でも、これもめちゃくちゃ書きたかったんです!
最初は無駄に小難しいですが、ご容赦ください。
皆様にお楽しみいただけたらと思います!
その少年の瞳に映る光景は赤だった。
呆然と立ち尽くす少年の足元に広がる赤。何日も洗われることがなく、汚れが染み付いてしまった服とも言えない布切れを染める赤。そして、その赤を生み出した少年自身の腕さえも染め上げる。
窓は閉め切られ、カーテンも閉ざされた部屋に立ち込める鉄の匂いが少年の鼻を突き刺す。それがより、少年がしたことをはっきりと認識させた。
少年がいる部屋に一つ、仄かな灯りが灯されている。その灯りがある机には、酒瓶が数本転がっていた。
そんな灯りが少年を頼りなく照らしているのだが、照らされた少年の顔は例えるならそう……『無』だ。周囲に広がる赤とは対照的に、少年の表情には色がなかった。
灯りが照らすのは少年だけではなかった。部屋の隅でしゃくりあげる女の子の声が聞こえる。少年の妹だ。少年の妹は、部屋を赤く染める前から泣いていた。しかしその涙の意味は、部屋が赤く染まる前とは違っていたが。
少年は泣き続ける自分の妹へゆっくりと顔を向ける。涙が溢れるその顔には打たれた跡が垣間見えた。少年は先程まで無我夢中だったので、もしかしたら巻き込んだかもしれないと思っていたが、大きな怪我はない。
少年は表情を変えず、しかし心の中で妹の無事に安堵した。表情だけでなく心さえも無となりかけている状態でも、少年にとってなによりも大事だった妹という色は、赤にも、無さえも染まらない。
少年はまたゆっくりと首を動かす。その先は今も赤を床へと吐き出している“もの”だ。……それは少年が父親と呼んでいたものだった。今となってはただの肉の塊と成り果てたそれは、少なくとも数年前までは父親と呼ぶにふさわしい男だった。それも少年の母親が死んでしまう前までだったが。
少年は今も固く握りしめているナイフを見る。その刃は半ばで欠けていた。どうやら、何度も、何度も父親だったもの壊すときに途中で折れてしまったようだ。その欠けたナイフが、少年が父親だったものに対して何を思っていたか少しだけ触れることができるだろう。
果たしてそれは……。
………………
…………
……
……
…………
………………
どれほどの時がたっただろうか。ただ少年の妹の泣き声だけが響く部屋で、虚無に落ちる少年の心は時が経ってもなお妹のことだけを考えていた。
このままではどんな理由があれ、妹は“殺人鬼の妹”という重荷を一生背負うことになってしまう。ならばどうするか。
少年の答えは、もう……出ていた。
少年は首以外で動かすことのなかった腕を頭の高さまで掲げた。刃の欠けたナイフを逆手に持って。
これでいい。これで妹は、殺人鬼の妹から“狂った兄に巻き込まれた悲劇の妹”になれる。そうすれば、誰もが妹を憐れんで助けてくれるはずだ。
今まで自分達に見向きもしなかった大人達が。
そのことに恨みはない。少年は子供ながらにも理解していた。面倒ごとを進んで背負い込むほど、世の中は親切でないことを。
心残りはある。それはやはり妹のことだ。けれどそれは今考えても仕方のないことだった。
少年は一度だけ今も泣きじゃくる妹へと目を向ける。そして声には出さず、別れを告げる。
ごめん。そして、幸せにな。と。
少年はそれだけを告げ、掲げたナイフを見る。仄かな灯りに照らされるナイフの刃は、その灯りに反して鋭い光を放っていた。
少年はナイフを自身の腹へと思い切り振り下ろし、そして……。
「何をしているのですか!?」
少年は、死ぬことが出来なかった。
突然聞こえてきた鋭い声とともに、自分の手にあった欠けたナイフが“よくわからないもの”によって吹き飛ばされたのだ。
そのことにまたもや呆然となる少年。無理もなかった。少年は死を受け入れ、覚悟を決めてナイフを振り下ろしたのだ。それがまだ生きている。しかもよくわからない第三者の手によって。拍子抜けとは違うが、気が抜けたのも確かだった。
少年は自身の死を止めた者へと顔を向ける。その者は部屋の入り口に立っていた。
その人物は老年の女性だった。薄暗い部屋の中ではその女性の服装はあまり確認できない。しかし、少なくとも少年達が着ているものと比べるのが烏滸がましいほどに上等な服だろうことは分かった。
仄かな灯りに照らされる老年の女性の顔は細くつり目で、先程聞こえてきた声色と合わせて厳格な性格であろうことが見て取れる。
そんな老年の女性の右腕には、何やら棒切れのようなものが握られていた。その姿はまるで、昔少年の母親から寝物語に聞かされた古い森に住まう魔女のようだと少年は思った。
「!? これは……っ!?」
老年の女性は少年の凶行を止めることに夢中で、この部屋の惨状に今気付いたようだった。老年の女性は目を見開き、唇を震わせて赤に染まる部屋を見渡す。
そして、部屋の隅で泣いている少年の妹に気付き、老年の女性は少年の妹の元へと駆け寄った。
「ミス、大丈夫ですか?」
「ひっく、ひっく……ぱ、ぱぱがぁ……っ」
「! ……大丈夫。もう大丈夫ですよ」
老年の女性はしゃくりあげる少年の妹を抱き寄せ、頭を優しく撫でる。一見無防備に見えるその姿はしかし、少年への警戒は怠っていない。ここ数年、父親と呼ばれていた者によって生まれた警戒心が、少年にそれを気付かせた。
よかった、この人なら妹を任せられる。
少年は、老年の女性が自分の妹へと向ける態度を見てそう思った。心から妹を慮り、脅威である少年へと向ける容赦のない敵愾心。この老年の女性なら、妹を守り、あわよくば育ててくれるかもしれない。そこまで行かなくても、少年の妹が働ける歳になるまで支援してくれるだろうと。
少年はあいも変わらず『無』の表情でそこまで考え、老年の女性へと背を向ける。自分の命を絶つために。
「止まりなさい!」
鋭い声が少年へと聞こえるが、少年は止まらない。
老年の女性は歩みを止めない少年へ危害は加えなかったが、高まる警戒心を少年は感じ取っていた。少年にとって、手を出してこないことはなによりも好都合だった。
飛ばされた欠けたナイフの元に少年はたどり着く。少年は躊躇いなくそのナイフを手に持ち、先程と同様に逆手に持って大きく掲げた。
もう妹を見ることはしない。大丈夫だと確信したから。心残りはなくなった。あとは自分という汚点を消すだけだ。
少年は再び掲げたナイフを今度こそ自身の腹へと突き立て……。
「おにいちゃんやめてーーーーーっ!!!」
その手が、寸でのところで止められた。ナイフと腹との間、わずか数ミリだった。
少年の自決を止めたのは、自分の妹の叫びだった。1度目の時は蹲って泣いていたため、少年が何をしているのかわからなかった。しかし、今は老年の女性に抱き寄せられているために少年が何をしようとしているのか気付いたのだ。
「やだぁ! しんじゃやだあ!」
「な、お待ちなさい!」
少年の妹は老年の女性の腕を押しのけて、少年の元へと駆け出す。老年の女性は呼び止めるが、少年の妹は足をもつらせながらも足を止めなかった。
少年は勢いを止めずに駆け寄った妹を受け止める。その手にナイフはない。少年にとってなによりも大事な妹を、間違っても傷つかせないように足元へと捨てたのだ。
「ひっく、おにいちゃんっ。おにい、っく、……ちゃんっ」
赤に染まっている少年を、少年の妹は気にすることもなく力強く抱きしめる。少年は、そんな妹を抱きしめ返すことも、頭を撫でてあげることもしなかった。
自分にはそんなことをする資格などないと言うかのように。
だだ棒のように立ち尽くす少年と再び泣き出した妹の元に、老年の女性がゆっくりと歩み寄ってきた。
「……どういうわけか、説明してもらえますか?」
老年の女性はそう尋ねてきたが、少年は答えるつもりはなかった。正直に答えてしまえば、この人は妹を殺人鬼の妹として見てしまい、助けてくれなくなるかもしれない。それだけは避けたかった。
「いえ、まずはここをどうにかしなければいけませんね」
老年の女性はそういうと、右手に持った棒切れをヒュンッと振った。その後の光景は、少年が老年の女性が魔女であることを確信させるものだった。
部屋のあちこちにあった赤が嘘のように消え去り、鉄の匂いが花の香りに変わった。散らばった家具が元に戻り、そして父親だった肉の塊の上に、何処からか現れた白い布が被せられた。
その文字通り魔法のような光景に、少年の妹は泣くことをやめて口を大きく開けて驚きの声を上げた。
その隙に、少年は早く自分の命を絶とうと妹を自分から離そうとする。しかし、少年を抱きしめる妹の力は強かった。少年はそれを振り払うことが出来なかった。
魔法のような光景を見た妹は落ち着いたのだろう。少年の妹は泣き止み、何があったのかを少年の代わりに話し始めた。
「ぐすっ……えと、えっとね。ぱ、ぱぱがねっ、わたしにね、ひどいことをね、しようとしたの」
泣き止みはしたが、それでもしゃくりあげながらたどたどしく妹は必死に伝えようと口を開く。
「いきなりね、ぱぱがわたしをぶったの。そしたらね、わたしの服をね、ぬがそうとして……」
「……まさか」
少年の妹の言葉に、老年の女性は何かを悟ったようだった。少年の妹は話していて落ち着いてきたのか、少しづつ舌が滑らかになりながら言葉を続ける。
「わたしがやだって言ったらね、パパがまたわたしをぶったの。もうやだだったから、やだって言うのをやめたらね、パパはズボンを脱ごうとしてね……」
「なんという……」
老年の女性は少年の妹の言葉に、絶句している様子だった。何が起こったのかを確信したのだろう。……もはや、企み通りに行かなくなったことを少年は悟った。
「そ、そしたらね、お兄ちゃんがね、パパを……」
「……そういうことだったのですね」
老年の女性は全て……そう、“全て”を理解したようだった。少年の企みも含めて、全てを。
全てを悟られてしまった少年は途方に暮れていた。殺人鬼の妹を、悲劇のヒロインへと作り出そうとした企みまで悟られてしまったのだ。その浅ましさによってこの老年の女性から見捨てられてしまう。そして、周りの大人達にそれが広まり、妹は今よりももっと惨めな思いを……。
少年の胸の内は、最悪の未来がぐるぐると渦巻いていた。そこに自身がいないのは、既に自身に対して興味を失っていたからだろうか。
しかしまたしても、少年の予想は裏切られた。
「ああっ、私はなんということを……っ!」
老年の女性は少年と少年の妹を優しく、そして力強く抱きしめたのだ。ここで初めて、少年の表情から『無』が無くなり、驚きが表に顔を出した。
「本当に申し訳ありませんでした。貴方は彼女を、妹を守った勇気ある者であったのに、私の浅はかな勘違いで貴方に酷い態度をとってしまいました」
老年の女性が最初何を言っているのか少年には分からなかった。しかし少しづつ言っていることを理解し始めると、少年は否と口には出さずに答えた。
守った? 違う。それならもっと前に、妹に手を上げ始めた頃に父親と呼ばれていたものを殺せばよかった。
勇気のある? 違う。本当に勇気があるなら、もっと前に父親と呼ばれていたものに立ち向かえていたはずだ。
酷い態度? 違う。それは自分がそうさせようと仕組んだのだから、老年の女性に落ち度はない。
少年は首を横に振る。しかし老年の女性は納得しなかった。
「いいえ。貴方はなんと勇敢な子なのでしょう。貴方の年で、大人の男性に立ち向かうのがどれほど勇気のいることか。それが恐怖を今まで植えつけてきた父親ならなおさらです」
恐怖という言葉に少年はひどく反応する。そう、少年は今まで怖かったのだ。自身に暴力を振るう父親が。口汚く罵倒する父親が。血の繋がった家族に手を出そうとする父親が。何よりも、母親が死んで壊れていった父親が。
だから……。だから少年はナイフを手に取った。妹を守るためではない。これ以上、自身が怖い思いをしないために。
少年は激しく首を横に振った。しかし、今度は少年の妹が少年を否定した。
「そうなの。お兄ちゃんはいつもパパから私を守ってくれたの。パパが私を打とうとしたらね、お兄ちゃんが私を庇ってくれたの」
それは……。大切な妹が傷つけられるのが怖かったから。自身が怖いから、行動したに過ぎない。
「それにねそれにねっ、お兄ちゃんはとっても優しいのっ。ご飯を分けてくれたりね、ご本を読んでくれたりするのっ」
「えぇ、えぇ。とても誇らしいお兄さんですね」
「うんっ」
……違う。違う。違う違う違う! 自分はそんな立派なものじゃない!そんな……そんなに立派だったんなら!
チチオヤヲコロスナンテコトハシナイ。
そんな自己嫌悪に陥っている少年を、優しい暖かさが包んだ。老年の女性が再び、今度は少年だけを抱きしめたのだ。何故か、一度目では感じなかった温もりを、少年は感じていた。
「貴方が何を否定しているのか、分かるつもりです」
老年の女性は、少年に優しく語りかけるように話す。
「たしかに、たとえどのような理由があれ、誰かの命を奪う行為は許されるものではありません。しかし……」
老年の女性は、少年の頭を優しく撫でながら続ける。
「本当に、どうしようもない時があるのです。誰かを守るために、自分を守るために誰かの命を奪わなければならない時が」
その言葉には、理由を持って誰かの命を奪ったことがある人を知っているという重みがあった。それは老年の女性の身近な人か、それとも自身か。
老年の女性は少年を抱きしめていた力を緩め、少年の目を見るように顔を合わせる。
「貴方が今までどれほど辛い目にあって来たのか、私の理解の及ぶところではありません。けれど、貴方はそのような辛い目にあっても、最後まで命を奪う手段を選ばなかった。それは何よりも誇るべきことなのですよ」
老年の女性の目を見る少年は、彼女が嘘ではなく本心で言ってることがより一層理解できた。それが、『無』に染まる少年の心に色を指そうとする。
しかし、少年は抵抗する。恐怖に支配されてしまった自分に、誰かのためになどというものはないと……。
そんな少年の抵抗を、老年の女性はたやすく見破る。そこに、当初少年の策に嵌りかけていた姿はなかった。あるのは、かつて生きていた母親を思わせるものだった。
「貴方はこう思っているのでしょう。自分が怖かったから。自分のために父親を手に掛けたのだと」
老年の女性の言葉に少年は心の中で迷いなく頷く。正しくその通りだと。
しかしそれを老年の女性は否定する。
「それは正しくもあり、間違いでもありますよ。貴方は恐怖に負けなかった。妹を……いいえ、“家族”を置いて逃げることもできた。けれど、貴方は逃げなかったのです」
家族という言葉に少年の心にまたもや色が指される。少年は抵抗する。しかし、それは先ほどよりも力強くはなかった。
「私は、貴方の父親とは面識がありました。正しくは貴方の母親を通じて知り合ったというべきですね。前に会った時は、とても穏やかな男性でした。そんな彼が彼女を失い、変わりゆく姿を貴方は見ていられなかったのですね」
老年の女性の言葉一つと一つが、少年の心に色を取り戻そうとする。だが、少年は抵抗を諦めない。
「だから貴方は父親を手に掛けた。最後の一線を越えようとする父親を止めるために。取り返しのつかない傷を負う前に妹を助けるために。そして、最後は妹のこれからのために……自身の命を絶とうとした」
老年の女性の言葉に、少年の妹は少年の右手をきゅっと握る。少年を見上げ少女の瞳が少年に語りかける。嫌だ。一緒にいる。死なないで。と。
少年の抵抗は、限界に近かった。
「たとえそれらが自身のためだとして、それの何がいけないのですか。誰かのためというのは押し付けでしかありません。何をするにしても、結局のところは自分のためなのですから」
少年の抵抗は、嫌だ、もうやめて。といった懇願に変わっていた。
「そして貴方の自分勝手は、彼女を救いました」
老年の女性は少年の妹を見やる。少年もつられて自身の妹を見ると、彼女は涙を流しながら、言葉を紡いだ。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとうっ」
少年はもう、限界だった。
「本当に今までよく、頑張りましたね。辛かったでしょう。もう、堪えなくてもいいのです。心を閉じなくてもいいのです。……もう、泣いてもいいのですよ」
老年の女性は最後にそれだけをいい、俯く少年をただじっと見ていた。
一分、二分、三分と薄暗い部屋の時間は過ぎていく。誰も口を開かない。老年の女性は少年を優しく見守り、少年の妹は心配そうに少年を見守る。
あとどれほどこの時間が続くのか。その答えは五分を超えた辺りで聞こえてきた音だった。
「……き……った」
その音は、俯く少年から漏れてきていた。老年の女性は、聞き漏らすまいとその音に耳を傾ける。
「……すきだった」
その音は、少年がここで初めて口にした声だった。
「おれはっ、父さんが、ひっく……だいすきだった! ……ひっぐ、ぐすっ!」
顔を思い切りあげた少年の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
そこに、色を失くした少年はいなかった。
「! えぇ、えぇ! そうでしょうともっ」
老年の女性は少年を思い切り抱きしめる。上等な服が汚れることなど一切気にすることもなく、ただ少年を抱きしめ、慰める。
少年の心を癒すために。
「いつかっ、いつか! えぐ、まえの父さんにもどるんじゃ、ないかって! ひっく、また、うっく……また、おれたちにやさしくしてくれるんじゃないかって!」
「えぇ、えぇっ。よく諦めませんでしたね。っ、もう、大丈夫。大丈夫ですから……っ」
「おにい、ちゃんっ」
「……うあぁぁぁーーーーっ!!」
仄かな明かりに照らされて、少年は、少年の妹は、老年の女性は三者三様泣き続ける。そこには赤はなく、無もない。ただ、愛だけがそこにあった。
これがホグワーツ魔法学校教師ミネルバ・マクゴナガルと、後の世に英雄として魔法界の歴史に名を刻むことになるレイ・オルブライトとの出会いだった。
三人称ムトゥかしぃ(T ^ T)
しかも似非三人称(・・;)
さらにこれぐらい小難しくしないとシリアス感が出せない自分の文才に泣けます(T ^ T)
初めての三人称作品なので、感想や意見、批判など大募集です! しかし、理由を持ったものをお願い致します。
とりあえず一週間は毎日投稿致します。
では明日、また会いましょう!