたことがうれしいのですよ」

「………」

 大祖母(グランマ)が笑う様子を見ながら、小鳥遊は今までのことを思い出す。

 気を抜けば殺しにかかる赤ずきん。

 楽しそうに敵をぐちゃぐちゃにしている赤ずきん。

 遊びと称して、木ごと潰しに来る赤ずきん……

 小鳥遊は首をひねった。

「逆に1つ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ」

「あなたは赤ずきんのどこを気に入ったのですか?」

「気に入ったとか一言も言った覚えがないぞ」

「そうですか? ピネレーが持ち帰ったあの“ビル”の監視映像では随分と仲が良さそうでしたよ」

 どうやら小鳥遊が知らないうちに、仮面の男(ピネレー)があのビルにはいたようだ。

「教えてください。私は恋愛話とか聞くの好きなのですよ」

「…………」

 改めて問われ、小鳥遊が沈黙する。

 そもそも、小鳥遊が赤ずきんを気に入った理由は何だったのであろう。

 外見は良い。それは小鳥遊も認めるところだ。

 よく血まみれになる割にふんわりと良い香りがする不思議な彼女。

 波打つふわふわとした金色の髪。

 色素の薄い白い肌。

 あり得ない怪力を持っている割に感触は柔らかで、何より軽い。

 割とよく食べる割に、折れてしまいそうなほど細く、こいつ細すぎて大丈夫か?と小鳥遊はたまに心配している。

 しかし、その外見に惹かれたかと問われると首をひねる。

 外見は確かに良いのだが、その行動は危険すぎる。

 にこにこと笑って食事をしていても、突発的にフォークで刺してこようとするし、

 鍛錬中に後ろから狼の腕を伸ばそうとしていたことも1度や2度ではない。

 寝ているときにそーっと鈍器を持ち上げて忍び寄ってきたときは思わず拳銃を抜いた。

 他にも捕獲した敵の手足を折る……までなら許容範囲であるが、捕まえた敵同士を縫い合わせている姿は正直、引いた。

 改めて問われると問題行動しかない。

 さりとて小鳥遊が赤ずきんを嫌っているかと言われると、むしろ気に入っていると答えることができる。

 遭遇した時のころ合いから今までを思い出し、どうして気に入っているのか小鳥遊は自問自答する。

「―――ああ」

 そして、ふと思い至る。

「そうか。そうだよな」

 首を縦に振り、得心がいったように小鳥遊が一人納得する。

 大祖母(グランマ)は訳が分からず、困惑したように小鳥遊を見る。

「どうしたのです?」

「いや、俺がどうしてアイツを気に入ったか考えていてな」

 と、小鳥遊は言う。

 そういえば大祖母(グランマ)からも嫌な感じはしないな、と小鳥遊は場違いに思う。

 悪心感知を持つ小鳥遊にとって、他者に対する害意や悪意があればそれを敏感に感じる。

 相手が何をしていたかを見る場合は、疑似的に経験するように感じることが出来るが、普段の感知はむしろ、音や匂い、そして味に近い形の感知である。

 悪い心を持った相手特有の匂いを感じ、その心を味のように感じる。

 それはとても――不味いのだ。

 そういう意味では、大祖母(グランマ)は先ほどの話をしている間にも、そういう感覚を感じていない。すなわち、本気の善意で先ほどの度し難い話をしていたのだろう、と小鳥遊は思った。

 悪心が薄い、という意味では大祖母(グランマ)も赤ずきんもとても似ている。

 本当に親子みたいだな、と思わぬ共通点に小鳥遊は含み笑いをする。

 大祖母(グランマ)は不思議そうに小鳥遊を見た。

「ふふ、よろしければ聞かせてもらいたいですね。それとも、一目惚れでしょうか?」

 それはそれでロマンチックですね、と大祖母(グランマ)はにこにこと笑う。

「あいつさ、ある意味で嘘がないんだよなぁ……」

「といいますと?」

「まぁ、そのままの意味なんだけどよ」

 悪なる心。すなわち、悪心。

 他人に危害を加えようとする害意であり、

 だれかを陥れようとする悪意であり、

 何かを殺そうとする殺意であり、

 時に、行き過ぎた善意で相手の事情を省みない押し付けすらも範囲に入る。

 それぞれ味が違うものであるが、どろどろと煮詰まった、より濃ゆいものほど、下水が腐ったような腐臭とゲロと下痢を混ぜ合わせたような異様な味がするのである。

 反面、獲物を殺して得た時の悪心の味は不思議なものでこれまでの下水煮込みのような味から、爽やかな果物のような味へと変化する。どうしてそうなるかは小鳥遊にもよくわかっていないが、よくわからない原理があるのだろうと、小鳥遊は考えていた。

 しかし、それでも普段の味や匂いは筆舌に尽くしがたい不快なものである。

 例えば、小鳥遊が学校生活の中で一度、軽いイジメがあった。

 小学生ぐらいのときだ。クラスの女子の一人の荷物が隠され、それが学級委員会でとりざたされたのである。幸いにも沈黙に耐えれなかった女生徒の一人が主犯格の名前を零し、主犯格の少女が荷物を返したため、大事には至らなかった。

 が、それに参加した5人のうち主犯格を除く4人が、主犯格に責任を擦り付けた時の味といったら……。

 小鳥遊は思わず、トイレに駆けだし吐いてしまった。

 それからは、それよりも濃ゆい匂いや味の――そしてそれにふさわしい惨状――を見続けていた為に日常生活程度の悪心では動じなくなったものの、それが小鳥遊が悪心感知に耐えれなくなったはじめての記憶としてよく覚えている。

「たしかに赤ずきんは素直な子ですから、嘘をついたりは苦手ですね。そこが気に入ったのですか?」

「いや?」

 小鳥遊が首を振る。

 黒い衣装の上にペストマスクをつけているため、鴉が首を振るっているようだ。

「そういうのじゃないんだよな。なんつーか、純粋なんだよ」

 赤ずきんは殺意の塊である。

 赤ずきんから見て他者とは殺して傷つけて遊ぶものである。

 その上で構ってほしがり、遊んでほしがりであるため、他人と積極的に遊ぼうと――殺そうとしてくる。

 ある種、突き抜けている。あるいはそれしか機能が存在しないゆえに、純粋ともいえる少女である。

 故に、その混じりけのない心は小鳥遊にとって心地よいモノであった。

 他に柘榴に近い香りと、どことなく甘酸っぱい味がする殺意。

 あまりに清んでいるためか、他の悪心すらも塗りつぶして染めてしまう殺意。

「ああ、そうだよ。だから、俺はあいつを殺したい」

 殺して、

「殺して、あいつの悪心を刈り取って喰らいたいんだ」

「……おかしくはないですか? 共にいて心地よい相手を殺したいのですか?」

「はっ、……だからこそ(・・・・・)だ。俺は赤ずきんを殺して、あの美味しそうな悪心(つみ)を喰らいたいんだよ」

「―――ああ、初めてなんだ。初めて、人の悪心を自分で食ってみたくなった相手がなんだよ、あいつは」

 だから、常に共いた。

 常に共に居て、観察し、

 どうやって狩ろうかと考えていた。

「はははは、そうか、そういうことだったのか、我ながら度し難いなぁ。そりゃ、そうだ」

 腐臭と下水の中で生きてきた。

 それでも尊い光は多くて、それは嫌いではなかった。

 しかし、それでも飢えていたんだ、と小鳥遊は自覚した。

「あんなに美味しそうなやつは初めてだからな、そりゃ喰いたいに決まっている」

 砂漠に一人で、何日、何年も彷徨った先に湖をみつけたようなものだ。

 そんなものを見つけたら他のやつに渡したくはないに決まっている。

「ああ、それに大祖母(グランマ)、俺を死なないように改造する、だって?」

 は、はははは、と小鳥遊は笑う。

「いらねぇよ。いつ死ぬかわからないからこそ、楽しいんだろうが。命は一つで簡単に壊れる、だからこそ、それを賭けて、戦い、勝利した時が最高に生きてる感じがするんだろうが」

 予想もしていなかった応えなのか、しばしばと大祖母(グランマ)が目を瞬かせる。

 怪人集団であっても、ここまで外れているのは珍しいのだろうか。

「……見誤っていました。あなたが、そこまで壊れている人間でしたとは」

 基本的に小鳥遊は常識的である。

 そのため、このような心を秘めていたとは大祖母(グランマ)も予想外のようだ。

「さぁ、始めようぜ。大祖母(グランマ)。俺は赤ずきんを殺す。絶対に殺す。誰にも私はしない、アレは俺の獲物だ」

 小鳥遊が、2つの拳銃を構え直す。

 黒光する銃口はまるで爪の様に大祖母(グランマ)へと向けられた。

「もし、お前が家族を謳うのなら。家族を救いたいと願うのならば

 ―――俺から救って見せろよ、大祖母(グランマ)よ……っ!」

「……度し難い人」

 大祖母(グランマ)が車椅子に備え付けられた機能を発動させる。

 小鳥遊は二丁拳銃を構え、走り出した。

 

 

 

 そこは真っ暗な場所であった。

 高い視力を持つ赤ずきんの目をもってしてもどこまで続いてるかわからない闇。

 地面も真っ黒で、軽く踏み鳴らしても音は聞こえない。

「先ほどまで大鴉(レイヴン)と一緒にいた筈ですよね、オオカミさん?」

「Gau」

 ボロボロとなったフードに話しかけてみると、オオカミさんの声が帰ってくる。

 彼?もよくわかっていないようだ。

 すんすんと鼻を鳴らしてみるが、匂いは特にない。

 音も何もない静寂に満ちた空間。

 とりあえず、赤ずきんはとてとて、と歩き出してみる。

 手を前に出してみても何かに触れる感覚はない。

 温度は寒くもなく、あたたかくもない。

 ピネレー戦で服がボロボロの状態でここまで来たので、寒くないのは少しありがたかった。

 首をひねりながら歩いていると、暗闇の中に唐突に天幕が見えた。

 赤ずきんにはよく見覚えのある天幕。

 すなわち、サーカスのテントだ。

「…………?」

 首をひねって、テント幕の裏側に回ってみるが、そこには何もなく、ただ、闇が広がっている。

 どうやら正面から覗いた場合だけ、テント幕が見えるようだ。

 考えても仕方がないと、赤ずきんはテント幕を開けて、中へと入る。

 中は長いトンネルのようになっており、そこを通った先に1つの開いた扉が見えた。

 サーカスの団員が入場する入り口に酷似している。

 振り返ってみると、いつの間にか天幕は消えており、背後には真っ黒な壁しかない。

 じゃりっと、砂を踏みしめながら、赤ずきんが光に向って歩いていく。

 

 まず、目についたのは黒い服を羽織った男であった。

 彼はペストマスクに似た仮面をつけており、先端が二つに分かれた羽のようなマントをつけている。両手には拳銃(リボルバー)を握っており、装甲に覆われた車椅子を対峙している。

 次の瞬間、装甲車椅子の一部が開き、砲弾を発射した。

 ペストマスクの男に着弾し、彼はあっけなく全身が吹き飛んだ。

 赤ずきんの足元に彼の腕だけが、べちゃりと飛んでくる。

「え……」

 ぽかん、と赤ずきんが呆ける。

 その目前で、装甲車椅子が変形し、装甲が真ん中からぱかりと開き、車いすの後部へとしまっていく。

 中から大祖母(グランマ)の姿が現れる。

「おや、赤ずきん。あなたを誑かした相手は始末しましたよ。家出はここまでです」

 と、優しげな声で微笑みかけた。

 しかし、それを聞いているのか聞いていないのか。

 赤ずきんは生気の消えた瞳で、腕をぼうっと見た後、拾い上げる。

 大祖母(グランマ)は不思議そうに首を傾げた。

「……最後まで遊んでくれるって言ったじゃないですか、うそつき」

 自らでも不思議な喪失感に、自分でもよくわからず赤ずきんが腕を見つめる。

 赤ずきんは腹が立っていた。

 それが彼女自身でも理解ができなかった。壊れた相手なんて面白くもないから、放置してどこかにいくのが常だったはずだ。

 それなのに大鴉(レイヴン)の遺体を前にすると無性に腹が立つ。

 どうしてボクを置いて死んでしまうのです、と頬を膨らませる。

 けれど、何か違う。

 赤ずきんが口を開き、一口、小鳥遊の腕を齧った。

 血に塗れ砂利がたっぷりとついた服ごと、もぐもぐと咀嚼する。

 鉄の匂いと肉の柔らかさに混じり、じゃりじゃりと砂利の不快な感覚が口内に広がる。

 それでも、赤ずきんはもぐもぐと残った腕を食べていく。

 鋭い犬歯で肉を裂く。

 どろりと流れてくる血に唇をつける。

 大祖母(グランマ)の前であるため、啜るのは怒られるそうだから、舌でなめとり嚥下する。

 そして、少しずつ口に含んで、もぐもぐと食べていく。

「……ねぇ、大祖母(グランマ)。ボク、なんで猟師(レイヴン)を食べてるのでしょう?」

「私に聞かれても理由は判りませんよ、赤ずきん」

 困ったような、または引いてるように頬を引きつらせている大祖母(グランマ)

 赤ずきんは首を傾げ、自問自答しながら食事へと戻る。

 はむりはむりと食べていくと、やがて固い骨へと当たる。

 かみ砕くのは容易であったが、欠片が地面へ落ちるのがもったいなく思い、前歯で少し削っては仲の柔らかい髄を舌ですくって喉へと運ぶ。

 自分でも食べている理由はよくわからない。

 ただ残った是を誰かに渡すのは嫌だった。

 ただ、食べるだけならオオカミさんに任せれば一口で終わるだろう。

 しかし、それも嫌であった。

 できれば、自分で独り占めしてしまいたい。

 そう考えたところで、

「あ、そうか」

 

 ――他の人に渡しくないんだ。

 と赤ずきんは気づく。

 そう考えると、先ほどから腹が立っている理由は簡単であった。

 自分以外に狩人(レイヴン)が殺されたことに腹が立っていたのである。

 自分のこの手で、爪で大鴉(レイヴン)を殺してしまいたかった、そう、赤ずきんは後悔した。

 やがて、残った爪先の断面にそっと口付けして、

 一息でそれを口の中に放り込む。

 こきりこきりと味のしない爪を口の中で砕き、そして、呑み込んだ。

 冷たい鉄の味を名残惜しいように口の中で転がし、目を閉じてゆっくりと赤ずきんは味わう。

「うん、そうです」

 そして、大祖母(グランマ)の向かい合わせに立つ。

「ごめんなさい、大祖母(グランマ)。ボク、もうちょっと家出を継続しますね」

 ぺこりと頭を下げる。

「だから、行ってきます。あと――」

 ――大祖母(グランマ)はそんな顔しませんよ?

 と、言って、オオカミの腕を大祖母(グランマ)へと伸ばすと、一息に握り潰した。

 絶叫が響く。

 途端、景色ががらりと変わる。

 肩眼鏡をかけ、右側面からポニー状にした髪を垂らしている女性。

 彼女はザ・カーニバルの団員の一人、ピュグマだ。

 周囲には大小さまざまな人形が置かれており、無機質な瞳を赤ずきんやピュグマに注いでいる。

 此処は彼女の私室である。

「なんで……? なんで、心が折れないの? あなた、今まで簡単に壊れた相手なんて見向きもしなかったのに」

「………、なんででしょうね?」

 ピュグマの疑問に赤ずきんも首をひねる。

 その理由は彼女自身もよくわかっていない。

「けど、ピュグマ。あなたの幻術空間で見たのはさすがのボクもちょっとカチンと来てるのです」

 ピュグマの能力、それは幻想の空間を作り出し、そこに閉じ込める能力である。

 そこで心が折れた場合、永遠に精神が幻術の空間に閉じ込められてしまう。

 人形マニアである彼女は気に入った相手を幻術空間に閉じ込めて、心を折り、その身体を人形のように所有するのを好んでいる。

 だから、赤ずきんが執着している大鴉(レイヴン)が呆気なく死ねば、支えが折れると思ったのだが……当てが外れたようだ。

 

 赤ずきんが狼の腕を、ピュグマの身体ごと振り回し、部屋にある人形を破壊していく。

「やめて! やめてやめてやめて! 私の可愛い人形には手を出さないで!」

「あ、いい悲鳴ですね。もっともっとあげてください」

 足を人形にたたきつけられているため、ピュグマの脚は骨が飛び出し、酷いことになっているが彼女はそれを意に介さず、涙を浮かべながら、お気に入りの人形の傍へと這いずっていく。

 そこで自らを生人形の前に盾のようにかかげなが、涙ながら首を振るう。

「私は! 私はいくらでもこわしていいから、この子たちだけは逃がしてあげて! お願いよ」

「んー……」

 赤ずきんが少し思案した顔となる。

 がくがくと震えながら赤ずきんを見据えるピュグマ。

「ねぇ、大鴉(レイヴン)の場所はわかりますか?」

大鴉(レイヴン)? わかる! わかるとも!」

「なら、教えてください」

「いまなら、上のテントで大祖母(グランマ)と交戦中だ! だが急いだほうがいい、早くいかないと大祖母(グランマ)が始末してしまうぞ!」

「大丈夫ですよ」

 にっこりと赤ずきんが笑う。

大鴉(レイヴン)は約束を守る人ですから」

 

 

 ――戦車というものがある。

 地上戦においてほとんどのものを貫通する主砲と自らの砲撃すら弾く装甲を持った、地上戦における王者だ。

 戦闘形態の大祖母(グランマ)はそれに近いものであった。

 車いすが変形し、大祖母(グランマ)を覆うように全体に展開された装甲。

 攻撃の時のみハッチが開き、そこから現れる銃火器や小型誘導弾(ミサイル)

 移動手段はホイールのままであるが、動き自体に陰りはない。

 弱点となりえそうなホイールもほぼ全て装甲でカバーされ、地面と接地する僅かな部分しか露出していない。

 そこに弾丸を当ててみたところ防弾製のようで、弾かれてしまった。

 一応、防弾チョッキと簡易装甲(プロテクター)を装備している小鳥遊であるが、重火器の前では紙と変わらない。

 そんな絶体絶命の状況を前に、彼は

「アッハハハハハ――!!」

 楽しげに笑いながら、地面を転がり、銃弾をなんとか回避する。

 周囲の壁は次々と木片へと変わっていき、テントが発火する。

 掠めた銃弾の熱さに小鳥遊は顔をしかめる。

 そして、さらに笑みを増した。

 ひとえに彼が生き延びているのは、敵の攻撃力の高さによるところが大きい。

 大祖母(グランマ)の攻撃は一人に対して行うには火力、範囲ともに高すぎるものであった。

 さきほどから発火したテントの内部は煙に包まれ、テントの一部の残骸が転がっている。

 これのおかげで発生した煙や残骸の陰に隠れることで大祖母(グランマ)の攻撃からかろうじて隠れることができている。

 もしかすると赤外線センサーなどもついてるかもしれないが、この火の手が上がってる空間では感度が著しく落ちていることであろう。

 一歩間違えれば銃弾を浴びて即死である。

 しかし、だからこそ、小鳥遊はこの状況が楽しくてしょうがない。

「ほんっと、楽しいなぁ、おい」

 銃弾が背の上をかすめるたびにぞくぞくする。

 先ほど掠った場所がずきりずきりと熱い痛みを感じる。

 死んでしまってからはきっと味わえないであろう。

 だから、

「俺はいま、生きている……!」

 そして、小鳥遊が残骸の横から飛び出す。

 小鳥遊を探し、注意深く移動していた大祖母(グランマ)は即座に小鳥遊に気付き、反転した。

 しかし、それよりも一瞬早く、小鳥遊の拳銃(リボルバー)が3度、火を噴いた。

 銃弾はまっすぐに大祖母(グランマ)へと向かう。

 それはぐにゃりと曲がり、大祖母(グランマ)の乗る装甲車椅子の車輪へと襲い掛かる。

 魔弾だ。

 魔王の力で特異な軌道を描くその銃弾は装甲で覆われ、地面からわずかに見える車輪の間を通ると、その片方の関節部に到達し、突き刺さり詰まる(・・・)

 もし、大祖母(グランマ)が移動していたならば、回る車輪に阻まれ銃弾は届かなかったであろう。

 しかし、小鳥遊が身を投げ出すように、彼女の背後に現れたため、反転することで一瞬止まらなくてはならなかった。

 そのわずかにある隙を小鳥遊は正確にとらえたのだ。

 魔弾であろうとも、威力自体は通常の弾丸と変わらない。

 故に、戦車と同等の装甲を貫くことはできない。

 しかし、移動するための車輪の駆動部を詰まらせることができるのならば、行動不能することはできるだろう。

「―――っっ」

 小鳥遊が片腕を抑えながら、地面を転がる。

 賭けには勝ったものの、彼が支払った代償もまた小さくはない。

 地面に落ちるよりはやく襲い掛かった銃弾が、彼の片腕を捕え、破裂させる。

 いまは、わずかについた肉でつながりゆらゆらと揺れている状態だ。

 しかし、このまま、残骸に隠れ移動してしまえば、小鳥遊は勝つだろう。

 戦車といえど、機動力を殺がれてしまえば、その能力は大幅に減少する。

 強固な装甲と威力の高い主砲、加えて、車と変わらないほどの速度で移動できる陸の移動城塞、それが戦車の利点なのだから。

 しかし、大祖母(グランマ)はここで負けるわけにはいかない。

 ここで負けてしまっては、大事な家族(赤ずきん)が殺される。

 それだけは決して見逃すわけにはいかなかった。

「―――逃がしません!」

 で、ある故に、後先考えず、全ての武装を展開する。

 射出口(ハッチ)を開き誘導弾や、重火器を展開し、小鳥遊を狙う。

 もし、直接当たらなくても、その砂利を喰らうだけで人間など挽き肉なる火力である。

 大祖母(グランマ)は生体操作可能な鉄球を握りしめ、発射の命令を送ろうと――。

 して、小鳥遊の姿に気付く。

 彼はいつの間にか、拳銃(リボルバー)を腰のホルスターに収めていた。

 早撃ち(クイックドロウ)の姿勢。

 もしかして、彼が大祖母(グランマ)の動きを止めたのは、この一瞬、早撃ちで勝負するためではないか。

 ふと、大祖母(グランマ)はそう思ったのだ。

 そして、小鳥遊が銃を引き抜き―――

 交差するように互いに引き金を引いた。

 

 

 口を開ける。

 何か声を出そうとするが、うめき声すらあげられない。

 狭い装甲車椅子の内部は紅蓮の炎に包まれていた。

 重武装であったことが仇となり、小鳥遊が放った弾丸が誘導弾に着火、それから誘爆を起こしたようだ。

 厚い装甲はそれでも彼女を車内に閉じ込め、外に出る道を塞いでいる。

 突き刺さった鉄片が彼女の動きを縫い留める。再生能力は働いているが、わずかな延命にしかなっていない。

 いずれ、車内の酸素が尽きつか、自らに燃え移っている炎による窒息のどちらかで命が尽きるであろう。

 それでも最後に思うのは残した家族たちのことであった。

 ああ、乱暴者のギガスは他の団員とうまくやれるだろうか。

 ピュグマは人形を集めるのはいいけれど、もうちょっと外に出るといいのだけど。

 子供たちは他の場所に移動させたけど、次の来る人員はまともに扱ってくれるかしら。

 そんなことを心配しながら、大祖母(グランマ)は車内で焼け死んでいった。

 

 ぱちりぱちりと音がする。

 目を開けた小鳥遊はテントが燃えているさまをぼうっと眺めた。

 それから、痛む体を推して、背を柱に預けて無理矢理立ち上がる。

 仕切り代わりの板も燃えている。

 どうやら、先ほどの戦闘で起こった火が燃え移っているようだ。

 自らも酷いありさまであった。

 片手はほぼ千切れた状態であり、皮1枚でぶらさがっているようだ。

 血がどばどばと流れているため、残った手で腕の付け根を抑えて止血した。

 これでしばらくは持つだろう。

 服の下に着こんでいた装甲も大分砕けており、砂が突き刺さっていた。

 いくつかは肉まで食い込んでおり、小鳥遊を断続的に苛んでいるが、生きているから問題なし、と小鳥遊は結論付ける。

「さて――」

 赤ずきんのやつはどこかね、と周囲を見渡す。

 怪我の影響か、よろよろとしているもののギリギリ歩くことは出来そうだ。

 赤ずきんの姿は見えないが、奥であろうか。

 彼は赤ずきんを探すべく、団員が登場する入り口の方へ歩こうとして。

大鴉(レイヴン)!」

 同じくたった今、ここに到着した赤ずきんと鉢合わせた。

 彼女の横に、焼け落ちた鉄骨が落ちてくる。

 が、彼女は小鳥遊を一心に見つめている。

大鴉(レイヴン)、もしかして死んじゃうのです……?」

「まぁ、ちっとやべぇな。だが安心しろよ」

 小鳥遊が止血していた手を放す。

「約束はちゃんと果すさ」

 そして、拳銃(リボルバー)をホルスター内に出現させ、構えた。

 赤ずきんの速度を考えると、撃てて後1発か、と小鳥遊は考える。

「やだ。やだやだ、ボクはもっと小鳥遊と遊びたいです!」

「無茶言うなぁ……。まぁ、安心しろよ」

 涙を浮かべて、首を振る赤ずきん。

 それに対して、小鳥遊は変身を解除して笑いかける。

「俺たちみたいなのはどうせ地獄行きだ。だから、地獄に行ったらそっちで一緒に遊ぼうぜ?」

「本当に同じところに行くのですか? 約束してくれますか?」

「もちろんだ」

 ぐらりと、小鳥遊の身体が揺れる。

 さすがに血を流し過ぎたか?と思い、小鳥遊が背を壁に預けた。

 正直、身体が重く、酷くだるい。

 いますぐに横になって眠ってしまいたかったが、それでも赤ずきんの前では意地でも立ってやろう、と小鳥遊は立ち続ける。

「さぁ、だから、最後ぐらいは遊ぼうぜ? 約束しただろう、俺はお前を殺すって」

「……はい! けど、ボクも大鴉(レイヴン)のことを」

 二人がにっこりと笑い合う。

「ボクがこの手であなたを殺したい。だから、ここで死んでください」

 瞬間、赤ずきんの全身が灰色の毛皮で包まれる。

 はちきれんばかりに足が膨れ上がり、それに呼応するように小鳥遊が銃床に手をかける。

 彼女が地を蹴り上げると同時に、小鳥遊が拳銃(リボルバー)を抜いた。

 銃弾よりも速い速度で地を駆ける彼女より早く撃てたのは、ひとえにこれまでの小鳥遊の鍛錬と経験によるものだろう。

 地に身を伏せ、いまにも飛び出さんと力を入れた瞬間を狙って、赤ずきんの眼前に銃弾が飛び込んでくる。

 意識が小鳥遊に向いた一瞬を狙った銃撃に、数瞬、面食らうが、しかし、赤ずきんは気にしない。

 なぜなら、彼女にとって銃弾など脅威にならないからだ。

 誘導弾や対物狙撃銃、または重機関銃。これらの対人には過剰な火力であっても彼女の毛皮を貫通することはできない。

 故に、彼女はこの銃弾に一切の脅威を感じなかった。

 しかし、対する小鳥遊は勝利を確信する。

 最後の銃弾。これこそが彼の最後の切り札である。

 だから、最後に――魔弾の話をしよう。

 悪魔とは契約を対価に恩恵を与える存在であり、魔王とは利益と共に代償を奪う存在である。

 故に、6発の魔弾を撃ち終わった小鳥遊に残る最後の弾丸は、彼の一番大事なものを奪う対価の弾丸である。

 故に最後の弾丸は確実に命を奪う呪いといなり、赤ずきんの毛皮を貫いた。

「――――ああ」

 初めて自らに通った攻撃に赤ずきんが目を見開く。

 既に踏み込んだため、少しだけ狙いがそれが弾丸は胸に大きな穴をあけ、再生能力を封印する。

 それは明らかな致命傷であった。

 これはおそらく7発目の――――。

 それを悟った赤ずきんはその意味を感じ、頬をほころばせる。

「うれしい。……けど、もっと遊びたかった、な」

 しかして、彼女に宿ったオオカミは止まらない。

 獣化が解けた彼女の腕から上半身を乗り出したオオカミの口が、小鳥遊の肩を捕えると。

 一口で噛みちぎり、2人はもつられるように倒れ伏した。

 

 

「……っっっ。まったく……」

 自らの上にのっている赤ずきんを残った腕で、そっと赤ずきんを抱き寄せる。

 もはや彼に立ち上がる力は残されていない。

 肩から胸部までを噛みちぎられた傷口からはどくどくと血が溢れている。

 倒れた彼の目には焼けていくテントが見える。

 すでに周囲に火が回っており、脱出することは不可能なようだ。

「こうしりゃあ、普通に可愛いんだがなぁ……」

 溜息と共に赤ずきんの顔を見る。

 彼女は満ち足りた顔で微笑んで目を閉じていた。

 まるで眠っているようなそれは良い夢を見ているようだ。

 それに脱力して、小鳥遊も、ふっ、と笑う

「ああ、感謝する。狩りの魔王、赤ずきん」

 そして、彼女を抱きしめたまま、天を仰いだ。

「おかげで、俺は楽しく生きることができた。まったく――」

 焼けた鉄骨が落ちてくる。

 装甲車椅子に当たり、大きな音をたてた。

 テントの中は赤々と燃える炎に包まれていく。

「――最高の人生だったぜ」

 そして、小鳥遊が見ている天井がずるりと、ずれ。

 複数個の炎を纏った鉄枠が彼の元へと落ちてくる様を。

 くつくつと笑いながら、小鳥遊は見ているのだった。

 


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